やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

115 / 162
  今回の一言。
 どうでもいいけど、アビリティをアヴィリティと書いてしまう時がある。

では、どうぞ


さぁ、暴れようか

「敵が上で待ち構えているのに、こんな暢気に食器洗ってていいのかなぁ……」

 

「別にいいのでは? 勝手にあっちが待っているだけですし。知らんこっちゃないですよ」

 

「相変わらず見た目と口調がそぐわってないね……もうちょっとさ、女の子っぽくできないの?」

 

「……ちょっと私には難しい、かな? ごめんねぇ、お姉ちゃん本当は男なのっ……吐き気がするわ、気持ち悪いっ。女の子の口調とかわかんねぇ……」

 

「いや、十分可愛かったよ? 可愛いだけで僕は良いと思う。うん」

 

 馬鹿な会話をしながらも慣れた手つきで手は動かし、量も少ないことからそれほど時間を掛けずに食器を洗い、拭き片付け終える。完全装備状態であることは変わりないのだが。

 凝った体を解し、万全の態勢で挑める。襲われないことが第一をベルは考えるが、セアは『死にたい奴から前に出ろ』という気分で()る気満々である。

 

「てかセア、さっきのアレって何してたの?」

 

「ん? あぁ、アレですか。外の方々に是非匂いだけでも味わってもらおうかと、空気を外へ逃がしていました」

 

(たち)悪ッ!? あんないい匂い嗅がされて更にはお預けどころかなしなんて……やっぱり最低だね」

 

「そりゃどうも」

 

「どうしてやろうかこの兄……最低と言われてお礼を言うなんて……」

 

 アレとはセアが魔法もとい精霊術で空気を外へ送り出していたことだ。ベルはセアが無詠唱どころか魔法名すら発しないで魔法を行使したことに、もう何の疑問も抱いていなかった。もう兄は何でもありの存在だと、ベルが思っているからかもしれない。

 頭を抱えて呆れながらも、努めて無音でベルはシオンの後に付いていく。出た先は朝七時前の日差しが射し込む廃教会内。何も、異常は見られ無い。

 

 人の気配を探ろうとしても、やはり僕には捉えられない。視線も、感じない。いつも通りのはずなのに、本当に? と疑い始めた時だ。セアが足を止める。

 

「ベル、右に二歩、後ろに一歩動いてください」

 

「え? あ、うん」

 

 いきなりの指示に強制力が籠められて、理由を聞く前に身体が動いた。それが正解だったと思い知る。

 ヒュンッ、鋭い音がいくつも、すんでで僕の辺りを裂いた。目で捉えられたうちの一つは、確かに矢の形をしていた。今、狙われたのだ。

 凄い予測だ。気づいたら辺り一面矢だらけなのに、僕とセアだけ刺さっていない。いや、それは間違いか。いくつか矢が刺さっていない場所がある。だが、僕がさっきまで立っていた場所はズタズタに刺されていた。

 

「……これはしくじったな」

 

「え?」

 

 次の瞬間、僕でもわかる程の魔力波が押し寄せ、大轟音。炎が霞ませ、音が震わす視界に映り込んだ情景は、思い入れのある場所の、崩壊であった。 

 遅れて気付く、それは見降ろした情景であることに。

 

「ふぅ、ベルのこと忘れてたらそのまま吹き飛ばすところでしたよ」

 

「待って!? 何を吹き飛ばすつもりだったの!?」

 

「あたり一面目一杯」

 

「ダッメだよ、ダメに決まってるじゃん!?」

 

「冗談ですよ馬鹿ですね。でも予想外だったなぁ、まさか炎魔法をぶち込むとは。後先考えられない馬鹿なのかな【アポロン・ファミリア】は?」

 

 すぅ、と衝撃を殆ど感じることなく着地。首根っこを掴まれていた僕も解放されて、荒れる呼吸を整えた。 

 アホみたいな瞬間的跳躍である程度移動し、少しの高台に落ち着く。場違いにもう一回と思いたくなるほど飛んでいる間は気持ちよかったのだが、今はそれより、だ。

 ふと、廃教会を見ると、そこに屯する弓矢と太陽のエンブレムを持つ人たちが此方に照準を定めていた。少なからず愛着を持っていたホームを壊すだけでは飽き足らず、まだ何かやらかそうと言うのか。

 

「おーい、そこの愚物たちぃー。後先考えず街でドンパチやるとか馬鹿なんですかぁー?」

 

