Sword Art Online Re:βoot 作:mimitab_
2024年、5月。
アインクラッド 第50層 アルゲート
ギルドホーム 裏庭
ギルドホームの裏庭は屋外であるが、敷地内であり不可視モードに設定してあるので『β』以外のメンバーが覗くことも立ち入ることも出来ない。そこにギルドのメンバー九人全員が揃っていた。
「よし。みんな集まったな。通知はメッセージでした通り。これから『β』デュエルトーナメントを開始するぞ!はい、拍手!」
タクが言うと、全員がされるがままに拍手をする。
Sword Art Online RE:Generation
第15話「デュエル」
「トーナメント表は昨日送った通りだ。試合形式は初擊決着モード。銃は禁止。アイスはシードね。怒るなイラつくな舌打ちすんな。目的はメンバーの戦闘スタイルの確認と自分の強さを見定めること。見事一位に輝いた奴は、一個願いを叶えることができる!これでどうだ」
タクが言うと「異議なし」と仲間の声が帰ってきた。
1回戦。
ムニ vs.ハル
「いくぜー、ハルー!」
「お手柔らかにね」
両者が同じタイミングで駆け出した。先に仕掛けたのはムニ。ハルの片手直剣よりもリーチの長い両手剣を横殴りに振るう。ハルは軌道を見極め盾で受け止めずに、小さな身体を活かしてムニの懐に潜り込むと剣を振る。ムニはすんでのところで躱し距離をとった。
盾で受け止めなかったのは正解である。力自慢が売りのムニの剣を盾で受け止めきるのは至難の業だからだ。しかし、ハルが不利なのは変わらない。両手剣の方が間合いが広い分、ハルはその間合いに入って戦わなければならない。逆にムニは片手直剣が届かない位置でも戦うことが出来る。先に駆け出したのはハル。ムニに先手を取らせるわけにはいかない。しかし、両手剣の間合いに入った瞬間、ムニが腕を振りかぶった。長い間、自分の得物を両手剣にしているムニは、どこが自分の間合いなのか瞬時に分かる。更には重い両手剣を巧みに操る技量も持っている。一撃目をハルが避けても、ムニは器用に手首を返しすぐに次の攻撃に繋げることが出来る。防戦一方になってしまったハルは、胴体に両手剣の刀身を食らいHPを減らした。
勝者はムニ。
「間合い広すぎだよー」
ハルが悔しそうに言うとムニが嬉しそうに鼻を鳴らした。
ノース vs.シグ
「手加減しないからね」
「銃禁止とか。タクの意地悪」
ノースが槍を構えるとシグが毒づきながら右手に短剣を構えた。
「あんた、剣なんて持ってたんだ」
「一応ね」
そう言ってシグが駆け出す。槍と短剣。余りにもリーチ差がある。しかし油断は禁物だ。普段銃を使っている時から型にハマらない戦闘スタイルを持つシグである。全力で叩き潰さなければいけないとノースは考えていた。
後数メートルで槍の攻撃範囲に入るとノースは思った瞬間、シグが左手で何かを投げた。と思うとデュエル終了の通知音が流れる。ハッとしてノースは自身の右腕を見ると、針が数本刺さっている。
「へへ。隙ありー」
シグが朗らかに笑った。彼が行ったのは投擲スキルによる攻撃。短剣はフェイク。あまりにもズル賢い戦法にノースはイラつくが負けは負けだ。
「ちょ、それズルい!」
「短剣で槍と真っ向勝負なんて無理!」
清々しく言い切られる。最早怒る気も失せる。これには周りで見ていたメンバーも苦笑いである。
勝者はシグ。
ニカ vs.シュート
「シュー君か・・・」
「負けないぞー」
二人揃って短剣を構える。間合いは同じ。シュートが直線的な攻撃を仕掛ける。それを弾きバックステップで距離をとろうとするニカ。負けじと突っ込んでいくシュート。防戦一方になるがニカはシュートの斬撃を全て弾いてみせた。意外に防戦に優れていることにメンバーは驚いた。確実にニカは成長していた。
