やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 先のこととか考えている場合じゃないんだよなぁ……

では、どうぞ


陽に隠れた森へ

「ねぇヒュアキントスぅ、そんなことしたって意味無いって。真正面から迎え撃つ準備した方がよっぽど対策になるよ?」

 

「―――いや、これでいい。あいつには恐らく、これが効く」

 

「そうかなぁ……というかそもそも()を使って大丈夫なの? しかも毒蛆(ポイズン・ウェルミス)の調合毒なんて、人間に使う物じゃ――しーちゃんが人間かどうかはともかく、致死性の攻撃はダメなんじゃないの?」

 

「問題ない、ギルドの掲示板は確認済みだ。あそこの情報に致死性の攻撃を禁ずるという旨は記載されていなかった。他事細かにルール付けはされていたが、どうしてだかここだけは抜けている。狙っているかのようにな」

 

「ふぅ~ん」

 

 鬱蒼(うっそう)とした自然が広がり、だが仄かに人工的な物のにおいを漂わせるそこ。あらぬ方向に曲がって伸びる木にすとんと座り、薄い白布で巻かれたものを愛おし気に抱く少女がつまらなそうに、暇つぶしくらいの思いで何やらと忙しない青年へ声を掛ける。手が空かない中でも律儀に答える青年は、森に落ちているあれやこれやを独りで運んでいた。都市から持ち出した毒、布袋に入れた粉末状のソレを、井桁の木組みの中へ集めたものの上にまばらに撒き、一本の糸のような何かを少しばかり挿し込むとその元を持つ彼は挿したそれが抜けないように慎重な足取りで移動した。やがて一回り大きい木の下で止まると、根に――否、そこに仕掛けていた同色の箱へと先を挿し込んだ。

 

「リア、移動するぞ。あと、これ以降ここには近づくなよ」

 

「りょーかい。でも、これってどんな仕掛けか気になったり」

 

「ただの絡繰り仕掛け(トラップ)。ダンジョンでは使い物にならない、知人の英知の結晶だ」 

 

「むぅ、それじゃあわかんないじゃん」

 

「人を殺すためにある物を、お前が知る必要はない」

 

 それにちょっとばかりむすっとする少女を、微笑ましく、だがその目は悲しく見つめる青年が発したその言葉、彼にとっては冗談でも何でもなく、ただの本心であった。

 彼女には人など殺して欲しくない。悲しい思い、苦しい思い、痛い思い、辛い思い――そんなもの全て、感じてほしくない。身勝手にそうと願って、口にする事すらできてない自分の愚かしさに何度悔やんだことか。

 だが小っ恥ずかしくて、悔やんでも行動へ移せない。何より、彼女にはずっと想って止まない相手がいるのだから。その想いを踏みにじり、自分に向けて欲しいなどとどうして言えようか。

 

「おーいヒュアキントス、目の焦点が合ってないよ?」

 

「……気にするな、少し物思いに(ふけ)っただけだ」

 

「そう? なら別にいいんだけど。でもしーちゃんと戦うときはそんなんじゃ逆に殺されちゃうからね? 本当だよ? 容赦ないからあんなことやこんなことも――ヤバ、想像するだけで……」

 

「少しは抑えろリア。せっかくの可愛らしい見た目が台無しになるぞ」

 

「可愛いなんてお世辞ありがと。でも私、しーちゃんにさえ理解してもらえればいいから」

 

 無遠慮に、無意識に、無自覚に、彼の心を彼女は削っていく。穴の開いていく心を埋めるように、彼女への想いが募っていくのも知らずして。

 るんるんと鼻歌を、陽が乏しい森の中響かせる彼女。心地よいその声音に傾聴して、一時の安らぎと些細な幸せを噛みしめる。そして、彼は新たに『覚悟』を決めた。自分を望みを果たすために踏み出せなかった最後の一歩を、彼女の想いを踏みにじるその一歩を、踏み出すことを。

 

 

    * * *

 

「あ、そうだティア。罠とか設置しておきます? 戦闘区域は特定されているのですから、色々と工夫すればそれだけで勝てると思いますけど」

 

「いいんじゃない? 別に。もう下見は行って、旗の位置とか必須事項はギルドに報告済みなんでしょ」

 

「ま、そうですけど。それに、今回は殺傷が御法度となっている戦争遊戯(ウォーゲーム)だからか、注意書きには殺傷禁止とは書かれていなかった。私たちが従うのは世間一般の意見ではなくルールだ。ならば殺人も自由、致死性のある攻撃も許容……私たちは殆どやりたい放題なわけです。相手も変りませんけど」

