Sword Art Online Re:βoot 作:mimitab_
2024年、2月。
第50層解放から2ヶ月。攻略組は更に快進撃を続け、今現在55層までが解放されていた。下層に比べ、50層からフロアの街やフィールドが広い。広大な土地が見つかると、すぐにその地は人で賑わう。店が立ち並び活気が出る。迷宮区を攻略して周るSAO最強ギルド『血盟騎士団』は本部を新たに第55層のグランザムに設置した。最前線が本部であると団長のヒースクリフは常々言ってはいたものの、大規模な組織となった今、有力なメンバーを繋ぎ止めとく為にも司令本部を欲した結果であった。
『β』は第50層解放の後も2回攻略に参加し最前線で攻略組と肩を並べ戦った。メンバーは10人にも満たない少数ギルドでありながら、他の有力ギルドに負けない強さを保持しており、その噂を聞きつけた人たちにより、各所からのクエストの依頼、護衛などの仕事も絶えない。そして、その仕事によってギルドの財布は膨れていた。
そんなある日のことだった。リーダーであるハルがみんなを集めて言ったのは。
「よし、引っ越そう」
Sword Art Online RE:Generation
第7話「新たな始まり」
アインクラッド 第50層 アルゲート
新ギルドホーム
外から見ただけでは、前の建物の造りと然程変わりはない。ただ前のホームは、人通りが少ない街の人通りがまったくない通りに建てられていたが、今回は市場から少し外れた場所に建っており、2階の窓からは市場の活気溢れる賑やかな様子を眺めることが出来る。
一般的なギルドホームの個人部屋はワンルームに備え付けのベッドがあるぐらいだが、お金に余裕があったので、部屋はカスタマイズを加え女性陣の意見を取り入れ、どの部屋にも浴室を設置した。この世界では汗をかくことはない。汚れというグラフィックは付くことがあるが水で流せばすぐに落ちるため気にしていないプレイヤーが多い。タクやムニもそう考えていたが。
「1日の終わりは浴槽にゆったり浸かりたい」
「お風呂と言う文化を忘れたら日本人ではない」
「日本人としての誇りはどこにいった」
「この非国民が」
と言った女性陣の意見に折れた男性陣。トドメはアイスの「不潔です」という侮蔑的な視線を含めた一言に殺された。因みに、ハルは女性陣と同意見であった為、罵倒を逃れている。
1階は前と殆ど同じ造りだった。会議室も含めた食卓。ハルの執務室兼自室。そして、最近は依頼されることも増えてきたので、新たに応接間を加えた。
その応接間に今日は1人の男が来ていた。向かい合って座るのはハルとノース。男は緊張しながら2人を見つめた。第50層解放時に多大な功績を残したβテスターの少年。中性的な印象を与える容姿を持った屈指の槍使いであるβテスターの少女。どちらも男より歳下であるが、歩んできた道と培ってきた経験は男より遥かに上だ。
第50層解放の後『β』は自分たちの出自を明らかにしていた。危険な判断ではあるが、自分たちがβテスターだろうがそうではなかろうが関係ない。他人に有無も文句も言わせないという意志の表れだった。それは危ない橋を渡る賭けでもあった。βテスターの迫害はもう行われていない。少なくとも表面上では。メンバーは心配したが、ハルは突っぱねた。ハル自らβテスターであることを情報屋を介して公表したのだ。心配性で頑固なリーダーが思い切った決断をしたのだ。ハルのことが好きなメンバー全員、彼の意向に従った。
誰よりも戦闘マニアな両手剣使い。βテスターのムニ。21歳。
彼のパートナーとして生き続けることを誓ったギルドのムードメーカー。運動神経抜群の赤髪短剣使い。ヒート。19歳。
煙草を完成させるまでは死ねない。例え完成したとしても死ねない。生産スキルを多く保持したガンシューター。βテスターのシグ。25歳。
短剣使いだが、パッシブ、アシスト、バトルスキルを多展開することが可能。メンバーを支えるエフェクター。常識人のニカ。21歳。
黒い装備を身に纏い近付く者には容赦をしない攻撃防御の要。生粋の槍使い。βテスターのノースイースト。19歳。