対し、シュートの攻撃はスピードはあるが、あまりにも単調である。しびれを切らした少年は咄嗟にソードスキルを発動。しかし、ニカはそれを容易に見切った。何故なら、そのソードスキルのモーションはニカも知っている短剣の動きだったからである。
剣技が一つも当たらず硬直状態になったシュートの身体にニカが斬り込みデュエルが終了した。
「当たらねー!」
「惜しかったねぇ」
悔しそうに叫ぶシュートの頭をニカがポンポンと優しく撫でる。
勝者はニカ。
タク vs.ヒート
「お前、結構厄介なんだよな」
「タクちゃんには負けないからねー」
タクが鞘に納まったままの刀の柄に手をやり居合の構えをする中、ヒートが駆け出した。アイス程ではないが彼女も爆発的なスピードを持ち合わせている。タクはヒートをギリギリまで引き付け、彼女が懐に潜り込もうとした瞬間、刀を抜いた。ヒートは居合によって放たれた刀の軌道を見極めタクの頭上を飛び越え回避する。頭を低くして回避するものだとタクは思っていたが、身軽さと運動神経の良さを利用したヒートらしい動きだ。
タクの背後をとったヒートは、そのまま斬りかかる。しかし、タクは背中に目があるかのような動きでヒートの斬撃を見もしないで刀を後ろに回し弾き返す。
「マジですかー?」
バックステップで距離を空けながらヒートが呟く。
「マジマジ!」
そのヒートにタクは素早く向き直り刀の切っ先を向けて追撃する。ヒートは更に後方に退がりながら刀の切っ先を弾こうとするが、タクが操る刀の刀身は簡単にはブレない。逆に無理して弾こうとしたヒートの体勢が崩れた。ガラ空きの胴体。それを見逃すような男ではない。そのまま懐に潜り込みヒートの身体を横に斬る。終了の通知音が鳴り響いた。
勝者はタク。
「悔しー」
「お前とムニが一緒だったら負けるかもな」
タクがヒートを助け起こしながら言った。
アイス vs.ムニ
「アイス、目が怖い」
「いきます」
エストックを構えながら重心を低く保つアイスと対峙したムニが怯えたようにおどける。
「それが仲間に向ける目かよ、おい」
「今は敵です」
エストックと両手剣では、間合いに於いてはまだ両手剣の方が上である。しかし、相手がアイスとなると、そんな理論は通用しない。リーチ差があっても、その差を一瞬で縮めることの出来る力を彼女は持っている。だが、優勝候補といえど、ムニに勝てない要素がないわけではない。何故なら両手剣は近接武器の中でもダメージを与える量が遥かに多い。単純にパワー値だけ見れば『β』の中で一番高いのはムニだ。圧倒的な機動力を持つ女と圧倒的な攻撃力を保持する男の対決が始まる。
二者同時に動き出した。アイスが姿勢を低くしながらムニの懐に潜り込む。両手剣の間合いに入るところは確認したがムニはあえて剣を振るわなかった。振るうよりもアイスのスピードの方が圧倒的に速い。ムニはバックステップし距離を保ちながら、今回は剣を振るう、しかしアイスはギリギリのところで避け突進する。エストックの切っ先がムニの胴体に達しようとするが、ムニはローリングで避け、すぐに立ち上がりアイスの脇から両手剣を振るう。アイスは咄嗟にエストックで弾こうとするが、ここで武器性能の差が出た。
エストックは突撃に適した武器ではあるが、刀身が細い為、攻撃を弾いたり受け止めたりすることに関しては全く向いていない。相手が短剣程度であれば鍔迫り合いぐらいまでには持ち込めるかもしれないが、今回の相手は凄まじい攻撃力を誇る両手剣。エストックで両手剣の大きく太い刀身を弾くことは出来ず、アイスの体勢が崩れた。そのガラ空きの胴体に向けてムニが更に攻める。
しかし、彼女は全く焦っていなかった。すぐにエストックを左手に持ち替え、右手を赤く輝かせる。そして崩れた姿勢から右腕を振りかぶり両手剣の刀身に思い切り拳をぶつけた。
