Sword Art Online Re:βoot   作:mimitab_

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3.

2023年、11月。

アインクラッド 第32層 ヒュルゲンシュタイン

ギルドホーム

 

タクとニカがホームに戻り最初に目に着いたのは、感情を露わにして泣きながら声を張り上げ怒るハルの姿だった。ハルの前には黙って立ちながら俯くノース。他のメンバーたちはノースの肩を抱いたり、ハルをなだめようとしているが、ハルの勢いは止まらない。

 

「何でそんな無茶するんだよ!何で誰も止めなかったんだ!僕は自己犠牲なんて自己満足な生き方、大嫌いなんだ!」

 

 

 

Sword Art Online RE:Generation

第3話「自己犠牲」

 

 

 

ノースよりも背が低いハルが彼女の胸倉を掴み、ノースの上半身を更に曲げさせながら涙を流して泣き叫ぶ。

「おい、ハル。落ち着けよ」

タクがハルの後ろから声をかけた。するとハルは振り向き、詰め寄りながらタクを下から睨みつけた。

「4人を採取クエストに行かせたのはタク?僕、知らなかったよ?」

「あぁ。俺が許可した。この4人なら大丈夫かなって。どうした。何かあったのか?」

「私が。私の判断ミスで・・・」

ずっと俯いていたノースが今にも泣きそうな顔をあげて言った。

「判断ミス?」

「ノースが1人で囮になって戦ったんだ。あそこはロウウルフが大量にポップするから侮れない場所なのに!そういう戦い方をしろってタクが命令したの!?」

ハルは涙をボロボロ流しながらタクを責める。

「俺はノースに指揮を執れと言っただけだ。悪ぃ。こうなることは予想出来なかったよ」

タクが悲しそうに言う。ノースはその言葉から失望の念を感じ取った。本当にタクにそういう気持ちがあったのかは分からない。

「危うくノースは死にかけたんだ!アイスがいち早く気付いてくれたから良かったけど。いや、良くない!良くないよ!何で誰も反対しなかったの?ムニとヒートも何で!?」

シリアスな雰囲気になると、いつも真っ先にお茶ら気出すムニとヒートの2人は何も言わない。ただ黙って唇を噛み締めるムニ。「ごめんね」と小さく呟くヒート。

 

「私は無謀だと思いました」

突然アイスが口を開いた。

「でもノースさんは自分から『やる』と決めたことは実行する人だと判断したので反対はしませんでした。あの時のチームリーダーはノースさんでしたし」

彼女の期待を裏切ってしまったことにノースは更に落ち込む。

「もういい」

ハルが遮る。

「もう、いい・・・」

ハルはそう言い捨て自室に入る。ノースが急いで後を追うが、彼女の目前で扉は閉められた。残されたメンバーの間に異様な沈黙が広がる。そして、その空気にいたたまれなくなったヒートを皮切りに1人、また1人と2階にある自室へ去っていく中。ノースは最後までハルの部屋の前に立っていた。

 

 

ムニが自室のベッドで寝転がり天井を見上げていると、ドアがノックされた。

「起きてるよ」

そう答えるとヒートがドアを開けて入ってくる。寝る為にある部屋なのでムニの室内にはベッド以外家具らしい家具が何もない。金をインテリアに使うぐらいなら武器の強化に使ってしまうからだ。

ヒートはムニのベッドに腰掛けた。

 

「どうした?」

ヒートが何も言わないまま座っているのでムニが促す。

「うん・・・。ごめんね、夜遅く」

「いいよ。気にしてない」

「今日のことだけど、私ね。戦闘中ずっと楽しんでた。のーちゃんのこともアイちゃんのことも考えないで、ずっと楽しんでた。ううん、このギルドに入ってから、私は指示されることをこなして楽しんでるだけなの。でも、それってもっと周りのことを見なきゃいけなかったのかなって。自分だけ楽しんで戦ってるけど、指示を出す人間は私には想像出来ないぐらい悩みながら大変な思いをしているのかなって。そんな中で自分だけ楽しんでいることに凄く罪悪感が溢れちゃって。自分に腹がたって・・・」

ヒートは言葉を心の奥から絞り出すように語る。

「そうか。俺もだよ」

ムニが同調した。

「俺も自分に腹がたった。でも、お前とは違う理由でだ」

「・・・どういうこと?」

ヒートはいつになく真面目な顔をしたムニを見つめる。

「俺たちがこのギルドで求められていることを達成出来なかったからさ。あの時ノースは10秒以内1匹片付けろと言った。ということは、5秒でも3秒ででも早く片付けりゃよかった。それが出来なかったことに腹がたってるんだ」

ムニは続けて言う。

「ヒート。自分で言うのもなんだが、俺たちは生粋の戦闘職だ。この世界で俺たちから剣をとったら何も残らないぐらいだ。その証拠に今回のクエストで、タクは俺たちよりも後に入ったノースをチームリーダーに抜擢した。それは何も俺たちが周りを見れない役立たずだからってわけじゃないハズだ」

