やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 このくらいのものを書くのに時間がアホみたいにかかる私です。

では、どうぞ


過ぎ去る日のこと

 ずぅっと、もうずっと遠い昔のことかもしれない。いや、停まっていた私の時間にとってはほんの数日と、数秒と前のことかもしれない。

 本当に経った時間と言えば三年も無いかな。遠いけど、ずっと近くにあり続ける停止した時間。頭から、記憶から、ぐちゃぐちゃに壊れた魂から、絶対に離れてくれないその時間。

 救いでもあって、絶望でもあった。ずっと一緒と、苦笑いで誓ってくれた姉との乖離(かいり)は。

 

「あんまり先走っちゃダメよ。いくらLv.2になったからって調子に乗っちゃ」

 

「大丈夫、大丈夫だってお姉ちゃん。(みんな)もいるんだし」 

 

 出発は恒例のこと朝であった。暗く、淀んだ、湿った日。昨夜から降り続いた雨の影響で、広場を歩けば所々でちゃぷっ、ぴちゃっと水を踏む。いつも照らしている筈の燦燦(さんさん)とした太陽が隠れていて、私たちにとっては神の恩恵が薄れてしまったかのような、そんな不吉な気分だった。

 

「そういう事じゃないの。遠征って言うのはとっても危険なの。初参加だから特に、ね。みんなに頼ってばかりいられなくなるのが普通。普段いかないちょっと深い階層に行くから、気を引き締めないと、簡単にやられちゃう。お姉ちゃんはそう言う人、いっぱい見て来たから」

 

 そう言って私をあやす姉の表情も、普段と違って晴れていなかった。

 ギルドからの強制依頼(ミッション)。中堅以上のファミリアならばどこも行わなければならない遠征、今回の目標は到達階層の更新であった。前回の遠征では時機(タイミング)良く出現間隔(インターバル)の時間と合致し、17階層の迷宮の孤王(ゴライアス)を討伐することで終了したのだが、今回は他のファミリアに譲ることとなって仕方なく、中層域で留まっていた到達階層を深層域まで広げなくてはならなくなった。

 

()()()()()よ、そう気負ってばっかだと疲労困憊で先に倒れちまうぜ?」

 

「あら、私がそんなヤワに見える? Lv.3に最短で成った私が? あまり舐めないでちょうだい」

 

「おっと。怖い怖い」

 

 その通り、お姉ちゃんはちょっとこわ――こほん、私たちの副団長であり且つ、Lv.2からLv.3まで半年という最短期間で成ったすごい人なのだ。おふざけが大好きなこの人よりも、全然強い。

 遠征には勿論精鋭勢力を連れて行く。二十人、それが今回の遠征参加者であった。全員Lv.2以上であるのは言うまでも無いだろう。

 

「深層、深層♪ どんなところかなぁ~」

 

「リア、少しは落ち着け。死人なんて出したくないんだ」

 

「あらぁ? ロリコンヒュアキントスぅ、そんなにこの子が心配? 手でも繋いであげたら?」

 

「なっ……ひ、必要ないそんなこと! じょ、冗談はいいかげんにしてくれ!」

 

「ふふっ、わかってるじゃない。もし下手に触ってみなさい、絞め殺すわよ」

 

「お姉ちゃん過保護、そこまでしなくてもいいじゃん……」

 

 そう呆れたことはよく覚えている。ヒュアキントスがこんなことで戸惑うことも、お姉ちゃんのからかいも、それが最後だったから。

 忘れる事なんでできない。させてくれない、そんな逃げを赦してはくれない。

 ずっとずっと、私から離れてくれない心傷(トラウマ)なのだから。

 

 

   * * *

 

「――ここって」

 

「っ……! お、起きたか、起きてくれたか……!? よかった、本当に……!」

 

「え、ちょっと大丈夫? どうしたの、そんなに……」

 

 突然変わった景色に思考が追い付かず茫然としていた所にかかった震え声、ぬくぅと上体を起こして声の主を探すとすぐに見つかる目元をだらしなく腫れさせた青年。何が何だか分からない。

 

「どこか違和感はないか!? 不調なところがあればすぐに言ってくれ! 今すぐにでも――」

 

「お、落ち着いて? どこも変なところは無いから。とりあえず落ち着いて、ね?」

 

「あ、あぁ……」

 

 怒濤(どとう)の勢いで身ごと乗り出し畳みかけて来た心配に、これ以上は不味いと一度落ち着く時間をつくらせる。ただでさえ無理解なこの状況の説明がまだなこともあるし。

 

「……で? なんで私は通いなれた治療院で寝てて、ヒュアキントスがここにいるの? 戦争遊戯(ウォーゲーム)中のはずだよね」

 

「……憶えてないのか?」

 

「何が?」

 

 主語の無い返答に困惑顔を浮かべてしまう。憶えているかどうかを聞くなんてことは、何か大事でも起きて、それで私が不味い状況に陥り―――あ、もしかして、

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)、終わっちゃった?」

 

