無計画性が如実に出た気がする……
では、どうぞ
「人斬った程度で吐いて隙曝してあっけなく負けるとか――本当に何やってたの?
「――本当に、そうだよ。何やってたんだろうね……あんなに協力してもらったのにさ、結局敗因が人を斬った経験が皆無だったということ。シオンは凄いね、躊躇いも無く斬れて、それでいて平然としていて。僕には無理みたい」
「あっそ。でもそれが理解できているならまだマシですかね」
人を斬る経験、そして『慣れ』。この世知辛い世の中で生きていく上で持っていて損のない能力。私だって始めから人を斬る事などできなかっただろう。ただ、自分が斬られた時の記憶が鮮明に刻まれているから、何となくで斬れてしまったに過ぎない。それでも弱かった、完全に至ったのは『あの世界』で散々と繰り返したことに寄っているだろう。それをベルに強要するのは今は無理がある。だが、だとしても、だ。あれは酷い……
体勢を多少なりと崩してしまいながらも
「何時までも引っ張っているだけでは何一つ始まりませんよ。ま、休むのは自由ですけど。なので準備ができたら来てください。来なくても良いですけどね」
控室、憐れな己を隠したいからか、暗闇に包まれたそこで背を向けるベル。端で膝を抱え、防具を全て外してやさぐれているのは自分でも良く理解しているのだろう。どれだけ愚かか、甘かったのか。
こういう時、どうしたらいいか正直わからないけど、放っておくのが私にとっては最善手だ。私が関わると、碌なことにならないのが当たり前。
「では、また何かあったら。それまでご自由にどうぞ」
「――――」
真っ黒に堕ちたベルの沈黙、もう、言葉を掛けるべきではないと察して早々の退出をと一言投げかけた。期待していたわけでは無いが、返答がなかったのに少し寂しかったのはまだ完全に弟離れしてないせいか。やれやれ、最近弱みを見つけてばかりだ。
「さぁてと、次は私の出番かねぇ……ああぁ、面倒くせぇ。一瞬で終わらせるわけにもいかんし、長引かせると下手して負けちゃうし……見世物だからなぁ、誰だよ三回勝負にしたやつ――あ、神ヘルメスか。今度乗り込もう、そうしよう」
小言をぶつぶつ呟きながら進む廊下、重量が成人男性ほどある靴が石造りの床で音一つならないという考えてみてかなりうすら寒い現象に、改めて苦笑いを浮かべながら結局変わらない足取りで外へと向かう。その先に居る人に、感づいていながら。
相手はなにで私に気づいたのだろうか。カッカッカッと軽快に靴底が跳ねながら、駆けるような足取りで向かってくる『彼女』、行動が予測されているのが
「よっ」
「にひひ、久しぶりだねしーちゃん。やっと見つかったよぉ~」
「近寄るな触るなくっつくな離れろ……! 変なしがらみとか生みたくないんだよ……」
まさにそのしがらみが貴女ですがね!? とは内心の談。いったら絶対ぶうたれてこれ以上に酷くなるだけ。下手に行動するべきではないのだ、この子相手に。
胸に飛び込まれたら受け止めるしかなく、目線を下げると上目遣いでにっこり笑む黒髪の少女の
「……っと、そうだそうだ。るーちゃん大丈夫? かなりアレだったけど……」
「寄りたいのならこの先ですよ。私はもう知りません」
「うーん、ということは、もしかして情緒不安定? 精神の均衡保ててる? うっかり自殺しちゃったりしないよね、ね? それはあまりにも寂しいよぉ……」
流石に無いだろうが……自殺したら、正直なところそれまでだ。英雄という夢を叶えるならば、この程度のことで諦めはしないだろう。英雄の資格を持たない弟を匿い、傍観することなんて何の意味もない。ここで死んだり、諦めでもしたら見捨てるだけだ。
「というか、こうも私と関わって、派閥問題になりますよ。ましてや今は
「気にしなーい気にしなーい。私全然縛られてないからね。副団長だとしてもファミリアで一番年下だからってことで仕事はなし、暇だし……来ちゃった♪」
「なぁに言ってんだか……」
はぁ、めんどくせぇ。こうも無邪気で害意がないと払うに払えないし……いや、彼女の性癖はちょっとイってるから虐められて悦んじゃう可哀そうな子なんだけど、だからと言って、たとえ蔑ろに扱い喜ばれるとしても、私個人の気分として進んでする気にはなれない。多少なりとサディスティックなことは認めるが、どうしてかその対象は限定されるのだ。例えば気に入らないやつとか、無性にそそられてしまうやつとか……