立ちはだかる敵を完膚なきまでに刺し潰す戦闘狂でスピード狂でありながら可愛い物に目がない細剣使い。βテスターのアイス。17歳。
前線で戦闘できる力を持ちながらメンバーに戦闘指示を飛ばし士気を高め優しく厳しく接する副リーダー。曲刀から刀に転身したギルド最年長のタク。29歳。
そして誰よりも身体が小さいがリーダーとしての力量、資質は誰にも引けをとらない。涙もろく頑固な片手直剣使い。βテスターのハル。14歳。
情報屋に『β』のメンバーの情報を聞けば、こう答えられる。
「依頼の内容は第55層で採れるアルカナクリスタルインゴットを1つ見つけてくること。これで宜しいですか?」
ハルが男に確認をとる。
「は、はい」
「最前線か。骨が折れそうだな」
「す、すいません」
ノースが思わず本音を漏らし男が怖がっているのか間髪いれずに謝った。
「えと、クレイさん・・・でしたっけ。今回は最前線への依頼ってことで準備資金も実費も情報代も嵩みますけど大丈夫ですか?」
「どれくらいですか?」
クレイと呼ばれた男がハルに尋ねた。
「・・・これくらいですかね」
ハルがウィンドウに提示する。
「あ、あぁ。はい。これなら何とか大丈夫です」
「分かりました。やってみましょう。最善を尽くします」
「はい。宜しくお願いします」
クレイが頭を下げた。
ノースはウィンドウを開き費用を細かく計算するハルの姿に目をやる。攻略組と共に3回ボス戦に挑んだ。血盟騎士団が指揮を執ってはいるが、そのいずれもハルはタクに凌ぐキレのいい判断力をみせている。前回参加した時も、ハルは何度か血盟騎士団の団長ヒースクリフに直談判して自分が組み立てた作戦を実行し、死人どころか怪我人すら1人も出さず見事ボス撃破に貢献していた。調子にのるようなタイプでは決してないが、このところのハルは難しい依頼でもクエストでも挑むようになった。戦い方に無謀なところや危なっかしいものはまだ見られていないが、ノースはハルのことが心配だった。何か開き直っているような、自分が行くべき道を見つけてしまったような逞しさを感じる。ノースは昔のハルが少し懐かしかった。純粋無垢で常に守ってあげたくなるような感じ。それが今では本当に凛々しいのだ。頼りになるかと言えば、それは間違いではない。ただ、その逞しさは子供が背伸びをして手に入れたような、諸刃の剣のような気がしてならなかった。
夜。
食卓に8人が揃った。ホームが変わっても、全員で夕食を囲む習慣は変わらない。タクが徹底していることだった。遅刻は許されるが、みんなで飯を食べるというのは大事なことであると彼は常日頃から思っていた。
「食べながらでいいから聞いてね。今日、仕事の依頼を受けました。最前線での採取です」
「最前線?腕が鳴るねぇ」
ヒートがムニと顔を見合わせて笑う。この2人は戦闘のことになればすぐに満面の笑みでテレパシーで会話しているかのように顔を合わせていた。
「55層と言うと、鉱石関連か?」
シグが聞いた。
「そう。採取目標はアルカナクリスタルインゴット。今のところ、その鉱石が特別な効果を持っているって情報はないけれど、何かエンゲージリングを造ってそれに装飾したいみたい」
「婚約指輪?誰かにあげるのか?」
「そこまで詮索してないけど、多分ね」
タクの言葉にハルが答えた。
「もうすぐバレンタインですもんね」
ニカが言う。
「普通、女が男にチョコあげる日じゃないの?」
ムニが言った。
「欧米では違うみたいだよ。まぁそれに記念日としては丁度いいのかもね。えとね、依頼主さんはクレイさん。ギルドには入ってなかったよ。20層に女性と2人で住んでるみたい。オレンジとの関わりも無し」
他人の詮索は趣味ではないが仕事を受ける以上、重要なことであった。依頼主には本人の最低限聞ける範囲内の個人情報を教えてもらい、情報屋にも依頼主が危険な人物かどうか調べてもらう。ハルとタクが決めたことだった。βテスター迫害期に嫌という程、不快な体験を味わっているメンバーにとって、オレンジプレイヤーとの接触は極力避けなければならなかった。ハル自身は、今も秘密裏にイグナイトとコンタクトを取ってはいるが、それを知っているのはタクとノースだけである。
