Sword Art Online Re:βoot 作:mimitab_
2023年、12月。
アインクラッド 第49層 ミュージェン
ソードアートオンラインがサービス開始されてから1年が過ぎた今、最前線はこのフロアだった。そして今日、この層のフィールドにある視界が開けた安全圏の中にある小さな小屋。多数のギルドの人間が外で警戒にあたる、この小屋の中で49層の迷宮区フロアボス攻略会議が行われようとしていた。集まったメンバーは大型ギルドから少人数パーティまでいるが、その誰もが精鋭揃いであった。
その中でも異彩を放っているのが血盟騎士団の幹部の1人。通称『閃光のアスナ』。団長から直々にオファーされ入団した彼女は細剣のスペシャリストであり、攻撃の要。人を率いる能力と人を魅入らせる容姿と力を併せ持つ少女。妹と同じくらいの年齢かなぁとタクは集団から少し離れたところで彼女の攻略計画を聞きながら考えていた。
「説明は以上になります。ここにいる方たちはボス攻略に参加ということで宜しいですか?」
アスナの言葉に、他のギルドの代表者たちが頷いた。
「成る程。見知った方たちが多いですね。今回も頼りにしています。あら『β』の方々は初めてでしたね。協力感謝します」
アスナが隅に立っていたハルとタクに言った。その言葉に室内にいた全員が2人を見る。その突き刺ささるような視線にタクは堂々としながら視線を撥ね返すがハルは小さな身体を更に縮めた。予想は出来ていたことだ。ギルド名を決めた時から覚悟が出来ていた・・・つもりだった。
「宜しくお願いします」
ハルは勇気を振り絞り、丁寧に頭を下げた。
Sword Art Online RE:Generation
第5話「ギルドβ」
会議が終わり小屋の外に出たハルとタクはアスナに呼び止められた。周りには他のギルドメンバーたちが遠巻きに2人をチラチラと見ながら何かを囁き合っている。
「こんにちは。この後お茶でもどうですか?」
「せっかくですけど僕らは用事がありますので・・・」
覚悟していたとは言え、ハルはこの雰囲気に耐えられなかったのだろう。早く安全な場所に帰って一息つきたいという気持ちが表情から見て取れる。
「じゃ、俺は御言葉に甘えようかな」
「タク!」
ハルは咄嗟にタクの腕を掴んだ。アスナがハルの子供のような仕草に不思議そうな表情を作る。
「ははっ、大丈夫だって。先にホーム帰っててくれよな」
タクが優しくハルの手を解きながら少年の頭に手を置いた。
「・・・わかった」
間を置いた後、ハルは俯きながら小さく頷いてタクの言葉に従う。
アインクラッド 第39層 アールーン カフェ
血盟騎士団の制服を着たプレイヤーと一緒にいると、どうしても目立つし人目を引く。しかし、タクは全く気にすることなくアスナが紹介した店に入る。奥の陰が出来た少し暗い席に2人向かい合って座った。
「呼び止めてしまって申し訳ありません。特別話すようなことは無かったのですけど」
「大丈夫。気にしてないよ。俺は話してみたかったかな。攻略組の最強ギルドの人と」
「最強だなんて」
「謙遜しないでくださいよっと。本当のことだろ?実力なくして噂はたたないからな。血盟の勇姿は中層にいても流れてくる」
「貴方たちの話も最近よく聞きますよ」
「へぇ?」
「βテスターを中心としたメンバーで構成員8人ながら成長が著しいギルドだって」
確かに最近はニカの能力の開花もあってか、積極的にクエストを受注しギルドの力を高めていた。各々がレベルを上げる中、戦術も増え戦闘を指揮することが多いタクにとって、そんな『β』の伸び具合に素直に喜びを感じていた。拠点としている階層付近なら信頼できる人間も何人かいるので、そのプレイヤーたちから頼まれたクエストなども積極的に行っていた。その結果、口コミなどで最前線を駆け抜ける攻略組に自分たちのギルド『β』の話が耳に入ってもなんらおかしいことではない。
「そっか。で、話ってのは何だい?」
「え?」
アスナは手に持っていたお茶のカップを傾けるのをやめて聞き返す。
「本当は話があるんじゃないのか?」
「驚きましたね」
アスナはカップを置いて上品に咳払いをした。
「ウチのリーダーは純粋すぎて良い意味でお子様だからな。すぐに感情的になっちまう。まぁ、それがいい長所であるのは確かなんだけどな。でも俺は黙ってアンタの話を聞ける」
