Sword Art Online Re:βoot   作:mimitab_

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2023年、11月。

アインクラッド 第32層 ヒュルゲンシュタイン

 

さほど大きくないギルドホームの1階は食卓がある部屋に加え、リーダーであるハルの部屋がある。寝泊りをする個室とは別に、主に執務をする部屋だ。

今そこに、椅子に腰掛けるリーダーのハル。脇の壁に寄りかかる副リーダーのタクがいた。

「この前の戦闘どうだった?」

ハルが両手で顎に手をやり肘をテーブルに乗せながら聞く。

「ノースは大分槍の使い方に慣れてきたな。充分通用するレベルだ。ムニとヒートは言うまでもないだろ。アイスはやっぱり生粋の戦闘職だな。今更あいつに戦闘の知識叩き込んだところで、あいつは自分のスタイルを変えることはないだろう。シグは・・・そうだな。正直あの戦闘でシグは必要なかったな、うん。個人的にシグには近接戦闘も出来るようになってほしいんだが。まぁ、あいつの後方からの視野の広さは間違いなく強味だから・・・ま、いっか」

 

タクの観察眼は素直に尊敬できる。自分も戦闘をこなしながら、周りの戦闘もしっかりと己の目で収め、事態をすぐに把握して指示を飛ばすことが彼の役割。その姿は非常に信頼できた。

 

「もう少し上でも俺らなら行けるんじゃないのか?まぁ、決めるのはお前だが」

「うん・・・」

タクの言葉を受けたハルは歯切れが悪い。

「あぁ、そうだな」

そのハルの気持ちを汲み取ったタクが微笑む。

「ニカさん。絶対強くなれるハズなんだよね」

ハルの言葉にタクが無言で頷いた。

 

ハルは窓から一望できるフィールドの景色を覗く。

この世界のプレイヤーたちは、みんな心に抱えた苦しみと戦っている。

何かと戦っていない人間など、この世界には1人もいない。

そして何よりも辛いのが、孤独と戦うこと。

その敵を作らせない為に、ハルはこの世界での旅の中で気を許せる仲間たちに出逢い、このギルドを作ってきた。

それは、もしかしたら自分の為なのかもしれない。

自分は今日も仲間に生かされている。だから自分も仲間の為に出来ることはやらなければいけない。

それがハル自身に架せられた使命なのだろう。

みんな、何かを抱えている。

そんなことは知らないと嘲笑うかのような、カラッと晴れた青空が窓から見えた。

 

 

 

Sword Art Online RE:Generation

第2話「見る目」

 

 

 

アインクラッド 第39層 アールーン

葉っぱ屋「Smorkin Torch」

 

「いらっしゃーい」

カランコロンと鳴る扉の開閉音を聞いてシグはストレージを閉まってカウンター越しに挨拶をする。この店はシグが経営する薬剤ショップ。各種ポーション類などの基本的な薬剤とクエストに使われる薬草類、アイテム類。そして錬金に使う植物なども取り扱う少しマニアックな店。

「光砂と光葉を10ずつ」

「はいよ。800コルだけど、お得意様だから600でいいや」

接客はNPCに任せることも出来るが、客商売が嫌いではないシグは積極的にカウンターに立つことにしている。自分がやれば、こうやってまけてあげることも出来るしお客さんとの会話に花を咲かせることも出来る。

 

「ありがと。煙草できた?」

「出来てたらとっくに店舗に並べてるっての」

「そっか。楽しみにしてんだからな」

「頑張ってるんだけどねぇ」

ギルドのメンバーは、シグの煙草精製に毎回溜め息を吐いているが、こう言ってくれるプレイヤーも実は少なくない。改めて需要があると感じるのだった。

「っぽいのは出来るんだけどね」

「へぇ」

「これなんだけど」

興味深そうに食いついた客にシグは自身のストレージから毒々しい色をした葉っぱを乾燥加工し紙で巻いた煙草もどきを取り出しカウンターの上に置いた。

「美味いの?」

客はそれを手にとって眺める。

「味は・・・悪くない。だけど」

「だけど?」

「吸って20秒後に麻痺毒混乱出血状態に陥る」

「遠慮するわ」

客は笑って、その煙草もどきをシグに返した。

「しかも依存性が強い」

「そこだけ煙草だな。もしかして試したのか?」

「勿論さ。しばらくギルメンに隔離部屋に押し込まれた」

「だはははっ」

豪快に爆笑されるが、あれは最悪だった。二度と経験したくない。

 

