やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 前回手を抜いているところを見つけて昨日即座に修正致しました申し訳ございません。

では、どうぞ


彼は異常であり、異常を作り出す

 

 どぉーん! と音を立ててドアが開かれる。その先からは、突風が吹きつけた。驚きのあまり顔を上げるも、何が起きたかなど理解に及ばない。

 

「後ろの正面だぁーあれ」

 

「うわぁぁっ!?」

 

 壁しかないはずの自身の後ろから、巻き付いて離れないような、だがすぅっと通る声が僅かな息と共に耳朶(じだ)をくすぐる。鼓膜を震わせ、言語として理解して、漸く驚きで飛び退き構えていたのを解く。

 だが不思議と、右拳は握られていた。

 

「おりゃっ!」

 

「お、反抗期? ちょっと見ないうちに野蛮に成っちゃった?」

 

 全力で放ったはずの拳は危なげなく、放った彼に痛みを与えることなく止められた。憂いを()めた顔で首を傾げるいるはずのない彼の兄に、左手に握るナイフで全力で斬り付けた。

 中・人差し指で難なく挟まれ、動きを封じられる。やはり余裕に笑みを浮かべる兄に向かい、低い声に押し殺して、そのまま彼は言葉で攻めた。

 

「僕の記憶が正しければ、死んだんじゃなかった……?」

 

 胡乱気(うろんげ)な視線を崩すことはない。信じようのない光景が今まさに目の前にあり、どうしようもなくあり得るからこその視線であった。

 

「えぇ、死にましたけど、生き返りましたよ? お兄ちゃん復活です」

 

「然も当たり前のように言う事じゃないよね!?」

 

「そんなの解ってますよ。頭大丈夫ですか?」

 

「どっちがぁ!? あぁうんそうかもね! 僕の頭はオカシクなったのかもね!」

 

「ミアハ様に診てもらったらどうです? 幸いそこにいますし」

 

 顎をしゃくった方向、それは開かれたままの戸であった。部屋には入らずこちらを見ているのは、お世話になっている二人。ミアハとナァーザ・エリスイスは心配半分疑念半分の姿勢を崩さぬまま、一歩引いた距離で警戒しているかのようでいた。

 

「……もう、元気なようですね。ならば問題なしっ! 私は去るまでです」

 

「何しに来たのさ本当に……」

 

「なぁに、落ち込んでいる弟を慰めに来たまでさっ。だが元気でお兄ちゃんちょっと驚き。ヘスティア様が心配してたからねぇ、酷い様だと思ったけど、それはただ無理してただけだったか……」 

 

「人の黒歴史となったことを分析しないで欲しいんだけどぉ……?」

 

 解放された拳を再度握り、わなわなと震わせる。意味もなく殴る気も初撃でなくなったようで、口よりも先に手が出ることはもう無かった。

 不思議なまでに音を立てることなく、兄――シオンは戸へと向かう。

 

「んじゃ、また今度。驚かせてごめんなさいね、ミアハ様」

 

「……いろいろと問いただしたいことはあるのだが、それはまたの機会となりそうだ。……ダンジョンへ向かうのか」

 

「えぇ。ちょっと遊びに。だぁいじょうぶですよぉ。深層までしか行きませんから」

 

「それが逆に問題じゃないの!?」

 

 会話を聞いていたベルは思わず突っ込んでしまう。そしてまた溜め息。自身の兄の異常性に、もう(あき)れることしかできないのだ。

 それはこの二人も同じ。群青色の髪を伸ばした男神は「やれやれ」と肩を竦め、亜麻色の短髪に耳を生やした少女は頭を抱えていた。     

 

「それでは、失礼します」

 

 その一言と共に、風が吹く。シオンの姿はそこになかった。

 一同揃って、目を合わせる。苦笑いが一様に浮かんだ。

 酷く空虚であったはずのベルにも、その表情はしっかり浮かび上がっていて、その『前』を知っている二人からしてみれば、安堵(あんど)を思わずにはいられない姿であった。

 

  

   * * *

 

 音なく一筋の光が、唐突に過ぎる。

 その後近づいて来る人影に、光の軌道に居たものたちが動いた。一様に襲い掛かる。

 血飛沫が地に血だまりを作っていく。それはあまりにも多く、とても人が持つ量とは思えない。実際その通り、飛ぶのは彼の人影の主のものでは無く、襲い掛かったモンスターのものであったから。 

