このくらいのものを書くのに時間がアホみたいにかかる私です。
では、どうぞ
ずぅっと、もうずっと遠い昔のことかもしれない。いや、停まっていた私の時間にとってはほんの数日と、数秒と前のことかもしれない。
本当に経った時間と言えば三年も無いかな。遠いけど、ずっと近くにあり続ける停止した時間。頭から、記憶から、ぐちゃぐちゃに壊れた魂から、絶対に離れてくれないその時間。
救いでもあって、絶望でもあった。ずっと一緒と、苦笑いで誓ってくれた姉との
「あんまり先走っちゃダメよ。いくらLv.2になったからって調子に乗っちゃ」
「大丈夫、大丈夫だってお姉ちゃん。
出発は恒例のこと朝であった。暗く、淀んだ、湿った日。昨夜から降り続いた雨の影響で、広場を歩けば所々でちゃぷっ、ぴちゃっと水を踏む。いつも照らしている筈の
「そういう事じゃないの。遠征って言うのはとっても危険なの。初参加だから特に、ね。みんなに頼ってばかりいられなくなるのが普通。普段いかないちょっと深い階層に行くから、気を引き締めないと、簡単にやられちゃう。お姉ちゃんはそう言う人、いっぱい見て来たから」
そう言って私をあやす姉の表情も、普段と違って晴れていなかった。
ギルドからの
「
「あら、私がそんなヤワに見える? Lv.3に最短で成った私が? あまり舐めないでちょうだい」
「おっと。怖い怖い」
その通り、お姉ちゃんはちょっとこわ――こほん、私たちの副団長であり且つ、Lv.2からLv.3まで半年という最短期間で成ったすごい人なのだ。おふざけが大好きなこの人よりも、全然強い。
遠征には勿論精鋭勢力を連れて行く。二十人、それが今回の遠征参加者であった。全員Lv.2以上であるのは言うまでも無いだろう。
「深層、深層♪ どんなところかなぁ~」
「リア、少しは落ち着け。死人なんて出したくないんだ」
「あらぁ? ロリコンヒュアキントスぅ、そんなにこの子が心配? 手でも繋いであげたら?」
「なっ……ひ、必要ないそんなこと! じょ、冗談はいいかげんにしてくれ!」
「ふふっ、わかってるじゃない。もし下手に触ってみなさい、絞め殺すわよ」
「お姉ちゃん過保護、そこまでしなくてもいいじゃん……」
そう呆れたことはよく覚えている。ヒュアキントスがこんなことで戸惑うことも、お姉ちゃんのからかいも、それが最後だったから。
忘れる事なんでできない。させてくれない、そんな逃げを赦してはくれない。
ずっとずっと、私から離れてくれない
* * *
「――ここって」
「っ……! お、起きたか、起きてくれたか……!? よかった、本当に……!」
「え、ちょっと大丈夫? どうしたの、そんなに……」
突然変わった景色に思考が追い付かず茫然としていた所にかかった震え声、ぬくぅと上体を起こして声の主を探すとすぐに見つかる目元をだらしなく腫れさせた青年。何が何だか分からない。
「どこか違和感はないか!? 不調なところがあればすぐに言ってくれ! 今すぐにでも――」
「お、落ち着いて? どこも変なところは無いから。とりあえず落ち着いて、ね?」
「あ、あぁ……」
「……で? なんで私は通いなれた治療院で寝てて、ヒュアキントスがここにいるの?
