大変申し訳ございませんでした…
では、どうぞ
ほいほい。草薙さんと共にやって参りましたダンジョン五階層ルーム。
このルームは、冒険者の間でもかなり有名で人気のある場所だ。上級冒険者もここに来るらしい。
装備は、今日帯刀してきた『一閃』のみ。着ているのも私服だ。
草薙さんの装備は漆黒の刀一本。名前は『
こんな軽装の二人でも、実力の所為か、ここまで来るのに歩きで一時間とかからない始末である。
「んで、
「はい。本気も本気、どういわれようと挑戦します。それに、不可能なわけでは無いでしょう?」
「そうだが…本当に危険だぞ」
「百も承知ですよ。さて、始めましょうか」
抜刀。何かを斬る訳では無いため、構えず、ただ持つ。力を抜き、集中する。
「お願いします、草薙さん」
「……分かった」
あまり気が進まないようだが、了承してくれた。
人差し指を『一閃』に静かに向けた。その指には少しの迷いが存在していたが、少し経つと、その迷いがなくなり、覚悟が決まったかのように、指先を向ける。
「【其の身を侵し、其の身を滅ぼす、悪しき力を解き放たん】」
「【
草薙さんが行ったのは、魔法の発動。生まれたときから使えた呪いの解放が、【ステイタス】によって強化された魔法だ。
その魔法の対象は、『一閃』。感の強い人はここまででわかるだろうか。
私が行おうとしていることは、呪いに、故意的に呑み込まれること。そして、それを制御すること。
何の為かと聞かれると、強くなる為、と答えるだろう。
何故強さを求めるか。そう聞かれたら、必要だから、そう答える。
その為に、こんな危険なことをするのだから。
発動された魔法は、草薙さんの指から光のようなものになり、その光が『一閃』の刀身に纏わり憑いて、弾ける。
それと同時に感じたのは、異様な気配と、異常な程に濃密な、自分のものでは無い感情。
「後はお前次第だ…」
そんな声が聞こえた。草薙さんの声だろうか…解るのに判らない。
あれ……視界が…ぼやけて……あっ…
バタンッ、と言う音が聞こえた。何の音かは解る。でもやはり判らない。
視界が途切れた。いや、視覚が遮断されたと言うべきか。
音も聞こえない。周りで何も音を出さなくなったのだろうか、
においもしない。何かに触れている感覚も無い。
体が浮いたような錯覚を覚える。でもそれが自分の感覚なのか、解らない。
はは、何も分からなくなってきた。ヤバイ、かもな。
彼は現状として、地面に倒れていた。ただ一本の刀を強く握ったまま。
* * *
ここは、
気が付いて思ったことは、そんなことだった。
体には感覚が無い―――いや、体が無いから当たり前か。
地面も無い、空も無い、果ても無い。つまり、ここは場所としては存在しない。だから、何としか言いようがない。
ふと、感覚が生まれた。何かに触れているという、当たり前の感覚。
その感覚は広がって、次第には、他の感覚も生まれた。
その時になって、初めて違和感に気づく。
今まで
生まれた感覚の中に、視覚があった。その感覚によって伝わってきたものが証拠となる。
地面、と言うより床もあり、空、と言うより天井もある。しっかり果ては存在した。
少し見渡すと、此処は極東発祥の、和室、と言われる場所だった。
床は畳。天井は木製。壁も木製。出入り口と思われるのは、角にある襖。
室内には照明以外の家具が無く、その明かりすら朧気だ。
そして、気づく。自分の目線がいつもより低いことに。
襖が突然開いた。そこには、気持ちの悪い、下衆な笑みを浮かべ、此方へと近づいて来る男がいる。
そして、宙吊りにされたような感覚を覚え、首元に痛みを感じた。
見ると、金属で作られた首輪が付けられていた。それと同時に気づく。
体中が痣だらけで、服は黒ずんだ紅一色。髪は伸びていて、その髪は、一風変わった金と白ではなく、赤みのかかった黒色だった。
どうなってるんだ…そう思っていると、首にまた痛みを感じ、次には腰や腿が擦れる感覚を覚えた。引きずられているのだ。
引きずられ、部屋から出ると、そこには長い廊下。そこには等間隔に並べられた襖があり、その奥から悲鳴、断末魔に似通った声ばかりが聞こえてきた。