「じゃあ・・・」

「信頼だよ。タクは俺たちが先頭に立って敵を蹴散らせばノースに負担はかからないと思ってくれたんだ。でも今回その信頼を裏切っちまった。そこに猛烈に腹がたってる」

 

ムニは起き上がって、ヒートの隣に並んで座る。

「だからさ、俺たち強くなろう」

ヒートの手を強く握ってムニはハッキリと口に出して言った。

「それに俺だって戦闘は楽しい。いや、お前と一緒だから楽しいんだ。お前が楽しむことをヤメたら俺は楽しくない。それは絶対に嫌なんだ」

「・・・うん。私もむーちゃんと一緒に戦えるから楽しい」

「あぁ。この気持ちを忘れたら俺たちは強くなれない。それに、俺らはこのギルドの賑やか担当だろ?前線で笑いながら戦ったって誰にも文句は言わせないさ」

「・・・あは」

「何で笑うんだよ」

「賑やか担当って。自覚あったんだ」

「おい!お前もだからな」

「分かってるよー」

2人は顔を見合わせてクスクスと笑った。

 

「ねぇ」

「何だよ」

「一緒に寝ていい?」

「変なことしたら通報するぞ」

「・・・普通、逆じゃない?」

「でも俺が変なことしても通報しないでくださいね」

2人は笑いながら布団に潜り込む。お互いの手は繋がれたまま。

 

 

アインクラッド 第12層 フィールド

 

この世界で、安全圏と呼ばれるエリアは2種類存在する。1つは、それぞれの層に点在する街や村。ここは悪質な行為ではあるがデュエルでヒットポイントをゼロにしない限り、いかなる攻撃を受けてもプレイヤーは死ぬことはない。もう1つはフィールドに点々と設けられている小さなエリア。この場にいればモンスターからの襲撃を受ける心配はない。しかし、完璧な安全エリアではなく、プレイヤーの干渉を受け死んでしまう可能性がある。なので、完全な休息をとりたい時は殆どのプレイヤーが、街や村にある宿屋に泊まったり家を買って休むというものが一般的だ。

そして、ここ第12層。フィールド名はファインレイクと言い、フロアの中心に大きな湖がある。その湖の更に中心に小さな島があり、ここが安全圏に指定されていた。この島に行く為には陸地の桟橋に浮かぶ勝手に動く小舟に乗って行ける。

 

昨日の採取クエストで大きな失敗をしたノースは、朝、ハルにこの島まで来るよう呼び出されていた。小島に辿り着くと、ハルが「来てくれてありがとう」と優しく声をかけてくれた。口調から怒っている感じはしない。

「索敵スキル使って調べたけど、ここには誰もいないよ」

そう言ってハルは砂浜に腰をおろした。ノースは少年の後ろで立っていたがハルに促され彼の横に座る。

 

「いきなり呼んでゴメンね。モンスターには出くわした?」

「出くわしたけど戦わなかったよ」

「そっか」

第12層のモンスターは、プレイヤーのレベルにもよるが殆ど全ての種類が臆病な性格をしており滅多にプレイヤーの前に姿を現さない。現してもすぐに逃げていってしまう。攻略が始まった当初は、逃げるモンスターを倒せば貰える経験値が高いという噂が広がり、リンチに近い狩りが行われたが、結局はガセネタであった。

 

「ちょっと話したいことがあったんだ。聞いてくれるかな」

「・・・はい」

「ありがと」

ハルは静かに笑顔を作る。少年らしい、実に子供らしい微笑み方だった。でも、その表情にはどこか悲しみが漂っているように見えた。

 

「僕ね、このギルドを作る前は違うトコロにいたんだよ。名前は『athlete」メンバーは僕もいれて6人の小さなギルド。全員同じ中学に通ってて陸上部に入ってた。リーダーのイグナイト。そしてトール、ヌル、フレイド、リク、最後に僕。僕の人生の中で最高の友達だったよ」

 

 

 

2022年、11月。

アインクラッド 第1層 フィールド

 

「すげぇな。お前らの言った通り、このゲーム本当に面白ぇ!」

片手直剣のソードスキルで猪のモンスターをポリゴンに変えたフレイドがハルとイグナイトに興奮しながら言った。

「ソードスキルが出るきっかけのモーションを覚えれば、もっと素早く攻撃出来るようになるよ」

ハルがアドバイスした。

「もっと色々教えてくれよ!俺も早く強くなりたい!」

「そうだぜ、βテスターの教師陣!」

フレイドが催促するとリクも同調した。

「焦らない焦らない。時間はタップリあるんだし、それにβテスト時代にレベル上げを熱心にやってたのってイグだけなんだよね」

ハルの言葉にトールとヌルが頷いた。

「ボス戦にも参加したけど、凄ぇ強さだったな。ありゃ攻略するのに何時間もかかりそうだった」

イグナイトが言う。

「攻略か。俺らも強くなって前線を駆け抜けようぜ。イグ!ギルド申請はしたのか?」

「あぁ。もう作ったよ。今、みんなを招待する」

イグナイトがそう言ってウィンドウを操作すると、5人にメッセージ通知の報せが届く。

「アスリート?」

ハルがギルド名を読んだ。

「あぁ、ごめん。勝手に決めちゃった。俺たち陸上部だし、響きもカッコいいしさ」

「いいじゃんいいじゃん」

イグナイトの答えにトールがOKボタンを押しながら嬉しそうな声をあげる。

「早くレベル上げて強くなるぞ」

フレイドが近くにポップした猪のモンスターを倒しながら言った。

「アスリートか。ギルド名に恥じないよう素早さ上げたいな」

ヌルがメガネに手をやりながら言う。

 