 わざとらしく呼びかけるように伸ばした声が、辺り一帯に良く響く。今にも引き絞っていた手を放そうとしていた者が、一時停止した。

 正真正銘の上から目線で、聞いている僕すら神経を逆撫でさせる嫌な言い方だ。まさにそれは、シオンらしい。

 

「まさかとは思ってたけど、主神と同じで脳構造が単純だからそんなことも考えられなかったのかぁー。あーあ、()()()()()()()()男神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れてるなぁ! きっと、()()()()()()()()()()()、眷族も()()なんだ!」

 

 空白。だがすぐに終えた。

 

「ナンダと貴様ぁぁァァ!?」

 

 リーダー格らしきエルフの男が、声を荒げて絶叫した。

 よく言った。僕ではできないことを平然とやってのける。流石、とは言いたいが……これ絶対、不味い奴だ。

 いつぞやの真似をしたセアの効果はオリジナルを上回る。酒場に居た数名はその意味を容易に理解し、より強く激高した。だが瞋恚(しんい)に燃えるのは彼等だけではなく、その場にいる全員だ。

 

「おわぁっ!?」

 

「いやっほぉぅっ! 単純すぎなんだよ馬鹿どもが! アンナ変態神を敬うとかどうかしてるぜあんた等よ!」

 

「待ちあがれクソアマァァァァッ!」

 

 エルフに似つかわしくない荒い口調で、鬼気迫る形相を顔に刻みながら獣のように、一斉発射された言葉と弓の嵐から避けた二人を追う。

 ベルは全力疾走なのだが、セアは明らかに速度を緩めて後ろ向きに走っていた。余裕綽々(しゃくしゃく)と煽り、必死になって追いかける愚物と呼ばれた【アポロン・ファミリア】で宛ら遊んでいるかのようだった。

 

「ベル、どうします? 私は何でもできますよ」

 

「ならその煽りをとりあえず止めてくれる!? さっきから後ろの人たちに目も向けられないんだけど!?」

 

「見ておいた方が良いですよ? モンスターと見紛いそうな形相ですから」

 

「気になるけどとにかくやめて!? 可愛そうに思えて来るから!」

 

 走力には自信があるベルも驚くほど、【アポロン・ファミリア】は死力を尽くすかのようにひたすら追い駆けながら殺さんばかりに攻撃を放つ。100M程の距離は空いているのだが、冒険者にとってそんな距離誤差に過ぎない。少しでも足と止めれば簡単に追い付かれる追いかけっこだ。

 だがそれもこれも全部セアの所為。ベルの体力は無限ではない、全力疾走を続ければいずれ簡単に尽きてしまう。だからこそ止めて欲しいベルの嘆きは取り合われることはなかった。

 

「てか早く倒してよ!? どうせできるでしょ!?」

 

「うーん、それだとつまらないからなぁ……あっ、そうだ。ベル、私は今から貴方を措いて逃げます」

 

「は?」

 

「ですので―――精々生き残ってください」

 

「え、ちょ―――ふざけんなぁぁぁぁ!?!?」

 

 風のように一瞬で姿を消したシオンに『後で絶対し返してやる』と決意しつつ、足は必死に動かす。

 動揺が後ろから迫る視線から感じ取れたが、それもまた一瞬で全ての矛先が僕へと向き、まさに絶体絶命の大窮地(ピンチ)。敵十人を超えるのに対し、僕はたったの一人。

 

「うわぁッ!? まだいる訳ぇぇ!? 馬鹿じゃないのぉ!?」

 

 口調が荒くなってしまう。ひたすらに第七区画内を走り回っていたが、屋根やら家屋やらに潜む敵兵が、本当にモンスターのように湧いて来る。もう戦っても勝機はなく、ただ走って逃げるしかなかった。 

 街の破壊はより一層と進む。頓着しない【アポロン・ファミリア】の人たちは一体何がしたいのか。

 僕を掴まえるのか? それともただ追い込むことが目的?

