やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 やべぇ、本気で前途多難の状態……

では、どうぞ


何が為の別離か

「んで、馬鹿二人は考え無しに戦争遊戯(ウォーゲーム)を受理してきたと」

 

「べ、別に考え無しに受けた訳じゃなしぜ? ちょっとイラついてたからシオン君にし返してもらおうと……」

 

「私もう鬱憤は晴らせたので、別に闘う気はありませんよ?」

 

「そもそもシオンに頼りっきりなのがねぇ……確かにさ、こんな異常極まりない人を頼りたくなる気持ちは解るけど、そこまでとなると……自重を知った方がいいんじゃない?」

 

 正体を知られたからかありありと険を感じるのだが、それもまぁ仕方あるまい。私から告げて反応を楽しもうと思っていたのだが、私がここへ来るより早くに何故か集合していたこの二人との会話中に知ってしまったらしく、一つ楽しみが消えてしまって残念極まりないが諦めはもうつけている。  

 今も尚頭痛がする中、会議宛らの円陣を組みとんとん拍子で情報交換という名の雑談を踏まえた訊問(じんもん)を行う現集合場所――と先程決定した――『アイギス』生活部屋兼休憩室。右にティア左にベル正面にヘスティア様、少人数ならば大半が私物で埋まっていても問題なく居座れていた。遮音性は優れた結界によって保障されているがそれも内側限定、外側の音が少しばかり侵入してくるが雑音程度で気にするまでもない。

 

「それに、私が出場できる道理なんて無いに決まっているでしょう。たとえルール上で参加を許可されたところで、正規団員であるシオン・クラネルという人物は出場が義務付けられている。二人同時に出る事なんてできません。結局は出る必要のないセアこと私を切り捨てるしかなくなる」

 

「だから~シオン君が出ればいいじゃん。一対一(ワンワン)だったら負ける要素ないだろう?」

 

「んなの知るか。神々だってそんなのつまらんだろうし、第一に私が認めん。加えて戦闘形式(カテゴリー)だってまだ決定の場を設けられていないのだから、一つの可能性での話に限定するとか馬鹿か? あぁ、そうだったっけ」

 

「ボクはそんなに馬鹿じゃないぞ!? 今のはたとえだよたとえ! どぉせシオン君が居ればどんな戦闘形式(カテゴリー)でも勝てるんだ! ボクは信じてるんだぜ!?」

 

「これ以上ないくらいに煩わしい信用だなおい」

 

 面倒くせぇ……頼りっきりな所が特に。何度も同じことは言いたくないが、学ばないな本当に。どうしてやろうかこの女神。

 自分の策がブッ潰れ、流れに任せて喧嘩を買ったのに猶予一週間と見下した堂々たる物言いで言い放った挙句、全て丸投げして自分は傍観……ハッ、白々しいにも程がある。力を貸す気にもならんものだ。

 今日は多忙な溜め息がまた仕事をする。この先どうしようか。戦争遊戯(ウォーゲーム)は絶対ギルドに受理されて拒否は不能、介入するとしたらルール決めか……神会(デナトゥス)が開かれるのは間もなくだろうから無理矢理参加すればいいだろう。なんやかんやで一回参加してるし、【神化】とかいう可笑しな発展アビリティもあるし、十分参加しても問題あるまい。いや、問題だらけだけどさ。

 

「ところでシオン、今までどこ行ってたの? いっくら探しても見つかんなかったんだけど」

 

「あれ、言ってませんでした?」

 

 一様に(うなづ)く。というか、そこまで気になる事か? ただオラリオ全土を巻き込んだアソビをしたり【猛者(カイブツ)】と殺し合ったり、監禁されたり、軽く精神崩壊しかけたり……っと、こんなことだけで特におかしな点はないはずだが。いや、最後だけは可笑しなことか。

 

「ちょっと縛られていただけですよ。長い間抵抗もしなかったので解放までにかなり時間を要しましたが」

 