「明日、もっと情報を集めるよ。みんなも準備しといて。55層は氷雪地帯だから防寒着を整えるように。情報次第だけど可能なら明後日やるよ。以上。仕事の話はお終い!」
そう言ってハルはウィンドウを閉じた。
翌日。
第52層のフィールドでタクは珍しくブチギレていた。理由は目の前で、フラフラと足はおぼつかずヨダレを垂らしながら不気味にニヤけている人物、故にシグにあった。
事の発端は全てシグにある。100%シグの責任と断言してもいい。ハルとノースが情報収集にあたっている間、レベル上げをしようとフィールドに赴いたタク、シグ、ムニ、ヒート、ニカの一行はポップしたモンスターを危なげもなく倒し、見晴らしのいい丘の上で休憩していた。するとシグが見たこともない植物を採取。すぐに自分で開発した『お手製煙草精製キット』を使って煙草を作り始めたのだ。その理解出来ない情熱に溜め息を吐きながらシグの様子を見ていた4人だったが、それも彼が火を点けて吸うまで。
シグが吸った瞬間、彼は「まっずぅ!!」と叫び転げ回った。心配したニカが近寄ると、彼は急にニヤけながら「僕は!女の子が大好きだぁぁあぁ!!」と叫び放ち、近くにいたニカを思い切り抱きしめた。更に胸に顔を埋め「ニカやん!ニカやん!僕と結婚してぇな!ゲヘヘ」と最早変態ここに極まりである。顔を真っ赤に染めたニカが必死に抵抗するが適わず。ハラスメントコードを起動させようとするがシグの力が強すぎて身動きがとれない。タクとムニとヒートが強引に引き剥がそうとすると、今度はヒートに向かって「おっぱいがここにもぉぉ!!」と跳びかかった。悲鳴を上げ回避するヒート。そして今に至る。
タクはシグを見た。頭上にはグリーンのカーソルとHPバー。その横に毒状態、混乱状態のマークが表示されている。
「この馬鹿・・・」
タクは呟いた。
「ゲヘヘヘヘヘー」
相変わらず不気味なニヤけ面のシグ。新手のアンデッド系のモンスターのようである。タクが状態異常回復のポーションを出しシグの胸ぐらを掴み地に伏せさせながら強引にその液体を口の中に流し込むと、彼のニヤけ面は消え、状態異常のマークも消える。
「あ、あれ?僕は何を・・・」
「お前・・・」
「え?何?あれ?」
「記録結晶に収めたけど観る?酷かったぜ?」
ムニは座り込むニカとヒートの傍らで腹を抱えて大爆笑していた。
「え?あれ?僕、何かやらかした?」
「やらかしたどころじゃないな」
タクが静かに言った。唐突にスッと音もなく立ち上がる涙目のニカ。無言のままシグに近付く。タクは黙って彼女に道を開けた。
「あ、あれ?ニカ・・・ちゃん?」
「こりゃ嫌われたにゃー」
「間違いない」
「監獄送りに1票」
ヒート、タク、ムニが言う。
ゴゴゴゴゴゴゴと背後から聞こえそうなぐらい不穏なオーラを身に纏うニカ。そしてニコリと笑うとウィンドウを操作した。途端にシグのウィンドウに表示される通知。
『ニカさんからデュエル(完全決着モード)を申し込まれています yes or no』
「え?」
「ちゃんと防いでくださいね?HPゼロになったらシグさん死んじゃいますから」
「完全に嫌われたにゃー」
「間違いない」
「でも防いだら怒られるに1票」
地獄のデュエルという名のお仕置きが始まろうとしていた。
アインクラッド 第50層 アルゲート
ギルドホーム
「ただいまー」
ハルとノースが扉を開けてまず目に入ったのは腕を組みながら仁王立ちするタクの前で額を床に付け土下座をするシグの姿。
「どうしたの?」
ハルが聞くとタクは怒りを通り越して呆れたような表情を見せた。タクの隣に立つニヤニヤが止まらないムニが「これを観た方が早い」と記録結晶をハルに渡すした。
観終わった後のハルとノースは同時に溜め息を吐きながら可哀想な物を見るかのような目でシグを見下ろした。いや、完全に残念に思いながら見下ろしていたのだが。
「シグ君」「あんた・・・」
「・・・ごめんなさい」
シグはまだ土下座の姿勢を崩さない。
