Sword Art Online Re:βoot   作:mimitab_

16 / 17
16.

2023年、1月。

アインクラッド 第1層 憩いの森

 

デスゲームが始まって一ヶ月が経過した。アイスは、はじまりの街から北の外れに位置する森を根城に生活していた。この森は、後に穴場の釣り場スポットがあることで有名となるが、当時は出現するモンスターの中に手強い種がいることもあり、訪れるプレイヤーは意外と少ない。アイスはβテスター時代に、この森がレベル上げをするのに絶好の場所だと目をつけていたが、一人でモンスターを相手にフィールドで生活することは難しかった。では何故、この森で生きていられるのか。その答えは簡単である。

 

「姉ちゃん、この猪狩れば飯ができるよ」

アイスの隣で短剣を構える少年が明るく言う。アイスの実の弟であるミスト。

この残酷な世界を姉と弟の二人で生き抜くことを誓い合った、アイスにとって、そしてミストにとって、二人はお互いにかけがえのない大事な家族であり、パートナーであった。

 

 

 

Sword Art Online RE:Generation

第16話「弟」

 

 

 

現実世界で病弱で中学を休みがちだった弟の晃平をSAOに誘ったのは姉であるアイスだった。βテストでの体験を彼に話すと、晃平はベッドの上で目を輝かせた。そして運良くソフトが手に入り、アイスは学業の傍らバイトに励み弟の分のナーヴギアを揃えた。アインクラッドという現実よりも美しくどこまでも行ける広大な世界に胸を高鳴らせた晃平は、自身の名前を名字である風霧に由来し、ミストと名を変えた。

しかし、二人を待ち受けていたものは、あまりにも残酷極まりない真実。ゲームの中での死が現実での死に直結するという逃れようのないもの。寝たきりの生活が多い弟を自由気ままに走らせたいというアイスの想いは粉々に砕かれ、結果としてまた弟を一つの世界に幽閉させてしまった姉は、何度も頭を下げて謝った。しかし、ミストは決して責めようとしなかった。それどころか、現実世界よりも生き甲斐を感じる世界に連れてきてくれてありがとうと、ニッコリ笑って感謝したのだ。この言葉が、この想いが、どんなにアイスの支えになったかは計り知れない。ミストは、この世界では自分が姉の為に生きるからと強く言葉にした。それは、現実世界で病弱な自分を気遣って生きてきてくれた姉の為に自分が出来ることを模索して生きることを誓った強い意志の表れだった。

 

ミストは常にアイスの前に出たがった。十三歳という年齢も相まってか、男は女よりも強くなくてはならないという持論があったのか、戦闘を積極的にこなし、戦いのスキルの他にも、釣りスキルや調理スキルを鍛えて美味いものを作ったりと、現実世界でやりたくても出来なかったことを満喫しているようにも見えた。

 

「姉ちゃん、俺から仕掛けるよ」

「いいよ」

ミストが短剣で習得したばかりのソードスキルを猪に向けて放つ。すぐにアイスが追撃し片手直剣の一振りで、そのモンスターの姿をポリゴンへと変えた。二人で生きていくことを誓い合ってから、ミストの短剣熟練度は驚く程早くその数値を上げていった。初めはアイスがβテスト時代の経験を生かして教えていたが、最近は独自のスタイルを手にし、そして尚且つそれをモノにしている。小柄な体型を活かし、地面と身体が平行になるぐらい重心を低く保ち姿勢を下げながら突撃する。モンスターの身体のサイズ関係なく、瞬時にその地面を這うような動きで懐に潜り込み鋭い一撃を放つ。

 

 

星空の下で、ミストが作った猪のステーキを食べる。

「硬いね~」

「次はちゃんとしたの作るよ」

「昨日もそう言ってなかった?」

失敗作となってしまった黒焦げの肉を苦笑いを浮かべながらアイスは頬張る。ミストは拗ねたように唇を尖らした。

「おっかしいなぁ。あ、ゼリーなら上手く作れた。姉ちゃん、食べる?」

「食べる食べる」

ステーキと比べ、ゼリーは中々の出来栄えだった。形が崩れていたり、ところどころドロドロな食感があったがイチゴのような甘酸っぱい味が口の中に広がる。道中で採取した木の実を使ったらしい。

