やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 いやぁ、案外裏のR-18系列を書くのって、たとえ下手だとしても楽しい。
 
では、どうぞ


運命さんよ、もう少し優しく相手してくれ……

 

「【ロキ・ファミリア】の朝食に、他ファミリアの人間が混ざって問題とか無いのですかね……」

 

「いいんじゃない? 案外違和感ないし」

 

「いや、あるから。凄い視線が痛いし、何より貴女たちの行動が問題なのですよ……」

 

 両手に花、今まさにその状況で嬉し恥ずかしなのだが、そのせいで冷ややかな視線と熱烈な嫉妬の殺意がイタイ。

 陽が昇って暫く経った朝食時、かなりの休息をとったお陰か、体は一人で普通に動ける程度にまで回復したし、胸中から(あふ)れんばかりの活力は日常生活に支障のない動きまで実現できている。

 

「おぉ、中々美味しそう。アキさんが作ったのでしょうかね」

 

「うん、そうだと思う」

 

 魚のフライに粘り気の強い白米、微量な匂いからして昆布だしであろう味噌汁。飲み物で渡された緑茶。タケミカヅチ様たちが見たら感嘆の声を()らしそうだ。極東系列の料理は基本朝時に合っていて、非常に食べやすいからよい選択だ。

 埋まりつつある席で、三人が並んで座れるところへ連れられる。決まった号令は無いらしく、兎に角一緒の場所で揃った時間に食べている、ということに意義があるそうだ。

 

「向かい座るね」

 

「ご自由に」

 

 私たちだけ無言の朝食で、せっせと出されたものを食べていると、私が半分に達したところで声が掛けられる。見るまでもなく誰かわかり、そっけなく端的に答えた。第一に確定形だし。

 四角形のお盆が音を鳴らすと、次いで椅子を引く音。

 

「昨日はお楽しみでしたね」

 

「「「ごはっ」」」

 

 突然の爆弾投下に、その意味に心当たりがあった私たちは口に含んでいた物を危うく吐き出しかけた。わざとらしい敬語にも更にその懸念を深める。

 

「うん、あれだけ鳴いて気付かない訳ないよね」

 

「チッ、しくじったか」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)と黒い笑みを浮かべる緋髪の女性。既に顔を赤くしテーブルに突っ伏している両隣の二人は半ば戦力外だ。何とか誤魔化すか、口封じするしかない。

 

「アストラル、他に気づいている人は」

 

「……知りたい?」

 

「――念のため」

 

 何やら苦笑いを浮かべている。途轍もない嫌な予感がした。

 まさか全員が知っていたり……いや、そうならばもう既に私は死んでいる筈だ。

 覚悟を決めて、若干前のめりになりながら目を(つむ)る。生温かい吐息が耳朶(じだ)をくすぐり、その後小さく声は運ばれた。

 

「二人―――エルフと黒の猫人(キャット・ピープル)

 

「終わった……」

 

 音を立てて、私もテーブルに突っ伏した。頭を抱えて小さく悶える。置いていた食事はご丁寧にアストラルがさっと引いてくれた。

 名前を言われなくともわかる。エルフはともかくとして、猫人(キャット・ピープル)、しかも黒と言ったら【ロキ・ファミリア】では現在彼女しかいない。

 

「あ、丁度来た」

 

「ふざけろクソ運命……」

 

 嘆きと共に両肩に圧力が、そしてすぐにボキバキメキという鳴ってはならない音が聞こえた。絶対砕けた、もう肩動かん。

 ただならぬ気配と、生温かく()いよってくる末恐ろしい殺意。

 

「シオン、私は確か、不純なことは禁ずるように言ったはずだが?」

 

「エルフって貴女ですか……というか、私は不純なことなどしてません。純粋な想いの下、純粋に愛を確かめ合っただけです。それのどこが可笑しいと?」

 

「うぅぅ……」

 

 悶えが悪化したアイズを横目で見守り微笑ましく思いながら、何とか顔を上げる。やはりか、そこには鬼の形相で周りすらも怯えさせるファミリアのママことリヴェリアさんと、にこっと笑っているかをが全く揺るがないのが逆に怖い調理場にいた筈の準幹部のお姉さんことアキさん。その二人がいた。

