やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 ふぅ、そろそろ一区切りつきそうかな。

では、どうぞ


そして彼女は最後に告げる

「―――お前、今何しようとしたか正直に言ってみろ。とりあえず殺してやるから」

 

「酷い!? 起こそうと私なりに助力しようとしただけなのにぃー! 確かに疚しい気持ちがあったことは否定しないけど!」

 

「自覚犯……もうどうしてやろうかこいつ」

 

 何もかも泡沫(うたかた)に消えてしまった、その後のこと。

 微睡のように短かったあの時間、醒めてしまえばもう遠い記憶のように曖昧になってしまう。締め付けられるほど悲しく感じてしまうのは、それでも尚色濃く残る彼女の声。

 振り払わないように、絶対に忘れまいと心に刻みながら寝ていた体を起こす。すぐ隣には頬を膨れさせる銀髪の幼女、どうしてここにいるのだろうか。アイズを手伝うようにお願いしていたはずなのだが……

 

「びっくりしたよ……馬鹿みたいに複雑な魔術回廊がここあたりで構築されたから、気になって来てみたらドンピシャで座標がシオンと重なるし、そのシオンが倒れてた時はわたし心臓がつぶれると思ったよ。でもよかったぁ……わたしが何かするまでもなく起きてくれて」

 

「へいへい、とりあえず殺すのは止しといてやるから、さっさとアイズの所へ行ってこい」

 

「え~、だってあの人、()()のこと叩きのめして楽しんでたよ? 邪魔しないほうがいいんじゃない?」

 

「見間違いだ。アイズが実は天然でサディストだなんてあってたまるか。いいや堪らん、我慢できん。私の性癖が変わってしまうからな」

 

「心配そこ!? なんでそんなにご執心なのさ羨ましい!」  

 

 本音、本音漏れてるから。少しくらい取り繕うようにしろよ……

 そうやって好意を向けられることは、本当に悪い気分ではないのだ。曲がったものであっても、まっすぐなものであっても、歪んて汚くて目も向けられないモノであっても。それを嫌だとは思わない。

 一途なものであるのならば、それは尚更。だから今、かなり応えている。『彼女』の好意を気づくことなく踏みにじっていた私という愚かしい存在に気付いてしまったから。

 

「……ねぇ、大丈夫なんだよ、ね?」

 

「――あぁ、大丈夫だ。心配なんてされるほど、私は頼りなくなったつもりはない」

 

「うん、そっか。流石シオン」

 

 そう言って、いきなり暗く堕ちた彼女の声を吹き飛ばすかのように意志をこめて、安心させようと精一杯頑張って、でもそんなことに似合わない言い方で出した声は、自分でも驚くほど彼女以上に落ちた声だった。返される声もその所為か、安心という言葉より、憂いの方がよく当てはまった。全く、言うことに反して不甲斐ない。

 

「じゃあ、わたし行くね。何かあったらいつでも呼んでくれていいよ。わたし、シオンの役に立てるのなら何でもするから」

 

「ははっ、そうかいそうかい。ではまた、夕食時にでも」

 

「え!? もしかしなくても作ってくれるの!?」

 

「はいはい。分かり切ったこと聞かないの。ほら、さっさと行ってこーい。働かざる者食うべからずだ。働きたまえ我がメイドよ」 

 

「承知しております、ご主人様―――てね。じゃぁ楽しみにしてるねー!」

 

 ま、全く……唐突に改まった言い方になったから本当にびっくりしたわ……初対面の人の前では一応念のためそうしておけとは言ったけど、いきなり変わるとまさに別人だから。もて遊ばれた気分だぜ……。

 という私の内心など気にしていないのだろう。るんるんと退出して、そのまま走っていなくなってしまった。

 

「……あ、そうだ」

 

 ふと、何故私がこの部屋で寝そべることになったのかを思い出した。

 忙しなくきょろきょろ見回すと、目よりも先に手がそれを見つける。原因である、摩訶(まか)不思議な例の箱だ。

 

「……なんだこれ、二重構造とかふざけてんの? バカなの、アホなの? それとも天才だからこその紙一重的馬鹿なの?」

 

 結局馬鹿なんだよな。一々面倒なことを……まぁ、今回ばかりは不問とするか。

 その箱に身体ごと向き直って、中から新たに紅い箱を取り出す。

 開けた瞬間で記憶が途絶えているから、中の構造を見ている余裕なんて無かった。だからこそちょっとわくわくして、宝探しの気分でごくりと唾を呑む。

 

「――これって」

 

