更新速度が遅くてすまない…。
唯の単純な計算だった。相手が冷気によって形を保っているのなら燃やせばいいだけのこと。フェーデには幸いにも相手を燃やす手段がある。源初のルーンを使い、槍に火を灯せばいいだけのこと。神秘の火は、神秘の冷気を簡単に断ち、不死身と思われていた肉体に血を流させた。
滴り落ちる血を見て、巨人は吼えた。シグルドのみが自身の敵だと思っていた。しかし、虫けらの一人だと思っていた人間の一人は、オーディンの匂いを漂わせる魔力を宿らせている。肩を叩き、払い潰そうとした。
「しっ!」
フェーデは巨人の肉体を垂直に駆け下りながら、胸から腹筋にかけて斬り傷を刻み込んだ。
途中で大きく飛翔し、僅かに残っていた砦の上へと着地する。
「燃えろ!!」
空中に指を走らせ、炎を点火する。最初に傷つけた手首の傷を燃やし、傷に追い打ちをかける。
「ガアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?」
痛みに悶え、巨人は叫び続けた。
「―――そのような手段があったか」
気づけば、シグルドが隣に立っていた。
「お前もやるか?」
「頼む」
差し出された魔剣の上を指が滑るようにルーンを刻む。
魔剣にもルーンの炎が灯された。一度、試すように剣を振るうとシグルドは満足したように頷いた。
「あの巨人に奥の手とかないな?」
「もし、そんな素振りを見せようものなら我が智慧が悟ってくれる」
「なら」
「思う存分戦うだけだ」
その言葉をもって、二人は同時に飛び降りた。
○ ○ ○ ○ ○
偉大なる父、偉大なるユミル。
その直系たる我ら巨人ならば如何なる敵をも討ち滅ぼせると確信していたはずだった。
なのに、なぜこんな醜態を晒しているのだろうか。
まず、両の踵を同時に貫けられた。次に膝を傷つけられ、大腿を刻まれた。
剛力の一太刀と疾風の乱斬。異なる技術にも関わらず、二種類の猛攻は息が合っていた。
間と間を縫い合わせるような拍子に、どちらを先に潰すべきなのか迷う暇はない。止まっている間にも、炎は己の身を焼き斬る。
交差する脅威は同時に腹部を刻んだ。徐々に上へと向かってくるというのに、何もできないもどかしさに叫んだ。
細かな砂利は浮かす音波に刃達の猛攻は一時止んだ。
悔しい。自然とこみ上げくる怒りにまた我を忘れそうとなる。流れる血潮を見て、かつての敗北を思い出す。あの時の絶望、父を失った
胸の傷は未だ癒えていない。負けるわけにはいかない。だからこそ、如何なる手段でも使うのだ。
○ ○ ○ ○ ○
シグルドと同時に攻め込み、軽傷であるが十分な傷を与えたとき、巨人は叫んだ。あまりの衝撃に、一度引くことを躊躇わないほどだ。荒い息遣いではあるが、余裕がある姿にその身に見合った体力を有しているらしい。
「なんだ?」
巨人は一度、身を大きく震わした。恐怖で震えるにはあまりにも仰々しい。すると、巨人の肉体から煙が吹き出し始めた。
「―――む。いかん!」
シグルドが叫んだ。彼の智慧が本人に何かをつげたのだろうか。
巨人の肉体から吹き出した煙が周囲に満たされていく。それと同時に巨人の姿が見えなくなっていく。いや、違う。あの巨体が薄くなっていく。
「おい、これは」
「フェーデ、横だ!」
視線を横にずらすとそこには巨大な拳が迫っていた。
「くっ!?」
岩のような拳を衝突間近で躱した。拳はフェーデを捉えきれないと、すぐに
耳が風を切る音を拾う。上を見上げると足の裏が降ってくる。それを躱すと、次は後ろからまた拳が。それを捌くと正面から。次は右、左斜め、正面、上、飛んで躱すと下から。
「おい!」
「奴の肉体は冷気だ! 身体を切り離すという曲芸を繰り出せる!」
「本当に化物、か!」
両手両足からの四方八方の打撃はまさに変則的。幾ら鈍重な攻撃でも予測が困難ならば対処が遅れる。しかし、そこは流石とうべきかシグルドとフェーデはなんとか攻撃をくぐり抜けている。経験と知識が初見の攻撃をカバーしてくれている。やがて慣れてきたのか、二人の行動は最初と比べると流暢となってきていた。今では煙となり、姿をくらました巨人の本体を探していた。
ぅわあああああああああ…
煙の中、声が響いてきた。情けない鼻声がシグルド達に向けて、近づいてくる。目を凝らしてその正体を確認すると。