「ニカさんには謝ったの?」
ハルがシグに頭を上げるように言ってから聞いた。
「あ、あぁ」
シグが本気で申し訳なさそうに答える。
「部屋に閉じこもっちまったけどな」
タクが天井を見上げながら言った。
「今ヒートが慰めに行ってるよ」
ムニが付け加える。
「私、見てくるよ」
「ぼ、僕も行くよ」
「あんたが来ても無意味だし逆効果しか期待出来ないから、今はそこにいて」
ノースはそう言って2階に続く階段を上っていく。
残された男性陣。
「それにしても・・・おっぱいは無いわ」
ムニが笑い出した。
「あれは混乱というよりも本性が曝け出たって感じだったな」
タクもつられて笑い出す。
「お前ら、ちょっとは慰めてくれよ」
シグは今にも泣き出しそうだ。
「シグ君、反省してる?」
「も、勿論!」
ハルの問いかけに何度も頷くシグ。
「じゃあ、僕から言うことは何にもない」
ハルはニッコリ笑って言った。
「お前、ハルの優しさに感謝しろよ?」
「監獄送りに1票いれてたのになー」
「あ、あ、ありがとう」
翌日。
アインクラッド 第55層 西の山
ギルド『β』のメンバー8人は主街区グランザムを出発してフィールドに出た。
西の山。通称クリスタルマウンテンと呼ばれるこの険しい山脈はフロアが解放されてからずっと雪が降り注いでおり、酷い時は吹雪で視界が劣悪という氷雪地帯である。深く積もった雪のせいで足がとられやすく、そしてなんといっても寒い。スピードが落ちるから嫌がっていたアイスも、この地に立ってからはその低い気温に我慢できず厚手の首元にファーがついたコートをメンバー同様に羽織っていた。
「再度確認するね。今回はアルカナクリスタルインゴットを求めて西の山を探索します。レアアイテムではないからそんなに苦労はしないと思いますが入手条件等は未だに不明です。注意すべきはやっぱりモンスターかな。ここに出現する敵は最前線だけあってやっぱり強いから分かっていると思うけど、絶対侮っちゃダメだよ。まぁ、その辺の戦闘指示はタクに任せる」
ハルがタクにバトンタッチした。
「ほい、任されました。隊形はいつも通りでいこうね。先頭にムニ、ヒート、アイス。中盤にハル、ニカ、俺。ノースとシグは後方よろしく。各種ポーションは余裕があるぐらいが丁度いいから、ちゃんと持って。ここ最前線だから情報不足な敵やダンジョンもあるから気をつけるように。宝箱見つけたからっていきなり開けるなよ?それから、未だに攻略組も討伐できていない類の中に白竜ってのがいるけど、まず今の俺たちじゃ倒せない。随時、周囲に目を配るように。よし。それじゃ、行こうか」
タクが号令を出した。
「昨日そういやアイス帰り遅かったじゃん」
ムニが、先頭を歩くアイスに追いついて話しかけた。
「55層でケーキ食べていました」
「お、何か美味しいお店あった?」
ヒートが2人に並んで聞いた。
「比較的、高級感のある所が多かったです。値段も高かったし。オススメは出来ないですね」
「高級感!むーちゃん、今度行こう!」
「えぇ?ケーキ?」
意気込み興奮するヒートに、ムニは露骨に嫌そうな顔をした。
「舌馬鹿なムニさんには勿体ないです」
「むーちゃん、バカにされてるよ」
「俺は辛い物が好きなだけだ」
「シグ君と話した?」
「話す気ないです」
ハルの質問にニカは仏頂面で答える。あの事件から日が経ってもニカはお冠だった。
「おいおい。いい加減許してやれって。あいつもわざとやったわけじゃないんだし」
「何ですか?私が悪いとでも!?」
「いや、あいつが悪い」
「そうですとも!」
これはよくない流れだ。普段怒ることに無縁なニカが今回は本気で怒っている。しかも引きずるタイプの怒り方だ。普段大人しい人が怒ると怖いとよく聞くが、その典型的な例の一つだろう。長期戦になりそうだなとタクは心の中で思った。
「シグ?」
「何?」
「元気ないね」
「そりゃ・・・そうさ」
