2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第324話 スペード海賊団の案内人形

 

 ──遡ること数日前。

 

 雲ひとつない青空の下、スペード海賊団の船は波を切っていた。

 その静かな海面を破るように、デッキ全体に陽気な声が響いた。

 

「ルフィ達が完全復活したってよーーー!!」

 

 新聞を片手にエースが走り回る。

 船員たちに見せびらかしながら、跳ねるような足取りでデッキを走り抜けていく。

 

「いやー、良かった良かった」

 

 船上にはすぐに円ができ、真ん中でエースはにかにかと笑いながら新聞を掲げた。

 

 紙面には麦わらの一味の写真が大きく載っている。

 リィンから計画について聞いてはいたものの、こうして公式の報道を見ると胸に迫るものが違った。

 

 頂上戦争ののち、ルフィが身を隠す間──エースは弟のそばにいた。

 共に走り、戦い、食べ、修行し、何度も殴り合って、互いを高めていった。

 

 ふと寂しげに仲間を思い出し、ブルーになるルフィを見守ることもあった。

 だからこそ、仲間がひとりも欠けずに集結した知らせは、エースにとって心底嬉しいものだった。

 

「ルフィ、私も久しぶりに会ってみたいな」

「ウタは確かルフィと幼なじみなんだっけか」

「そう!」

 

 エースはルフィより一年早く海に出た。

 旧スペード海賊団のメンバーにサッチを加え、新たに加わったのがウタとバレットの二人である。

 

 エースは音楽家を探して旅をしていた。配信でUTAの歌を聴き「絶対に仲間にしたい!」とスカウトに走ったのだ。

 

「なっつかしいなぁ……」

 

 ウタは新聞の写真越しに、懐かしい幼なじみの笑顔を眩しそうに見つめる。

 

「相変わらずリーの手配書はおかしいけど」

「なに、リィンちゃんの情報乗ってた?」

「いいや、サッチも見てみろよ。一切合切載ってないから」

「……ほんとに載ってないな。てことは、リィンちゃんの息がかかった新聞社かも」

 

 サッチが感心したように眉を上げる。ご名答だ。

 

 スペード海賊団内で、リィンと面識のある者はウタ以外はこの船の全員だが、ルフィを知るのはウタのみ──という妙な構図のまま現在に至っていた。

 

「ねぇ、そのリーちゃんってどんな子?」

「末っ子だなぁ。悪巧みが得意で、空を飛べるんだよ。それから、優しくて、ビビりで、大事な妹だ」

「へぇ、いいねぇ」

「リーが4歳の時じいちゃんに海軍に連れて行かれたんだけど、親父の船に乗り込んできたりとかしたからなぁ」

「あの時ばかりはビビったぜ……」

 

 二度の乗船に関わったことがあるサッチが懐かしそうに苦笑いを浮かべる。

 

「でも元々海兵だったんだ?」

「うん!でもさ、俺たち4()()は、どこにいても何をしていても、絆は切れないから」

 

 

 エースがふっと笑ったその時。

 

「──エース、なんか招待状が届いているぞ」

 

 静かに声を掛けたのはデュースだった。

 マスクド・デュース。エースが最初に出会った仲間であり、今も最大の相棒である。

 

 遭難していた彼を助け、ふたりで脱出する時に作り上げたのがエースの愛船・ストライカーだった。

 その後もエースを支え、今こうして白ひげの傘を出た後も変わらず側にいる。

 

「しょーたいじょー?」

 

 エースは新聞を切り抜いて弟妹活躍スクラップ帳を作っていた最中だったが(なお添削はデュースの仕事だ)、手紙の単語に手を止める。

 

「差出人は不明。宛先はスペード海賊団。開けるぞ?」

 

「おう」

 

 デュースが封を破る。

 中身は驚くほど簡潔だった。

 

──

 

ロジャー海賊団の船員。

及び堕天使リィンの母──

シラヌイ・カナエの悪魔の実が、

ドレスローザのコロシアムにて賞品とされる。

 

──

 

「カナエ……さん?」

「シラヌイのか!?」

 

 エースはその名に聞き覚えが薄く、眉を寄せた。だが横で覗き込んだサッチの反応は真逆だった。

 

「知ってるのか?」

「そりゃ、戦神シラヌイ・カナエはある意味有名な預言者だからな」

「預言……あーっ!」

 

 確か、ティーチを警戒し、サッチを守り通せた予言をくれた人だ。

 そういえばリーの母親だったな、とエースは思いつつ、顎に手を当てた。

 

「……俺より詳しい奴がここにいるだろ」

 

 デッキの端で腕を組んでいた巨躯の男に向けて声を張る。

 

「ダグラス・バレット! ──シラヌイの悪魔の実が出されるってよ!」

 

「……は?」

 

 バレットは振り返り、エースの手元の紙をひったくった。普段の鋼の目が、一瞬だけ揺れる。文字を追い終えた頃には、心底嫌そうに深いため息を吐き出した。

 