「マジかよ!?体術!?」
アイスが繰り出した技は体術スキルによる超零距離近距離技。しかもただのパンチではない。命中すれば相手を一瞬だけスタンさせることの出来る状態異常を施すことが可能である。拳をぶつけられた両手剣は細かく振動し、ムニの利き腕が痺れ、握力が無くなり剣を落としてしまったムニの身体をエストックの鋭く尖った剣先が襲う。
勝者はアイス。
「剣持ちながら体術かよ・・・失念してた。出来るんだよな、それ」
ムニが完敗を認める。周りの観戦者たちもアイスに賞賛を送った。
SAOでは同じ種類の武器を片手に一本ずつ装備することが出来る、つまり二刀流になることが出来るのだ。しかし、その場合ソードスキルは使えずデメリットばかりなので、単純に使い手の技量勝負となるその戦法を好んで使うものはいない。しかし、片手に剣を持った状態でも体術に繋げることは可能だ。剣によるソードスキルから体術によるソードスキルを繋げることが出来る。
2回戦。
ニカ vs.タク
「ニカが相手か。ボッコボコにしてやる」
「昔の私ではありません。返り討ちにしてあげます」
何故かヒール気取りのタクを優しく見つめるニカが逆に挑発した。
「返り討ち?十年早いぜ」
タクが刀を抜き、切っ先をニカに向けて駆け出す。距離はすぐに縮まり、そのまま胴体を斬り裂いてやろうとした瞬間、タクのスピードが急に落ちた。いや、落ちたというレベルではない。タクの一つ一つの動作が極端に遅くなっている。
「は~あ~!?」
話す言葉まで間延びする始末。ゆっくりとウィンドウを操作し自分のステータスを確認したタクは愕然とした。状態異常のマークが自分のHPバーの横にこれでもかという量で幾つもついていた。スロウ、攻撃力低下、防御力低下など序の口である。見れば、ニカはウィンドウを多数展開しアシストスキルを発動していた。
「い~や~、ま~て~え~。こ~れ~は~ひ~ど~い~」
情けなさを覚えるほどに間延びした口調で呟くタク。そんな彼にニッコリと微笑みながら近づいたニカが無情にも短剣のソードスキルを放った。
勝者はニカ。
「恐ろしいな」
ノースがシミジミして言った。
数字が全てだと言われているアインクラッドの世界。その数字を自由に上げたり下げたり出来るニカの存在は脅威である。
「お前、そりゃないよ・・・」
「ルールに表記されていませんでしたので、使っちゃいました」
落ち込むタクにケロリとしながらニカが満面の笑みで言い切った。
アイス vs.シグ
「始める前に一つ言わせてくれ」
「何でしょう」
エストックを低い姿勢で構えるアイスに向かってシグが言った。
「僕は正々堂々と勝負なんてしないからな」
「分かりました」
シグの清々しさすら覚えてしまう開き直った姿勢にアイスが口元を緩ませた。
「あいつ、カッコ悪ぃどころじゃない」
観戦者たちはため息を深く吐きながらも、内心シグがアイス相手にどう戦うのか興味津々である。
アイスが駆け出すと、シグは後方に退がり距離を空けながら何かをアイスに向けて投降する。アイスの足元に落ちたその物体は弾け、煙幕が辺りに広がった。シグお手製のスモークグレネードである。煙幕に包まれ動作を止めたアイスに、煙に紛れて接近したシグが短剣で斬りかかった。しかし、アイスは常人では考えられない反射神経でシグの短剣を弾いてみせる。すると、追撃を受けない内にシグはまた煙に紛れて後方に退避する。
煙が晴れてシグの姿を確認したアイスはすぐにシグに向けて走り出した。それを見てシグはまた何かをアイスに向かって投げつける。アイスは咄嗟にその物体をエストックで二分に切断する。爆発する前に両断してしまう彼女の反射神経は素晴らしい。しかし、シグにとっては、その行動も計算済みだ。
