第90話 手配書 その1
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「よぉ〝鷹の目〟」
密林とも取れる森の中一人の男が鎮座していた。その男は赤い髪に左目の三本傷。
「俺ァ今気分が悪いんだが…。何の用だ?勝負でもしに来たか?」
鷹の目、ミホークは辺りを取り囲む人影にため息を吐きながら答えた。
「──このやり取りは毎回しないとダメか」
「んな!なんだよノリ悪いなァ〜!」
「いや、もうそろそろ飽きた」
毎回ほぼ内容の変わらないやり取りはミホークにとってつまらなかった。
そんな彼を気にせずにシャンクスは笑い飛ばす。
「んで?今日はどうしたんだよ」
古い付き合い故かミホークという生態をよく分かってるシャンクス。手短に用を済ませ下らないやり取りが出来る宴へと持ち込もうとしたのだろう。
……どうせこいつに大した用は無いと踏んで。
「今度はなんだ?七武海の面白話か?それとも行った島で興味深いモンでもあったか?」
「いや、一つの海賊団にあった」
「ヘェ!強いヤツでも居たのか」
こいつが興味を持つとは珍しい。シャンクスは内心口笛を吹きながら続けられる言葉を待った。
「いや…まだまだ弱いな。だがとても強い」
「!」
優しげな…まるで父親の様な笑みに思わず目を見開く。周りのクルーも同様だった。
「昔から話していただろう?会ってきたさ」
「昔………、おい、そりゃ一体どこの」
ミホークはシャンクスが言い切る前に懐から2枚の手配書を取り出した。
「〝麦わら〟のルフィ」
「それと〝堕天使〟リィン」
「な…ッ!」
慌てて手配書を受け取ると写る笑顔のルフィと顔は見えないが元気そうなリィンの姿を確認し、ニヤリと笑みを深めた。
「来たか…ルフィ!」
親子分でも弟分でも無い何とも曖昧な関係──いや、いずれ越えると誓われた敵の誕生に心底嬉しく思った。
「よぉーし!宴だ宴!鷹の目!飲むぞ!」
「お頭お前昨日飲みすぎて今日二日酔いじゃ…」
「ンな細かい事気にすんな!」
急告したルウの言葉も蹴飛ばしミホークの肩を組むとその本人から呆れ果てたため息が返ってきた。
「相変わらずだなお前は……」
ついこの間まで殺し合いをしていた仲とは思えないが最大の敵であり最高のライバルをミホークは少し羨ましく思う所があった。
リィンという共通の話題があった故か、ここまで関係が軟化するとは思わなかったが。
「にしてもなんでリィンまで手配書に?お前何か理由聞いてないか…? こいつ
一応リィンの立場を気遣ってか耳元でシャンクスは呟いたが、聞く言葉を間違えた。
「大将?」
ミホークは思わぬ認識に眉を顰める。
「女狐だろ?だってリィンが言ってたからな!秘密にしなくても知ってるから遠慮しなくてもいいぞ?」
ミホークの目は『何を言ってる』と疑問を語るばかり。
至近距離でそれを見たシャンクスはしばらく考える素振りを見せた後一瞬で青くなった。まさか自分は選択を間違えたか、と。
「…………タチの悪い冗談、では無さそうだな。シャン?」
「ハ、ハハハ…………………………ミホ、忘れてくんねェ?」
「無理だな」
即答したミホークにシャンクスは冷や汗をかいた。
「っだぁぁぁぁああ!なんっっっっで!なんでお前は知ってないんだよ!」
「いや、そんな文句を言われても俺自身かなり驚いているんだが」
「ウルセェ!顔に出せ!」
そこらに置いてあった瓶を持ち酒を飲むと発狂しているシャンクスに向かって笑みを浮かべた。
「馬鹿だな」
「お前に言われたかねェんだよ!こんっのやろう!」
事情を察したヤソップは仮にも自分の船長である男の醜態を大爆笑している。そんな彼を見てミホークはある一つの出来事を思い出した。
「アァ…そういえば狙撃手。お前名前たしかヤソップだったよな」
ざわ…と辺りが騒いだ。
普段のミホークは絡むといってもシャンクスのみ。後は受け答えが主だったから初めての出来事に赤髪海賊団は動揺した。
「お、おおおう」
「その海賊団にお前の息子がいたぞ」
顎を上げて視線を手配書に向けた事からルフィ達の船だと言う事が察せられた。
「ま、マジか!?」
「大マジだ。リィンが言っていたから確実だろう」
「………マジか……!」
ヤソップのノリに乗っかって来る辺り随分機嫌が良いのだろう。
シャンクスが未だに頭を抱えてる中ミホークはフッと笑った。
「(何故知らなかった、か)」
もう10年の付き合いとなるのに知らない理由などただ一つ。
「(奴は海兵で俺が海賊という事のみ)
七武海とリィンは元々必要最低限しか関わって居なかった。過去を詮索する事も無くただ表面上のやり取りを繰り返していただけ。
それが悲しいとも思わない、それが当たり前だと全員割り切っていた。
「(海侠だけは違っていたみたいだが)」
何故海軍に入った?どこ出身だ?親は?家庭環境は?剣帝との関係は?