隊列の最後尾。ノースが話しかけるとシグはガクリと肩を落としてうなだれた。あの事件以来、煙草精製に身が入らない。それどころか何かをやる気にもなれない。ニカはギルドで唯一煙草精製を応援してくれた人物であり、それを機に2人は一緒にいることが多く、互いのことを話し合える良き友達関係を築けていた。それがこの有様だ。ホームですれ違っても目すら合わせてくれない。
昨夜ムニが「肌身離さず持っとけ」と言って渡された記憶結晶。中身は自分の痴態。まさに黒歴史と言ってもいいレベルの自分の無様な姿。
「まぁ、あんたがその状態ならニカも分かってくれるって」
「そうだといいけど・・・」
「あんたが明るくないと、みんな調子出ないんだからね」
ノースがシグの背中を優しくポンと叩いた。
「敵だよ!」
先頭を行くムニの声が聞こえる。2体、中サイズのモンスターが眼前を低空飛行して向かってくる。翼を広げた灰色の翼竜。
「ゲイルドラゴンか。ドラゴン系ばっかりだな。このフロアは」
「後ろからも来てるよ」
一行の背後から同じ系統のモンスターが2体現れ、ノースが声を出す。
「前の2体は、アイス、ムニ、ヒート。後ろは俺、ハル、ノースで行こう。シグとニカは両サイドを見ながら適度な支援をよろしく」
タクが支持を出した。
「アイス、1体引き付けてくれ。俺とヒートで1体倒したらすぐ行く!」
ムニが言うとアイスが短く返事をして快速を飛ばした。第50層解放のフロアボス討伐戦後、アイスはタクに「やっぱりお前の持ち味はスピードだな」と言われて以来、自分の装備をより身軽な物に変更していた。身に着けているアクセサリーや履いているブーツも全て敏捷性向上補正が付加されてある。これだけ揃えるのに値が張ったが、ハルがギルドマネーで購入してくれた。
ヒートは最近までメイン武器に悩んでいた。今までずっとムニに合わせて片手棍を使っていた。特別な技量は必要なく、ただ相手を叩き潰す為の武器。ムニと共に戦う際、ヒートは常にムニの補助的な役割だった。彼が敵の姿勢を崩し、追撃のヒートが倒す。先制攻撃という大変な役割は常にムニが行っていた。それに対して実はずっとヒートは申し訳ないと思っていたのだ。自分は戦闘で楽しい思いをしているが果たしてムニも同じ気持ちなのだろうかと。何しろムニが斬った敵をポリゴンに変えるのはいつだってヒートなのだ。戦闘の楽しさが敵を倒すことにあるなら、いつもヒートだけが楽しんでいることになる。それがたまらなく嫌だった。
しかしムニはヒートの思考に気付いて言ってくれた。「お前と一緒に戦えるから俺は楽しい」と。それでも愚図ったヒートを見て彼は「じゃあ、2人で武器屋でも覗きに行くか」と自身のレベル上げの貴重な時間を潰して、心置きなく付き合ってくれた。その結果見つけたのが『ブッチャーキーパー』と呼ばれる短剣。ダガーに分類されるが、その刀身は片手直剣並みに分厚く大きい。片手棍に比べ要求される技量が多く、重い為、扱いにくくもあるがヒートは気に入っていた。何よりもムニが自分のポケットマネーで買ってくれたものだった。
「ヒート。先制はお前に任せる。3蓮撃のソードスキル。その後すぐにスイッチだ!」
ムニが前を行くヒートの背中に言った。
βテスト時代から彼は両手大剣一筋だった。しかもドロップ品に拘っていた。フィールドで拾う武器はショップで同型の物を買うのと比べると、何らかの付加スキルや効果が付いていることが多い。更に苦労して手に入れた武器は愛着度も大きく異なる。現在ムニが使っている『クラウンバスター』は赤い刀身をした両手剣である。前回攻略に参加しした時に迷宮区のモンスターを倒した際にドロップしたものだった。真正面から敵の攻撃を受け止めると、敵を一時的にスタンさせる追加効果がある。
これは、隊の先頭を担うことが多いムニにとって重要なことだった。今現在『β』には重装兵クラスのプレイヤーがいない。ボス攻略戦で『血盟騎士団』と肩を並べた時、彼らの攻撃を的確に受け止め仲間に被害がいかない非常にレベルの高い戦闘技術を目の当たりにしてムニは思った。この役目は今のところ俺にしか出来ないと。タクもその素質があるが、彼の力は前線よりも中盤や2列目にいた方が活きる。ノースにもその素質が見え隠れしてはいるが、自惚れなどではなく単純に彼女はまだまだ力不足だ。自分が敵の攻撃を防いでいる間に他のメンバーが戦いやすくなるのなら、進んでその役を引き受けるべきだ。ギルドの為に出来ることが目に見えているのなら行動に起こすのみ。それが勝ちに繋がるのなら尚更のことだった。
