魚人島。
色々あったものの、概ね問題なくたどり着いたロジャー海賊団。海の中で声が聞こえるなどと言ったやり取りや、魚人島で占い師の人魚に王に姫が生まれるなどとのやり取りが行われた。
普段であれば、聖地巡礼とまでは行かずとも冒険に心躍らせるカナエが1人静かに沈んでいる最中に。
エース。
そう名付けられた我らが主人公は『次麦わらの一味が到達するのこの島だしな!』という心情の元、現時点での情報を集めに回った。
カナエが調子を狂わせた原因であり、引っかかるのは『りぃん』と呟いた自分の本名である。
気になりはする。気になるに決まっているけど、知らないふりをして放浪した。
リィンとしては極力、カナエに近寄りたくない。リィンの世界では死んでる人間であり、この世界の出身者では無いからだ。これが生きていたのなら利用するが、そうではないなら優先事項は低い。
これ以上、リィンは冥王のヘイトを買いたくないのだ。
そうして闇夜に消えていった。
カナエをフェヒターに託して。
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「んで、落ち着いたか?」
「皆は?」
「海賊の楽園魚人島で、好き好んで船に残ってるのは俺とお前くらいだよ」
暖かい飲み物を片手にキッチンでカナエとフェヒターが向かい合って座った。
カナエはズズ、っと猫舌をかばいながらココアを飲む。
濃くて甘ったるく、子供っぽい陳腐な味が今はありがたかった。
無言の時間が続く。
フェヒターは語りかけるでもなく、聞くでもなく、ただただそばにいた。
「……。」
それがありがたかったし嬉しかった。
「……忘れてたんだ」
「んー?」
「
ポツリポツリと、カナエが口を開いた。
「あたしは、海賊になる前はちょっと変わった出身のごく普通で平凡な人間だったの」
ココアを傾けようとしてもそこに淡く黒い液体がゆっくり動くだけだった。飲みきってしまった。
仕方なくカナエはコップを持つだけに留めた。
「普通に学校行ってさ、親友とずっと一緒に居たんだ。時々バイトとかして」
天井の揺れる光をじっと眺めた。
あぁ、あの炎は彼女の髪色の様だ。
「りぃん。って名前だったんだ」
「……!」
「そ、エースに言われた名前。
「はっ、まるでどっかの馬鹿とそっくりだな」
「……でしょ?」
カナエは『まるで君たちは魂の双子だね、』と呼ばれた記憶を思い出した。そっくりだった。見た目こそ違えど、価値観も笑い方も鏡合わせのようにそっくりだった。
親しい人の行動はつられて一緒になる、と聞いたことがある。
「(あたしとりぃんも、そうだったんだろうな)」
自分が真似したのか、親友が真似したのか、一緒になってしまえば最早どちらでもいい。!
「あたしの生まれた世界はちょっと冗談抜きでスペック飛び抜けてたからなぁ」
「ふーん」
聞いているのか聞いていないのか。どちらでも取れるような曖昧な返事にカナエは苦笑いを浮かべる。
フェヒターのそのどうでもいいと言わんばかりの反応は、突かれたくない場所を沢山持ってるカナエにとって有難かった。
「あたしの親友はすごいんだよ。皆に溶け込んで、笑顔が素敵で──」
「──お前と一緒じゃねぇか」
キョトン。
目を見開いた。
「そっかあ、一緒かあ……」
懐かしそうに微笑む。思い出に浸る。
「あそこであたし、は目の前でこぼれていく命を沢山見てきた」
カナエは目を閉じた。
この楽しくて大変で、苦しくて美しい世界で過ごした時間を遡って思い出した。
もう、忘れたかったのかもしれない。
失敗作を。
改変出来なかった世界を。
「誰一人、救えやしなかった。まぁ、あたし知識が乏しかったから基本的なことしか知らないんだけど。……それでも、目の前で事故に遭うお兄ちゃんくらいは救いたかったなぁ」
あの時驚き躊躇して伸ばした手が、それこそルフィの様にのびたのなら。
「本当に、世界は残酷であたしは大馬鹿者だ。言って嫌われる、警戒される、そんな自己保身の為にこの世界でだって予言しか出来ない」
この世界は漫画の世界で、あなたは死にますよ。なんて、誰が言えよう。
嫌われたくない小心者なのだこちとら。
「この海は本当に楽しいよ」
