Sword Art Online Re:βoot 作:mimitab_
2024年、4月。
SAOに於いて習得可能な職人スキルは幅広く多種多様に存在する。戦闘しフロアを解放するだけがこのゲームの生き方だと唱えるような人間は無知であり早死にする確率が非常に髙い。何故なら、戦闘スキルだけでこの世界を生き抜くのは無謀とされているからである。
『β』で一番多くの生産系のスキル数を保持するのはシグであった。本人は器用貧乏と謙遜するが、料理に始まり、栽培、薬剤精製(植物加工)、アクセサリー精製、裁縫、武器精製。全てマスターには至っていないものの、それなりの物は造れる為、『β』のメンバーはいざという時、シグを頼りにしていた。
そして今日、彼を頼って訪ねてきた男が1人。
「結婚指輪、2つ造ってくれ」
ムニは開口一番、シグに言い放った。
Sword Art Online RE:Generation
第13話「結婚」
「僕よりも上手く造れる人いるでしょ?」
シグがムニから素材を受け取りながら言った。
「シグが造ったやつがいいの!」
ムニが言い張る。
「まぁ引き受けた以上、一生懸命造るけどさ」
「幾らぐらいかかる?」
「素材は全部ムニが持ってきたやつで足りてるから費用はいいや。僕からの結婚祝いってことにしといて」
「マジで?サンキュ!」
「しかし、お前らが結婚か。いいなぁ」
「シグもしたらいいじゃん。ニカと」
「馬鹿。物事には順序ってもんがあるだろ?まだ彼女ですらないんだぜ?」
「この前のセクハラ事件があったのに、いい関係じゃんじゃん。お似合いだと思うんだけどな」
「嫌なこと、思い出させないでくれよ」
「いや。シグはあの事件忘れちゃダメだぞ」
「忘れねぇよ」
ニカに嫌われた事件を思い出し、苦い顔をするシグを満足げに見つめるムニ。
「製造過程、見ていくか?」
「見る見る!」
「と言ってもハンマーで叩くだけだけどな」
「料理にしても、その辺つまらないよね」
「あぁ、ムニもそう思う?」
SAOに於いての料理や製造の出来は全てレベルによって決まる。なので製造過程は非常にシンプルであり、単純にシステム化されていた。手先が器用か不器用かで決まるわけでもなく、面倒でもないので熟練度次第で誰にでも会得することが可能だが、その味気なさにシグは退屈さを感じる。それでもアクセサリーの精製なんかは出来るまでそのアイテムがどんな効果を持っているのかは分からないので、出来上がりを見るのは楽しみな作業でもあった。
「僕の手持ちの素材も加えてみようか。面白い反応が出るかもしれないし」
「シグに任せるよー」
ムニは作業台の脇にある回転椅子に座りクルクル回りながら言った。
「プロポーズはムニからしたの?」
ハンマーを叩きながらシグが聞く。
「あぁ。俺から」
「何て言ったの?」
「それ聞いちゃう?」
ムニは照れながら頭を掻いた。
アインクラッド 第50層 アルゲート
ギルドホーム
「何て言われたの?」
ヒートの自室に遊びに来たノースが身を乗り出しながら聞いた。
「え?恥ずかしいなぁ」
ヒートは照れている。
「教えてくださいよー」
ニカが催促した。
「『これからも俺の傍にいてくれ』って」
「きゃー!!」
ヒートが恥ずかしそうに小さく呟いたのを聞いてノースとニカが黄色い声をあげた。
「ムニさんらしいですね。凄くシンプルです」
ニカが顔を赤らめながら言う。
「それでそれで?」
「ちょ、のーちゃん顔近い。それでもなにも『はい』としか言えないよ」
「いいなぁ。私も彼氏ほしいです」
「ありゃ、ニカは結婚願望あり?」
ニカの意外な発言にノースが驚く。
「願望って程ではないですけど。そんな人がいたらいいなって」
「シグやんでいいじゃん」
ヒートが言った。
「え?何でシグさんが?」
「私はてっきり2人が付き合ってるものだと」
ノースが当たり前のように言った。
「えぇ!?違いますよ!」
「全力で否定なの?シグやん可哀想」
「いや!そういうことではなくて!」
