やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

120 / 162
  今回の一言
 ヤバイ、風邪ひいてのたうち回ってたら三日過ぎてた……

では、どうぞ


彼はただ―

「まずは得物ですね。使い慣れた種類とかあります?」

 

「うーん……一応剣も弓も使えるけど、得意なのはやっぱり鉾槍(ハルバード)かなぁ。あ、こういうヤツね」

 

 右手を横へ伸ばし虚空を握ったかと思うと突然に、淡く輪郭が浮かんだ。微細ながらも集合しているお陰ではっきりと判る粒子が集合して実体を成していく。ずんっと鈍重な音が鳴るまでに然程時は要さなかった。

 

「ほほぅ、これまた面白いものを。……ちょっと触っていいですか?」 

 

「う、うん。シオンってもしかしてこういうの意外と好きだったり?」

 

「意外とは失礼な。私だってこれでも男ですよ、カッコいいものには憧れますし可愛いものは大好きなのですから。こんな心くすぐられるものなんて出されて黙っていられるわけ無いでしょう!」

 

 今創られたばかりなのだから普通に考えて当たり前だが『新品』と言えた。齟齬(そご)があるように感じてしまうのは、不思議とこの鉾槍が発している気配の所為。禍々しく、宛ら呪いのような気配は私の刀と似通ったもの。どういう訳かは聞かない方がよさそうだ。

 主要となる鮮やかな菫色(ヴァイオレット)が光沢を帯びて輝き、傾けていくと鈍色の刃が斧の先で私の顔を歪めて映し出す。槍を軸とした対にはその斧より二回りほど小さな斧と形がよく似た鉤が鋭くちらついている。全長は屹立(きつりつ)させれば『狂乱』に迫ろうというほど、穂先が私のまさに目の前で静かに立っていた。

 それだけで十分興味は引かれたのだが、更に、だ。

 面積の広い斧の側面に刻み込まれている古代文字の羅列。大半が読めなくともそれが『陣』を成していることくらいは理解できた。勿論、対となる鉤にも同じようなものがあり、だが(つか)には利便性を考えてか下手に文字が刻まれて無かった。

 

「ねぇティア、もう得物これでいいのでは?」

 

「え、そのつもりだったけど……もしかして、買いに行くつもりだった?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「流石にそれは……うん、あんまり迷惑かけていられないよね。変換構築っていうか投影の方が近いけど、意外と疲れるんだよねぇ……頑張るけど」

 

「えらいえらい」

 

 情をうまく籠められない適当な褒めに頬を緩ませているティア、実に可愛らしいその笑みには、私を締め付けるかのような、ナニカが存在していた。あまりにも、長く見ていられない。

 目を自然と逸らした私にティアは何も言わなかった。そのまま差し出した鉾槍を受け取る。

 

「んじゃ、雨も止んだことですし、さっさと始めましょうか」

 

「結界張れば降雨なんて関係なかったんだけどね。ま、いいや。ほぃっ」

 

「……うちのメイドがこんなに万能なわけがない」

 

「えっへん」

 

 鉾槍を持ったまま腰に両こぶしを当てて胸を張るティアが、一転して燦燦(さんさん)と遮るものの無い天に降臨する陽に照らされる。周辺には驚くことに空を映し出していた水溜りが全くない。一瞬の下ティアが全て蒸発させてしまったからだ。頭を抱えてしまうレベルの万能さである。

 貸出時間の最中であるにも関わらず、先程の雨のお陰で誰一人として『アイギス』に居なかった。脆弱な子供なんてこの場に居られたら気を使わなければならなかったから丁度良い。

 

「さて、ティア。解っているとは思いますが、戦闘訓練です。ただ、ティアを超す戦闘力を持っているのは『アイツ』のみ。それももう()ちのめしていますが……彼女も普通とはかけ離れているため、予想外(イレギュラー)への対策です。大衆の前で戦うので、今後の為にも制限付きで、ね」

 

「ふーん。ま、あの人結構強かったし……うん、わかった。で、その制限って?」

 

