やっと入った最終決戦
では、どうぞ
「ふわぁ~……あ、ごめんなさい。昨日から眠れなくて」
「シオン、そんなんで戦えるの? 【ステイタス】封印してるんでしょ。気、抜いてると――」
「おいおい、そりゃお前も言えねぇだろうが」
「満身創痍って言葉がよく似合ってたね。回復してあげなかったらどうするつもりだったのか」
「あはは……」
失笑するベルの周辺に集まる私たち。一応団長という立場であるのだからこうして中心にいるのは当たり前と言えば当たり前なのだろう。
私が【ステイタス】を封印してから一日もしない出発。昨日の内に手続きは全て済ませてあるので、後は開始を半時ほど待てばよい。
「さて、じゃあいいところだし、確認でもしますか。ティア」
「はいはーい」
辺りが一度暗転し、だがすぐに光がともる。足元で楕円の形をして、地に
「光系統、『陰』と『千里眼』の
「か、かっこいい……」
「というかすげぇなこりゃ……やるじゃねぇかちびっ子」
「うん、とりあえず次ちびっ子って言ったら引き裂くから、注意してね」
「お、おう」
感心したが余計なことを言った所為で、笑顔の威圧を受けた彼こそ新たに我らのファミリアへ加わった内の一人、どうにも馬が合わない戦う鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。
「見ての通り、『シュリーム古城跡』です。見ながらの方が解りやすいでしょうしね。ティアには苦労を掛けますけど」
「いいってこれくらい。私の『権限領域』ならなんてことないから」
『権限領域』と言うものは今一理解できんが、まぁ相変わらず凄いわけだ。
拡大縮小もできる便利なもの。だけど『目』自体は相手からも確認できて、その『目』を潰されてしまえば術者に多大な代償が科せられ、加えて安定性も失うので術の均衡が失われてこの映像も消えてしまうらしい。ティアに本当に苦労を掛けているのだが、あと少しだけだ。
「東西、特に南が荒れた山となっていて、隠密で攻めるには向いていますがその分、この通り相応に護りに人を送っています。一番薄いのが北側の正門です。ここから攻めに入るのがティアと
「シ、シオン殿、流石にそれは……」
「そうだぞおい。せっかく打ったんだ、しっかり使ってやんなきゃかわいそうじゃねぇか」
「あ、ごめんなさい。つい。
だってあれ、剣って言ってるくせに『斬るため』じゃなくて『魔法の代替品』としてあるじゃん。だっから嫌いなんだよなぁ……いや、ね。別に
「続けますよ。ベルと
「うん、市壁よりは低いんだよね。ならいける」
それはどういうことかな我が弟よ? 一体鍛錬中何があったんだよ。後でティアに教えてもらおうそうしよう。
ナニカ張り切るベルに対し、ガサゴソと荷物を漁って確認を始める以外にまめなヴェル吉。
因みに、このヴェル吉というのは、椿さんに面白がって仕込まれている。
「この塔内の最上階にある広間が
「うん」
「おうよ、最悪俺が囮になってやっから。安心して突っ込んでけよ」
そうなることをベルは望んでいないだろうけど、まぁ戦況ではそういうこともあろう。ベルも相当に【ステイタス】を上げて来たから下手に足止めされることもあるまい。私みたいに尋常とは程遠いわけでは無ったけど、勝るとも劣らない『SSS』なんてものだったからなぁ……
「ところで、コレが結構重要なんですけど。緊急時、どうするかは憶えていますね」
すると皆、ポーチやら内ポケットやらから、筒状のものを取り出す。
一見、ダイナマイトに似ているこれには殺傷力など皆無である。見かけ騙しのそれが持つ真価とは、とにかく煩くて、とにかく飛ぶのだ。
「使用方法は極めて簡単。ただ蓋を外すだけ!」
「ねぇシオン。これってどこから貰って来たの?」
「ちょっと
因みに本数と対戦回数と勝ち数はイコールでつなげることが出来たりする。いやぁ、少しは成長してたけど、まだまだ私には勝てんな。今後もこの方法を利用させてもらおう。便利だし。
「では最後に。私は空中から攻めたいと思います。そして潰すのは、リナリアです」
「勝てそう?」
「愚問だな」
やはり【ステイタス】のことを気にしているのだろう。尚も心配を続けるベル。だが他は全く心配などしてない様子だ。ティアはそんな考えすら浮かば無いだろうし、命さんはと言えば少し前に叩きのめしているから心配するというのは無理がある。ヴェル吉については知らん。
「ではティア。もう『目』は閉じてくれても構いません。そろそろ、『転移』の準備にとりかかりましょう」
「りょーかーい」
気の抜けた返事だ、負けることなど一片たりとも考えていないような。
その意気込みはよろしいのだが、足元掬われないと良いな……
「決着は24時間以内なんて馬鹿げたルールになりましたけど、1時間で終わらせてやりましょう」
その言葉で、皆気合を入れる。私も例外なく。