「俺はまた走れるようになっただけでも嬉しいぜ」

リクが言った。現実の世界で、中学1年にして先輩を押しのけ学年総合のリレーの選手の座を射止めたリクは大会前日に足を怪我し、出場を見送った苦い経験があった。顧問には呆れられたような顔をされ、先輩たちには詰られ殴られた中、共に支えて味方になってくれたのが、今ここにいる同級生たちだった。

今回このゲームに誘ってくれたのも、自分を励ますために高い金を出し合ってソフトやナーブギアを揃えてくれた。感謝してもしきれないぐらいだ。

 

「みんなはまだインしてる?僕はそろそろ塾に行かないと」

ヌルがウィンドウをいじり時間を確認しながら言った。

「あぁ、そのつもり」

トールが答える。

「塾から戻ったらすぐ入れよ?お前結構強いんだからさ」

普段から勉強熱心なヌルは、ソードアートオンラインの説明書を墨から墨まで暗記している上、βテスト時代に遭遇したモンスターの動きなどを分析して得た情報により、フィールドモンスターの弱点やソードスキルのコツなどを誰よりも理解していた。

「そうするよ。・・・あれ、おかしいな」

「どうした?」

ウィンドウを何回もスライドさせながら首をかしげ困惑するヌルにみんなが興味を示す。

「バグかな。ログアウトボタンが無いんだ。僕だけ?」

「は?ここにあるだろ」

イグナイトが自分のウィンドウを開き指でスライドさせる。

「あれ?ない」

 

美しい夕日の下、静まり返る6人は突然頭上から振り落とされたような爆音で響く鐘の音に身をすくませた。

「おい!何だこれ」

フレイドが急に声をあげたので、みんなが彼の方を見ると、助けを求めるかのように手を伸ばすフレイドの姿が消えかかっている。いや、これは。βテスターである4人、イグナイト、ハル、トール、ヌルはすぐに気が付いた。

「強制転送!?」

 

 

アインクラッド 第1層 はじまりの街 転移門広場

 

「ここは?」

6人は全員中央広場に転送させられていた。周りに続々と現れるプレイヤーたちは、困惑した表情を浮かべ辺りを見回していた。

「何だよ、これ」「何かのイベント?」「もう少しでモンスター倒せたのに!」

中央広場は多くのプレイヤーで埋め尽くされ、喧騒の声が大きくなっていく。

突然、透き通るような青い空が映し出された頭上のグラフィックに大きな変化があり、広場に集められたプレイヤーたちは上を仰ぎ見た。それは、真紅と漆黒の市松模様で、まるで薄気味悪い血のような赤と不安に陥れるような深い闇といった黒が混ざりあう。更によく目をこらしてみれば、2つの英文が交互にパターン表示されたものだった。

 

 

『Warning』と『System Announcement』

 

 

それに気付いた者たちは喋るのを止め、運営側からのアナウンスを聞き漏らすまいと、上を見ながら耳を傾ける。

ハルたち6人を含め、ほとんどの者が空を見上げている。更に空を覆いつくしたそのグラフィックはその中心がドロリと溶け、垂れ、滴って落ちようとする。

「なんだ、これは」

トールが呟いた。

「もしかしてソードアートオンラインのオープニングなのかな」

「こんな気味悪いのが?」

ヌルの冷静な分析にフレイドが反応する。

「待て。何か来るぞ」

イグナイトがある一点を指差した。全長20~30メートルぐらいの紅のフードを被った謎のアバター。本来顔がある筈の場所には吸い込まれそうな程に深い闇しか広がっておらず、表情は全く分からない。そのフードのアバターが両手を広げ、声が落ちてくる。

 

 

『プレイヤーの諸君。ようこそ私の世界へ』

 

 

地獄のゲームが始まった瞬間であった。

 

 

 

アインクラッド 第1層 フィールド

 

最悪なアナウンスの後、アスリートの6人は次の街へ向かうためフィールドを駆けていた。それはフードのアバター、茅場明彦の言葉を分析したヌルの発言によるものだった。誰もが急速な解放を目指すようになった今、はじまりの街付近のフィールドは大人数がごった返す壮絶な狩り場へと変わり果てる。それを避けるために迅速に次の街へ向かったほうがいいというものだった。

