やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 最近本当にグダグダですよ……。

では、どうぞ


勝利と敗北の差

「あっ……来た」

 

「……なにが、ですか……?」

 

「私が来た!」

 

「うん、おはよう、シオン」

 

「えぇ、たった数日なのに久しぶりな気分ですよ。早くからお疲れ様です、アイズ」

 

 変わらずの探知能力、反応では私も気づけるが、よくもまぁ正確に位置を特定してくるものだ。()()()()()()()()()()()のだが、普通こんな突飛なことを予測できるだろうか。流石、というべきだな。

 

「あーあぁ、ボロボロだなぁ……ざまぁっ」

 

「相変わらず癇に障る……でも事実だからなぁ、なんも言い返せないや」

 

「ありゃ、つまらないことで」 

 

 もっと言い返してくることを期待したのだが、体力がないのか、気力がないのか、器が大きくなったのか……どれでもいいが、結局つまらん。

 というか、アイズの協力はやはり仰げたようだ。ワン吉もいるにはいるらしいし、ナニカ不届きなことを起こすことも無かろう。心配なんて端から必要なかった。

 

「で、何しに来たのさ」

 

「なぁに、ただの連絡。今日円形闘技場(アンフィテアトルム)にて戦争遊戯(ウォーゲーム)第一戦目が開催されることがギルドから昨晩公表されました」

 

「第一戦目?」

 

「えぇ、三戦構成で勝ち数の多い方が勿論のこと勝利。二戦目で決着しても三戦目は行うらしいです」

 

 特殊な事例に私よりオラリオに長くいるアイズですら聞き返して来た。ギルドで集めた情報も交えての説明に興味の表れか僅かに眉を上げた。ベルは完全にぽけーぇとしているが、疑問を覚えることくらいはできたらしい。

 

「誰が戦うわけ?」

 

「各派閥自由なのですが……私が出たらつまらないので、団長で書類を提出射ちゃいました♪」

 

「……今なんて?」

 

「団長で提出させていただきました♪」

 

 にっこりと、変えようのないもう過ぎたことへほくそ笑んだ。唖然と、もはや絶望的とまでいえる表情で不気味に笑い声を、宛ら壊れてしまったように漏らすベルに若干引くアイズ。

 身勝手もいいところだが、ベルもせっかくこうして鍛錬しているのだ。その成果は残り二つの団体戦では霞んで見えてしまうだろう。主に問題児二人の影響で。だからこそ、こうして活躍の場を仕立てた訳だ。

 

「――決して、面倒だったとかそういう訳では無い」

 

「うそ。シオン今嘘ついた」

 

「ソ、ソンナコトナイヨ?」

 

「わかるもん」

 

「あらやだカワイイ……!」

 

 ぷくぅと頬を若干膨れさせて詰め寄ってくるその姿、仄かに色が付く頬も、腰につく手も、上目遣いも、どこをとっても可愛くてたまらない。

 というか嘘までわかっちゃうのね。勘なの? それとも私が嘘つくときにナニカ癖があるの? それだったら一刻も早く矯正したいものだ、厄介極まりないし。

 

「―――こほんっ。そ、それで、時刻ですが昼過ぎの二時丁度に開始ですので、その十五分前には会場へ到着しておいてください。ルール説明や準備、不正予防の検査等々があるので」

 

「……仕方ない、か。はいはい、諦めて戦いますよ、戦って勝てばいんでしょ?」

 

 もう投げやり、一つの溜め息で両手を上げて、何についてかは知らんが降参を示して受諾する。満足げに頷くと、もう興味はないとでも言わんばかりに私ではなくアイズに向き直って構える。

 

「ね、ねぇシオン、シオンも一緒に、しない?」

 

 だがしかし、アイズはベルに見向きもせず。変わらず私を見て語り掛けてくる、どこか恥ずかしそうに。人を誘うことは慣れていないのだろう、実際私もそうだが。できれば慣れないで欲しい、だってこの状態が最高にすんばらすぃし、何ならいつまでも見ていられる。

 

「鍛錬ですよね。お誘いはとても嬉しいですし、受諾したいのは山々ですが……繰り返すわけにも、ね」

 

 といいながら、目線を横へと移す。先に崩壊寸前の北西の市壁が見えるように。「あっ」と察したかのように二人が声を漏らした、次に向けられる申し訳ないとでもいうような視線が痛い。