「あいつは死んでも迷惑なやつだな……」

 

 懐かしい名前に向ける顔じゃないだろうとは誰も突っ込めなかったが、エースは短く言った。

 

「次の島が決まったな」

 

 目的地はドレスローザ。コロシアムと言う魅力的な言葉は惹かれたがそれよりも。

 

「リーの親で、ルフィも世話になったし、俺も恩がある。()()皆色んな形で関わりがあるから、行かなきゃな」

 

 エースは手紙を握りしめたまま、静かに呟いた。

 

 妹と弟の、たった一人の兄として。背を向けられるはずがない。

 

 次の目的地はドレスローザ。

 シラヌイ・カナエの影を追って。

 

 

 ==========

 

 

「俺は熊のおもちゃ!ようこそドレスローザへ!」

 

 上陸した途端、甲高い声が飛んだ。

 視線を向けると、ツギハギの茶色い熊のぬいぐるみが、執事のような衣装に身を包み、胸を張って一礼していた。

 

「お、おもちゃが喋った!?」

「機械か!?」

 

「だよな。七武海のナワバリだから立ち寄らないし、驚くよなぁ……」

 

 スペード海賊団がどよめく中、サッチが肩をすくめて説明した。

 

 

 ここは王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴが国王を務める異色の国。ドレスローザ。

 『愛と情熱とオモチャの国』と呼ばれ、訪れた者は花の香り、踊り子、料理、そして人格を持ち日常を営むオモチャたちに魅了される。

 「妖精がいるらしい」という伝説が流れるほど、どこもかしこもファンシーな空気に満ちていた。

 

 

「いやー、面白れぇ国だな!」

 

 エースは目を輝かせて素直に歓声を上げる。

 

「私もおもちゃを作り出すことはできるけど、ウタワールドでしかつかえないから、現実世界に存在しているのが不思議な感じ」

「で、この熊はなんでこんなところに?」

 

「俺は観光案内大使の熊のおもちゃ。特に荒事の多い海賊相手はな!」

「悪名高いスペード海賊団相手に、こんな熊のおもちゃが相手出来んのか〜?」

「おらおら、ひっくり返してやるぜ」

「う、うわぁー!やめてくれぇ〜〜!」

 

 熊は船員にひょいと持ち上げられ、ぶらんぶらん揺らされ必死に抵抗する。

 エースが慌てて割って入り、引き離した。

 

「やめてやれよ、ほら、熊。案内してくれるんだろう」

「あぁ!任せてくれエース。この国の色んなことを教えてやるよ」

 

 エースはクマを頭に乗せると、一行はドレスローザの観光をしていく。

 

 美食の店、鮮やかな衣装店、街角に響く軽やかな楽器の音、恋人岬から見下ろす蒼い海、色とりどりの市場の喧騒。香り立つ料理をひょいとつまんでは「うまい!」と笑い、売り子に軽口を返し、通りすがりの演奏家のリズムに思わず足を弾ませる。

 花畑では風に揺れる花々を覗き込み、王宮前に立てば白亜の建造物を「でっけぇ…」と見上げて息を呑む。

 

 景色も匂いも音も、旅のぜんぶを丸ごと楽しんでいるその様子は、誰がどう見ても、ただの観光客そのものだった。

 

 

 

 

 

 夕飯どき。

 宿のテーブルについても、熊のおもちゃは扉の外に立ったままだった。

 

「なんで入ってこないんだ?」

 

 皿のスパゲティを巻きながらエースが問う。

 

「この国じゃおもちゃは人間の家に入れないし、逆に人間はオモチャの家に入れない。そういう決まりだ」

「なんだそれ、変だな……」

 

 もぐ、とスパゲティを頬張った瞬間、エースはカクン、と文字通り机に突っ伏した。

 

「起きろエース」

「……っは!寝てた!」

「それ寿命に悪いからやめてほしいんだけど」

 

 ウタの苦言はまだなれないから出てくる言葉だった。他は完全に日常の一部で、周囲は慣れた様子でエースを抱き起こす。

 

「お前末っ子みたいだな」

 

 熊のおもちゃがぽつりと言った瞬間、エースは勢いよく立ち上がった。

 

「俺は兄ちゃんなんだけど!? 一応!!」

「うちでは末っ子だっただろ」

「スーパー頼りになるハイパーウルトラ最強お兄ちゃんなんだぞ、俺は!!」

 

 むんっと胸を張るエース。

 周囲はくすくす笑う。

 

「そっか。じゃあエースの弟妹には、しっかりした兄貴として接してくれよ」

 

 その言葉に、エースはふと違和感を覚えた。

 ここで弟妹の話が出るのは不自然な気がした。

 本来、会う予定なんて──ない。

 

 だが疑問が浮かびきる前に、再びどっと眠気が押し寄せ、エースは再度皿の中へ顔から突っ込んだ。

 

 熊のおもちゃはその様子を静かに見つめていた。

 

 

 

 翌日。

 