「あぁ……思い出したか、残念なことにな。すまない」

 

「すまないって、何が?」

 

 頭を深々と下げるヒュアキントスが私には理解不能だ。その謝罪の出所が全く分からない。一体何を謝れているのかすらも。  

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始されたことは思い出したが、その後の行く末については全く。ヒュアキントスはあんなにも頑張っていたのに、何で私は謝られているのだ。

 

「……二回戦、我々の完敗だ」

 

「――そっか、うん、そうだよね」

 

 まだ完全には思い出せないけど、今必要なことは判った。完敗した、つまりは私までぼこぼこにやられちゃったわけだ。勿論のこと、しーちゃんに。そこで治療院(ここ)に送られた、というのならば大体納得がいく。

 だが、まだ本当の負けではない。攻城戦が残っているのだから、そちらで勝てばいいだけのこと。ルールの公表はもうされてしまったのだろうか。ならば早く戦場に行かなくちゃ、万全でないまま戦ったら勝利の兆しは完全に無くなってしまう。

 

「ねぇヒュアキントス、もうルールは公表されたの?」

 

「……あぁ、しっかりとな」

 

「じゃあ、早く行こっか。準備も始めなくちゃだし―――」

 

「――なあ、リア」

 

 そのいつもとは違って重い声に、何故だか目も動かさず神経だけが吸い寄せられた。一言一句を逃すことなどはなかった、疑う余地もない。なのに、素っ頓狂に疑問を覚えた。

 

「勝つ必要なんて、あるのか」

 

「――ぇ?」

 

「―――なんでもない。最北端のゲートで待っている。用意が済んだら来てくれ」

 

「はえ? あ、う、うんわかった」

 

 忘れてくれと言わんばかりに無理矢理流されてしまって、その先もその意味も、何も聞けずに、何も彼は言うことなく去って行く。

 誰もいなくなった部屋で、どうしてか身震いしてしまった。二の腕を抱え、己を守るように抱く。一体、何に怯えているのだろうか、私は。

 冷たく思えた彼の言葉、太陽から見放された氷の世界のように冷えて、鋭く固まり氷柱の如くふと落ちた彼の呟きは、それこそ本心なのだろか。だとしたら、一体何を考えて――

 

「これ以上考えても無意味かな」

 

 そうやって結局、私は考えることを放棄する。

 これ以上、『苦しむ』のなんて御免だから。

 

   * * *  

  

 暗くも明るくもない、ごく普通。少しばかり大きい両開きの窓が壁に沢山あるおかげで日差しがよく通り、自然的に照らされる暖かな部屋だ。ただ些か広くて、強いて言えば供えられている物が何処をとっても無駄に一級品揃いなのが可笑しいくらいだ。

 地上三階のこの建造物では、こんなに無防備な構造をしていても何ら問題ないのだろうか。カーテンも引けるようだから、情報漏洩の心配はない――とか思ってるのなら大間違いだぞ。本気で情報奪いに来る輩ならばこんな薄っぺらい防御ものともしない。

 っと、設備に対して不満を漏らしていても不毛なだけだ。止めだ止め。

  

 とりあえず、引いてもらった椅子に腰を落ち着かせる。ギルドからの召集で無理矢理来させられたわけだが、病人だと解っている相手を態々呼び出すとはどういうことか。開口一番に問い詰めてやりたかったが、同席するものがどうたらこうたらと面倒臭く遅刻者がいるという旨を伝えられ、今こうして召集場所で待たされている……これで全くもってつまらんことだったら、責任者の首鷲掴みにしてやんぞ……!

 

「クラネル氏、お体の調子はいかがですか?」

 

「いやぁ、この状態で強制召集掛けといて、どの口で聞いてんだゴラ? お前の目にはこの重症っぷりが見えないのかい、この糞野郎♪」

 

 ぞっと部屋が凍り付く。ただ微笑(にら)んだだけなのに、一体どうしたのだろう。

 バチッ、強烈な痛みが頬に走り、その微笑みを顰めてしまった。

 考えずともわかる原因。あの毒がまだ名残を見せているのだ。全身から抜けるだけ抜いたものの、酷いところはまだじわじわと蝕まれている。それもそうだろう。()()曰く、最高クラスの調合毒と推測できたらしいから。右頬や左手は見るも無残なものだ。お陰で碌に動かない左腕は現在固定中、これはティアにもどうすることもできないらしい。

 

「あ、あのぅ……」

 

 と、部屋の空気に委縮してか、心なしか頭を低くして入って来た、制服を着こなす女性。ボブといえばいいのだろうか、肩に届かないくらいの茶髪を纏めることなく流して、その中からは二つの突起物。笹型の人間(ヒューマン)より長い耳はエルフの特徴だが、そのエルフより少し短い――つまり彼女はハーフエルフ。

 

「ギルド長なのですが……昼食で食べた生牡蠣(オイスター)が原因と思われる腹痛によって、休むとこ事でして……」

 