「何?まんざらでもないとか?」
ノースが詰め寄った。
「ノースさん、顔近いです。えと、シグさんは、仲のいい友達ってことでして・・・」
ニカの声がだんだん小さくなっていく。
「だけど?」
「ヒートさんも顔近いですって。いや、ホントに、それ以上のことは何も・・・」
「この前、フローリアでデートしたってのは?」
「あれはデートってわけでは・・・って何で知ってるんですか!?」
「アイスが言ってたよ。『2人仲良く来店しやがって畜生!』って」
ノースが楽しそうに言う。
「もう!あの子は!」
ニカはため息を吐いた。
「前のシグやんのセクハラ事件も、あれ正式なプロポーズだったのかもよ?」
ヒートがニヤニヤしながら言った。
「『ニカやん!ニカやん!僕と結婚してぇな!ゲヘヘ』だっけ?」
ヒートが正確にシグのモノマネをするとノースが笑い転げた。
「もう!忘れようとしてたのに!」
「いや!あれを忘れるのは勿体無い!」
ノースがニカの言葉を遮る。
「あんなに熱いプロポーズは見たことも聞いたこともなかったね」
笑いすぎて涙目になったヒートが言った。
「いやだから!あれは違いますよ!」
ニカは弁解に必死だ。
「でも普段のシグは結構カッコいいじゃん」
気を取り直したノースが言った。
「だねー。戦闘でも終始落ち着いてるし。私、未だに剣の世界で銃使う人は邪道だって思っちゃうんだけど、シグは別だね。迷いの森での銃捌き、あれ普通にカッコよかった!」
ヒートが先のクエストを思い出して言う。
「その上、職人スキルは殆ど持ってるし。いざという時は何かと頼りになるし。アホなところあるけど、基本的にはギルドのこと真面目に考えてるし。いい奴だと思うんだけどな」
ノースが言った。
「何で私の顔見ながら言うんですか」
「いい奴だと思うんだけどなぁ?」
「思うんだけどなぁ?」
「2人共!顔が近いです!」
アインクラッド 第39層 アールーン
葉っぱ屋「Smorkin Torch」
場所は戻ってシグの店。ホームで女性陣が自分の話題で盛り上がっていることなど露知らず。
「出来たけど、どうかな」
シグがハンマーを作業台の上に置いて言った。
「こっちが守護の指輪。防御力大幅補正と全ての状態以上耐性が付いてる。こっちは狂戦士の指輪。攻撃力と敏捷力大幅補正が付いてるな。2つ共思いの外よく出来たな。自信作だわ。誰がどっち付けるかは2人で考えてくれ」
「おぉ、サンキューな」
ムニは喜び舞い上がる。
「僕的には、もっと結婚指輪らしく装飾つけたかったけど、あまりデカいクリスタルつけても戦闘に邪魔なだけだしなぁ」
「いや、これで充分だぜ?。縁がキラキラ輝いて綺麗だし」
「内側に何か彫ろうか?」
「そんなこと出来るのか?」
「あぁ。何でもいいぜ」
「じゃあ『M to H』で」
「ベタだな。お前らしいけど」
恥ずかしげもなく言い切るムニにシグは笑う。
「シグー。もう一つお願いがあるんだけど」
「何だよ」
「ウェディングドレス造れない?」
「造ったことない」
「造れない?」
「造れ・・・と?」
「うん」
「僕の裁縫スキル、そんな高くないよ?」
「造れないこともない?」
「造ったことないから分からん。でも多分手持ちの素材じゃ無理だな」
「俺の分合わせても無理かな」
「無理だな。あれ確か結構素材とか鉱石とか使うんだよ」
「じゃ、フィールドで掻き集めるか」
「僕じゃなくて専門の裁縫師に頼めよ。値は張るかもしれないけどすぐにいいヤツ造ってくれるぜ?」
「シグが造ったやつがいい」
「ワガママ言うな」
「ワガママ言うもん。人生に一度の晴れ舞台だもん」
ムニは執拗に食い下がる。
「それを言われたら僕が断れないじゃないか」
「計算済みです」
「この野郎」
ムニがクスクス笑うのでシグもつられて笑ってしまう。
「素材採取行くか?」
シグが聞いた。
「一緒に行ってくれるの?」
「仕方ねぇだろ。どんなもんが使えるか知ってるの僕だけなんだから」
「やった!他の奴らも誘おう!」
「あぁ。55層の西の山なんかいいかもな」
