やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 往々にして現実は私に厳しい……

では、どうぞ


戦争へと進む

 

「……おらよ、使え」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 何が悲しくて僕は()()()からタオルを借りているんだ……。

 心中呟きながらもそのタオルで濡れた体を拭いていく。大雨の痕跡すらない晴天の温かな光が窓から射し込む物静かな部屋で男二人が半裸になる奇異な光景は、事情知らぬ第三者が見れば絶対的に誤解されるだろう。 

 そもそも、こんな簡単に侵入できていること自体本来ありえないことなのだ。招待客という配偶になるとは説明されたものの、疚しく思ってしまいこそこそ動いているのは仕方あるまい。

 眼前で適当に水気を払った狼人(ウェアウルフ)の青年、不愛想に差し出された手はタオルを返せとでも言っているのだろう。さっさと拭いていたお陰でその手に布を納められた。

 物珍しく、失礼に値するかもしれないがついじろじろと見まわしてしまう。人の部屋に入るのなんて今回を入れても片手の指で足りるくらいしかないのだから。

 見た目から勝手に判断した性格からして荒々しさで適当なのかなぁ、とは見当違いとなった過去の意見だ。しっかりと整えられた私物、備え付けであろうモノにもしっかりと手が行き届いている。教会の隠し部屋(ホーム)と同じくらいの広さなのがちょっと気にかかるが……大手ファミリアのホームだ、これくらいが普通なのだろう。羨まし限りだ。特に印象に残るのは、本や教材などが所狭しと並べられていること。隠れた努力、というヤツかもしれない。

 

「……あ、あの。結局のところ、何であんなこと言ったんですか?」

 

「……気まぐれだ。で、どうすんだよ。断ったら打ちのめす」

 

「それ、選択肢すら与えてませんよね!?」

 

「あったりメェだろうが」

 

 選択肢なしの強制って、もはや提案じゃない。明らかな命令、権利は何所へ消え去ったのだ……。

 教えてやるとは言われたものの、正直なところアイズさんの方が良い。いや、戦い方を教えてもらう分には戦える人ならば誰でも良いということに成り得るのだが……個人的な感情がそこには介入する。この人に対してはあまり良いイメージが持ててないということもだ。

 

「……つっても、無理矢理じゃあ気が進まねぇのは事実だ。意見は聞いてやる」

 

「立場上当たり前ですけど本当に上から目線ですね……」

 

 私情は抜きで考えろ。相手はつい先日Lv.6にさえも至った本物の冒険者だ。そんな人が無償で戦い方を教えてくれるという。逃すべき機会ではないと分かり切っているではないか。

 たらたらと考えてもいられない、か……心からの本意じゃないけど。

 

「――はい、お願いします、ベートさん」

 

「顔と言葉が噛み合ってねェが……仕方ねぇな。ならさっさと行くぞ、兎野郎」

 

「は、はい」

 

 さっき、確か名前で呼ばれた気がしたのだが……渾名に置き換わってしまった。一体どんな条件をクリアすれば名前で呼ばれるのか全く分からない。別に呼ばれたいわけでもないのだが。

 乾きの良い僕のシャツと脚衣は少しの間干していただけでもう乾いている。着替えがそもそもあったベートさんはタオルを片付けるついでにか準備を終えて戻って来ていたから、あとは僕が付いていくだけ。

 急いで着て、飛び出すように戸へと向かったのだが――どうしてか、ベートさんが引け腰で突っ立っていた。一歩足を退き、何故か全く動かない。だが、その疑問はすぐに解消されてしまった。

 

「……います、よね」

 

「――――」

 

 紛れも無いだろう、この潜められた、言葉を探しながら(しゃべ)る話し方はアイズさんしかいない。風のような優しさで耳朶(じだ)をくすぐるこの声もそうだ。

 今すぐにベートさんを退かしてアイズさんに土下座で師事をお願いしたいという気持ちはぐっと堪える他なかった。僕がここにいること自体、かなり強引なことであるのだから。公に(さら)すのはいろいろと不味いであろう。

 残念だが、すぅっと身を退いた。

 

「……いま、見えた」

 

「アァ!? 何やってんだ馬鹿野郎!」

 

「……うそ。何も見えてなかった。でも、ベートさん――」

 

「なっ……アイズに、嵌められた、だと……!?」

 

 戸口から絶対に見えることのない場所へ隠れていたのに見えたと言われて内心、心臓が鷲掴みされたかの如き緊張を得ていたが、それが嵌めるための嘘だと告白されて弛緩していくのがしみじみと感じたことは悪くないはずだ。というか、アイズさんってそんな器用なことできるのか……と感心しながら、そよそよと身を出していく。

 

「……めんどくせェことに……」

 

「あはは……こ、こんにちは、アイズさん……」

 

「うん」

 