「そうだ。シグ君のところは感謝祭クエストやるの?」

「あぁ、もうそんな時期か」

時の流れは早いもんだとオッサン臭いことを言うと、客はそうだなと笑った。

この世界には毎日受け付けているクエストとは別に季節ごとに受注可能なイベントクエストが存在する。感謝祭クエストもその1つで、11月に行われるアメリカの行事、サンクスギビングに由来するものだろう。

1年前の11月にサービス開始されたこのゲームは、勿論去年のこの時期にも感謝祭クエストはあったが、プレイヤーたちはアバターの死が現実での死に直結するという抗うことのできない変えられない真実を突きつけられたばかりで混乱しており、大多数の人間がこういったクエストに手をつけられる状態ではなかった。

しかし、今年は違う。この世界の生き方に慣れ始めてきたプレイヤーが増えてきている今は。

 

「さぁな。こればかりはリーダーに聞いてみないと分かんないや」

「そっか。俺はさ、シグ君のギルドについては何も思ってないんだ。嘘に聞こえるかもしれないだろうけど本当だぜ?むしろ尊敬してるし期待しちまう。何か俺らの知らないことをやってくれるんじゃないかってな」

「ありがと。でも僕たちが知っていることは、お客さんも知ってることさ」

身を乗り出し熱く語る客の熱意に感謝しながらシグは言った。

「ん。そっか。ま、お互い頑張ろうぜ」

「おぉ」

突き出された客の拳と自分の拳をぶつけた。

 

少しずつ。そう。少しずつ、僕らを見る目が変わってきているような気がして、シグは純粋に嬉しくなった。

 

 

アインクラッド 第32層 ヒュルゲンシュタイン

ギルドホーム

 

夜。

ホームの1階の食卓。そこにメンバー8人全員揃っていた。どんなに遅れてもいいから夜だけは一緒にご飯を食べようと徹底させたのはハルである。

 

「感謝祭クエストやってみようか」

皆の顔を見渡しながらハルが言った。

「いつだっけ?」

ムニがすぐにでもやりたいというのは、誰から見ても明らかなぐらい彼の表情に出ている。

「1週間後からだな」

タクが答える。

「1週間後ね。両手剣の熟練度もうちょい上げられそうだー!」

「私もそれまでは槍スキル今よりも上げてみる」

テンションを爆発させるムニにノースが同調した。

「じゃ、皆やる方向でいい?」

「やろう!」

ハルが聞くとアイスが無言で頷き、残ったメンバーが声を合わせる。ただ1人を除いて。

 

「私は・・・」

ニカが右手を弱弱しく挙げて声を発した。

「私は、お荷物になっちゃいそうだから・・・だから」

「ニカ!心配すんな!俺に任せろ」

彼女の今にも崩れてしまいそうな言葉を遮ってタクが明るく話しかける。

「このクエストは、まぁ興味本位ってのもあるが、お前の強味を引き出す為ってのがある」

「え?」

自分に強さがあるなど考えたことはない。このギルドに入る前も入った後も弱く震えて生きてきた。戦うことがこの世界に生きる人々に負わされた宿命なら自分なんて生きている価値はない。そう俯きながら途切れ途切れに言葉を搾り出すニカの言葉をタクはまた遮った。

「アホだな。何くだらないこと言ってんだ。誰がそんなこと決めたんだ?茅場の糞野郎か?奴の決めたレールなんか早々と脱線しちまったほうが身のためだ。俺がお前にも自信もって出来ることがあると証明してやるよ。ハルに任せてもいいんだけど、こいつ敵はジャガイモだとか意味不明なこと言うだろ?」