戦闘慣れしたイグナイトとトールを前に、ポップするモンスターを斬り裂きながら走り続ける。そうやって次の街、次の村へと移動を繰り返す中、6人は急速に成長を遂げていった。

 

そして第1層、トールバーナ。ここは迷宮区を目前に控えた小さなヨーロッパ風の街である。

「迷宮区か」

イグナイトが呟いた。βテスト時に経験したことを踏まえ幾ら万全な準備をしたとしても、命を落とす危険性はグンと上がる。今までフィールドをただ一直線に走り抜けてきたが、迷宮区ではそうもいかない。テスト時代も攻略の為に何回くだらないトラップに引っかかって死んだか分からない。ボスの強さも計り知れない程だ。

「みんな、これから先は本当に何が起こるか分からない。経験地は多く貰えるだろうけど、そのぶんモンスターも強い。気を引き締めないと」

宿屋でイグナイトは5人に言った。

「まずは全員の装備を整えよう。レベルも揃えよう」

リーダーの言葉に5人は頷いた。

「幸い、この街で受注可能なクエストは種類が豊富だし、報酬も多い。ヌル、これでいいかな」

 

アスリートのリーダーはイグナイトだが、ブレインはヌルというのが全員の共通意識だった。知識豊富で判断力、分析力共に優れている。それは陸上部にいたころから発揮されていた力だった。部活内でヌルだけは選手ではなかった。女子のマネージャーもいる中、ヌルもマネージャーの1人で、チームの健康状態を本人以上に把握し、顧問、コーチ、先輩よりも的確な戦術を采配するスキルをもっていたため、部内では一目置かれていた。その上、年齢関係なく常に人を敬い気遣うことができる穏やかな性格をしており、彼に関わった人間は彼を心から信頼していた。

 

「うん。いいと思う。イグ、ギルドのリーダーは君なんだから、もっと自信もってよ」

微笑みながら言うヌルにイグナイトは恥ずかしそうに顎をかいたのを見て、全員が柔らかな空気に包まれる。

成り行きでリーダーになってしまったと自分では思っているイグナイトだったが、5人の彼に対する評価は高いものがあった。勇猛果敢で前線に立ち、積極的にモンスターの攻撃を受け止めてくれる。その間に後続のメンバーが攻撃することができた。戦闘の指示も的確で仲間が動きやすい。β時代のデータが引き継がれていることを抜きにしても、一番武器の熟練度が高い。

 

「イグにだけいい格好はさせないからな。俺にもガンガンまわしてくれよ」

誰よりも明るいフレイドが言う。βテスターではない彼はここのところ、メキメキと成長を遂げていた。ギルドのお荷物にはなりたくないという考えなのか、前線まで出てきてイグナイトと共にモンスターの動きを止める働きを積極的に行っている。元来からムードメーカー気質がある彼は仲間の士気を高めることも一役かっていた。

 

「俺も新しい武器に慣れてきたから頑張るよ」

同じくβテスターではないリクはメイン武器を片手直剣から両手斧に変更しており、それによって広範囲の立ち回りを得ていた。パワータイプでありながらスピード値が誰よりも速く、彼の振り回す武器は周りのモンスターを瞬時にポリゴンに変えることができる。

 

「迷宮区は宝箱が充実してそうだから楽しみなんだよな」

口ぶりに緊張感がないトールが身に付けている装備をは全てドロップ品によるものである。探究心好奇心の塊と呼ばれる彼は宝箱に目がない。昔から珍しい物が好きな性格だった。自他共に認めるコレクター精神丸出しで、現実世界の彼の部屋は全世界中のスニーカーが飾られていたり、大会で獲得した種類豊富なトロフィーが飾られている。

 

「でも、みんな気をつけてね」

これからの方向性が決まったところでハルがみんなの安全を気遣って言った。仲間の中で一番心配性で涙もろいところがあるハルは誰よりも小さな容姿をしている。仲間内では、マスコットキャラクターのような扱いを受け弟のように可愛がられていた。

「気を付けると言えばだけど・・・」

ヌルがハルの言葉を受け、思い出したように口を開いた。

「最近、βテスターに対する考えがよくない方向に流れてきてるって噂で聞いたよ。無闇に自分の正体を明かすのは、思わぬトラブルに繋がるかもしれないから用心しようね」

 

 

βテスターの迫害。

ソードアートオンラインの歴史に刻まれることになる大虐殺の1つ。その幕開けであった。

 

 

 

2022年、12月。

アインクラッド 第2層 フィールド

 

βテスター。

それは、ソードアートオンラインが正式にサービス開始される前に抽選で選ばれた1000人のプレイヤーを指す。β版のアインクラッドを経験し、一般プレイヤーよりは少しだけ戦闘慣れをした集団。それ故に、サービス開始と共に始まった出巣ゲームに於いて、多くの一般プレイヤーたちはレベリングの方法、戦闘の立ち回り、効率のいいクエストや狩り場を理解し把握していたβテスターを疎ましく思った。そして、一般プレイヤーよりも生き残る術を知っている彼らを妬むことから敵視するにまで変わる。その思想は瞬く間もなく広がり、いつからか迫害が始まる。この世界での死が現実での死に直結するというルールそのものを知りえてなかったβテスターには、それなりの責任があると言う者まで現れ、事態は悪化し結果、多くの罪のない人間が巻き込まれることになった。