「……憶えてないのか?」
「何が?」
主語の無い返答に困惑顔を浮かべてしまう。憶えているかどうかを聞くなんてことは、何か大事でも起きて、それで私が不味い状況に陥り―――あ、もしかして、
「
「あぁ……思い出したか、残念なことにな。すまない」
「すまないって、何が?」
頭を深々と下げるヒュアキントスが私には理解不能だ。その謝罪の出所が全く分からない。一体何を謝れているのかすらも。
「……二回戦、我々の完敗だ」
「――そっか、うん、そうだよね」
まだ完全には思い出せないけど、今必要なことは判った。完敗した、つまりは私までぼこぼこにやられちゃったわけだ。勿論のこと、しーちゃんに。そこで
だが、まだ本当の負けではない。攻城戦が残っているのだから、そちらで勝てばいいだけのこと。ルールの公表はもうされてしまったのだろうか。ならば早く戦場に行かなくちゃ、万全でないまま戦ったら勝利の兆しは完全に無くなってしまう。
「ねぇヒュアキントス、もうルールは公表されたの?」
「……あぁ、しっかりとな」
「じゃあ、早く行こっか。準備も始めなくちゃだし―――」
「――なあ、リア」
そのいつもとは違って重い声に、何故だか目も動かさず神経だけが吸い寄せられた。一言一句を逃すことなどはなかった、疑う余地もない。なのに、素っ頓狂に疑問を覚えた。
「勝つ必要なんて、あるのか」
「――ぇ?」
「―――なんでもない。最北端のゲートで待っている。用意が済んだら来てくれ」
「はえ? あ、う、うんわかった」
忘れてくれと言わんばかりに無理矢理流されてしまって、その先もその意味も、何も聞けずに、何も彼は言うことなく去って行く。
誰もいなくなった部屋で、どうしてか身震いしてしまった。二の腕を抱え、己を守るように抱く。一体、何に怯えているのだろうか、私は。
冷たく思えた彼の言葉、太陽から見放された氷の世界のように冷えて、鋭く固まり氷柱の如くふと落ちた彼の呟きは、それこそ本心なのだろか。だとしたら、一体何を考えて――
「これ以上考えても無意味かな」
そうやって結局、私は考えることを放棄する。
これ以上、『苦しむ』のなんて御免だから。
* * *
暗くも明るくもない、ごく普通。少しばかり大きい両開きの窓が壁に沢山あるおかげで日差しがよく通り、自然的に照らされる暖かな部屋だ。ただ些か広くて、強いて言えば供えられている物が何処をとっても無駄に一級品揃いなのが可笑しいくらいだ。
地上三階のこの建造物では、こんなに無防備な構造をしていても何ら問題ないのだろうか。カーテンも引けるようだから、情報漏洩の心配はない――とか思ってるのなら大間違いだぞ。本気で情報奪いに来る輩ならばこんな薄っぺらい防御ものともしない。
っと、設備に対して不満を漏らしていても不毛なだけだ。止めだ止め。
とりあえず、引いてもらった椅子に腰を落ち着かせる。ギルドからの召集で無理矢理来させられたわけだが、病人だと解っている相手を態々呼び出すとはどういうことか。開口一番に問い詰めてやりたかったが、同席するものがどうたらこうたらと面倒臭く遅刻者がいるという旨を伝えられ、今こうして召集場所で待たされている……これで全くもってつまらんことだったら、責任者の首鷲掴みにしてやんぞ……!
