2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第305話 お前も胃痛にならないか

 

 C棟に足を踏み入れた瞬間、空気が急激に冷え込んだ。白い粉雪が静かに舞い落ちている。冷気は外とは明らかに違い、肌を刺すようだった。

 

「ここ、なんでこんなに寒いんだ?」

 

 ウソップが鼻をすすりながら言う。

 

「さぁ、だが多分能力だろな」

 

 ゾロは無言で剣に手をかけ、周囲を警戒する。

 

 迷っている暇は無い。今は前に進まなければならない。

 後ろは毒ガス、前は謎の雪。迷ってる暇はない。行くしかない。

 

「ここからR棟に行かなければならないけど……どうやらこの道に進まなければならないようね」

 

 目の前を見れば雪の塊の中にぽっかり空いた道があった。

 雪のせいか明るく見えるが、罠とも言えるそれに恐ろしさを抱いたのはやはりウソップだ。

 

「お、おおおおい、やめろよ見ろよこれ、明らかに罠です!って主張をしてるじゃねーか!生き埋めとか、雪崩とか!雪男とか!」

「ふむ、雪男か。会ってみたいのぉ」

「じゃねーだろ。なんでだよ」

 

 ほけほけ笑うジンベエの天然ボケの姿に、過去のトゲトゲした姿しか知らなかったアーロンはちょっと天を仰いだ。分かってるぜ、と言いたげなカルーの視線を感じてキレそうだ。

 

「行くしかねぇだろ。時間がねぇ」

 

 ゾロが剣を構えたまま、さくさく雪道に踏み込んでいく。

 

「だからってお前が先導するなー!おい、ビビ!ロビン!ブルック!止めてくれって」

「早く行くのには私も賛成」

「えぇ。もたついてると、ほら、後ろ」

「うわあああ!毒ガス来てんじゃねーか!」

 

 シーザーの部下がこの毒ガスに飲まれた時、白く結晶化したのを覚えている。その光景を思い出すだけでぞっとした。

 文句を言う暇もなく、先々行ったゾロを追いかけるしかなくなり、脚を早めた。

 

 

 

 

 周囲は壁も床も天井も、雪。

 まるで巨大なかまくらの中に放り込まれたような。

 

 雪のせいか音は吸い込まれ、視界はぼんやり霞んでいる。距離感も方向も、すべてが曖昧だ。足元は滑るし、目印もなければ、方角もわからない。

 奥へ進むにつれて、白い壁が分岐し始める。入り組んだ道の数々はもぐりこめば、コレが迷路だという事がすぐにわかった。

 

「こういう時は右手の法則を使えばいいって本に書いてたわ」

「右手?」

「えぇ。壁に右手をつけたまま進むの。そうすれば、いずれ必ず出口に出られるっていう原始的な方法よ。壁の迷路では基本中の基本なのよ」

 

 ビビが意気揚々と説明をすればゾロが頷いた。

 

「──ならこっちだな」

「そっちは左手だろうが!!この下等生物!」

 

 アーロンの怒号。

 ロビンが肩を震わせ、ウソップが『もー、ダメだこのアホ』とか言いながら項垂れる。

 ブルックだけは『いやぁ、寒くてもボケは冴えますねぇ〜ヨホホホ』と言っていた。寒いのは気温のせいだけじゃない気がする。

 

「麦わらの一味にまともなやつは1人も居ねぇのかよ!情けねぇ」

「魚は黙ってろよ」

「黙ってたら永遠と辿り着かねぇだろうが!」

 

 実は、『子供を故郷へ連れていく』と大見得を切ったくせに、今の自分はその子供たちと別行動。

 子供と離れてしまったアーロンは焦燥感に襲われていたが、その不安を真正面から認めるのもアーロンのプライドが許さなかった。癪。素直に癪である。

 結果、イライラとした当てつけだけが口からこぼれている。

 

「まぁゾロさんの方向音痴は今に始まったことじゃないし……」

「リィンから聞いておったが、本当に方向音痴なんじゃな」

 

 フォローというには雑な乾いた笑いに、感心したような声。ジンベエ、実はこれまだ迷路だからマシなだけで広大な空間に出るとより一層の厄介なんだ。

 

 軽口は飛び交っているが、全員の足取りはしっかりしている。

 不安定な足元でも各々が黙々と雪道を進む。

 

 その時だった。

 

「……なんだか、おかしいわ」

 

 ふいにロビンが立ち止まり、後ろを振り返る。

 声の調子が、冗談ではなかった。

 

「どうしましたか?ロビンさん」

「……。いえ、ほんの少し、道が変わっているような気がするの」

 

 ロビンの言葉に皆が首を傾げる。

 

「変わってるって?」

「壁の形や通ったはずの道が、わずかに……違って見えるの」

「いやいや、全部雪だぞ?どれも同じにしか見えねぇけど」

 

 ウソップが目を細めて左右を見渡すが、白い壁と白い床と白い空間しかない。

 よく分からん。

 

「それが厄介なの。目印なんてないし、均一な道よ。普通なら気づけないけど……」

 

 ロビンがしゃがみこみ、足元の雪をすくう。

 

