Sword Art Online Re:βoot 作:mimitab_
2024年、4月。
アインクラッド 第39層 アールーン
葉っぱ屋「Smorkin Torch」
(まいったなぁ)
シグは心の中で呟いた。カウンターを挟んで目の前に満面の笑みではしゃぐニカがいる。
いつも通り、朝に店を開けウィンドウを弄りながらストレージの整理をしていると彼女が遊びに来たのだ。ニカ曰く「今日は晴天なので絶好のお出かけ日和です!出かけましょう!」とのことだ。
店をNPCに任せて出かけること自体には何ら問題はない。自分自身も別にインドア派ってわけでもない。ただ1つ問題なのはニカと一緒だということ。シグは最近自分の心の中で湧き上がる気持ちに気付いていた。だてに25年間生きてきたわけではない。間違いない。これは確実に恋である。
シグはニカのことが好きになっていた。
Sword Art Online RE:Generation
第12話「ボーイズロマンス」
アインクラッド 第50層 アルゲート
ギルドホーム
ハルは自室兼執務室で先日行われた迷いの森クエストでの反省会をタクとしていた。タクは「もういいだろ」という考えであったが、あの場で誰も死ななかったのは奇跡に近いとハルは思っていた。
「仕方ねぇだろ。結晶無効化エリアだって情報屋は言ってなかっただろ?トラップの宝箱があるってのも聞いてねぇし。まぁ省みるなら何で今回だけいつもと同じ情報屋に頼らなかったんだって話だな」
タクが言う。『β』が未開のクエストに赴く際は、毎回情報屋であるフランに聞き込みをしてからにしている。しかし今回はフランの姿がどこを捜しても見つからなかったのだ。
「それでも、チーム分断なんて最悪だよ」
「でもそのお陰でいいもんが見れた」
「何?」
「シグの近接戦闘さ」
「あぁ。僕もちょこっと見たけど、シグ君ってやっぱり強いよね」
「おぉ。隊形は最近固定気味だからなぁ。変更しても面白そうだなって思ってさ」
「楽しそうだね。こっちは落ち込んでるのに」
「おいおい。だから結果オーライだって言ってるだろ?」
「そりゃそうだけどさ」
ハルは不満そうに口を尖らした。大の男がこれをやるとブン殴りたくなるぐらいムカつくだけだが、ハルやシュートがやると実に可愛らしい。今のハルにそれを言うと不貞腐れてしまうので伝えることはしないが。
アインクラッド 第47層 フローリア 主街区
「わぁ、綺麗ですね~」
転移門をくぐり抜けたニカは街の景色に高揚した。第47層はフロア全体が花で覆われた美しい階層で、主街区であるフローリアは別名『フラワーガーデン』と呼ばれる程に花が咲き乱れた美しい街だ。
(失敗した・・・)
シグは心の中で自分に悪態をついた。
結局、店はNPCに任せて出かけることにしたのだが「どこに行く?」とニカに問うと彼女は「シグさんが行きたい所でいいですよ」と一番困る返答をした。自分のセンスが問われる回答に行き着いた結果がここである。
フロアが花畑ということで、この街に訪れるプレイヤーは圧倒的にカップルが多い。この街で結婚式をあげる男女も少なくない。そんな超メジャー級のデートスポットに来てしまったことに早くも後悔しているシグなのであった。
そんなシグの心境も知らず、ニカは無邪気に街の花壇を見て周る。花壇に植わる花をタップすると、その名前と種類が表示された。
「花っていいなぁ。栽培スキル鍛えてみようかなぁ。シグさんは栽培スキル持ってます?」
「持ってる」
完全に上の空であったが反射的に答えることが出来た。
「いいなぁ。え、それは煙草の為ですか?」
「そう。使える植物は自分で育ててみたいし」
「そしたら、こういう花も栽培出来るんですか?」
「うーん、こんな綺麗なのはまだ出来ないなぁ」
(やべぇ、僕いま普通に会話してる!?)