「私が話したいことが分かっているような口ぶりですね」
「なんとなくね」
攻略組のトップギルドである血盟騎士団の幹部を前にしてもタクは物怖じしない。いつもの自分自身を貫き通した。それが彼の生き方であり、人との接し方。誰に対しても本音と本心をぶつけて今まで生きてきた。だからこそ、彼は異常なまでに落ち着いていた。
「なら単刀直入に申し上げます。血盟騎士団に入りませんか?」
「断るね」
「即答ですか」
「あぁ」
タクは異常なまでに落ち着いていた。彼女の口から何が飛び出るかも容易に予想が出来ていた。
「それは貴方の意見ですか?」
「ハルも断るさ。絶対にな」
「言い切りますね」
「アンタよりは付き合い長いんでね」
アスナは一瞬だけ苛立ちを表情に見せた。その曇った彼女の表情の動きをタクは見逃さない。血盟騎士団に入り力を思う存分振るってきたアスナに、こんな口調で話す人は今まで1人ぐらいしかいない。
「1つ、聞いていいか」
タクは出されたお茶をまだ一口も飲んではいない。もともと手をつける気なんてなかった。
「なんでしょう?」
タクの質問の内容に検討もつかず身構えるアスナにタクは素直に斬り込む。
「オファーの理由は同情か?」
まるで鋭利な刃物で斬られたかのように身をすくめるアスナ。それほどまでに彼の言葉は尖っていた。表情は何1つ変えていない。口元は微笑んだままだが、彼が抱く感情が彼の言葉1つ1つに乗っている。
「・・・いえ、そういうわけでは」
沈黙の後、アスナが否定しようとするがタクは、その彼女の返答さえも容赦なく斬り捨てる。
「でも似たようなものではあるだろ」
この男に隠し事は無意味なのだとアスナは悟った。ならば自分も本心を貫くだけだと思い直す。
「私は、今日の攻略会議で他のプレイヤーたちが貴方たちを見る目を不快だと感じました。ただβテスターだからという理由で見る、あの目が」
「まぁ予想は出来ていたことだ。俺たちが今まで攻略に参加しないで生きてきたこともあるだろうな」
「それは、責められるものではないと思います」
「アンタはそう思っても世間は違う。前線で攻略するプレイヤーは特にな。因みにオファーは俺たち全員なのか?」
「はい。そのつもりでした」
「嘘はつくなよ。ハルと俺以外には逢ったことさえないだろ。俺らと逢うのも今日は初めてだ。どんな力を持っているのかも知らないでアンタは俺たち全員を勧誘するのか?」
「嘘というわけでは・・・」
口ごもるアスナにタクは静かな口調で畳み掛ける。それが逆に威圧感を増した。怒りを感じているわけではない。ただ、心の置くから湧き上がってきた感情が言葉と混ざり合う。やはり、ハルを先に帰して正解だった。
「私は、βテスターに対する風当たりが嫌なだけです。同じ境遇でこの世界に幽閉されたのに、あまりに可哀想だと感じます。でも血盟騎士団に入れば、ある程度の保護も可能ですし、あんな目で見られることもなくなります。騎士団にもβテスターはいますし」
「それ本気で言ってるのか?」
「え?」
「それが本心だって言うなら、アンタには失望だぜ、悪いけど」
「どういうことですか?」
「アンタ意外と頭が悪いんだな」
タクは冷たく言い捨て席を立つ。自分なら感情的にならないなんてよく言えたものだ。ハルと長くいたことで彼の性格がうつったのかなとタクは心の中で苦笑した。
席を立ったタクを止めるかのようにアスナも立ち上がる。
「1つ教えといてやる」
タクはアスナの顔を見つめながら口を開いた。
「攻略会議が終わった後、アンタが俺たちを呼び止めた時、ハルの仕草にアンタは不思議がっていたな。アンタはハルの表情から何を読み取れた?」
「・・・怖がっているように見えました」
「その通りだが、少し違う。あいつは大人を全く信用していない。とりわけアンタみたいな勧誘をしてくる大人はな。アンタが俺たちを呼び止めた時に俺もだが、ハルはもう気付いていただろうぜ。アンタがこの話を出してくること」
「では何故、ハル君は貴方たち大人と行動を共にしているのですか?」
個人の行動理由に踏み込みすぎるのはマナー違反だというのが暗黙の了解ではあるが、アスナの口からは思わず疑問の言葉がこぼれ出た。発言してから彼女は初めて自分が他人の了見に入り込んでしまったことを後悔した。しかし、その言葉を受けたタクは不快な表情を浮かべることもなく、意外にも微笑んでいた。
