Sword Art Online Re:βoot   作:mimitab_

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10.

2024年、2月。

アインクラッド 第1層 はじまりの街 軍本部

 

「タンク!徴税の時間だ、行くぞ」

槍を担いだ男が身の丈2メートル以上ある大男に声をかけるが、その巨大な男は黙って首を振った。

「放っとけ放っとけ。来るわけねぇだろ」

両手剣を背負った別の男が退屈そうに言う。

「徴税は俺たちの立派な仕事だぜ?あいつ、また命令違反かよ」

「木偶の坊は置いてけやいいんだよ」

「あいつ、もうすぐで軍やめるらしいぜ?弟と引き換えに」

「マジかよ!?血も涙もないな」

 

タンクと呼ばれた大男は大声で陰口を叩く集団に目もくれず、ただただ黙って立っていた。

 

 

 

Sword Art Online RE:Generation

第10話「巨人と小人」

 

 

 

転移門を抜けて5人の男女が姿を現した。ハル、ノース、タク、ムニ、ヒート。ほぼ同時期に出逢い、ギルド『β』の設立時に最初に登録されたメンバーである。

「はじまりの街は久々だなぁ」

このフロア独特の空気を肌で感じながらヒートが言った。

 

2022年、11月6日。この街から10000人からなる全てのプレイヤーの壮絶な旅が始まった。解放されることを夢見て走り出したプレイヤーは今でこそいるが、当時はそんな人間などいないに等しかった。多くの人間が混乱の中、恐怖とパニックに陥り、自我を崩壊させていった。そして、その想いと戦う決意をし、この世界で生きることを決めたプレイヤーが、現在この世界の殆どをしめている。しかし、それは決して攻略を目指しているわけではない。実際、攻略の為に最前線を駆ける人間は全プレイヤーの2割にも満たない。

 

『β』の5人は静かな街並みを歩く。比較的大きな街ではあるが、活気は全くと言っていい程ない。何故なら、この街に住む人間は攻略を諦めた者、生きる希望を失くした者、単純に戦う力が無い者で溢れているからである。どんよりとした負の空気が街中に漂っており、居心地がいいとは言えない。そんな中、ヒートは街路樹に植わる木の下で座り込む男の子と女の子を見つけた。歳はハルよりも下に見えるほど幼く小学生ぐらいの体格に見えた。

「何、やってるんだろ」

「あぁ、あれか。昔俺もやったよ」

ヒートの言葉にムニが反応して答えた。

「どういうこと?」

「木に生ってる実が落ちてくるのを待ってるんだろ」

「え?あれ落ちるの?オブジェクトだと思ってた」

「落ちない時もあるな。いや、落ちない時の方が多い」

「美味しいの?」

「味はしないから美味しくもないし不味くもない。ただ寂しさと切なさが口の中で広がるだけだよ」

ハルが悲しそうに言った。

「じゃあ、何で?売ると高く買ってもらえるとか?」

「3コルか5コルぐらいかな」

ノースが答える。

「子供か・・・」

タクが同情するような目をして口にした。

 

子供。それもハルのような少年ではなく、本当に子供としか言いようのない小さな子たち。

ソードアートオンラインは推奨年齢13歳以上とされてサービスが開始された。それでも、ログインに年齢確認があるわけではない。法律で決められているわけでもなく、あくまで「推奨」である。だから、それ以下の少年少女が少なからずログインし、このデスゲームに巻き込まれた。子供がこの残酷な世界を彼らの力だけで生き抜くのは不可能に等しく、多くの幼いプレイヤーたちがゲーム序盤で命を落とす結果となった。そして、命を落とす危険性を理解した彼らは外に出ることが出来ず、はじまりの街に留まることを余儀なくされていた。

 

ハルが木の下でうずくまる2人にそっと近づいた。子供たちはいち早くハルの姿に気がつくと途端に怯えた目つきになり、慌てて転びかけながら走って逃げ去ってしまった。その姿をハルは悲しそうに見つめている。

「ハル?」

タクが声をかける。

「ん、ごめん。昨日買ったサンドウィッチが耐久値切れそうだったからあげようと思ったんだけど」

「そうか。でも1人1人構ってたらキリがないぞ」

「わかってる。わかってるよ」

ハルは俯きながら返事をした。

「他人に怯えてたね」

ヒートが心配そうに言った。

「軍のせいかな」

「それもあるかもな」

ノースの言葉にタクが頷いた。

 