「魔法は一系統のみ、『鏡』で観る戦闘形式(カテゴリー)なら問題ありませんが、直で観られるならば一瞬で精霊だとバレてしまいます。その上常識外な魔法の種類・系統。後のことを考えると結局同系統の三種類ってことになりますね。そして詠唱は……別にしなくてもいっか。ベルという前例がありますからね。ただし魔法名は絶対発してくださいよ? 流石にそれは隠さなければならない所ですから」

 

 私だってある程度なら魔法名(エアリアル)と発しなくとも魔法を使えるのだが、それはちょっと例外。リヴェリアさんとでは方向(ベクトル)が違うからありゃ気にせんでいい。

 ティアも例外的な存在なのだ。精霊の力を知る者は数少ない、広めてもいいものでは無いし、なるべく隠すべきものではあるのだ。

   

「他には?」

 

「……殺しちゃいけない、ということですかね。戦争と謳ってはいますが、アレは所詮遊戯(アソビ)ですから」

 

「それ、シオンが気にした方が良いんじゃない?」

 

「ぐぅの音もでねぇ正鵠(せいこく)を得た意見ですよ……」

 

 出場時は元に戻るから、執るのは『狂乱』でなく『一閃』と『黒龍』であるのだが、ちょっと高揚してしまえばどっちにしろ理性が吹き飛ぶ。下手をしたら確かに殺しかねないのだ。一番は素手で戦うことが望ましいだろう。人は意外と簡単に殴り殺せない。だが斬ったら一瞬だ、大抵死ぬ。

 

「じゃ、制限時間は三十分。それまでに何かしら、私に反撃をさせてみてください」

 

「ん? どういッ――!?」

 

「――因みに、先制攻撃は反撃ではありません」

 

「ダ、ハッ」

 

 いとも容易く吹き飛ぶ小さな体。同時とまで言えるほど間を開け破砕音を轟かせ、遅れて地が一部紅く染まった。念のための練習だ、大太刀で殺さず無力化する。だが私の練習もティアが一度でも攻撃を始めてしまえばもう終わり、反撃判定となってしまう。やはり、条件に縛れるのは面倒だ。

  

「おっ、再起早いな」

 

 粉塵の中から三条の光線(レーザー)。灼熱に着弾点が焦げるその属性は炎に思えても実際は光系統の光因子(エネルギー)属性。因子(エネルギー)という系統ごとにそれぞれ存在する属性だ。これならばたとえ二種類を複合し放ったとしてもバレまい。元の威力を知っている私だから分かるが、今のはちゃっかり炎因子(エネルギー)を混ぜられていたのだろう。実に巧妙だ。

 と、考えながらも中々に洗練された鉾槍を往なす。見た目通り重いし、霞むほどの速度で振るわれていて反射的に動いて反撃してしまいそうだが、理性でそれを抑えてティアが動いてから反応するという神経を摩耗させることを続けるのは私でも辛い。  

 

「上手いですね、色々」

 

「余裕で(かわ)されて全くそう感じないけどね!」

 

 口元に掠れた血を残し、だが不敵に笑みを浮かべながら光線を放ち続ける。三十分もこの攻防は続けられないだうから、さていつ尽きるかが分かれ目だ。

 まぁどうせ見えないところで身体能力強化とかしてるだろうなぁと思うが、制限を掛けたことは言外に「バレなきゃいい」と言ったつもりだ。意図を酌んでいるのならば好ましいこと。

 だが……そこはかとなく緩いなぁ。さて、これからどうしたものやら。

 

   

   * * *  

  

 彼を叱るかのように、引き返すことを許さないかのように、ひたすらに殴る大粒の雨。無慈悲な自然の摂理に、だが彼は頓着せずただ走った。それしかないように、ただ。

 胸中を写し取ったかのような彼にとっての天変地異はあたりから粗方人を退()かせている。独走する彼の歪みきった形相は、幸いにも見る者が存在しない。黒く淀んだ(うつわ)から滴り出るその『嘆き』は、頬を伝い、やがて何のものかも区別がつかずに宙を舞う。

 

「やるんだ、やってやる、見返してやる……!」

 