 聞かれた事だけを答えた。ニュアンス的に恐らくはこの場に集まってから、つまりは喧嘩をかってからのことを示していたのだろう。ならば嘘も吐いていない。

 ごくりっ、喉を鳴らした両脇の変態。その脳内で一体どんなことが想像されたか、考えるに易い。もぞもぞしおって、童貞でも処女でもないのに何をその程度で……

 

「……シオン?」

 

「――ッ、な、なんですか?」

 

「い、いや、いきなり苦しそうにしたから……大丈夫なの?」

 

「マセガキに心配されるほどのことじゃないですよ……! ったく、何なんだよ……」 

  

 芯を突く痛み――よりかは刺激。決して痛みでは無いのだ、言うに違和感。それが今襲った。そこはかとない感覚の齟齬(そご)に苛立ちが募る。無理解に苦しむさまを見抜かれたことが、更に手助けして。

 再三再四起こり得たことだ。()()()()()()を考えると、どうしてか違和感に襲われる。何が原因かは何となくわかるのだが、何故こうなっているのかは全くの不明。

 

「はぁ、とりあえず。どんな戦闘形式(カテゴリー)になってもいいよう、対策を取りましょう。個人戦になんてなったら、ベルが負ける事なんて確実ですし。ティアは……微妙ですよね。公然でポンポン精霊術なんて使う訳にはいきませんから。結局どちらも戦闘訓練でしょうか」

 

「「ひっ……」」

 

 二人そろって己の後方へと即座に下がったのはどうしてだろうか。別にトラウマを与えるほど(スパルタ)になる気は無いし、怯えられるいわれも無いだろうに。

 それは確かに死ぬほど追い込みはするだろう。何処かの馬鹿の所為で一週間しか時間が無いのだ。この二人をまともに闘わせるには必須なこと、妥協して欲しいものだ。

 

「いいじゃないかそれ! ベル君とティア君がまともに闘えないかは怪しいとこだけど……二人とも成長できる機会だ! シオン君に扱かれるといいさ!」

 

「ヘスティア様!? わたしを殺したいんですか!? シオンがどれだけ鬼か知らないから言えるんですよ! 本当に殺す気で来ますからね!?」

 

「当たり前でしょうに。死という明確な恐怖に追い立てられているとより成長しやすくなる。死にたくなくて、否が応でも己を追い込むことで、ね。というかベル、何をそんなに興奮しているのですか? もしかして……実はマゾヒスト気質だったり?」

 

「ち、違うし!? というか人の気持ち少しくらいは考えてよ! この鈍感め!」

 

「お前が言うなお前が」

 

 顔を真っ赤にして「あわわわわ……!」とでも音を出しそうな震え方をしていたベルに何故か罵倒されたが、反射的に言い返すとすぐに押し黙った。一体何がしたいのだか。

 というか、私は鈍感などではない。敏感だ、ある種潔癖と言えるまでに敏感なのだ。周りの変化はつい気になってしまうし、己に関わることは知っておかないと落ち着かないことが大半。名前の一文字目を発音されると耳を立ててしまうことなんてざらだ。ただ人の気持ちが理解し難いというだけで、恐らくは鈍感と言われたのだろう。無理は言わないで欲しいものだ、人の気持ちなど分かるはずも無いだろう。

  

「んじゃ、手始めに深層でも行きますか」

 

「「無理に決まってるでしょうが!?」」

 

「あれま。ヘスティア様にまで反論されるとは」

 

 前途多難だな……これじゃあ何も決まらんぞ。人に頼りっきりだし、否定するのにも拘らず自分は意見を(ろく)に出さない。ふざけてやがる、本当に。

 猶予は少ない、早々に鍛錬を始めたいが……ま、その前に。

 

「とりあえず、全ては昼食摂ってからでいいですよ。やっぱり。空腹は敵ですからね」

 

「やったぁー♪」

 

「たすかったぁ……」

 

「頑張っておくれよベル君、ボクは応援してるぜ?」

 

 一転して可愛らしく万歳するティア、安堵をあからさまに浮かべるベル。それを励ますヘスティア様のコトバは私からして全く信憑性(しんぴょうせい)が無いように思えてならない。 

 いい方に転がってくれることを願おうじゃないか。正直、危ういところだが。最悪なにもかもおじゃんにしてしまえばいい。

 ……もう、適当でよくない?