 手紙、だろうか。

 薄紅色をした長方形のもの、黒色のシールで封じられているものはそうとしか思えない。

 そっと取り出し裏返すと、入念なことにそこには私へ向けた宛名が。それに思わず笑みが零れたが、執成し他にないかと箱を覗くと、縦に長い直方体と角が丸まった立方体が同色で存在していた。それぞれ取り出してみると、中身はほんのり重い。並べて、だがふと思い出し先に手紙の封を開ける。

 とりだした便箋は簡素だが丈夫、仄かに高級感をにおわせた。感触だってそこいらのものは遠く及ばないほど。長持ちするのはもはや確認するまでも無いことだった。

 

『~世界一鈍感な君へ~』 

 

「なんだそりゃ――って、今は軽く言えないよなぁ……」

 

 その題名の意味を理解してしまったから。私と彼女がどれだけ一緒に居て、どれだけその想いを向けられていたのかは知れない。だが、それに私は欠片たりとも気づかなかったのだから。鈍感と言われても致し方あるまい、甘んじて受け入れるべき罵倒だ。

 

『伝えたいことは、全てこの前の仕掛けで伝えられたと思います。なのでこの手紙では、一緒に入れていたものについての事務連絡的堅苦しいものに成るかもしれませんけど、許してね』

 

 如何にも彼女らしい、型にはまった、見やすく綺麗な好ましい共通語(コイネー)だ。読みやすくてすらすらと滞りなく目が進む。

 

『じゃあまず、長い箱の方。それは私からのプレゼントです。君と過ごせた日々への感謝です。君のことを愛していられたことへの感謝です。私にこれほど楽しい人生を歩ませてくれた貴方への、お礼です。要らなかったら、捨ててくれても――ううん、ごめんなさい。それは悲しいから、いらなくてもせめて、近くには置いていてほしいな。欲張りでごめんね、でもお願い』

 

 そこまで読んで、一度視線を逸らす。直方体の薄紅色をした箱の底面となりえる正方形を押すと、やはりスライド式で奥からクッションで受け止められているペンダントが出てきた。

 鎖でつなげられているものに花が彫られていた美しい白銀色のペンダント、

 

「――――いや、こういうのは『ロケット』といったか」  

 

 そのペンダントの不思議な凹凸に指を掛けると、カチッと音を立てて(ひら)いたのだ。その中には一枚の『写真』、超高級品であるそれがいられれるペンダントを『ロケット』と呼んだ気がする。

 『写真』とは、魔道具(マジックアイテム)を利用して『その時』を永久に保存する、今でも理解不能な『絵』だ。ただし、あまりにも高級過ぎて庶民では到底存在を知る事すらない。だが流石村長の娘、これほどのことでもできたのだ。

 その『写真』には二人が映っている。私と彼女、二人だけ。確か、彼女の誕生日だったっけ、一緒に映ろうとお願いされたのは。まったく、こうしてずっと持ってたのか。あはは、中々に応えるな、こりゃ……

 誤魔化すようにロケットを少し強く握って、一度クッションに落ち着かせた。

 まだ続いている手紙へと視線を戻す。

 

『次に――といってもコレが最後。もう一つの箱は、プレゼントなんかではありません。返却物、という言葉が当てはまるのでしょうか。ずっと君に返そうと思ってたんだけど、ごめんなさい、こんな形になってしまって。唐突で驚かせてしまうかもしれません、信じられないかもしれません。ですが、信じてください』

 

 何をそこまでに入念に……と(いぶか)しみながら読み進めると、そんなことどうでも良くなった。

 いや、考えられなくなった。

 

『それは、君のことを生んだ、お母様の形見です』

 

 数秒硬直し、ありとあらゆる思考が攪拌(かくはん)して混濁となり、もうわけがわからない状態で私の手は勝手に動いていた。残された薄紅の箱へと。

 両手で持つのも待っていられない私の本能は、片手でその箱を開けた。中央にある横一線の隙間が段々と広くなり、最後には中に秘めていたものを露わとする。

 

「―――ゆび、わ?」

 

 華奢(きゃしゃ)なデザイン、緻密で美しく、どれ程放置されていたのかもわからないのに傷一つ無く輝きを放っている。クッションの穴に挿しこまれ、いかにもという保存法だ。

 小物であることは直感的に理解したのだが、指輪とは一体どういうことなのか。しかもこれほど高価な……くそっ、気になって仕方ない。ここまで来たらもう終われんだろうが!

