Sword Art Online Re:βoot 作:mimitab_
2024年、5月。
アインクラッド 第??層 ???
霧が深く漂う森。木々の間から空を覗くことも難しい程に背の高い木が鬱蒼と生い茂る。地面に生えた草は朝露を浮かべ湿っており、踏みしめる度にひんやりとした空気が足を伝う。
「誰だ」
赤い刺繍が施された黒いコートのポケットに両手をいれて歩みを進めるイグナイトが言った。返事はない。辺りは静けさに包まれ、遠くで何らかの鳴き声が微かに聞こえる。時間帯も相まってか、不気味で不穏な空気が霧と共に漂い、あまり長居したい場所ではない。
「誰だと聞いているが?」
イグナイトは人がいるであろう背後の木の陰に、目もくれず静かに言い放つ。
「・・・凄いねぇ。バレちったか」
その陰からフードを深々と被り、口元しか見えない男がニヤけながら現れた。
「全員出てきたらどうだ」
「・・・へぇ」
感情が一切篭っていない調子でイグナイトが声を発すると、フードの男は感心したような素振りを見せながら手を挙げる。すると、木々の間から同様にフードを深く被った男たちが三人現れた。
「キミ強いね。オレンジ君」
「お前らもだろ?」
姿を現したフードの男たちのカーソルは全てオレンジ。対するイグナイトも同じ色だ。
「『ラフィンコフィン』か?」
イグナイトが背中を向けながら言った。
「当たり。なら話は早いかなぁ?ヘッドがキミに逢いたがってる。来てくれるよね?」
男はニヤけたままであるが、フードで隠れているギラギラとした瞳でイグナイトを睨みつけながら言った。
「ふーん」
イグナイトは興味なさげに鼻を鳴らすだけだった。
Sword Art Online RE:Generation
第17話「接触」
アインクラッド 第50層 アルゲート
ギルドホーム
ホームの応接間のソファでハルとタクが隣り合って座る。その向かいには細身で長身。茶色の髪を背中まで伸ばし、スラッとした長い足と大人な雰囲気が漂う振る舞いをしたフランが座っていた。ハルが長年信頼を寄せる情報屋の一人である。
SAO界で一番有名な情報屋『鼠のアルゴ』とはまた違う独自の情報ルートを持ち、最前線の情報やクエスト攻略の情報は勿論だが、得意としているのはプレイヤーの詮索。攻略組から始まり大型ギルドから小規模ギルドのプレイヤーの情報を扱う。そして極秘裏に集めているのが、殺人プレイヤーの情報。常に隠密で行動し、どのギルドにも所属せず単独でプレイヤーの身辺を嗅ぎ回ることから、彼女を敵視する特にオレンジのプレイヤーからはフランのことを『野良犬』と呼称している。フランはその不本意なあだ名を逆に気に入ってしまい自らを犬呼ばわりするが『β』のメンバーは長い間お世話になっている彼女をちゃんと名前で呼んでいた。
「胸糞悪ぃ話だな」
タクがフランが持ってきた話を聞いて、ため息を吐いた。
フランは情報を売り買いすることで生計をたてているので、自身が持つ情報をむやみに公開することはない。しかし、今回は単純に大事なクライアントに忠告する為に訪れていた。
それは、最近アインクラッドで起きた事件。殺人ギルドとして名を馳せる『ラフィンコフィン』によって行われた大虐殺。経験値が多く貰える限定クエストがあるという嘘の情報を流し、そこに集まったプレイヤーを全員殺した余りにも酷い残虐極まりない内容である。
『ラフィンコフィン』
名を聞けば誰もが不快感を露わにし、関わりを持ちたくないというギルド。殺人を快楽と捉え、一般プレイヤーを殺すことに何の躊躇いもない。一度人を傷つければ、自身のカーソルはオレンジになるが、彼らは自らのことをレッドプレイヤーと称し、殺人をして楽しむのがこの死のゲームで許された一つの権利だと考えている。
「フランさん。忠告は有り難いけど、絶対に無理はしないでね。危ないよ」
ハルが心配して言った。
「私は好きでやってるの。私の情報でハル君たちが死ななければ、それでいいの」
フランは当たり前のように言う。