シグが計画を練り始めると、ムニは『β』のメンバーにメッセージを飛ばし始める。
アインクラッド 第55層 西の山 麓
ウェディングドレスの素材集めに協力する為に『β』の全員が集まった。運よく全員が集まれた理由として興味本位もあるが、みんながメンバーの為に何かしたいと思っての行動である。
「やっぱり、ここは常に寒いな」
タクが白い息を吐き出し首周りにファーが付いたジャケットを羽織ながら言う。
西の山。通称クリスタルマウンテン。
ハルの身の丈ぐらいのクリスタルが無数に生えており、曇天の空からは雪と鉱石の結晶が混じったようなキラキラとした粒が舞う美しい氷雪地帯。
「みんな、すまんね。俺たちの為に」
ムニがおどけながら言うと、みんなは「謝ることないぞー」と楽しそうに返す。
「タク、見つけた素材は僕が使えるか判断するけど戦闘指示はタクに任せるからね」
シグが言った。
「はいよ、任されました。俺も素材について調べてみたけど白竜が特別な鉱石を体内に取り込んでいるらしい。だから自ずと戦う羽目になる。いつかのリベンジだな。そのドラゴンがポップするポイントに向かおうと思う」
「腕がなるぜ!」
ムニがヒートと顔を見合わせて笑う。
「陣形は、先頭にムニ、ヒート、アイス。鉄板だな。中盤はハル、シュー、ノース、俺。後ろはシグとニカで。文句が無けりゃ出発!午前中で終わればいいな」
9人はドラゴンの生息エリアに向け山を登り始める。程なくして「クルセイダーズ」という銀色の毛皮に覆われた狼のようなモンスター数体に包囲されたが、全員が力を合わせ難なく撃破した。
「アイスさん、武器使わないの?」
体術スキルだけで戦闘を行う彼女を見てハルが心配そうに尋ねる。
「縛りプレイです」
「し、縛りプレイ!?なんか怪しいよ、その響き」
「ハルちゃん、変なこと考えたらダメだよ」
「か、考えてないよ」
ニヤニヤ笑うヒートに茶化され必死に訂正するハル。
「武器、使わないの?」
ハルが気を取り直して再度質問した。
「剣が折られるのは屈辱でしたが、ああいうことを想定しておくことも必要だと思いまして」
「ああ、成程ね。でも無理しちゃダメだからね?」
「はい」
「シグさんが造るんですか?」
「ムニに頼まれてな。あいつにお願いされたら誰も断れない」
列のしんがりで、ニカの質問にシグが答えた。
ニカは隣を歩くシグの顔を横目で見る。今まで面と向かって会話が出来ていた筈なのだが、先のヒートとノースとの会話のせいで変に緊張してしまいシグの顔を直視することができない。
「ニカちゃんにも何か作ってあげようか?」
「え?」
「さっき指輪も作ったんだけど、あれ意外に楽しくて。少しハマっちまった」
ニカが返答に困っていると前を歩くノースと目が合った。チラチラと笑顔でこちらの様子を伺っている。
「素材次第でどんな効果が現れるのか、出来るまで判らないってのも結構楽しくてさ」
ニカの心境など知る由もないシグは勝手に会話を続けている。
「思ったんですけど、ギルド共通の何かが欲しいなぁ・・・なんて」
努めていつも通りの自分に徹しようと、ニカが提案した。
「ギルド共通?」
「血盟騎士団とか軍とか大きなギルドは制服があるじゃないですか。ああいうの、少し憧れます」
「制服か」
「制服じゃなくても、全員が同じアクセしているとか・・・でもいいんですけどね」
「仲間の証明ってこと?」
「まぁ、そんなところです」
「それ、いいな」
突然、前を歩いていたタクが二人の歩くスピードに合わせて言った。
「シグ、ぜひ造ってくれよ」
「私も賛成だよ」「俺も!」
ノースとシュートまでもが二人に合流して言った。
「構わんけど、今回とは別に素材採取しなきゃいけないな」
シグがストレージを確認しながら答えた。
西の山 通称クリスタルマウンテン 山頂
「すげぇ眺めだな」
ムニが隣を歩くヒートに言った。
「ハネムーン候補地にしちゃう?」
「いいね」
「・・・モンスター強いから二人だけで来ちゃダメだよ」