 

「あぁぁめんどくさい!」

 

 吐き捨てながら、魔法やら矢やらを避け、迎撃していく。

 もう慣れた隘路(あいろ)を利用し、敵を段々と分散させて逃げやすいようにはしているが、中々に難しい。第一にして、人数が多すぎるのだ。セアならたった一発で全員屠れるだろうに、本当にふざけやがって……っといけないけない。

 後最低でも二人、救援が来るのを待つしかない。始めに上がった黒煙は狼煙の代替となれるだろう。ならば【ガネーシャ・ファミリア】あたりがすぐに動いてくれるはずだ。

 その時まで、逃げるしかない。

 

「どうしてこうなったぁぁぁぁ!?」

 

 一つ叫びを最後に、形振り構わず逃げることだけに専念するようになった。

 幸い、そればっかりは得意分野であったから。

 

 

   * * *

 

「ヘスティア様、ヘスティア様。起きてください」

 

「むぅ、あと5、いや30分だけ……」

 

「この神本当に威厳なんてないんじゃ……えっと確か、無理矢理に起こす方法は」

 

「ふんギャァァッ!?」

 

「あ、効果抜群」

 

 シオンの知人と言う、わたしを強化したような可愛さを誇るセアと名乗る人から教えてもらった方法を試してみると、本当に一瞬で跳び起きたヘスティア様。 

 因みに肋骨(あばらぼね)を下部分に指を食い込ませるようにして持ち上げるようにする、というものなのだが……物凄い痛そうだ。私は驚くことにこんなことはされなかったのだが、こんな方法があったとは……あの人、何で知ってるんだろ?

 

「い、痛いじゃないかティア君!? こんな強引な起こし方あるかい!?」

 

「だっていつまでも起きないじゃないですか。ベルさんが襲われているというのに」

 

「どういうことだい!? まさか本当に―――」

 

「はい。【アポロン・ファミリア】が強襲してきたそうです。設置しておいた『目』で今のところは監視圏内なのでわかるんですけど……かなり可哀相なことになってるね、うん」

 

 あの非力そうな少年に、一騎当千ほどの力があればなんとかなるだろうが、明らかに救援も待っている形だ。まさに一騎当千程の実力があると一目でわかったセアさんはさっきベルさんを措いてどっか行っちゃったし、わたしが助けに行くべきなんだろうけど……この(ひと)を措いてはいけないし、なによりシオンが行っちゃえば片が付く。

 

「どうしましょうヘスティア様、セアさんからは判断を貴女に委ねろと言われていて」

 

「そ、それよりまず。ベル君は無事なのかい?」

 

「はい。無傷では無いですけど、あの量相手によく逃げ回れますよね、感心します」

 

「セア君は?」

 

「どこかへ行っちゃいました」

 

「何をやっているんだ全く……」

 

 呆れて頭を抱えるヘスティア様が、思案顔になり考えだす。

 まさか自分が行く、などと言い出したりはしないだろうか。流石にそれは付き合いきれない。何より面倒だし、ただ単にはやく朝食を摂りたいと言うのが本音。  

 

「……ならボクたちは――」

 

「みっつけた」

 

「ッ!?」

 

 近頃聞いたことがある幼い声が聞こえて、それに込められた圧に急かれ瞬時に行動した。

 何よりの優先はこの駄女神、常人以下の能力しかないこの神は戦闘面では無能も甚だしい。障壁を張るのに秒も要さず、天井が盛大に崩れるのに秒も要しなかった。

 すかさず格闘戦。狭い宿屋の一室で、かなり厳しいその攻防。右肩をダメにされ、だがわたしは相手の女に骨折程度の傷しか与えられなかった。これでは、全く釣り合わない。

 

「逃げます!」

 

「な、何がどう―――」

 

 また言葉は続けられない。ヘスティア様と共に窓を突き破って外へと着地し、西のメインストリートへと走り出した。下手に術は使えない、この神がどれだけ耐えられるかわかったものでは無いから。

 

「逃がすわけないでしょ」

 

「しつこぃ!」

 

 三度弾ける音が辺りを震わす。布に包まれた敵の体長程の槍の穂先と、生成した【雷爆(らいばく)】が寸分たがわずぶつかり合い、その衝撃を利用して更に距離を取った。目を回すヘスティア様を地面に落ち着かせ、まだ広い方である幅10Mの道で正対する。

 敵には確かに見覚えがあった。一昨日、シオンに招待状を渡したあの気にくわない女だ。

 

「見た目にそぐわず強いね、精霊ちゃん」

 

「一応これでも上位精霊なんだけど。ヘスティア様、早く逃げてください。護衛は付けそうにありません」

 

「あ、あぁ、判っているさ。だが大丈夫なのかい、あれはたしかシオン君とベル君の幼馴染でLv.5くらいらしいけど……」

 

 どこにシオンの幼馴染と言う点を結び付けて注意しなければならないのか全くもって不明だが。確かに、Lv.5というのは厄介だ。シオンよりは弱いだろうけど、十分に強いのは確か。わたしが先の格闘戦で負けに終わったのも(うなず)ける。