「本心が転がり出たって感じだな。ハルが俺たちと組んでいる理由?それはハルが俺たちを信頼してくれてるからに決まってるだろ?自惚れとかそんなんじゃない。あいつの心は素直すぎて誰でも真剣に向き合えばハルの心を見透かすことが出来るんだ。そして俺たちメンバーはハルを信頼している。それだけだ。俺たちはもう完成されてるのさ。だからくだらない事情で俺たちを誘うのはやめてくれ」
「くだらない事情?」
「アンタ、俺が1から説明しないと何も分からない馬鹿なのか?」
血盟騎士団の幹部を平気で馬鹿呼ばわりするタクにアスナはまた苛立ちがこみあげるが、その気持ちを飲み込んでタクの言葉を待った。
「βテスター云々ってやつだ。それがくだらないって言ってんだ」
「くだらない?それは不謹慎では?落ち着きはしましたけどまだβテスターだからって命を狙われるプレイヤーがいるんですよ。実際にそれで人が死んでいるんです」
「それを俺たちが知らないとでも?」
タクの瞳に初めて怒りの炎が灯った。そのギラリとした視線にアスナは言葉を失う。
「アンタ、あまり俺をガッカリさせんなよ。血盟騎士団に入りたいなんて微塵も思ったことはないが攻略組にはこれでも感謝しているんだ。その幹部様がそんな発言をするのか?おい」
βテスターの迫害全盛期。関係のない一般プレイヤーも巻き込まれた被害者の多くは間違いなくβテスターの人間。その人たちが仲間を失った経験は勿論あるに違いない。それを失念し感情だけで本心を曝け出してしまったアスナは本気で後悔した。
「ごめんなさい」
結果的にアスナは頭を下げる。
「謝っても、アンタが放った言葉は返ってこないさ」
頭を下げた少女にタクは冷たく吐き捨てる。大人気ないと多くの人間は思うだろう。しかし毛頭からタクはそんなことなど気にしながら生きてはいない。
「素敵なティータイム、ご馳走様。代金は払っておく。今度の攻略で逢うことがあれば宜しくな」
そう言ってタクは店を去った。タクに出されたお茶は飲まれることもなくカップからは湯気が立ち上っていた。
アインクラッド 第32層 ヒュルゲンシュタイン
ギルドホーム
「攻略か」
自室で採取した植物を乾燥させながらシグが呟いた。
「さっきハル君帰ってきましたけど会議はどうだったんですかね」
「さぁな。まぁ今夜何かしら報告があるだろ」
シグの自室兼研究所にニカが遊びに来ていた。前にノースに言われた通り、確かに異様な臭いが部屋に充満しており入った時は立ちくらみがしたが、現実世界でお香を焚くのが趣味だった彼女にあまり抵抗はなく慣れてくれば、いい匂いだと感じなくもない。それをシグに伝えると彼は嬉しそうにニカを招きいれ、煙草精製には使えなかったがお茶には使えるというハーブを使ったほんのり甘い味のする紅茶のようなものを出してもてなしてくれた。
「しかし今度の攻略が成功したら次は50層ですね」
ニカがソファーに背中を預けながら明るく言った。シグの部屋は意外にも家具が充実している。部屋の広さは全員同じだが、彼の部屋にはベッドと研究器具が置かれたテーブルの他に1人がけのソファーが2つにローテーブルが1つ。クローゼットも隅に置いてはあるが不思議と部屋が狭いと感じない絶妙なバランスで整えられた居心地のいい空間だった。
「ついに半分だな。いい響きだよ」
「私も楽しみです。他力本願なところは申し訳ないですけど」
「あぁ。ニカちゃんもハルの思惑に気が付いた?」
「はい。今度の攻略、きっと私は出さしてもらえないでしょうから」
「僕も呼ばれないだろうな。行くのはタク、アイちゃん、ムニかヒートぐらいかな。慣れない仲間が大勢いる中で援護とか言われても無理な話だからねぇ」
「そうですね」
「ニカちゃんは参加したかったの?」
「いえ。怖いのは嫌いです」
「そうだな。僕も」
シグとニカは顔を見合わせてクスクスと笑った。
「シグさん。私も煙草作り応援させてください。採取の協力もしますよ」
「ありゃ。どういう風の吹き回し?というかニカちゃん喫煙者だったの?未成年で?」
「失礼ですけど私は20です。いえ、私は吸わないのですが母が吸ってて。なんだか無性にあの匂いが懐かしいんですよね。今は」