 さっと手紙を持ち直し、己を急き立てて欲しい情報を探していく。

 

『混乱するでしょう。ですから落ち着いて。多分私がなんで君のお母さまの形見を所持しているのかを疑問に思っていると思いますので、まずはそれから説明します』

 

 っと、そう言われて初めてそうだと納得して思い至る。どれだけ混乱していたのか、その程度の基本的なことも気づけないなんて。

 一度落ち着こうと深く息を吐く。長い長い時を掛けて吐き終えると、冷徹なまでに心が底冷えする。無情な落ち着きならば、もう動揺も混乱もありはしない。

 

『それは、君たちが村にやって来た十四年前に、お父様が小父様から対価として受け取ったものだそうです。君たちが村に住むための、ね。それもそうでしょう。辺境の小さな村に態々住みたいなんて人、簡単に受け入れられるはずも無かったから。苦渋の決断だったそうです、小父様に訊いてみたら』

 

 小父様……彼女がそう呼んでいたのは、私のお祖父さんだけ。やはりお祖父さんは、私の両親と面識があったのだ。薄々気づいていたが……伝えなかったのは、私を思ってのことだろうか。私が不要に、『母』という存在に興味を持たないための。

 

『お父様は君が変わってしまってから、大切にするべきそれを捨てようとした。気味悪がってね。だから、こっそり奪っちゃった。それで返そうとしてたんだけど……私が悪いです、ごめんなさい。機会はあったんだけど、私に勇気がなくてね。そもままオラリオまで持ってきちゃった。ですから、この機に返させていただきます。ごめんね、今まで奪っていて。君の大切なものなのに』

 

 そう言われても……見覚えなんてあるはずもない。大切な物、といわれても今そうなったばかりだ。絶対に無くしたくない。手放したくない。そんなものに。

 唯一、母へ繋がる手がかり。吹っ切っても、忘れようとしても、離れてくれない『家族()』を求めるこの執念じみた気持ちは、自覚すればするほど気持ち悪い。だが、それでも――気になってしまう。

 手紙にまだ文が残されていた。ここまで来たら全て読んでしまおう。

 

『だから償いとして、せめて少しくらい、君のお母さんに、ご両親についてそれを手掛かりに調べてみました』

 

「さっすがわかってる!」

 

 と、読みながらにして思わず声にしてしまった。少しばかりの興奮を隠せない程に、彼女は私の考えを読んでいたらしい。本当に流石の一言に尽きようか。

 

『でもごめんなさい。私が掴めた情報はほんの僅かでした。その指輪が約1200年前から 伝わる【神の兵器(エンシェント・ウェポン)】という危険な代物であるということと、これを書いたときから20年前、【神の兵器】を使用した者がいるということ。それが誰かは不詳、だけど君お母さんである可能性は高い』

 

 ……なるほど、中々小難しいことになって来たじゃないか。

 兵器(ウェポン)、ねぇ……こんな小さなものがそんなけったいなものとは思えないのだが。いや、見た目に騙されてはいけない。見た目に頼ればろくなことにならないのだから。

 この指輪は所持しておくべきか、身に着けておくべきか……後々見当しようか。

 

『これで、以上です。役に、立ちますか? 私は君の、役に立てましたか? それなら、私はそれだけで幸せです。じゃあね、さようなら。もう、会えないでしょうけど。私は幸せに生きられました。だから、幸せに死ねたと思います。ここで私は、一つシオンにお願いがあります。欲張りだけど、これだけは絶対に聞いてください。お姉ちゃんからの命令です』

 

 なんだよそれ、と苦笑を浮かべながら、次の文で終わるということを直感して名残惜しく唇を噛んだ。なんだろうかこの気持ち。

 

『幸せになってね。これが、一番最後の、私から君へのお願いです』

 

 かしゃっ、便箋が微かに、そんな音を鳴らした。

 あぁ、いつまで経っても、たとえ死んでいなくなってしまったとしても、彼女の気持ちは薄れることを知らないらしい。文字から、そんな想いが受け取れた。

 

「ったく、あーあー、損する人生、歩ませちまったなぁ……凄い奴なのに、男を見る目はないのかよッ」

 

 ばたっと、後ろへ床に倒れ込む。万歳とその際広げた手を天井と目の間に滑り込ませると、最後に綴られていたのはそんな彼女を示すコトバ。

 

『ルピナス・エル・ハイルド』 

 

「――ルナ、ごめん。でも、ありがとう。その願い、とくと受け取ったッ」 

 

 誰もいない、誰にも見られることも、知られることも無い安心感。

 そんなものが、私の制御機能を崩壊させたらしい。

 