 

 封印符(ふういんふ)によって呪いの効果が現れない刀を研磨する片手間、せっせこ動き回りながら声を振り向きざまに返してくれるティアを眺めて――いや、測っている。

 ご機嫌がよろしいようで終始にこにこ微笑ましい彼女が、(たすき)で縛った着物型変異メイド服で忙しなく動き回っている『アイギス』の食事処。無駄に広いここは、一角をメンテナンス道具一式で占領していてもなんら支障なく動き回れるほど空きがある。ホームから持ち運んだ物と私が持っていたものを合わせたことでだいぶマシになったが、それでもまだ全然だ。

 

「あ、そこ始めっから全部入れない。物によって温まり方が違いますからね、考慮しないとまばらになってしまいます。別に自由なんですけど、私はあまりそういうのを是としませんね」

 

「そうなんだ……じゃあ硬めのものからいれれば……」

 

「自力でその発想に至るかぁ……」

 

 どういう思考回路しているんだか。初見で予備知識も何も無いのに、どうしてそこまで至れようか。茹でるという行為だけ教えて後は自由にさせ、失敗したところを指摘しようと思ったが……こりゃ、私の出番は控えめかもしれんな。

 自分のメイドがやはり万能かもしれないという疑惑が、少しばかり嬉しい。そこに自分は殆ど関わっていないのだけれど、やはりそれでも、だ。

 

「何にやにやしてるの? 自分の得物研磨しながらにやついている人って流石にわたしでも変人にしか見えないんだけど……」

 

「あながち間違ってはいない。ほら、綺麗に磨けるとつい笑っちゃうヤツだ。こんな感じにな」

 

 適当な言い訳で、どうしてか自分の本心がバレるのを恐れた。その証拠に丁度よく磨き終えた刀を見せびらかし、感嘆で興味を逸らさせようとしている。しょーもない愚かな行為だ。それを反射的に、本能的に選んでいる自分がばかばかしくてたまらない。

 

「うわぁ……ほんとに綺麗……もはや鏡だよねそれ、どうやったそうなるの?」

 

「ちょっと努力すれば。あと、私以上に綺麗に磨ける人はいますよ、刀だけですけど」

 

「刀だけなんだ……」

 

「私の知る限りでは」 

 

 何を隠そう草薙さんのことである。あの人器用なんだか不器用なんだか判らないんだよなぁ……一点特化型っていうか、極端というか……刀に関しちゃぁ人間で多分あの人一番だし、それでも満足してなかったみたいだけど。

 一旦無駄なものは元の場所へ戻し、(つか)へ入れ込み固定するともう元の刀、最後に封印符を剥せばあら不思議。一気に強く灼熱色のグラデーションを作り出し、触れていなくても恐ろしく熱い紅蓮の炎。『紅蓮』に宿らせた呪いがしかと機能している証拠であった。

 

「ふぅ、で、ティア。こっちばかり見てて大丈夫なのですか?」

 

「おっとっと、忘れてた忘れてたー」

 

 じっと感心し、摩訶不思議な現象について考え始めそうな勢いだったティアに一声かけると、はっと気づいてすたすたここに居た目的を続けに戻る。

 ひたすら手を熱せられるのも熱くてしかたない。早々に(さや)へと納め一息。集中そのまま次の刀、『黒龍』へと手を伸ばす。

 

「ねぇシオン、作戦とかってあったりする?」

 

「なし。無作戦無計画無茶無謀(むぼう)の二対二桁人数……見かけ上はそうでも、逆に私たちが負ける要素どこにあります? あの子にさえ注意していれば問題ありませんよ」

 

「そ。でも暴れすぎちゃだめだからね。私こう見えて精霊だから、しかも元々森に住んでたから、そういうことにはうるさいよ?」

 

「あいよ。自然破壊は控えますよ」

 

 尚、しないとは言っていない。ってね。あの子ともし戦うとして、私はともかく彼女が本気を出すようなことがあればそれは免れない。最悪、森自体がふっとぶ可能性もある。宴の時に彼女が抱えていた槍、あれはそんなことを可能としそうな力を内包している。そんな気が止むことが無いのだから。

 

「ティアの方は準備することあります? 一応、対戦期間は一日ですけど」

 