「ノース、ハルと一緒に行け。シグ、俺の援護頼むぜ」
2人を1体の方に行かせ、もう1体のドラゴンをタクは引きつける。
第50層解放のフロアボス攻略戦で譲り受けた刀『タツカミ』の柄を握る。まだ鞘から抜いてはいない。思い入れの強い刀だった。あの戦闘で曲刀スキルの上があることを知り、死に物狂いで熟練度を上げた結果、握ることが出来るようになった武器だ。
大学を卒業するまで近くの道場に通って剣道を習っていた。全国規模の大会にも何回か出場したことがある。残念ながら一度も優勝することは叶わなかったが。それでも長年親しみなれた感触。刀の柄を握ると不思議と安心感が心を満たす。たかがゲームの、現実世界には存在しない物だというのに。
ドラゴンが獰猛な目つきで牙をむき出しにしながらタクに迫る。そのギリギリまで接近を許し懐に入ったモンスターを居合いで斬りつけた。目にも止まらぬ速さで振りぬかれた刀が容赦なくドラゴンの首を深く抉る。バランスを失い地面に叩きつけられ暴れもがくドラゴンにシグが弾丸を放ち容易に起き上がれなくする。その援護を無駄にしないようにタクは追撃した。
「ハル君、私が先に行くからね」
槍の切っ先を光らせたノースがハルの前に飛び出し、刺突属性の鋭い突きを放つ。すぐにスイッチをし、ハルが片手直剣のソードスキルを放つ。ムニとヒートほど抜群の関係ではないが、ここのところ共に戦闘する機会が増えた2人。それはハルに怒られたことによる罪意識、ノースに打ち明けた過去の体験といったことが理由ではないのだが、現にあの自己犠牲の事件から2人は日常でも共に生活することが多い。
ノースの持つ槍の名は『グレース』と言う。両方の端に刃がついた形状をしており、第48層の鍛冶屋のショーウィンドウに並ぶそれを偶然見つけ一目惚れ。聞けば、どのショップでも売られているわけではなく、その鍛冶屋のオーナーによるハンドメイドらしい。SAOには登録されている武器だが、NPCのショップでは見たこともなかった。どちらにも刃が付いている為、攻撃の幅が大きく広がった。刺突し手首を返せばその反動によりもう片方の刃で敵を斬り裂くことで牽制することも可能である。
「うぉりゃあああ!」
スイッチをし、ハルがノースの後ろから現れ、5連撃の重いソードスキルを放つ。パワー値が程よく上がり重い片手直剣を欲していたハルは、ノースの薦めで第48層の鍛冶屋を紹介され、そこで購入したのが今の武器である『ジェスターロード』。これもそこのオーナーがハンドメイドで作った価値の高い片手直剣だった。ついでに盾もそこで購入した。盾には攻撃を受け止めると、その攻撃した者の体力を少し吸い取り自分のHPに換算してくれるという優れものだった。オーナーが言うにはまぐれで出来たらしく、頼まれても同じ物は作れないかもと笑っていた。
シグとニカは並んで立っているものの、2人の間に会話は一切ない。シグは口を開こうとしているが閉口一番何を言っていいのか分からず息だけが漏れた。対するニカはシグからよせられる視線を跳ね除け口を一文字に結んでいる。その顔を横でチラっと見ながらシグは今は戦闘に集中しようと思うのだった。
SAOに於いて、銃を使うプレイヤーは1年前まで珍しい部類に入った。何しろβテスト時やサービス開始当初は存在しなかった武器のカテゴリである。それが2023年の2月。急に実装されたのだ。敵に近付かなくても命を刈り取ることの出来る銃の性能に人気を博し一時期は全プレイヤーの半分がその魅力的な言葉につられて手には持ってみたのだが、その実扱うのにかなり難易度の高い武器だと判明する。まず求められる必要なステータス値が高く設定されている。パワー値の他に隠れステータスである集中力や精神力。そして大きな特徴として、剣などの近接武器にはソードスキルというシステムアシストされた必殺技が存在するが、銃には一切ない。