「それでも心配だよ。ねぇ、ギルドに入る気はないの?」
「ハル君の仲間に?嬉しい話だけど答えは変わらないよ」
SAOが開始されてから割と初期の段階で、ハルとタクはフランと知り合っていた。その時からハルは『β』加入の話を彼女に持ちかけているが、毎回断られている。情報を力にしているフランは頼られることも多いと同時に狙われる可能性も高い。プレイヤーの個人情報を詮索するような行動をしている時点で恨みを買われることもある。その矛先が『β』に向いてしまえば、フランは一生後悔することになる。それを恐れてのことだった。それでも常に心配してくれるハルの優しさを身に感じるだけで充分嬉しかった。
応接間の扉が突然ノックされ、ハルとタクが返事をする前に扉が開かれると同時にシュートが前のめりなりながら駆け込み、ソファに座るフランの胸に飛び込んだ。
「フラン姉ぇ~」
「お!元気だったか?よしよし」
甘えるシュートの頭をフランが優しく撫で回すのを見て、タクは再度深いため息を吐いた。しかし、それは先に吐いたものとは、また違った意味合いを持つ。
「ごめんなさい。シュー君!大事な話してるからダメだよー」
ニカが遅れて入ってくる。
ハル以上に誰にでも人懐っこいシュートは『β』と仲がいい外部の人間にもすぐに懐いた。その中でもフランには人一倍甘えている。その理由は定かではないが、タクと同年代であり、シュートにとっては年上すぎるフランに母親の姿を重ねてしまうのではないかというのがハル達の見解であった。
「フラン姉、今度レベル上げ手伝ってよ」
「そんなのタクがやってくれるでしょ?」
「タク兄、厳しいから嫌だ」
「んだと?」
シュートの真っ直ぐな言葉にタクが微笑みながらこめかみを引きつらせる。
『β』のメンバーがシュートに戦い方を指南する時は、彼をギルドの戦い方に合わせるようにして教える。しかしシュートは長い間、第1層でタンクと共にレベル上げをしていたらしい。タンクの教え方とフランの教え方は似ているとシュートは事あるごとに言う。つまり、シュートを前線に立たせ、大人は後ろで控え、後方から見守り支援するというカタチだ。こっちの方が、シュートは自分の好き勝手に動けて戦闘が楽しいらしい。だが、この戦い方を覚えてもらってはギルドにとって困る。あくまでチームプレイを基盤とする『β』の戦闘に全く合わない。例外として、ムニ、ヒート、アイスは前線に出続けても危なげがないことから個人プレイに走らせることも少なくはないが、シュートにそれが同じように出来るかと言えば無理な話である。
「そういや、シグはいる?」
フランがシュートの頭をワシャワシャしながら言った。
「シグ君なら、今は店かな」
ハルが答える。
「そっか。帰り寄って行こうかな。シグの発明した武器、私も欲しいんだよね」
「俺も行くー!」
シュートがフランの腕の中で元気よく言った。
「じゃあ、ハル君。気をつけてね」
「うん。フランさんも」
「タク。シュー君あまり厳しくしちゃ駄目だぞ」
「うるせぇ」
「それじゃ、シュー君、行こうか」
「行く行くー」
フランが立ち上がり手を差し出すと、シュートがその手を嬉しそうに握った。
2024年、6月。
アインクラッド 第49層 ミュージェン
主街区から離れた街の外れにある講堂。聞き耳、覗きなどのあらゆる防犯措置がとられたこの建物に集められた、限られたプレイヤーたち。その誰もが戦闘職として名を馳せる猛者ばかり。その中に召集をかけられた『β』のハル、タク、ムニ、ヒート、ノースがいた。
様々なギルドの、様々な人間が入り混じる。SAOで共に生きているからといって全員が信頼し合っているわけではない。だからこそ多くのギルドがこの世界には存在するのだ。そして、そんな思考も考え方も性格も違う人間が、こんな場に集まれば、否が応でも室内に漂う空気は不穏なものとなる。早くも大型ギルド同士のいがみ合い、小競り合いが始まっていた。『血盟騎士団』と『アインクラッド解放軍』、『青竜連合』のプレイヤーたちが睨み合う。一応攻略を共にしているものの、互いが掲げる理念は全く違う。