『アインクラッド解放軍』による、下層の統治。

噂によれば随分と横暴なことを行っていると聞く。

ノースは切なげにため息を吐いた。

 

 

「この糞ガキ!」

5人が歩いていると、突然路地裏から怒気を含んだ大人の怒鳴り声が聞こえた。それも1人ではなく複数のだ。5人は顔を見合わせ、声の元に向けて走り出す。

『アインクラッド解放軍』の制服である重厚な鎧と緑色のマントを身に着けた7人の男たちが3人の子供を袋小路に追い詰めていた。先程、木の下に座っていた子供2人を背中に回し守るようにして1人の少年が剣を抜き庇っていた。その姿に大人たちがせせら笑う。

「おいガキンチョ。そんな危ないもんチラつかせてんじゃねぇよ」

「俺たちが誰だか分かってやってんのかぁ?」

「うるさい!これ以上近づくな!」

少年は大人たちを牽制する。

「カッコつけんなよ、ガキ」

軍の1人が少年の腹に蹴りをいれた。力加減など一切せずに。

「うっ!?」

転がり蹲りながらも少年は眼光を光らせ大人たちを睨み付ける。庇われていたもう2人の子供たちは蹴られた少年を心配して駆け寄った。

 

「ガキはどっちだよ」

「あぁ!?」

背後からの声に軍の男たちは一斉に後ろを振り向いた。そこには首の骨をボキボキと鳴らしながら近づくムニ。

「誰だ、でめぇ」

1人がムニに拳を固め殴りかかってくるが、ムニはそれを容易に避けると男の鳩尾に弾丸のような重いパンチを食らわせる。安全圏なのでダメージはない。だが衝撃はある。殴られた男は吹き飛び民家の壁に叩きつけられ地面に倒れこんだ。それに怒った軍の集団が武器を握り向かってくる。しかし今度はムニの前に躍り出たヒートが剣を抜き広範囲攻撃のソードスキルを放った。安全圏でソードスキルを使用しても、デュエルでない限りHPが減ることはない。だが、先述した通り個々のレベル差がある場合、受けたプレイヤーには衝撃が襲う。それは一種の脅しに近い攻撃だった。

「な!?てめぇら、誰だ!?」

地に伏っする男が怯えながら虚勢を張る。

「君たちこれから話に行こうって相手に何やってんの・・・」

ハルが呆れた口調で微笑みながら言う。

「まぁ、僕も同じ気持ちではあるけど」

片手直剣を抜き、伏する男の喉元に切っ先を突きつけた。

「『β』が君たちのボスに会いたがってるって伝えてくれるかな?」

軍の人間たちは震えながら頷き走り去っていった。

 

「大丈夫?」

ノースは蹲る少年に駆け寄った。

「あ、うん。ありがとう」

「立てる?」

「平気だよ。こんなの慣れっこさ」

少年は立ち上がって明るく言った。

「ジュン、カナ。お前らもこの人たちにお礼しなよ」

少年が後ろでへたり込む子供2人に声をかける。

「元はと言えば、お前らがホーム抜け出すからこんなことになったんだからな」

「あ、あ、ごめんなさい。ありがとう・・・ございます」

2人の子供に頭を下げられムニとヒートは年甲斐もなく照れた。

「そうだ!ねぇ、お姉さんたち時間ある?僕たちのホームに来てよ!お礼がしたいんだ!僕はシュート!よろしくね」

少年がノースの手を引っ張りながら言った。

 

 

『β』はシュートに連れられ、はじまりの街の外れに位置する教会にやってきていた。扉を開けて入ると、中はいっぱいの子供たちで溢れかえっている。ハルたちに気付き一瞬怯えた表情を見せるがシュートが一緒だということを確認すると、また無邪気に遊び始める。