「私に合いそうな職人スキルって何だと思います?」
「ベタだけど、料理かな」
「料理か~。前はボロボロだったからなぁ」
「最初はあんなもんだって。僕も初期の頃は食材ダメにしてたよ」
「そんなもんか~」
普通に会話が成立しているが、シグの内心は様々な感情が入り乱れていた。
「シグさんって職人スキル幾つ持ってるんですか?」
「えーと、料理、栽培、武器精製、職人スキルではないけど釣りとか・・・」
「釣り!?」
「昔は自分で釣った魚、食べてたよ」
「へぇ、凄い」
(凄い・・・凄い・・・凄い・・・凄い・・・凄い・・・)
ニカの言葉が頭に響き続ける。
「な、何か食べる?」
「そうしましょうか」
シグの提案にニカが頷いた。
(失敗した・・・)
店に入り席についた瞬間、シグはまたもや心の中出悪態をついた。
街がカップルで溢れていれば当然店の中も同じ状態である。かといって違う場所に移動するのも不自然で変だし・・・。せめて、隣の席で彼女に「あーん」して食べさせて貰ってる優男がいなければ、こんな気持ちにはならなかったのに!!
「シグさん、何食べます?」
ニカがメニューのウィンドウを見ながら言った。
「え?えー、クランザスのサイコロステーキでいいや」
「了解です。じゃあ私はマカスの実のクリームパスタにしようかな」
注文を終え、程なくするとメイド服姿のNPCが料理を運んできた。
「シグさんって結構強いですよね」
「え、何突然」
ニカがパスタを口に運びながら急に言うのでシグは食べる手が止まる。というよりも固まる。
「西の山行った時も迷いの森の時も凄かったし」
「どうした、急に持ち上げたりして。そんなよいしょしても、ここの飯代ぐらいしか奢らないぞ」
いつも通りの冗談が飛ばせるまでに回復してきたシグ。
「別にお世辞を言っているわけでは。私、シグさんの戦ってる姿、結構好きなんですよね」
「え?」
(好き・・・好き・・・好き・・・好き・・・好き?好きって言われた・・・好きって言われた・・・好きって言われたああああああああ!!??)
「ドリンクのお代わり如何ですか?」
いいタイミングでNPCがやってきた。
「あ、あぁ。お願いし・・・えぇ!?」
見上げてシグは声が裏返る。ずっとNPCのウェイトレスだと思っていたがアイスだった。いつぞやのメイド服を着て立っている。これにはニカも気付かなかったようで盛大に驚いていた。
「お、お前なにやってんだよ!?」
「なにって、仕事ですが」
「仕事?何でこんな所で」
「無銭飲食のペナルティです」
「は?」
聞くところによれば、武器装備を整える為に金を使い果たし、どうしても腹が減った為、ここの飯屋に寄り、たらふく食べたが勿論代金を払えるわけもなく、食べた分だけ働かされているらしい。なんだ、そのペナルティ。情報屋に教えたほうがいいぞ。聞いたことないから。
「お前、金ないなら言えよ。それぐらい助けてやるよ」
「1回やってみたかったんですよね。こういう仕事。夢が叶いました」
何故か嬉しそうに言うアイス。最早ツッコミすら入れる気にもならない。
「ふむ。このステーキ、なかなか美味ですね」
いつの間にか、アイスがシグの隣に座って料理をつまみ始めている。
「食うな!仕事中だろ!」
「2人は今日デートですか?いい御身分ですね」
「何様だ、こら!」
アイスのお陰でいつもの調子が戻ってきたシグである。こればかりは彼女に感謝であった。
「まぁまぁ怒らない。はい、あーん」
アイスがフォークにサイコロステーキを突き刺し真顔でシグに差し出した。言葉に全く感情がこもっておらずモンスターを突き刺すテンションでフォークを突き出されても怖いだけだ。
「何でお前に食べさしてもらわなきゃいけねぇんだよ」
「断られちゃいました。じゃあ、ニカさん、あーん」
「ありがとー」
アイスに差し出されたステーキを口に頬張るニカ。
「こういうことがやりたくて、この店に来たのではないのですか?」
「違うわ!」
一瞬だけニカに見とれていたが気を取り直して言い返すシグ。