「マジで?ハタチ?見えねぇ・・・。いや、ごめん!ごめん!」
頬を膨らませてプリプリし始めるニカを見てシグが慌てる。ハルの1コ上ぐらいだと思ってたということは墓場まで持っていこうと心に決めた。
「そっか。大歓迎だよ。こりゃ早く完成させなきゃな」
「今は何の葉っぱ乾燥させてるんですか?」
「これは・・・レッドハーブとアラフ草と眠り草」
「確実に副作用出ますよね。レッドハーブって激辛でハッシシみたいな作用を引き起こす興奮剤じゃありませんでした?」
「間違いないね。そしてよく知ってるね」
「シグさん、現実でもこんなことを?大麻練成とかやってたんですか?」
「僕は煙草だけだよ。本当に。信じて」
ニカの疑いの目が心に刺さり必死に弁解を繰り返すシグ。
1階。
ハルは自室に入ると何もやる気がせず、すぐにベッドに寝転んだ。睡魔が襲っているわけではない。ただ疲労は感じていた。天井を見上げながら思い出すのは先の攻略会議。
そもそも攻略への参加はハル自身が決めたことであった。それをメンバーの中で付き合いが1番長い便りになる相談役であるタクに打ち明けると、会議だけでも出席してみればいいと言われたのだ。タクが攻略に乗り気ではないのも。攻略に興味を見出していないのも、参加することに反対していることもハルは分かっていた。そしてハルがタクの気持ちを理解しているという事実もタクは分かっているだろう。それを踏まえたうえで、タクはハルが会議に行くなら自分も連いていくと言ってくれたのだ。
イグナイトに使命を託された後、ハルはすぐにタクと知り合いになった。それからずっと行動を共にしてくれている。タクが妹を気遣い探していることは知っている。それでもタクはハルが背負い込んだ物を自分にも分けてくれと優しく言った。ギルドのメンバー全員をハルは信頼しているが、タクへ寄せる気持ちは別格だ。全員に対する信頼以上の別の感情がハルとタクの間に確かに存在していた。
ギルドを旗揚げしたのは5ヶ月程前。名前を『β』にした時も、彼は何も言わなかった。タクはβテスターではないのに、ハルの気持ちを汲んで何も言わなかった。それは有難くもあったが今になって申し訳ないという感情がふつふつと湧き上がっていた。口に出せば嫌な顔をされるβテスターの仲間というレッテルを貼らせたのと同じだ。そして今日の攻略会議での他プレイヤーたちからの突き刺さる視線。タクだって嫌な気持ちをした筈なのに先にその場から逃げ出したのはハルだった。それが情けなくて悔しくてたまらなかった。そんな負の感情が身体中を支配し始め涙で視界が滲む。
天井に向けて右腕を伸ばした。開かれた自分の小さな手。この手を差し伸べたことによって多くの信頼できる仲間を見つけてきた。その仲間を失うぐらいなら。いっそのこと。
ハルは心に決め、右手をゆっくりと固く握りしめた。
アインクラッド 第39層 アールーン
「隣を歩いてくれてもいいんだぞ」
カフェを出た後、タクは大通りから外れ人がいない路地裏に入り、後ろにいるであろう人物に声をかけると、陰から被っていたフードを外しながらアイスがスッと現れタクの隣に立った。
「いつから気付いていました?」
「割と序盤から。護衛はいらないって言ったのに。血盟騎士団の幹部様とお茶した時もお前店内に居たな。しかも、クリームたっぷりのケーキ食ってたろ」
「ばれていましたか」
「ケーキと言いメイド服と言い意外に可愛い物好きなのな、お前」
「否定はしません」
ニヤニヤするタクにアイスは悪びれる様子も恥ずかしがる様子もなく素直に答えた。
「何しに来たんだ?」
「護衛と偵察です」
「お前のその馬鹿正直なところ好きだぜ」
「ありがとうございます」
「で、どうだった?」
「クリームがしつこいように感じました。もう少し甘さ控えめだったのならテイクアウトしたかったのですが」
「その天然っぷりも嫌いじゃないけどよ。何だ。偵察ってケーキの偵察か?ってか、お前テイクアウトしただろ。メンバー全員分」
「ばれていましたか」
無表情のまま喋るアイスを呆れながら見るタク。
「そうじゃなくて『閃光のアスナ』だよ。同じ細剣使いだろ?」
「一度、手合わせ願いたいと思います」
「そうか。俺とあいつとの会話も聞いたか?」
「はい」
「どう思った?」