切断された物体はアイスの両脇で派手に弾け、彼女の周囲を眩い光りで埋め尽くす。シグが開発した、もう一つの手榴弾。辺りを閃光と爆音で包み込み、相手の視覚と聴覚を奪うフラッシュグレネード。
予期せぬ効果に体制を崩しシグを見失ったアイスに、シグはエストックが届く筈もない安全地帯から針を投擲。寸分の狂いもなくアイスの胴体に針は突き刺さり、初擊成功。
勝者はシグ。
「あいつ、カッコ悪ぃどころじゃない」
観戦していた『β』のメンバーは再度深くため息を吐いた。対してアイスはというと楽しそうに笑っていた。こう来たかとばかりに笑いながら負けを認める。その姿を見て、ハルとタクは驚きながらも心から安堵した。こんなにもイラつく戦い方をされたのにも関わらず、彼女は心底嬉しそうだった。戦闘狂と呼ばれるアイスは『β』のメンバーに囲まれている時だけは、ちょっと変わった可愛い女の子だった。
決勝戦。
シグ vs.ニカ
「まさか、シー君が相手なんて」
「てか、僕の相手女の子ばっかじゃん。何?神様は僕に非情になれって言うの?」
対戦する二人も含め『β』のメンバー全員が、まさかファイナルがこんな対決になるとは夢にも思わなかっただろう。
デュエル開始の通知音が鳴ると、両者はすぐに後方に退避し大きく距離をとった、ニカは投擲が届かない距離まで退がり、シグはアシストスキルなどの状態異常負荷スキルの効果範囲外まで退がる。観戦するメンバーが長期戦になるのかと思った時だった。
「でも、これは届いちゃうんだなぁ」
シグが手榴弾を山なりに投降した。それは単純なグレネード。ニカの目の前に落ちたそれは凄まじい音をたてて大爆発を引き起こした。
「きゃああぁぁぁあああ!!!???」
爆破の衝撃に巻き込まれ体力を半分まで減らしたニカ。
勝者はシグ。
あまりにも、あっけない幕引きである。
「自分の彼女に、あんな危ないもん投げるか?普通」
ムニが言う。
「充分すぎる程に非情だったね」
ヒートが言った。
プンスカ怒りながらシグをポカポカ殴りつけるニカに対して笑顔で謝りまくるシグを『β』メンバーはしらけた目で見守った。
「異論はあるだろうが、優勝はシグ。異論はあるだろうが」
一息つき、タクがみんなを集めて言った。
「シグ。優勝賞品として一つだけ願いが叶うけど。何?」
「タク、不機嫌すぎ」
誰よりも異論があるかのような目つきのタクにシグが怯える。
「えとね、じゃあ、今回の御無礼許してください。これがお願い」
シグがあっけからんと言った。そんな彼の姿に不服そうな表情をしていた『β』のメンバーたちは吹き出した。
「仕方ねぇな。許してやるよ」
「許す許す!」
「許します」
笑いの渦が広がる。
『β』で初めて行われたデュエルトーナメントは全員が笑顔になるという結末で幕を閉じた。しかし、この一日が笑顔で終わったわけではない。
夜。
ハル、タク、ムニ、ヒートがそれぞれの用事の為に出かけた後、ギルドホームに意外な人物が来訪した。受け答えをしたのはノースと、たまたま近くにいたアイス。
「こんばんは」
戸口に立つ、背中まで流れた栗色の髪をした少女が挨拶をする。赤と白の制服を纏い、細剣を腰に帯刀する『血盟騎士団』の副団長、アスナ。
「あれ、どうしたんですか?ハルなら今は不在ですが」
予期せぬ来訪者に驚きながら、攻略に関する話かなと思いノースが言う。
「今回はハルさんに用があるわけではありません」
「どういうことですか?」
「アイスさんにデュエルの申し込みをしたくて、伺った次第であります」
アスナが丁寧に頭を下げた。
ギルドホームの裏庭。
立会人としてノースとシュートが見守る中、アスナとアイスが距離を開けて向かい合う。
「貴方とは、どうしても一戦やりたかった。無礼であったのなら謝ります」
「構いません」