今日お世話になる『黒龍』と『一閃』、『狂乱』は今回の戦法には向いていないからお留守番だ。破壊力が高すぎて逆に邪魔となってしまうから。だが十分に握り慣れたこの二刀ならば、弱ったこの身体でも受け入れ存分に振るうことが出来よう。
絶対に、負けてなんかやるもんか。服の中に忍ばせているロケットをそっと握りながら、意地を張った様に誓った。
* * *
「おいヘスティア、シオン・クラネルの封印は済ませてあるだろうな」
「勿論さ。ボクはそんなズルをする気は無いし、シオン君にもそんな気は無い。あの子は、正々堂々君たちを潰すだろう。まぁ、観てるといいさ」
「【ステイタス】を封印された冒険者たった一人が、我々を潰す? また随分と面白言うことを言うようになったな。前回のふざけた力も、今回は使えないのだろう?」
「使わないんだよ。解ってないなぁ……」
がやがやとだんだん騒がしくなっていく中で、二柱の神が言い争う。
二人は一際豪華な特別席にそれぞれ座らされ、眼前の『鏡』を見守っていた。
両者とも、全く心配などしていない様子だ。自分の眷族が相手を打ち倒すことを疑っていないのだろう。
『さぁ、ついに始まります! 前代未聞の三回戦構成となった【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】の
『あぁもう長い長い。何で全部、私実況になってるんだろ……ま、いいや給料弾むし。さて、見どころなんだけど。やっぱりシオン君――と、リアリア・エル・ハイルドちゃん。前回ですっごく目立ったこの二人かな。面白いことに、この二人実は幼馴染なんだよね~』
『えぇ!? なんでそんなこと知ってるの!?』
『シオン君から聞いた』
あっけらかんと、興味を持たせるような内容を告げる彼女の声は
そんな実況が始まるのは、開始数分前から。
最後の戦いに今までにない盛り上がりを街にあふれさせる人々。まさに繁盛時である今、手を休められないはずの酒場等の飲食店従業員ですら一緒になって盛り上がるところがほとんど。
「頑張ってください、シオンさん……」
とある和服を着たエルフの少女は、鏡を眺めながら細く呟き。
「ベルさん……無理だけはしないでくださいね……」
同じ酒場で足をいったん止めた、鈍色の髪が特徴の少女は強く願い。
「貴方の魂に、恥じぬような戦いをしなさいよ……ヴェルフ」
決意をもった青年と眷族としての絆を放したとある神は、胸の前で拳を握り。
「無事に終えてくれよ、命……」
とある武神は、誰かの為につい無理をする生真面目な少女の無事だけを思った。
そして――
「――君は一体、どれだけ近づいたかな」
独り。なのに微笑む黒髪のエルフは、誰に聞かれることないのに、暗い部屋でただ面白そうに『鏡』へ言葉を投げた。
誰もかれもの想いが錯綜し、それは彼らには届くのだろうか。
届かなくとも想い続ける。全ては勝利の為と。
そんな中、ついに開始が告げられた―――――
* * *
「じゃあ、行こうか――――」
シオンのその言葉を合図に、部屋を光が満たす。
眩まぬように下ろしていた瞼を開けると、大成功。眼前に広がる平野と、城壁。
「ぅ―――ぎもぢ、わるぃっ、です……」
「あぁ忘れてた!? でもゴメン今は急いで
「は、はいぃ――!」
もう開始は告げられている。全員が城内に侵入するまでが最初の勝負所。シオンは中心地から離れたところに飛ばしたから、そこから城内に侵入するまでの約10分。それまでに
「このまま城壁を大胆に破壊します! わたしはあんまり目立って力を出せないのでソレを使ってください!」
「承りました! では、支援を頼みます!」
城壁内に始めから飛ぶ手もあったのだが、相手に魔力感知に長けている人がいる可能性を考慮してそれは却下となった。もっと言えばシオンがわたしの力に関する情報の漏洩を嫌ったというのもある。
フードによって顔まで隠せる逆に目立ちそうな黒ローブの中から取り出した、抜き身の剣のような
「ハァッ!」
城壁から100Mばかり離れているか。漸く気づいた壁上の敵がもたもたと攻撃の準備を始める。鈍いにもほどがあるだろうと呆れながらも表情には出さないように努める。見えない所に気を配れというヤツだ。
城壁の破壊ついでにそいつらも巻き込もうとしてか縦一直線に魔剣を振り下ろす命さんと合わせて。こっそり術句を発しようとしたそのとき―――
「――うっへぇ。すっごい破壊力」
尋常を逸した魔力を振り下ろされるその魔道具から感じ取り、興味本位で口を噤んだ。だがそれは間違いでは無かった。それほどまでにこの魔剣、破壊力があったのだ。それはもう、城壁に二人なら悠々と通れてしまうほどの風穴を開けるまでの。精霊の力を使った人間ほど恐ろしい存在はいないなぁ……やっぱり。
「いつまでも突っ立ってらんないよね」
「は、はい」
自分で放ったのに自分で驚くって……それってどうなの?
