やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 分けるしかなかったんだよぉ長すぎて……

では、どうぞ


夜はまだ長い

 

 おいおい何だよこの静寂は。胸が高鳴るじゃないか。

 賑やかと言うよりいっそ煩いくらいだった会場は、何故か私が玄関へと近づくにつれ唖然(あぜん)と黙り込む人や神が増え、終いには会場内に姿を現した瞬間静寂が場を包み込んだのだ。

 いや、何故とは可笑しなことか。明らかに私に原因があるだろう。それがこのような場に武器を持ち込んでいることか……もしや、将又絶世の美貌を見たからか! この姿のすんっばらしさは謙遜する気など更々ない。アイズの次に凄いことなど先刻承知だ。

 

「腰抜かしてないで、ほら、早く立つ。へたり込むなんてだらしない」

 

「は、はいっ!」

 

 無駄に力の入った起立。仄かに赤らむ頬。緊張か、それとも兄と判っていながら容姿に騙されているのか。少しくらいは慣れて欲しいものだ。免疫をつけろ免疫を。

 

「あの、さ、その……凄い、ね、シ―――」

 

 さらっと口走られる前に、息すら触れ合う距離でその口を塞ぐ指一本。危ういものだ、(いまし)めでも掛けておかないと本当に社会的に死ぬ。今は【ロキ・ファミリア】だけで収まっているとしても、流石にオラリオ全域は不味いのだ。

 

「――ベール。私のことは『セア』と呼んで頂いて構いませんよ」

 

「――それむしろ強制でしょ……」

 

 (あき)れたよう、だがいつもの調子を戻しているかのような溜め息を吐いた。

 次に見上げた時は、もう慌てふためくことも、奇異な行動を起こすこともない。

 

「こんばんは。初めまして、と言っても問題は無いでしょう。テランセア……ま、我ながら長いと思うのでセアで構いません。どうぞよろしく、皆さん」

 

「あ、あぁ、よろしく頼む」

 

「よ、よろしくお願いします、セア殿……」

 

 タケミカヅチ様、命さんはまだ平常な方か。少しくらい戸惑うことは先刻承知の上で手を差し伸べたが、それを取るのは流石に躊躇(ちゅうちょ)があるようだ。

 上辺の笑みを浮かべたまま、手を横へと移す。

 

「……よろしくお願いするわ」

 

「お願いします」 

 

 ヘファイストス様はどこか胡乱気(うろんげ)な視線を向けながらも手を重ね、アスフィさんはだが冷静として手を取る。一方神ヘルメスといえば――――

 

「―――()れた、オレと結婚してくれ」

 

「救いの余地なくお断りさせていただきます」

 

 いつもの女たらし癖の所為か、無意味な告白をしてきた始末だ。鰾膠もなく切り捨てるのは自明の理、だが不思議と諦めが悪く、その後何度も詰め寄られる。始末に負えなくなって、アスフィさんに蹴り飛ばされることで怒涛(どとう)の愛の叫びは失せてくれた。その頃にはもう騒がしさが再び場を賑わせている。

 だが周りの有象無象は、好き好んで私へ近寄ろうとはしなかった。警戒もあろうが、恐らく()()()()雰囲気を出しているのだろう。

 

「……とりあえずは、一安心?」

 

「だろうね。でもさシ……セア君。びっくりしたよ僕は、目を疑ったものだぜ?」

 

「まぁ、それくらいはしてもらわないと面白くありませんからね」

 

 大太刀はともかくとして、それ以外には一応気を使ったつもりだ。ドレス――というかワンピースだが――も新調し、なんなら下着も新しく買ったまである。

 夜会服(ローブ・デコルテ)という種類のものらしく、背の肩甲骨上部辺りが露出し、両肩、そして少しばかり乏しい胸も申し訳程度に谷間をちらつかせていた。下は長く、足首を少し(さら)すほどまで至る。身長の問題上それは仕方のない事であった。長手袋(オペラ・グローブ)というものを勧められたが、しち面倒臭いためはいていない。靴は初めてのヒールだ。動き難い事この上ないのだが、恐らくこの場には彼女も来る。手を抜いてなどいられない。漆黒、というよりかは純黒(じゅんこく)がそこはかとなく見受けられるこの服装で、装飾と言える装飾はハーフアップにした髪を留める濃紺が主体のグラデーションが掛けられている蝶型の髪留めくらいか。