アスナの言葉にアイスは言葉少なめに返事した。
デュエルのカウントダウンが開始される。アスナは細剣をアイスはエストックを両者共に重心を低く保った姿勢で構え、無言で睨み合う。
カウントがゼロになった瞬間、両者が距離を詰めるようにして駆け出した。凄まじい速さで互いの懐に潜り込もうとする。アスナが細剣を突き出した時、アイスは低い姿勢を更に低くし地面を這うように走りながら回避した。お互いが交差し、アイスはすぐにアスナの背後に向き直りエストックを輝かせ背中にソードスキルを放つが、アスナは身を翻し細剣で受け止めた。器用な手首の返しによりエストックが弾かれ胴体がガラ空きになるが、アスナが追撃する前にアイスは空いた片方の手を輝かせ体術スキルに繋げる。しかし、それもすんでのところで細剣により阻まれる。だが、アイスの攻撃は止まらない。細剣で受け止められ止まったかに見えたアイスは、全身を回転させ回し蹴りを放つ。アイスの踵がアスナの首元に直撃し、アスナは横に吹き飛び地面に叩きつけられるがHPバーはまだ黄色には変わっていない。アスナはすぐに飛び起き、バックステップで後方に大きく退避した。
「強いですね」
首に手をやり肩で息をしながらアスナが言う。対しアイスは呼吸一つ乱れていない。
「凄ぇ。ん?何してんの、ノース姉」
感激しながら観戦するシュートは、隣でウィンドウを操作するノースに尋ねる。
「ん?一応ハルにアスナさんが来たってこと知らせようと思って。あれ?もう返事きた。ん?」
ハルから返ってきたテキストを読んでノースは戸惑う。
「なんて?」
シュートがノースのウィンドウを覗き込んだ。
『すぐにやめさせて。今から帰る』
「やめさせて?なんで?」
「さあ」
シュートとノースは首をかしげた。二人の前では凄まじい剣技の応酬を繰り出し戦い合うアスナとアイスの姿。お互い一歩も引かない。
「ハル兄が言ってるんだから辞めさせなきゃね。俺、伝えてくる」
シュートが戦闘中の二人に向かって駆け出した。
「あ、待って!」
ノースが少年を止めようとするが遅かった。
剣と剣のぶつかり合いは激しさを増していた。『閃光』の異名がつくほどアインクラッドでは凄まじい速さを誇るアスナでさえ、アイスの動きについていくこと、ましてや封じることは難しい。繰り出す攻撃の流れに規則性が見いだせない。なにせ、彼女の武器は剣だけではないのだ。彼女の全身が武器であった。剣が封じられれば次は体術による手刀。それが封じられれば華麗な足技。それが封じられれば今度は頭。更に全身バネのような身軽さで周囲を跳び回り、彼女を捉えることが出来そうもなく、ひとたび対峙すれば防戦一方になってしまう。
アスナは緩急をつけながら距離をとり、自身のスピードを活かしてアイスの背後に回り込もうと細剣を光らせて走り出した瞬間、急に目の前にシュートが軌道上に飛び出してきた。避けきれず咄嗟に細剣を突き出してしまったことにより、そのモーションにシステムが呼応した結果、シュートの小さな身体に細剣の刺突性の髙いソードスキルが的確に放たれた。
呻き声を上げ錐揉み回転しながらアイスの足元まで吹き飛ぶシュート。安全圏なのでHPバーが減ることはない。しかしレベル差による衝撃はある、ぶつかる瞬間、シュートが咄嗟に装備した短剣で防御していなければ気絶は免れなかっただろう。
「いてて・・・」
足元に転がるシュートをアイスは見下ろす。
「はははっ、だっせー俺。アイ姉、平気?」
シュートが顔を引きつらせながら無理して微笑んだ。その姿がアイスの目に入る。その瞬間、彼女の脳裏に、あの忌々しい記憶が蘇る。
『姉ちゃん、平気?』
あ・・・。
『いてて・・・だっせー俺、斬られちゃった』
あぁ・・・。
『姉ちゃんは、俺が絶対守るから!』
ああああああああああああああ!!