「来るだけ無駄だったかな」
「何だ?『β』は臆病風に吹かれてんのか?」
タクが小さく呟くと、その声が耳に入った別ギルドの人間が絡む。タクは努めて無視した。しかし、見た目から判断して無視されて黙ってるような人間ではない。
「おい、β野郎!何シカトしてんだ!」
「やめなさい!」
掴みかかる男の前に『血盟騎士団』の制服に身を包んだアスナが厳しい視線を送りながら立ちふさがった。『閃光』『副団長』など多くの肩書きを持つ彼女にキツく睨まれ、男は身を退く。タクはダルそうに顔をしかめ、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「貴方も無闇に挑発しないで下さい」
アスナがタクに向き直り、厳しい口調で言った。
「うるせぇな。本音を言っただけじゃねぇか」
「あのですね。前から訊こうと思っていたのですが、貴方、私のこと嫌いでしょ?」
「好きじゃない」
タクの心底面倒臭そうな言葉に熱り立つアスナを見て、ムニとヒートは顔を見合わせながらクスクス笑った。昔から双子のように同じ仕草をとることが覆いムニとヒートだが、結婚してからその度合いは格段と増えた。
「ごめんね、アスナさん。タクも悪気があるわけじゃ・・・ないと思う」
ハルは自信が無さそうに謝った。
「アンタ、俺のお袋の口調にソックリなんだ。だから好きじゃない」
タクが言わなくてもいいことを敢えて口に出す。
「タクちゃん、お母さんのこと嫌いなん?」
ヒートが笑いながら訊いた。
「嫌いじゃないけど好きでもない。アンタと同じだな」
タクがアスナを見て言った。
「ちょっとね~」
その言葉に苛立ちを抑えきれない副団長。
「アスナ」
不意に後ろから名前を呼ばれアスナが振り向くと、黒いコートを羽織った見知った人物が立っていた。
「キリト君。来てくれたんだ」
「あぁ。迷ったけど話だけならと思って。ただ、この様子じゃ来るだけ無駄だったかなって思うよ」
タクと全く同じ感想を宣う彼に、今度はアスナがため息を吐く。
「キリト?」
ノースが反応した、見たことのある男だった。顔つきは少々変わったものの、昔どこかで。
「ん?そちらは?」
キリトがアスナの後ろにいる『β』メンバーを見つめる。
「あ、あぁ。こちらギルド『β』の。最前線の攻略に参加してくれてて。ほら、覚えてない?」
「あぁ。この前話してた。はじめまして、キリトです」
キリトが友好的な態度え手を差し出すと、ハルがその手を握った。
「こちらこそ。リーダーのハルです」
ハルに促され、残りの四人も名前を名乗る。
「あぁ。貴方がタクさんか。アスナから事あるごとに聞いてるよ。ムカつく奴だって。でも俺からはそう見えないな」
「ちょ!?」
「・・・あ?」
キリトが素直にツラツラと問題発言を述べ、アスナは慌てて彼の口を塞ごうとするがもう遅い。タクは苛々としながらアスナを睨む。ムニとヒートはまたクスクスと笑いの発作が始まり、ハルとノースがタクをなだめた。
「え?俺、なんか変なこと言った?」
「言ったわよ!」
「おい、待てコラ!」
アスナに怒られキリトは何が悪いのか分からないとトボけた顔をする。
噂で広がっているキリトの情報とは180度違う彼の印象に『β』のメンバーは驚く。βテスターを中心に構成された自分たちなら一度は耳にしたことがある名前である。
『黒の剣士』『ビーター』尊敬、畏怖、妬みなど様々な理由からつけられた呼び名を持つ元βテスターのプレイヤー。最前線を転々としながら常にソロであり続ける孤高の剣士。攻略会議でも度々目にしていたが、共に戦ったことは一度もない。
そしてノースは思い出した。この朗らかに笑う少年が、今は亡き戦友ディアベルを見殺しにし、その後、第27層で一人の男を自殺に追い込んだことを。乗り越えた筈のディアベルの死という忌々しい記憶がノースの頭の中で蘇る。思わず拳を強く握り締め、表情が乱れてしまわないように平静を必死に取り繕う。