ハルがすかさず釘をさす。ムニとヒートの強さは把握しているしレベルも安全マージンも申し分ない。しかし、最前線を少人数で探索して、もしものことがあると嫌なので、現在ソロか少数でフィールド探索に行ってもいいフロアは49層までと決めている。それでも情報がしっかり取れていないダンジョンも少なからず存在するので、探索に出かける時はハルかタクに一言申すことが義務付けられていた。
不意に、索敵スキルを使用しているタクとアイスが同時に空を見上げた。
「きたな」
灰色の曇天。その遥か上空から白く輝く点が九人に向かって落ちてくる。その点は地上に近づくにつれ、どんどんと大きくなり山の頂きに派手に着陸した。
白竜。
今まで戦ってきたフロアボスよりも巨大な光沢のある銀色の身体。前に巣で遭遇した時は洞窟内だったので翼を畳んでいたが、今回はそれを目一杯広げて九人を威嚇する。眼下に立つ『β』のメンバーをオレンジ色に輝く瞳でギラギラと見下ろしたかと思うと、身を突き刺すような咆哮をあげる。
「やる気満々じゃねぇか。面白ぇ」
ビリビリと肌を刺すような咆哮を全身に浴び、ムニは笑顔を見せながら両手剣を構えた。
「隊形の指示出すぞ。ムニ、ヒート、ハル、ノースがA隊。アイス、シュー、シグ、俺がB隊だ。ニカは後方支援。アイスとシグは攻撃性の高い武器を持て!A隊が先に仕掛ける。飛ばれると厄介だ。飛んでいる間は体力回復優先。ドラゴン特有の武器、ブレスを放つ可能性も充分ある。口の動きには随時警戒しとけ。よっしゃ、行こうぜ!」
タクがメンバーを鼓舞しながら吠えた。
A隊の四人が駆け出す中、シグはウィンドウを開きポンプアクション式ショットガン『Spas-12』を装備する。そしてアイスもウィンドウを開き剣を取り出した。
「細剣MAXになったのか」
タクがアイスの剣を見て呟いた。
アイスが装備したのは、細剣の熟練度がMAXに達すると装備可能となると言われている剣、エストック。その刀身は細剣よりも細く鋭い。より強力な刺突性攻撃を放つことの出来る突撃剣である。疾走というエクストラスキルを保持している彼女は武具もステータスもスピード優先に振っている。誰よりも速い戦闘を可能としている彼女にとって、エストックという武器はベストマッチだと言えるだろう。
ムニとヒートが同時に跳躍し、ドラゴンの首元にソードスキルを放ち直ぐに退避。後からハルとノースが足元を斬りつける。
「硬っ!?」
膝をついて着地したヒートが言った。
クリスタルを腹の中で精製すると言われているだけあって皮膚の硬さは折り紙付きだ。
「A隊退がれ!B隊スイッチ!」
タクが指示を飛ばすと、最初に突っ込んだのはやはりアイス。ニカのスピード値向上補正のアシストスキルを貰った彼女の速さは最早誰の目でも追えない。そのスピードを殺さぬまま跳躍し、首元に強烈な突きを放つ。金属がぶつかり合う甲高い音が辺りに響き渡り火花が激しく散った。
次に行くのは、シグ。ショットガンのフォアエンドを素早く前後にスライドさせドラゴンの背後に回り込み放つは、APシェルと呼ばれる徹甲弾の一種。
「これ高かったんだから効いてくれよ」
言いながら合計三発撃ち込んだ。
「シグ、あまり背後に回るな!援護出来ない!」
「りょーかいっと」
アイスが退避し着地すると同時に、タクとシュートが剣を輝かせながら胴体に斬撃を与える。ドラゴンは煩わしそうに首を振り、脚で二人を踏み潰そうとするが、二人はすぐに退いて躱した。
「B隊退がれ!A隊スイッチ!」
タクの指示が出ると、A隊の四人が前に飛び出す。
「クソッ!弱点はどこだよ!?」
首元に斬撃を当て終え地面に着地したムニが言った。
「焦っちゃダメだ。HPは確実に削れてる!」
ハルがドラゴンの頭上に表示されているHPバーを確認して言った。
「ノースさん、一回試したいことがあるんだ。肩借りるよ」
「おっけー」