タクはいつだって熱い男でありながら、年上らしく人の心を鼓舞する力をもった人だった。

「ジャガイモに例えたの、そんなに分かりにくかった?」

ハルがあからさまに落ち込みながら言う。

「いや、そんなことは!」

ハルのそんな姿を見て慌てるニカであったが、残りのメンバーは大爆笑だ。普段簡単な返事しかしない無口なアイスでさえクスリと笑っている。

「ハルちゃん、やっぱ可愛いね!」

ヒートが椅子の中で項垂れるハルに抱きついた。

「うわ、ヒートさんやめて!やめ、うぅ・・・」

比較的ギルドの中では身長の低いヒートではあるがハルは彼女よりも小さい。そんな少年が抵抗してヒートの腕の中で暴れるが全く適わない。

「ニカ。タクさんのアドバイスは結構タメになるよ。私に槍教えてくれたし。この人、意外に見る目あるんだから」

「意外にってのは余計だが、やらないよりはマシだ。やろうぜ」

タクが優しく笑って言った。

ハルとはまた違う優しさと温かさを感じる。そんな彼に応えたいと思って、ニカは力強く返事をした。

 

 

翌朝。

「まずデュエルしよっか」

ギルドホームの裏庭にタクとニカはいた。

「デュエルですか?」

「そ。初撃決着モードで」

ソードアートオンラインに於いて、デュエルと呼ばれる1対1の決闘は3種類のモード選択ができる。完全決着、時間制限、そして初撃決着。しかし、アバターの死が現実での死を意味するこの世界では、先の2つのモードは相手のHPをゼロにしてしまう恐れ、つまり殺してしまう危険性がある。なので一般的なデュエルは初撃決着を選択するのが主流となっていた。これは初撃が相手にヒットするか、相手のHPを半分まで減らしたほうが勝者となる仕組みである。

 

「ニカは何使う?」

「ストライドダガーです」

「短剣か。じゃ、俺も」

タクはそう言って、ストレージから自分が所持している短剣を選択し装備する。第1層で購入可能なごく一般的な短剣であり、売られている値段も投擲武器を除き武器の中では1番安い。補正、状態以上付加などを起こすことはない、ただ斬るためにある短剣。それを右手に構え、姿勢を整えた。

「別にニカのことナメてるわけじゃないからな?これしか持ってないだけ」

「はい。分かってます」

ニカも短剣を構えタクと対峙して気づく。右手に持った短剣を後ろに引き左手を身体の前にもってきて構えの姿勢をとる彼に全く隙がない。

「じゃ、やってみようか」

優しい口調で語りかけるが、目は笑っていない。

「お願いします」

ニカが言葉を絞る。デュエル開始のカウントダウンが始まる。

 

 

アインクラッド 第25層 シールドクリフ

料理屋「Dice Kitchen」

 

「ハル君、こっちだよ」

店内に入ると、奥の方の席で小麦色の肌をした女性が手を挙げた。目当ての人を見つけハルは近づく。

「待ちました?」

「ぜーんぜん」

「よかった」

「ちょっち見ない間にハル君身長伸びたんじゃない?」

「残念ながら、この世界じゃ体型の変化はありませんよ」

「そうかなぁ。ね、オヤジさんも思いません?」

そう言って女は飲み物を運んできた男に話しかける。

「ギルドのリーダー張ってるってことで色々抱え込んでんじゃないのか?坊主。ほら、これいつもの。ツマミはサービスな」

「サンキュー」

「ありがとうございます」

 

この気さくで恰幅の良い陽気な中年男性は、この店のオーナーであるオヤジさん。アカウント名が「オヤジ」なので、そう呼ぶしかない。リアルでも料理屋を経営していたらしく、この世界に来たのも料理をする為なんだとか。フィールドで得た食材を持っていけば、どんなグロテスクなモンスターの肉でも美味い飯に変えてくれる。

 

「で、フランさん。話なんですけど」

オヤジが立ち去った後、ハルは世間話をよそに本題を切り出す。

「あれか。感謝際クエの情報?」

「流石ですね」

「最近はこの情報がダントツ人気だよ」

 