 

「うーん、中層で下層のモンスターがぽんぽん出て来るって、やっぱり異常事態(イレギュラー)ですよね……ギルドに報告するべきでしょうか……」

 

 血溜まりに刀を浸しながらどうでもよさそうに(つぶや)く。その間にみるみると血溜まりは、吸い取られているかのように減っていった。 

 次々と、同じようにある血溜まりは減っていく。長い時間を掛けて漸く、彼はその場を去った。

 そこは、何事も無かったかのように、異常が見られない。

 

「難なくここまで来れているものの、三時間かかってないってどういう事だよ……しかも(ほとん)ど血の採取に時間がとられてるって……」

 

 二十四階層の正規ルートを辿りながら、つまらなそうに呟く。瞬く間に、彼は深層へと突入した。

 出会い頭に斬り付け、出血死で全て殺す。魔石を即座に破壊しては、血まで綺麗に消えてしまうことがあるから。目的は血を得る事であり、魔石等の金目のものではない。

 

「やはり三十七階層か? でもあそこ骸骨系多いし、血は流さないかな……なら四十三階層にでも行くべきか……あそこほどではないにしろ、かなり湧くところだし」

 

 三十七階層の次に上級冒険者に有名な四十三階層。危険域として定められており、立ち寄る人の非常に少ない場所がある。『迷宮三大難所(なんじょ)』と言われる、『最初の死線(ファースト・ライン)』『白宮殿(ホワイトパレス)

深淵(ラスト・トラップ)』。その内の一つ『深淵』が四十三階層の峡谷のことである。『白宮殿』に次ぐモンスターの湧き場。だが危険度は最大級である。

 

「なら、飛ばすか」

 

 四十三階層なら六時間程狩ってまた三時間程で帰れるだろう。約束通り半日での帰還は可能となる。

 まだ一度しか見てないが、あれはかなり危ない。何せ先は袋小路、そして一本道に入った先から塞がれる。単独(ソロ)で入るなんて無謀の死にたがりとしか思われないだろうが、何ら問題ない。

 どうせ、弱いから。

 

「その証拠がほら。もう着いた」

 

 通りすがりは斬っただけでもう無視。血を吸うことは後にして、辿り着くことを最優先にすれば突っ走るだけ。アビリティは表示されていなかったが、この調子だと残っているように思える。ただ思っているだけかもしれないが。

 

「うーん、とりあえず一時間アップして、その後五時間程色々試すとしましょうか」

 

 普通なら真っ暗とまで呼べそうな先まで見えない一本道。幅70Mほどの一見広いように思えるが、後々その考えが真っ向から覆される峡谷。そこはくっきりとした線引きがご丁寧にされていた。いわば死地への境界線、行きは簡単だが、帰りは恐ろしいまでに越えることが困難な境界線だ。

 

「ほぃっ」

 

 軽く跳び、気軽な気持ちで線を越える。瞬時、ダンジョンが牙を()いた。

 揺れる。揺れる。揺れる。一歩、また一歩と進む間もまだ揺れる。

 破壊音と落下音、そして衝撃波が届いた。土煙が舞う。それは背後で入り口が塞がれた証拠であった。どうやら今回は、モンスターではなく岩盤で塞ぐらしい。前回より面倒になったものだ。

 ぱぁと音なく暗闇が緩速で灯されていく。それは薄闇を破る程の光量となり、視界を十二分に良好にしてくれた。お陰でピキピキっと、壁が割れる光景が良く見える。

 

「これ、普通だったら恐怖だろうなぁ……」

 

 まず第一に出て来る、「普通の人はこんなことしない」と言うのは差し置こう。

 刀を抜き身で下ろし、時を待つ。何故なら初激は――――

 

「―――決まって足を狙いますからね」

 

 ()い伸びた、足を狙う触手を斬り付ける。四方八方押し寄せて来るそれは『ダンジョン・ワーム』の上位種が放つもの。壁や床の中から唐突に攻撃してくるため厄介なものだ。

 まぁ、狙って串刺しにすることくらい、容易い所業なのだが。

 