「サーシャ先生、ジュンとカナ見つかったよ」

シュートが叫ぶと子供たちの中から修道服のような青いローブを身に付け、メガネをかけた若い女性が現れる。

「シュート、ありがとう。ジュン君、カナちゃん、心配しましたよ」

女性はジュンとカナを抱きしめた。ごめんなさいと言いながら泣き出す2人。

「あら、その方たちは?」

女性はハルたちに気付き言う。

「この人たちが助けてくれたんだ。お礼してもいいだろ?」

シュートが答えた。

「まぁ、ありがとうございます。私はサーシャと言います。この教会の何というか、責任者というか」

「先生は俺たち子供を匿ってくれてるんだ。俺らみんな感謝してるんだよ」

口ごもるサーシャの言葉に続いてシュートが言った。

「へぇ。僕はギルド『β』のハルと言います」

ハルの言葉を皮切りに『β』のメンバーが軽く自己紹介をした。

「すっげぇ!ギルドかっけぇ!」

シュートは声を大にして感動している。

 

お礼と言われ、5人は食事を頂いていた。パンと卵と少量の野菜といった普段食べているものに比べれば質素ではあるが、味付けがどの食材にもしっかりと染み込んでおり、その家庭的な味は決して悪いものではない。

「多いですね」

周りのテーブルで食事をする子供たちを見てノースが言った。

「そうですね。レベル上げすら満足に出来ない子供たちを引き入れているうちに、こんなに増えちゃいました。まぁ、私もレベル上げるのそんなに上手くないんですけど」

大変だとは言うが、サーシャの口ぶりから後悔したり面倒腐がったりしているような感じは一切ない。

「立派だと思います」

ハルが率直な意見を述べるとサーシャは嬉しそうに顔を赤らめた。

 

「おいこら、俺のパンを取るんじゃねぇ」

ムニは子供たちのテーブルに混ざり騒いでいる。

「お姉ちゃんカッコよかった」

「ぬふふ。そう!私はカッコいいのだ!」

ヒートも子供たちに囲まれ騒いでいた。今日子供を救ったヒーローの2人だ。完全に子供たちの人気を独占していた。

 

「生活はどうですか?」

ノースが聞いた。

「あまり贅沢な暮らしは出来ないですね。だけど食材やお金の調達はシュートが頑張ってくれるので、なんとか」

「そっか。お前偉いんだな」

タクが隣に座るシュートの頭を撫でると、少年は誇らしげに微笑んだ。

「でも軍の方からの圧力は相変わらずというか」

「徴税ですか?」

「えぇ。シュートが稼いでくれるお金も殆ど取られてしまって。私がもっと強ければいいのですが・・・」

「そんなことないぜ先生!俺がもっと稼ぐからさ!」

俯くサーシャにシュートが明るく言った。

「ありがとね」

サーシャにお礼を言われたシュートは照れを隠すように頭をかいた。

「軍の圧力は徴税の他にも?」

ノースが聞いた。

「えぇ。子供を軍にいれるから寄越せと言われます」

「軍に?」

「勿論断っています。1回だけ、その申し入れを受けたことがありました。でもそれから連れて行かれた子に会いに行っても面会謝絶で・・・そしてその1週間後に黒鉄球の碑を調べた時、名前に線が入っていました」

「そんな!?いきなりフィールドに送り込んだってことですか?」

ノースが息を呑む。

「あるいは最初からそのつもりで囮に使ったのかもしれないな」

タクが静かに呟いた。

 

戦闘出来ないプレイヤーをに向けてモンスターをけしかけ、その間にモンスターを安全な位置から倒す汚いやり方。巷では「モンスターPK」と呼ばれるこの悪質な手は殺人ギルドを中心に広まっていた。それが使える技かどうか軍は知りたかったのかもしれない。

 

突然、扉がドンドンと乱暴に叩かれた。その荒っぽい叩き方に『β』の人間は思わず立ち上がり自身の武器に手をかける。

「大丈夫ですよ。この時間なら恐らく」

サーシャはそう言って立ち上がり扉を開けた。外に立つのは身長が2メートル以上ある巨大な男。背中に背負っている斧はその男よりも大きい。

「タンク!」

シュートが大男に向かって駆け出す。タンクと呼ばれたその大男は駆け寄って来たシュートの頭をゴツゴツとした手で優しく撫でた。そしてウィンドウを開き大きな麻袋を取り出してサーシャに無言で渡した。

「タンクさん、こんなに?」

サーシャは受け取って目を丸くしタンクの顔を見上げる。

「・・・」

対しタンクは何も言わない。

「いつもすいません。ありがとうございます」

その言葉を聞き、タンクはシュートの頭にポンと優しく手を置き、踵を返して去っていく。

「タンク!また一緒に狩りに行こうよ!」

シュートがその後ろ姿に声をかけた。

 