ハルは後ろに下がると助走をつけ、ノースの肩を踏み台にして跳躍する。ニカのジャンプ力向上効果のあるアシストスキルを受けた彼の身体はドラゴンの頭上まで跳び上がり、頭に着地したハルはドラゴンの眉間に小さく輝くダイヤの形をした模様目掛けてソードスキルを放った。すると、ドラゴンは今までとは別の咆哮音を大きく上げ頭を乱暴に振る。バランスを失い振り落とされたハルは下にいたノースにキャッチされた。
「あー、怖かった」
「ハルってたまに命知らずだよね」
ノースはハルを地面に優しく降ろしてやりながら呆れる。
「タク、多分眉間が弱点の一つだよ」
ハルが後ろを振り返り伝えた。強敵と対峙する時、弱点を探るのは常套手段である。他のモンスターとは違う特徴を短い時間で割り当てる。ハルはドラゴンの頭上に光るHPバーを確認した際、眉間に輝くダイヤ模様を一瞬で目に捉えた。冷静で命知らず。落ち着いているようで実は誰よりも闘志を燃やす少年。タクはハルの無謀な行動にハラハラドキドキであったが気を取り直す。
「ナイス!だがいきなりあんなことするな!次やったらブン殴るぞ!」
ピースサインを送りながら叱り飛ばすと、ハルは舌をペロリと出しておどけてみせた。大人がやればムカつくだけの仕草だが、ハルがやると実の可愛らしく不思議と許す気になる。彼がそれを意識してやっているかは不明だが。
突然、ドラゴンが翼をはためかせ、空へと飛び上がった。翼が生む衝撃波で前線にいたメンバーが吹き飛ばされる。空中に舞い上がったドラゴンは何の前触れもなく大口を開け、A隊の四人に向けて蒼く光るブレスを放った。
「うぉ!?」
ムニとヒートはすんでのところでローリングしながら回避。ハルはノースの前に回り込んで盾で防御した。
「ハル、ノース!大丈夫か!?」
「無事ー!」
立ち込める粉塵で姿が見えないがハルの元気な声が聞こえる。
「ニカ、回復頼んだぞ。A隊退がれ!」
「はい!」
タクの言葉にニカが返事をした。
「しっかし、あんなに高く飛ばれたら攻撃出来ないな」
タクは、様子を伺いながら頭上をゆっくり旋回するドラゴンを見て恨めしそうに言う。
「タク。僕も後ろ退がるよ。ニカの所まで退がるから」
シグが言った。
「あ?何だよ。戦線離脱か?」
「バカ。違うよ。僕も試したいことがあるから」
迷いの森以来、シグは戦闘に積極的だった。タクがそう指示している部分もあるが、最近は自ら戦闘に好んで参加しそれなりの戦果をあげるようになっている。昔から後方支援を主としていただけあって視野も広い。彼の新たな可能性にタクは少なからず期待するところがあった。
「いいぜ。何でもやってくれよ」
タクが微笑みながら言った。
シグはニカの隣まで後退すると、ウィンドウを開きメイン武器を変更しながら地面に腹這いになった。
「ニカちゃん、僕これから完全に無防備だからドラゴンがこっちに降りてきちゃったら、ちゃんと僕を抱えて逃げるんだよ?」
「えぇ!?」
いきなり冗談のような台詞を吐くシグ。
そんな彼が新たに取り出し、地面に固定するようにトライポッドを設置した銃は『Barrett XM109 Payload』。
剣の世界ではあまりに無機質で場違いな銃器の中でも異色中の異色。「AMR」と呼ばれる対物ライフルである。
前線で戦闘する機会が増え、銃の熟練度を大幅に上げたシグは最近になってスナイパーライフルを会得。前線で戦闘する為に上げた熟練度なのに、覚えたスキルは皮肉なことに後方支援の武器。ただ、戦闘の幅が広がったことに変わりはない。アインクラッドに於いて銃器はフィールドに落ちていない為、ショップで買う必要がある、しかし、ショップで購入できる銃器の値段は余りに高額である上、維持費にも金の問題が一生ついて周る。剣で言うところのソードスキルというものが銃器には存在しなく、全て自分の実力で撃たなくてはならない。銃に関する知識がなければ維持を保つことも出来ない。しかし、その知識があり、尚且つ、自分でカスタマイズが出来るなら話は別である。