「ちょっと、あんた!いきなり飛び出してきたら危ない・・・で・・・え?」
体勢を整えシュートを叱ろうとしたアスナはアイスを見て驚いた。駆け寄ったノースも足を止める。そして転がっていたシュートも不安気にアイスを見上げた。
アイスは辺りにこだます声で絶叫した、頭を抱え背中まで流れるサラサラとした長い黒髪をグシャグシャに掻き毟る。
「ア、アイ姉?」
戸惑いながらシュートは立ち上がりアイスの肩に手を触れようとした瞬間、アイスはシュートの首根っこを片手で掴み自分の後方に投げ飛ばした。そして、頭と腕をダランと下げながら無言でアスナと対峙する。揺れる前髪の隙間から覇気の無い目でアスナを睨みつける。
「な、何?」
アスナは彼女の奇っ怪な姿に背筋が凍る。
アイスは静かに左腕を延ばし、地面に転がっていたシュートの短剣を手に取る。右手にはエストック。左手には短剣。両腕を力なく下げながら切っ先をアスナに向け、静かに呟いた。
「コロス」
本当にアスナに向けて言ったのかは定かではない。しかし、二本の剣先は明らかにアスナに向けられていた。その姿勢のまま、アスナとの距離を瞬時に詰めた。
「な!?」
突き出されたエストックを回避するが、すぐに短剣の追撃がはしる。その切っ先がアスナの胴体を容易に斬り裂きデュエル終了の通知音が鳴り響く。しかし、アイスの攻撃は止まらない。鋭いキレのある攻撃で体勢を整えていないアスナの身体に剣を突き立てていく。HP減少というダメージは全くないが、全身を襲う衝撃がアスナをどんどん弱らせていく。
「や、やめて・・・」
アスナの頬を涙がつたうが、アイスの猛攻は止まらない。
「アイス!!」
突然、声がしたかと思うと、倒れるアスナの前にハル、タク、ムニ、ヒート、ノースが立ちはだかりアイスの二本の剣を受け止め、強引に弾き飛ばした。それでも拳を振りかぶるアイスを五人がかりで無理矢理突き飛ばし地面に倒させる。すぐに起き上がろうとした彼女をタク、ムニ、ヒート、ノースが羽交い絞めにし、ハルは正面からアイスを強く抱き締め涙を流しながら「大丈夫。大丈夫だから」とアイスの耳元で優しく囁き続けた。
次第にアイスが暴れるのをやめていく。ハル以外の四人が押さえ込むのをやめた後も、ハルはアイスを抱き締め続けた。アイスは項垂れたように俯く。その姿を呆然としながら見つめるアスナにタクが近寄った。
「悪ぃな、ホントに。今日はもう帰ってくれ。迷惑料が必要だったら日を改めて言ってくれ。すまないけど今日は駄目だ。ごめんな」
タクの真剣な表情にアスナは言うべき言葉が何も見つからなかった。そして、小さく礼をし、その場を去った。
静かに項垂れるアイスをハルは優しく抱え込む。彼女の強い心の内側にある想いに寄り添うかのように。
夜中。
ギルドホームの食卓に、ハルとアイスを除いた『β』の七人が席に着いていた。
「この世界に於いてプレイヤーの個人情報をベラベラ喋ることはマナー違反以前に人として最悪な裏切り行為かもしれない。だけどな、俺はお前らを信頼して話そうと思う。お前らだったら、今から話すことを活かして更に結束してくれるんじゃないかって思うからだ」
タクが六人の神妙な顔つきを見ながら静かに言った。
「最初にアイスと出逢ったのは俺とハルだ。彼女の身に何が起こったのかも、彼女の口を通して俺たちは知っている。アイスがギルドに加わってくれたのは、それからもっと後。ムニとヒートが入ってからだな。その話をしようと思う」
普段から、冷戦沈着で天然で憎む要素が全くない仲間の一人、アイスの過去を話す為にタクはみんなを集めた。
「アイスは、元オレンジ。明確な殺意をもってプレイヤーを三人殺したことがある」
タクの言葉に、六人が息を呑んだ。