 結論は実に、しょうもない。

 

   * * *

 

「ほほぅ、随分と馬鹿なこと言いますね」

 

「そ、そうだぜベル君……流石に他派閥(ロキ)を頼るのは……ボクも個人的に嫌だし。というか無理だろう? ヴァレン何某に取り合う事すら――」

 

「いえ、それ自体は簡単ですよ? 私が呼べばいいですし。でもなぁ……やっぱりなぁ」

 

「な、なんでダメなのさ!? というかシオンが呼べばすぐ会えるってどういう事!?」

 

「そこまで言っとらんわ」

 

 ご満悦に鶏肉を頬張る食欲旺盛児なティアを差し置いて、十分に食事を終えた三人で話し合い始めてすぐ。何かを決断したベルが突然に提案をしたのだ。

 

『僕……戦い方を、教えてもらいにいく。その……アイズさんに』

 

 フッざけたことを、鼻で笑わなかったことを褒めてもらいたい。

 あぁ別に、教えを乞う姿勢は悪くはない。だが往々にしてベルは人に頼る選択肢を捨てないのだ。それがどうにも気に食わん。意志は尊重しようとも、協力する気にはなれなかった。腰が引け、後ろめたい想いを垣間見せているところが更に。

 確固たる意志を持ち、何が何でもという気持ちが見られれば私も肯定的だっただろう。だが、全くもってそんなことはないのだ。言うに逃れるための二次策、そのような扱いに思えてならない。

 

「へぇ、ふぅん、そうなんだぁ~ふふっ、シオン、これはかなり凄い関係だね。態と?」

 

「違うわ。ベルが後付け、私が先。策略であるなら何がしたいのか知りたいものですよ全く」

 

 要領を得ない質問だが何となく言いたいことが伝わった。手を止めてニタニタとするのは、ベルがアイズに気があることを察したからかもしれない。私と違って人の気を察することが本当に上手い。何か秘訣でもあるのだろうか。

 

「んで、半殺しにされるのだけを避けるためにアイズに迷惑を掛けてどうする? 第一に彼女が協力してくれると言い切れるか? 舞上るなよ馬鹿が、自分が低度であると知れ」

 

「そこまで言うことはないんじゃ……」

 

「いいやある。本来貴女にも色々言ってやりたいんだぞ駄女神が。寄ってたかって他人任せで、自分だけで成し遂げようとはしない。ふざけるのもいい加減にしろよ? 陸でなしどもが」

 

「……ふざけてるのは、そっちでしょ」

 

「……はぁ」

 

「――ッ!」

 

 ごドンッ、勢いあまった椅子が後ろへと飛ばされた。(あき)れ極った私のため息が発破となったのか、一気に形相を歪めて(にら)みつけて来る。だがなんだろうか、紅玉(ルベルライト)の瞳、その奥に垣間見える歪んだナニカは。まるで、見下されているような、ソンナ嫌な感情は。

 

「ベ、ベル君、落ち着いてくれ。事実なんだ、思い直してみたけど正直全部シオン君が正しい……怒るのも筋違いなのさ……」

 

「で、ですが神様!? シオンだって結局は他人任せにしようとしてるじゃありませんか!? 人の事言えた口じゃないのに……! 可笑しくないですか!?」

 

「可笑しいのはベルさんです。他人任せとか言いますけど、シオンは別に自分でできない訳じゃない。というか自分でやった方が大抵早い。でもあえて他の人にやらせてるの。面倒とか色々理由は他にもあるけど、最初っから何もできないベルさんとは違う。そこ、はき違えない方が良いよ。あ、ご飯おかわり」

 

「はいよ」

 

