アホみたいに時間かかってしまった……
では、どうぞ
『―――――』
無言のせめぎ合いが続く。騙し合い、駆け引きともいえるだろうか、まさにそれが行われていると言えば理解は早いだろう。ほんの少しの下手を打てばそれだけでもう絶体絶命であることはもう解った。慎重に、全てを見て完全に予測して、対応しなければ――今の私に課せられているこの圧倒的不利に挽回という場面は訪れない。それどころか、敗北という最悪の結末で終わってしまう。それは御免だ。
いつまでこうやって
「――よく、努力したんだな。圧倒できると思ったぞ」
「――もう、無くしたくないから。こうするしかなかった」
こうしてせめぎ合えているのは、本来可笑しなことなのだ。私と彼女とでは研鑽の『時間』という絶対的差がある。技術は【ステイタス】に左右されない。これが才能というヤツか……疎ましく、羨ましいものだよ。それを存分に生かせるだけの努力はしているのだろうけど。
宛ら、自分の努力が無駄みたいで無性にイラつくのだが、それは抑えよう。
真向からその努力を踏みにじれば、努力も才能も、関係ない。
「―――ッ!?」
クソッ、防がれた! 感傷に浸ってか力み、その地点から考えて防ぎにくいであろう場所を狙ったのだが……どんな体の構造してんだよ。なんならどんな思考になればそう言う防ぎ方ができるんだよ!?
金属槍であることを忘れてた、木製ならば簡単に断つことが出来るけど、金属はそう容易くない。しかもこの槍、今の感触からしてこの子本来の
「うっ――」
「考えてばっかりだと、足元掬っちゃうよ!」
「お前もな!」
「うわぁッ!?」
隙を見せてしまったところに打ち込まれた薙ぎが
くるんと空中でひっくり返るミニスカートを穿いた少女。つまりどいう言うことか――
「――見た?」
「子供が背伸びしているのが」
「止めて、わすれて……!」
あぁ、何だか悪いことした気分になる。これ、状況的に悪いの完全にこの子だよね? というかあれ、下着の意味成してるの? 殆ど隠せてないし、布薄すぎるだろ。スースしてムズムズしちゃうじゃん。何のために穿いているんだか、罰ゲームか何かで?
完全一瞬で決着できるだけの間合いなのに手が出せないのは、真っ赤になって蹲る、それこそ下着が見えるのではないかと言いたくなるような一時戦意喪失してしまった彼女があまりにも憐れに見えてしまったからか。
まぁ、私の目的は彼女と戦うことに非ずってね。足止めしかできないのは事実だし。こうして時間稼ぎができるのなら必要以上に体力を使わなくて済む。
「シオンの鬼、変態、鈍感
「何言ってるんだか……」
唐突に罵倒される謂れは無いと思うんだ、私。それに頭を抱えて呆れていると、徐々に変っていく異変に気が付いた。
淡々と、何かが聞こえる。そのナニカとは、不気味なまでに無感情な声。
「――よね、お姉ちゃん。寂しいよね、うん、わかる、わかるよ。シオンが居ないと我慢できないよね。シオンと一緒に居たいから、私もこうして生かしてるんだよね。わかってる、連れてくから。私も一緒に、いくから。もう少し、待ってて―――」
居所を辿れば少し目を動かすだけで見つかった。気配が、黒い。
今までのとは豹変して、一線を超えてしまったかのような気持ち悪さがそこにはあった。背筋が凍るような冷たい、静かな殺意が、何を切っ掛けにしたかもわからず向けられる。
のっそりと、芸術的なまでに整った立ち姿に彼女は変わる。
「――ねぇしーちゃん。一緒に、お姉ちゃんのところに、行こ?」
「―――――」
にっこりと微笑まれた。歪んだ、狂気的な黒い笑み。絶句する他なかった。私の知っているあのしつこくともいつまでもまっすぐであった彼女ではない。知らない、壊れた彼女。
何がそこまでさせたんだ……
無意識に、手を胸へとあてていた。確かな硬い感触があるそこに。
「――一緒に、死んじゃお」
何もかも、判らななくなってしまったのだろうか。
気が付いたのは、本能的に動いていたおかげで急所を外れた槍が、孔を創ってからだった。
* * *
「まだ時間には余裕あるけど……心配だし、早く終わらせちゃったほうがいいよね」
まぁ、あのシオンがそう簡単に負けるわけが無いんだけどさ。早いに越したことはないって言われたし、シオンにかかる負担は僕なんかと比にならないのだから。
「そろそろいいかな」
二分のチャージ。塔を上がるのに経由する螺旋階段はいわば狭い一本道、不利に身を投じたりはしたくない。だが、敵大将はこの上にいる。でも態々上に行くこと必要はないのだ。
さぁ、天に向かって叫ぼうじゃないか。途中にいる奴らも巻き込んで。
「【ファイアボルト】!!」
外の異変にやっと気づいたのだろうか。ちらっと、下へ降りてこようとする人たちが見えた気がした。直撃してないと良いけど……あ、もしかしなくても、そうしたら反則になっちゃう?