「あの方はタンクさんです。夜になると毎日教会に寄ってくれて。大金を渡してくれたり食材やアイテムを渡してくれたりと優しい方なんです」

サーシャが席に戻ってきてハルたちに説明をした。

「タンクはいつも何も言わないけど、めちゃくちゃ強くていい奴なんだ」

シュートは自分のことを話すように誇らしげだ。

 

 

翌日。

アインクラッド 第1層 はじまりの街

アインクラッド解放軍 本部

 

巨大な建物だった。1000人を超えるメンバーが在籍しているということを抜きにしても、その巨大さは見る者、足を踏み入れる者を圧倒させる。城の廊下は中世ヨーロッパのような装飾が施され、得体の知れない高価そうなアンティークや恐らく上位の者であろう肖像画などが飾られている。花瓶にいけられた花でさえドぎつい色をしており、どうも落ち着かない。

「趣味、悪ぃな」

ムニとヒートは気に入らないという感情が明からさまに顔に出ている。残る3人もその悪趣味な品々に難色を示す。

 

5人は初見の間というところに通され、暫くすると男が現れ5人よりも髙い位置に置かれた豪華な椅子に座った。因みに『β』の5人に椅子は用意されていない。

「βテスターが何の用や」

明らかに見下した感じの口調だった。

「シンカーさんにお会いしたいのですが」

ハルが言う。

「なんや、わしじゃ不満かい」

「シンカーさんにお会いしたいのですが」

ハルはもう一度、落ち着き払って言う。

「なんじゃ坊主!ナメてんのかゴラァ!」

男が怒気を含み唾を撒き散らしながら叫ぶ。乱暴な関西弁。『アインクラッド解放軍』の副リーダー、キバオウとはこいつのことだろう。昔と変わらないその横暴な態度に懐かしさを覚えながらノースは黙ってキバオウの姿を見つめた。

「では、貴方でも構いません」

「あ?」

「最近、貴方たち軍の方からギルド加入の勧誘を何度も受けているので正式に断りに来ました」

ハルは全く口調を変えることなく物応じせずに言い切った。

「勧誘だぁ?フザけんなよコラ。誰がβテスターなんぞに、ンなこと頼むかボケ!」

「なら、勧誘はなしの方向でいいですよね」

ハルは話をまとめ、帰ろうとする。

「ちょ待てやコラ、なんやその態度は」

キバオウが立ち上がり威嚇するが、ハルは帰る支度を整え背中を向けていた。残る4人もハルに続く。

 

