アラバスタ王国へ向かう船旅の最中、私はスモさんの個室で箒に乗ってプカプカ浮いていた。理由は簡単そして単純明解、酔うからだ。
「おいリィン、着いたぞ」
「まこと!?部屋の貸し出しをありがとう!」
この前二段飛ばしという異例の昇格をした大佐のスモさんにお礼を言うと個室で飛んでいた箒をしまった。
船に酔いやすいとはまことに不便。
もうそろそろお尻が痛くなってきてるんですよね。自分で飛んでいった方が船の速度に合わせて船内で飛ぶよりずっと楽だし。
酔い止め薬、もうそろそろ強いヤツ開発してくれないかな世界政府科学班。
というか異例の昇格って言ってるけど私何歳でどこの階級から大将になったと思ってる?4歳で雑用から大将だぜ?どんな非常識だ、もっと段階踏んでください。
「リィン?どうしたの?行かないの?」
「行くです!ヒナさん待って!」
考え事をしていたら次はヒナさんが顔を覗かせた。やばいやばい。
私は急いであとを追った。
再会まであと少し、胃がちょっとどころかかなりキリキリしてきた。
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「リィンちゃん!」
オーケー、ちょっと待とうかお姫さん。
「私ずっとあなたに会いたかったの!久しぶりだね!」
私がいる場所まだ上陸しても無いところ何ですけどどうして下から声をかけるんですか?私の様な雑魚に何のようでしょう。
「リィンちゃん……?」
「なんでしょうビビ様…?お久しぶりです。お元気そうで何より、と、です」
「わぁ!リィンちゃん言葉上手になったね!」
だってこうやって王族やお偉いさん相手にする時の為につるさんに扱かれたんですもん!
「そりゃあ…私も成長は致すです……。ビビ様可愛くなるしたですね」
「そ、そんな…ありがとうリィンちゃん」
エヘヘ、と笑う空色の髪の少女。アラバスタ国王女ネフェルタリ・ビビ様。
彼女とはあまり関わりたくなかったのだが、仕方ない。
「キミが4年前娘を助けてくれた子供かな?」
「へ?」
ビビ様に向けていた視線を声のする方に変える。
娘?
「勇敢な少女にお礼を言えなくてすまなかった。私はアラバスタ国王ネフェルタリ・コブラだ」
大ボスがやって来た。
「は、はっ!私は雑用のリィンと申しますです!コブラ様、まことにありがとうございますです!」
「ハハハッ、そんなに固くならなくていい。私の娘の友達で命の恩人なのだからな…」
「は、はぁ…お、お言葉に甘えるです」
固くなるに決まってるだろうがって叫びたくなるのよく我慢したな私。
「あの…気になるですが…」
「どうかしたか?」
「っ……、えっと、
ちょっと気にはなってた事を聞く。失敗だったかな、王様怖い。ヒエラルキー怖いなぁ。
「確かドーパンという大佐に教えてもらったな」
貴様か。
「「………。」」
横でスモさんとヒナさんが仰天してるのが見えてしまうのがなんとも悲しくなる。言わなくてごめん。
「おい…テメェなんで言わなかった…(ボソッ)」
「王族と知り合いだったの?ヒナ
スモさんは仏頂面で、ヒナさんは笑顔のまま隣に並ぶと表情はそのままに小声で呟いた。
随分大胆な事しますわね。
私は2人に王様相手にするバトンを渡せば私を引っ張ってどこかへ連れていこうとするビビ様に素直に従った。
「本日はわたくしヒナ大佐とスモーカー大佐が護衛を務めさせていただきます」
「あぁよろしく頼むよ御二方。そしてリィンちゃんも」
「は、はい……」
もう2人の傍に居ないのにわざわざ方向転換して挨拶してくれる王様マジ神。出来れば記憶に残して欲しくないかな。
「かい゛、マ〜マ〜マ゛〜、海軍は何を考えているのですか!?護衛は必ず中将以上の方が付くと決まってるのでは!?」
髪の毛をぐるぐる巻きにして今まで出会った中で1番2番を争える格好(髪型のみ)の人が規則について触れてきた。
痛い所を付くね、え、センゴクさんあらかじめ説明してくれて無かったの?