 

『シオン、どうする? 逃げるのは愚策だけど』

 

『ティアですか? なるほど念話。よかった、お願いがあるのですが……』

  

『なに?』

 

『肩、治してもらえません? 砕けたので』

 

『え、あ、うん』

 

 不思議なことにこんなことまでできたティアが策を問うてきたが、特に何かある訳では無い。だが、一つだけお願いした。放っておいて変形されても困るから。

 伏せたままで、手が放された肩を癒やしていく。温かく落ち着く、そんな優しい何かが私の砕けた肩を二人に気づかれる事無く、じんわり元へ戻した。

 

「シオン、後で話がある。私の部屋に来い」

 

「セア、私も話したいことがあるの。私の部屋にも後で来て」

 

「無理です」

 

 即断できる。行ったら結果など目に見えているし、何より私は彼女たちの部屋を知らない。来いと言われても無理がある。

 

「それに……私、もぅ帰りますし」

 

「ぇ……シオン、もう、帰っちゃうの?」

 

「ちょっと、主神に説教されに、ね」

 

 ヘスティア様の事だ。誰であろうと眷属が一人でも死んだことが判明したらさぞかし悲しむことだろう。

 まぁ生きているのだが、【ステイタス】は消えた。それだけで彼女は私が死んだと判断してしまうだろう。

 

「もう帰ってるでしょうし、会えるはずですから」

 

 驚かせることになって、だけど彼女は喜びながら大激怒して、大変なことになりそうだ。

 

「二人も……訂正、全員さっさと朝食を摂れ。朝食を摂るためにここにいるのでしょう」

 

 大食堂で固まっている人たちにも向けて、声を張ってそうそう指摘した。

 緊張から弛緩したかのように空気が(やわら)ぎ、続々と食べ物を口へ運ぶ者が増えていく。

 その中に私も混ざり、一時の安定を得られたかと思ったのも束の間、耳朶を甘い怒りの声と冷たい殺意の吐息が届いた。

 

「じゃあ、明日ね」

 

 左耳からそう伝わり

 

「絶対に、明日だ」

 

 右耳からは言外にたくさんの脅迫が伝わった。

 その感覚に、少し身震いをしてしまう。なかなかに良い感触だったから。

 

「シオン、いま興奮したでしょ」

 

「してません」

 

 きっぱりそう告げ、緑茶を飲み干したところで私はお盆ごと回収場へ持っていった。

 

 

  * * *

 

 

「ただ今戻りました」

 

 気配のある地下部屋へと、声を掛けながら入る。後ろからはティアも付いてきて軽く一例をすると、だが無言でまた私の後ろへと控えた。

 

「ベルは居ないのですね。ダンジョンにでも潜っているのでしょうか」

 

「……シオン君? ははっ、ボクはついに、幻覚を感じるまでに酷くなってしまったみたいだよ……ははっ、はハハッ」

 

 活力もないような目をして、力なく引きつった笑みを浮かべるロリ巨乳ことヘスティア様。目元の(くま)は彼女の疲れを著しく現しており、灯りもついてない暗い部屋はまさに彼女の心境を体現しているように思えた。

 予想以上に酷い有様だ。やさぐれている事からして、さながら廃人のように見える。

 

「人のことを幻覚呼ばわりするのは勝手ですけど、現実は見てくださいね。私は生きてますよ。いっそ貴女が死んでしまいそうに見えますけどぉ?」

 

「シオン、ちょっと言い方が(かん)に障るよ? どれだけの人をどれだけ悲しませたか、自覚したほうがいいと思うな」

 

 うざったらしく挑発的な物言いをあえてしたのだが、ティアには不愉快だったようで外套(がいとう)の腰周辺部を(つま)みながら、ジト目で若干険のこもった声音で静かな怒りを見せた。

 

「ティア君……? どうして……」

 

腑抜(ふぬけ)けた顔してどうしてなんて言われても、帰ってきた、としか言いようがないんだけどなぁ……」

 

 後ろ髪をぼそぼそなで上げながら、ティアがそうぼやく。はぁと二人揃ってため息をつき、事の重大さを再確認した。

 

「どうします? 自己至上主義者並に話が通用しませんよ?」

 