「待て言うとるやろが!おい!」

キバオウは席を離れハルたちの傍まで降りてきて叫んだ。

「まだ何か?」

ハルが顔も向けずに言った。

「『何か?』じゃないわボケ!ワレ目上の人間に話す態度ないンかコラ!・・・ん?」

5人の傍まで降りてきたキバオウは、ノースの存在に気付き彼女の姿を舐めまわすように見つめる。

「お前・・・ノースか?」

「・・・どうも」

驚くキバオウにノースが軽く頭を下げた。

「お前・・・よくもノコノコと現れよったの。わかってるんか、お前がいなくなった後の解放隊がどんな被害こうむるハメになったンか」

「第25層の話ですか?」

「そうや。あそこで何人も仲間が死んだンや。それをお前は!」

「私のせいですか?」

「そうに決まってるやろが!お前みたいなβ上がりのクズが尻尾巻いて逃げ出したからやろが!」

キバオウはそう言って乱暴にノースの肩を掴んだ。

「おい」

途端にタク、ムニ、ヒートの3人が自身の武器を抜き放ち、キバオウの喉元に切っ先を突きつける。

「・・・なんのつもりや」

「お前こそ、なんのつもりだ?」

タクが鋭くキバオウを睨みつけながら言う。

「軍の本部で何さらしてンのか、わかってンのか?」

「わかってるからこその行動だが?」

そのタクの口調はキバオウよりも尖っていた。

「戦争になるで?お前らカスが束で挑んでも負けない兵力がウチにはある」

「数に頼ってんのか、情けねぇな」

ムニが呆れた口調で言う。

「こいつムカつくなぁ。ハルちゃん、斬っていい?」

ヒートが苛々を隠すことなく言い切る。

「戦争?かまいませんよ。ただ挑んでくるのは貴方たちの方ですけど」

ハルが言う。

「お前らホンマもんのアホやな。最前線で戦ってるからって調子のンなや」

「調子にのってるのは貴方の方では?」

「どういうことや」

「貴方たちが毎日やってることはオレンジプレイヤーと同じくらい卑劣だ。この街の癌だ」

「何やと?」

キバオウが鋭く睨み付けるがハルは怯まない。

「徴税と称して弱い者から金を巻き上げ、街に出れば子供を虐め、何が強者だ。笑わせないでください。アインクラッド解放を謳いながら第1層に閉じ篭って自身の命もかけず警察の真似事をして暮らしてる。そんなことをしていて楽しいですか?と僕は問います」

ハルの言葉にキバオウは悔しそうに黙り込み、ノースの肩を掴む手を離した。それと同時に剣を喉元に突きつけていた3人もキバオウに鋭い視線を送りながら構えを解く。

「もういいですよね」

ハルはそう言って出口の方へ向けて歩き出す。

 

「ノース。ディアベルはんが今のお前の姿見たら悲しむで」

ハルに続いて立ち去ろうとしたノースの背中に向けてキバオウが忌々しげに言った。

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

ノースが振り返る。

「ディアベルは、こんなつまらないことをする人間ではありませんでしたから。かつての貴方はそうだった。私はキバオウさんの昔の姿が好きでした」

 

 

5人は軍本部の廊下を無言で歩いた。すると前からタンクが大きな身体を揺らしながら歩いてくる。

「タンクさん」

ハルが思わず声をかけるとタンクは無表情のまま足を止めた。小さなハルを無言で見下ろしていたが暫くすると何も言わないまま、その場を立ち去っていく。

「兄さんに用があったのかい?」

近くの部屋の扉が開き、細身で筋肉質な男が顔だけを外に出して言った。

「せっかくだからお茶でもご馳走するよ。さ、入って入って」

男が手招きをするので5人は中に入る。

 

綺麗に整頓された部屋だった。棚に色んな種類の本がギッシリと並び、武器であろう巨大なウォーハンマーがクローゼットの横に立てかけてある。男は自身のウィンドウから、座り心地の良さそうなソファを5つ取り出し座るように勧めた。

「兄さんとは知り合い?」

テーブルの上にお茶の入ったカップを6つ置いて男は言った。

「いえ、知り合いと言う程でも」

ハルが答える。

「そっか。まぁ、この世界で兄さんと友達になるのは難しいよね」

男はクスクス笑いながらカップに口をつける。

「はじめまして。僕はロック。正真正銘、タンクの弟さ」

「現実世界でもてことですか?」

「そうそう。僕らは兄弟でインしたんだよ」

ノースの質問にロックは快く答える。

「君たちはギルド『β』の人たちかい?さっきキバオウと会ってた」

「はい」

「そうか。いや、キバオウがアホみたいに怒ってたからね。あの人が不機嫌なのはよくあることだから気にしないで」

仮にも福リーダーである男をアホ扱いするロック。

「シンカーさんがもう少し厳しくなれたらいいんだけどね。それは無理な注文さ。優しさの塊みたいな人だからね。おっと、軍の内部の話をペラペラ外部の人間に話すのはあまりよくないね。ごめんごめん」

兄のタンクとは対照的によく喋る人だった。

 

「やっぱり上手く纏まってないんですか?」

「おっと、直球で来たね。ど真ん中ストライクコースだね。まぁ正しいよ。このギルドの実権はキバオウが握っているようなもんさ」

ノースの質問に気分を害した素振りも見せずロックは答える。

「下層の治安維持、徴税、狩場の独占、オレンジプレイヤーへの処遇、βテスターへの偏見。全部キバオウが考え指示してやっていることだ。いいこととは勿論思わないけどね。でも僕は元々シンカーさんが率いていたMTDにいたんだ。シンカーさんがいる所に僕もいたい。それが僕の考え」