何かに投げられたように、戦士風の男が飛んできた。
「「なっ!?」」
グシャ。
飛んできた男は二人から離れた位置にあった瓦礫の壁にぶつかり、壁の染みとなった。
再び、声がする。次は一つだけではない。二つほど、声が響いてくる。見ると先ほどの男同様に戦士たちがこちらへと飛来してきた。
「―――っ!」
次はシグルド達めがけて、正確に飛んでくる。シグルドは魔剣を片手に持ち直すと飛んできた一人を掴んだ。だが、それと同時にシグルドの後ろでは空気が固まるように集まり、巨人の拳になっていた。
「シグルド!」
原初のルーンで飛んできた男を救っていたフェーデは彼に叫ぶ。だが、少し遅かった。
「グッ!!?」
巨大な拳を背中から受けたシグルドは大きく弾けとんだ。崩れた砦の一部に当たり、ガラガラと瓦礫の中に埋まっていく。シグルドに助けられた男は目の前で吹き飛んだ大英雄を見て固まっていたが、すぐに巨人の拳が現れ潰されてしまった。
「ひっ!?」
「くそっ…!!」
あの巨人は砦の中にいる人を次々にフェーデ達を殺すために囮として投げつけてくる。シグルドの様子を見て、うまくいくと判断したのか、フェーデに集中的に投げつけてきた。数はおおよそ、十数人。それぞれが別方向から来るため、意識が別々に持っていかれる。
即座に指を空中に走らせ、ルーンを刻む。空気を密集させ、それをクッションにし速度を殺す。それをすべての人へと飛ばすが、下から
突如全身を殴られる感覚が襲う。
「カハッ…!?」
目の奥に火花が散ったような幻覚を見た。現れた拳に殴り飛ばされ、空中に舞う。悠長にしている暇はなかった。目の前で再び足が現れたのだ。
槍を盾にするように構えると、拳が振り下ろされる。まるで虫になった気分だ。頭上からやってくる人間の脚を自力で潰されないように足掻く感覚。ギチギチと槍の柄が鳴く。そして、槍は無惨にも折れてしまった。
「ちっ!!」
槍が折れると同時に、横へ転がり踏みつけを回避する。無くなった武器に感傷する暇はない。もう一つの武装である剣を鞘から引き抜き相手を探す。
(何処だ…)
煙が一帯に広がり、濃霧の中にいるようだ。あれほどの巨体が見えない。相手の能力だと知っていても思わず歯噛みしてしまう。
人を投げてくるのはいつの間にか止んでいた。投げる人がいないのか、こちらを様子見しているのか。どうするかと思案し始めたとき、一部の瓦礫が吹き飛んだ。
敵の攻撃かと構えたが、それは違った。吹き飛んだ瓦礫の中心、そこに一人の男が立っていた。
「すまない、遅れてしまった」
「よく無事だったな…」
頭から血を流しながらも、しっかりとした足取りでこちらへと戻ってきたシグルドだった。
「先ほどの戦士は?」
「・・・・・」
「そうか…」
フェーデの反応でどうなったか察したシグルドは一度黙り、すぐに目を開いた。
「どうする。このままだと狼の群れに囲まれた羊だぞ」
「ああ、そうだ。このままだと嬲り殺されるだろう。その前に決着をつけなければいけない」
「考えがあるのか?」
「ああ、だがそれには人手が足りないな…」
シグルドの智慧が、巨人の殺し方を既に提案してくれている。しかしその方法には数人の助けが必要であり、フェーデ単体では難しい。
そうするべきかと考えるシグルドとフェーデの耳に新たな音が入ってきた。
○ ○ ○ ○ ○
弾が去ってしまった。あれほどに散り散りに群れていた人間たちは自分たちの同胞が無残に死んでいくのを見て、我先と逃げていった。
情けないと一瞥すると、すぐに興味を無くす。
今の巨人は体を煙へと変えて周りへと散っている。この状態だと目が見えないが、己の煙の中にいるものなら手に取ったように居場所を
把握できる。まさに腹の中にいるような感覚なのだろう。あの人間どもを殴りつけた感覚は堪らない、嬲り殺してやろうと意気込む。
だが、変化は起きた。煙の中にいた一人が瞬時に煙の外へと飛び出していった。
なにがあった? こちらが意識を思考に奪われている間になにをしたのだ。あの二人の他に何かがいた気がしたが、把握しきれていなかった。
捉えようにも煙の外に逃げてしまったなら、一度体を集めなくてはならない。この好機を逃す手はない。煙の中に残った一人を先に始末
