やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 某コンデンスミルク入りコーヒを不味いという人の神経が解りません。

では、どうぞ


階段の後の会談

「あれが最北端、あれが貴方が所有してる『アイギス』。そしてあれが貴方たちの旧ホームよ!」

 

「的を射た表現ですね」

 

 雲すら超えた大窓から見下ろす街景色に一つ一つ指を指し、それが何だかを聴いてもいないのに嬉々として教えて来る。楽しんでいることがあからさまなその姿に、どうこう言う気にはなれなかった。

 他人(ひと)を呼ぶのは初めてとのことを言っていたが、こんなはしゃぐまでのことなのか。威厳を見せつけていた過去のあの姿は本当にどこへ行った。これじゃあ旺盛な子供と何ら変わらんぞ。

 

「そしてね! あそこであの子が、段々を磨かれていくの! 凄いわよ……透明という色を持った澄んでいる魂、光を帯び、器を広げ、成長を着実に遂げていく……あぁ。堪らないわぁ……!」

 

「勝手に発情すんな、居たたまれなくなるだろうが」

 

 身を捩らせて、ハァハァ頬を火照らせながら自信を抱くようにして喘ぐ美の女神はかなり魅惑的なもので……効果は薄くとも、何だか見ていられなくなるのだ。

 というかここに来た甲斐はあったな。ベルの場所が特定できた。だが市壁の上とは……あぁやっぱり、まだぶっ壊れてる。今度ティアに直してもらおうかね……

 

「んで、結局ウン十分かかって来たここで、私は何をすることになるのでしょうかね。まさか、ここからの絶景を共有しようとした、とかだったら容赦なく屋上から落としますから。このくらいの景色一つ飛べばすぐ見れるんだよ」

 

「だ、だって……ご、ごめんなさい。つい気が舞い上がってしまったわ」

 

「よろしい」

 

 意外と素直に反省する。あれ、この(ひと)本当に誰だろう……私の知っている神フレイヤはもっとこう、天上天下唯我独尊的雰囲気を醸し出した、王者的存在だったはずだが……私がこうして上から物を言っている時点で王者もクソも無い。どんな心境の変化が……頭でも打ったか?

 ま、正直そこは知らんでもいいけど。

 

「こほんっ……じゃあまずは座って、茶くらいは出せるわ」

 

「いいですよ別に……てかそもそもどこに。二人分の椅子もテーブルも無いですけど」

 

「……そうだったわね。確か奥に置いている筈……」

 

 おいおい、大丈夫かこの女神。流石に人を呼んだことがなくても、備えられている物の位置くらい自分の部屋なのだから分かるだろう……

 

「あぁあぁ、危ないですって……手伝いますよ、そんな無理しなくても」

 

「そ、そう? ありがと……」

 

 無理して中々に重そうな円形の卓を持ち運んで来ていたが、流石に辛そうなので交代して運ぶ。大きいだけで私にとっては苦でも無かった。

 指示された場所へ置き、いつの間にか引っ張って来た椅子に座って、結局茶なしのままとなった対面。一体彼女はどんな要求をするのだろうか。

 

「……やっぱり優しいのね」

 

「頭大丈夫ですか? 良い医者は知っているので紹介しますよ?」

 

「いらないわよ!」

 

 私が優しとは可笑しなことを。そんなことを思ってしまうのは今までの環境が過酷過ぎて『普通』の基準が可笑しくなってしまったティアくらいだ。あれは、仕方ない。……そういえば、アストラルなんかもいたか。

 

「さて、落ち着いたところで話を聞いてはくれないかしら」

 

「……五分以内で終わるのなら」

 

「あー……それはちょっと無理かしら。でも聞いてちょうだい」

 

 強引な……ま、別にいいか。ぶうたれて散々言われることにはなろうが、結局は全て一食与えれば納まる事。あれ、ティアってちょろくね? 大丈夫かよ、ちょっと心配になって来たわ…… 

 

「最近、貴方についてちょっと深く調べてみたのよ」

 

「無駄なことを……」

 

 というか、それを私に知らせるってどういうことだよ。馬鹿なのか?