ロックは淡々と述べる。

「誰か止める人はいないんですか?」

ノースが聞いた。

「キバオウはああいう性格だからね。言っても大した効果は出ない。実質、キバオウ派の人間の方が多いんだ。そりゃそうだ。彼についていけば裕福な暮らしが出来るからね」

「でもそれは・・・」

「勿論ただのまやかしにしか過ぎない。だけどね、一回その味を味わってしまったら人間というのは中々前には踏み出せないんだよ」

ロックはノースの言葉を遮って言った。

「貴方はそれを見ているだけですか?」

ハルが口を開く。

「厳しいね。そう。見ているだけだ。僕はもうシンカーさんに頼るしかない。なんとかしてほしくてキバオウと話をしただけで罰せられたよ。軍を抜けると言えば、この内部の情報がどこかに漏れるのかを危惧したのか今や僕は自室謹慎の身さ」

明るい口調の中に諦めが含まれていた。

「僕らMTDの人間はキバオウによって厳しく監視されている。だから外に出させてもらえないんだ。それはシンカーさんも同じだろうね。まぁ、それを強引に突っぱねたのが兄さんだけど」

「どういうことですか?」

「兄さんは子供を保護している教会を援助しているんだ。僕の身柄と引き換えにね」

「え?」

「兄さんのそういった行動が最近バレてキバオウが兄さんに言ったんだ。そういう勝手なことをするなら、お前も弟も一生外出禁止。この城で幽閉生活を送れとね。そしたら兄さんは昨日、軍を真っ先に辞めたんだ。他の奴らの制止を振り切り、僕の意見も聞かずにね。兄さん他人に指図されようが関係ないから。誰もあの大男は止められないよ」

ロックは誇らしげにケラケラと笑った。

 

「悪い人じゃなさそうだ」

軍本部の城を後にした5人は転移門広場に向かいながら話をする。

「というか、いい奴だったな。兄も弟も」

ムニが言った。

「どうにかしたいね」

ヒートが心配そうに言う。

「でもロックさんと約束しちゃったし・・・」

ハルがため息を吐いた。別れ際、ロックはこれは内部の問題だから外部の君たちが解決に乗り出さないようにねと深く釘を刺した。

「でも、外部の人間、特に子供たちが被害を受けているんだぜ?」

ムニが苛立つ。

 

「あ、お兄さんたち」

転移門広場にたどり着くと、転移門の前に立っていたシュートが声をかけてきた。

「あれ、どうした?」

タクが怪訝そうな顔を浮かべる。

「お兄さんたち、最前線で戦うギルドなんだって?」

「まぁ、間違ってはないな」

ムニが答える。

「それならさ!俺もギルドに入れてよ」

「え?」

シュートの発言に5人は驚き固まった。

「俺、結構強いよ?短剣と片手直剣のレベルも上げてるし。いつか攻略組に仲間入りするのが夢だったんだ!」

「ちょ、ちょっと待て。サーシャ先生は何て?」

戸惑いながらタクが聞いた。

「めっちゃ反対された。迷惑になるからって。でも強いギルドに入ることが夢だって言ったら許してくれたよ」

 

「ごめんね、シュート君」

力説し熱くなる少年の言葉を遮りハルが口を開くと、少年の表情から明るさが消えていく。

「ダメ?」

「うん。ダメだ」

「俺、人の役にたちたいんだ!お願いだよ!」

シュートは頭を深く下げて言った。ハルは膝を折り、シュートとの目線を合わせる。

「君は充分人の役にたってるじゃないか」

「え?」

「君は教会の優秀で立派なボディガードじゃないか。これ以上に人の役にたつ仕事なんて中々無いと思うよ」

「でも、攻略だって」

「攻略が直接人の役にたつかい?1層1層攻略するごとに教会の子供たちの暮らしが良くなるかな?」

「それは!でも、この世界からいち早く解放される為に俺は戦いたい!」

「それなら、本物の攻略組に入るといい。僕から信頼出来るギルドに口添えしてあげようか?『血盟騎士団』でも『風林火山』でも有名なところはいっぱいあるよ。そして僕らは、こういうギルドとは違うんだ。僕らの目的は攻略だけではないんだよ」

「じゃあ、何の為に生きてるの?」

「僕らかい?そうだな。根っこは教会の子たちと変わらないよ。生きるために生きてる」

「よく分からないよ」

「そう。実際のところ、僕らにも判ってないんだよ」

「え?」

「とりあえず死にたくないから生きてる。僕らはそんなものなのさ。だから僕たちは君が思うような強いギルドではないんだよ。攻略に参加するのは、ただ単に目的が合致するからなんだ」