 因みに下着は正反対の純白と言うギャップを生んでみた。

 

「でも、武器の持ち込みは感心しないかな」

 

「用心ですよ用心。ほら、私か弱い女の子だから~」

 

「君がか弱かったらこの世の大半が貧弱になってしまいそうだよ……それに、か弱い女の子はそんなバカでかい刀なんて振れやしないさ」

 

「私は振れますよ?」

 

「だから、君はか弱くなんかないだろう……!」

  

 呆れ全開、もう諦めまで入っているレベルである。頭痛でもするのか頭を軽く押さえていた。アスフィさんの癖とよく似ている。お疲れなのかね。

 

「んで、事の始末はもう着けましたか?」

 

「いんや、まださ。大体シオン君がいないとできないのにさぁ、はぁ……」

 

「そんなチラチラ見られても……あぁ、ハイハイ解りましたよ。代理人にでもなりますから、好き放題言ってやってください。【悲愛(ファルス)】にベル(家族)との愛を教えてやれ」

 

「その口調外見と全然あってないね、今更だけど。解った、でもセア君が守っておくれよ? ボクの方がか弱いんだ」

 

「あいよ」

 

 何を楽しそうに微笑んでいるのやら。あ、そういえばヘスティア様って、神アポロンと仲が悪いのだったか。天界で何かしらあったようだが、詳しくは知り様がない。だが言えることは、気分は意趣返しということか。

 ベルの方に守ってほしかろうが、戦力で見れば断然私を選ぶのが利口であろう。流石にヘスティア様もそこまでの馬鹿では無かったようだ。

 

「……ねぇセア、さん? アポロン様ってどんなお方なの?」

 

「そのままセアでいいですよ」

 

「え、あ、うん」

 

「神アポロンがどんな(ひと)か……浮気者……最低男……自己陶酔者(ナルシスト)……クズであり外道であり尚最低な有害的生命体?」

 

「酷い言いようだね……」 

 

 事実を無感情に並べただけに過ぎないのだが。それで酷いと言うのならば、神アポロンの存在自体が酷いと言う遠回しな否定だ。本人に全く自覚はないようだが。

 

「まぁ要するに、全生物の天敵です」

 

 因みにだが、全てミイシャさんから聞いたことである。あの人は情報の塊だ、兎に角沢山の情報を持っている。そこいらの情報屋なんか頼るよりも、格段に彼女の方がお得なのだ。しかも彼女はギルド職員だから下手に手を出されることも無く、言いたい放題だから真実が聴けるのである。

 

「もっと詳しく聞きたいのなら、ヘスティア様に聴いてください。喜んで愚痴を吐かれると思いますよ」

 

「なんで愚痴……? 聞いてからのお楽しみとか言わないよね?」

 

「まさにそれで」

 

 がくっ、と首を折るベルをヘスティア様へ(かしか)け、その様子を見ることなく、私はバルコニーへと夜風を受けに向かった。途中受け取った赤ワインが()れられたグラスを片手に、雲の割合が如何せん多く見える夜天を、静かになった場で独り見上げる。反して内側は酷く煩い。

 

「やはり、こちらの方が性にあう……」

 

 ぽつん、誰にも聞かれず密かに呟く。

 暗い夜天の下、それよりか暗く感じるバルコニー。出入り口となるガラス戸からこちらを(うかが)っても、私のことは見えないだろう。態とそのような場所に、立ったまま(もた)れた。

 一口最後として、グラスが空となる。

 成すべき時が来るまで、私はただ、瞑目(めいもく)をつづけた。   

 まだまだ、夜は長い。  

 

   * * *

 

 あっと気づかぬうちに見惚(みと)れていた。一日に二度もこんな体験をすることになるとは思いもよらなかった。だが、少しの違和感が僕に平常を取り戻させる。勝手に動く本能はどうにも高ぶりを止める様子はなく、しかしながらすぐ後に襲われた衝撃で、それすらも鳴りを潜めてしまった。衝撃を与えてきたのは、何やらぶつぶついう神様。

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストス。神会(デナトゥス)以来かしら?」

 