「はい、アイちゃんパスタだよー」
ニカはスパゲッティをフォークに巻いてアイスに差し出す。
「うん、美味しいですね、これも」
口をモグモグしながらアイスが言った。
「シグ君もいる?はい、あーん」
「っ!!」
動揺して固まるシグ。
「いらないのなら私が戴きます」
「食べる!食べるよ!」
アイスが勝手に前に出てこようとするので押さえつけ、シグは照れながら口を開けた。
「えへへー、でも私が食べるのでしたー」
ニカは悪戯っぽく笑ってスパゲッティを自分の口に運んだ。
アインクラッド 第50層 アルゲート
ギルドホーム
帰宅して自室のベッドに倒れ込むシグ。御飯を食べ終えた後はニカと2人で武具店を見て周ったり、草むらで寝転びながら話をしたりと有意義な時間が過ごせたが、ドッと疲れていた。
「シグー、飲みに行こー」
ドンドンと乱暴に扉が叩かれムニの声がする。帰ってきたばかりだというのに騒々しい。扉を開けると、ハル、シュート、タク、ムニが満面の笑みで立っていた。
「僕、たった今帰ってきたばかりなんだけど」
「男子会しようぜ」
シグの意見などおかまいなしだ。
「ヒートが今日は女子会だって言うからさ。それに対抗して俺たちもさ」
ムニが言う。
「ハルとシューはともかく、お前ら『男子』って歳じゃないだろ」
「バカヤロー。男はいつだって子供だぞ!」
「大体ゲームやってる男が大人なわけないだろ!」
タクの意見は地味に説得力がある。
「しょうがねぇなぁ。どこで?外でやるの?」
「オヤジさんの所行こうぜ」
タクが答えた。
アインクラッド 第25層 シールドクリフ
料理屋「Dice Kitchen」
「ほい、乾杯!」
色とりどりの料理を囲み、タクが音頭をとる。5人の「男子」たちがグラスをぶつけ合った。
「シグ、腹減ってないの?」
「だから僕はもう食べてきたの」
肉にかぶりついたムニの質問にシグが答える。
「どこで?」
「何で言わなきゃいけないの」
「誰と?」
「だから何で」
ムニとタクから質問攻めの集中砲火を食らう。
「何ムキになってんだよ」
「なってないよ」
「なってるよなぁ?」
「なってるなってる」
タクが同意を求めると、ムニが大袈裟に頷いてみせる。実に腹立たしい。
「シュー、ギルドには慣れたかな?」
ハルが隣に座るシュートに聞いた。
「うん。みんな優しいから俺みんなのこと大好きだよ!」
「よかった」
「シュー。『β』の中で誰が一番好き?」
タクが豪快に笑いながら絡む。
ソードアートオンラインでは年齢問わず酒が飲める。酒といっても、気分が高揚するスパイスが組み込まれたドリンクであり、飲み過ぎには注意が必要だが、現実世界のアルコール摂取の症状と特に変わりはない。よって現在のタクの状態は、居酒屋によくいる絡むのが大好きなオッサンということだ。故に面倒臭い奴ということである。
「え?選べないよ。みんな好きだもん」
シュートが困ったように言った。
「じゃあ、女性陣の中で誰が一番可愛い?」
「え?うーん」
タクの質問に本気で悩みだすシュート。
「あまりシューを困らせちゃダメだよ?」
ハルがシュートを守るように言う。
「それじゃ、ハルでもいいや。お前は?」
「えー・・・難しいな」
「何?悩んじゃうの?うちの女性陣、みんなハルのおメガネには適わないと。伝えとくわ」
タクとムニはニヤニヤが止まらない。
「何言ってんの!いやだって、みんな僕よりも年上だし、綺麗だし・・・」
ハルが慌てふためきながら言う。
「確かになぁ。ゲーム好きな子って感じしないよな。うちの女性陣って。シグは?」
「は?」
タクが急に話を振ってきた。
「だからさ『β』で一番可愛い子は誰かって」
「ニカちゃんかな」
(失敗した・・・)
つい本音が出てしまった。しかも即答だ。ここでの模範解答は間違いなく「ハル」である。ギルドのマスコット化している少年の名前を出しておけば、何とか事を回避出来るのだ。シグは心の中で本日何度になるのかも分からない悪態を自分についた。
「成程ね。シグは子供っぽい子が好きなのね」