「よしエイナさん。今すぐそいつの場所教えてください。絞殺しに行きます」

 

「シ、シオン君!? それはちょっとというか本当に不味いから!! というか今、君がそんなことしたら本当に不味いことになるんだよ、分かって言ってる!?」

 

「いえ、何のことだかさっぱり」

 

「ミイシャーァァァ!?」

 

 と、生真面目で落ち着いたお姉ちゃんというイメージを振り撒く彼女が叫ぶ相手は、私をここまで案内したアドバイザーである少女、ミイシャさんである。何食わぬ顔でただ世間話をしていただけで、特に彼女から説明された訳でも無かった。

 

「はぁ、あのねシオン君。今日ここに集まったのは、ある会議に参加してもらうためなの。戦争遊戯(ウォーゲーム)第三開戦、攻城戦のルール決めのね」

 

「……それって問題ないのですか?」

 

「うん、大丈夫だよ。第二回戦は【アポロン・ファミリア】側に参加してもらったから、これで平等。何にも問題ないの」

  

 知らなかった……いや、知ってたら可笑しい事なんだけど。というか少しは情報よこせよミイシャさん! 何一つ考えてない私の立場が無くなっちゃうじゃん!

 

「じゃ、後は頑張ってね、シオン君」

 

「へいへい。善処致しますよ」

 

 やれるだけのことはやる、か。少なくとも有利不利が付かないくらいの平等にはしたいものだな。あと無為な破壊工作と毒の使用は禁じよう。うん、本当に危険。毒、ダメ、絶対。

 

「さて、クラネル氏。ギルド長が不在ということで、議長は私が務めさせていただきます」

 

「司会進行は私が。どうぞよろしくお願いいたします、皆様方」

 

 と、座ったまま浅く頭を下げた犬人(シアンスロープ)の節穴君、命名法の言及は避けるとして、立ったまま手を前で重ねてお辞儀をした気品がある女性は、潔癖感漂う水色(スカイブルー)長髪(ロング)。であるが、長い笹型の耳に被る髪だけは金属の輪で纏めている。一見リヴェリアさんに似ているような感じだが、少し違うな。リヴェリアさんは耳から後ろの髪を全て一つにまとめている。

 っと、そんなことはさて置き、

 

「では――開会の挨拶等は面倒なので代わりとして。クラネル氏、お聞きしたいことがあります」

 

「はい? なんです?」

 

 唐突に、真面目真剣嘘はない、みたいな顔をしながら面倒だなんて単語を発するオカシナ一面に笑いそうになったのを堪えつつ、小首をわざとらしく傾げて問い返す。

 髪と同色の彼女の瞳が、くいっと上げられた眼鏡の逆光で隠れる。だが、怪しい光だけはそれでも伺い知れた。

 

「受けか攻め、どちらがお好みですか」

 

「――おい、ギルドの奴らは実はこんなのばっかりじゃないだろうな」

 

「すみません、すみません! 彼女が特殊なだけです!」

 

 というか、当たり前のこと聞くなよ。攻めに決まってるだろ攻めに。私は基本ガンガン突き進む性質(タイプ)だ。下にしろ何にしろ。

 あ、でも『セア』の時は受け? いや、そんなこと深く考えなくていいか。

 

「ほれ、さっさと進めろ」

 

「お恥ずかしいようでしたら、後にこっそり耳打ちで構いませんからね。では、会議と参りましょう」

 

 あぁ、何だこの人。途轍もなく面倒臭い。というか、偏見かもしれないがエルフもこういう事興味あるんだな……あの三人にでも聞いてみるか? いや、あの人たち例外的な面が強いから、聞いたところでエルフ全体の考えとはならないか。リヴェリアさんとか王族だし、リューさんとかそう言うのとはかけ離れてるし、レフィーヤはなんか違うし。

 ちょっと脳内回路が常人とは異なる彼女による進行が続いていく。有能ではあるようで、滞ることはなくとんとん拍子に弾んで会議は進んで行った。だから危うく、自然に聞き流すところだった。

 

「あ、そしてクラネル氏は【ステイタス】の封印が義務づけられますので、しっかりとお願いしますね」

 

「はいはい、それはもち―――はい?」

 

 気になった部分を指摘してきただけで特に発言という発言がなかったせいか、適当に肯定ばかりをしてしまってその発言も半ばまで例外では無かった。だが可笑しなことに気付いて胡乱(うろん)気に聞き返すと、にっこり表情を変えずに、再度言い渡される。

 

「大規模破壊により、たとえ戦争中であってもあくまで遊戯(ゲーム)であるためこれ以上は許容できません。その処置として我々ギルドは、貴方に罰則(ペナルティ)を設けました。それが、今言い渡した通りです。これはウラノス様の同意も得ておりますので、拒否権はありませんよ」

 

 これは……本気でかからないと、死ぬかもしれん。彼女の口から言い渡されたその冷酷な通達に、思わず失笑してしまう私であった。

 全員出場、かな、こりゃぁ。

 

 

 

 


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