「コロシアムに、行きたいと思います!」

「行ってらっしゃい〜」

「皆行かないのかよ!」

 

「興味無い」

「無理」

「絶対嫌」

「ライブならまだしも」

「不快」

 

 ほぼ同時に返ってきた総スカン。

 船員たちは全員、きっぱりと付き合う気ゼロだった。

 

 そんな中、ぽつんと近づいてきた熊のおもちゃが、エースを見上げた。

 

「エース、聞いてくれ」

 

 その声音は子供を諭す大人のようで、エースは思わずしゃがみ込んで耳を貸す。

 

「この国は、すごく危うい状態なんだ。俺達おもちゃはとある能力者によっておもちゃに変えられている、元人間だ」

「……は?」

 

 その言葉に、船員たちも驚いた。

 

「おもちゃにされた人間は、その周りの人間から忘れられる。例えばあそこの犬のおもちゃは彼女の夫だ。でも彼女は、夫などいないと忘れている」

 

 その言葉が信じられないサッチがナンパと称してその女性に聞きに行く。すると、本当に『夫などいないけど…』と困ったように首を傾げた。

 

「この国は、コロシアムの敗者や元々この土地を収めていた兵士、海賊や海兵といった様々な、ドフラミンゴの不都合な人間を忘れ去られるように仕組まれてきた」

「そ、れは、なんというか」

 

 エースは言葉を失い、数秒の沈黙が落ちた。やっと搾り出したのは、苦し紛れのような問いだった。

 

「なら、熊は誰なんだ?どんな立場の人間で、性別は?」

 

 熊のおもちゃは答えず、綿の詰まった腕をぎゅっと握った。

 

「俺は、この国を助けたいんだ。リク王家のことも、この国の貿易のせいで行われる周辺諸国の戦争も」

 

 この国の闇に触れたエースはぽつりと呟いた。

 

「……この国は、表面だけ取り繕って。俺たちの育った国に似てるな」

「……。」

 

 ゴア王国も国としては綺麗だった。貴族たちはゆうゆうと綺麗に過ごす中、ゴミ捨て場がある。人も、そこに捨てられる国だった。

 

 おもちゃは、ゴミにされた人間のようだ。

 

「酷いものだろう。みな、忘れるから被害も無い。……なぁエース、お前は兄ちゃんだろ?」

「おう」

「コロシアムで、負けるなよ。弟を守りきれよ」

 

 少し間を置いて、熊は静かに続ける。

 

「忘れるのはな、辛いんだ」

「忘れられるの、ではなくて?」

「あぁ、だから俺は、俺の大事な記憶を持ったまま、忘れられて良かったって本当に思っている。忘れられる事より忘れる方が、辛いから」

 

 ぽつりぽつりと己を語る熊のおもちゃに、エースは同情にも似た感情が浮かび上がる。

 

「俺に、出来ることは?」

「エース……また始まった……」

 

 ワノ国でもそうだ、困ったことに首を突っ込むこの性質をどうにも止められないのだ。

 

「おっ、そう言ってくれると思ってたぜ!とにかくエースはコロシアムで全員を倒して優勝してくれよ。それから、俺のところに来てくれ。ドフラミンゴのところまで案内するから」

 

 まるで台本をなぞるように作戦を伝えるため、饒舌になった熊のおもちゃに、エースは既視感を抱く。

 

「おっ、俺やっぱやめようかな」

「おいおいおいおい、男に二言は無いだろ?それともあれか?──逃げるのか?」

 

「「「「あっ」」」」

 

 エースの盛大な地雷を気付かぬうちに踏んでしまったのだろう熊のおもちゃに、皆嫌そうな顔をした。

 

「……誰が、逃げるって?」

「いやいや、逃げてもいいんだ。敵は王下七武海で、強大な敵だ、逃げたっていいし、卑怯になるのだって必須だ。仕方ねぇよ、兄貴でもやれる事とやれない事はあるもんなぁ」

 

「──上等だやってやるよ!!ぜんっっっぶ俺がぶっ飛ばしてやるからな!!!」

 

 あぁ、と全員がため息を吐いた。バレットだけは、ロジャーに似てる雰囲気を出されてめちゃくちゃ困った顔をした。

 

「あぁ、それとダグラス・バレット!お前には別の仕事があるんだよ」

「……はぁ?俺か?」

「うん。でも、俺からではなくて、俺の仲間からの仕事を預かってもらう。『俺』は忘れられるから意味無いからさ」

 

 どういうことだ?

 と、首を傾げる者が何人かいる。

 

「──俺の仕事はたった一つだけなもんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンデミックを用意しよう。この世界を巻き込む、盛大な、復讐劇だ。

 始まりはとてもシンプルでちっぽけな恨み。

 

 記憶を──失うことすら作戦に入れて。

 

 魔法のショーが始まる。

 

 

「〝竜の鉤爪〟──!!!」

 

 悪魔の実の能力の命令に対抗する方法はたった一つ。過剰な覇気だ。

 

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