「『目』は飛ばしたし、眠っている間にある程度情報は入って来ると思うから……うん、準備はないかな」

 

「そ、そうですか」

 

 かるーく当たり前のようにさらっと言いやがったぞこの精霊……『目』だの情報は寝ている間にだの、なんだそれ、実質一日労働じゃん。寝るときくらい休めよマジで。若干引いちゃったよ、つい気持ち半歩分体を離しちゃったわ。

 

「それでも勝てちゃうんだけどねぇ……ねぇシオン、なんか(いまし)めて戦わない?」

 

「というと?」

 

 突然、こちらには目を向けずにティアが興味深い――いや、面白そうなことを口にした。

 縛めというと、要するに自分に枷をつけるという事か。その条件いかんでかなり変わるが、元々ティアは縛めを私から命じられているではないか。それなのに態々どうして。

 

「例えば魔法は使わない、走ってはいけない、物理攻撃禁止、直接攻撃禁止等々……戦う上で、あえて自分が不利になるような縛め。ハンデ、っていってもあまり変わらないかな」

 

「ふぅーん、なるほど。んで、誰が考えて誰が決めて誰がその対象となって違反したらどうなる訳?」

 

「い、一気にまくして立てないで……? わけわかんなくなるから」

 

 怒濤(どとう)の質問に若干仰け反りながら状況整理しようと思案投首になるティア、変わって私が火元を見守る。それでも刀を手入れする手は止まっていない。

 

「んーと、お互い考えあってお互い承諾して、お互いが対象となり違反したらやっぱり罰ゲーム?」

 

「当たり前すぎるわ、その内容を言えよ内容を」

 

「それを二人で考えようよ……」

 

 面倒くせぇ……思考回路に余裕はあるけど、自分で考えてまで作るようなものじゃないと思うんだよなぁ。あ、でも私は考えなくていいのか、だってもうティアに行動制限かけてるしね。縛めと殆ど変わらないだろ。んじゃ別にいいか、私の場合どんなハンデでも戦うことはできるだろうから。

 

「ほれ、加減は考えろよ」

 

「おっと、また忘れてた。揚げなくちゃ」

 

 何故か段々と心配になってきた……優秀なんだけど自分がやりたいと思った事、興味を持てることしかとことんやりたがらないんだよなぁ……移り変わりも早いし。料理もすぐに嫌になりそうだな。それならそれでもいいんだけど。

 せっせこ茹でていたものを揚げていくティアを眺めながら、入念に手入れを進める。

 やはり、魔法使用の制限だけでは物足りないだろうか。もっとこう、難しいことではないがちょっと辛く、でもできなくはない……的な感じのものがあればいいのだが……

 

「あ、思いついた! シオンへの縛りは―――」

 

 っと、然程時間を掛けずに極東発祥の箸を持ったまま振り向くティア。何を考えているのかにこにこと楽しそう。

 その口から発せられた馬鹿げている縛めに、思わず笑みを漏らしてしまったのは悪くないはず。

 

   * * *

 

「あとどれくらいで始まる?」

 

「二分ちょっとですね。準備はよろしいですか」

 

「うん、問題なし。『目』の方も良好、結界魔法も開始時間と同時に作動するように組んだから、違反されない限り負けることはないと思うよ」

 

「保険はかけるべきですけど……改めて思った。これ卑怯じゃない? 結界は厳密に言えば魔法じゃなくて魔術だから確かに使用自由ですけど、完全に一方的な勝負になりますよね?」

 

「その分、旗を一ヶ所に集めてあげたからいいの。シオンの情けのかけどころが正直わっかんなーい」

 

 いや、流石に私でもこれは……うん、やり過ぎだろ。

 衝撃反射、魔力(マナ)分散ともはや何が効くのか不明な結界に加え、いららしいことに深さ3Mを超す直下彫りの既に偽装済みの落とし穴を旗周辺に施し、さらに加えてその中には棘を撒いておくという、ご親切な鬼畜トラップ。作るのに全く時間も苦労も掛けていない辺り性質が悪い。突破する人たちの苦労を考えると全然釣り合ってないんだよなぁ。

 

「敵のこと、いくら考えたって慰めにもならないですけど」

 

「むしろ皮肉でしょ」

 

 確かにな。くすり、そう笑みを浮かべて賛同する。

 もうそろそろ開戦の銅鑼が響いて来る。相手が……特にあの子がどういう手を打ってくるか、色々考えてしまうけど結局全て、正面から叩き潰してやるという結論に至る。それが、私の縛めだ。避けることを許されない。罰ゲームは精神的にドギツイものらしい……逆に気になるが、そんな目に遭うのは御免だからな。