 加減しても強度が私からして乏しいここ、せめても『アイギス』程は強度が無いと鍛錬どうこう以前の問題だ。身の丈にあったモノ・場所でなければ自身の成長は見込めない。意味のない事では無かろうが、成果が『鍛錬』という目的にして中々難しいところ。

 

「ま、私が動かなければいいだけのことですが」

 

「そ、っか……うん、そうだよね、ごめん、無理言って」

 

「いえいえ、アイズの我が儘何のその。聞くだけならばなんぼでも、実行するかはモノによりますが」

 

「シオンって寛大なのか狭量なのかわからない時よくあるよね」

 

「ハッ、知れたことを。狭量に決まってるだろうが」

 

「認めちゃうんだ」

 

 あったりまえ。私が寛大だったら、一体この世の誰が狭量だというのか。逆に知りたいものだぞ。だからそこまで驚かないで欲しいのだが……そもそも、一体いつ私が寛大だと言えるところを見せたというのだ。記憶がないぞ、そんなことに関したものは。

 傍観を決め込むと宣言した通りに、邪魔にはならぬよう端っこへと速やかに移動する。くるっと振り返ると、互いに構えをとって、真剣と鞘で戦うというハンデの中、真っ向から挑みにかかるベルが丁度映る。

 しなった腕、なった音は非常に鈍い、ぶギっ、というあまりよろしくない悲鳴(骨折音)であった。

 

 

   * * *

 

 昼間っから酒で飲んだくれる、相当な年月を過ごした人々。お祭り騒ぎと昼夜が混同したかのような店の並び、表に開く戸から覗ける店内には、やはりどこも埋め尽くされていた。

 人や神がもはや区別がつかないまでに入り乱れ、誰彼構わず待ち望んでいるのは一体何だろう。酒を持ち、まだ公表されていない出場選手についてあたりをつけようと模索する荒くれ。いまやある意味有名なファミリアについて好奇心をそそられる年端も行かぬ子ども。会場のチケットを入手し、今か今かとその時を待ち続けている運のいい者たちや、金遣いの雑把(ざっぱ)な神。

 刻一刻と近づく、開始の銅鑼を鳴らす係が動く時間。一分前となり、神にのみ感じ取れるギルドからの『覇気』によって、一斉に対象の神々が大仰に指を鳴らした。『全能の力(アルカナム)』の波動が世界へ干渉し、空間を湾曲させて、この世非ざる力が『そこ』へと現れる。酒場へ、人集まるホームへ、購入を逃し悔しがる人々が大半を占める中央広場(セントラル・パーク)へ――――

 

「さぁ間もなく始まるよ~! 実況は私、仕事の腕前抜群、ギルドの受付嬢兼冒険者アドバイザーのミイシャ・フロットと――!?」

 

「こら、嘘つかないの。あ、こんにちは皆さま。同じくエイナ・チュールです。こういったことは初めてですが……精一杯頑張らせていただきます」

 

 円形闘技場(かいじょう)を一見で見渡せる、普段はガネーシャなどが座る特等席の位置で席につき、魔石動力の拡声設備を利用して話すのはギルドで何かと人気のお二人。その自然体のあまりに、緊張は全く感じ取れなかった。

 

「さてさてぇ、後一分切ったけど……そろそろ選手紹介が、お。来た来たー! えーと、なになに……うわ、意外、弟君が出るんだ……」

 

「ちょっとミイシャ、個人的な話ばかりしないの。では、改めて、選手を紹介いたします。西ゲート、【アポロン・ファミリア】代表、ファミリア団長、【太陽の光寵童(ボエプス・アポロ)】ヒュアキントス・クリオ。東ゲート、【ヘスティア・ファミリア】代表、ファミリア団長、【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネル。となります」

 

 あと十数秒、出場選手(オーダー)の以外さに誰もが驚いているのだ。どう考えたって、

世界最速記憶保持者(ワーストワン)』の異名を持ちし【ヘスティア・ファミリア】いち有名なシオン・クラネルの出場が必至。そこいらの有象無象には理解不能だろうが、ある程度関りのあるものには、なんとなく察せてしまった。そう、彼の性格上から。

 

「意外な選手ですよね、ミイシャさん。そのあたりどう思いますか?」

 

「いいよエイナそんな格式ばった面倒な言い方。ん~でもこれ、やっぱりアレだよね。シオン君、絶対面倒臭いとか言って端から出る気なかったよね」

 

「ですよね……万が一にも負けた時のことは考えてないのかなぁ……」

 

「どぉーせそこまで考えた上のことでしょ。ま、シオン君出ちゃったら一瞬だし、つまんないから判断としてはいいかもねって、もう始まるじゃん。ハイ5、4、3――!」

 

 と、いきなり始まる一桁のカウントダウン。ざわめきを立てていた会場が、いや、都市全体が、まるで口裏合わせたかのように静まり返る。

 共に上がり始める格子型のゲート、闇の中から出て来る選手一名ずつ。その表情は真剣そのもの――宛ら、果し合いでもするかのような。

 

「――構えて(レディー)戦闘開始(ファイト)!」

 

―――ゴォォォォォン!