とりあえず今は不問、このことは後から問い詰めるとして。私たちの目的は撹乱。行動に規則性を持たない、遊撃的な立ち位置。ならば――
「命さん、ここから二手に分かれましょう! 目標はなし、とりあえず問答無用です!」
「はい!? わ、わかりました! ご武運を!!」
って、言われるほどのことじゃないんだけどね。白はそこまで広いわけでは無い。別れ方からして自然と、命さんは地上の、わたしは城壁内ないし壁上の敵が掃討対象となるだろう。
これならば全然――余裕で勝てる!
「いったん逃げろ! あんなのまともに相手にするんじゃねぇ! ありゃ『クロッゾの魔剣』だ、使い果たしてやればこっちのもんだ!」
入って来た。開始からまだ2分もたって無いのに、やはり速い……危うく遅れるところだった。本当に早期決着のつもりか。これはこっちも早く動かなくては。
歩幅、走り方、息遣いまで意識して、完全に近い模倣状態で走らなければならないから、ただでさえ低い体力がガリガリと音を立てて削られていく。でもベル様は体力が無くなった程度で挫けは、諦めはしない。ならリリだってやらなくては。
「おい、そんなところで何やってんだ! 命令が聞こえなかったのか!? 全員で捉えろって命令がよ!」
「あ? そんな命令誰が出したんだよ」
「俺はダフネから聞いた! さっさと
「チッ、お前等! さっさと行くぞ!」
よし、本陣である塔の前で待機しているあの人の名前を出せば何とかなると思ってたけど、やっぱり効果
影を縫いながら慎重に、だが素早く移動してく。こういった行動にはもう慣れたもので、すぐさま壁上から西門まで降り立ち、開門するための重々しいレバーを全体重を掛けてやっと下ろす。
4分10……よかった、ギリギリ間に合った。
「ナイスだリリ助」
「ありがとリリ。でも急ごう」
「あぁ、わかってるって」
傍から見てればこれは確実な裏切りだろう。あの人には悪いのだが、捕まってしまうのも悪いのだ。シオン様から逃げれるわけがないのだけれど。
口調は一応変えずに、そのまま先導して走って行く。今現在の大勢が詳しいのはリリの方だ。案内した方が速いだろう。
「ここから先に居た警備は最大限避けておいた。楽に突破できるだろう」
「やるじゃねぇか」
「うん。お疲れ様、リリ」
「ダメですよベル様。労うにはまだ早いんです。さっ、シオン様の出番を無くしてやりましょう」
ちょっとした冗談で、少し曇っていたベル様の表情を和ませる。
仕方あるまい。だって、今から向かう先にはヒュアキントス――ベル様が第一回戦で、無惨な負け方をした相手なのだから。だが強張っていては、勝てる相手にも勝てなくなる。
そこで別れを告げて、これ以上一緒に居るのは不味いと立ち去る。ベル様たちも急がなくてはならないのだ。今回の戦いでは、速さこそが大切となる。
だから動こうと背を向け、一歩踏み出し―――
「ぇ?」
それ以上ができないことに、今やっと気づかされた。
別に束縛されたとか、そう言う訳では無い。ただ、『何もできない』のだ。
「ルアン。まさか貴方が裏切るなんて、思わなかった。いっつも下っ端として扱われて、嫌気が差したのかな。それはごめん。でも、これは許さない」
背後から聞こえて来る声。殺気を圧縮して形作ったかのような存在は、濃密と感じ取れて、自分では到底かなわないと全てが理解してしまっているからこそ、絶望という恐怖で身体がもうダメなのだ。
だが救いと言えば、これが
「――るーちゃん。避けてくれないかな」
「――ゴメン、無理」
「――そう」
「ダメ!」
殺意が消えた――いや、別の方へ向けられた瞬間。その意を理解する前に全身全霊を持って叫んだ! そのこえが届いたかは知らない。その意思が伝わったかもリリにはわからない。
だけど―――
「――主役は遅れて登場、ってな」
ふざけたような声。面白がっていると明らかなその声の主は、まさに今回の主役。
甲高い音と共に空からまさしく落下したのにも拘らず、あっけらかんとそう告げる。
苦虫を噛み潰したかのように顔を顰める少女は、だがどこか嬉しそうだった。
「おい、いつまで突っ立ってんだ。さっさと行きやがれ」
「――わかった。行くよヴェルフ!」
「あぁ!」
「行かせるとッ――」
「思うなよ――って、そっくりそのまま返してやるよ」
そう格好よく決めて、悠然と構えている。リリたちをかばって尚、その背には余裕が見えた。
圧倒的とはまさに彼の為にあるのだろう。目も前に居て、守られて、それがしみじみと感じられた。
これが、リリが大好きで止まない人が尊敬する人――目標。
大きすぎる。
「おい、ティアと命さんの援護に行け。なに、撹乱だけで十分だ。混乱にさえ乗じれば、後はティアが最強。ほれ、行ってこい!」
「――ッ!! はい!」
足を滑らせ、地に躓きながらも、逃げるように走って行く。
あの人に任せれば、ベル様も、この戦いも、恐らくは問題ない。
漸くそろった【ヘスティア・ファミリア】、ここからが、本番だ。
一度逸らされた順調なる道は、ここへきて漸く、勝利への道へと正しく矯正された。