シグはショップで『Barrett M82』というスナイパーライフルを購入し、自身で納得のいく改造を幾度となく重ね今の銃を手に入れていた。改造の結果、本来連射性能を持つオートマチック式であった銃を命中率向上の為にボルトアクション式にするという犠牲を払った代わりに、2km以上の超長距離狙撃が可能であり、25mmの口径を備えたそれは、通常弾の他にAPシェルと呼ばれる徹甲弾、HEシェルと呼ばれる弾、HEATシェルと呼ばれる成形炸薬弾が発射可能である。重量と射撃時の反動が凄まじくこれでも緩和した方なのだが、立った姿勢で撃とうものなら、容易に腕が千切れる。勿論シグは経験済みである。
「あいつ、戦争でもおっ始めるつもりかな」
タクがその銃というよりは砲と呼んだ方がしっくりくる代物を見て呟いた。
「みんな!僕が撃ち落とすから、奴が墜落したら袋叩きにするように!」
シグがスコープを覗き込みながら叫ぶ。狙うは大きく広げられた翼。あの中心に風穴を開ければバランスを崩して落ちてくれるかもしれない。本来狙撃する時は、標的との距離や風向きなどを計測する観測手と呼ばれる役割が必要となってくるが、ないものは仕方がない。銃を使えるのは自分だけだし、銃の知識を持つ人間も今は自分だけだ。狙撃の腕は勿論だが、それにまつわる全ての計算を自分一人でこなさなければならない。それが出来なければ自分はこれ以上強くはなれない。
まずは通常弾を撃ち込む。「ズドン!」と腹に響く衝撃がシグを襲う。慣れない内はこの衝撃が痛みでしかなく、運が悪ければシステムがダメージと判定しHPが減ったものだが、今ではそんなこともなく、何故かその衝撃が心地よいと思うまでになっていた。鋭く尖った弾丸は僅かにそれ、遥か彼方、あさっての方向に飛んでいった。
「うーん、もうちょい右か」
幾らスコープの中心に標的を捉えたからといって確実に当たるわけではない。音速で飛ぶ弾丸と言っても少しの風向きで弾丸の軌道は左右される。その上、今回の戦場は雪が舞い散り風が吹き荒れる雪山の山頂。
「いけ」
二発目は見事にドラゴンの翼に命中した。しかし、一発では効いた様子がない。現実世界ではヘリさえも破壊出来ると謳われる対物ライフルであるにも関わらずだ。
「まだまだ」
シグがボルトを引くと発射済みの薬莢が排出され地面に落ちるとポリゴンへと変わりキラキラと舞う、
三発目。命中するが穴は空かない。それでも諦めず、射撃を続けていく。七発目がドラゴンの右翼の真ん中に命中した時、翼に微かに穴が空く。しかし、ドラゴンはまだ悠々と飛行を続けていた。
「なら、これはどうだよ」
マガジンを取り外し、HEATシェルが入ったマガジンを急いで装着する。成形炸薬弾。現実世界での用途は対戦車用の砲弾である。威力は通常弾とは比べ物にならない。ボルトを引き弾丸がガチャリと装填される。スコープを覗きレティクルに風向きを考慮しながらターゲットを合わせ、重く無骨なトリガーを引いた。
身体にズシリと伸し掛かる衝撃と共に射出された弾丸は細かく螺旋を描きながらドラゴンの右翼に直撃すると派手な爆発を引き起こした。翼の膜がズタズタに引き裂かれ、ドラゴンは断末魔のような悲鳴を上げながら落下。山頂に無様に墜落した。
それを見てすぐに駆け出すのは鋭い刃を持つ七人。己の武器を輝かせ我先にと向かっていく。
ハル、シュート、タク、ノースが胴体を斬りつける。アイスは眉間のダイヤ型の紋章に刺突性の髙いソードスキルを放つ。起き上がろうとしたドラゴンの首に両サイドからムニとヒートが斬り込み、そのまま鋼鉄に等しい硬さの皮膚を斬り裂いた。途端にドラゴンの姿が眩しく光り輝き、そして無数の破片に砕け散り、メンバーの頭上に降り注いだ。肩で息をする九人の表情はほころび、歓喜に満ちていく。
後日。
アインクラッド 第1層 はじまりの街 教会
ムニとヒートの注文を全て盛り込んだウェディングドレスを完成させたシグは、控室で待つヒートに届けると彼女は頬をピンク色に染めて、はしゃぎながら喜びを爆発させ、シグの首が締まるぐらい激しく抱きついた。その出来栄えに、付き添っていたノースとニカも感嘆の声を上げ、シグの腕を褒め称える。