 

 重低音がゆっくりと広がった。ミイシャ・フロットの声と共に叩かれる銅鑼、音が過ると、負けじと追っているかの如く鬨が轟き出し、それはたった一ヶ所から全域へと拡大した。

 両者、まだ得物を取らずに互いに見つめ合っている。何事か言葉を交わしているのは口の開閉から想像がつくが、その内容を知れるものは恐らくいなかっただろう。

 ピカッ! 何の前触れもなく闘技場に現れた目も眩む白光。驚き一瞬の間があった観客の目に次に映っていたのは、尋常非ざる剣技の応報。ほんの少し落ちた観衆の勢いは、また一転し始めから最高潮での盛り上がりへと容易く至った。

 これこそが人を沸かせる神々の代行戦争、その一端。

 争いは激しく、その中で見つかる『強さ』は常に尊く。今ここでも新たな発見が起きる。

 

 

   * * *

 

「貴方を、倒させていただきます」

 

「できるものならばそうするがいい。ところでだが、一つ訊かせてもらおう」

 

 カウントダウンの声が響く中、開いたゲートと指示に従って出場すると直前まで公表されていなかった相手の姿が対のゲートから重々しく歩いて来た。なにか覚悟でも決めたかのような、そんな面持ちで。

 アレだけしたんだ、そう思うせいで少し緩んでいた気を引き締めて、(いまし)めとばかりに相手に言い放つ。腰に在る短刀、上から下まで全て漆黒の『ヘスティア・ナイフ』と牛人の角(ドロップアイテム)の半分から作成したつい先ほど整備を終えたばかりの牛若丸(うしわかまる)の柄を握り、だがまだ抜き放たずに腰を少し低めに落とし、左足を前に出す半身の構えをとる。アイズさんとの戦いでしっくりきた構え。

 だが相手は身構えているようには見えない。上級冒険者ならではの自然な立ち姿だった。隙がほとんどない、それだけで抑止力となる屹立(きつりつ)

 そんな中、やけに違和感の感じる彼の声が届いた。

 

「ベル・クラネル――お前が死ねば、お前の兄も少しは、苦しめることが出来るか」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 代表戦(このゲーム)では殺傷の類を一切禁じられている。それは事前説明で要注意と念押しされたことだ。そもそも決着は相手の気絶ないし戦闘不能、最悪降参(リザイン)でも構わない。殺すに至る事でもないのだ。

 なのに、何なのだろうか。この、殺意を呼ぶにふさわしい、首筋を撫でるような寒気は。正しく僕は眼前の問うてきた相手に怯えている。

 思わず、ハハッ、空っぽの笑いが漏れた。幾つもの意味を同時に(はら)んでるのに。

 

「――無理ですね」

 

「――クズだなやはり」

 

 自嘲にも似た声に酷く冷淡な声が返る。はっと視界を戻すと、今にも得物であろうものの柄を握り、抜き放とうとしていた。彼我の距離、約8M、短刀(ナイフ)じゃ届かない―――

 

「【ファイアボルト】!」

 

 砲声に全力で注いだ魔力の変換体、炎雷(えんらい)の白光と共に右で地を蹴る。シオンから強制的に覚えさせられた、『構えを取らずに魔法を放つ』技術は功を奏したか、確かに相手に命中した。だが今一『手応え』というものがない。勘に近いがまだ倒れていないだろう、だからこそ加減せずに粉塵舞い上がる中へと斬り込んだ。視界は悪いが見えない訳じゃない。何ならば十階層あたりのようなものだ。

 

「面白い技だ」

 

「―――ッ!?」

 

 不意を突いたはずの袈裟斬りは甲高い音を響かせ、突然予想もしなかったことで痺れる右手の代りに、迫りくる脅威を往なしていく。アイズさんのあの鋭く、何者よりも早く、それでいて滑らかな剣筋とは明らかに違うこの剣筋は慣れるまで非常に厄介だろうが、今は追い付けない程の速度ではない。