「タクさんの判断に賛成です。最も私は攻略というもの自体に興味がありませんけど。でもハルさんとタクさんが前線に出るというのなら、お供したいです。私は貴方たちが好きなので」
「お前のその馬鹿正直なところ大好きだぜ」
アイスは嘘を言わない。タクは彼女の言葉を聞いて心から感謝した。
「アイス、俺も何か甘いもん食いたい。オススメの店、連れてってくれ」
「甘いものですか?」
「何か知ってるだろ?シリアストークのしすぎで脳が糖分欲してるんだよ」
「なら、この近くにありますよ」
「うし。行こう」
2人は主街区に足を向けた。
ピンク色の壁をした店内は男女のカップルで賑わっていた。
「お、落ち着かねぇな・・・」
席に着いたタクは周りを挙動不審に見渡しながら小さく呟いた。
「甘くて美味しいものと言ったらココです」
「よく来るのか?」
「はい」
「誰と?」
「1人で来ます」
「1人!?」
現実世界でも1人ラーメンや1人カラオケといった言葉があるが、こんなカップル連れが群れる店に1人で入るのには相当勇気がいる。男と女では感覚が違うのだろうか。いや、そもそもアイスは普通の女の子ではない。普通ではないからこそ好感が持てるのも確かではあるが。
「この前メイド服着て行ったらNPCに間違われました」
「そりゃそうだ」
「タクさん、何食べます?」
メニューのウィンドウを開いたアイスがタクに尋ねた。
「じゃあ、このブラッディアップルのプディングとカルノール茶。ホットで」
「ブラッディアップル美味しいですよね。私は嫌いですけど」
「どっちなの!?」
最近になって、アイスは自分の意見や嗜好をしっかり口に出すようになった。あまり喋りたがる子ではないが、言う時は言うのだ。出逢った頃は自分の気持ちを押し殺し感情さえも殺していたような印象を受けたが、このところは違う。少しずつ心を開いてくれているのかなとタクは思う。
「タクさん、お願いがあるのですが」
アイスがピンク色のクリームがタップリと乗ったチョコレートのようなケーキを食べる手を止め言った。そして、これは非常に珍しいことだった。アイスがお願いをするなど滅多にあることではない。というよりも、初めての経験だった。
「どうした?」
タクは茶の入ったカップを手に持ちながら促した。
「私、デュエルがしたいです」
「俺と?」
「はい」
「本当は?」
アイスは嘘を言わない。これは絶対と言っていい程の確信と自信がある。確かにアイスは自分と戦ってみたいのかもしれない。しかし、アイスがその先を見据えているような気がしてならなかった。
「アスナさんと戦ってみたいです」
「俺は踏み台か?」
タクは笑いながら言った。
「間違いではありません」
アイスは素直に答える。
「でも侮っているわけではありません」
そう言ってアイスはいきなり立ち上がり素早いモーションで腰に帯刀した剣を鞘から抜きタクの首元に横から刀身を突きつけた。勿論安全圏なので斬られることはない。しかし彼女のその動き1つで賑やかな店内は一瞬にして静まり返り、近くに座っていたカップルたちは驚いて悲鳴をあげながら椅子から転げ落ちた。周りの人たちも「痴話喧嘩!?」とか言いながら騒いでいる。
「アイス、店内だぞ」
対するタクは表情1つ変えずに言った。右手に持つカップの中身でさえ波だっておらず全く慌てていないし動揺もしていない。ただ真正面からアイスの顔を直視する。彼女は修羅を纏ったようなオーラで座ったままのタクを見下ろしていた。最近の戦闘ではこのような感じになることはない。この感じは、アイスに出逢った頃のと似ている。
「殺る気満々だな、お前」
アインクラッド 第32層 ヒュルゲンシュタイン
ギルドホーム 裏庭
『β』には戦闘に生き甲斐を感じる人種がいる。抜群の相性を見せるムニとヒートは「戦闘マニア」である。戦闘を1つの遊びと考え剣を振るう。ソードアートオンライン本来の楽しみ方と言えるだろう。無論それはサービス開始前の遊び方だが。
対してアイスは「戦闘狂」である。戦うことに明け暮れ己の目的の為ならば相手を打ち負かし息の根を止めるまで容赦はしない。本来ならば指示を聞いてギルドメンバーに合わせた戦い方をすることは望んでいない筈である。それをタクは理解していた。少しでもと思い前線に配置し多くの敵と当たるように隊形指示を出してはいるが、個々の戦いを好む彼女がチームの戦いに合わせているのは、ハルを想う気持ちの方が強いから。それだけだ。