するべきか。
そう考えていた時、再び肉体が焼ける感覚が襲ってきた。
○ ○ ○ ○ ○
シグルドの提案は最初耳を疑ったがすぐに賛同し、フェーデは一人煙の中に残っていた。
手に持った剣にはルーンの炎が纏っており、その炎を避けるように煙は退いている。その様子を見て、作戦は上手くいくと確信した。
一人、フェーデを置いて煙の中から脱出したシグルドは今も尚、駆けていた。
逃げるためではない。勝つために、懸命に
「馬遣いが荒い御方だ…!!」
「お前なら容易いだろう!」
シグルドは俊馬グラニに跨り、崩れた砦の上を駆けていた。悪路としか言えない道を速度を落とさず、風と一体化してグラニに乗ったシグルドは颯爽と煙の周囲を回っていた。
巨人が砦に襲来したとき、グラニはフェーデ達よりその襲来を察知していた。動物の本能という優れた防衛機能が警鐘を鳴らしたのだ。
とある幻馬から生まれたグラニは知性は元より、膂力も桁外れであり、自分を馬小屋に繋いでいた紐を力任せに引きちぎり、逃げていたのだ。主人を置いて、というより主人が死ぬとは一切考えず、邪魔にならないように遠くより見守っていたのだが、主の危機を感じ、煙の中へ飛び込んだのだ。
グラニと再会したシグルドはフェーデに策を伝えると、悟られぬうちにグラニに飛び乗った。
駆けるだけで風をも置いていく疾さで走るグラニの上で、シグルドがルーンの炎を纏った炎を掲げ、煙へと近づけた。
煙は炎を嫌がってか、遠ざかるように退いていく。それを見て、シグルドは微笑んだ。
そのままグラニの手綱を操り、煙へと接近する。煙は逃げるために、炎と反対方向へと散る、それが悪手となるとは考えず。
円を描くように走るグラニはさらに速度を増していく。一周が百メートル以上になるというのに未だ衰えを見せない。炎が残した光が疾さを増すごとに伸びていき、やがて光が繋がった、それは天から見れば、炎の輪が煙を囲んでいるように見えた。
嫌う炎を避けるために煙は中心へと逃げる形になってしまう。炎の輪も徐々に大きさを狭めていった。
逃げ場を失い、煙は集まっていく。すると、煙の形が人の形となっていった。
「オオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
人の形は鮮明となり、やがては完全に霜の巨人と戻った。
炎に炙られ続けた巨人は完全に激昂している様子だった。目は血走り、額には蜘蛛の巣のように血管が浮かんでいる。それを前にしても
シグルドは焦らなかった。
「オオオオオオオ、オ、オ、オォォォ???」
どれだけ叫んでも、時は既に遅かったのだ。
煙の時に火を当てられた巨人の痛みは、神経そのものに火を当てられているほどの激痛に等しかった。
だから反撃の策を考えれず、逃げて元の姿に戻ったのだろう。
「オ、オオオ―――ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!??」
元の姿に戻る前、煙を、冷気を肉に戻す際、確認などしていなかったのだろう。自らの肉体である煙の中に、
絶叫する巨人の腹部、その中心がやたら盛り上がっていた。異物が入っているような違和感、そこが蠢いていた。
激しい流動、波打つように皮膚から―――剣が飛び出した。
「アアアアアアアアアアアアッ、ガアアアアアアッッッ!!?」
剣は皮膚に戻ると再び巨人の肉体から飛び出した、それが数十と繰り返されると、大量の血と肉片と共に人が飛び出してきた。
鋭い瞳と髪を巨人の血で濡らしたフェーデだった。
「―――あああああああっ!」
血の海から抜け出したフェーデは息絶え絶えとしながらも、確実な痛手を与えられたことに獰猛に笑っていた。
「くそ!…シグルド、次はもっとマシな案を出せと自分の知恵に言っておけ」
「ああ、すまないな。だが、上手くいっただろう?」
シグルドが煙を集め形を元に戻し、煙の中にいたフェーデが肉体の中に潜み、内部から切り刻み致命傷を与える。この策には煙を逃がさないように火で囲む必要があった為、人手が必要だったがグラニという俊馬がいたことにより実現した方法だった。