 

 

それは、アスリートの6人も例外ではない。

 

 

「走れ!俺が残る!みんな行け!」

しんがりのフレイドが足を止め、友達の背中に声をかけた。

「ダメだ、フレイ!早く僕の肩に掴まって!」

ハルがすぐに言う。

「行ってくれ。俺はさっき斬られてHPが半分まで減った。毒も食らってる。左足も損傷ペナルティで後10分はこのままだ。ここに全員残ったら全滅だ!」

フレイドはそう言ってウィンドウを開きポーション類、回復結晶、持っている全てのアイテムをハルに託した。

「でも!」

「行け!もしかしたら、もしかしたら死なないかもしれない。帰れるかもしれない。帰れたら、すぐにお前らの家族に会って、お前らは最高の友人だったって。あっちで俺のために必死で生きてくれたって伝えてやる」

ハルの声を振り払い、フレイドが言った。苦痛な表情がかげるが、いつもの明るい笑顔だ。

「フレイ・・・」

トールが息を切らせる。

「行こう」

イグナイトが残る仲間に声をかける。

「置いていくの?そんなの!」

「うるせぇ。俺だって嫌だ。でも」

涙目になり、ハルの声から逃げるようにイグナイトは前を向く。

「・・・いいよ。俺も残るさ」

左腕を失ったトールが言った。

「俺も体力がヤバい。それにフレイとは小学校からの仲だ。最期まで一緒にいさせろ親友」

「トール」

フレイが微笑む。

「そんな!最期だなんて!」

ハルはこぼれてくる涙を抑えきれない。

「安全圏まで走れ。いいな?」

トールが残された4人に言う。

「トール・・・フレイ・・・ごめんな」

そう言って、ヌル、リク、イグナイトは走り出した。

 

「ハル。お前も行けよ」

フレイドが優しく言う。

「ダメだ。ダメだよ」

「ハル。生き残れよ。そして俺の家族に伝えてくれ。最期まで親不孝者でゴメンってさ」

トールが言う。

「俺の家族には、俺がいかにカッコよく戦ったか伝えてくれよな。後、彼女には本気で惚れてたって言っといてくれ」

フレイドが言った。

「くっせぇな、おい」

「な!うるせぇよ」

フレイドの言葉をトールが茶化す。

「だから、ハル。お前はここに残るな。俺らの存在、現実世界に持ち帰ってくれ。お前になら安心して任せられる」

フレイドが言った。2人の親友は抱く意志を曲げるつもりはない。それをハルは表情から読み取った。長い時間を共にしてきた。だからこそ声に出さなくても分かる彼らの気持ち。

「・・・分かったよ。ごめんね」

「謝ることはないさ。友達でいてくれてサンキューな」

2人が誰よりも身長が低いハルの頭に手を置く。

「たく。こんな子供に泣かれると罪悪感湧き出ちゃうぜ」

ケラケラと笑う仲間の笑顔。ハルは歩き出し、一度振り向くと、彼らはまだ笑ったままで手を振った。その姿を振り切るように走り出した。

 

 

アインクラッド 第2層 名も無き小さな村

 

イグナイト、ヌル、リク、ハルの4人は村の薄暗い路地裏で地面や壁に手をついて呼吸を整えていた。

「な、なんで」

ハルが息も絶え絶えに言う。

「少し休んだら移動しよう」

ヌルがマップを開きながら言う。呼吸は乱れてはいるが冷静さを欠いてはいないように見えた。しかし、仲間を2人失ったことで動揺しているのかウィンドウを操作している手が震えている。

イグナイトは自身のストレージから取り出したポーションを分配した。

「俺は・・・俺は関係ないだろ・・・?」

地面に這い蹲っていたリクが低い声で呟いた。

「狙われてるの、βテスターだろ?」

対象の3人は驚きと困惑が入り混じりあい顔を見合わせた。

「俺は、俺は違う。お前らとは違う。俺は一般プレイヤーだ。俺は・・・」

「リク!」

ハルが涙で顔をグシャグシャに歪めながら叫んだ。

「あ・・・。ごめんハル。ごめん、みんな」

「・・・」

我にかえり謝罪するリク。身を凍らせるような痛い沈黙が4人の全身を貫いた。この混沌とした世界で、この4人がバラバラになったら終わりだ。なんとかして手を繋ぎあって支えあって生きなければいけない。

「転移結晶はもうない。転移門がある所までもうすぐだ。そこで僕らの宿屋がある街まで飛ぼう」

ヌルが提案した。

 