聞きたい事など多数あっただろうに誰も触れない。
「(奴らが我慢しているのに俺が我慢しないわけにいくまい……。それにリィン本人は内に入られるのを拒否する傾向があるしな)」
酒を1口飲みながらミホークはポツリと呟いた。
「────何が恐れられる七武海だろうな。ただ嫌われるのを恐れる臆病者ばかりだ…」
──自分も含め、全員。
シャンクスは聞こえた言葉に微かな信頼が混じっている事に安堵の息をもらした。
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──
「あら」
ジャッキー’S ぼったくりBARの店主であるシャッキーことシャクヤクはニュースクーが運んで来た手配書に目を細めた。
「海軍を辞めた情報が入ってきたからもうそろそろ、とは思っていたけど……ふふ、本当に海賊になったのね」
独り言を呟いていたら店の奥から喧騒が聞こえてくる。変わらないいつものパターン。
「だ〜か〜ら〜!お前はそれ以上酒を飲むんじゃねェ!」
「フェヒター…そんなに私を怒らせたいか」
「少しはセーブしろセーブをよ!」
「(まぁ〜たやってる…毎日毎日喧嘩と、飽きないわねェ〜…)」
ため息を吐きながらシャクヤクは2人の男に声をかけた。
「これ、見ないのかしら?」
ピラッと手配書を見せてみれば興味は引けた様で〝冥王〟と〝剣帝〟は手配書を受け取る。
「……ヘェ。ガキンチョと小娘か」
「なるほど…、引き伸ばさなければな」
シャクヤクはこの2人の単純さにほとほと呆れた。頭はいいはずなのにどこか馬鹿に分類される昔からの友人に。
「数々のライバルがいる中で3000万と2000万の金額はデカイわよ」
煙草をふかしながら言えば頷く2人。満足そうに大きな幼子を眺めるとシャクヤクはふと違和感に気付いた。
「ん?どうしたんだ?」
「……ねェ、この子達。どうして
それを聞いてフェヒターは確かにと口を開いた。
「ガキンチョは日が昇っている状態。小娘は真夜中。同時に手配されたのに撮られた時間が違うたァ確かにおかしいな」
「恐らくアーロン撃破以外の要因で恐れられたのでは?流石私の娘じゃないか」
ついでにレイリーも意見を口にすればシャクヤクは満足そうに微笑んだ。
「あ……思い出した」
レイリーが顔を上げる。
「この子達バギーも倒していたなァ」
〝道化〟のバギー。いや、今は手配書が更新して〝千両道化〟のバギーとなっていた事を思い出す。
確か更新された懸賞金は1億2000万。
「バギーも随分出世したものねぇ」
ふざけた調子で言えばフェヒターが苦笑いを零した。
「大方海軍に経歴がバレたんだろうよ」
「十中八九それだろう。この前娘がバギーの弱点を聞きに来た。センゴクへの報告ついでにチクったとすればこの対応も頷ける」
「うぇ!?聞きに来たのか?」
「……すまん、随分語弊があったな。電伝虫だ」
普通の人間ならば電伝虫と取れるが単独で長距離飛行が出来るリィンならではの誤解だ。不可能と言いきれないからこそだろう。
「(誰かの話をする時は仲良しなのに……お互いの話になると90%で喧嘩になるのよね…)」
困った子達だわ、とシャクヤクは頬に手を置いてそっとため息を吐いた。
「この子達。名を上げそうね」
手にした手配書は合計8個。
経歴、金額共にまだまだ
「待ってるわよ、リーちゃん」
──2年後再び
──兄と共に
約束が果たされるのを。
自分だって可愛がっているのだから。
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──
「ジンベエ、随分気分が悪そうね…いえ。機嫌、と言うべきかしら」
