やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 無駄に時間が空いたのは単に極度の体調不良である。

では、どうぞ


与えられるモノ

 

 じっくりと硬くならないように焼いている牛肉。それを見守りながら、ぼんやり考える。

 少しばかりは帰宅は遅くなったものの、無事? リヴェリアさんを送り届け、直後私も無事には帰ることが出来た。ただ途中で呟かれたことを、ずっと不審に思いながら。

 

『この風……そうか、懐かしいな……』

 

 寂しそうな顔で、自然と漏れたかのような声だった。それは地上に出てから、締めに爽快な気分を感じさせてあげようと思ったことからの行為中にぽつんと、耳を震わした。風切り紛れながらも、はっきりと私はその声を捉えていた。

  

 あれは本当にどういう意味なのだろう。いや、薄々気づいていはいる。リヴェリアさんはアリアと知り合いなのだ。そしてその能力を知り、感じたことがある。そうとしか考えられない。

 だがそこには疑問が浮かんだ。

 アイズはこの能を……アリアの力を私以上に色濃く使えるはずだ。オリジナルにより近い、ティアで言う優先度(プライオリティ)の高い力が。ならば懐かしいなどと言うはずがない。だって身近で感じ取れている筈なのだから―――――

 

――――いや、違うのか? 

 

 待て、待て待て待て待てちょっと待て。その考えだと何もかもが可笑しい。

 なぜ今の今までその可能性に至れなかったのかが不思議だ。私とアイズには決定的な能力の差異があるではないか。そうだ、それこそが本当のアリアの力だ。

 魔法ではない、精霊術。詠唱などしない、ただ自然と私は風を操れるではないか。だからこそリヴェリアさんはアイズの風では感じなかったアリアの名残を、私がアリアの力で操った風で感じた。

 だが再度言う、オカシイ。何故血縁であるアイズが私より能力が劣っているのだ。もしかすると、私が彼女の血を『力』と共に奪ってしまったのか? 

 

「……このあたりは、考えるだけ無駄か」

 

 アリア……ご本人に聞いても多分答えてくれない。同じように、またこういわれるのだ。

 

『ごめん、なさい……』

 

 『目』を逸らされて、悲しい『顔』をして、己を守るように『抱いて』。謝られるのだ。

 口を引き結び、それからは話題を変えるまで何一つ話してくれない。何故かは未だに解らない、だか彼女にだって黙秘権くらいは当たり前のようにある。強要する必要がない今、執拗(しつよう)に詮索する気は流石にない。必要ができれば、そうは言ってられないが。 

 

「ま、これくらいでいいかな」

 

 肉を平皿に装い、テーブルへ並べる。のしっとヘスティア様が定位置に着いた。

 すっかり用意を終えているようで、ティアがにこやかに態々私の隣へと近づく。要するにあれだ『頑張ったから褒めて!』というアピールだろう。だが甘い。

 

「自分のことが疎かになっていますよ。メイド服にまだ慣れないのは解るが、せめても着崩すな」

 

「うぅぅ、だってこれ、結構動き難いんだよ? 着てみればわかるって」

 

「断固として拒否する。てかそれデザイン優先のものだから仕方ないでしょう。そもそも戦闘用じゃないのですから、少しの行動制限は致し方ないものです」

 

 長々として肌を隠す、潔癖間の垣間見える烏色の服。確かに邪魔そうであるが、銀髪がより目立って、どこぞの美の女神なんか比較対象とならないのだろうか。……流石に口に出しては言えんが。

 【フレイヤ・ファミリア】伝説その三。神フレイアへの冒涜(ぼくとく)は、たとえ陰口であっても逃さない。

 襲ってきたら上等なのだが、流石に【猛者(おうじゃ)】と戦う訳にはいかん。次はどちらかが、絶対に死ぬ。それが私なら蘇るからまだいいのだが、流石にオラリオ最大戦力と言われる彼を殺すことになれば危険人物一覧(ブラックリスト)に載りかねない。消すのが非常に面倒だから、なるべく避けたいものだ。

 

「まぁそれはさておき、食べましょうか」

 

 なんやかんやとぼやかしたつもりだったのだが、まだ、私の頭にあの考えは浮かび続け、だがしかし進展なく停滞していた。引っかかりを覚える、ナニカと共に。

 

 

   * * *

 

「まず大前提なんだけど、精霊術って何か解ってる?」

 

「大気中の魔力――『マナ』なんて呼び方をしましたっけ。それと自分の魔力を合わせて行使する、一見魔法のような超常現象。いち人間が使う魔法とは違い、性能は桁違い。そんなところでしょうかね」