 

「姉ちゃん」

ゼリーを味わって食べるアイスにミストが不意に話しかける。

「何?」

口をモゴモゴとさせながらアイスが反応した。

「食べながら返事しちゃダメだよ」

「あ、ごめん。で?」

「俺、何度も言うけど、この世界に来れて良かったと思ってるんだ」

「・・・本当に?」

アイスが食べる手を休めて申し訳なさそうに言う。

「本当さ。だから、そんな顔しないでよ」

ミストは底抜けに明るい調子で答えた。

「今まで出来なかったことが、この世界では出来るから。ねぇ、絶対この世界を二人で生き抜こうね!姉ちゃんと二人だったら俺出来ると思うんだ!」

ミストは熱く語る。強がっているわけでもない。真にそう思っているから言葉に出せるのだ。そして、その言葉は、何よりもアイスの心に温かく広がる。

「私も少しは晃平のこと守らせてよ。たった一人の弟なんだからさ」

「勿論さ。でも今までずっと守ってもらってたからね。恩返しがしたいじゃんか。俺だって男なんだからな。そして姉ちゃんは、俺にとってたった一人の姉なんだからさ」

 

現実世界でも、仲が良すぎるぐらい良い関係が築けていた。姉弟だけではなく家族関係も良好であった。両親は文武両道で面倒見のいい姉に期待を寄せる一方で、病弱だが優しい性格で周りを笑顔にする弟にも信頼と愛情を寄せていた。そんな姉弟の関係が、この世界に来てから、より深いものになった気がする。それを二人はヒシヒシと感じていた。この姉なら、この弟となら、この世界を最後まで手を取り合い支えあって生きていけると確信していた。

 

しかし、どんなに二人の関係が深いものになったとしても、運命とは残酷なものだ。

ソードアートオンラインの世界、創造主である茅場晶彦によって創られた史上最悪、類を見ない大規模な監禁地獄に囚われたプレイヤーたちが悪魔の諸像へと成り果てる。

 

 

2023年、2月。

アインクラッド 第3層 フィールド

 

アイスとミストは三人の男に剣を向けられていた。事の発端は、街でクエスト攻略の為にパーティを組んでくれと頼まれ、報酬も良かったことから快く承諾し、クエストクリアとなった直後のことだった。今まで仲良く談笑していたが、急に持ち物全部置いていけと剣を突きつけられたのだ。

アイスとミストの二人は装備している武具が比較的レベルの高いものだった。βテスト時代の経験を活かし、二人でダンジョンや森を練り歩いた末に見つけドロップしたものも数多い。全て努力の結果として手に入れたものであった。その装備が欲しくなったのか、三人の男たちは不気味な表情を浮かべ姉弟に難癖をつけながら脅迫する。

 

「おい、女ぁ。お前の持ってる片手直剣強すぎじゃね?どうやって手に入れた?チートでも使ったのか?」

「いや、これは・・・」

アイスが持つ片手直剣ジークフールは、第2層の迷宮区にミストと二人で潜った際に遭遇した強いモンスターを必死こいて倒した時に、たまたまドロップしたものだった。

「あれじゃね?お前βテスターだろ?このチート野郎」

アイスが口ごもっていると別の男が言った。

「んだよ。βかよ。ふざけやがって」

もう一人が舌打ちを打ちながら言う。

 

ここ最近、βテスターに対する風向きは異常なほど悪ぃ。一部では一般プレイヤーよりも前知識があるβテスターが全ての知識を共有しなかったことでいざこざが勃発しており、少しバトルの立ち回りが上手いだけでもチート扱いされ、争いの元ともなっている。その為か、自らの正体をβテスターであると明かすのは自殺行為に等しい。それ以前に、自分の正体をベラベラと語ること自体が、オンラインゲームでは御法度である。そんなことを懸念してか、見ず知らずのプレイヤーと馴れ合うのは危険な行為であり、ゲーム開始から三ヶ月以上が経った今でもギルドが増えていかないのは、そういった理由があるのかもしれない。