フランと呼ばれたこの女性は、所謂情報屋。この世界で有名な情報屋と言えば、通称「鼠のアルゴ」だが、フランもまた同業者である。必要とあらば、第1層から最前線まで、クエスト全各種、発見されているフィールドモンスター全種類の攻撃パターンやステータス、フィールドやモンスターの宝箱、ドロップ品、レアドロップ品、解放されている各層の街の治安状態、格安の宿屋など何でも把握しており、金額次第でその情報を売ることで生計をたてている。

今回ハルは現時点で分かっている感謝祭クエストの情報をフランに聞きに来ていた。攻略の糸口、計画を練るためにはまず情報を集めることから始まる。それは、この世界で生きることに於いてごく当たり前のことだ。何の対策もしないで外に出かける奴は自殺志願者か余程の馬鹿かのどちらかだろう。

 

「ハル君はお得意様だからなぁ。特別に安い価格でいいよ」

「すいません。でも何か御礼はさせてくださいよ」

「じゃあ、ハル君とお茶したいなぁ」

「え?今してるじゃないですか」

「仕事の話は抜きにしてさ」

「はぁ」

「分かる?デートだよ、デート。1個の飲み物をストロー2本で飲んだりするの」

「デデデ、デート!?」

「ウブだねぇ。君は本当に」

悪戯っぽく、だが大人っぽく笑うフラン。だが幼いハルにとって充分刺激の強い微笑み方である。顔をほんのり赤く染め咳き込むハルの頭をフランは笑いながら撫で回す。サービス開始から1年が経ち14歳になったハルだが、最近やたらとお姉さんたちに頭を撫でられたり抱きつかれたりすることが多いと感じる。嫌ではないが好きでもない。完全に子供扱いされ可愛がられるのがムズ痒くてたまらないのだ。その上、スキンシップを図ってくる人たちは皆、目のやり場に困るレベルの綺麗な人たちばかりだ。男にもハラスメントコードがあればいいのにと切に願うハルなのであった。

 

 

アインクラッド 第28層 フィールド 狼ヶ原

 

岩ばかりの殺風景な草原が広がる大地で採取クエスト、そしてレベル上げの為に訪れたムニ、ヒート、ノース、アイスの4人は熱烈な歓迎を受けていた。4人を囲むようにして距離を縮めてくるのは、ロウウルフと呼ばれるオオカミ型のモンスター。1度のポップ数が多く、ポップの頻度も感覚が短い。現在12頭に囲まれている。

しかし、4人の顔に焦りはない。採取すべき物はロウウルフの毛皮180枚。

すばしっこいが脅威ではない。武器を確実に当てていく技量があればテンポよく1人で3頭同時に相手することが可能なぐらいの力が4人にはある。だが今回は、チームで戦うことを軸にして考えなければいけない。1人1人で戦うのではなく、4人が一丸になること。フィールドに出る前、タクからノースに当てて指示されたことだ。

 

戦闘ではいつもタクが指揮を執ってくれている。前線にいるにも関わらず、まるで空から見下ろしているかのように全員の立ち位置を瞬時に把握し、1番的確な指示をこれまた瞬時に判断し実行に移させる。そんなタクにノースは今回の指揮官を任された。正直そんな彼の真似が自分に出来るハズがないと思ったがタクはノースの気持ちを理解したのか『俺の模倣なんてするな。お前はお前のやり方でいけ』と力強く背中を押してくれた。その温かい言葉を思い出してノースは口を開く。

 

「ムニ、ヒートは2人で1体ずつ撃破。1体に10秒以上かけたらペナルティ。アイスはとにかく身軽さを活かして駆け回りながら蹴散らして。足を止めたらペナルティ。そして私はヘイト値をあげて囮になるよ。その囮の機能が上手くいかなかったら私にペナルティ。そして全員ソードスキル禁止だからね」