雑な扱いを受けながら、引きずられていく。暗い廊下の床が、軋む音を出す度に、長い廊下に叫び声が響く。
それが幾度も幾度も繰り返され、永遠に終わりが訪れないのかと思い始める頃、一瞬の浮遊感が訪れ、次に衝撃が体を軋ませる。どうやら部屋に放り込まれたらしい。
放り込まれた入り口は既に施錠され、塞がれていた。
この部屋は先の部屋と異なり、血塗られていて、様々な武器凶器が所狭しと置かれていた。
部屋には施錠された、出入り口と思われる場所が二ヶ所あり、そのうち一ヶ所は、鉄の格子で作られていた。檻や籠につけられる扉のようだ。
体が勝手に動き、武器を持って、一つ一つを試していく。
何種類か試したところで、置いていた武器がバランスを崩し、ドミノ倒しの要領で、床に散らばってしまった。それを直すのも億劫なので、無視しようとして、気づく。
武器で隠れて見えなかったが、そこには鏡があった。
その鏡には、この部屋と、
幼女はどう考えても、自身としか思えず、どうにも不信感を覚える。
その幼女からは、不可思議な小さな角が生えていて、剥き出しになった歯は、とても鋭く、鋭利な針のようだった。
現状にさらに困惑している私を、気にすることなく場面は進む。鉄格子の出入り口が開いたのだ。
これまた体が勝手に動く。その動きはゆったりとしていたが、一歩、一歩と着実に進んでいた。
部屋から出るとそこには、数えるのが罰ゲームになる程の人がいた。
全員が興奮し、騒ぎ立て、耳障りな音の連続。生理的嫌悪すら覚える。
そんな中、前へ前へと進んで行く。顔を上げると、進行方向に無数のモンスターが居た。
そいつらは、私に気づき、瞬く間に襲ってくる。
『殺せ、裂け、吸え、殺せ、裂け、吸え』
それと同時に、脳内にそんな単語が響いて来た。それは酷くわかりやすく、理解すら必要としないかのように、意味が伝わる。
そして、気づけばその通りになっていた。
無数のモンスターは殺され、斬り裂かれ、地面に倒れ伏している。
その中の一匹、そいつに近づいていく。
モンスターの心臓部分を斬り裂き、溢れ出る血を浴び、飲んで、途切れると他へと移り、皮の薄いモンスターは直接吸い、厚いモンスターは先と同じような方法をとった。
そして、全てが終わった。その時感じたのは、快楽、と言うこのときに感じてはいけない感情。
でもどうしてだろうか、この感情が然も当たり前のように感じた。
「はぁ…」
それは何処か艶かしい、興奮した息。
自然と漏れたそれは、理性とは真逆の、自身の感情を現していた。
それを見ていた下種な観衆共は、更に勢いを増している。
無駄に多い下種共にはわき目も振らず、元いた部屋へと戻っていく。
部屋に入り、背後で鉄塊が落ちる音がして、出入り口が閉まったのだと認識する。
少し進むと鏡に自身が映った。そして思った。
『私…なんでこんなことしてるの…』
そう思うと、視界が暗転した。
―――――
暗転した視界に、ふと光が射す。
視界が回復し、体の感覚もしっかりとある。
見える光景は全く異なったものとなっていた。
天井、壁がなくなり、代わりに、終わりの見えない景色と、雲が無い青い空が広がっていた。
床は地面となり、青く生い茂った草が心地の良い風に揺れている。
辺りを一周見渡してみると、そこには背中を見せた、一人の
その近くに、深く濃い黒煙を纏った一本の刀。
どちらも不思議な程、違和感がしなかった。
見つけた方向へと足を向ける。一歩一歩と地面を強く踏みしめながら歩いていく、何故かはわからないが、足の感覚が薄いため、こうでもしないと感じられない。
何十歩か歩いたところで、女性の近くに辿り着く。それ以上は進もうとは思わなかった。
ふと突然、女性が此方に振り返る。そして、息を呑んだ。
その女性は、夢でみた『アリア』と瓜二つであった。
「正気を取り戻せたみたいね」
女性が話かけてきた。その声は夢で聞いた『アリア』の声と瓜二つ。
もうこれだけで十分だろう。この人は『アリア』だ。でもそうして?
「それは私の一部があなたに住んでいるから」
住んでいる?私に?と言うより、何で考えてることがわかるの?