 

「お前たちこそフザけんな。これは迷宮区で手に入れた武器だっての」

「うるせーぞチビ助。二人で迷宮区なんか行けるわけねぇだろ。ってか、お前のダガーも強すぎんだよ。明らかにおかしいだろ!」

ミストが持つ短剣は、SAOが開始されてからずっと使っている一般的な初期武器を可能な限り強化したものであった。下層に於いて、ここまで強化出来たのは運も関係しているだろうが、その反面、多くの研磨石を稼ぐために、ダンジョンに長い時間潜り込み得たものと言っても過言ではない。

 

「おいチーター共。さっさと装備を地面に置けよ。命は助けてやるからよ」

剣を向けニタニタと嗤いながら男が言う。

「やれるもんならやってみろ。俺たちを傷つけたらお前ら全員監獄行きだぞ」

「監獄?そりゃウゼぇな。やっぱ殺すか。殺せば目撃者もいなくて済むかも」

「殺しちゃう?まぁオレンジになってもカルマ回復っていうクエストがあるらしいし」

男たちが口々に言いながら切っ先をチラつかせる。

「姉ちゃん、平気?危ないから後ろに下がってて」

ミストがアイスの前に立ちはだかりながら言った。

「『姉ちゃん』? 何だ、お前ら家族?」

「いいねぇ。姉を守る弟ってか?」

男たちがせせら嗤う。

「というかよー、弟クン。お前の姉ちゃん結構可愛いな」

「なー。こっち来てから女とはご無沙汰なんだよ、俺たち」

「SAOではセックスして中出ししても子供なんか出来ないよな」

「てか、局部までちゃんとデザインされてんのかな」

「俺のアソコはちゃんとキャリブレーションされてたぜ?」

男たちの視線がアイスの身体を舐め回す。

 

「最悪だ」

ミストが呟いた。

「あ?ごめん、聞こえちゃった?」

男たちが嗤いながら姉弟に歩み寄る。

「ということでさ、弟クン。ちょっとそこどいてよ。俺たち、お前の姉ちゃんに用があるからさー」

「絶対にどくものか!」

ミストが怒鳴り短剣を構える。

「なに?俺らとやるつもり?いいぜ、ほら!」

一人の男が言い終えてミストに迫ると、持っていた片手直剣を振りかぶりミストの胴体を斬り裂いた。重い衝撃を受け、ミストはアイスの足元に転がる。

「晃平!」

「いてて・・・だっせー俺。斬られちゃった・・・」

弟の傍に跪いて傷の様子を見ると、ミストの胴体は深く抉られ、両腕が刈り取られていた。

「だはは。弱ぇなガキ」

剣で斬った男は、ミストが落とした短剣を拾い、タップしてステータスを確かめる。

「うほ、凄ぇなコレ。よくこんなに強化出来たな。その弱さでこの剣の強さ。やっぱチートしか考えられないぜ、お前」

「か、返せ・・・」

ミストが息も絶え絶えに言う。両腕欠損に加え、胴体の傷でHPバーが著しく減っている。アイスが回復結晶を迷わず使用するが完全には回復しない。

 

「お前、カーソルオレンジだぜ」

「マジ?やった。カッコいい?」

カーソルの色を仲間に指摘された男がミストの短剣を振り回しながらおどけてみせる。

「返せ!」

「ん?返してほしい?ほらよ!」

そう言って男が短剣の切っ先を向けたままミストに投げた。その剣先はミストの胴体に突き刺さる。更に接近してきた男からミストを守るようにアイスが前に立ちはだかるが、男はアイスの顔を殴り飛ばし強引に退かすと、ミストの腹に刺さった短剣の柄尻を足の裏で思い切り蹴る。深々と刺さる剣がミストの痛覚を酷く刺激した。