弾丸を命中させる為には自分の実力以外で射撃することは不可能である。ただ撃つだけでは到底当たるはずもなく、精密なコントロールが必要とされる。そんな面倒臭さから、当初は糞武器認定され一部のガンマニアしか使わなかった。更に言えば、銃は宝箱やモンスタードロップで手に入るわけではなく、全てショップで購入しなければならない。その値が高すぎるというのも難点の1つで、銃の購入費と維持費をまとめると高層の家が何件も買えるのではないかと言われるほどである。しかし、それでもこの武器に魅力を感じ己の財布と睨めっこしながら保持しているプレイヤーはごく少数ではあるが存在する。チームに1人いれば、それは後方支援の要となり、熟練度を上げれば狙撃専門のスナイパーライフルや制圧一掃専門のヘビーマシンガンまでと戦闘のバリエーションが広がる性能を持った武器が多数存在する。
現在シグが扱っているのは2丁の『ベレッタM92』。非常にシンプルな形状をしたメジャー級の一品。長年愛用し続けている拳銃である。
シグは両サイドの援護をと思ったが、戦闘は終結を迎えようとしていた。
「依頼品はドロップしたか?してないか」
ハルが戦闘を終えて戻ってきたメンバーに確認を取るが、みんな首を横に振った。
「そもそもモンスタードロップするのか?」
タクが聞くとハルは「分からないんだよね」と暢気に笑いながら答えた。
「まぁ、探索も兼ねて気長にいこうよ」
ノースが明るく言う。
一行が歩みを進めるこのフィールドは西の山。別名クリスタルマウンテンと呼ばれている。一般的な身長のプレイヤーよりも背の高い結晶体が所狭しと生えた山である。曇天の空からは雪なのか結晶なのか分からない小さな粒がキラキラと舞っている。眺めだけを見れば第47層のフローリアに次ぐ絶景であり、デートスポットに最適であるが、いかんせん出現するモンスターが強い。最前線なのだから当たり前ではあろうが探索するのはそれなりの覚悟と経験が必要である。単独で行動するなど只の自殺行為に等しく、もってのほかだ。そして寒い。季節ながらそうなのかと思われたが、このフロアの気候は1年中こうではないのだろうかという見解が強まっていた。
「洞窟だ」
歩みを進めた先にポッカリと開いた穴。高く聳え立つ山の麓に突如現れた洞窟に一行は身構えた。
「一応、ここの情報はあるんだよね。進めるだけ進んでみようか」
ハルが言った。
誰が付けたわけでもないのに、洞窟内に入ると壁に等間隔に備え付けられた松明に火が灯る。
「なんか不気味だよー」
洞窟を慎重に進みながらヒートが言葉を漏らす。
「・・・わっ!!」
「きゃあ!?」
突然、ムニがヒートの耳元で大声を出し脅かした。
「なはは、ビックリした?・・・な、おい!やめろ!冗談だって!」
屈託のない笑い方のムニ。その彼に無言で剣を抜くヒートとアイス。
「ハル。洞窟名の情報はあるのか?」
「えとね、『ドラゴンネスト』だって」
「納得」
「どうしたの?」
ハルの言葉にタクが頷いた。何故なら一行が辿り着いた洞窟の最深部は大きく開けたボス部屋のような形状をしており、天井が無く吹き抜けになっている。見上げるとチラチラと舞う粒が顔に落ちて溶けた。そして更に目を引くものは、その異様な物体。成人男性の体格と同じくらいの大きさをした青みがかかった白い卵が3つ。
「でけぇ」
ムニが呟いた。
「玉子焼きが食べたいです」
アイスの感性はおかしい。
「あ、巣の後ろに宝箱がありますよ」
ニカが指を指して言った。
「本当だ。ハル、頼む」
「うん」
この世界で出来るだけ長く生き残る為には、手数を多くすること。使えるスキルは多く習得することである。そしてハルはトラップ解除スキルを最近になって会得していた。まだまだ熟練度を上げきってはいないが、今の段階で彼が使えるのは宝箱を開ける際に、本物か偽者かを見極めることが出来る。
「大丈夫みたいだ。開けるね。うわっ!」
ハルは宝箱を開けて突然声をあげた。
「どうした!?」
驚いてハルの傍に集まるメンバー。
「見てコレ!凄く綺麗だ!」