 だが一応、念のため、別に興味がある訳では無いが聞き入る姿勢に入った。それに満足したかのように妖艶な普段の笑みではなく、中々見せないであろう好奇心にあふれた子供じみた純粋な笑みを浮かべる彼女は、やはり何かが違う。

 

「それでね、途中で気づいたのよ」

 

「何に」

 

「……調べていたのが、別の人物であることに」

 

「は?」

 

「ちょ、ちょっと、そんな真顔で冷たい視線を送らないでよ……あ、やめて、笑われる方がもっと怖いわ……」

 

 酷いなおい、怖いって言われたから意識して変えたのに……もうこの(ひと)の意見はなるべく気にしないようにしよう。うん、そうしよう。

 

「本当なの。シオン・クラネルについて眷族たち総動員で調べてもらったのだけれど、ここ最近の情報についてはやっぱり貴方について。それは変わらなかったわ。でも……遡るにつき変わっていたのよ、シオン・クラネルという人物から、シオンという人物に」

 

「ん? ちょっと可笑しくないですか?」

 

「えぇ、そうなの。私だって流石に名前だけ同じだったらそれを貴方だとは考えないわ。でも、違うの。名前だけじゃなく、体格、得物、戦い方、異常性、オラリオ外という出自……ほとんどが、怖いくらいに一致していたの」

 

 どういうこった。つまり、なんだ……私と特徴が酷似した人物が 以前存在していたという事か? だがそれがどうしたというのだ。他人の空似であろうに。気になりはするが深く追求する気は無い。それに体格なんてぱっと見素人が見て誰もが似たようなもんだろ。というか異常性が私と酷似していたその『シオン』さんとやらが可哀相でならない。苦労したんだろうなぁ……てか、何で戦い方知ってるんだよ。本当にどこから情報漏れてるか判んねぇなぁ……

 

「でも、容姿だけは少し違ったわ。貴方の髪、金と白が毛ごとに分かれているけど、そのシオンは何もかもが抜け落ちたかのような真っ白だったそうよ」

 

「おいおいマジかよ……」

 

「えぇ、マジよ」

 

 あ、貴女もマジとか言うのね。やっぱり神だわ。

 それよりも、だ。そのシオンとやら、神フレイヤは気付いていないが、本当に一致している。私は元々白の単色、金が混ざったのはアイズから継いだアリアの血が影響したものだ。だがどうしてこれほどまでに……真に受けようとは思はないが、どうしてか気になる。

 

「ねぇシオン、貴方両親の名前は知ってる?」

 

「知らねぇよ、顔も名前も存在自体も……!」

 

「……ぇ」

 

 目を剥き、絶句する彼女の瞳には滲む恐怖。万人を写し見通す鏡の眼、その中の私は驚きかアホ面を浮かべていた。

 

「……ごめんなさい、はは、何故でしょうかね……」

 

 今の感覚、無償な怒りというか、なんというか……変に否定的な感情がこみ上げてきた。衝動のまま吐き出してしまった所為で怯えさせたのは悪いとは思うが……そこまで調べが届かなかったことに対するこの喪失感、吹っ切り、気にしないでいたつもりだったが、やはりまだ未練があったらしい。馬鹿みたいだ。

 失笑浮かべて陰る私にふと、柔らかな感触。手を包む、華奢(きゃしゃ)で荒れ一つしない綺麗な手。

 

「……私こそ、ごめんなさい。知らなかったの、許してとは無理に言わないわ」

 

「そうです、か……」

 

 そんな気にしなくても……という気にはなれなかった。無駄だし、自分に嘘を吐くことになりそうで。

 重く沈んだ空気は、何となく嫌だった。

 

「神フレイヤ。先程の話の続きをどうぞ」

 

「え、えぇ……その呼び方ちょっと気に入らないけど、いいわ」

 

 ありゃ、普通の呼び方だとは思うけど……お気に召さなかったかな? というか以前もこうやって呼んだ気がするけど、気でも変わったのか、やはり。

 