自分に厳しく、他人にも厳しく。それがノースの信条。

号令をかけたノースは最近習得したばかりのバトルスキル『デコイコール』を発動する。それは周りにいる敵のヘイト値、つまり敵対心を自分に向けるもの。これによって他の3人は攻撃を与えない限り敵の視界には入らなくなる。と同時に敵は全て自分だけを攻撃してくるようになる。攻撃と防御を同時に発揮できる槍に転進したのだ。これぐらいのプレッシャーが自分には丁度いい。自分の新しい戦闘スタイルを確立する為にも、この場を持ちこたえさせる必要がある。

「かかってきな、犬っころ」

どっしりと槍を突き出すように構え、目の前の敵に集中する。それだけだ。

 

ロウウルフの群れがいっせいにノースとの距離を詰める中。アイスはオオカミの集団に細剣を突き出しながら突撃し、そのまま1体につき6回ずつ刺していく。そして残された集団のヘイト値が自分に向きそうになる1歩手前で後退し、すぐにその場を離れ別の角度から斬り込む。更にはオオカミの背中を踏み台にして高く跳び上がり、別のオオカミに細剣を突き刺す。目にも終えない追撃に次ぐ追撃。オオカミよりも鋭い彼女の牙がうねりを上げ獣の身体を次々とポリゴンに変えていく。

集団行動は未だに慣れない。だが、自分の力が必要とされ指示を与えられたのならば遂行するのみ。何故なら皆が思っている以上にアイスはこのギルドが、ハル、タクが支えるこのギルドが大好きだからである。無言、無表情のまま細剣を突き刺し、近くにいた別のオオカミを自身の力のみで蹴り飛ばす。この間、彼女は1秒たりとも足を止めていない。

 

「ヒート、やれ!」

先攻のムニがロウウルフに3連撃加えた後に叫ぶと、すかさず後攻のヒートが詰め寄り片手棍でロウウルフの身体をポリゴンに変える。その時すでにムニは次のロウウルフに3連撃加えていた。この場合、3連撃というのがミソである。1回、2回だけしか当てていなければ、ヒートが余計に武器を振り回さなくてはならなくなり、テンポがずれる。その逆も然りだ。多すぎれば、オーバーキル。つまり必要以上に攻撃していることになり、体力の消耗が激しくなるだけ。ムニがダメージを与え、ヒートは棍を1回振り下ろすだけでいい。それだけの配分でオオカミの姿を容易にポリゴンに変えることが出来る。

それに自分たちのテンポが崩れて1番危ないのは間違いなく囮になっているノースだ。その危機感がムニの集中力をより鋭利なものにしていた。

 

迫り来る3体に均等にダメージを与えてその姿を破片に変える。リーチの広い槍だからこそ可能となった技。更に槍が装備できるようにパワー値を鍛えていたのも正解だった。無用心に近づいてきたオオカミを蹴り1発で吹き飛ばしながら思う。そして今回の戦闘でノースが鍛えたかったものは槍以外にもう1つある。それは精神力。囮になり防御しながら攻撃を繰り出す。それを続ける。だが、こなす数が多ければ多いほど、疲労も増す。数字が全てだと言われているこのゲームだが、精神の強さもまたこの世界で生きていくために必要なものだ。だが、この力には終わりが見えない。数字で表示されるステータスとは違う。強い精神力とはいったいどんなものなのか、どこまでいけば掴み取ることができるのかノースにはまだ分からない。

 

このデスゲームが始まって以来、その力が脆い者から先に命を落としていった。しかし中には鋼のように堅い強い心を持ちながら命を落とした者もいる。ノースが初めてアインクラッドに足を踏み入れた時、自分に戦い方を教え共に冒険をすることを約束しあった1人の男は当時誰よりも強い精神力を持ち第1層のフロアボス戦で同士を募り、そして集まったプレイヤーを率いて戦った。そして、その戦場で彼は命を落とした。彼の強さが羨ましかった。だが、もういない。あれだけの精神力をもってしてでも、この世界は彼に味方しなかった。

 

「はっ!!」

彼の姿が、戦友が、唯一無二と言えるぐらいの深い絆で結ばれていた親友の姿が頭をよぎる。と同時に槍の追撃をかわしたロウウルフが牙を剥き出しにしてノースの懐に潜り込もうとしてくる。