何しろアイスに出逢った頃は正に鎖から放たれた猛獣のようであった。大人びているが、アイスはハルとそんなに年齢差はない。しかし感情垂れ流しのハルとは違い、アイスは表情を表に出さないことが多い。それが彼女がこの世界で決めた生き方なのか元々そうなのかは分からないが、どちらにしろストレスの捌け口は必要だ。獲物がウサギ程度の小動物では猛獣は満足しない。
「俺は自分がウサギレベルの小物だと想ってたんだが」
細剣を構え微動だにしないアイスを見てタクはため息を吐いた。
「まぁ、ウサギも噛み付きはするけど」
曲刀を構える。初撃決着モードに設定したデュエルが始まろうとしていた。
カウントダウンがゼロになった瞬間、アイスはスタートを切った。体勢を出来る限り低くしタクに迫る。対するタクは一歩も動いていない。足を肩幅に開き受けの姿勢だ。アイスの剣先が曲刀の刀身をかいくぐりタクの身体を突き刺そうとするが、タクは切っ先の軌道を胴体に達するギリギリまで見極め身体を少し捻るだけでかわした。アイスはそこで停止せず、タクの肩に手を置いて空中で前転し跳び越え背後に回り剣先を向けるが、タクは背中を向けたまま剣を後ろにやりアイスの細剣の突きを弾いた。そして今度はタクの方から仕掛ける。弾かれ剣先がブレたところを見逃さず、体勢をアイスに向き直ったタクは彼女のガラ空きの胴体を曲刀で薙ぎ払うかのように斬ろうとするが、アイスはバク転で回避し距離をとった。
帰宅するなり裏庭に向かったタクとアイスの姿を偶然見かけ裏庭を覗きに来たノースとニカの2人は、ただただ驚くばかりであった。ハッキリ言って自分たちとのレベルが違いすぎる。数字が全てだと言われているこのゲームだが、タクとアイスからはそれ以上の自分たちにはない圧倒的な経験の差が感じられる。タクはいつも通り微笑んだように口元を柔らかく曲げているが、アイスは違う。あんな獰猛な目をした彼女の姿はモンスターとの戦闘で見ることもない。全くといっていい程の別人っぷりである。血に飢えたような荒々しさがあるのに繰り出す剣は見事に正確なものであった。
お互い、バトルスキルやアシストスキルは勿論。パッシブスキルやソードスキルすら使っていない。正真正銘の真剣勝負。尤も、実力をもった2人によるこのスピード勝負でソードスキルなど使えば容易にかわされ、硬直状態になったところを斬られるであろう。
距離をとったアイスはまた体勢を低くし細剣を突き出しながら突進する。対し今度はタクも剣を構えて突進した。距離が詰まる。お互いの切っ先がお互いの胴体に届くといったところで急にタクがバックステップで後方に退き距離を開けた。空振るアイスの剣。それを見逃すほどタクは甘くない。距離を詰める前から仕組んでいた緩急をつけた攻撃。アイスは反応に一歩遅れ剣で弾くことは間に合わないと判断し、器用にも細い身体の重心をズラし横にステップして回避。そのまま通り過ぎるタクの横っ腹に剣を突き刺そうとするが、タクは咄嗟に左手で自身の左腰に付けた鞘を掴み、それを盾代わりに使った。鋭い刺突を食らった鞘は耐久値が切れポリゴンへと変わるがタクにダメージは一切ない。一瞬だけ悔しそうな顔をして後ろに退がり体勢を立て直そうとする彼女との距離を一気にタクは縮めた。追撃がくるとは思わなかったアイスは完全に反応が遅れ胴体はガラ空き。剣で防ぐことも身体をよじることもできない。その細い胴体をタクの一振りが襲い掛かり、アイスは地面に倒れ込んだ。
決着は着いた。
曲刀を納めようと腰の鞘に手をかけようとしたところで、その鞘がもうないことを思い出したタクは一息吐いてウィンドウを開きストレージに曲刀をしまうと、アイスに近寄り彼女を引き起こす為に手を伸ばした。地面に倒れたアイスはその手を握り締めると、突然思い切り引っ張る。
「っおおいい!」
予想できなかった彼女の行動にタクはアイスの横に倒れ込む。
「仕返しです」
アイスは仰向けに寝転び空を眺めながら言った。
「そりゃないぜ」
タクは芝生とキスしながら言う。
「鞘を盾代わりにするなんて酷いです」
「えぇ?根に持ってる?」
「はい」
「生き残る為の手段ってことで」
「許します」
タクも仰向けになり空を見上げた。すると、曇天な空から小さな白いオブジェクトガチラチラと舞い降りてくる。