太陽は姿を消し、辺りは薄暗い。月は雲に隠れながら微かに大地を照らしていた。4人は慎重に村を出たその時。

「みぃつけたぁ」

先頭にいたイグナイトが突然現れた男に殴られ横に吹き飛ぶ。途端に四方八方からフードを被った集団が飛び出し、残りの3人も殴られ地面に叩きつけられる。倒れたまま腕をガシリと掴まれ4人は無理矢理跪かされた。

「キミたちぃ、さっきの仲間ぁ?」

語尾を不自然に延ばしながら話す男が片手直剣をイグナイトの喉元に突きつけながら言った。カーソルはオレンジ。人を傷つけたことがある証だ。

「めっちゃ弱かったなぁ。1人はねぇ、片足なかったからもう1本の足も斬ってやったんだよぉ。ダルマみたいにぃ転がってたなぁ。だははっ。お前あいつのマネやれぇよぉ」

近くにいた男が地面にゴロゴロと転がりながら残酷にも4人の親友の真似をしてみせ、下劣な嗤い声をあげる。

「あれ、お前カーソル、オレンジじゃん」

「マジでぇ?いぇ~い」

そう言ってピースをしておどけてみせる。

「いいなぁオレンジ。オイラもその色がいい」

物を欲しがる子供のような口調で話す男がオレンジカーソルの男に言う。

「てことで、えい」

そう言って手に持っていた槍で目の前に跪いていたヌルの胴体に突き刺した。

「ぐっ、うわあああ」

ヌルの口から苦しみの音が漏れる。

「ヌル!クソッ、てめぇ!」

隣に跪いていたリクが怒り立ち上がろうとするが後ろにいた男に腕を掴まれに地面に抑え込まれた。

「どう?オイラもオレンジ?」

「なってるぅなってるぅ」

子供っぽく喋る男のカーソルはグリーンからオレンジに変わり、それを見た仲間が「いいね~」と嗤う。

「ははっ、コイツ泣いてるぜ」

ウォーハンマーを持った巨漢の大男がハルを見て蔑んだ。

「泣いちゃってるのぉ?かっわいいねぇ。そんなキュートなキミには大っサービスッ!」

そう言いイグナイトの喉元に突きつけていた剣で、腹を突かれて苦痛に溺れていたヌルの首を掻き斬った。

「あっ」

小さく声が出たヌルの姿はポリゴンに変えられキラキラと破片が跪いていた3人に降りかかる。

「ヌル!ヌル!」

リクが叫んだ。

「あんちゃんうるさい」

ヌルの腹を貫いた男が今度はリクの腹を槍で突き刺す。

「ああああああ!!」

「リク!」

自分の胴体に刺さった槍を見つめながら痛みで悶えるリクの隣でハルが泣き叫んだ。

「ハル・・・俺もここまでかな。さっきは、ごめん。狙いはβだけだろ・・・とか言って。ごめんな」

絶え絶えになりながらも必死で言葉を紡ぐリク。

「俺・・・後悔してないぜ。お前らの友達に・・・親友になれたの。生まれ変わったって・・・こんなクソみたいな最期だとしても・・・お前らの友達になり続けたい・・・本当さ。ありがとな・・・」

「ゴチャゴチャうるせぇよ」

巨漢の大男がハンマーをリクの頭に振り下ろした。リクは笑顔を浮かべたままハルの隣でキラキラと光る破片へと変貌し散る。

「リク!」

ハルは枯れ果てた声で友人の名を泣き叫び続けた。

 

「ねぇキミさぁ。さっきから仲間死んでんのにぃ何もぉ言わないんだねぇ」

語尾を延ばす男がニヤけながらイグナイトに目線を合わせ話しかけた。

「もしかしてぇ感情ぉがぁ、ナッシングなのかなぁ?冷たいねぇ。β上がりはみーんな、そうなのかなぁ?」

「感情ないのは、お前らのほうだろ?」

イグナイトが男の目を直接真正面から捉えながら静かに言う。

「ふーん。僕としてはだよぉ、キミ命乞いとかしてくれなにのかにゃー?つまらんねぇ」

 

「フザけるな」

イグナイトは静かに言い放ち、一瞬の隙をついて掴まれていた手を強引に振りほどくと自身のウィンドウを開きβテスト時代に取得した1つのバトルスキルを発動した。

 

『ドレインコール』

それは、自身の防御力を最低値にする代わりに周りにいるモンスターやプレイヤーのHPを一時的に吸い取り自分のパワー値に変換し攻撃力を高める捨て身の技。これを使うとフレイドやトールは本気で怒ったっけと思い出す。しかし、その友はもういない。もう二度と逢うことは出来ないだろう。その現況を作り出した奴らが目の前にいる。友の死がイグナイトの力になる。