ハルの言葉はよく解らなかった。近くで聞いているメンバーでさえも解らなかった。しかし意図は理解した。ハルがシュートを拒んでいるのは『β』は常に危険が伴うようなギルドであるが故の行動だと。βテスターを中心に構成されたギルドであり、まだまだ他人から嫌悪感を買われることも多い。そんなギルドに新しい仲間を加えることに対してハルは不安に感じているのだろう。

 

「じゃあ、僕たちは行くね」

そう言ってハルは立ち上がった。

「でも・・・」

シュートが顔をあげる。

「それでも、お兄さんたちは俺を助けてくれた」

小さな身体の奥底から搾り出すように声を出す。

「久しぶりなんだ。サーシャ先生やタンク以外に俺たちみたいな子供に優しくしてくれた大人は。だから、だから俺はお兄さんの傍にいたい。お兄さんの隣で戦いたい。安心していたい」

「・・・」

ハルは黙ってシュートの言葉を聞いた。

「教会も・・・いい所だけど。俺が、俺が頑張らないと俺が笑っていないと、みんなが安心できない。でも俺だって・・・たまには泣きたい。たまには1人が寂しいって言いたい。たまには安心していたい」

シュートは涙を零して想いを吐露した。

「それが君の本心かい?」

「・・・そう。強いギルドに入りたいのも夢だけど、それ以上に安心していたいんだ」

言葉に気持ちが篭ると同時にシュートは静かに声を殺して泣き始めた。止めようとしても涙が止まらない。

「わかってるんだ。この気持ちが甘えだって分かってる。だから強くなりたいんだ。お願いだよ。足は引っ張らないって約束する・・・だから」

 

「いいよ」

暫しの間を置いてハルは言った。残りの『β』のメンバーは何も言わない。全員がどこか遠いものを見るような目をして違う方角を見つめていた。

「え・・・今、なんて・・・?」

シュートがしゃくり上げながらハルの顔を見る。

「いいよ、おいで」

その視線に気付いたハルは優しく言う。

「でもまずはサーシャ先生に挨拶して。他の子たちにも。それが終わったら出発するよ」

「う・・・うん」

シュートはまだ信じられないような顔をして、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

アインクラッド 第1層 はじまりの街 教会

 

『β』のメンバーは、シュートがサーシャや子供たちに別れの挨拶をするのを遠目から見ていた。全員が寂しそうな顔をしており泣き出してしまった子もいる。サーシャも泣きそうな表情だ。そんな様子の教会の仲間をシュートは熱く鼓舞している。

 

「これで良かったと思う?」

ハルがメンバーに尋ねた。

「いいんじゃね」とムニ。

「泣き落としはズルいよね」とヒート。

「お前が決めたことだ」とタク。

「わかんないよ、そんなこと」とノース。

「真剣に聞いたのに・・・」

ハルは口を尖らせた。

「あ・・・」

教会の敷地に大きな身体を揺らして歩いてくる大男を見つけたヒートが指を指した。

 

「その格好・・・軍、辞めたんだね」

シュートがタンクに気が付き近寄って言った。

「タンク。今までありがとう。俺、あの人たちについていくことにしたんだ。安心して。すっごくいい人なんだ」

大男はシュートに言われた『β』のメンバーを見やると近づいてきてハルの前に立った。圧倒的な身長差である。そのままタンクはハルを見下ろすと、ゴツゴツした大きな右手を差し出した。その手をハルは微笑みながら握り返す。髭が濃すぎて定かではなかったが、僅かにタンクが微笑んだような気がした。

 

「じゃ、行こっか」

ハルが号令をかける。

シュートは教会の方を振り返り手を振った。子供たちが全員外に出てきて手を振り返す。サーシャは深くお辞儀をした。タンクはじっとシュートのことを無言で見つめている。

 

 

第1層、はじまりの街。この街から全てのプレイヤーの壮絶な旅が始まった。そして今、1人のプレイヤーの新たな旅が始まろうとしている。

 

「お前、足を引っ張るのは構わない。手も足も引っ張っていいけど、自分の首は締めるなよ」

タクが言った。シュートは分かったような分からないような表情を浮かべているが頷いてみせる。

「今はそれでいい」

そんな少年の顔を見てタクは笑った。

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