「しまった!」

槍での防御は間に合わない。ならば片手で。だが、こんな細い腕なぞ胴体ごと噛み千切られズタズタに引き裂かれる。ほんの数秒後に訪れるであろう衝撃と痛みを覚悟しノースは目を閉じた。

 

しかし、それはいつまでたっても訪れない。恐る恐る目を開けたノースは、自分の目の前に立ちはだかりオオカミの口内に剣を刺し殺す仲間の1人の背中を見て驚く。

「ア・・・アイス」

「すいません。足を止めてしまいました」

静かに謝罪しながら今度は別のオオカミの首を斬り落とす。だが近くにいたオオカミがアイスに飛び掛る。焦ることなく細剣で防御姿勢をとるが、オオカミは細剣の刀身を咥え遠くに放り捨てた。

「・・・」

それでも焦りを全く見せないアイスは足元に転がっていたノースの槍を右足の爪先で蹴り上げ両手で構えると、それを巧みに振り回す。普段から細剣を使ってはいるが、彼女にとって武器は何でもいいのだ。戦うことが出来るのなら、先が尖っているだけで満足するアイス。ギルドでは誰よりも戦闘狂いの彼女であった。

 

「下がって回復してください」

アイスが言う。その言葉に感情が乗っていない。あまりにも冷静だ。

「で、でも・・・」

槍の刀身を赤く輝かせ短く助走をつけたアイスはその切っ先をオオカミの開かれた口内を抜け喉奥まで深く刺突し更に力を込めると、槍はそのまま獣の身体を貫き後ろにいた別のオオカミの眉間に深々と刺さる。ノースの知らない、槍のソードスキルによる鋭い突き。

「下がって回復してください」

有無を言わせないアイスの凛とした声、そして何よりも感情を全然読み取ることの出来ない彼女の表情にノースは震えた。

「ごめん」

ノースはすぐに安全な位置まで退がり、ハイポーションを飲みながらアイスの戦いっぷりを見つめる。ここにもいた。強い精神力を持つ人間が。それなのに、私はまた・・・。涙が頬を伝う。

 

 

アインクラッド 第32層 ヒュルゲンシュタイン

ギルドホーム 裏庭

 

本日何度目になるか分からない程のデュエル。全戦全敗の見事な敗北っぷりにニカは落ち込んでいた。

「ニカ!お前攻撃されるとき、目つぶっちゃうだろ。ありゃ危ないって」

タクが言う。

「はい・・・」

分かっている。分かっているのだ。しかし、デュエルが始まりタクが剣を向けて突っ込んでくる姿を見ると、恐怖がこみ上げてくる。そして防御することも忘れ咄嗟に目を閉じてしまうのだ。

「怖いのは分かる。でもな、目を開けるべきときに閉じるってのは現実から目を背けるのと同じだ。現実に負けちゃ駄目だぜ」

「駄目・・・ですか」

「あぁ」

タクは優しい人だ。それは彼と接するだけで感じ取ることが出来る。このギルドで1番年上であり、それに相応した強さを持っている。メンバーのことを常に考えてくれる。時には明るく、時には楽しく、そして厳しい人でもある。

 

「私、やっぱり戦闘のセンスないんですよ」

ニカは諦めたように弱弱しく呟いた。こんな場面で情けない弱音を受け入れてくれるような甘い男ではない。だけど、自分が戦いに向いていない。それもまた1つの真実なのかもしれない。

「1年この世界で生きていられたのが不思議なくらい、弱い人間なんです。私は」

 

「ニカ。ちょっと散歩いこう」

そんな彼女の姿を見つめながらタクが口を開いた。

「一緒に散歩。付き合ってくれないか?休憩がてらにさ」

 

 

アインクラッド 第1層 はじまりの街

 

転移門をくぐりぬけた2人は広場を歩く。夜だからなのか、攻略に諦めた人が住むこの街の広場はシンと静まり返り、往来する人の姿はない。

ソードアートオンラインがサービス開始され、新たな世界に心を躍らせた10000人のプレイヤーたちは、この広場で絶望という苦しみの味を知った。アバターの死が現実の死に繋がるという変えようがない残酷な真実。そして、その真実によって命を落としたプレイヤーたちの名前と死因が確認できる、黒鉄球の碑というオブジェクトがこの層に存在する。