 

「うん、まぁそれくらい解ってるなら大丈夫かな。じゃ、説明しながらやろっか」

 

 凛々(りんりん)と煩い太陽の下、強固な壁に囲われた屋根のない場所で二人対面する。

 天を仰ぐとそこに、被膜のようなものがあった。それは『アイギス』全体を包み込むわけでは無く、その戦闘域のみを納めている。

 内側からの衝撃(アタック)にめっぽう強い結界だ。万が一私が制御を見誤った場合の措置である。

 

「あ、私雷系統の精霊術を始めに覚えたいのですが、カッコいいですし、ティアの専門でもあるでしょう?」

 

「まぁね♪ じゃ、教えていきたいと思います。まずシオン、電気って操れる?」

 

「少しくらいならできますよ?」

 

「逆にどうやっているのか知りたい……あのね、シオン。電気を操ることが出来るのは精霊だけなの。つまり適合した精霊因子を持つもののみ。だからシオンは率直に言って、電気は操れないはずなの」

 

 いや、モンスターにも電気を操れるのはいるけどね? という突っ込みは止しておこう。

 だがどうしたものか。私のできる電気の操作と言うのは、確か生体電流とかいった体内を流れる電流の操作である。多少の放出と、体内での自由操作が可能だ。といっても少しだけしかできない。放電も威力は気絶させられる程度のものだからあまり実用性がない。

 

「だけどそれはね、本当のところ、今まさにそこら中にある電流のことを指してるの。だから裏口があって、一から発生させちゃえばシオンならできるんじゃないかな? って思ってるの」

 

「その言い方だと普通はできないのか……やはり《異能力》のお陰か。ありがたいものです。発現した理由は皆目見当もつかないのだがなっ」

 

「そんな決め顔で言われても……」

 

 一から発生させる、つまりはこの場合魔力を指しているのだろう。今回はそもそもその方法を教わりに来たのだし、結局振り出し(スタート)に戻る訳だ。

 

「でね、電気を操る方法として、詠唱が不可欠なのは何となくわかる?」 

 

「判りはしますけど解りません」

 

「ニュアンスで判断すればいいのかな? あ、この際話しておいたほうがいいかな。ねぇシオン、わたしたち精霊がなんで長ったらしい詠唱をするのかはわかる?」   

 

 大方、威力・効果を上げるためだろう。詠唱についてはそう考えるのが妥当だ。だが本当はちょっと違うと私論を持っていたりする。詠唱とは魔力の集合時間であり、イメージだ。自分が望む効果をもたらす魔法への。だから詠唱にはよく自身が現れると言われているのだ。

 つまりは精霊が詠唱する理由は、魔力ではなく『マナ』を集めるため、そして効果をより現実に落とし込むためだろう。

 だがこの持論だと精霊術の行使に詠唱を必要とされる意味が解らない。言ってしまって、人間も熟練者ならば魔法に詠唱を威力が少し弱まるにしろ必要としないのだ。達人(リヴェリアさん)ならば魔法名を発しなくとも行使できるとは今朝この眼で見ている。魔法と精霊術は似て非なるものだが、同じようなことしているのだ。精霊でも詠唱の省略はできそうなものだが……そういえば、ティアですら無駄に長い詠唱をしている場面が多々あったな……あそこには確たる理由があったのだろうか。

 

「精霊術はね、神様への祈りみたいなものなの。人間たちの嘆きである魔法とは全然違ってね。だから省略することは許されない。だけどね、自分たちに与えられた力は自分が司ったようなものだから、器にあった範疇(はんちゅう)での行使なら詠唱なんていらない。最悪術式を唱えるくらいだね」

 

 それは可笑しい。言葉を借りて、ティアは己が司る雷属性の魔法を詠唱していた。態々、だ。今の説明だとその手間に理由が見つけられない。

 

「急かさない急かさない。ちゃんと説明するから。範疇内での話はしたけど、範疇外の話はしてないでしょ? 範疇外になるときこそ、詠唱が必要になるの。神様に願って、『あぁどうか、お力を貸し与えてください』っていうアピールをして、ようやく器を超えた精霊術を行使できるわけ。だからシオンは元々雷精霊としての器が無いから、祈るしかないの。詠唱しないとダメってことね」

 

 祈ると言われると正直忌避感を覚える。祈るなんて他人任せなことは私はあまり好きではない。そりゃあ祈祷(きとう)を悪いことだとは言わん。だが物事を誰かに頼ってばかりだとダメになってしまうから。私は少しばかり抵抗を覚える。