「クラネル氏、お体の調子はいかがですか?」
「いやぁ、この状態で強制召集掛けといて、どの口で聞いてんだゴラ? お前の目にはこの重症っぷりが見えないのかい、この糞野郎♪」
ぞっと部屋が凍り付く。ただ
バチッ、強烈な痛みが頬に走り、その微笑みを顰めてしまった。
考えずともわかる原因。あの毒がまだ名残を見せているのだ。全身から抜けるだけ抜いたものの、酷いところはまだじわじわと蝕まれている。それもそうだろう。
「あ、あのぅ……」
と、部屋の空気に委縮してか、心なしか頭を低くして入って来た、制服を着こなす女性。ボブといえばいいのだろうか、肩に届かないくらいの茶髪を纏めることなく流して、その中からは二つの突起物。笹型の
「ギルド長なのですが……昼食で食べた
「よしエイナさん。今すぐそいつの場所教えてください。絞殺しに行きます」
「シ、シオン君!? それはちょっとというか本当に不味いから!! というか今、君がそんなことしたら本当に不味いことになるんだよ、分かって言ってる!?」
「いえ、何のことだかさっぱり」
「ミイシャーァァァ!?」
と、生真面目で落ち着いたお姉ちゃんというイメージを振り撒く彼女が叫ぶ相手は、私をここまで案内したアドバイザーである少女、ミイシャさんである。何食わぬ顔でただ世間話をしていただけで、特に彼女から説明された訳でも無かった。
「はぁ、あのねシオン君。今日ここに集まったのは、ある会議に参加してもらうためなの。
「……それって問題ないのですか?」
「うん、大丈夫だよ。第二回戦は【アポロン・ファミリア】側に参加してもらったから、これで平等。何にも問題ないの」
知らなかった……いや、知ってたら可笑しい事なんだけど。というか少しは情報よこせよミイシャさん! 何一つ考えてない私の立場が無くなっちゃうじゃん!
「じゃ、後は頑張ってね、シオン君」
「へいへい。善処致しますよ」
やれるだけのことはやる、か。少なくとも有利不利が付かないくらいの平等にはしたいものだな。あと無為な破壊工作と毒の使用は禁じよう。うん、本当に危険。毒、ダメ、絶対。
「さて、クラネル氏。ギルド長が不在ということで、議長は私が務めさせていただきます」
「司会進行は私が。どうぞよろしくお願いいたします、皆様方」
と、座ったまま浅く頭を下げた
っと、そんなことはさて置き、
「では――開会の挨拶等は面倒なので代わりとして。クラネル氏、お聞きしたいことがあります」
「はい? なんです?」
唐突に、真面目真剣嘘はない、みたいな顔をしながら面倒だなんて単語を発するオカシナ一面に笑いそうになったのを堪えつつ、小首をわざとらしく傾げて問い返す。
髪と同色の彼女の瞳が、くいっと上げられた眼鏡の逆光で隠れる。だが、怪しい光だけはそれでも伺い知れた。
「受けか攻め、どちらがお好みですか」
「――おい、ギルドの奴らは実はこんなのばっかりじゃないだろうな」
「すみません、すみません! 彼女が特殊なだけです!」
というか、当たり前のこと聞くなよ。攻めに決まってるだろ攻めに。私は基本ガンガン突き進む
あ、でも『セア』の時は受け? いや、そんなこと深く考えなくていいか。
「ほれ、さっさと進めろ」
「お恥ずかしいようでしたら、後にこっそり耳打ちで構いませんからね。では、会議と参りましょう」
あぁ、何だこの人。途轍もなく面倒臭い。というか、偏見かもしれないがエルフもこういう事興味あるんだな……あの三人にでも聞いてみるか? いや、あの人たち例外的な面が強いから、聞いたところでエルフ全体の考えとはならないか。リヴェリアさんとか王族だし、リューさんとかそう言うのとはかけ離れてるし、レフィーヤはなんか違うし。
ちょっと脳内回路が常人とは異なる彼女による進行が続いていく。有能ではあるようで、滞ることはなくとんとん拍子に弾んで会議は進んで行った。だから危うく、自然に聞き流すところだった。
「あ、そしてクラネル氏は【ステイタス】の封印が義務づけられますので、しっかりとお願いしますね」
「はいはい、それはもち―――はい?」
気になった部分を指摘してきただけで特に発言という発言がなかったせいか、適当に肯定ばかりをしてしまってその発言も半ばまで例外では無かった。だが可笑しなことに気付いて
「大規模破壊により、たとえ戦争中であってもあくまで
これは……本気でかからないと、死ぬかもしれん。彼女の口から言い渡されたその冷酷な通達に、思わず失笑してしまう私であった。
全員出場、かな、こりゃぁ。