「・・・雪か」
タクがそれを伸ばした掌に受けて言った。雪のオブジェクトは冷たさも再現されておりタクの肌に触れた瞬間、溶けて無くなった。
「12月ですからね」
「俺の地元じゃ、12月で雪は早いな」
「アインクラッドではこうなのでしょう」
「アインクラッドでは・・・か」
「帰りたいですか?」
「最近あまり考えなくなったな」
「私もです。毎日があまりにも楽しくて」
「ははっ。俺もだよ」
アイスからそんな言葉が聞けたタクは嬉しくなって心から笑った。
「・・・お前、俺と戦えて平気だったな」
タクがポツリと言った。
「タクさんは仲間ですから。『β』は私の大切な宝物です」
「お前・・・」
「なんですか?」
「いや、なんでもない。俺はお前のそういうところ大好きだ」
「いえ、私の方が貴方のこと好きです」
「そこで張り合うのかよ」
2人は寒空の下、ノースとニカが話しかけてくるまでの間、ずっとポツリポツリと言葉を交わしながら芝生に寝転び、空を見上げていた。
夜。
1階の食卓で夕食を食べ終えたギルドメンバー全員はデザートにと出されたケーキに舌鼓を打つ。それは昼間、アイスが第49層のカフェでテイクアウトしたものであった。
「アイちゃん、これ美味しい!」
一口食べたヒートが嬉しそうに言う。
「そうですか?私にはクリームがしつこい感じがして好きじゃないです」
発言に反してバクバクと食べながらアイスが言った。
「好きじゃないのに全員分買ったのかよ」
シグが呆れながらツッコミをいれる。
「ヒート。アルクスパイス取って」
ムニが隣に座るヒートに頼む。アルクスパイスとはムニ愛用の激辛粉末調味料である。
「むーちゃん、これケーキだよ?」
「甘すぎるんだよ。ちょっと辛くしてもいいだろ」
「むーちゃんの味覚センス、わけ分からん」
ヒートが手渡すとムニはこれでもかというぐらい赤い粉を振りかけた。最早、別の食べ物に見える。一目でケーキだと判断するのが難しい程だ。
「許せません。表に出ましょうか」
向かいに座るアイスが低い声で呟き剣を抜こうとするのでハル以外の全員が慌てて彼女を止める。
「ハル。今日の報告」
タクがアイスをなだめながら言った。ハルは返事をしたものの、どこか上の空で、その違和感がタクを不安にさせた。ハルの返事を聞いたメンバーは落ち着き席に座り、少年の言葉を待つ。そんな彼らをゆっくりと見渡した後、ハルは口を開いた。
「今日、49層で行われた攻略会議にタクと2人で行ってきました。迷宮区のボスの部屋まで血盟騎士団の偵察隊が辿り着いたそうなので、そのボスの情報共有という内容でした。ボス討伐戦に参加という形ではりますが、参加するメンバーは僕だけで」
いつもよりも淡々と状況報告をするハルに全員が違和感を感じる。そして最後の言葉にみんながざわついた。
「おい!」
ムニが真っ先に声を出す。他も同じ反応だ。タクは不安が的中してしまったことに思わず唇を噛んだ。
「攻略に参加したい人は行かせるわけにはいかない。これが最終決定です。アイスさん、ケーキご馳走様。ありがとう。じゃ、おやすみ」
「ハル!」
立ち上がり足早に部屋を去ろうとする少年の背中をタクが呼び止めた。
「何も説明しないつもりか?」
「1人で背負い込んじゃダメだよ」
ヒートが優しく言う。
「ハル。みんな納得してないよ」
ノースが続いた。
「・・・嫌なんだ。嫌なんだよ」
少年は背を向けながら言葉を絞り出すようにそっと呟く。
「みんなを危ない目に合わせるのは・・・嫌な目に合わせるのは・・・」
「それはボス戦のことを言ってるのか?」
「違う」
「なら、今日の会議での他人の反応か?}
「・・・」
タクが問い詰めるとハルは押し黙る。
「・・・どういうことですか?」
ニカが尋ねた。
「いつものことさ。俺らが『β』の人間だって分かったら凄い目で見られたな。でもあれがどうした?俺らが気にしなけりゃいい話だ」
「タクは!タクは、違うから!」
ハルが振り向き、タクに詰め寄った。
「タクはβテスターじゃないから!でも僕は違う!僕はβテスターだ!それが理由なだけで何回も何回も酷い目に合ってきた!」
ハルの殴りかかる拳を弾きタクはハルの胸ぐらを掴み持ち上げ、そのまま壁に押し付けた。
「タクさん!」「タクちゃん!」「タク!」