「あ、そうそう。これ、しーちゃんに渡しておこうと思って」
「そのための待ち伏せってわけですかい。あいよ、受け取りはするからとっとと帰れ。私は暇だけど忙しいんです。ちょっとくらいしか構ってやれないんですから」
どうしてだか驚きに目を見張る彼女が差し出すものを素直に受け取る。案外ずっしりとした重みがあって、感触的に
「これが何だか聞いても?」
「答えが無いからダメ。だって私もわからないし。一応包装したのは私だけど、中身はお姉ちゃんからなの。結構前からもし遇えたらしーちゃんに渡すようにって託されてたものなんだぁ」
「ほぅ、これまた難儀なことだ」
あやつ、死んでもまだ私に迷惑を掛けるか……絶対よからぬものだぞ、コレ。開けたくねぇなぁ、でも中身気になるんだよなぁやっぱり……
というか、あやつ自分が死ぬこと予期してやがったな……態々妹に自分からの贈り物を託す意味が、そうでないと説明できない。ちょっと死因に興味が湧くが、今は聞くべきでもないだろう。いや、ずっと訊き出すべきではないのかもしれない。
「これだけですよね。さぁ、さっさと帰って次の戦いに備えなさい。ま、それすらも真正面からぶっ潰してやるけどな」
「え、もしかして次しーちゃん出るの? ほんとに?」
「ご想像にお任せしますよ。それでは、今度は戦場で」
「うん! でもいつだって会いに来てくれていいんだからね?」
んなことするわけ無かろうが、面倒臭い。彼女は楽しいだろうが私は疲労を蓄積させるだけだ。フラストレーションのあまり爆発する自信があるぞ? 行かなきゃ全部解決なのだが。
笑顔で手を振って来る彼女は、昔と何ら変わりない。あのそこそこ安らぎを得ていた時と、不思議なまでに、まるで寄せているかのように。それが何処か、痛ましかった。
軽く手を振り返して、そのまま気にせず外へと向かう。彼女について深々と考えたところで、そこに私は意味を
吐く溜め息一つ、どことなくそれは、重かった。
* * *
「ほよ、どっした? 包丁なんか持って、なに、殺しに来たの?」
「なんで最初の発想がそれになるわけ……? わたしがシオンを殺すわけ無いじゃん、というか殺せるわけ無いじゃん」
「不意打ちならあるいは、ってところですけどね、私が殺される方法としては」
私だって万能でも無ければ不死身でもない。【ステイタス】のお陰で成長するのに老化はしないという矛盾が成立してはいるが、生物としてその概念には抗えない。ちょっと例外的に生き返れたりするけど……それ自体が無限なわけでは無いのだ。精神と身体の限界、それが来てしまえば
「で、何しに来たんだよ本当に」
「あ、うん、その、ね……メイドとして非常によろしくないことなんだけど、わたしって全然全くこれっぽっちも料理できないでしょ? だからちょっと練習しようと思って、でもやり方わかんないし、レシピがあるじゃん! って思って書店に行ってみたんだけど……字、読めなくてさ。行き詰まっちゃって……」
「どうしてそこで包丁に……あ、包丁の使い方だけは解ったのか。でも下手に使うと折れますからね?」
というか、確かギルドでの【ファミリア】登録時に
っと、それより、だ。
「料理、したいんですか?」
「……うん」
「よろしい。んじゃとりあえず包丁を突きの持ち方で持つのは止めなさい、危ないから」
これじゃ完全に切るためではなく刺すためだぞ。別にそれでも切れない訳では無いが……うん、危ないからね。特に刃物を斬るために使っている人は。
ティアが若干驚きながらも包丁を持ち替え、どこか退き気味に、だが前のめりになって聞いて来る。
「……もしかして、教えてくれるの? 一応主人的立場のシオンが、わたしに? いいの、大丈夫なの?」
「どうもこうも大丈夫も知るか。主人がメイドに物を教えて何が悪い。というか、世間体を気にするのであったらメイドが料理できない方が不味いわ。いい加減さっさと万能メイドになりやがれ、無理では無いだろうが」
「無理言わないでよぉ……わたし、万能なんて程遠いし」
え、マジで? そんな顔を浮かべてしまっているだろう。自覚ないとかもはや厭味になってしまうぞ……何なら私なんかより天性の能力持ちだろうが。羨ましい限りだぞ。今得ている能に不満などは無いのだけれど!