その碑の前に立つタクとニカ。この世界にログインした全ての人間の名前がそこに記されている。そしてところどころ目立つのが、名前の上に刻まれた横棒。それは、もうその名前の人物がこの世界で生きていないことを意味する。

 

「ニカ。質問していいか?」

碑を見つめながらタクが言う。

「お前、生きたいか?」

「・・・可能なら死にたくないです」

「なんでだ?」

「え?」

「どうして死にたくない?」

タクが静かに問う。

「・・・失くしたくないから。前にいた世界での想いを」

少し間を置きニカが答える。

「その想いを知ってるの私しかいないから。私が死んでしまったら、知ってる人いなくなっちゃうから」

その答えはあまりに抽象的だったがタクは深く聞こうとはしない。何故なら、まだニカが言葉を発することをやめていないからだ。

「私は伝えていかなきゃいけないの。その想いを。沢山の人に」

言葉を口にすることで、生きたい。いや、生きなくてはいけない気持ちが昂ぶり涙が溢れる。そう。自分には目的がある。死んでしまっては達成できない目的。自分だけにしか出来ないことがある。

 

「ニカ、お前。ちゃんと生きたい理由あるじゃないか」

タクが優しく微笑みながら言う。

「お前は自分のことを何度も弱いと言うけどな、自分の弱さを認めることが出来る奴は間違いなく強い。そして生きたい理由が更にあるなら、ニカ。お前は充分に強いんだ」

タクが熱く語る。

「でも、私。どうやってこれから生きていけばいいのか」

「それを一緒に考えるために仲間がいるんだ」

「え?」

「俺だってこの先どうやって生きていくかなんてハッキリ分かってない。だけどな、そんなのは大事じゃないのさ。大切なのは、生きたいか生きたくないかだ。どうだ?」

「私は、生きたいです」

「あぁ。俺もだ。これ、見えるか?」

そう言ってタクは黒鉄球の碑に刻まれた1つの名前を指差す。

「・・・Rain?」

「俺の妹だ」

「え?」

名前に線は入っていない。それは、まだ何処かで生きていることを意味する。

 

「サービス開始直後にはぐれたんだ。フレンド登録もしてなかった。情報屋に探してもらってるけど行方知らずだ。こんなこと普通ないって情報屋は言うけど現に足取りが掴めない。俺は1日の終わりにいつもここに来て、こいつが生きているか確認している」

確かにタクは夜になると外出していた。帰ってくると、どこか安心したような表情を浮かべていた。

「俺はこいつと逢うまで死ねない。いや、こいつとこの世界を出るまで絶対に死ねない」

碑に刻まれた妹の名前を見つめながら言った。

 

「だからニカ。協力してくれないか?こいつに逢うためにはお前の気持ちが必要だ」

タクはニカの目を真っ直ぐ見て言った。

「私の気持ち?」

「心から生きたいと思っている人間に死なれて1番困るのは俺だからだ。お前に死なれたら俺は妹に顔向けできないだろう。だからお願いだ。常に生きたいと思ってくれ」

タクがニカの肩に手をやる。彼の想いが肩をつたい全身に流れ込んだ気がした。

「その為に強くなりたいというのなら、俺はお前の隣で戦い続けるさ」

 

「・・・タクさん」

肩を優しく掴む彼の手に自分の手を乗せる。

「私も同じ気持ちでありたいです」

「・・・ありがとう」

ニカの言葉を聞き、安心したように微笑むタク。

「私、実は1つだけ役にたつことがあるような気がするんです。でも私だけの力では上手く形にならなくて」

「手伝うよ」

「・・・ありがとうございます」

 

そんな時、突然タクとニカに緊急のメッセージが届いたことを知らせる通知音が鳴り響いた。

差出人はシグ。短いテキストだ。

 

『ノースがクエスト中にトラブル。至急、ホームに戻ってくれ』

 

2人は顔を見合わせた。

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