 一度手を止め、介入し説教を始めたティアが笑顔で押し付けて来た茶碗を微笑ましく思いながら受け取る。敬語もある程度は使えるようになっているし、実に好い成長だ。  

 ティアの力も借りて急速に炊いた粘り気が弱めの米をよそう。まだ湯気が上がるほど温かい。

 面倒だのなんだのは(ほとん)ど事実だ。私がしてしまえばすぐに終わる事なんて数多存在する、同じくらい、できないことも。ベルへの指摘も私が言いたいことの大半だ。『いずれ大成する』とは確かにあたっているかもしれない。だが、そのいずれに至るまでが遅すぎる。今の状態では何十年かかっても無理だ。自分ができないことを誰かに任せる、それは仕方のないことだ。だが、そこには他のことを代わりにしているという条件がついてのこと。始めっから何もする気の無かったベル、その時点でもう終わっている。

 だがしかし挽回の機会を与えた、にも拘らずそれは無下に終わる。何もできないとは齟齬(そご)があるもののする気がないなら同じようなものだ。

 

「もう、面倒ですからご自由にどうぞ。んで、問題はティアですけど――」

 

「わたし、シオンと一緒に居られればいいもん」

 

「あはは、そうですか」

 

 この一途な気持ちはもう最近煩わしいとすら思わなくなってきた。和やかな笑みを零してしまうほどには、親しみを持てているかもしれない。だがこの気持ちの根本は『あの場所』での長い人生(ぜつぼう)(もたら)したものだと解っているから、痛ましさは抑えられない。

 

「では、さようなら、ベル。どうぞ戦争遊戯(ウォーゲーム)までご自由に。ティアはとりあえず服を買ってきましょうか。戦闘服(バトル・クロス)、もう無いのでしょう?」

 

「ご、ごめんなさい……魔力(マナ)で修復できない訳ではないけど、下手すれば消えちゃうからね。うん、お願い」

 

「勿論ですとも。今度はどんなメイド服にしようかねぇ……あ、いっそのこと他の物にしたり? 男装とかしてみます?」

 

「絶対似合わないでしょ!?」

 

「だめか」

 

 ちょっと試してみたかったが仕方あるまい。普通にメイド服としようか。

 暢気にこうやって会話している間に、もうベルは黄昏の館(何処か)へと走り出していた。愚策を試しに行くのだろう、愚かだ。まぁ、アイズは優しいからひっそり協力してしまいそうで、本当にベルは調子に乗ってしまうだろう。今後の対策も考えなくては、ベルに対するものを。

 つんつん、袖が寂し気に引かれた。

 

「シオン君……ボクは?」

 

「……無用ですね、どうしましょうか」

 

「いくらなんでも酷くないかい!?」

 

「仕方ないじゃん現状として。でも、その……えっと、で、でな――」

 

神会(デナトゥス)

 

「そうそれ。それまで待つしかないんじゃない? ぐうたら生活決定だね。ここから出ちゃだめだけど」

 

 是として受け入れそうだが、少しそわそわしているのはベルが心配なのか。私は正直どうでもいいのだが、結局それは無理だろう。彼女はすることが一応存在するのだ。

 私も色々しなくてはならない。面倒事に首を突っ込む羽目になっているのだ、対策もある程度は必要となる。無策で挑めば何が起こるかわかったもんじゃない。

  

「……騒がしいな」

 

「雨じゃない? でもここまで振るんだぁ……初めてかも」

 

「これが雨? へぇ、ここまでとは」

 

「え、こんなの結構あるじゃないか。ティア君ももしかして、外から来たのかい?」

 

 ズアァァァァァァァ……―――――

 打ちつける音。

――――ドガァッ!

 侵入した光、空気を掻き分ける鋭い爆音。

 これが雨だとするのならば、随分と凄いものだ。住んでいた村では、こんな雨降ったことなどなかった。何というか、堕ちる。

 

「多分ね……気づいたら、ここにいたから」

 

「え? それって―――」

 

「あーはいはい。そこで止め。無用な詮索はしてはいけませんよ」

 

 部屋の空気も自然と沈んだ。それは雨の所為か、陰るティアの相貌によったものか。

 溜め息すら(はばか)られる部屋の中、やはり反響したじめったい音が耳朶(じだ)を打つ。

 声が堕ち、満たすのは予感させる音。どうしようもなく、逆撫でられた。  

 

 

 

 


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