カナエの平凡な日々は進化した。
喜びの色、悲しみの色。屈辱も味わったし、幸せも敗北も、苦痛も甘さも優しさも。普通の日々では得られない感情がいくつもあった。
沢山の色が重なり合って、折り重なって。黒になる。
海賊が掲げるジョリーロジャーの黒は、カナエにとって人生の集大成の色なのだ。
「あたしは自分勝手だし、痛いのも嫌だし怖いのも嫌だ。自分の背丈以上の崖から飛び降りるのもめちゃくちゃ怖い」
「雑魚かよ」
「そうだよ!?ちょっと武術齧っただけの、ほんとに普通の女の子。知識もなければ長所もない。自慢できるのは予知くらい。そんなあたしをロジャーは拾い上げた」
ズブズブと後悔の沼に沈んでしまう時、必ず手を引っ張るのはロジャーだった。
だからカナエは前の世界の事なんて忘れてしまえた。
「ここで親友の名前を、聞くとは思ってなかったな……」
この世界でもありそうなキラキラネームだから困る。
あぁ、もしかしたらあの世界でのイレギュラーは
自分以外にあの親友だったのかもしれない。日本人離れしたあの青い瞳は特にそう思えた。
「あたしは子供が産まれたらリィンって名付けるよ。あたしの親友にあやかって。この世界をぶち壊せる様祈って」
我が子を愛するために産むんじゃない。
カナエの夢は平凡に生きることでも、幸せな家庭を築くことでもない。
あぁ、あたしの夢を叶えることができるのなら、べてを捧げよう。
シラヌイ・カナエには、叶えたい夢がある。
「──ロジャーの息子は、エースは必ず助ける。あたしの全てをかけて」
ピシリ。コップにヒビが入る。
強く握りすぎたようだ。前世の感覚ではありえないことだけど、自分も随分変わったようだ。前の世界では周囲にそこそこいたけど。
「ロジャーには息子が生まれるのか」
「そうなの」
カナエはニヒルに笑った。
もう迷ってない。この航海で、カナエは王様を見つけたのだ。
「スペードのエースでも白ひげのエースでも、主人公の兄でもない。ロジャーの息子だから」
不知火叶夢は自己本位な人間だった。エースを助けたいという漠然とした目標はあったが、目の前で兄を失うという自分とルフィを同一視して、自分の罪を払拭したいが為に掲げた目標であった。
だけど、シラヌイ・カナエはエースに出会った。
エースに言われた『狂う程の王を見つけろ』という言葉。
その言葉通りカナエはロジャーに心酔した。惚れただの愛だの、そんじょそこらの話じゃない。
何を利用してもいい、この男に従われたい。この男を王とし己は傅くのだ。
大事な友達で、大事な王様。
カナエはロジャーの息子だから助けたい。
「ロジャーの事正直舐めてた。ほんとに。流石は初代海賊王」
「なっては無いだろ」
「もうすぐ、きっとなるよ。予知が無くても分かる。──ラフテルに言って、彼は世界を手に入れる」
カナエはニコリとフェヒターに笑った。
「ねぇフェヒター。あたしに子供が生まれたら、貴方に預けてもいい?」
「嫌だが?自分で育てろよ」
「あたしが育てるよりちゃんと強いひとが育てる方が勝率いいから……。いや待てよ……タイミング見計らってガープが1番いいか……」
エースの年齢を計算して、ロジャーが処刑された後なら多少の前後差あっても似たような年齢になるだろう。
カナエは逆算していく。まぁ、現実問題、カナエも不治の病に倒れ子供云々の話が可能になるのはロジャーが処刑されて数年経った後だったが。
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「はじめまして、リィン。あなたのお母さんだよ」
カナエは蝕んで行く体の痛みにグッと耐え、我が子を愛しげに抱いた。
「あたしは貴女の親にはなれないけど、母親失格だけど。……今この時だけは、ガープが迎えに来させるまでは、母親で居させて。なんの企みもない、ただ純粋な母娘に」
母親失格だけど、そこにあったのは微かな母性だった。
「
変えられない『私』の、人生最期の足掻きで最大の
──あたしの2度目の人生の、最終章だ。
転移前の世界で過ごした叶夢と鈴音の人生は、何色だったのでしょうか。ただひとつ言えること、それは前世が探偵蔓延る殺人だらけの場所だったと言えば答えはひとつです。めっちゃ大変。