「ノースさん?」
いつの間にか傍に来ていたハルがノースを不安そうに見上げた。どうしてこの少年は人の気持ちを悟るのが上手いのか。
「大丈夫。大丈夫だよ」
ノースは頬を無理矢理緩ませ笑顔を作る。だが、こんな偽物の表情を見破るのはハルにとって得意なことであろう。ハルはノースの気持ちを汲んだのか無言で彼女の堅く握り締めた拳を優しく解いて、その手をギュッと握った。
「みんな、聞いてくれ」
突然、集団よりも高い位置に上がった男が言った。集まった人間の視線が、その男に注がれる。
「今日は集まってくれてありがとう。これより討伐隊の説明を始めたいと思う。皆も知っての通り、最近下層でラフコフによる大虐殺が行われた。殺人を快楽と考える異常犯罪者をこれ以上野放しにすることは出来ない。討伐隊の目的は、そんな糞野郎共を文字通り討伐することだ。ここで注意してもらいたいのは、殺すのではなく、あくまで生け捕りにし監獄に送ること。僕たちまで犯罪の手に染まる必要はない。ただ、その為に皆の力を借りたい」
男は壇上の上で力強く述べた。
「騎士団を始め、今日はSAOで名を馳せる様々なギルドに集まってもらった。日常では互いによく思ってないこともあるかもしれないが、ここは共に力を合わせてくれないか?」
「ちょっといいかな」
男の話の腰を折って一人の男が手を挙げた。『血盟騎士団』の団長、ヒースクリフである。
「どうしました?」
「私は討伐隊の話、辞退させて貰おう」
「え?」
男はヒースクリフの意外な発言に素っ頓狂な声をあげる。
「ヒースクリフさん。僕は今回騎士団の力があればと考えて行動した次第です。貴方がいなければ!」
「勝手に私を頭数に加えないで頂きたい。私は攻略の為に剣を振るう」
「でも1」
「私の剣は人を斬る為にあるのではない」
ヒースクリフの凛とした声が講堂内に轟き、壇上に立つ男は沈黙した。彼だけではない。講堂内を水を打ったような静けさが広がる。
「ふん。情けないな」
タクの傍にいた『聖竜連合』の一人が口を開いた。
「俺は参加するぞ!聖竜は全員参加だ!」
「俺たちもだ!」
軍の幹部たちが剣を掲げた。それに続き、多くのプレイヤーたちが賛同の声をあげる中、ヒースクリフは一瞬だけ満足そうな笑みを浮かべると、マントを翻し講堂を後にした。
「・・・仕方ない。だが、これだけ参加の声があがったことを僕は素直に嬉しく思う。現在、僕の仲間及び情報屋がラフコフのアジトを散策している。情報が入り次第、細かな日程、作戦を練ろうと思う。今日はありがとう!解散!」
壇上の男が言った。
「俺たちはどうすんだ?」
ムニが険しい顔をするハルに訊いた。
「参加しない」
「だよな」
「絶対に許可しないからね」
ハルが断固として言った。
「アスナ?」
キリトが名前を呼ぶ。
「団長はああ言ったけど、アスナはどうする?」
「私は・・・」
「やめとけ」
口ごもるアスナを見てタクが口を挟んだ。
「どうしてですか?」
「迷うぐらいなら参加するな」
普段からアスナとタクの二人は話が全く噛み合わない。どちらも互いの態度をムカつき合っているのだから仕方がないのかもしれない。そんな中、タクは本気でアスナを心配して言った。
「ヒースクリフさんが正しい。俺たちの剣は人を殺す為にあるわけじゃない」
「俺の剣は」
タクの言葉をキリトが遮った。
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
しかし、すぐに口をつぐんだ。タクはそんなキリトを訝しげに見る。
「僕らも帰ろう」
ハルが言った。
ぞろぞろと人波に流されながら帰路に足を向ける中、ノースが立ち止まった。
「キリト・・・さん」
「?」
アスナと共に帰ろうとしたキリトが名を呼ばれて足を止める。
「ノーちゃん?」
ヒートが彼女の異様な表情に戸惑いながら話しかける。
「キリトさん。少し話をしてもいいですか?」
『β』のメンバーが不安そうにノースの顔を伺った。