「―――前より増えたか? まぁ全部血は持ってるだろうし……ならどうでもいいか」

 

 ここでダンジョンが使う方法として、足を取られている間にモンスターを産み、その後一斉攻撃となるのだが、何分時間稼ぎが無能すぎてこうして圧巻の光景を平凡に見ていることが出来る。

 盛大に崩れる壁。それは下部上部関係なく起きた現象。天井までは破られず、30M程離れた上空では(いなな)きを上げる『竜種(りゅうしゅ)』や『蟲種(ちゅうしゅ)』。地に足を着く『人型』や『虫種(きしゅ)』や『動物種』、そして『鉱石種』。四十三・四十四階層で出現するモンスターは全てここでお目にかかることが出来る。そんなの御免と言いう人が多いだろうが。

 

「んじゃ、行きますか」

 

 三十七階層で竜は出現しないし、何より竜とは今まで二度しか戦ったことが無いからかなり楽しみだ。あっけなく散られるのだけは困る。

 あわよくば、超稀少素材(激レアドロップ)も入手できるといいが、第一目的がそれでない以上出てこないのならおしまいだ。執念は別にない。

 

「時間が過ぎるか先に枯らすか、勝負しようじゃないの、ダンジョンさんよっ」

 

 力強く言い捨て、見据えていた上空、垂直にそこへ跳んだのだった。

 

 

   * * *

 

「くっ、またつまらぬものを、()り尽くしてしまった……」

 

 汗を少しばかり滴らせ、刃を納める。無念そうに言っているが実際全く無念ではない。

 結果を言って、私の勝利。あと5分ほど耐え()げれば彼方(あちら)さんの勝ちであったが、三十七階層を枯らす私だ。ここも同じように枯らしてやった。

 また回復するまで大体三十分くらいだろうか。それに関する情報は全くないからどうにも確定できない。

 

「そぉーれにしても、まさかこれが手に入るとは……」

 

 レッグホルスターを開け、中から姿を現す試験管。そこにはやはり、人間のよりも(はる)かに濃く美味し――ごほん。滑らかで艶のある血液が溜まっていた。即座に飲み乾したい欲望を抑えて、本物であることを再度確認する。

 『白竜の血』、稀少(レア)中の稀少(レア)で、地上での相場が8000万を下ることのないものだ。アミッドさん曰く、『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)のシグルスと近しい能力を得られる』とのこと。

 因みにシグルスとは、最硬質金属(アダマンタイト)など可愛く見える肉体を持った、古代の英雄だ。『龍』の血を浴びてそうなったのだが、如何せん現代に龍と呼べる存在は『黒竜』しかいない。だから近しいものなのだ。そして死因は餓死だ。何ともまぁ生物の摂理は逆らえなかったらしい。

 『白竜の血』は昔入手したものが幾人もおり、その内の一つでシグルスと似た能を得る薬を製法できたのだとか。そして入手方法だが、面白いことに二通りある。

 一つは内臓の入手だ。ドロップアイテムとして内臓が残ったことがあり、それから『白竜の血』が採取できたそう。

 そしてもう一つ、こちらはあまりお勧めされない。何せ試験管に直接白竜の中で血を容れ、密閉しないといけないのだから。それに加えて白竜を倒し、血がドロップアイテムとして認識されなくてはならない。確率は非常に低いのだ。

 だが今回は案外簡単った。絶対数がそれほど少ないわけでは無い白竜が面白いことに何度も出て来て、採取できる機会がわんさか訪れたのだ。それでも八体ほどかかったのだが。

 

「これは後でアミッドさんにでも。さて、アップも終わったし、目的を果たさなくては」

 

 試験管をまたレッグホルスターへ戻し、何から始めようかと思案する。

 【無限の恋慕(アンリミテット・アウェイク)】【格我昇降(ボンデージ)】。この二つは新たな《スキル》だ。だがどうにも試しようがない。【無限の恋慕】は多人数前提だし、【格我昇降】は継続的と書いてあったし、常時発動型、という可能性が高い。《スキル》は追々となりそうだ。