「おいガキ、お前死んじゃうぜ?」

カーソルをオレンジにした男はミストから離れると、地面に倒れこむアイスの顔面を更に殴り、満面の笑みで、アイスの身体にのしかかる。

「瀕死の状態で姉貴が犯されんの特等席で眺めてたらいいぜ」

男たちが嗤う。アイスは抵抗するが腕は抑えられハラスメントコードも何故か起動せず、ただただ必死にもがくことしか出来ない。

「暴れんなよコラ!」

「ははは!ウケる。写メとか撮りたいな。そんなもん持ってないけど」

男たちの手がアイスの身体に延びた。

 

「や・・・やめろぉ!!」

ミストは傷だらけの状態で立ち上がり、あらん限りの力を振り絞り、アイスの上に覆い被さる男に体当たりを食らわせた。

「姉ちゃんは、俺が絶対守るから!」

アイスの前に立つミストは両腕を失くし、腹に刺さった短剣を抜くことも出来ない。それでも全身に力を込め、強く、勇ましく、立ち続ける。

「うぜぇぞガキ!」

地面に吹き飛ばされ倒れた男は表情を歪ませ起き上がり、自身の片手直剣を構えるとミストに向け振りかぶった。ミストはその狂った男の姿を見ても動じず避けようともしない。自分が避ければ、後ろにいる姉が斬られてしまうから。だから彼は動こうとしない。そんな思考は全く持ち合わせていない。

「晃平!」

アイスが涙混じりに弟の名を呼ぶ。

「姉ちゃん。俺、約束したから。姉ちゃんを守るって約束したから!」

弟が背中を向けながら言葉を紡ぐ。その小さな背中が彼の強さを物語る。

 

時間の流れが遅くなった気がした。

片手直剣で斬られた彼の身体はゆっくりとアイスの上に倒れ込み、少しばかり苦痛の表情を浮かべながらも、口元を緩ませながら「ありがとう」と呟いて、その小さな身体をポリゴンへと変えた。キラキラと無数の破片となった結晶がアイスの身体の上を舞い散り、彼の腹に刺さっていた短剣がアイスの手の中にカランと無機質な音をたてて落ちる。

 

「キレちまった・・・」

カーソルをオレンジに変えた男が悪びれもせず嗤いながらため息を吐いた。

「安心しろよ。お前もタップリ楽しんでから弟クンのところに送ってやるから。あっちで感想でも話せばいいだ・・・あ!?」

男が言い終わらない内にアイスは足払いを仕掛け、男を転ばせる。残りの二人が剣を抜き近寄ってくるが、アイスはゆっくりと音もなく立ち上がり、ミストが遺した短剣で一人の利き腕を切断し、もう一人の右足を迷いなく切断した。痛みで転がる二人を冷たく見下ろす。転がる二人は痛みに悶えながらもアイスの顔を見上げた。垂れた黒髪で隠されているが、感情が全くないように見える。そして冷たく光る瞳からは涙が一筋流れた。

「ま、待って」

転がる一人が叫んだ瞬間、アイスは短剣を振り下ろす。左胸に刀身は深々と突き刺さり、利き腕を切断された男の姿は一瞬でポリゴンへと変貌。更に隣で転がっていた、足を失った男の左胸にも同じように短剣を突き刺し、男は絶望の表情を浮かべたまま姿をポリゴンへと変えた。

 