「何それ、ロリコン?」
タクの解釈を受けて、ムニがテキトーで無責任で誤解を生みそうな発言をする。
「馬鹿。あいつ20だから、そんなんじゃないだろ!」
シグが必死に訂正する。
「あいつ20に見えないよな。俺ずっと中学生だと思ってたし」
タクが失礼にも笑い始める。
「俺もニカ姉、可愛いと思うなぁ。ギルドの中で一番優しいし」
「お、シューもニカに一票か。じゃ、俺もニカが一番可愛いって言っとこ。ムニは?」
「俺?じゃ、俺もニカに一票」
「なんだよ、お前ヒートじゃないのか?」
「あいつのことは、そういう目で見てない」
「なんだ、それ」
ガハハと笑い合うタクとムニ。
「みんなして、なんだよ」
少し不貞腐れたような顔をするシグを目ざとくタクが見つけた。
「いやな、お前、ニカのこと好きなんだろ?今日一緒にデートしたらしいし」
「な、何で知ってんだよ」
露骨にシグが慌てた。
「アイスに聞いたぞ。『楽しそうに来店してきやがってマジ頭にきました』とか言ってたな」
「あいつにそんなこと言われる筋合いなんかねぇ・・・てか違うよ。デートじゃないって」
「あれ、そうなん?」
「違うから」
「だけど?」
シグが終わらせようとした会話をタクが強引に続けた。
「シグ君」
聞き手に回っていたハルが突然口を開く。
「『β』は恋愛禁止じゃないからね?」
「・・・お前まで」
周りを見渡すと、全員がニヤけながらシグが話を切り出すのを待っていた。
「いや、だから」
「いいじゃん。ゲロッちゃえよ。俺もカミングアウトするからさ。俺、ヒートと結婚することにしました。わーい。ほら、拍手拍手」
「え!?」
ムニがいつもと同じ軽い調子で言うので全員が驚く。
「ん?何?」
「お前、軽すぎだろ!」
タクがツッコミをいれた。
「うわー、おめでとう」
ハルが自分のことのように喜ぶ。
「シグ。こんな世界だからこそ、言いたいことは言っといたほうがいいぜ」
ムニが軽い調子のまま言った。しかし表情は口調とは裏腹に真面目なものだった。
「βテスターだから分かるだろ?俺たちいつ死ぬか分からないんだぜ?死ぬ間際に『ああしとけばよかった』なんて思うのは最悪じゃん。勿論俺は死ぬ気ないけどな」
βテスターは、このゲームが始まってから幾度となく危険な目にあってきた。アバターの死が現実の死と直結する世界。どのプレイヤーにも死は容赦なく襲いかかってくるが、βテスターの場青は理不尽な理由で命を追われることが一般プレイヤーに比べて多かった。
「分かってるよ。でも僕だって死ぬ気はない。仲間を死なせる気もないさ」
シグが静かに言い返した。
「ならいいよ。決断を急ぐ必要もないけど、言いたいことがあるなら言うべきさ」
ムニは満足そうに笑って再度忠告した。
「あぁ。じゃ言うけど、僕はニカちゃんのことが多分好きだ。だから誰も邪魔すんなよ?」
心の中で決意して言い切ってみせる。
「邪魔なんかしないぜ」
ムニが嬉しそうに言った。
「多分?曖昧だな、おい」
タクがニヤニヤ笑いながら茶々をいれるが、今となってはシグは気にならない。
「応援する!」
シュートが無邪気に言ってくれる。
「変な植物吸ってまた嫌われないようにね!」
ニッコリ笑うハルは、表情とは別にサラッと怖いことを言う。
幾つになっても、人懐っこい奴らだ。
いつかこの時を思い出して笑い合う日が来るだろうか。
その時、誰1人欠けることなく集まっているだろうか。
その時、僕たちはこの世界にいるだろうか。
それとも、現実世界に戻れているだろうか。
その時、僕の隣に彼女はいるだろうか。
いや。
今は、そんな先のことは考えなくてもいいか。
願望しか見えない未来なんて現実味がない。
ただ迫り来る今日を乗り越えていくだけ。それだけでいいかもしれない。
なにも、僕は独りぼっちってわけでもない。ヘンテコでお節介で頼りがいのある仲間たちに囲まれている。愛情を傾けられる人にも出逢えた。
恵まれているんだな、自分は。
そう思って、シグはグラスの中身を一気に飲み干した。