 ならば《異能力》でも試すか? 『発展アビリティ』の【神化】も気になるが、字面だけでもう嫌な予感しかしないからやめておく。神なんて御免だ、私はしっかり人生を遂げたい。今はともかく、最後は死にたいのだ。不老不死、不老は望ましいが半ばなりかけている不死はそのうち消えてくれると助かる。

 

「んじゃやはり【発展模倣(トレース)】――――」

 

 考えながらそう呟くと、何かががちゃっと音を立てて外れた気がした。

 実際そんな音など聞こえないし、何かが外れた訳では無い。ただそう言う感覚が、内側で起きた気がしただけだ。

 

「……まぁいい。えっと確か、技の模倣だっけ? レフィーヤの【エルフ・リング】みたいな――――なっ」

 

 【エルフ・リング】と口にした瞬間、足元に魔法円(マジック・サークル)が顕現した。誰でもない、確かに私が召喚したものだ。魔力の流れでそれは理解できる。だがどういうことだ。

 

「――あぁ、なるほど。そういあぶなっ!?」

 

 腑に落ちたのも束の間、足元が爆発した。魔力爆発(イグニス・ファトゥス)であることは避けた後に理解する。反射神経が妙に向上していたのが幸いした。

 あれは一応魔法であったのだ。ならば制御を放っておけば魔力が爆発するのも道理。 

 模倣と言ったが、そのあたりの性質は受け継がれるらしい。

 先程私が無意識に行ったのは、【エルフ・リング】の模倣。偶々レフィーヤの魔法の性質・効果・能力は知っていた。以前の宴の際、訊いてみたらぽろぽろ話してくれた。どちらも酔っていたし、適当な流れでの話だったが。別段隠すようなことでもないらしいが、絶対的に違うと反論できる。

 

「うーん、じゃあアレからアレをつなげてみるか?」

 

 アレとしか言えないのは、下手に魔法名を出してまた発動されても困るから。

 これは始めに魔法名を口に出せばいいのだろうか? いや、確か説明文には想像(イメージ)依存とか書かれていた気がする。

 ならばより明確に、より鮮明な想像(イメージ)であればその分効果は向上するかもしれない。

 試してみる、か。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う 。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】」

 

 詠唱するレフィーヤの姿を思い浮かべる。共にそこから成る現象を想像した。

   

「【エルフリング】」

 

 つなげるのは、同じレフィーヤの魔法。単射の炎矢(ひや)。魔力は加減しないとヤバイ。私は魔力馬鹿(レフィーヤ)ではないのだから、以前はともかく今は同規模をあまり撃ちたくない。

 これは模倣だ。同じものを作る必要はない。魔法でオリジナルを超すのはどこぞの魔剣とかほざく魔道具(マジック・アイテム)だけで十分だ。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿(うが)て、必中の矢】」

 

 詠唱はすらすら浮かんだ。だがどうしようか、標的が――――見つけた。あの蝙蝠にしよう。

 杖がある訳では無いので、代わりとして右手の人差し指と親指を立て、狙いを定める。といっても追尾(ホーミング)性能があるからそんなこと必要ないのだが。

 

「【アルクス・レイ】」

 

 ひゅぅと、飛んでいく光。気づいて逃げる蝙蝠にも余裕で追いついた。

 断末魔は上げて灰となり散る。一応【アルクス・レイ】は放てたようだ。それにこのずしっと来る倦怠(けんたい)感、【エルフ・リング】からのつなぎも成功している。

 レフィーヤには悪いが、利用させてもらった。だがこれで魔法の模倣は可能だと証明できる。これ、魔力量が以前と変わりなかったら、レフィーヤ余裕で超せるぞ。

 ……そうなら、ティアの魔法も……いやあれは精霊の能力だ。いつも魔法魔法と言ってはいても厳密には魔法ではない。いわば精霊術。……今度ティアに教えてもらって試してみようか。

 一先ずそれは置いておき、別にものも模倣してみよう。

 

「……そういえば、模倣だけじゃなく発展もできるのか? 『発展』『模倣』の二単語の組み合わせでできてるし……でも説明文には……いや、それを確かめるために来たんじゃないか」

 

 ということがわかっても、発展が今一思い浮かばない。何をどうすればいいのやら。

 ――――アレは……いや止めておこう危険すぎる。こんなところで命賭ける意味はない。使える可能性があるからやりたくなってしまうが、一番使うなと念押しされているものだ。そこまでの無茶をする気は無い。