シグルドはグラニから降りると、巨人を見上げた。そこには風穴が空いた腹部を手で押さえている巨人が。出血を抑えようとしても溢れる血流を防ぐには至っていない。決定的な一撃だった。これで放逐しても、いずれ死は免れないだろう。だが。
「万が一だ。ここで終わらせる」
「異論は、ない」
魔剣と剣が死にかけの巨人に向けられる。
巨人はここで悟る。こいつらには勝てない、と。どうあがこうとこのままでは終わってしまう。
まだ何もなしていない。復讐の序盤なのに、オーディンの顔も見ていないのに。死んでしまう。
「アアアアアアアアアアアアアッッッ」
巨人は立ち上がった。そして、踵を返して逃げ出した。
駆けた。ただ、後ろを振り返らず必死に走った。ヨーツンヘイムへと帰還し、傷を癒そう。そしてまた復讐を始めるのだ。
時間ならいくらでも、自分は巨人、不死に近い永き時間があるのだ。次は上手くいく、必ず成功させる。
そんな前向きな考えと共に、腹部から溢れる血を見ないようにして、走った。
だが、そう上手くいくほど世界は上手くいってなかった。
「ッ!?」
突如、足が軽くなった。まるで羽になったように軽い。しかし妙に軽すぎる。片足に視線を向けて見れば。
足がなかった。
片足を無くなったと認知した瞬間、派手に転ぶ。平地を削るほどの転倒は爆音を生む。地に伏せる巨人が転んだ状態で見たのは、剣に付いた血を振り払っている片割れの男だった。その横には自分のものだった、斬られた足が転がっている。
「そこまで傷を負っていては、冷気に変わることもできないのか」
その男はこちらを淡々と見ていた。これからこちらがどうなるのか悟っているのか。静かに見据えていた。
やがて、その男が現れた。オーディンに匂いを漂わせる、まっとうな英雄。
その手には煌々と光を滾らせる魔剣があった。その光は一度喰らった。だがあの時とは比較するには烏滸がましいほどの魔力が暴れていた。
「魔剣よ、起きろ」
声に反応し、一層と黄昏の光は呼応する。空気を焼く匂い、膨大の熱が撒き散らされる。命の輝きすらも飲み込む、暴力の権現。純粋無垢な力は渦を巻く。
魔剣の光を受けた英雄の後ろの影は―――竜の形となった。
「是れよりは粛清の刻である」
「暴虐は死に絶え、邪知は潰える」
「黄昏を超え、黎明に捧げるは生命の鼓動」
「大神の試練を超えし、窮極を此処に」
「飲み込み果てよ―――『
迫り来る、竜をも斬り伏せた一撃が下される。免れぬ魔力の息吹は、憎々しいほどに美しかった。
そう思う自分を嘲笑し、巨人は瞳を閉じた。
巨体すらも容易に呑みこんだ一撃に、巨人は痛みもなく死を迎えた。
「…終わった、な」
「ああ、終わった」
広がるは更地と化した大地。大地の上には何も残されていなかった。死にかけた巨人の姿も、平坦な平原も綺麗に無くなっていた。
気づけば夜は明け、新たな日の出が昇っている。
「まさか、巨人退治が霧の巨人だったとは誰も思わないだろう」
「そうだな、当方も肝を冷やした」
「嘘をつくな、そう思うならその氷のように固まった表情を崩せ」
「生まれつきだ。ならばお前も、嬉しそうな顔の一つぐらいしてみろ」
「疲れているんだ、察しろ」
「…そうだな、疲れたな」
二人は同時に座り込んだ。はあ、と出るため息も同時だった。そこからはただあてもなく、青くなっていく空を黙って見上げていた。
フェーデの心中はただただ平穏だった。巨人を殺した。人々を脅威から救った。その功績からくる高揚や達成感は…不思議となかった。
この心境をなんと語ればいいのか、自分には理解しきれなかった。ただ、安堵に似た何かを得た気分だった。
心地よい風が頬を撫で、胸の中にも入り込んでくるようだ。
体は疲れているし、血塗れで身体全身が臭うし、痛い。
それでも、それを超える何かが悪感情をも上回った。
「なあシグルド」
「どうした」
「…いや、悪い。何も考えていなかった」
「なんだそれは」
色々と考えさせられ、英雄という輝きを教えてくれた男は何を考えているのだろう。この男なら、答えを知っているのかもしれない。そう考え、静かにその考えを否定した。
これは自分の問題で、自分が気づけなければならない。
「帰るか」
「ああ、帰ろう」
二人が立ち上がると、空は完全に青へと変貌していた。雲一つない青空の下、英雄と青年は巨人殺しの名を残したのだった。
意訳、一寸法師大作戦