「ハハハ…オトヒメ様には分かってしもうたですか」
とある事件の報告で王宮に立ち寄った七武海海侠のジンベエは謁見の間にて国王と王妃の前で胡座をかいていた。きっとリィンが見たらいくら七武海と言えどもぶん殴るであろう。
「……。アーロンが
「なんと…!」
思わず沈痛な面持ちになるネプチューン王。だがそんな空気を払拭する様にジンベエは明るめの声で言葉を続けた。
「ですが安心してください!どうやらこの海賊の子達がアーロンの野望を潰してくれたようですから!」
「それは…ひとまず安心したんじゃもん」
懐から手配書を取り出し近くの兵に渡すと彼を通してネプチューン王まで届けられた。
「ほぅ、麦わらのルフィ君とな」
「ええ。随分、恩が出来てしもうたと思いますわい」
苦笑いをしながら、ジンベエは続ける。
「それに、二枚目の子にも」
その言葉でネプチューン王は二枚目を目にした。するとニヤリと口角が上がる。
「(ジンベエから海軍を辞めたと聞いた時はどういう事かと思ったが……これは恐らくスパイ)」
女狐が早々辞めるとも思え無い。そもそも魚人島を進んで保護している女狐が海軍を辞めた、等という連絡が魚人島に来ていない事が何よりの証拠。保護は未だに続いている。
ならば答えは簡単に導き出された。
「複雑じゃもん………」
遠い海で魚人の暴走を食い止めてくれた恩人と王妃を救ってくれた恩人。彼らのどちらか一方を応援する事が出来ない。
「まァ、魚人島の救世主が恩人の船に乗っているのね…!」
オトヒメ王妃は嬉しそうに声を上げる。
ネプチューン王は妻が喜ぶ度に余計複雑な心境に追い詰められた。
「……ふむぅ」
実はネプチューン王は未だに彼女が女狐であると言う事を国の誰にも伝えていない。もちろん王妃にも。
この反応からしてジンベエも知らないだろうと簡単に予想出来た。
「お父様?お母様?お客様ですか?──あ、ジンベエ親分様!」
美しく育ったネプチューン王の娘、シラホシ姫がひょっこり顔を覗かせた。幼さが残る顔立ちでにこりと笑う姿は保護欲を駆られる。
「おおシラホシ姫様!お久しぶりですな」
「は、はい!お久しぶりですッ!」
ペコッと頭を下げてオトヒメ王妃の傍に寄ると首を傾げた。
「それは海賊様の手配書ではございませんか?」
「でも私達の恩人よ…──それと貴女のお友達」
「…!リィン様!」
顔が写って無いがこの場にいる兵を含め『リィン』という名の共通認識はただ1人。肩書きは違えどたった1人を指していた。
「お元気そうで何よりです…あれからまだ1度しか会えて無いのですから…」
「海賊の船に乗っているという事はいずれこちらに来る可能性があるわね、その時には胸を張って移住が決定したと言える様再び署名を集めなければ…!」
何度対策をしても
だがオトヒメ王妃は少し足りとも諦めて居なかった。むしろ希望すら湧いていたのだから。
「1度、救われた命ですもの……。粉骨砕身!皆さんの為に私は体を張ります!」
「……その心意気は誇らしく思いますがこの前罪を犯した者にビンタして腕を複雑骨折する様ではコチラとしては不安が拭えません母上」
王子であり兵士の立場である子供達は苦笑いを浮かべた。
「まァ…申し訳ありませんわ私の可愛い息子達」
「母上〜!口先だけの謝罪は受け付けないラシド〜!」
「アッカマンボー!俺も同じ意見だぞー!」
「……と、言うわけです」
「あら」
茶目っ気たっぷりにクスクスと笑う姿を見て、ジンベエもネプチューン王も生きていてくれて良かったと心から思った。
「(…麦わらの彼にも子供達の友人の彼女にも死んで欲しくないんじゃもん……)」
2人が騙し合う関係ならば可能性が低いと思うが、心優しい王は願わずにはいられなかった。