剣を抜き、ハルを掴んでいた男の腕を迷いなく斬り落とした。更に後ろにいた男の手を強引に掴みウィンドウを開かせアイテムストレージから転移結晶を2つ実体化させる。

「てめぇ!」

男が叫ぶが、イグは剣を握っていないほうの手で体術スキルの手刀を食らわし気絶させる。

「ハル!転移だ!」

イグナイトが奪った転移結晶の1つをハルに放り投げながら言った。周りのオレンジプレイヤーたちは一瞬たじろいでいたが、武器を振り上げ迫ってきている。

「転移!はじまりの街!」

イグナイトとハルは同時に叫び、2人の姿は光に包まれ消える。光ごしに、苛立った犯罪者たちの表情が見えた。

 

 

アインクラッド 第1層 はじまりの街

 

転移を終えた後、イグナイトとハルは足早にそこから離れ、人がまばらに歩く商店街を通り抜け、ギルドで借りていた宿屋に身を潜めた。部屋の扉を閉め、しばらく耳をたたせるが追っ手がいるようには感じない。

「ハル。大丈夫か?」

耳をそばたたせながらイグナイトがハルの安全を確かめる。

「・・・うん。でも・・・でも、みんなが」

「・・・あぁ」

フレイド、トール、ヌル、リク。現実世界でもこの世界でも同じように支えあって生きてきた仲間はもういない。ビギナーを置いていったβテスターは殺されても文句は言えないなんて理不尽な因縁をつけられ、抵抗も出来ず無残に殺された。βへの風当たりが急激に強くなった発端の1つは、先日行われた第1層のフロアボス討伐戦。β時代に卓越した戦闘技術を身につけた男が討伐対を指揮していた男を見殺しにし、自身を『βテスター』と『チーター』を掛け合わせた『ビーター』と名乗ったことにより、一般プレイヤーのβテスターに対する憤りは膨れ上がった。

「もう・・・みんなが・・・」

「・・・あぁ」

そんな現況など今はどうでもいい。苦楽を共にした仲間はもう帰ってこない。6人で汗水たらすこともバカ騒ぎしてくだらない話に花を咲かせることも出来ない。

「あいつら・・・楽しんでた。酷いよ」

「・・・あぁ!」

あの男たちは人を殺すことに、剣を突き立てることに対して戸惑いもためらいも何も無かった。全くといっていいほど無かった。それどころか楽しみながら笑いながら剣を振るった。

トールとフレイドの最期に見せた優しい笑顔。ヌルの断末魔。リクの謝罪と感謝の言葉がハルの頭の中で飛び回る。

 

「ハル。俺は」

イグナイトは言いながら自身のウィンドウを開きストレージを整理し始める。

「・・・イグ?」

「俺はあいつらを殺しにいく」

「え?」

「もう我慢できない。復讐だ」

「イグ!それは!」

「止めないでくれ。それとお前は来るな!お前には殺人なんてやってほしくない」

「それはコッチのセリフだよ。イグが殺人なんて!そんなのダメに決まってる!」

ハルはイグナイトの腕を掴んだ。

「ハル。聞いてくれ。俺からの、ギルドリーダーとしての命令だ。リーダーの命令は絶対。みんなで決めたことだろ?」

「ダメだ。そんなのズルいよ」

「ハル。お前は、俺たち6人の中で誰よりも優しい。最初は殺すモンスターでさえ気遣ってたな。懐かしいよ。そんなお前にしか託せない頼みがある」

イグナイトは自分の腕を掴むハルの手を優しく解いていく。

「俺の予想だと、これからも力のない人間はクソみたいなオレンジに殺されていく。お前は、そんなプレイヤーを守ってくれ。βテスターだけじゃない。殺人なんかしない優しい人間を見つけて守ってやってくれ。頼むよ」

そう言って解いたハルの手を柔らかく、しかし強い気持ちを込めて握った。

「イグ・・・」

「アスリートは解散だ」

ハルの目の前にメッセージ通知のウィンドウが現れる。

 

 

『ギルド「athlete」から除隊勧告がだされています yes or no 』

 

 

「イグ!」

「分かってくれ」

「分からないよ」

「これ、俺がギルドホーム建てるのに貯めてた金だ。ギルド共通アイテムも全部お前にやる。お前のこれからに役立ててくれ」

イグナイトはハルの声を遮り一方的に意志を押し付けた。

 

「もう。何を言ってもムダなんだね」

「・・・あぁ」

「でも、これだけは言わせて」

「なんだ?」

「絶対帰ってきてね。イグが帰ってこれる場所空けとくから。待ってるから。だって、僕たち・・・」

「・・・友達だもんな」

「雄也!」

ハルはイグナイトに抱きついてわんわん泣いた。イグナイトは優しくハルの頭を撫でながらその小さな身体を抱きしめる。

「その名前を呼ばれるのは久しぶりだな」

 

2人は夜中まで、6人で過ごした思い出に身を寄せ合った。現実世界での学校のこと。部活のこと。仲間の恋愛事情。この世界で起きた様々なことに花を咲かせ笑いあった。そして朝日が昇る前の暗がりの中、2人は宿屋の前で別れた。熱く握手を交わし先の見えない未来に向けて、別々の道へ足を踏み出した。

 

 

 