 呟きは天からの雷鳴(怒り)涙音(なみおと)がかき消す。彼の耳にすら(おぼろ)に届くほどまで磨り減った音は、切歯扼腕(やくわん)する所為で彼は自らが発していると理解していなかった。まるで誰かに囁かれているような、心中が覗き見られているかのような、ソンナ不快感が噛みしめる力を更に助長させる。

 静かなのに煩い、堪らなく、放っておいてくれと言いたい。なのにそれすらも意味をなさない気がして、口惜しくも何一つ行動を起こせない。

 酷く自信の無い彼が走りぬく先。とある日の記憶を辿った、近くも遠く感じる、淡いあの一時に知れた彼女の、彼女たちのホーム。黄昏の館。

 息は絶え絶え。膝に手を突き弱音を零しながら気を紛らわしたい。でも、ならないのだ、そんなこと。兄は……絶対にそんな姿を見せない。

 どんな時でも前に居た。どんな時でも助けてくれた。どんな時でも僕を守ってくれた。どんな時でも―――憧れだった。

 初めての憧憬。永遠の英雄。だけど小っ恥ずかしくて言えなくて、でも言ったところで否定するのだ。「私は英雄じゃない、英雄になんてならなくていい」と。そしてある日から不思議と後に同じ言葉から続くようになったのだ。

 

『ただ……()()がそれを望むのなら、なりたいですね』

 

 酷く儚げな兄を、彼はその時だけは垣間見た。自分はその兄が不思議と、カッコいいと思ってしまった。見当違いも甚だしいが、そうとだけ、思えた。

 なのに、なのにだ。

 兄は変わった、変わり過ぎた。このオラリオに来て、新たな強大過ぎる力を得て、ナニカは知れないが大切なものも得て――変わってしまったのだ。

 今の兄は、好きになれなかった。なのに、大好きで仕方ない。

 どうしようもない感情の二律背反。わけもわからずただそういえる根拠のない自信がある。適当で、投げやりで、面倒臭がりで、もうすっかりと()()()()()なった兄が、大好きだと。

  

「―――――」

 

 正門。流石に誰一人いなかった。下手に邪魔をされず、都合がいいかもしれない。

 大きく、大袈裟なまでに息を吸って――――思い切り吐き出した。

 

「【ロキ・ファミリア】幹部!! アイズ・ヴァレンシュタインに願う!!」

 

 周囲の雑音(ノイズ)など意に返さない、突き刺さる意思を持った叫びだった。

 アンナに散々馬鹿にされた。終いには呆れて、目も向けられなくなった。

 なら、振り向かせてやる。無理やりでも、やってやる。

 強くなって、変わってやるんだ。

 

「どうかお願いします!! 僕に、僕に……! 戦い方を、教えてください!!」

 

 彼女が聞いているかどうか、それでいて無視をしているか、何度も同じ言葉が繰り返される長い長い寂寥(せきりょう)の空間でそんなことは考えなかった。どんな選択を彼女がとったとしても、肯定という一動作がない限りずっとそこにいるつもりだった。

 寒いけど熱い、寂しいけど煩いくらいに盛り上がっている。辛いけど待ち遠しくていつまでもいられる。だから折れずに、ずっと待ち続ける。喉が嗄れても、叫び続ける。

 

「お願いしますッ!!!」

 

 何度繰り返したかもわからない。だが今、ふと前触れなく館口の戸が、動いた。

 目を見張る。だが期待は端からしてない。無理を押し通せる立場でも無いのだ。ただの意地、それが今の原動力。たとえ今出てくる人に追い返されても、再度立って、彼女の肯定が得られるまで、繰り返す。

 扉がただ開けられ――灰色の毛並みを逆立たせ、竦むほど鋭利な獣の眼で静かに見つめる狼が、絶対の壁(正門)(へだ)てた遥か遠く、気怠気(けだるげ)にただ立っていた。 

 一瞬自分でもわかるほど顔が歪んだ。意志と本音は違うらしい。だが立て直して、また叫び出そうとしたその時。

 

「ぁ、ぇぐ―――」

 

「オイ、さっきからうるせぇんだよ。兎野郎、テメェわかってんのか、アイズに戦い方を教わり体ダァ? 調子乗ってんじゃネェよ。少し関りがあったくらいでなんだお前、何様のつもりだアァ?」