 まぁティアが言うのだからそうなのだろう。仕方ない、従うか。

 

「んで、私にどうしろと?」

 

「まずはわたしが、お手本に撃つから、それを真似してみて」

 

「了解です」

 

 とりあえず見て、そこから考えろと言う事か。投げやりだがわかりやすい、得意分野だ。

 見当違いの方向を向いて、同方向に手を(かざ)す。結界に向けて放つようだ。

 魔力が動く。いや、あれが『マナ』か。普段は感知など相当集中していないとできないレベルの魔力操作技術なのだが、あえて(さら)しているのだろう。私がより理解を深められるように。

 

「【駆け抜けろ、焼き焦がせ、突き抜けろ。以て雷光と成せ】――【鳴雷(ナルイカヅチ)】」

 

 実に解りやすい詠唱。効果もそのままなのだろう。

 視認可能な速度の光るモノ―――エネルギーが放出された。ドガンッ! と大轟音が空気を掻き分けられたことにより響き亘る。よほどの高電圧、流石と言えよう。私には流石にあれほどは初っ端で難しいか。

 指定通り雷属性。速さは『駆けろ』と言った通り電光の速度。『突き抜けろ』と言った通り限りなく直線に近い軌道で進んだ。効果は結界の所為で今一分からないが、ほんわか漂う焦げ臭さは効果があった証拠なのだろう。鳴雷は極東発祥の技だが、よく知っていたものだ。

 

「じゃあシオン、失敗前提でやってみて」

 

「やっぱりそうなる……ま、いつものことだけど」

 

 見て、特に説明もされること無く、やれ。お祖父さんによくやられたものだ。始めは苦労したのだが、今ではこちらの方が逆にやりやすい。

 

 要点として抑えるのは、射出準備、詠唱、発動、影響。

 射出準備。右手を突き出し構える。魔力の通りを、射出瞬間を、その後の軌道を、現れる影響を、鮮明に想像(イメージ)しろ。無駄なことはするな、余計なことは考えるな。

 

「【駆け抜けろ、焼き焦がせ、突き抜けろ。以て雷光と成せ】――【鳴雷(ナルイカヅチ)】」

 

 構えから少しばかりティアより時間が掛かってしまったが、詠唱は声以外、抑揚から一文字一文字の間まで模倣して唱える。発動瞬間までも完璧に統一し、それによって現れる影響は――――

 

「―――危ねぇ……」

 

 呆れるような大轟音と、ティアすらも上回った(おぞ)ましい威力だった。

 ビリッっと、残留している電力が弾ける。薄く甲高い音はその後も幾度となく弾け、宙を鮮やかに眩いた。

 我武者羅に威力を上げた訳でも、驚かせようと無理をしたわけでは無い。ただちょっとだけ、制御を見誤っただけであった。

 

「う、うん。流石にびっくりしたかな? 魔力(マナ)操作はまだちょっと難しい?」

 

魔力(マナ)の操作はできたのですが……最後の最後で、そっぽを向かれてしまって……想定していたのと違えた状態に驚いた魔力が必要以上に溢れ出してしまって……この有様ですよ」

 

 最後に肩を竦める。それにティアはあははっ、と苦笑いを浮かべながら、目線を魔法が命中し、()()()()()()()から、私へと目を――――瞬間、彼女は硬直した。

 なにせ、右腕が丸々、吹き飛んでいるのだから。

 周辺には血飛沫と、炭化した臭いを放つ肉片が点々とし、足元にはぽつんぽつんと肩口から吹き出す血が滴った。その血だまりには一つ、塊と言える塊がある。それはまんま、手の形をしていた。

 

「あぁ、いテェ……というか手袋(グローブ)最強すぎるだろ。私の腕が粉砕される魔法を受けて原型留めるどころか内側まで守るって、ある意味残酷だな……」

 

「そんな暢気(のんき)なこと言ってないで! 止血しなきゃ!」

 

「その必要はない……ティア、ちょっとばかり、外してもらえませんか?」

 

 それに驚いて目を見張る。笑いかけると、二の句も無く彼女は引き下がった。その目に若干の、恐怖に似た感情を宿しながら。   

 仕方ないか、こんな状況で笑える奴など、狂人以外の何でもない。

 

『ここで突然の質問。一部分だけの吸血鬼化ってできます? あ、腕が元に戻ればいいので、それ以外の案があるのならどうぞ』

 

『突然何? 別に、私以外の精霊に師事を受けていたことを怒っている訳じゃないから、どうしようもないおバカさんがやらかした凡ミス以外のことなら、訊いてくれてもいいわよ』