方向(ベクトル)が全然違うでしょ……」

 

 ふざけてみるも特に反応が見受けられない。こういったものは駄目か。

 ……ものは試し。とりあえず? 思いつく限りの事をして何とか正気を取り戻させよう。

 

「刺激を与えるのが一般的に考えて合理的……」

 

「ちょっと待った」

 

 実行に移そうとしたにも拘わらず、ティアから突然の待ったがかけられる。

 (いぶか)しく、問い詰めるような視線を向けると、すぐに応えられた。

 

「今、どこ触ろうとしてた?」

 

「どうもこうも、ヘスティア様の胸ですけど?」

 

「言い切られたよ堂々と! 清々しくそんなこと言わないでよ! なに、変態になっちゃった!? 一線超えたら理性も一線を越えておかしくなっちゃったの!?」

 

 酷い言われようだ。ただ単に、性感帯が最も刺激を与えられると思っただけなのだが。

 試さないわけにはいかないだろう。今は何よりも彼女の正気を取り戻すことが最優先。

 

「ほぃっ」

 

「にゅあぁ!?」

 

 ぎゅっと諸に、力なく座る彼女の胸を気にせず掴んだ。見た目以上の感触――っとそんなことは関係ない。

 一発目にして、確かな反応があった。驚きからか垂直に飛び上がると、胸を押さえながら着地し即座に後退る。上げられた顔には、動揺する瞳があった

 

「大成功」

 

「な……なっ、なあァァァァ!?」

 

 驚愕(きょうがく)に口を閉ざそうとせず、大声を上げたまま、ほくそ笑んでいる私に指をさして硬直した。

 クズを見るような目線をしみじみと感じるのは、心当たりがない私には意味不明の出来事である。

 

「ど、ど、ど、どうしてボクの胸を鷲掴みにしたんだ君は! 僕のこの体はベル君にしかっ……って、シオン君?」

 

「漸く気づきましたか。あたふたと忙しない人です。そうですよ、恩恵の切れたシオン・クラネルですよ」

 

 堂々と胸を張り、現実への理解が追い付いていないヘスティア様はしどろもどろになりながらも、やっとしっかりと意味を持つ言葉を放った。

 

「―――シオン君、なんだよね。生きてるんだよね? 今ここにいるんだよね?」

 

「はいはいしつこいですよ、仕方ないと思いますけど。実体もありますからいい加減信じてください」

 

 先程握った手で開閉を繰り返している様を見させると、顔を二重の意味で真っ赤にさせ、奇声を上げながら飛びかかって来る。避けることなど容易だったが、何となく、受け止めてあげた。

 ティアには「ごめん」という意を込めて、『ウィンク』を飛ばしておいた。少しいじけたような顔をしたが、すぐに溜め息で仕方なさそうに片付けてくれる。

 

「シオン君だぁ……ぐずっ、生きでる……いぎでるよぉぉぉぉ!」

 

「鼻水を(なす)り付けるのだけはやめてくださいよ……駄目だこりゃ、聞こえてねぇ」

 

 注意をしたものの、実行に移される気配がまるでない。飛びこまれたままの状態で膝をつかれ、それに合わせたことが失敗だったか。胸部にずりずりと、鼻水や涙やらなんやらを垂れ流す顔を埋め込まれて、漆黒の服は上に貼り付いた透明の強い粘着性液体をを中心に精神的に酷い有様となっていた。

 はぁと思わずため息を吐き、これ以上どうしようもなくなる前に、何とか(なだ)めていると、手痛い罵倒と何故かあった褒めの末に漸く落ち着いた。これまで、本当に長かった……

 

「バカ……シオン君のおたんこなす……」

 

「ん~うん? 何故私はまだ罵倒されなくてはいけないのでしょうか?」

 

「というか、おたんこなすとかシオンに全然合ってない罵倒なんだけど。聞いてて笑い堪えるの必死だったよ?」

 

「最低だな。人のこと言えんけど」

 

 ヘスティア様の罵倒カテゴリは、非常にアビリティが低い様で、なんというか、そこらの子供でもいえそうなことをひたすら並べて罵られただけであった。

 そこにヘスティア様の優しさが見えて思わず笑みが零れそうになったが、場に合わないことをするわけにはいかず必死に耐えていたのだ。

 