 眼帯が段々と、濡れていった。

 

   * * *

 

「なんだいシオン君。もしかして、ファッションにでも興味を持ち始めたのかい?」

 

「違いますって。見せびらかすために着けている訳では無いんです――何があっても忘れないために、()けているんですよ」

 

「おいおい、記憶力最強のシオン君が忘れる事なんてあるのかい? ボクはそっちの方が気になるよ」

 

「んなことより、ほれ。さっさとやらんか」

 

 そう言って、見た目は完全に幼女ながらも不釣り合いに肩が凝りそうなものを揺らす我らが主神、ヘスティア様が背を晒す私の後ろに座る。

 

「相変わらず見た目に沿わない背中してるね……」

 

 と、ぼそり呟いて、彼女は私の背に生温かな『神の血(イコル)』を付ける。

 淡い青が部屋に灯された。【ステイタス】の光、鮮やかなその光は長く灯り続けることなく、あっけなくなくなってしまった。元々封印しているわけではないから、一工程で済んでしまいより早く感じてしまうのだ。

 

「……ぁ」

 

 くらっと、まさにこういう現象をそう言うのだろう。ふと前触れもなく、力が抜けて、座っている状態から簡単に倒れ込んでしまう。

 

「ひゃぶっ」

 

 可愛らしい、断末魔のような声が耳元で聞こえた。敏感で若干ゾクゾクっと震えが走るが、それを無視してとりあえず声を掛ける。恐らく下敷きにされたであろう彼女に。

 

「……ヘスティア様、死んでませんか」

 

「人に潰されただけで死ぬ神って悲しすぎないかい。っと、それはともかく、避けてくれるとありがたいんだけど……」

 

「……………」

 

 といわれてもなぁ……これまた不思議なことに、全くと言っていいほど力が入らないんだなぁ。

 そりゃ、ほんの少し指先に力を入れることくらいならできるのだけれど、所詮その程度でしかない。普段通りに移動することは難しい、か……これ、何だか慣れている自分がいる気がする。

 

「こういう風に、封印後脱力してしまう事ってあるのですか?」

 

「ボクに聞かないでおくれよぉ……分かる訳ないじゃないか」

 

 それは神として、主神としてどうなのだろうか。

 仕方ないっちゃ仕方ないだろう。彼女は私とベルしか眷族がいなかったのだ。なんなら少し前までただの穀潰しだったまである。今は()()()()()()()のだけれど、知識の方は眷族の数と比例しないらしい。主神として、最低限必要そうな情報は集めておくべきだと思うんだ、私は。

 

「ねぇシオン君、こんな状態で言うのは正直ちょっとアレだけど……何か、いいことあった?」

 

「ん、どうでしょうかね」

 

 本当に場違い。唐突な質問に私は曖昧に返答する。

 だが、彼女は何を思ったのだろうか。ふっと微笑みを浮かべているのが背を向けていても感じ取れた。

 

「なに、隠すことはないさ。シオン君、なんだかすっきりしたような表情(かお)してるからボクには筒抜けなんだぜ。あと、ボクに怒らなかった」

 

 どういう判断の仕方だよ……気分が良かったら多分、私の場合それを害したということで気分が悪い時より怒ると思うのだけれど。ま、細かいことはいいか。良いことがあったのは事実だし。悲しい事でもあったけれど。

 

「さっ、シオン君。ちょっと経ったけど、そろそろ少しくらいは動かせそう?」

 

「うーん……よっ――と。おっとっと。あぶないあぶない」

 

 指だけで床を弾いて、風のお陰で程度良く自由の利く空中で体勢を整えると、着地は何ら支障なく成功――だがしかしその後のバランスが取れずよたよたと壁に手をつくことで一旦落ち着いた。

 

「なぁシオン君」

 

 ふぅと独り息を吐いていると、ふと私がいた方向から妙に真剣味を帯びた声が。押し潰れていた状態から起き上がった彼女は、こちらに向き直り――突然、頭を下げた。

 

「――明日、絶対に勝ってくれ。頼んだ」

 

「――しゃーないなぁ……」

 

 そんなこと、頼むまでもないのに。そう思いながら、渋々の様子で承諾する。

 そうでもしないと、ちょっと恥ずかしかったから。

 

 決戦は明日、開幕も明日――運命は、明日で決まる。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)第三開戦――最終決戦の幕は、『シュリーム古城跡』により開かれる。

 私はそれに、小さな決意を強固に固めて挑もうと、静かに心で誓っていた。 

 

 

 


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