 

「さて、やりますかな」 

 

「念のため、わたしここにいるね~。大丈夫大丈夫、殆どなんにもしないから」

 

「何にもしなくていいからだろうが。つくづく相手が気の毒ですよ」

 

 結界の範囲外へと出て、隆起した木の根に座るティアへ一瞥し、背に掛けた大太刀、両腰に下げている二刀を確認する。今日『黒龍』にはお留守番して頂いていた。『風』を使う場面は無いだろうが、もし使うならば控えなければと再確認して、最後に愛刀に宿る彼女へ調子を聞く。

 

『準備良好、いつでも問題ないよ』

 

『あいよ。加減は頼みましたからね、アマリリス』

 

『解ってるって、(あるじ)♪ 存分にやっちゃって!』

 

 接続(スキル)での会話、というより念話の方が近いか。相変わらず便利な能力だ。 

 『狂乱』と『一閃』を主体として今日は戦うつもりだ。主要旗(しゅようき)を見つけたのならば『紅蓮』を用いて燃やす。一撃で粉微塵は容易くつまらん、じりじりと敵前で負けを自覚させる方がよっぽど愉しく、もう観ているであろう観客共を楽しませることが出来る。それに殺すことも禁止されていないのならば、態々『非殺傷』なんて呪いを持たせた刃で斬る意味はない。

 

――――ドォォォォォォォォン

 

 重い振動が圧し掛かるように伝わった。どこからどれくらい鳴らしているかは知らんが、よくもまぁこんなだだっ広い戦場で響かせられるもんだ。

 

「気を付けてねぇ~」

 

「憂いならもう少し心を込めて言おうか」

 

 全く、気の抜けているものだ。一応戦争なのだからもう少し誠意をもって……いや、言ったところで無駄か。改心される未来が一部たりとも考えられない。だめだこりゃ。

 苦笑いをバレないように浮かべながら、刀も抜かずに一般的な速度で走って行く。といってもその一般的が曖昧(あいまい)模糊(もこ)としていて基準がベルとしている時点で怪しいものだが、まぁ問題なかろう。私がちょっと常識外な存在であることは周知の事実のようなものだから。あんまりにブッ飛んだことをしなければ少し面白がられるだけで済む。

 

「さぁて、まずは何所から攻めようか」

 

 背の高い木にでも登って見渡してみるか、普通に飛んで見おろして探すか。遮二無二に旗を探したところで見つかる確率はかなり低いし、辺りをつけなければいけないのだが……まずは突撃だな。

 ティアの『目』でも流石に事前の情報収集は卑怯ということで、旗の捜索は開始時から行わせている。彼女からの連絡はもう少し経ってからだ。それまで、自力の捜索となる。 

 中心地から3Kほど離れた場所に自陣の旗を置いた所為で少しばかり時間はかかるであろうが、仕方ない。相手は流石に一ヶ所に纏めてはいないだろうから、やっぱり30分は難しいか? まぁ制限は一日だ、全然余裕がある。気長に探していこうじゃないか。

 

 悠長にそんな甘い思考でいる彼。余裕たっぷりだからこそのものだが、一体いつまでそうしていられるだろうか。

 着々と敵陣には向かっている。だがしかし、相手方も何もしない程愚かでは無い。たった一日だ罠は山ほど仕掛けられていた。相手は全団員が出場して、確実に勝ちを得に来ているのだ。

 誰がどう始めの一手を打つか、それによって始めの流れが決まる。

 

「ありゃ、初っ端から火ぃ使っちゃったかぁ……」

 

 木々で半端に(おお)われる空に、僅かばかり捉えた煙。白寄りの灰色、何か森のものを燃やしているのだろうか。

 

「とりあえず、あそこに行きますか」

 

 燃えたということは燃やした人が居るわけだ。ならばそいつを拷問でもして、旗の場所ないしそれを知っている人物の名と位置を吐かせればいい。殺すこともできるから、拷問も捗るだろう。  

 ま、観衆にはドギツイものかもしれんけど。

 そこは許容するか諦めて欲しいね。観ている方も責任はあるのだから。  

 適当に言い訳しながら、すたすた木々を縫うように向かった。人の気配がまだ捉えられていないのを、不審にしか思えないでいながら。

 

  

 


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