他の電波を
でも盗聴妨害用の白電伝虫は海軍本部にあるはず。凄く希少種だけど。
余談だが盗聴用の電伝虫は二種類あって、電伝虫同士の電波を盗聴する黒電伝虫と半径5m内の小さな音を盗聴する超小型電伝虫がある。
電伝虫を盗聴するか人間を盗聴するかの違いだけど。
閑話休題
「それには色々と理由がありまして……」
「理由!?そちらの都合でこちらの王を
「いえ、決してそういう事ではありません…」
ヒナさんが話して良いのか悪いのか分からなくてアタフタしている。ここら辺は経験の浅さと判断力の甘さが他の中将さん達と違う所だね。
私は意識が全員そちらに向いている事を確認すると人差し指を口元に持っていってヒナさん達に手話と呼ばれる指文字で指示を出した
『ナイミツ ニ ツタエル』
それを伝えるとヒナさんより先にスモさんが頷いて他の海兵に聞こえないように伝えた。
「内密事項だがこの船に海軍大将が乗っている、のです」
「…!……それは本当か?」
コブラ様が驚く顔を作るとスモさんもヒナさんも微妙な表情になり目が泳いだ。
おい、何が不満だ。私の何が不満だ。
「そりゃあ、まぁ、本当だが……」
「と、とにかく今回はわたくし達が主に護衛に務めさせていただきます。大将は秘密裏にお守りしますのでご安心を…」
スモさんが言葉を濁すとヒナさんがカバーをした。
嘘がつけないし無礼だが判断力があるスモさんと、規律を主としてる故に堅いが気遣いの出来るヒナさんは結構いいコンビだと思う。
「リィンちゃん?どうしたの?」
「……何事も存在しないです」
ビビ様が手を引っ張って王族の船に乗せようとしてるのがとても気になってワンテンポ返事が遅れてしまった。……私もまだまだ…か。
「ねぇねぇリィンちゃんも私と一緒に行こう?」
「私は海兵故に船は別となるです、が…」
「いいじゃない!海兵さんは私たちを守るために来ているんでしょ?なら傍に居てくれた方が安心だわ!」
「…………承知です」
さり気なく教養を見せつけてくる辺り成長したなと思ってしまう。確かに反論出来ない意見だ。
「スモさーーん!ヒナさーーん!ごめんぞー!私こちらの船に乗るでーーす!」
もう距離の離れている2人に声をかけるとギョッとされた。
「お、おい!テメェ…!………雑用が乗るのかよ!」
「雑用故にそちらの船での存在意義はほぼなしですぅぅー!」
ぐいっと引っ張られコケそうになり、慌ててバランスを立て直した。
コケる拍子にビビ様まで巻き込んで転んでしまったら洒落にならない。首が飛ぶ、物理的に。
「あ、あの…ビビ様…一つお願いがあるです」
「どうしたの?」
「私、船に酔いやすく、箒に乗る許可をいただきたいです……」
個室に入れないという事は能力がバレる事と引き換えに酔い防止をする必要がある。
後々正体がバレた時酔いまくりだと知られたら「大将が乗ってる意味無くね?」となるのを恐れたからだ。恐ろしい、仰天して青筋たててるセンゴクさんを想像するだけで恐ろしい。
世界政府も王族も上司も恐ろしい。
「ほう、き…?」
「はい。よろしいです?」
「…? よく分からないけど良いよ!同じ砂砂団の一員だもの!」
あ、私まだ砂砂団に属しているんですか?
とにかくこれで言質は取った。誰が文句を言おうと「王女の許可あり」と言えば国王以外の口は閉じられるだろう。
権力とは凄まじいものよのぉ!フハハハ!海軍大将の権力も使う事が出来るのもこれまた楽!万歳不正!万歳七光り!万歳!
「おーい、リィンちゃーん?大丈夫〜?顔が面白い事になってるよ?」
「は…! 申し訳ありませんです。少々考え事をしてるですた」
「考え事してたの?本当に言葉上手になったね〜」
聞きましたおつるさん!あなたの指導と私の努力の
「嬉しいです。ありがとうございます」
「ふふ、私のお部屋に招待するね!2人だと小さいかも知れないけど…1週間のふなたびなんだよね?」
「そうです、長旅になるですから何か不満などあれば申し付けてくれです。可能な範囲のみ対応するですから」
にこりと営業スマイルで笑ってみせればビビ様は不満そうに顔を歪めた。なんでだ。
「お友達じゃないの…? 何だか王宮で大人の人が使ってる態度みたいで嫌だよ…」
なんだ、一応仮にもこちらとしては海軍の兵士(雑用)として来ているんだ。王族と相手に「ハローお元気ー?」とか言った日には太陽と別れを告げなければならない。それだけは絶対嫌だ。
「
おずおずと申し立てればビビ様の顔は一気に輝いた。どうやら納得してくれた模様で私はこっそり安堵の息を吐く。
ちなみに私に〝私〟が来ることは無いけど。だって海軍やめるつもりも無いし個人的に王族と関わる機会なんて絶対無い。
え、無いですよね?