 

 あぁこれ怒ってるわぁ……嫉妬(しっと)とか可愛らしい。それがまだそう言える限度にあるから、これくらいな、許してやってもいい。だって別に今は助けがなくとも今回ばかりは何とかなるから。

 

『よく言うなぁ……さっきまで散々ギャーギャー喚いてたのに』

 

 介入した声に、少しばかり驚きを覚えた。

 だってこの会話に彼女が介入できるはずなどないのだから。接続した記憶がない。なのに何故、今その声が聞こえたのだ。

 

『……アリア。では聞きますけど、なぜ彼女が私へ声を届けられるのですか?』

 

『何言ってるのよ、当たり前でしょ? 貴方の持っている能力全て、私たちは実質使うことが出来るわ』

 

『なんだそれ』

 

 そんな理論あってたまるか。まぁそれ以前に今も尚彼女が実体化しているのが不思議なのだか、なんやかんやでそちらの方がしっくりくるのだろう。

 

『……あのー。今視力が消えたので、そろそろ答えて頂けませんか?』

 

『え、うそ、そんなに深刻? でもごめんなさい。私、一部変化なんて知らないわ』

 

『うん、そもそも無理だしね、一部変化なんて。中途半端な変化ならできるけど、それじゃあ腕は治らない。でも腕だけ治したいなら、普通に復元は可能だよ、(あるじ)

 

『できればそれ、早急にお願いします』

 

 そろそろヤバイ、マジでヤバイ。死んだことあるからこそ確実に解る、ヤバイ。

 熱が遠のく、脈の、空気の、処理に白熱する脳の。

 感じるものが限られる。自分すらも朧気(おぼろげ)になって、繋がると言う確かな感覚すらも薄くなっていって……。

 辛うじて膝をつき、柄に手を添えた。流石にと抜きそうになり、だが静止が掛けられる。

 落ち着いた声はいっそ、他人事のようだと言っているようにすら思えた。

 

『普通に念じて、主。いつものように、応えるからさ』

 

『なるほどね……』

 

 いつもの自己修復は彼女の力だったか。感謝しなくてはならない。贈りものが丁度よいか。

 それはさておいて、死にかけの脳を無理やり再熱させ、ひたすらに念じた。イメージに近いかもしれない。

 ただそれだけ。右腕がすっかり、治る事だけ。

 

「――――ッ」

 

 肩口から肉が膨張し、目を逸らしたくなるほど(うごめ)いて、形を成していく。

 大まかに全体像が成り、骨が通り、肉が血を流すことなく整形される。管が正常に通り、神経が接続され、皮で被われ、そこには何事もない、狂いなく腕が存在した。出血が、止まる。

 不思議だ、ここからまた、血は無限に湧いて来る。一定量に達すまで。

 やはり慣れん。この『痛み』。喪失感が一瞬で埋まるのにも拘らず、ぞっとする失われていた感覚。充たされ舞い戻った腕を動かしても、違和感を拭うことは容易ではない。

 開閉を幾度も繰り返し、手刀を軽く数度振るう。それくらいで、まだ違和感はマシになった。

 

『大丈夫? 結構苦しそうだけど』

 

『……えぇ、大丈夫です、ありがとうございます。そして、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いしますね――――アマリリス』

 

『ぁ……うん、よろしくね♪』

 

 感謝を伝える、切実な言葉。今までのお礼を詰め込んだ、贈り物(名前)。それに返されたのは、温かい感情を籠められた、実に快い声であった。

 

「ティアー! もう大丈夫です! 戻ってきていいですよ!」

 

 出入り口から繋がる廊下に、こちらが見えない位置で待っているティアに聞こえる声で呼びかける。すぐさま、とことことやって来て、どうしてか(あき)れを見せた。

  

「うん、わかってた……」

 

「何がだよ」

 

 意味あり気なその呟きを最後に、一時の休憩は終わる。

 憂いがあるようにその先は慎重なものとなってしまったが、いくつか自爆無しで使えるレベルに達せたものがあった。それが(ほとん)付与魔法(エンチャント)系列というのが、実に私らしい。

 途中から邪魔者がやって来てしまったが、契約だ。致し方なく了承したが、何故彼方(あちら)が偉そうなのだか。所有権証明書を突きつけてやったら、もう何も言わなくなったのだが。

 

 滞りは……あったな、うん。だがしかししっかりと精霊術は使えるようになった。

 アレからついぞ、内なる風精霊が煩かったのは、彼女の名誉のためにも、ここだけの話にしようか。

 

 

 

 

 

  


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