 聞き心地が良い、なんていう次元じゃない。だけどどこか、違和感が抜けない。本当に何なんだろうかこの違和感は。

 だがそれを突き詰める前に、新たに視線が引き寄せられる。

 美しいわけでも、見惚れている訳でも無い。ただ……すごい、そう思った。

 獣人――恐らく猪人(ボアズ)であろうか。この方こそが、【フレイヤ・ファミリア】団長であり、実質的都市最強のLv.7。【猛者(おうじゃ)】オッタル。あの異常極まったシオンすら(たた)きのめす程の実力、それが立ち姿だけですら垣間見えた気がした。

 ふと、目が合う。強く、気高く、深い……畏怖をそれだけで覚えてしまうほど。全身の毛が逆立つような、緊張が僕を支配する。容赦なくそれに拍車を掛ける野太い声が、僕へ圧し掛かった。

 

「ベル・クラネル。お前の兄は、来ていないのか」

 

「それは……」

 

 どう答えたものか、非常に迷う言ってしまって返答に困る質問だった。

 シオンのことを聞くなどと、目をつけられているのだろうか。流石、というべきだろう。

 確かにシオンは来ているのだ。だがしかし、姿は全く違う。シオンは自分のことをそのときは同じであり別人。そう捉えている。……いや、答えようがある。兄、と聞かれたのだから。

 

「……兄()、来ていません」

 

「そうか」

 

 そっけなく、だが落胆は確実にその声に含まれていた。感情を全て切り捨てたかのようにすら思えるこの人でも、期待をすることはあるのか。それは少し、驚きだ。

 

「あら、オッタル。私より先にこの子と話すなんてずるいわ」

 

「申し訳ございません。確かめておきたく」

 

 誠実に一礼し謝辞を述べるその様は、実に斬新なものであった。あっけにとられてしまうのは僕だけではない。頭を起こした彼は。だがやけに見当違いの方向へ目を固定していた。その先にはバルコニーがあった気がする。その意味に気づいた気がして尊敬すら覚えたのも束の間、頬が熱を帯びた。自然か、体が熱い。

 

「――可愛い子。今夜は、私に夢を見させてくれないかしら?」

 

「ほざけ」

 

「ひゃぅっ」

 

 熱が急速に遠のく、残留したものすらその時間は極度に短い。

 視界一杯に広がっていた人知を超える美貌が、今は二つに増えていた。だがその二つは少し離れた位置にある。遅れて気付いた。それはセアとフレイヤ様であると。違和感が形になる。

 知識として持っていた美の女神について、その中には世の中の『美』を全て集めた、という話が合った。だがしかし僕にはそれ以上の『美』を感じたものがあったのだ。それは姉と立ち位置的に呼べる存在であるシオンことセアである。偽りようなく、僕にはそう感じてしまった。

 

「意外と女の子らしい悲鳴を上げてますね。もしかして不意打ちに慣れてなかったり?」 

 

「な、何を貴女―――あぁ、そう。そういうことかしら」

 

「何を思ったのかは知りませんが、いつぞやの返上ですよ。散々お世話になってます有り難うございますと言うお礼と、面倒だからもう止めろという警告を追加して」

 

 物怖じすることなく、僕のようにあっけにとられることすらなく、セアは平然と『いつも』の調子で、だが語気を厭味(いやみ)たらしくして首を鷲掴みにしている。それに周りはギョッとしているが、僕は至って普通に『シオンらしい』と思って平然といた。

 剣幕が、一気に空間を支配する。      

 

「貴様ッ……フレイヤ様から、その手を放せ……ッ」

 

 怖気が走って、もう動くことすらも、腰を抜かす事すらもできなかった。緊張した体が、現状の理解すらも拒む。神すらも、誰もがその場で硬直したかと思いきや、だが一人、セアだけが形の良い眉一つ歪めず然も当然のように動けている。

 

「おぉ怖い怖い。流石【猛者(おうじゃ)】、襲ってこない辺りよく現状を理解してらっしゃる。でもそこまで怒ることも無かろうに、はいはい、放してやりますよ」

 

「はぁぅっ」

 

 おもちゃでも扱うかのように、投げやりに扱われたフレイヤ様。一つ秒を刻んでも一つ刻むまでもなく、音なく床へと足を着く。勿論のこと支えあっての行為だ。

 都市最高派閥の主神を投げるとは、命知らずにも程がある。僕までとばっちりが来なければいいのだが……というかそれ以前に、女性を投げるのはよろしくない。

 