「さっきのを聞いて無神経とは思うけど、私はそのシオンが貴方の血縁者だと踏んでいたの。あ、でも殆どわからなかったわ。姓が同じならば考えようがあったのだけれど、シオンの親もそのシオンも不明。そのシオンは性別不詳だったし、出自も不明だし……何せ、私がまだ下界に降りていない、600程前の話だからね。情報を集めるのが本当に難しかったから」

 

「よくそれでこれだけ情報集められたな……」

 

 そんな受け継がれていたものなのだろうか、そのシオンとやらは。異常性が私と似ているらしいが、その分その時代では色々やりたい放題だったろうな。

  

「でも、もうその話は終わり。少し変わって、別のことなんだけど……」

 

 と、言いながら持ってきたのは、部屋の奥一杯に広がる本棚の中でひしめく本の一冊。古びているが、まだしっかりと形を保った革表紙の本。

 私の前で開き、ある一頁を見せた。

 一頭の漆黒が印象的な龍――いや、竜。それに立ち向かう、人間が一人。白髪で曲長刀(きょくちょうとう)を両手に持つ、長髪女性――いや、英雄だから男であるべきなのか。

 

「大体1200年前のとある英雄の話よ」

 

「……私、この話知りません」

 

 どういうことだ。記憶の最古の段階から英雄譚はずっと聞いて来た。知らないモノなんて、無いと思うほど。まさかお祖父さんが知らなかったのか? いや、もしかして知っていて話さなかった? 

 もう知ることが困難なことを、無理に考える必要はない、か……。

 

「この英雄の名はソロモン。無限の知識を有し、未来の予知まで可能として、ある国を危機から救った英雄。この背景にある山が力尽きたその英雄を永遠に眠らせるかのように出来上がった山。後にここにはその国の王が祭壇を建てて、神聖な場所として祀られているそうよ。そして気づいていると思うけど」

 

「―――そいつが、黒竜。英雄が追い払った脅威。大方、ダンジョンから黒竜が進出することを予期し、命を懸けて戦った、と言ったところですか」

 

 指し示されながらの説明に、読めた先を述べてみると、素晴らしいとでもいうかのようににっこり微笑み一つ(うなづ)いた。

 

「話が早いわね、その通りよ」

 

 確か、ギルドで見た資料に、黒竜の地上進出は降前(こうぜん)200年頃と書いてあった気がする。時期は一致しているが……

 

「もっと深くいこうかしら。これは一応実話として語られているモノ。背景にある山も勿論存在しているの。この山の名前が――シオンというの。奇しくも、ね」

 

「……何が言いたい」

 

「ヒッ……ご、ごめんなさい。そんな怒られることだとは……」

 

「怒ってねぇよ、続けろ」

 

 とはいうが、口調にも表れるほどナニカが焦燥を募らせた。理解しがたい己の感情、わかっているかのようなこの感覚。全て知っているかのように、重なり聞こえるダレカの声。

 

「……1200、600、そして現在(いま)。この三つだけ見て、約600年周期に起きている、貴方に関りを見出せる物事……そしてもう一つ言えることがあるの」

 

「――600年ほど前、黒竜がオラリオへ来た」

 

「――! えぇ、そうよ、よく分かったわね……」

 

 オラリオについて記録された、ギルドの書庫奥深くに埋まっていたあの本。その中には大々的に黒竜について記された(ページ)があった。それが、今言った通りの時代の話。

 驚いた顔を浮かべられたが、コレばっかりは知っていたこと。

 

「私が言いたいのは、そういう事。この周期でこの条件、もしかするとという推測の域は出ないけど……オラリオに、黒竜が来る可能性がある」

 

「―――それで」

 

 重苦しい雰囲気になり、その原因が私であると知っているがどうこうする気は無かった。

 指を組み肘をついて、恐らく酷くなっている目を隠す。これ以上怖がらせるのは流石に悪い。

 

「懸念には保険を、ね。そして保険に保険を重ね、万全にする。貴方に、その時の為の準備をしてもらいたいの。オッタルだけではなく、貴方にもね」

 