こくこくと、傾けた試験管から流れる液を喉に通す。
そんなことをしている間に崩壊する塔。続々と降りしきる瓦礫、見上げるとあの威力で破壊できていない場所があった。瓦解した階段は使い物にならず、上から下へと移動する『足場』を伝って上階へとたどり着いた。
「貴様か……貴様なのか、これは」
「ご想像にお任せします。さぁ、戦いましょう。僕が何のためにここへ来たのか、わかっていただけますよね」
そう言って交差する腕、握る『黒』と『
――先に仕掛けたのは僕だった。
急いたものもあるけど、愚直に攻めていた前とは違って、明確に『あいている』ところが見えた。あの人にはない『無駄』ともいえるだろうか。何となくで、それがわかった。
それに何でだろう。押せているとか、優勢だとか、ソンナのがどうでもよく思える。ただ勝てるから勝つ、勝てることに不思議はない。負ける事こそ不思議しかないのだと、そう言い聞かせているからだろうか。負けることは加味する意味がない。
すらっと通る刃。肉を抉って、吹き出す血。はは、これが麻痺なのかな。気持ち悪くもならないし、怖くもない。身心ともにどれだけ鍛えたと思っているのだ。驚きに染まるその顔が面白い、つぅーと上がっていく口角の感覚に気付いて、内心でどれだけ自分がオカシクなってしまったかにしみじみと理解させられる。
何が発端となったかなんてわからない。でも、ソンナのいいじゃないか。
「何なのだ……一体、貴様はなんなのだ!?
醜態をさらした。無様に惨敗した。もうそんなのは嫌だから、こうして強くなるしかなかった。
ある意味、この人のお陰ともいえるだろうか。なら、お礼をしなくては。
一気に大きく距離を取られる。そう簡単に逃げさせるわけにもいかず爪先に力を入れた直後、別方向から不意に力を加えられた。危うく転びかけて気付く、足がぎゅっと掴まれていた。僕がここに来る前に行使した
「――【我が名は罪、風の
見慣れない構えをして、一語一語に
「【ファイアボルト】! 【ファイアボルト】!」
鋭く二度の砲声。あの構えじゃ避けることもできないだろうと思っての魔法、直撃狙いでやったから威力を抑えて、だがその分重ねて放った。これで流石に――
「【――来たれ、
食い縛り、振り絞ったかのような声が、僕を強く震わせた。
相手だって負けないように必死だ。一回戦の僕のように、社会的公開処刑に遭うのだから。そんなの御免と嫌がって、無理をしてまでも勝とうとするのは当たり前。
僕だって、例外じゃないんだ。
「ごめんな、さい!」
掴まれていないもう片方で頭を蹴り飛ばすなんて本当はよろしくないことだ。特に女性を足蹴にしたとなれば、謝るのは当たり前。だが仕方なかったのだから許して欲しい。
「――【アロ・ゼフュロス】!」
解放され自由になったのと同時、もう詠唱を終えていたのだろう。僕には
ふと、紅色に染まっていく視界の端でしめたと言わんばかりに笑う彼の顔をみた。
「【
「ぐがぁっ――」
断末魔じみた声が喉から漏れる。全身が焼けてしまったかのように一気に感覚が遠ざかった。それもこれも、僕の眼前で爆裂したあの火球のせい。あえなくごろりごろりとのたうち回り、だが