「そんな目で見られても、死の刃しかお届けできませんよ?」

 

「……貴女、憶えてなさいよ。一度ならず二度までも私を苛立たせ……相応の酬いは受けてもらうわよ」

 

「おぉ、それは怖い。ですが上等です。個人で参加できるものなら何にでも」

 

「あら、貴女だけで済むと? ファミリアまで影響が及ばない保証はないわ」  

 

 ゾっとした。【フレイヤ・ファミリア】に太刀打ちするなんてできっこない。あっけなく潰されて、それで終わりだ。

 瞬時にセアへと目を向ける。だが至って普通で、むしろ好奇心を浮かべた瞳をしていた。意味が解らない、何をそんなに―――

 

「―――私、実質的無所属ですよ?」

 

『は?』

 

 同じような言葉が、緊張に包まれていた会場内で見事に重なり響いた。それは僕も例外ではない。

 可愛らしくほくそ笑んでいる彼女を見て、そうか! と理解する。

 シオンは書類上【ヘスティア・ファミリア】に所属している。それは【ステイタス】の全体像が聖火(ほのお)の形をしていることからも明らか。だがしかし、セア――本来テランセア――は【ステイタス】が不思議なことに見えないにしろその能は維持しているため、神様から授かったそれは消えていない。なのに書類上は【ヘスティア・ファミリア】にセアという人物は存在しないのだ。つまりは実質的に所属してないことになる。いやらしい言い回しだ。本当に『シオンらしい』。

 ならばどうしてここに居るか、という話になりそうだが、硬直してしまったこの場でそこまで頭が回り、且つ発現する人物がいるだろうか。

 

「な、何を言っているのかしら?」

 

「事実ですけどなにか」

 

 逆に首を傾げているセアに目を丸くしたフレイヤ様。何とも不思議に光景だ。二度と見れない貴重な光景でもあるが。

 

「……オッタル、帰るわ」

 

「―――――」

 

「オッタル?」

 

 【猛者】へと呼びかけた、だが反応がない。じっと、セアのことを見ていた。従順な従者である彼が、主であるフレイヤ様の声に応えないと言うのは不自然極まるものがある。

 

「……一体ナンダ、貴様は」

 

「ふふっ、なぁに、ただの異常者(サイコパス)よ。ご察しの通り、ね」

 

「……不思議なことも、あるものだな」

 

「こりゃ私もさっぱりのことなので、本当に不思議ですよ」

 

 ……まさか、気づかれたのだろうか。自力で? 共通点なんてほんの少ししか見受けられないのに? まさかっ、と笑えない。計り知れない存在である彼なら、ありえないと否定できないから。

 肩を竦めるセアに幾分か気分が良くなったかのようなオッタルさんが背を向け、フレイヤ様へと謝りながら従っていく。止まることなく彼らは、会場を去ってしまった。

 

「ほんっまに命知らずやな、おどれ。ひやひやしたわ」

 

「まぁ、恐れるべきは【猛者(おうじゃ)】ただ一人ですし、私は今武装している。あっちも下手に手を出せば殺されることくらい理解していましたから。別に策無くして遊んでいたわけでは無いのですよ」

 

「アレって遊び? けっこう、危ないと思うよ?」

 

「大丈夫ですよ。危ないだけで、注意すれば何ら問題ないことです」

 

 視線変えず行われていた会話、僕は勝手に今日と言う日を幸いに思った。

 似通って、尚且つ美しい二人が微笑みながら並んでいる様は、さながら姉妹のようにすら思える。想い人とある種想い人が並ぶ素晴らしい光景、目の保養にはもってこい。

 記憶には意識せずとも、自然と焼き付けられる。

 今までの印象と大きく異なるアイズさんには目を引き寄せられる。だがしかしどうしてか、セアから視線を外したくないと、本能がそれ以上を向くのを拒んでいるのだ。

 

「……どぅ?」

 

「ぐはっ……こ、これは破壊力が……第一に言えなくてごめんなさいね。そしてありがとうございます……! 大変よろしゅうございますっ」

 

「……そっか、ありがと。セアも、その……可愛いよ?」

 

「応える……割とマジで……」

 