対し、新郎の控室では、ムニが珍しく真面目な顔をして緊張しているのか忙しなく歩き回っていた。
「ムニ、いったん止まれよ。せっかく一張羅に着替えたのに見苦しいぞ」
椅子に座るタクが笑いながら言った。ムニが着るタキシードのようなスーツは、シグがウェディングドレスを造る傍ら、ドラゴン討伐で貰えた素材で出来たものだった。
「いやだって、だってだって、緊張するじゃんよー」
「いつものお前らしくドッシリと構えとけよ」
「え?いつもの俺ってドッシリしてる?」
「・・・してないな」
一瞬考え込み、タクが言った。
「ムニ君、時間だよ」
ドアをノックして入ってきたハルが嬉しそうに言う。
この教会の聖堂が現実世界と同じ使われ方をしたのは初めてのことではないだろうか。小さな教会に入りきらんばかりのプレイヤーが多く集まり、会衆席には教会で暮らす子供たちやサーシャ先生、ムニとヒートの狩り友達、オヤジやフィックスなど常連店の関係者たち、ギルド包みでお世話になっているプレイヤーたちで埋め尽くされ、最前列には『β』の面々が喜びの表情で座っていた。祭壇の前には牧師の服装を無理矢理着せられたタクと相変わらず緊張した面持ちのムニ。
後方の扉が開かれ、みんなが立ち上がり後ろを振り向いた。ハルの手を引き銀色に輝くドレスを着たヒートが慣れない足取りでゆっくりと歩いてくる。普段とは違う女の子らしさを強調した彼女の格好にムニは顔を真っ赤にしながら驚き声を失う。何故かヒートと手を繋ぎ共にバージンロードを歩く羽目になったハルの顔までもが真っ赤だ。
「・・・どうかな?」
ムニの隣まで来たヒートが小さく呟く。
「最高」
ムニがニッコリ笑って答えるとヒートは可愛くはにかむ。
タクが形式ばった言葉を述べ始める。牧師の役割を嫌々引き受けたクセに凄まじくノリノリなその姿に誰もが笑いに包まれる。ムニが指輪を取り出す。そしてヒートの左手の人差し指にシグが造った守護の指輪をはめた。ムニの方には狂戦士の指輪が輝いている。
ムニがヒートに優しくキスをした。
会衆が拍手と歓喜に包まれる。ハルとシュートが顔を真っ赤に染めて見とれていることに気付いたノースが二人の目を塞ごうとする。
唇を離した後、二人は照れくさそうに笑いながら互いのおでこをくっつけた。
祝宴は夜まで続いた。オヤジとフィックスが店を休業してまで料理を振舞ってくれた。
「食べ疲れたよ」
宴会場である教会の庭から少し離れた芝生の上でシグはニカと共にいた。
「いい式でしたね」
「あぁ。あのブーケよく出来てたな。ニカちゃんが造ったんだろ?」
「はい。栽培スキルを必死に上げて何とか」
「凄く可愛かった」
「え?」
「あ、いや、ブーケが、その、可愛いって意味だからな!」
「わかってますよ」
ニカは照れながら微笑む。
「今日はムニとヒートの日だけど。これ」
シグはそう言い、自身のストレージからピンク色に透き通る指輪を取り出す。
「僕が受け取った『春の結晶』で造ってみた」
「え?」
迷いの森でのクエスト報酬で制作した指輪をニカに差し出す。
「指輪なんて押し付けがましいかもしれないけど、貰ってくれないかな。僕・・・僕はさ、ニカちゃんのことが好きだ。僕はこの世界に来れて良かったと思ってる。君みたいな素敵な人に出逢えたから。だから、だから、僕と付き合ってくれないか。僕は、みんなに比べて頼りないかもしれないけど・・・君の為に生きると誓いたいんだ。だから・・・」
「私もシグさんのことが好きです」
「・・・え?」
「きっとシグさんが想ってる以上に、私シグさんのことが大好きです。だから、こんな私でよければお願いします」
はにかみながらニカは言った。その笑顔にシグは心から安堵し安心する。
遠慮がちに抱きしめようとすると、ニカが先にシグの胸に飛び込んだ。
ギルド『β』の戦闘マニアである二人の結婚というめでたい日の裏側で、新たなカップルが誕生したというニュースがメンバーの耳に入るのは、そう遠くない未来であった。