ノース、ニカ、ヒート、シグの言葉が重なる。しかしタクは聞く耳を持たず、瞳はハルを見据えたままだ。
「何が違うって?」
「僕はβテスターでタクは違うって言ったんだ」
怒気をはらんだタクに負けじとハルが涙声混じりに言い返す。
「・・・お前まで、そこに拘るのか?」
「何が!」
「お前まで、あんな奴らと同じ視点なのか?」
タクは激しくハルの胸ぐらを掴んだまま、その小さな身体を壁に叩きつける。衝撃に顔を歪めたがタクの目を見ることを止めないハル。だがそれよりも鋭い視線でハルを睨み付けるタク。
「誰がβで誰がそうじゃないで、プレイヤーの評価や生き方が変わるのか?βだからって言い訳しやがって、お前はそんなくだらねぇ馬鹿みたいな戯言に拘ってんのかって聞いてんだ!そういう点では、βテスターやその関係者を殺して回った殺人プレイヤーと同じ考えだぞ!」
「それは・・・」
「そういうことだろ?」
「・・・」
タクに一喝されハルはついに黙ってしまう。タクはハルの胸ぐらを掴む手を離した。立つ気力も失くしたハルは床にペタリと座り込む。その身を案じてノースとヒートがハルに駆け寄った。
「今日、血盟騎士団の幹部様と話したよ。あいつも結局は同じ考え方だった。βテスターは可哀想だから俺たちに血盟に入れと。そうすれば保護してやれるって。俺たちの本心も力も関係なく、己が持つ価値観だけで言いやがった」
タクが俯きながら座り込むハルを見下ろして言った。
「タク、それ本当?」
ムニが確認するとタクは首を縦に振って険しい表情のまま肯定した。
「ハル。俺たちは可哀想に見えるか?β上がり、β関係者だからってことを気にして毎日生きているように見えるか?そんなチッポケなことを考えて怖がっているのはハル、お前だけだと思うぞ」
「じゃあ、みんな何を考えて生きているの?」
ハルが涙で濡れた顔を上げて尋ねる。タクが、みんなの顔を見た。
「この世界を楽しむこと」
ムニが彼らしく短く簡潔に意見をまとめる。
「楽しく生きて毎日大好きな人たちと笑い合うこと」
ヒートがムニと顔を見合わせてニコリと笑いながら言った。
「ハルの隣に立って戦い続けることだよ」
ノースが泣きそうになりながらも微笑みを必死に作りながら言った。
「みんなの為、私の為に頑張ることです」
ニカが力強く言った。
「煙草精製。毎日を陽気に朗らかにってね」
シグが明るい笑顔で言った。
「甘いものが食べたいです。それから、みんなを大切にしつつ、どうやったらタクさんに勝てるかが今の目標です」
アイスがタクをギラギラと見つめながら言う。
「さ、最後のは怖かったな。俺は、このギルドがいつまでも続くようにってな。で、ハル。お前は?何を求めてる。お前が今回攻略に参加しようと思った理由は何だ?お前が一時でも描いた夢の為じゃないのか?それを忘れたふりして自分だけが攻略に参加するなんて絶対に言うな。それはお前の大嫌いな自己犠牲になるんじゃないのか?いつもみたいにさらけ出してみろよ、お前の本心を。その本心に動かされた人間が今ここに集まっているんじゃないのか?」
隠す必要のないことに蓋をする行為をタクは酷く嫌う。本音と本音がぶつかりあえば道が開けると信じている彼の生き方。その強さがハルに立ち上がる勇気を与えた。ハルは自分の力を振り絞り、足に力をいれて立つ。
「僕は・・・みんなと生きたい。一緒に。・こんな仮想空間でじゃなくて、現実世界で一緒にいたい。現実世界でみんなと生きたいんだ。一生このギルドで出来た仲間で生きたい。だから攻略に踏み切った。僕は、僕らは、自分たちの力でこの世界を生き延びて現実に戻りたい。他人の力に任せて生きるのはもう嫌なんだ。僕はみんなと現実世界で思う存分遊びたい!」
「あぁ!」
実に子供らしくハルらしい意見。その言葉に嬉しくなりタクは頷くとハルを強く、そして優しく抱きしめた。残りの6人全員が2人に飛びつく。
ギルド『β』の更なる結束。
ハルの想い描いた純真無垢な夢に向かい彼らは進んでいくことになる。
それは実に当たり前のことだった。何故ならハルが思っている以上にこの少年は仲間に愛されているからである。ハルの言葉が仲間を動かし、仲間の言葉がハルを動かす。そんな関係性を保つギルドを誰が可哀想だと感じるだろうか。『β』こそ、ギルドらしい理想的な形であることは紛れもない事実だと言えるだろう。