 だがしかし、私は精霊、本文はシオンで言うところの精霊術だ。まだ、戦える。

 バキバキッと凄まじい音と痛みをわたしに響かせ、右肩が修復する。しっかりと、動く。

 

「ねぇ、あんまり手荒なことしてしーちゃんから怒られるのも嫌だからさ、一応確認するけど……私と一緒に来てくれたりはしない? そうすれば何もせずに片が付くんだけど」

 

「ティア君……大丈夫なのかい」

 

「えぇ、何とかしますよ。ごめんなさいね、わたし一緒に居たいのはシオンだけなの。どこの誰とも知れない幼馴染ごときの要求、知ったことではないもんね」

 

「そう……交渉決裂、何しても文句なしね」

 

 ギンッ! 金属と金属が弾かれ合う重く高い音が響いた。それを発破として振り向くことなくヘスティア様が背を向け走り出す。途中で誰かに襲われなければいいが、障壁はかなり持つ。万が一にも危害を加えられることはないはずだ。

 

「へぇ、物質生成なんてできるんだ。怖い怖い」

 

「物質生成じゃなくて、変換だけどね!」

  

 暴かれた夜空のような槍と、周囲の物質から変換し脳内の設計図から投影した不釣り合いな大きさの鉾槍(ハルバード)がまた弾き合う。わたしだって、武器が使えない訳じゃない。というかむしろ、意外と扱いは慣れている。ただ術の方が有効打と成り得るから普段使っているだけで。

 

「わたしは厄介だよ!」

 

「――ッ!? ほんとにそうね!」

 

 質量体で押しながら、死角を突いた前触れの無い術による不意打ち。超常的な反応速度で対応されているが、足止めには十分だし、何より完全に往なされている訳ではない。微量ながら蓄積はある。

 メインストリートには出られたみたいだ。案外早いことに、ヘスティア様が監視から外れた。これでもうあちらを気にする意味はなくなった。ならば、本気を出せる。

 

「――大人しくしてるなら、これ以上は何もしないよ。わたし、本気出しちゃうと止まんないから」

 

 鉾槍を腰を落として正眼に構え、剣呑(けんのん)に警告する。それに一笑して、敵の女は槍と足を引き、全身を落とす不思議な構えを取った。

 

「上等、貴女は厄介になりそうだから、今のうちに無力化しておきたいしね」

 

「――後悔、しないでよ」

 

「そっちこそ、逃げなかったことを後悔しないでね」

 

 低い落ちた声で、最後の優しさと言える優しさをぶつけ合った。

 次にはもうそれは跡形もなく吹きとび、二人はまた、衝突し合った。

 膨大な余波が、大地を震わす。

 

 

   * * *

 

 うん、晴れ晴れとしていていいねぇ……曇に殆ど遮られず、よく見える。

 空気の薄い雲上で、下手に呼吸することはない。風に揺れる髪を抑えながら、静かである塔の頂点から騒がしくなる地上を見下ろした。

 今からすることを考えると、実に面白い。一部迷惑を掛けることにはなるが、責任はあの愚か者どもにとってもらおう。この刀の能力を確認するのにもいい機会だ。

 

「あ、そう言えばまだ名前とか考えてなかったな……」

 

 暢気に腕を組んで思案し、たっぷり数十秒ほど考えて、ちょうどいいものに辿り着く。

 にひぃ、口角を吊り上げ悪戯に笑うと、すらっと大太刀を淀みなく抜き放った。

 

「いくぜ『狂乱』、その名を示しな」

 

 切先を何よりも高い場所へ向ける。大太刀が揺らめき、陽炎のように姿を歪めた。それを吹き飛ばす(おびただ)しい光が弾ける。

 やがて光は空を駆け上がり、それはバベルの続きであるかのように天を穿った。

 美しいその光景、次の瞬間、 (そら)は暗転した。

 

「さぁ、始まりだ。精々踊れ、馬鹿ども」

 

 狂気的に歪んだ顔、変貌に変貌を重ねた真紅の目には、淀んで黒い、だが純粋で単純な感情が宿っていた。

 オラリオが、荒れる。たった一人の異常者の手によって。

 

「ィ――――――――ッッ」

 

 甲高い音がオラリオ全域にわたり、一時、オラリオが鎮められた。

 誰もが見上げた(そら)に浮かぶ、その姿。

 誰かの声が発破となり、次々と悲痛な叫びが木霊(こだま)する。

 

 まんまと、オラリオは荒れた。ほくそ笑む狂人に見下されながら。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。