「ビビ様、出航しますよ?」
乗り込んできた人が言うとビビ様は「ペル!」と声を上げて抱きついた。
はて、聞いたことがある様な無い様な……。
「あ、……あなたは4年前の時の少女…。あの時はビビ様や砂砂団の皆を守ってくださりありがとうございます」
「あ、いえいえ。当たり前の事をしたまでです」
思い出した。人攫いの時に出てきた人の1人じゃないか。懐かしい、お久しぶりです。
一介の兵士相手なら気が楽だ。
「キミはこの船に乗るのかな?」
「は、はい!ビビ様に頼まれたです!」
「そうか、それは心強い」
爽やかスマイルを向けるとそのままコブラ様達の元へ向かって行った。なんだあの運動部のエースを務めてそうな人間は…!あの人種が苦手、教室の隅っこ系女子に気軽に話しかけに行けるヤツ。むり、関わらないで…!私は漫画を読んでいたいの…!
「ま、いっか…」
小さくボソリと呟く。
とにかく船が動いてしばらくしたらさっそく箒に乗らないと…。マスト辺りの高さまでいくと視覚的に死ぬから低空飛行だけどね。マストの上げ下げくらい手伝わないといけないですよね、絶対。
「リィンちゃん、行こう?私見張り台登ってみたいなぁ…船に乗るの初めてなの!」
無邪気に笑う王女様を相手にしながらヒナさんとジョブチェンジしたくて堪らなかった。
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──時を遡る事数日前──
「お邪魔するでーすスモさんヒナさん!」
「あ、リィン…。丁度良かった、伝えないといけない事があったの」
「…?」
「わたくし達何故か今度大佐になるの…そしてね、今度の
ヒナさんが盛大にため息を吐く。私はその時思った。
「(大変だなぁ……私のせいで振り回されるなんて。私にはゴメンだ)」
他人事だった。
「面倒くせェな…チッ」
「まぁまぁ、お2人とも階級おめでとうございます。アラバスタのネリフェタリ家ですた?」
「アラバスタの〝ネフェルタリ〟よ」
「おお、そうですた。流石ヒナさん心強いです」
「わたしくは不安でしか無いわ。ヒナ不あ………───どうしてアラバスタ国だと知っているの…?ヒナ、疑問」
ヒナさんが会話の不自然さに気付き書類を見ていた顔を私の方に向けた。それに釣られスモさんまで見ている。
「そりゃあ私も共に行くからです」
「は?お前雑用だろ?」
「しかしながら私別の階級存在してるです」
あっけらかんとトップシークレットを漏らせば2人の動作が完璧に止まった。そっくりか。仲良しか。そんなに私に仲良しアピールしたいのか。
「………は?」
「今回の階級と2人の護衛は大袈裟に言うなら私のイレギュラーを隠す為でもあるです」
「どういう事だ………?」
「私、女狐だもんです」
「「はぁぁぁぁあ/えぇぇぇぇえ!?」」
シンクロ率はびっくりする程高かったと記憶している。
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そんな事もあったな、と物思いにふける。本当はふける余裕なんてないですけど、現実逃避です。
何故なら、
「わぁ!すごい!空を飛んでる〜!」
箒の後ろにお姫様が乗っているから。
「ビビ様〜!お気を付けてください〜!」
「うん!ペルの背中に乗ってるみたいで気持ち……あっ」
「あ……ひ、秘密じゃないですか〜!」
ビビ様が何かボロを洩らした様だ。現実逃避もここまでにしてきちんと集中しよう。新しい箒はまだちょっと慣れてないんだから。
つい半年程前、クロさんが持ってきてくれた箒が〝飛べる箒〟のイメージと同じで、私の電伝虫の番号交換と引き換えに譲ってもらった。
折れた箒は直して1年くらい使ってたけど接合部分から脆くなってもうそろそろポッキリいきそうだったのですぐにもらったのだよ。
でも正直番号は要らなかった様だ。何も言わずに去ってしまったからな。……もちろんその次の会議でお茶をくんだ時こっそりお菓子渡しておいたけど。機嫌なおせよ砂人間。
「リィンちゃん凄いね!」
「え、えへへ〜………はぁ…」
これ、責任問題とかになりませんかね?
チャカが出てきてくれないwww
空を飛ぶ事に抵抗が無いビビ様はペルの背中に乗って飛行経験があるから怖いとかのイメージ無しに乗れたんでしょうねー。
クロさんと電伝虫の番号交換、と言ってもリィンが一方的に渡したのみなので一度向こう側から掛けて来ない限りクロコダイルの電伝虫番号はリィンは知りません!何も言わずに去ってしまった心情は想像にお任せしますよ