あぁ、やばい。これ結構不味い。得物を手放し、呼吸だけで痛む身体にはこれ以上の負荷が危険すぎる。だが、こつこつと近づいて来る足音の主を潰さなければ。何も始まらないし、終わらない。
得物はないが、拳がある。まだ
「終わりだ、ベル・クラネル―――」
近づいて来る彼が殺意まで
それに応えて僕も出せる限りの殺意で迎えた。脱力した、腰を沈める構え。得物がない時の戦い方はもう知っている。この程度のことで慌てる必要なんてないのだ。
満身創痍で互いに向かい合い、動き出すのは同時であった。でも、どうしてだろう。
「やっぱり、僕の方が速いですね」
「――ッ!?」
純粋に速いというだけで武器になる。速ければ、ただ動くだけでも攻撃となるし、ただぶつかるだけでも致命傷を与えることが出来る。僕はそこまで速くはないけど、そこに体術を加えれば馬鹿にならない威力を発揮する。ただ一直線に進み、肺へと回し蹴りでも食らわせれば、大抵終わってしまうのだ。身をもってそれは経験している。
床に跳ねられながら転がって――そして、立ち上がった。あれでもまだ、倒れないというのだろうか。血反吐を吐いて、醜悪に顔を歪めているのに、どうしてそこまで立っていられるのだ。それこどが強さだとでも言うのだろうか。Lvが一つ違うだけでも、ここまで変われるものなのだろうか。
「どうして、そこまで強くいられるんですか」
自然と、僕はふらつく彼に問いを投げかけていた。
すると彼は、一つ笑みを浮かべる。場違いにもそれは、よく澄んでいた。
「――願いが、あるからだ」
諦めなんて相手にもなかった。でも、それは困る。
その願いとやら、踏みにじっても僕は倒さなければならないのだ。
聞き慣れた鈴の音が、僕に行けと言わんばかりに力を与えていく。
その発信源となる右拳を、ぎゅっと強く握りしめた。それでもう、覚悟も全て決まる。
「一回戦でのお返し、させていただきます―――」
「ハッ、好きにしろ。だが最後に言葉を残そうか」
悪あがきと判っていながら、自分が負けることをもう確信していながら、彼はすらりと剣を構える。
捨て台詞のように、最後も変わらず笑っていいおえた。
「ざまあみろ」
それだけを聞き届け、意味を理解することなく僕は彼の鳩尾に、光る拳を叩きつけた。
眼前から消え失せる彼、遠くで鳴り響く轟音。
これで、決着―――
――そのはずなのに、何故、鳴らない。
* * *
「おいおい、どういうことだよ―――」
塔が派手に破壊されてから程なくして、大轟音と共に城壁から噴煙が上がったのを確認した。勝利がそれで決まったはずなのに、何故終戦の勧告が行われない。
「残念だったね、しーちゃん。ヒュアキントスが大将だと思ったでしょ? ねぇねぇそうなんでしょ? ざんねーん。大将は私、でーした」
高々と
ヒュアキントス・クリオが大将であることはリリから流してもらった情報だ。情報を横流ししてもらっていたので間違いはないと思っていたが、まさか……仲間にも偽情報を? 敵を騙すにはまず味方からとはこういうときにぴったりだなおい。面倒なことしてくれやがって。
「私を
また笑う。
現実が見えているのに、判っていない。そんな風にしか見えなかった。
さっきからこうだ。
無力化するのが難しいのに、そこまで願望を口にしていられる余裕があるのだろうか?