「僕も行こうか?」
ハルの問いかけにノースは黙って首を振った。
「じゃ、転移門の前で待ってるからね」
ハルは優しく言ってメンバーを促す。
「私、待ってるよ」
アスナはキリトにそう言って、ハルたちと共に去っていく。
講堂。塔。
この大聖堂のような建物は多目的建造物とされ、集会などの目的の為に誰でも使うことが出来る。最上階にある塔は小さな部屋だが、窓からはミュージェンの街並みを一望出来る場所だった。
キリトは戸口に立ち、自分に背を向け窓から外を眺めるノースの言葉を待っていた。それでも彼女は口を開かず、しびれを切らしたキリトが先に口を開く。
「話って?」
「・・・」
ノースは何も言わない。だが、身体を小さく震していた。
「貴方は・・・人を殺したことがありますか?」
「・・・え?」
あまりにも衝撃的な問いに予想していなかったキリトは思わず訊き返してしまう。
「答えてほしいです」
「・・・あぁ。あるよ」
キリトは間を置いて、素直に答えた。答えたところで救われることも慰められることもない。何の得も無いと分かった上でキリトは肯定した。
「後悔していますか?」
「あぁ。助けることが出来た筈の人間を俺は殺してしまった」
キリトは自分の手を見つめて言う。己の無力さを絞り出すかのように言葉を発した。初めてのフロアボスのことも、初めて所属したギルドのことも。まるで今起こったかのように、頭の中で鮮明に蘇る。人を失くした思い出は痛みであり忘れようとしても逃れることは出来ない。そして、その想いはいつからか、忘れてはいけないものなのだと。自分が傷つくことを分かった上で、自分の身体に刻み込んだ。
「・・・初めて人を殺したのは第1層でのフロアボス討伐の時だ。ボスの動きがβテストの時と違くて、結果的に一人死んだ。その後も、自分の正体を偽った結果、一つのギルドが全滅した。全部俺のせいだ」
キリトは自らを呪いながら言う。
「・・・ディアベルは最期、何か言ってましたか?」
「え?」
キリトはハッとして顔を上げた。窓から夕陽が差し込み、その光がノースの頬をつたう涙を照らす。
「知ってるのか?」
「・・・私の友です」
ただの友達ではない。それ以上の関係だった。だが、その関係を表す言葉は見つからなかった。
「そうか・・・あいつは最期まで立派だったよ。最期に『この世界を終わらせてくれ』と俺に託して死んだ」
「・・・」
部屋の中を冷たい沈黙が支配する。
「ごめん」
その空気に耐え切れず、キリトが口を開いた。
「何故?」
「俺が・・・俺が・・・殺したのも同然だ。俺が・・・」
キリトはノースの顔を直視することが出来ず、俯きながら謝罪の言葉を紡ぐ。
「安心しました」
「え?」
「貴方はビーターではない。それが分かって安心しました」
ノースはニッコリ笑って言った。無理に笑っているのが痛いほど分かるぐらいに。
「キリトさん。貴方の剣は何の為にありますか?」
「俺は・・・俺の剣は、人を守るために使いたい」
意図せず零れてしまった涙を拭いもせず、キリトはハッキリと声に出して言う。夕陽の逆光を受け、ノースの表情は分からなかったが、彼女は満足そうに微笑んだかのように見えた。
アインクラッド 第??層 ???
「イグナイト君」
「気安く呼ばないでほしいかな」
名を呼ばれたイグナイトは煩わしそうに声の主に向かってイラつきながら言った。
「君の剣は何の為にある?」
「お前みたいな奴を斬る為だ」
イグナイトが片手直剣を構えた。
「ククク。Very funny. 面白いね。やってみるかい?」
声の主が短剣を手に取る。短剣と呼ぶには大きすぎる刀身。中華系の包丁のような形状をしているそれは、友刈包丁。今までに何人もの命を刈り取ってきた悪魔が宿る剣。
「殺す前に訊いておこう」
「何かな?」
「そのフザけた名前、どういう意図で付けたんだ?」
「プーか?可愛いだろ?」
「あぁ。虫唾が走るぐらい可愛らしいな」
イグナイトが唾を吐き捨て、駆け出した。