「ご、ごめんよ……嬉しくて、さ。でもシオン君、今ちょっと冷静になってみたんだけど、何で僕が授けた恩恵(ステイタス)が消えたの?」

 

「ん? 可笑しなこと訊きますね。死んだからに決まってるではありませんか」

 

「へ?」

 

 (ほう)けた面を(さら)したヘスティア様に、ティアも交えて続々と今までの出来事を一部省略しながら説明した。全て説明するのは流石に、勇気と下準備(根回し)が足りない。

 

「何やってるんだ君はぁァァッ!!」

 

 説明途中、(うなづ)き催促することしかなかったヘスティア様が、終わった途端にこの様。

 ぽこぽこ拳で殴られるも、(かゆ)くすらない。 

 そこからは当たり前のように、説教が始まった。本気で怒っているヘスティア様の、神威付きのガミガミとした説教に。何故かティアまで加わっているが、気にしなくても後で泣きつかれる程度で済むだろう。

 ……早く、服洗いたいな。

 そんなことを思いながら右から左へ聞き流していると、耳障りにすらなっていた音が止んだ。ふぅという吐息で説教が終了したことを理解する。

 

「じゃあシオン君、とりあえず【ステイタス】刻もうよ。本当はもうダンジョンになんて行かせたくないんだけど、どうせ行きたいんだろう?」

 

「本当はダンジョンなんてどうでもいいのですが……まぁそうですねはい。【ステイタス】は必要ですし」

 

 泣きじゃくって私の左脚に抱き着くティアを横目に、突然の提案を受け入れる。

 だがその前にと前置きして、私は早々に服を洗って着替えたいという願いを受け入れてもらった。乾燥していたので気持ちの良くない感触はなかったが、気分は上がらない。

 服はそのまま干しておき、ぱぱっと着替えて上半身に着ているものを脱ぐと、ヘスティア様が待つソファへと戻った。投げ出すように(うつむ)けに寝転がり、彼女が上にのる感触に合わせて体を安定させる。足がソファの外へとはみ出しているため、少し調節しないと地味に痛い。

 

「じゃ、始めるよ。同じ人に同じ【ステイタス】を刻むのってボクが初めてなんじゃないかな?」

 

「ははっ、そうかもしれませんね。では、お願いします。どうせすぐに終わりますけど」

 

 軽い気持ちで言葉を投げかけあい、私はその時を待った。

 背に指が触れる感触。形があるようになぞられて、『熱』を帯びた気がした。

 ここで、異変に気付く。初めて刻まれた時に、こんな感覚がなかったことに。

 途轍もない、嫌な予感がした。

 

「ガハッ――――」

 

 何か込み上げて来たものを、堪えることを考えていなかった私はそのまま、外へと放った。この味、この匂い、見なくても判る、血だ。それも多量の。

 

「―――な、ぜ……ぁぐっ……ふざ、けろっ……」

 

 血が荒れ狂っている。逆流してないだけましだが、このままじゃ血圧に耐えかねて脳か心臓、毛細血管辺りがはち切れる。しかも症状はそれだけではない。中の、さらに中だ、これは。

 内側(こころ)から膨れ上がるような、今にも爆発してしまいそうな、そんな、不快感。

 動悸(どうき)を抑えようと胸を物理的に腕で締め付け、歯を軋んで血が滲むほど強く噛みしめる。そうでもしなければどうにかなってしまいそうなほど、今までに感じたものとは方向(ベクトル)の異なった苦しみだった。

 感覚が覚醒する。激しい頭痛が突然の限界に近い処理で伴われた。全てを無理やりに理解させられ、逃すことを許されていない。

 

「今すぐに止められないの!? ねぇ‼」

 

 甲高い、懇願にも似た悲鳴まがいの糾弾も逃さず。

 

「一度始めたら止められないんだ! でも一体どうな……これは、なんだ……」

 

 混乱から一転冷静になったような、彼女の言葉を違わず捉え。

 

「――――ッ」

 

 声にならない悲鳴を上げた私は、ぷつんと、明確に自覚して意識が途絶えた。

 

  

 

 




 彼の異変、そして【ステイタス】は如何に!

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