「簡単、此処があなたの心だから」
此処が?随分と何もないな…本当にそうなのか?でも、なんか納得がいく…
「どうして私が自分の心に居るんですか?アリアさん」
「アリアでいいのよ。前にもそう呼んだでしょ?」
はは、全部知っていると。
「ええ。私があなたに宿り始めてから、ずっと見てたから」
「それって、五年前に『風』が使えるようになって、まだ制御できなかった頃くらいからですか?」
「ええ、その時に私が目覚めたのよ」
なるほど、ならいくつかのことが納得がいく。
「それで、何故、私は自分の心に居るんですか?」
「貴方が入って来たのよ。自分から、ね。まぁ、原因はこの刀だけど」
そう言いながら示したのは、アリアの近くに刺さっていた黒煙を纏った刀。よく見るとそれは、私の愛刀『一閃』だった。
「この刀の呪い、それに意識が吸い込まれて、正気を取り戻して、戻ってきた。だけど、呪いは体の中に入っちゃったから、これを克服するまで、あなたは自分の心に閉じこもったまま。二度と戻れない」
随分と残酷な現実だな…心の中は現実なのか?まぁそれはいい。
つまり、本当に呑み込まれたから、それを制御しろ、と言う本来の目的通りに事が進んでいるということか。
「わかりました。でもその前に聞かせてください」
「なに?」
「アリアは、何故アイズの前から姿を消し、アイズから、笑顔を奪ったのですか」
私が心の中から抜け出す、そのことは大切である。だが、今はこちらの方が大切だった。絶対に聞いておかなければならない、そう勝手に思った。
「…それを知って何になるの」
「単なる自己満足です。私が知りたいだけですよ」
「……簡単、大切だったから、傷つけたくなかったから、それだけよ」
「そう、ですか…」
大切なら近くに居てやればよかったのに、傷つけたくない?それは今のアイズを見て言っているのか?……いくら言っても無駄か。過去のことだ、どうしようも無い。
それに、アイズをそうするしかない状況だったのは、夢で何度も見た。
「それでは、アリア。またいつか会う日があるといいですね」
「えぇ。アイズを頼んだわ」
「それは、結婚していいって許可と言う風にとらえても?」
「いいわ。貴方なら問題なさそうだもの」
「それは
軽い冗談を最後に、私はアリアの近くに刺さっていた『一閃』を抜いた。
―――――
『殺せ、裂け、吸え、殺せ、裂け、吸え』
何度も繰り返し響くこの言葉、もう聞き飽きた。お蔭で正気も普通に保てている。
何分何時間何日何ヶ月何年何十年。精神的には長い時間が経っている。
そんなことを考えるより、此処からの脱出方法を見つけなければならない。
今まで様々なことを試してきた。脱走だったり、殺しだったり、混乱を起こさせたり。でも全てが空振り、残る方法は一つだけとなってしまったくらいだ。
幼女が今では女性の年齢となっている。それほど長い間、この体で過ごしていた。
身長も伸び、ベルより少し低いくらい。スタイルも平均以上に良くなり、容姿端麗と言える顔立ちになっていた。胸も大きくなり、ヘスティア様が、『偶に邪魔になるんだよ~』と言っていた気持ちが理解できるようになったほどだ。自分で言うのもあれだが、体の傷が無かったら、さぞかし綺麗だと思う。
だが、時が過ぎたことによる影響か、オラリオに居たことが、思い出となりかけている。
なら、すぐにその最後の一つを試せばいいと思うが、実はこれは本当の最後にしたいのだ。
その方法は、再覚醒時から持っていた『一閃』を自身に突き刺す事。
制御する。つまり、受け入れることは、拒絶しないこと。なら、こういう方法も有りかと思っていた。
だが、これは捨て身と同義である。
この体は、どうやら吸血鬼のようで、血が足りなくなると、制御できなくなる。
そのせいで、何度か危うい時があったが、何とか殺して血を奪ってきた。
『一閃』は吸血の能力を持つ。下手すれば自分の血が足りなくなり、正気が保てなくなるのだ。そうなったら最後。何もできなくなる。だから、今までやらなかった。
あと、この体にも少しばかり愛着が持てて、あまり傷つけたくない。
でも、やるしかないのだ。あと、此処の生活も正直うんざりなのである。
覚悟を決め、この体の感触を憶えて――気持ち悪いけど――おき、自分の胸に『一閃』を突き立てる。
「さよなら、呪いの世界。おいで、『一閃』」
もう聞きなれた女声で別れを告げ、同時に招待する。
招待したのは刀。それはいとも容易く胸に刺さり、心臓を貫く。
痛みは感じなかった。それは感覚が途切れたからかもしれない。
「合格」
その一言だけが聞こえ、無いはずの体が浮くような、そんな感覚に見舞われた。
今回はお詫びも兼ねて少し長くさせていただきました。