ハルが手にするのはキラキラと銀色に透き通り輝くクリスタル。タップすると『アルカナクリスタルインゴット』と表示された。
「お、目当てのやつじゃねぇか?いいねぇ」
ムニが感嘆の声をあげる。
「凄い!武器錬金にも使えそう」
ノースが感動している。
クリスタルの輝きに目を奪われ興奮してハルの周りに集まるメンバーをシグは輪に加わらず遠巻きに見ていた。それに気付いたニカが無言で彼を見つめながら小さく手招きをする。表情は堅いが微笑んでいるようにも見えた。その優しさに触れ、遠慮がちに近付こうとしたシグは、ふと殺気を感じ頭上を見上げた。スキルを使用したわけでもない。ただ単純な勘だった。長年この世界で生きてきたことにより得た感覚。何か黒い点が空から降ってくる。それはだんだんと大きくなり・・・。
「回避しろぉぉぉ!!」
シグは大声を出して近くにいたニカとムニの手を掴んで、来た道へ続くトンネルに2人を追いやった。残りのメンバーも異変に気付き走り出す。シグは最後まで残り全員が洞窟内に逃げ込んだのを見て自分も走り出すが、遅かった。
空から舞い降りた巨大なドラゴンが洞窟の入り口の前に立ちはだかり逃げ遅れたシグを見下ろし睨み付ける。ドラゴンにとっては狭い広場内で翼を器用に畳み咆哮し威嚇する。対するシグは武器さえ構えていない。それでも頭の中は冷静だった。どうやって逃げるかを算段し、その目的を果たせる手段も彼は手に入れている。
「クソッ」
1人だけ分断された状況にタクが洞窟内で舌打ちをした。
「大丈夫だ!」
ドラゴンを挟んでシグの声だけが聞こえる。
「何が大丈夫だ、あの馬鹿!」
タクが強引に飛び出そうとすると、急に爆竹のような破裂音が響き煙が立ち込めた。ドラゴンが絶叫し地面をのた打ち回る。そのスキを縫うように走ってきたシグがトンネル内に滑り込んだ。
「シグ!大丈夫か?」
ムニが助け起こす。
「あぁ。逃げよう。長くは持たないだろうし」
シグが立ち上がり言った。
一斉に来た道を引き返し洞窟を走り抜ける。ドラゴンの咆哮がこだまし洞窟内に反響した。洞窟を出ても走り続け山から離れたところで足を止めた。全員が呼吸を整え峰の方を振り返るがドラゴンが追ってくる気配は感じられない。
「はぁ・・・はぁ・・・。あれが白竜って奴か」
ムニが肩で息をしながら言った。
「情報なしで挑むのは無謀すぎるね」
ハルが言う。
「アイちゃんがあそこで玉子焼き食べるって駄々こねてたら死んでたなぁ」
ヒートがニヤニヤ笑いながら言った。
「その時は斬るまでです」
アイスは呼吸1つ乱れていない。
「それよりもシグは何したんだ?よくあの状況で逃げられたな」
タクが感心してシグに尋ねた。
「あぁ。あれはSGだよ」
「SG?」
「スモークグレネード。煙幕手榴弾試作品1号なんだけどね」
「試作品?お前が作ったのか?」
周りのメンバーが驚く。
「そう。手榴弾は投擲武器としてショップに売られているけど改良してみた」
「お前、器用だな」
タクは更に感心してシグの肩を叩いた。
「もっと作り込んでから実戦で使ってみて、需要がありそうだったら僕の店で売ろうと思っていたんだけど上手くいってよかったよ」
「へぇ。やるじゃん」
ノースもシグの背中を叩く。
「い、痛いよ。それよりも、これで依頼クリアじゃない?」
背中の痛みに顔をしかめながらシグがハルに聞いた。
「そうだね。帰る前に今日得た情報を情報屋に伝えて任務終了かな。すぐにクレイさんにメッセージ飛ばしてホームに来てもらおうか」
ハルが嬉しそうに言った。
「しっかし、これからの迷宮区のボス戦では、あのドラゴン並みの強さを持った奴がうじゃうじゃ出てくるんだろな。うーん、楽しみ!」
ムニが飛び跳ねた。
「あの洞窟も何らかのクエストありそうだよね」
ノースがアイスに話しかける。
「『ドラゴンの卵で玉子焼きを作れ』ってクエストなら私参加します」
やはり、どこか感性のおかしい彼女があまりにも真面目に無表情で言うので、全員が耐え切れず吹き出し白い息に混じって楽しげな空気が、冷たく肌に突き刺さる冷気の中で温かく彼らを包んだ。