 

「――なに、さま……そんなんじゃ、ないです……ッ!」

 

「……んだとゴラッ」

 

「ぁグッ……」

 

 横に振られると共に片手で締め付けられていた首を解放され、されるがまま地を一度打って脇で着地し勢いそのまま擦れていく。受け身を取ろうとは思わなかった。とる、必要がなかった。

 痛い。でもこんなの、気にするまでもない。

 

「――僕は、弱者だ」

 

「アァ?」

 

 突然と小さな声が、雨に掻き消えながら狼人(ウェアウルフ)の濡れた耳を揺らした。

 掻き消えている筈なのに、何故かそのコトバは強く震わす。

 確かな力で、ゆったりと立ち上がりながら語る彼を青年は胡乱気(うろんげ)に見つめた。

 

「どんなに頑張っても弱者だ。そんなの、ずっと前から知っている……!」

 

 守られ続けた、甘え続けた、縋り続けた、頼り続けた――全て、弱かったから。

 あぁ、クソッ、やっぱりシオンが正しいじゃんか。

 

「ずっとずっと、僕は弱者であり続けた、弱者であるしかなかった、弱者にしかなれなかった……でも、そんなんじゃダメなんだ。力が、強さが……僕に欠如しているものが必要なんだ。もう頼っちゃいけないんだ、もう追ってばかりじゃダメなんだ、もう、失望させるわけには、いかないんだ……!」

 

 誰よりも一緒に居た、あの兄に。最強で、最悪で、優しくて、厳しくて……残酷で、正しい、僕の永遠の英雄であるシオンに。もう―――。

 頼ったら楽だ、あの兄は何でもできる。でも、そこを自分でやってやる。

 追いかけるのは容易くない、だが誰でもできる。ならそれだけは嫌だ、そろそろ、追い越してやる。

 ただ憧れるのなんて、簡単だ。同じくらい、失望させるのも、簡単だ。事実、落胆の吐息一つで見限られてしまった。それだけ、簡単なことだ。

 だが、全てだ。全てが一様にして『力』を必要とする。

 

「だから、欲しいんだよ、力がッ……! 失望させない力が、見返せる力が、憧れへとなれる力が、人を守れるだけの力が、アイズ(あこがれ)を超せる力が――! 大好きな、英雄(シオン)を超せる力が、

欲しい―――」

 

 面食らったように、雨のカーテンで遮られながらもはっきりと表情を変えた青年。

 遠く離れた距離から、泥まみれの少年が一歩、また一歩と踏み出すその様が、表現のしようのない(覚悟)をしみじみと伝えたのだろう。

 

「僕が何様なんて、ソンナの関係ありません。どうでもいいことですよ」

 

 酷く落ち着いていた。悲壮に語っていた彼は、強く地を踏みしめる。

 雨が、緩んだ。

 

「ただ―――――」

 

 青年の前で歩みを止めた。ギリッと青年の眼を見つめ、告げる。

 

「僕の邪魔を、するな……!」

 

 静かに、やけにその声だけが通った。意図せず左足が退くことに、青年は気付いている。

 今、確かに目の前の存在を、()()()()

 それが示すことは、理性なんてかなぐり捨てて、眼前の少年を本能から敵に値すると認めた、ということ。

 あまりにもか弱く、無様で滑稽な少年は確かに、強く、気高い男へと成長しているのだ。

 狼人(ウェアウルフ)の青年は確かに、それを認めた。勝手に漏れた笑み。

 

「オイ、()()()()()()()、テメェ戦い方を知りてぇんだよな」

 

 今、青年は人生で最も柄に無いことをしようとしている。

 神々の言葉を借りて、『キャラじゃない』ことを、だ。

 

「俺が、教えてやるよ」

 

 自身の横を通り過ぎて行った少年へ首だけを向け純粋に、笑った。

 驚きに染まったその瞳は、かつて無い程の動揺に揺れ動く。

 雨が穏やかに引き、太陽の下照らされたのは、清々しい二人の、男だった。 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。