「……用件はそれだけですか」

 

「本当はもっと貴方とこの時間を楽しみたいのだけれど……今日は我慢ね」

 

「では、さようなら」

 

 静かに立ち上がって、一瞥もすることなく去った。酷く嫌なナニカを胸中に残留させて、こべりつく靄が気持ち悪くとも払えず、そのままにして。

 妙な違和感は、尚も大きくなり、明確へと変わっていく。

 

 

   * * *

 

「怒りのー! 【雷神の鎚(ミョルニール)】!」

 

「おっと」

 

「ぐへぇ」

 

 『アイギス』への帰還後、不意を突いたのであろう精霊からの鉄拳(怒り)。容易く往なすと勢いそのまま、調理場から突撃してきた精霊(ティア)が壁へと激突する。

 ずりずりずり、と床へと壁に顔をくっ付けたまま崩れる彼女のお腹が、見計らったかのように意思表示をしてきた。正午から二刻ほど経っている所為か、本当に悪く思ってしまう。私はある程度耐えられるが、食欲というものを彼女から引きだしてしまった私には、ある程度食を与える責任はあろう。

 

「はいはい、じゃあいつもより気合入れて作りますから、とりあえず自分に回復(ヒール)して待っといてください」

 

「うん……鼻が、はながぁ……」

 

 うわぁ、曲がっちゃってるよ。あれ意外と痛いんだよなぁ……って、そんな簡単に治しちゃうんだやっぱり。流石万能精霊、戦闘関連ならば素晴らしい限りだ。メイドとしてはちょっと残念だけど。

 

「あ、シオン君お帰り。ご飯まだ?」

 

「……ティア、飯をたかる駄女神(だめがみ)がそこに居るので、さっさと追い払ってくれませんか?」

 

「うん、わかった」

 

「ちょっと可笑しくないかい!? いっつも作ってくれたじゃないか!? あ、ちょ、ティア君? 何をしようと――え、ちょ、待ってくれ。シオン君ー! たす、助けてー!」

 

 あはは、容赦ねぇ……流石に止めに入るが、半分冗談で私が言ったことも気づいての行動らしい。遊ぶようなその表情で丸わかりだった。性格の悪さは生来のモノだろうか、将又近くにいた人々の影響か。それはよろしくない、だって主に私の影響だろうから。こんな人になりたくないとか思うならまだしも、近づかれるのは非常に困ったことに……まぁいいか。

 

「んじゃ、さっさと作りますか」

 

「ありがとーシオン君……あ、そうそう。この後空いてるかい?」

 

「えぇ、まぁ空けることはできますよ。それが?」

 

「後で皆で協力して、サポーター君を救出するのさ。シオン君はその援護、いいかい、あくまで援護だからね?」

 

「ほぅ……」

 

 なるほど、神ヘルメスに聞いていたのは拉致されている場所の情報だったか。情報収集に関しては右に出るものが居ないな……ん? じゃ神フレイヤが知れなかった情報も知れたり……頭の片隅にでもおいておくか。

 

「で、リリの場所は」

 

「ソーマの酒蔵、ホームではないってさ」

 

「酒蔵、ね……」

 

 ソーマの酒蔵と言えば、無駄に警備が厳重な第三区画に存在するミーシャさん曰く『神ソーマの趣味の結晶(生きがい)』だったか。でも神ソーマ、確かギルドからの命令で酒造り禁止されて無かったっけ? まだ利用してたのか……もしかして、本物の『神酒(ソーマ)』もまだあったり……

 

「来てくれるかい」

 

「えぇ勿論、ベルの仲間を助けるため、微力ながら助力致しましょう」

 

「シオンが微力だったら、私たちは一体何に……というか、なんか企んでない?」

 

「いえ、全然全くこれっぽちも企んでなんかいませんよ」

 

 勿論、嘘だ。

 

 

 




 
 降前(古代)⇒降誕⇒降後(神代) 
 こんな移り変わり。紀元前と紀元みたいなものですね。もちのろん独自設定です。
 因みに降誕が初めて神が下りて来たその年代のことです。

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