 

「あ、でもあれなら心でも使えたし、普通にできるのかな?」

 

 使いたい使いたいぃぃ……という気持ちを発散するために、やむを得なく選ぶのはもう二度は使った神技。あれなら被害は何とか抑えられるかもしれないし、私への被害も少なくて済む……かもしれない。

 

「模倣だからなぁ……いや発展にしてみるか? 万物を斬り、消し飛ばす剣技、みたいな。……発展ってこういうことだったらかなりヤバいことが出来るけど、試さずにはいられない」

 

 全てを消す技、を剣技に組み込み、万物を斬り、消し飛ばす剣技としたら、発動も楽になるかもしれない。第一に無の刃なんて正常な精神状態でできるものでは無い。乱発なんて以ての外。ならばそうできる可能性が高い技に発展と言う名の改良をしてやろうじゃないか。

 

「これじゃあ神技じゃなくなるなぁ……人技(ジンギ)、じゃあそこいらの技と変わらんし、絶技? なら普通に当てはまるか? いや、奥義とかにしたらレパートリーが増えるぞ。まだ自作は二種類しかないからなぁ、三と言う中々にいい数となるし、奥義でいっか」

 

 適当に決めて、構える。一刀両断が最も近い感覚だろうから、連続で斬る気などない。たった一刀されど一刀必殺の一刀必滅の一刀。長々と言う気は無い、ただの抜刀術だ。私は一の太刀で仕留めることしか、お祖父さんに教えられていない。二の太刀なんて正直いらん、受け流しながら斬れば変わらんし、失敗したら殺されるだけだ。本来抜刀術は二の太刀で殺すが、一で殺せれば関係ないだろう。

 呼吸音すら響くであろう程静かになった空間。だがごとごとと、燐光(りんこう)ですら照らされていない奥深い暗闇から音が聞こえて来る。

 それが此方(こちら)に向かってくることなど見なくともわかる。だからこそ道の真ん中で堂々と構えているのだ。

 着々と、着々と、巨大な音は近づいて来る。恐れることなく、目を(つむ)った。

 空間の流れを、読む。

 

「奥儀―――【一終】」

 

 それは、衝突寸前の声だった。

 その後に続いたのは、断末魔でも、足音でも、破壊音でもなく、ただの言葉。

 

「200Mくらいか。一刀で()()()()進めないとは、随分(おとろ)えたなぁ……」

 

 振り向きながら、そう言う。目先には迫っていたモンスターなど存在せず、ただ空虚な道が続くのみだった。本当に、何もない。

 昔、といっても四年前ほどの話だが、抜刀術で何とかお祖父さんを斬ってやろうとしていたのだが、その方法が探知外からの斬撃という馬鹿げたもの。実際、200M先からでもできたし最高は233M。それでもお祖父さんに対応されてしまったのだから、本当にどうすれば斬れるのやら。

 

「うん、まぁそれはそれとして……しっかり使えたなぁ、斬撃の残光も見えなかったし、この通り消し飛ばしてもいる。想像(イメージ)だけで特別な意識はいらない。メッチャ実用性あるじゃん」

 

 証拠も残らず、簡単に消せる、これならばたとえまたあの怪物が出現したとしても相手にとれるだろう。

 

「というか、今の階層主クラスだったような……まぁ、消したから関係ないか」

 

 今日はなにやら異常事態(イレギュラー)が多く見られるが、構って損あって得なしで終わりそうだ。

 ふぅと一息ついて、入り口方向へ戻る。方向感覚を失えば一気に帰れなくなるが、失わなければただの一本道を戻るだけである。

 

 そして、二時間が経過した。

 入り口まで戻り、魔法を主に試していたのだが、ただ一向にモンスターが現れる気配がない。三十七階層でも二時間経てばひょこっと出てき始めたものなのだが、それより下の階層であるここが産出速度が遅いなどあっていいのか。

 

「……帰るかぁ、どうせもう来なさそうだし」

 

 入り口を塞いでいた岩盤を破壊し、『深淵』を後にする。

 気づくことはなかった。遥か後方で破壊したのと時同じくして、壁に亀裂が生まれたことに。

 

   

     

 

 


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