 合掌して腰を直角に曲げてお礼したり、心臓押さえながら(うずく)ったりと非常に忙しない。こんな姿を見るのは、いつ以来だろうか。

 だがこの胸中に浮かぶ(わだかま)りは何か。ちょっと、苦しい……

 

「――えぃッ」

 

「いぎっ……」

 

 奇怪な声を思わず上げる、不意打ちの抓り。脇腹がぎゅぅっと、アホ面を浮かべているであろう僕に喝を入れるかのように。

 いじけたかのような、神様からのものだった。

 

「ふぅーん、これがシオンたんの弟……なんやかんやで見るの初めてやんな」

 

「兎みたいで貧弱に見えますけど、脱ぐと凄いですよ?」

 

「変な言い方しないでよ! 誤解生むでしょ!?」

 

「でも実際意外と鍛えられている。そして下も―――」

 

「それ以上は本当に駄目だからねぇ!? てか人のこと言えないでしょうが!」

 

 僕は知っている、シオンが脱ぐと本気でギョッとすることを。

 全裸と着衣時ではギャップが激しすぎる。女性のようで一見美人と騙されてしまう着衣時に対し、全裸は『(おとこ)』と言えるしっかりとした体形をしているのだ。だから脱ぐと凄いと言うのなら、シオンの方が格段に合っている。

 

「中々おもろいなその子。でもどーにも冴えんなぁ……うちのアイズたんとは天と地ほどの差や!」

 

「そんな小さい差ですか? ダンジョン最新層と学問上だけで証明されている『銀河の果て』までの距離くらいは差があると思いますけど?」

 

 よくそんなの知ってるな……とは心中だけの突っ込みだ。そんな細かいところを声に出して気にしていたら、もう体力が持たなくなってしまう。突っ込みは適度に、鋭く、軽やかに。……何を語っているんだ。

 というかそんなに差はあるだろうか。確かにアイズさんは可愛いし、僕なんかとは実力でも容姿でも人気でも名声でも比べ物になんて、それどころか比べることすら烏滸(おこ)がましい事だろう。だがしかし、そこまで言う必要ある? 流石に傷つくものがあるが……

 

「そんなわけあるかぁ!? ロキに反対したかと思って嬉しかったのにそれ以上の差を突き出して! 君は何がしたいんだ!」

 

「アイズの素晴らしさの証明」

 

「……ばか」

 

 アイズさんの握りこぶしが、小さく、だが目で追えない速度でセアをどついた。だがそれを微動だにせず笑みを浮かべたまま甘んじて受ける。その顔に苦痛はない。

 だがしかし、ゴッポッキ、といった感じの音が聞こえたのは気になって仕方ない。痛くはないのだろうか、いやまて、アレはセアからの音ではなく……

 

「あははっ。手、大丈夫ですか? 砕けてない?」

 

「うん、でも、痛い……」

 

 アイズさんの指から鳴った音であった。シオンが硬すぎてそうなったのだろうか。砕けると言うことを始めに考える時点で可笑しいと思うのだが、それがないだけまだマシか。

 あの長手袋の下の手は、赤くなっているのだろうか。

 

「おーいお二人さん? なんでそんないちゃついとるん? いつそんな親密になったん?」

 

「そんな野暮なこと聞きます?」

 

 不思議な回答で、隠そうとしていることが丸わかりであった。冷静沈着でいるセアからは読み取れないと感じたか、アイズさんへと目を向けるとそそくさと、セアの後ろへ逃げてしまった。そう、逃げたのだ。あのアイズさんが。だがちょっと隠れきれてない所が可愛い……

 

「ドチビ、ちょっと協力せい」

 

「あぁ、今回だけは同意見だ」

 

「……神様? 何をするつもりですか?」

 

「なぁに、ちょっと二人から事情聴取をするだけさっ。あくまで、事情聴取だ」

 

「は、はぁ……」

 

 絶対裏には何かあろうが、あえて僕は何も言わなかった。少しだけ行く末が気になったこともあるし、少しだけ、ほんの少しだけだがアイズさんとセア――この場合はシオンもか――の関係が気になったのもある。

 会場内でその時だけは、僕たちが一番騒ぎ立てて、傍迷惑となりながらも賑わいに一助していた。

 

 宴の夜は、非日常だからか、異様に長く感じてしまう。

 

 

 

 

 

 


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