ドレスローザの支配の根幹を握るのは、トレーボル軍に属する幹部シュガーだ。
触れられた者は彼女の能力でおもちゃに変わり、さらに「契約」の命令に絶対服従となる。拒否権は無い。たった一度触れられただけで、二度と逆らえない。
さらに言えば、最高幹部トレーボルが常に幹部棟で彼女を警護している。
しかも相手をおもちゃにする場合は単に相手の体に触れて「契約の命令」を一方的に口にすればよいだけ。契約と言っても相手に拒否権はなく、一度でも触れられてしまうと命令に抵抗することができなくなる。おもちゃには逆らう手段すらないのだ。
だから、誰しもが、
麦わらの一味、ロー、海軍、はたまたグリーンビットのトンタッタ族。
──たった一つの、おもちゃが、命令も聞かずに牙を向けてくるだなんてことは思わなかったのだ。
「〝竜の鉤爪〟」
「きゃあああ!!!」
ご自慢の腕力も、指も、爪も。それらは全て無いのだけれど。熊のおもちゃから放たれた覇気は、幼い見た目で常に守られて来た箱入りの女性には十分すぎる程の脅威となった。
つまるところ。
「……──サボ」
コリーダコロシアムの闘技場。
エースとルーシーの動きが、吸い寄せられるように同時に止まった。
Aブロック:ジーザス・バージェス
Bブロック:ポートガス・D・エース
Cブロック:ルーシー
Dブロック:レベッカ
シード枠として
ディアマンテ、マッハバイス、ラオG。
七名によるバトルロワイヤル。
ルフィのエースのコンビネーション抜群で、仲良くなったレベッカを守りながらの戦いだった。
『お、おっと!?ルーシーが完全停止した!悪魔の実の箱は手元のままだが……何が……っ!?』
エースも同じく、霧が晴れるように目を見開いた。に
「サボ、サボだ、サボ!エース!サボ!」
「あぁ、ああ!サボが居る!」
ルフィとエースがもう一人の兄弟の名前を確認し合うように呼び合う。ボロボロと鼻水と涙を流したながら号泣している。
実況の人間も、コロシアムにいる人間も、観客も。その2人を皮切りに異常事態を認識し始めた。
街中のおもちゃが、要人に、海兵に、海賊に、猛獣に変わっていくのと同時に、忘れていた存在を思い出して行った。
どうしてこんな大事な人を忘れていたのか。
どうしてこんな犯罪者を忘れていたのか。
どうして、国の英雄を忘れていたのか。
どうして……家族を……忘れていたんだろう。
「サボ……!サボを探さなきゃ」
「さっさとコロシアム、終わらせるぞ」
「おう!」
ルフィとエースは修行中共に鍛えあっていた。修行で磨いた呼吸が、二人の足を同じ速さで踏み出させる。
「レベッカ!守れないから近くにいろ!」
「う゛んっ」
レベッカは泣き崩れていた。
レベッカは同国のコリーダコロシアムに所属する剣闘士である。リク王の孫娘「幻の王女」として晒し者にされていた。
彼女には父親がいた。
「兵隊さん…っ!」
いつでもずっとそばにいた。
物心ついた頃から自分を守ってくれた、たった一人の味方。
笑ってくれた日も、叱ってくれた日も、泣く自分を抱き締めてくれた日も、全部、全部。
脳裏に浮かんだ「片足の兵隊」の姿に、喉が詰まる。記憶が戻ったその瞬間から、胸を締め上げ続ける痛みがある。
あの体はおもちゃだったけど、あの心は、ずっと自分のためだけにあった。
涙がぽろぽろ落ちる。
「「──〝青炎・大鞭〟」」
ルフィの腕がギリギリと音を立てながらねじれ、そこへエースの青い業火が纏わりつく。
二人だけの技が、蛇のように鞭のように不規則に暴れながら空気を裂いて走り、敵をまとめて薙ぎ払った。
高熱の炎。
覇気で補強された腕。
その衝撃は大地そのものを殴りつけ、コロシアム全体にドォン、と重い振動が広がる
いや違う。
この音は──地下から聞こえてくる。
ズドォォォォン!!!