 ベートさんが避けた先にいるアイズさんを視認しながら、僕でも理解できる状況のややこしさに思わず苦笑を浮かべてしまう。(うなづ)きながら短く返答した後に浴びせて来るアイズさんの眼がヤバイ、無感情というかいっそ冷酷というか……冷たい視線。だがそれは、たまたま僕がその範囲に入っているだけで、現在後ろにいるベートさんへと本来向けられているものだとはすぐに気づけた。何故かは知らない。

 

「……二人とも、完全(フル)装備……ダンジョンに、いくの? ベルが、ベートさんと? どうして?」

 

「――――」

 

「――――ッ―――――」

 

 「早く言って」とでもいわんばかりのまっすぐな目をベートさんはずっと受けていたが答えず、まさか僕に来るとは思っていなくて目を向けられると、すぅーと逸らしてしまった。疚しいと言えることがあるからこその態度にまた一段と鋭くなる視線。

 

「……私も、ついていく」

 

「アァ!?」

 

「あ、はい。わかりました、では行きましょう」

 

「おいちょっと待てー!? なんでそんなあっさり受け入れちまうんだよオイ!」

 

「え、だって断る理由ないじゃないですか」

 

 元々アイズさんに師事をお願いしたくてここに来たのだ――忘れかけてたけど。

 ならばついて来てもらって、アイズさんにも戦い方を教えてもらえればもう最高だろう。こんな贅沢なことしてもいいのかは考えない方がいい。都合の悪いことからは目を逸らせとシオンも言っていたではないか。随分と前の話だけど。

 

「……で、ベートさん、結局どこ行くんですか?」

 

「アァ? 深層に決まってんだろ」

 

「どうしてこうも深層に行きたがるんだ……!?」

 

 がっくりと頭を抱えてしゃがみこんでしまうほどの(あき)れ。流石にアイズさんにまでこんなこと言われたらもうどうしようもなくなるのだが……そこまでの無茶を言う気がアイズさんには無いらしい。僕の実力を理解しているからこそか。いやぁ、実にありがたい。危うく死にかけた。

 

「じゃあ、他にどこでやるってんだ」

 

「……市壁の、上?」

 

「あそこ(ほとん)どシオンがぶっ壊してたような……」

 

「北西の方だけ……他は、まだ無事」

 

「勝手に話進めてんじゃねェよ!?」

 

「ベートさんうるさい」

 

「なっ……」

 

 本日二度目の絶句、ベートさんお気の毒に。というかアイズさん、そんなきっぱり言う人だったんだ……ちょっと意外な一面。シオンは知ってるのかな?

 市壁上は確かに好い場所だ。世間体では不味いこの組み合わせもバレることは少ないだろうし、薄ら寒いのだが、それも気にしなければいいだけの個人的な感情だ。

 

「……ベル、訊きたいことがあって……いい?」

 

「え、はい、勿論」

 

「……ベルたちのホームって、どこにあるの?」

 

 予想外の質問に目を()いてしまった。その様子をどうとらえたか、あからさまにしょんぼりとしてしまったのは、シオン(セア)を優々と超す可愛さが秘められていて心臓が跳ね上がる。

 一呼吸おいてから、落ち着いて切り出した。

 

「それが、昨日……ぶっ壊されまして……」

 

「えっ……」

 

「あのバカでけぇ龍の仕業か」

 

「いえ、違いますよ。【アポロン・ファミリア】にやられました」

 

「―――――」

 

 確信した風に割り込んできたベートさんの出鼻を挫くと、何とも言えぬ表情で一歩引いた位置を保つようになった。アイズさんと僕が並んで歩く形となる。ベートさんが発端なのに、何故か付き添いの人的な感じとなっていた。

 

「じゃあ、今はどうしてるの?」

 

「えーと、シオンの所有している鍛錬場……確か『アイギス』っていう名前がついている場所でとりあえずは過ごすことになっているらしいです。僕は、その……ちょっと気まずくていけませんけど」

 

「……その、『アイギス』はどこにあるか知ってる?」

 

「――? はい、学区の近くにあって、かなり目立つ場所です。開けた場所にポツンとあるので、案外見つけやすいですよ」

 

「……うん、ありがと」

 

 何か決意を固めたような、だが少し恥ずかしそうな……凄く気になるのだが、あまりずかずかと踏み込むのはよろしくないであろう。そこはかとなく気になりはするが、個人的なことなのだ。

 

「じゃあ、行こう」

 

「はい!」

 

「俺がいる意味がわかんなくなってなって来たぞ……」

 

 何を今更。内心だけでそう呟いたのに、やけに睨まれてしまった。第一級冒険者とまでなると人の心が読めるようになるのだろうか、末恐ろしい。

 今日から恐らく一週間、この二人にお世話になるのだろう。落ち着けない非日常が続くであろうが、それもいいであろう。死なないと良いが……。

 

 

   * * *

 