「・・・てめぇ」

オレンジカーソルを頭上に浮かべた男は驚愕しながらも威勢を張りながら立ち上がる。

「へっ。これでてめぇもオレンジだぜ?俺と同類だ。この人殺しが!」

男はフラフラとおぼつかない足取りのまま剣を構え吼える。対し、アイスはまた音もなく立ち上がった。無言、無表情のまま。しかし、涙を流しながら男の顔を見つめる。

「何か言え!コラァ!」

男が剣を振りかぶり迫るが、アイスは男の剣を簡単に避けると、剣を持つ男の腕を肩から切断した。そして顔面を容赦なく殴り地面に転がす。

「い、痛ぇ・・・が!?」

地面に突っ伏す男を強引に仰向けにし、上にのしかかり男の喉元を左手で掴み頭が動かないように固定する。

「イタイ?」

アイスが静かに呟く。頬には何粒も流れた涙の跡。その跡をつたって新たな涙が零れる。そして短剣を握り締めた右腕を天高く振り上げた。

「や、やめ・・・」

「コロス」

男の顔面。目の下辺りに思い切り振り下ろす。男が絶叫する中、かまわず何度も振り上げては振り下ろした。やがて男が姿をポリゴンに変え消え去っても、その動作は止まらない。

 

 

ああああああああああああああああああ!!

 

 

静かな空の下、静かなフィールドで彼女は涙も枯れ果て、喉が千切れるまでに泣き叫んだ。

 

 

2024年、5月。

アインクラッド 第50層 アルゲート

ギルドホーム

 

タクがアイスの壮絶な過去をメンバーに話している時、食卓が沈黙で包まれている中、二階にある自室でアイスは目を覚ました。自分の状態をゆっくりと確認する。どうやらベッドに寝かされているようだ。木の天井が視界に入る。顔を横に向けると、ベッド脇で椅子に座る少年が自分の顔を眺めていた。

「・・・晃平?」

「残念。僕はハルだよ」

少年はニッコリと微笑んで見せた、

 

この会話は前にも憶えがあった。

あれは生きる気力も無くして、街に入ることも出来ず、ただただフィールドを何週間も彷徨った末に、ハルとタクに出逢った時・・・かな。

 

 

カーソルをオレンジに変えた者は街や村に入ることが出来ない。強引に入ろうとすれば、NPCの門番が現れ、凄まじい力で撃退される。

 

ずっと一人でフィールドを歩き続けた。ポップして襲ってくるモンスターは全て撃退した。生きたいわけではなかったが無残に死ぬ気もなかった、気持ちが落ち着くことはない。荒れ狂った感情が治まることはなく、時には怒り、時には泣きながら、立ちはだかるモンスターを斬り殺した。空腹時にはミストが作ってくれた料理を食べた。腹は満たされることもあったは、噛み締めるごとに自分の無力さを痛感し、心が痛んだ。その食べ物もすぐに尽きた。眠気に襲われれば地面に倒れ込んだ。

行くあてもなく、生きるあても死ぬあてもなく、迷宮区に単身で潜り込んだ。出現するモンスターはどれも強敵であったがアイスは剣を振り続けた。

 

そんな中、迷宮区の最深部で、近くにプレイヤーがいることに気が付いたアイスは咄嗟に身を隠し、物陰から様子を伺う。プレイヤー通しの面倒は御免だった。しばらくして仲良さげに歩く二人の男が視界に入った。一人は曲刀を持つ長身の男。そしてもう一人は片手直剣を右手に持ち微笑みながら何かを喋っている少年。その顔を見てアイスは驚いた。思わず声が出た。アイスの声に二人が振り向く。

「オレンジか!?」

曲刀の男がアイスの頭上に浮かぶカーソルに気付き剣を向けるが、アイスの視線は少年に釘付けだ。

身長、髪の色、顔の作り、表情の浮かべ方、声、何から何まで弟にソックリだった。アイスは少年の元へ駆け出す。いち早く曲刀の男が反応し少年の前に立とうとするが、アイスの方が早かった。戸惑い焦る少年をアイスは思い切り抱きしめた。

「ひぇ!?」

急に抱きしめられ変な声が出る少年。それでも構わず更に強く抱き締め頭を撫でる。

「お、お姉さん、どうしたの~!?」

少年が腕をバタバタさせながら言う。アイスは抱きしめる力を弱くし、顔を離す。

「晃平?」

「残念。僕はハルだよ」

少年はクスリと笑う。笑い方も似ていた。思わず、再度強く抱きしめる。

「え、えぇ~!?何で?タク、助けて~」

少年が慌てる。

「あ、あぁ・・・おい、あんた」

男がアイスの肩をトントンと優しく叩いた。

 