舞台の中心が内側から破裂するように爆ぜた。
土煙が吹き上がり、巨大な破片が周囲に飛び散る。
地面そのものが『下から拳を振るったかのよう』に跳ね上がっていた。
あまりの地響きに避難のアナウンスが鳴り響く。
悲鳴と共に観客は逃げ出した。
「──エース!ルフィ!」
噴煙が晴れた時、現れたのは、金色の髪を持つ青年だった。
拳にはまだ石片の粉がついている。
どう見ても、地下から自分の意思で地面をぶち破って出てきた男だった。
「「サボ!!」」
「ごめんなぁ、忘れるの、辛かったよな」
おんおんと泣きわめく二人がサボに抱きついていく。サボは嬉しそうに、困ったように笑った。
「さぁ、ゆっくりしてる暇はないぞ。着いてきてくれ、今から──カチコミだ!」
==========
──バリン
ドフラミンゴはグラスを割った。
8万ベリーはくだらないグラスも怒りと衝撃を逃すのに何ら役にも立たない。
……シュガーがやられた。
忘れていた、忘れさせていた人物がドフラミンゴの脳裏に次々と襲いかかってくる。
まずい。
非常にまずい。
全て把握していたはずの盤面が、白紙に戻された。全員の動きを把握して、リィンの作戦を潰していたのに。
非常事態の電伝虫が鳴り響き、国中はパニックに包まれている。
「トレーボルッ!!何をしている!」
『すまねぇドフィ〜〜〜〜〜!おもちゃだ、おもちゃがシュガーを気絶させた!革命軍のサボでよ!ホビホビの呪いが解けていく〜〜っ!!』
その名が、頭蓋の内側を殴りつけた。
ああ……クソ。
電伝虫を叩き落とし、額に手を押し当てる。
額の奥がじんじんと痛む。焦燥で脳が焼けている。
「──革命軍なんざ、リィンが1番使える手じゃねぇか……ッ!」
リィンの兄であり、ドフラミンゴの麻薬の取引先のヴェスネ王国でのビジネスを潰された相手。
ドフラミンゴは──その存在を消したこと自体が悪手だったということに気付いた。
ドフラミンゴの脳裏にはその狙いだけはしっかり分かった。
「革命軍の繋がりを俺に悟らせない為に
まずい。どうする。
国の混乱は不可避だ。
国中の魔法が解け、本当のヴィランが誰か気付いてしまう。
破綻した英雄譚。
時間がない。
指先が震える。
頭の裏側が痺れる。
焦りが喉を締め付ける。
「リィン!」
ドフラミンゴは荒れ狂ったようにリィンの閉じ込められた部屋へと駆け込んだ。
クロコダイルの膝の上に座ったまま、リィンはまるで絵画のように静かだ。
対照的に、ドフラミンゴの呼吸は荒れ、足音は床を叩きつけ、肩は上下している。
「お前ッ!いつから企んでた!革命軍はお前の手引きだな!何を、何を考えてる!お前はこの場にいて何も出来ないのに、どういう手を打った、何をした!!」
ドフラミンゴはリィンを蹴り飛ばした。
はらわたが煮えくり返りそうだった。いな、煮えくり返っているし、堪忍袋の緒はぶっちぶちに切れていた。
十年だ。
十年だぞ。
十年積み上げた城が、たったひとつのミスで、たった一人の小娘のいくつかの手によってで崩れ落ちる。たった一つの手なのか、何十何百という手なのかも分かりはしない。
目の前の盤面がぐしゃぐしゃに歪む。手も、もう読めない。
なにが偶然でも何が必然でどうなっているのか分からない。
敵は誰だ、内通者がいるなら誰だ、リィンの味方は、敵にできる人間は、政府や海軍をどうする、世間をどうしてしまう。
頭の中に、名前が、勢力が、可能性が、脅威が、無数に浮かび上がっては重なり、剥がれ、ねじれ、爆ぜていく。
思考が追いつかない。
ドフラミンゴの手の上にあったはずの盤面が、砂のように指の間から零れ落ちる。
一つ一つ潰して行っていた。
ゴールまで見えていたのに、急に溢れてくる沢山の可能性と選択肢。
屈辱だ、理不尽だ。
圧倒的な情報量と戦略に頭が沸騰していた。
「言え!さもなくば──」
「──殺す?」
リィンの静かで、薄く笑うような声にドフラミンゴの動きは一瞬で止まった。
殺してしまいたいと。
この生意気なガキを殺してしまおうと。
……浮かばなかったわけではない。
次の手を打たせないために口も動きも頭も全て止めてしまえばいい。
「ねぇドフィさん……」
その声に、殺意に支配されたドフラミンゴの視線がリィンに吸い寄せられた。
黒曜石のように深い瞳の中で小さな火花が散っているかのようにキラキラと光っていた。
「──たっのしい、ですぞねぇ……!」
夜空のように。
チカチカと。
視界の端まで、世界のすべてがリィンの笑みに支配されているかのようだ。
「ドフィさんは私の手の内を読むすて、私はドフィさんの手を読むすて。脳がやけ切れるような戦略と戦術のぶつかり合い……っ!たっっっのしい……!」
ドフラミンゴと、そしてクロコダイルは喉の奥がひくりと引き攣った。
「この……化け物め……」
恐ろしい恐ろしい小さな怪物。
王下七武海という大きな恐ろしい怪物の前に、悠然と座る存在。
その小さな体が、異常な知恵と大胆さで、自分の全てを揺さぶる。
殺す気は途端に失せてしまった。
「ねぇドフィさん?次は?私を超えて魅せて!」
その問いは、挑戦であり、誘惑であり、宣戦布告でもあった。
「──ドフィさん、
言葉の先に、何が隠されているのか。
行動の先に、何が待ち構えているのか。
視線の先に、何が見えているのか。
世界中を巻き込んだ同格同士の知略戦は、今、ここで始まってしまった。