2023年、11月。

アインクラッド 第12層 ファインレイク 小島

 

ハルの話が終わってしばらくノースは声を出すことが出来なかった。毎日純粋に笑う少年の過去に壮絶な物語があったことなど思いもしなかった。ハルは話し終えても静かに微笑みながら湖の水面を見ている。いや、本当は視線の先に懐かしい友人たちが立っているのかもしれない。

 

突然、ノースが発動している索敵スキルに何かが引っかかった。誰かが小舟に乗ってこちらにやってくる。ノースは槍を構えた。ハルは砂浜に座ったままだが、彼も近づいてくる男の存在に気が付いているだろう。

小舟を降りた男は桟橋を歩いてくる。黒い生地に赤いトライブ模様の刺繍がところどころ施された漆黒のコートを羽織り、片手直剣を背負っている。目元を覆い隠す黒髪。その頭上のカーソルはオレンジ。男はノースの前まで来ると凄まじい速さで背中の剣を抜きノースの首元に剣を突きつけた。ノースも槍を咄嗟に構えようとしたが男の方が幾分か速い。刀身の冷たさが首元から感じ取られ、ノースは息を呑む。

「やぁ、元気にしてた?」

ハルが砂浜に座ったまま、視線は水面を捉えながら言った。

「誰こいつ」

剣をノースに突きつけながら男が言う。

「僕のギルドメンバーだよ。だから傷つけないでね」

「そっか」

オレンジカーソルの男が剣を納めたのを見てもノースは構えを崩さない。

「ノースさん。こちら、僕の友達のイグナイト。イグ、彼女はノースさん。男顔負けの凄腕槍使いだからあまりナメてると斬られるよ」

「え?イグナイト?」

ハルの紹介にノースは思わず構えを解く。

 

「ハル。手短にいこうか」

「うん」

ハルはウィンドウを操作し、いくつかの回復アイテムと片手直剣を渡す。

「これ、強化しといたから。結晶はサービス。あげるよ」

「ありがとな」

受け取りながらイグナイトが無造作に言った。

「カーソル、オレンジだね」

「あぁ。暇があったら黒鉄球の碑を見てくれ。0023って名前に線が入ってる。ヌルとリクに槍突き刺した奴だ。覚えてるか?あいつに逢ってな。殺してきた。ごめんなさいって言いながら死んでいったよ」

「そう。これで終わった?」

「ごめんな。まだなんだ」

「無理しなくていいからね」

「心配すんな。これが俺のやりたいことだ」

2人の会話はなんだか上辺をなぞったような感じだ。物事の中心に切り込まないようにお互い配慮しあっているかのように見える。イグナイトの発言にハルは何も言わない。暖かい日差しが降り注ぐ中、この空間だけいたく静かで冷たい。

 

「じゃ、俺は行くぜ」

「うん」

「ハル」

「なに?」

「いや。泣かなくなったなって思って」

「・・・泣いたらイグは殺すのやめる?」

「やめないだろうな」

「じゃ、泣かない」

「・・・そっか。じゃあな」

イグナイトは、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔をして踵を返した。ハルは一度も友達の顔を見ようとはしなかった。

 

復讐に燃えた男が乗った小舟が離れていく。

 

「もう誰の言葉もイグには聞こえないんだ」

ハルが呟いた。

「ただただ復讐の為だけに生きている。自分の人生を犠牲にしてまで」

ハルは足を抱えて、その小さな身体を更に小さくして震えていた。

「今でも彼はギルドのリーダーとして仲間の存在を守る為に戦ってる。僕はなんとかして彼を助けたいけど武器やアイテムの支給ぐらいしかできない。あいつは助けなんて求めてないんだ。考え方が違うんだよ。僕とイグは」

イグナイトが乗った小舟は遥か彼方に消えた。

「ノース。僕だってね、仲間を守る為に戦うさ。それがイグが僕に求めた最後の願いだから。僕はそれを何としてでも叶えるよ。だから、ノースは無理しないでよ。自分から命を危険に脅かすようなことはしないでよ。自己犠牲なんてただの自己満足だ。誰も得しないんだ。自分がよくても誰かは絶対悲しむ。それじゃダメなんだ。意味無いんだよ。だから」

「ハル君」

「みんなが僕に無理なことを押し付けていくんだ。僕に生きろと言い残して逝ってしまう。残された僕がどんなに寂しいか分かってないくせに」

ノースは、小さく縮こまる少年を後ろから抱きしめた。その小さな背中に背負い込んだ深くて大きな強い意志を共有するかのように。

「僕を離さないで・・・お願いだよ」

ノースの腕の中でハルは弱々しく震えた。

「傍にいて・・・」

 

採取クエストの時、自分が死に掛けた時。それを聞いてハルが怒り狂った時。

自己犠牲は嫌いだとハルは泣き叫んだ。その理由が分かった。

 

2人は日が暮れるまで、ずっと。ずっとそうしていた。




*原作と本編とでギルド作成可能の時系列が変わっています。
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