 

「ハァっ!」

 

 痺れを払った(無視した)右腕も加えて、攻守を逆転させる。だがしかし、僕の攻撃速度も相手と拮抗する程度のもの。打ち勝つには、成長した【ステイタス】でもまだ足りない。かなり伸びたと神様から告げられたのだが、まだ足りないのだ。

 

「おぉぉォッオオオオオオ!」

 

 気合を入れ、自身最速の連続斬撃(ラビット・スラッシュ)による前のめりなまでの攻めの姿勢。体力が冒険者の平均ほどしかないらしい僕にとって長期戦、ましてや持久戦など望ましくない。制限時間はありとて30分、全力でぶっ通しとなると疲弊による敗北は必至。ならば始めっから全力が最適解。 

 だが不味い、確かに押せてはいるし今のところ優勢と捉えて齟齬(そご)はないはずだが、つまるところ一太刀も届いていないのだ、辛うじて服を掠めるくらいだが、相手はそれに頓着する気が無い。よってただ体力を消耗しているだけの状態となっているのだ。だから不味い、非常にピンチ。

 それは相手にも気づかれているのだろう。尽くを躱し続けているだけで、一向に攻めようとはしない。慎重を期しているという理由もあろうが、何にしろこの状況は続くことになってしまう。

 

「【ファイアボルト】! 【ファイアボルト】!」

 

 有効ではなくとも注意力の分散には役立てることのできる速攻魔法を乱発して、もはや我武者羅になりつつあるが、努めて頭は落ち着いていた。ひたすらに隙を探り、正確に持てる技術を利用する。それを繰り返しているのが今の戦い方。簡単だが複雑な、生き延びるため戦うための、あの人から学んだ技なのだ。

  

「これなら――!」

 

 そのうちの一つがフェイント。二刀を操るからこそ頻発して使用する駆け引きに近い技。牛若丸を囮とし、『ヘスティア・ナイフ』によって決め手を放つのが僕の通例(セオリー)。それは僕の戦い方を知らないはずの彼には通用するはず、だから同じ手を使った。

 

「ハァァァァぁっ!」

 

 視線誘導とは別段難しいことではないらしい。できない人が多いのは、それを意識的に行おうとしているからだそうだ。これは無意識の中意識的に行うものだそうだ。無理に力むと失敗し、だが意識しないとできるはずもない、出来たらそりゃマジものの天才だ。とシオンが言っていた。

 ポイントは相手の目を見て、視線を見ないこと。相手の視線が僕の視線と交わったところに囮を出現させ、それをあえて比較的緩慢な速度で見当違いの方向へ移動させるのだ。同時進行で、出来上がった死角から決め手を放つ。

 そこから吐き出した裂帛(れっぱく)の気合が伴った斬撃は、違わず敵を裂く。だが相手も流石格上、左肩に異物が混入されたことに気づいてから、致命傷にならないように身体を捩って無理に斬撃の軌道を胴体方向から腕へと移動させた。

 肩に侵入した短刀(ナイフ)が『生きている』肉を断ち斬り、骨へと食い込んで切っ先が軌道に沿って抉っていく。長く、長く、本当に長く感じたその感触は、もう慣れてしまったゴブリンやオークなどを斬った時の感触と変わらないのに、何故か、どうしてか、斬り終えた後も変わらず手に残留し、脳にまで沁みて来て、それは心を、精神を蝕み――――

 

「うっ―――ぉごっ」

 

 飛び散った鮮血が顔へとかかり、その香りが鼻孔へと侵入した瞬間、今までにない生理的嫌悪が、訳の分からない違和感という気持ち悪さが強襲して僕を苦しめる。腹の底から煮えくり返るように吐き出されて、吐いて吐いて吐いて吐いて――――

 

「――弱いな、(けが)らわしい」

 

 冷たく、卑下した声が落とされたあと、いったいどれだけ経ったかは定かではない。だが確実に、僕の意識を彼は刈り取った。

 緩慢に伸ばされた意識の中で、思う。

 僕が決定的に足りなかったもの、それは人を斬った経験。『生きている』肉を、骨を断つ感触の不快さ、殺してしまうかもしれないという恐怖。モンスターとは全く違った。それが僕を、負けたらしめた要因なのだろう。

 こんな負け方、あんまりだ―――そんな嘆きは、自分の弱さからの逃避だと自覚しても、誰に聞かれず声にもならず、叫ぶしかなかった。

 

 

 


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