「ここ。さっき私たちが通った時は足跡ができるはずよね。でも、今はさらさらの雪なの。積もりたてのようにね」

「……つまり、わしらが通った後に誰かが足跡を消しておると?」

「もしくは道そのものが入れ替わっている可能性があるわ」

 

 頭の中で地図をかいていたが、どうにも一致しない。

 

 ゴクリと唾を飲んだ音が聞こえた。

 

「やだ、性格が悪い。どこかの女の子みたい」

「リィンじゃねーか」

 

「あながち間違っちゃいねぇかもな」

 

 ゾロが肩をすくめるように言うと、ビビとジンベエがほんの少し驚いた顔を見せた。

 

「いや、別にリィンを疑ってるわけじゃねぇよ。ただ……あのシーザーってやつ、リィンの主治医(笑)だったんだろ?だったら、性格の悪さのルーツがシーザーって可能性も否定できねぇだろ」

 

「……うむ。一理あるのう。もっとも、リィンは最初から性格が悪かったような気もするが」

 

 ここに海兵、もしくは兄であるルフィがいたらジンベエの言葉に頷いたであろう。つまりはまぁ、そういうことである。

 

 

 その時、ひとつの放送が響いた。

 

『モネ──!』

 

 耳をつんざくような大音量。空間に反響する不快なノイズの混じった声は、聞き覚えのある人間にはすぐに分かる。

 

 シーザー・クラウン。

 

 それは確かに、あの科学者の声だった。

 

『遊んでないでさっさと終わらせろ!D棟に逃げ込んだ海兵と海賊共はヴェルゴがもう既に殺し終わった!そいつらさっさと殺して子供を狙いに行け!』

 

 衝撃的な言葉が全員の耳に入り込んだ。

 

 D棟、殺された。

 言葉の意味が分からず己の耳を疑う。

 

「……は?」

 

 ウソップがぽつりと呟く。

 だが、誰もそれに返せない。あまりにも唐突で、あまりにも凶悪な報せだった。

 

 D棟、つまり子供達を守るように進んだ残りの一味。戦闘力が乏しいが、いや、だからこそスモーカーとサンジは先頭にいたにも関わらず飛び降りて守りに向かった。

 彼らが『殺された』と。今、放送された。

 

 信じられるはずがない。

 だが、否定する根拠も、今この場にはない。

 

「そんな……!嘘でしょ……!?」

「落ち着け……これは罠だ。情報を撹乱させるための……!」

 

 動揺したビビにゾロがすぐさま言葉を返すが、その声には、焦りがにじんでいた。

 

「けど、もし本当に……!」

 

 静かだった空間が、ざわめき始めた。

 疑念と混乱、不安と焦り、それぞれの感情が心を掻きむしる。

 

 ロビンはゆっくりと口を開いた。

 

「……この放送。いくつか、矛盾しているの」

「矛盾?」

「えぇ。まず、放送の内容が『今』このタイミングで流れること自体が不自然」

 

 ロビンの冷静さに引き摺られ、それぞれが落ち着きをとりもどしてくる。

 

「私たちがこの迷路の中で、方向を見失い始めたタイミング。しかも、道が変わっている可能性がある状況。そんなとき『ヴェルゴが殺し終わった』という情報をわざわざ全体放送で告げる必要があるかしら?」

「……確かに……敵に情報を流すだけじゃな」

「そう。それに──ヴェルゴが『もう殺し終わった』なら、わざわざ『子供を殺しに向かえ』なんて命令を出す余裕があるのも妙よ。ヴェルゴって人が彼らを殺し終わったなら、次の手として動いているはず」

 

 もちろん、サンジ達が強敵でヴェルゴがうごけない、という可能性もあるのだが。

 

「どのみち、この作戦を考えた人間の性格が悪いということは間違いないわ」

「それだけは、すっげぇ納得できるな……」

 

 そしてそれを裏付けるように──

 

「──避けろ!」

 

 刀を構えたゾロが散弾を弾く。

 

 狭い通路。避けようもなく、銃弾が飛び交う。ゾロの刀がそれを防ぎ仲間を守るが、雪の壁がズルズル動いた。

 

「っ、来たぞ!前からだけじゃねぇ、横もだ!」

「やっぱり性格悪すぎるじゃねぇかぁあ!!」

 

 

 

 

 ==========

 

 

 

 

 

「……この放送で良かったのか?」

 

 雪に紛れた監視用電伝虫を眺めながら私はご機嫌におやつを頬張った。

 

 はーい。皆の雑用でーす!

 

「いいですぞりー」

 

 ベガパンクの部屋で沢山の映像に囲まれながら全員を監視する。

 麦わらの一味の修行の成果を確認しながら、麦わらの一味と海軍を生かし、シーザーを捕獲する。

 

 我ながらナイス判断だと思うんだ。

 後はまぁ、捕虜になるであろうシーザーに『この作戦はリィンが計画したんだ!』だとか全力で叫ぶことである。

 

 ……うん、やりかねん。むしろ叫ぶ未来しか見えない。

 

 でもそのへんは、信頼と演技力でカバーすればオールOK!