 

迷宮区。安全圏。

少年と男に促され、アイスは腰をおろした。そして、少年たちと軽く自己紹介をする。

「晃平って?誰か捜してんのか?」

タクが尋ねた。

「いえ。もういません。似ていたもので。すいませんでした」

アイスはおろしたばかりの腰を上げ、立ち上がろうとする。

「もう行くの?」

ハルが心配そうに言った。

「はい」

アイスは言葉少なめに返事をする。

「行く所あるのか?」

タクもハルと同じような表情を浮かべる。

「貴方たちに関係はありません」

「そう言うなよ。腹減ってるか?俺らの弁当でよければ食ってくれよ。作りすぎて困ってるぐらいだ」

「だから言ったじゃん。二人しかいないのに、そんなに作ってどうするつもり?ってさ」

「こうやって持て成すことが出来たんだから、結果オーライだろ?」

タクがそう言って、ストレージから形不揃いのサンドウィッチを取り出す。

「気持ちカツサンドだ」

「その紫色の肉なに?」

ハルがパンに挟まれた奇妙な色をした肉を指差し顔をしかめる。

「蛙だ。多分」

「食べる気なくすよ、この色。蛙の肉なのにカツサンドって詐欺もいいとこでしょ」

「気持ちカツサンドだ!」

ハルが抗議するがタクは聞く耳を持たない。どうやら自信作のようだ。

 

「ほら、食べるか?」

「初対面の人に渡すものじゃないでしょ。アイスさん、食べたくなかったらいらないってハッキリ言っていいんだよ」

アイスは無言でタクが差し出したサンドウィッチを受け取る。食欲は全く唆らないが久々に見る加工食品を一口齧る。異様な味が口の中に広がった。ミストが昔作ってくれたものとは程遠い。

「・・・美味しいです」

「え?嘘?」

アイスの言葉にハルとタクが驚き、二人もサンドウィッチにかぶりつくが「不味い!!」と叫んで直ぐに吐き出した。

「タク、何コレ!?」

「不味いわ。これ問題作だわ」

「僕が作ったスープよりも酷いよ」

「馬鹿。あれよりはマシだろ」

「アイスさんも不味かったら不味いって言わないと!」

 

二人の兄と弟のような仲良さそうな会話に思わずアイスは口元が緩むと同時に、ミストのことを思い出してしまい胸が痛む。

「お、笑ったな」

「そりゃ笑うでしょ。人間なんだから。失礼なこと言っちゃダメだよ」

タクの言葉にハルが厳しくツッコミをいれる。

二人の様子が、かつての自分とミストの姿と重なる。口元が緩むと同時に記憶の上に被せた蓋が外れるのは容易だった。感情が緩み、涙が頬をつたう。

「ど、どうした?俺のサンドウィッチそんなヤバかった?」

タクが慌てる。

「アイスさん?」

ハルがまたもや心配そうに声をかける。

「私・・・私は・・・」

枯れ果てたと思っていた涙が、止まらなかった。

 

 

数日後。

アイスはカルマ回復クエストを終え、自身のカーソルをグリーンに戻していた。自分一人では出来なかったしやろうとも思わなかった。

「結構面倒臭かったね」

「お使いの上に戦闘とか・・・」

ハルとタクが口々に感想を言い合う。迷宮区で出逢った二人は、お節介など百も承知と言った調子でアイスに付きまとい、カルマ回復クエストがどんなものか経験してみたいと言われ、強引に付き合わされた結果によるものだった。

 

「アイス、お前結構強いな」

タクが快活に笑いながら言う。アイスは無言で軽く頭を下げた。アイスの戦闘はミストを亡くしてからの孤独の戦いで、より鋭く研ぎ澄まされていた。自分を殺してくれるモンスターを探し続けでの結果が彼女に蓄積されている。ひとたび敵を前にすれば容赦なく斬り込み、自身がダメージを食らっても決して倒れない。しかし、そんな無茶苦茶な戦い方だけでクエストクリアできたわけではない。行動を共にしたハルとタクは、そんな彼女の戦闘スタイルを活かしつつアイスの邪魔にならない立ち位置を取り立ち回ってくれた。特に、戦闘指示を送るタクの采配は素晴らしく、どんな敵にも突撃していくアイスの性格をいち早く理解し、彼女をアタッカーに置きながら最善のフォローを編み出してくれた。