「じゃ、早速やりますか。どぉせ二回戦まで暇ですし、散々でも付き合いますから。時間は無駄に余るようですで」
「やったー♪ ありがとシオン、じゃあ行こー!」
「あ、先に行っていてください。私は荷物を置いて来るので」
脇にか抱えていた箱を軽く上げてみせると、
気になりはするけど、後回しだ。何なら物の奥底に埋まって二度と見つからず、最終的にはどうでも良くなって見ないまである。ちょっと危ういにおいがするからそれでもいいと思っていたりもする。
「まぁ、結局開けちゃうんだけどねぇ……」
そんなことを、いつしか彼女に別れを告げられた時を思い浮かべながら呟く。誰に聞かれることも無く消え去った音は、『あの時』と少し似ていた。
なんやかんやで、彼女は私にとっても大きな存在であったのだ。具体的には四番目くらいに。だからこそか、少し、ほんの少しだけ、この箱を開けるのが、怖かった。
* * *
「ふぅん。次は明日……開始は朝の九時、準備はそれまでに終わらせておく、と。場所はセオロの森、ってどこだよ……郊外だったら近場で言うとあの森だけど、まぁそれは要確認かねぇ」
陽がひょっこり頭をのぞかせているくらいで来たお陰か、人はまばらと散っていて情報掲示板を物色することに邪魔はほとんど入らなかった。あぁ、あくまでほとんどだ。
「セオロの森……密林と言われることもあるが、確かにオラリオ近郊にあるものだ。モンスターも勿論生息しているが、植物や野生動物も豊富でな、採集や狩りに訪れる人も少なくはない。私も暇があればよく赴いたものだ。なんだ、その、今度一緒に狩りでもするか?」
「私がいたら狩り通り越して駆逐だから。いけないから。というか今更ですけど、何でここにいるんですか。一大ファミリアの副団長とあろうお方が……!」
「そんな風には全く思ってないだろう。堅苦しい肩書きなんて気にする必要も無いから構うな。それと、私とお前がここでこうして一緒に居るのは本当に偶然だ。逢いたくない訳では無かったが……今日は見計らったとかそう言う訳では無い」
「あーはいはい、そんなの解ってますから」
と適当にどうでもいいことは受け流しつつ、有用な情報だけを引き出していく。
オラリオ近郊の森とは言っていたが、恐らくあそこのことであろうと見当はつく。以前、高々天へ昇った時辺り一面と見渡してみたが、確かに密林は存在していた。
ややふくれっ面を浮かべる中々見れない彼女を横目で見つつ、見つけた説明書きを読み進めていく。
「形式は
場所がわからんと不正もし放題だし、観戦している側としてはそれを知れているといないでは何かと楽しみ方も変わって来るのだろう。
「参加人数は自由のようだが……シオン、お前の派閥は誰が出場するのだ?」
「……すぐ公開されることですし、別に問題ないですかね。私とティアで完膚なきまでの圧勝してやりますよ」
「ふむ、そうか。お前たちなら可能だろうな」
そりゃどうも、と内心でのみ言っておく。別に負ける気などないか肯定否定なんぞ関係ない。ただぶっ潰す、それだけ……だが完全勝利にも色々な種類がある。っとそのための勝利条件……
「全旗の奪取、または主要旗の破壊。破壊おみなされるのは燃焼・粉砕の二種類のみとする。ほぉ、どっちもできんじゃん。んで、相手の
「全旗、というのは
「文句あるなら言ってきたら良いじゃないですか」
ちょっとぉ? 肘鉄はやめて頂けませんかね……やった人の方が痛がるからさ、こっちとしてはそんなに体硬いのかなって心配になるんだよ……解ってるから、立場とか諸々あるのは理解してるから、だからそんな
「んで、他には……お、敵勢力の全滅。こりゃ性に合ってるな。ん、あ忘れてた。旗の奪取は規定地点までだったはず……お、中心地じゃん。わっかりやすくて助かる」
地図も書いてくれているのは非常に好い親切心だ。まぁかなり大雑把な地図だけど、地形に関しては無知よりかある程度知っている方がマシだ。あとは感覚が頼りだな。
他には……もうないらしい。意外と単純なもんだな。で、注意事項が。
「ありゃ、意外と多い」
「……厳密に組みたいそうだな。だがその分裏が緩くなる、そこを突くのが一番だな」
「アドバイス有り難うございます、頭の片隅にでも放っておきますよ」
それくらい解ってるからね? どんだけ構いたいんだよこの人は。何、誰かにナニカ言ってないと死んじゃう病なの? よくもまぁ今まで生きていられたなおい、めっちゃ苦茶大変そうじゃん。まぁ適当に言ってるだけのことなんだけど。
あえて口に出さない優しさはせめてもの慈悲だ。また殴ってきて無駄な痛い思いさせたくないし。何かと無遠慮に攻撃してくるんだよなぁ……理性的に見えて、実は口より先に拳が出ちゃう本能的に動くタイプなのかもしれない。
「んじゃ、とっととやりますかね。ではまた今度に、リヴェリアさん」
「あ、あぁ……では、またな」
「?」
うーん、何かやっぱり違和感感じるんだよなぁ……その半分だけでた手といい、ちょっと控えめな口調といい。大丈夫かこの人、日ごろの疲れでオカシクなったりして無いだろうか。
ま、私の気にする事じゃないか。
傍らそんなことを思いつつ、自分の変化に気付かない彼。
何故彼は、「また」なんていったのだろうかと、疑問に思う事すらない。
気づけない奥底で、わだかまっているものだからか。知りたくないと必死に目を逸らし続けているからか。
今や陰り、遠くなる彼の背へ虚空を切る手を無意識に伸ばしていた彼女も、その理由には思い至らない。自分が何故彼を引き留めようとしたか、そんなことさえ。簡単で、複雑な答えにさえ。
すれ違って、離れて……いつになれば、一体―――