 

 例えば。

 

『ぴえん。シーザーがやってたの、止められなくって、ぐすん。でも、みんなを助けたかったからバレないように、ぐすんぐすん』

 

 って、涙ぐんで演技すればいい。

 何せシーザーだもん。だって実際、こちとら薬漬けの被害者だし?子供たちも実験されてたわけだし?

 医者なチョッパー君とかに泣きついておけば、負ける気がしない。

 

「あ、戦闘ぞ始まるすた」

 

 C棟は特に心配していない。

 メンツもメンツだからちゃんと『罠』も騙されたりしないだろう。

 

 ゾロさん、ウソップさん、ロビンさん、ジンさん、ビビ様にカルー、それに……アーロン。

 

 アーロンはちょっと心配だけど、それもまた実験。成長が見られればOK。

 あいつは今のうちにこき使ってプライド折っておきたかったからね。ルフィ以外の一味の強さをその身で体験してもらおう。

 

 

 さて、ちなみにこの『モネさんの動く雪迷路』だけど、ひとつ補足しておくと──

 

 出口、ありません。

 

 ゴールがある罠なんて罠じゃなくない?

 

「──あっ」

 

 無意識に声が漏れた。

 

 映像の中で、ゾロさんが天井に向けて剣を構えている。あ、これ、アレだ。

 終わるやつだ

 

 私はモネさんに電伝虫を繋いで指示をした。

 

「モネさん!避けるすて!」

『え……?な、何?』

 

 モネさんの混乱した声に被さるように爆音が響く。ゾロさんの大技のせいで雪の迷路に穴が空いてぽっかり穴が空いた。

 

「ヤベェやつ?」

「うん、やべーやつ!」

 

 その穴から、カルーに乗ったビビ様が飛び上がった。

 いやもう本気でなんで?そこが今回修行の一番のツッコミポイントなんだけど!?

 飛行性能持ってたっけ?なんか食べた?成長期?ドフィさん何した!?

 

『〝蛇腹・驟雨〟!』

『きゃあ!?』

 

 ビビ様の攻撃がモネさんに当たる。たった一撃。されど一撃。

 ビビ様が蛇腹剣を使って空中にいる敵を切り裂いた。

 

 うわぁ、ビビ様が戦闘よりになってるぅ……。クロさん、なにしたの!?

 

『ゾロさん!この人自然系(ロギア)!』

『雪なら任せろ!』

 

 ビビ様の短い声が聞こえたかと思えば、ウソップさんの生き生きとした声が響いた。

 

『〝火の鳥星(ファイアーバードスター)〟ッ!』

「モネ!」

『ぎゃあああ!!!熱い!!熱い!!』

 

 つんざくようなモネさんの悲鳴とともに、雪女は火柱に包まれる。

 電伝虫の映像にも、ロビンさんやブルックさんの華麗な攻撃で倒れ伏す囚人たちの姿が次々と映りはじめる。

 

 うーん。

 モネさん、回収しておいたほうがいいかもね。戦力として。可哀想だし、ちょっとだけ。

 

『電伝虫?放送じゃなくて個別に?どうして……』

 

 ビビ様の不審げな声が聞こえる。いかん、勘の良いお姫様だ。

 

「ビビ様!逃げるすてぇええ!シーザーが毒ガスを!」

 

 バァン!!!

 私は机のうえを大きく叩いて騒音を出し、電伝虫を切った。

 

「ふぅ。これで、シーザーの仕業ぞり」

「リィンお前なぁ……!」

 

 私の手元の操作が疑問に思ったのか、シーザーはお叱りモードから疑問符を浮かべた。

 

「何やってんだ?」

「ん?こうするです」

 

 ポチッとな。

 私は外壁を大砲でぶち抜く。

 C棟に毒ガスが蔓延し始めた。さらに、R棟へ通じる扉を閉める。

 

「そーら急げ急げ。最高速度で駆け抜けろ」

「お前本当に海兵か!?」

「よく言われるですぞ」

 

 よし、C棟もひと段落。あとは走って抜けてもらうだけ。

 ちょっとくらい焦ってもらわないとね〜。ふふふ。

 

「いやぁー仕事した仕事した。なんか甘いものぞ食べるすたき〜」

 

 口の中にラムネを放り込み、頭に届くブドウ糖を味わっていた、その時。

 

──プルプルプル プルプルプル

 

 「ん?誰から──」

 

 電伝虫がなり始めた。シーザーの電伝虫だ。

 

「俺宛だ。出るぞ」

「はぁい」

 

 シーザーがガチャッと電伝虫を取った瞬間、受話口の向こうから低く冷たい声が響いた。

 

『フッフッフッ、ローの様子はどうだ、シーザー』

「ッッッッ!!!???」

 

 あかん、内臓がキュッと縮こまる感覚。

 胃が、キリキリキリィ……!!!と盛大な悲鳴を上げている。今はやめて、今はやめて。

 

「ジョーカー!」

『随分ご機嫌だな、シーザー』

 

 胃痛がこんにちはって顔を出してきた。本当にやめて。

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