 

「お世話になりました」

アイスが小さく呟き踵を返そうとする。二人は面食らうが直ぐにいつもの表情に戻った。

「どこか行くの?」

ハルが訊いた。

「あてはありません」

「なら、僕たちと行動しようよ」

「何故ですか?」

「何故って・・・」

彼女の真っ直ぐな言葉にハルは詰まってしまう。アイスは馬鹿ではない。二人が何故自分を引きとめようとするのか。何故一緒にいてくれるのかは何となく理解しているつもりだった。短い間ではあったが共にいて分かることは沢山あった。ハルもタクも、自分の大好きな人種であった。その上で突っぱねたのだ。

 

タクは静かにハルとアイスの会話を見守っている。この人はいつもそうだった。大人らしい意見を言うくせに、局面局面では、いつだってハルの意見を尊重する。

「じゃあ、フレンド登録しよ」

ハルがニッコリ笑って言った。弟に似た少年の表情に今度はアイスが言葉に詰まる。

「僕はアイスさんの友達。いいかな?だから、僕が困ったら助けてよ」

あまりにも強引であるが、それは今に始まったことではない。ハルはいつだって頑固だった。

「逆にアイスさんが困ったら呼んでよ。絶対だよ?僕、すぐに行くから。その時は僕がアイスさんを守るから。その逆だったら、アイスさんが僕を守ってよね、これ約束!」

アイスはハルの押しに負け、ウィンドウに表示された『YES』のボタンをタップした。

 

その数週間後である。ハルからアイス宛にメッセージが届いた。

「ギルドを作りたいんだけど規定人数が足りなくて困ってます。入ってください」

またもや強引だった。しかし、義理堅い彼女の性格を逆手にとった手だった。困ったら助けるという約束の基、アイスは『β』に加入する。

設立時のメンバーは、ハル、タク、ムニ、ヒート、アイスであった。

 

 

2024年、5月。

アインクラッド 第50層 アルゲート

ギルドホーム

 

「懐かしいね~」

アイスの回想にハルが相槌を打った。彼女がここまで昔の話を語ってくれるのは初めてのことだった。

「はい」

アイスが天井を見上げながら頷く。上を向いていなければ、ハルの優しさのせいで込み上げた感情が頬をつたって流れてしまいそうだった。

「僕、嬉しいんだ。最近のアイスさん、よく笑うようになったから。タクも言ってたよ。心を少しずつ開いてくれてるんかなって。でもね、僕ら、仲間なんだ。もっともっと甘えてくれてもいいのに」

「え?」

ハルの言葉に思わずアイスは少年の顔を見てしまう。溜まった涙が頬をつたい布団の上に落ちる。

「だって君は僕の姉じゃないから。だから僕よりも強くあるべき理由なんて一つもないんだ」

ハルの言葉はいつだって核心をついてくる。しかし不思議と嫌な気持ちにはならない。

「そう・・・ですね」

「僕は晃平君の代わりにはなれない。だからアイスさんも僕の姉の代わりにならなくていいんだ。誰よりも強くあろうなんて考えなくても大丈夫だよ。僕たちはいつまでも対等の友達なんだ」

ハルはそう言って、アイスの涙に手を触れた。

 

「生きよう。一緒に来てくれる?」

「・・・はい」

アイスの返事にハルはニッコリ笑った。弟に似た笑い方だが、それは違う。これはハルの笑顔だ。

 

 

晃平。

私、生きるからね。

晃平の為に。私の為に。『β』の為に。

そして・・・。

 

ハルという、かけがえのない友達の為に。




キャリブレーションってどこまでされるんだろうね。
素朴な疑問です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。