「……緊急神会(デナトゥス)の召集を掛けたのにも拘らず、この遅刻。どうしてやろうか」

 

「まぁまぁアポロン、落ち着けって。どうせいつもみたいに寝坊とかで―――」

 

「陽が沈むまで眠っていられるヤツがいるか! 全く、一週間期限を与えると行っていたが、それは余裕の表れではなく自分の逃げであったか。見損なった」

 

「それも多分違うんだけどなぁ……」

 

 暇神(ひまじん)共が集まる摩天楼施設。神会(デナトゥス)用に設けられたそこ、地上三十階の空間では痺れを切らした一柱の男神が卓に拳を叩きつけて怒りを発散していた。中立と(うそぶ)く優男が抑えにかかるも何時間と待ち続けている彼には届いていない。

 

「というかアポロン、ヘスティアと本当に戦争遊戯(ウォーゲーム)するのかい? 滅びるぞ?」

 

「おいおいヘルメス、貴様中立を気取っておきながらそんなことをいうのか。なに、安心しろ。ヘスティアの所の子がいくら強かろうと、私の眷族(切り札)には及ぶまいよ」

 

「本当にそうかなぁ……」

 

 優男とて戦争遊戯(ウォーゲーム)が楽しみでない訳がない。むしろ、誰よりも望んでいるだろう。だがまだ早い、そうとも彼は思っていた。

 彼は知っている。()()()()()どれだけ常識外の存在であり、どれだけの価値を秘めているか。その存在がこの一件によって広まることは、『未来』を望む彼にとって非常に好い事。好いことではあるのだが……その内容が問題になる可能性が高いという懸念が強かった。 

 この会場に来る数時間前、彼は渦中の(ひと)であるヘスティアに呼び出されていた。その時にあの二人が今不穏な雰囲気であるという情報を入手したのだ。具体的に言うと、仲違いしたらしい。それと加えてその二人の内兄の方が、完全無欠の問題児であって殺人までしでかしかねないと主神である彼女に伝えられてしまった。それは困るのだ、彼としても。

 せめてもその性格がまともになるまで矯正されないと、とてもじゃないがこの憂いは払拭できなかった。

 

「ま、幾らオレが心配しても、意味無いだろうけど」

 

「あぁ、当たり前だ」

 

 お前に言ってない。内心独り言へ返答した男神に突っ込みを入れる。

 もう気にすることなく傍観を決め込む。無駄な決意をその時固めたヘルメスであった。

 

  * * *

 

「あーあ、しーちゃんどこ行ったのかなぁ……」

 

 とぼとぼ歩きながら、嘆息と共に出た言葉。いっくら探しても見つからない彼のことを考えて、また一つ溜め息。

 宴の時から消息を絶たれて、全く後を追うことが出来ていない。アポロン様曰く「宴には、代理の者が来ていた」らしく、私の隙を突いて宴に来ていたわけでもなかった。手がかりはほぼなし、逢いたくても無理だ。

 

「せっかく再会できたのに……やっぱり嫌われてるのかなぁ。宴に来なかったのも、私を避けたからかもしれないし……はぁ~」

 

 がっくり項垂れながら歩いている所為か、やけに視線を集める。いや、肩章(エンブレム)つきのファミリア特性外套(コート)を羽織っているからか。【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)がギルドに受理されてから然程経っていないのに、なんという宣伝力か。

 目立つのはあまり得意ではないのだが……まぁ、仕方ないのかな。

 

「あ、そういえば。()()()……」

 

 シオンの代理と語った女性は私も目撃していた。その時に気づいたわけでは無く、その人の特徴を聞いて思い至ったのだが。あの美の神じみた容姿を持った女性こそ、シオンの代理人。どんな関係かはたまらなく気になるのだが、とりあえずはそれよりも、彼女ならば不本意ながらシオンについて詳しそうだから、今どこにいるかなども訊けばわかりそうだ。本当に不本意だけど!

 ズドーンッ! 爆発的な音と共に大地が揺れた。慌てて目を発信源へと向けると、だがそこには混乱する人々以外何もいない。だが、その先。学区の方角には確かに目立ったものがある。私も一度赴いた、シオンの所有する鍛錬場『アイギス』。 

 

「多分……あそこかな」

 

 馬鹿みたいなこの現象もシオンの仕業か、将又あの見た目と不釣り合いな強さを誇る精霊か。いや、あの人の可能性もある。推し量れない、上限など見えないあの人の力ならばあり得るかもしれない。

 少しあの人に対しても純粋な興味が湧いて来た。シオンのこととついでに訊きに行こう。

 

「……巻き込まれたり、しないよね?」

 

 この懸念、的中せず外れてくれるといいのだが……

 憂いは新たに生まれるものの、期待を込めた足取りで、すたすたと向かう。

 適正偵察みたいで、何故だか気分が躍る。ちょっとだけ、楽しみだ。

 

 

 

  

 

 


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