今や柄を握れているのは左手のみ。だらりと動かなくなった右腕をたどれば孔を見つけられる。とめどなくそこから流れる血で失血してしまいそうだけど、その点問題ない。危ういのは、その所為でそろそろ『ヤバイ』わけだ。飢えた吸血鬼ほど、手に負えない存在はいない。
つたぁーと彼女の首筋を伝う紅い雫なんて、欲しくてたまらないのだ。
「何度も言わせんな……心中なんて、真っ平ごめんなんだよ――!」
「ううん。しーちゃんに拒否権なんかないよ。さっ、悪あがきなんてしないでさ――だから、何度やったって今のしーちゃんが私に」
余裕
「こんな手は、どうだよ――」
「やる、ね―――」
軌道が逸らされることがわかっていて、その方向・タイミングさえ予測できてしまえばあとは利用するだけだ。何度となく愚直に繰り返していたのにもここへつなげるため。単純な、首絞めに。何分身体能力は極限以上に高められている。大道芸じみたことだって容易いのだ。槍と刀の接点を支点に背後へ回ることなど造作もない。
擦れた息が漏れる。頸動脈とか言ったか、そこを絞め脳へ送られる血液を遮断してやれば気絶させることが出来る。敵大将の戦闘不能が勝利条件の一つだ、これで十分なはず――
「ごふっ」
折れた
口から噴き出す血、詰まる息。それでも私は腕の力を緩めない。
二度、三度。立て続けに同じところを撃たれ、最後には吹き飛ばされてしまう。
「がぁはぁっ、だはっ、ぁがっ……両腕だったら、危なかったよ。腕を潰してたのは正解だった」
「そう、かい……」
クソ、最大のチャンスを逃した……しかもこの深手は不味い。支障どころの話じゃないぞ。
万事休すってな感じになりやがった。まだ戦えなくはないが、
『
「主語をいえ主語を……何がだよ」
『私の体を使う事。目くらましをこの人にやってもらえれば、バレることも無い」
「なるほど、ね……殺さず気絶、ですけど、私、できるでしょうか」
『うん、できる。主なら何だって』
「ちょっとしーちゃん、独りで何喋ってるの? 可笑しくなっちゃった、私と同じになっちゃった?」
おっと、口に出ていたようだな……この程度のこと意識もできないなんて、かなり不味い状況である事の解りやすい証明じゃないか。致し方ない……危険は伴うがやるしかないだろう。
「ちょっとしーちゃん、無視は酷いよぉ。こんなにも私は――」
「黙れ。少し狂えたからって調子乗ってんじゃねぇぞ。狂人歴なら大先輩だぞ」
「きょうじ、え? なにそれ」
「るっさい、そこで突っ立ってればいいんだよお前は」
一秒。それだけとしか今は言いようがないだろう。だが、吸血鬼化できるのだとすれば……問題は、気絶で済ませられるかということだが、まぁどうせ治るのだろう。以前ティアが彼女を完膚なきまでに叩きのめしたらしいのだが、完全復活して今私に立ちふさがっている。少しくらい問題なかろうか。
鞘に刃を納める。ぎゅっと拳を握って引き、片足を大きく下げて腰を極限まで下げる。
「変化方法は」
『前にやったでしょ。変化後、限界まで我慢するけど、強制的に解くからね』
「ありがとよ……助かるよ、本当に」
ふっと、口元に笑みが浮かぶ。はっと何かに気づいたように動き出そうとした彼女、速い。けど、おいつけないわけじゃないんだなぁ。
精霊の風が吹き荒れる。土煙が舞い、不明瞭な視界
ぎゅっと後ろ足に力を込めて突貫する。足の感覚がその瞬間失われたのだが、次に気づいた時にはもう完全体へと至っている。停滞に近い時の進み方をする緩慢な世界で、例外なく彼女も
色褪せた世界でただ唯一生きている私。本当の一秒は、果たしていつ訪れるのだろう。だけど、暢気になんてしてられない。
終わりだ、これで。漸く、終わる。
単純だ。全身に軽く衝撃を与えるだけでいい。ただそれだけでも馬鹿にならない威力なのだ、人間にとっては。これだけしてもいいのは一重に彼女が冒険者であるから、そしてちょっと『変わっている』から。下手に道を外したことが仇になると言う訳だ。ざまぁみろ。
「ぁっ―――」
ころんころんと甲高い音が聞こえた。一気に脱力して地へと倒れ込む私にはそれが何の音なのか確かに知ることはできなかったが、終戦の証だと思えた。
『主、お疲れ様……』
ったく、本当だよ。病人酷使しやがって。
意外とあっけなく終われたなぁ。いや、終わったかどうかは確証がないから本当はどうとも言えないんだけど。
乾いた銅鑼の音が身を震わせた気がした。これが終わりの合図だと、いいんだけどなぁ―――