やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 九千言ったどー。

では、どうぞ


決戦、それは崩壊

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

 大洞窟に来るや否や、レフィーヤは詠唱を始めた。まだ状況が理解できていない中、必死に叫ぶ顔見知りに、気圧されたからである。

 

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」 

 

 詠唱をしながら、周りを確認する。

 周りにいるのは、ベートさん、フィルヴィスさんを含め、十六人。

 石英(クオーツ)の根本周辺、そこには四人。

 全身白と全身黒の、仮面を付けた二人組。

 【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ、殺されかけてる女性が一人。

 刀を銜えていて、赤くくすんだ黒髪を持つ、羨ましい程大きいものを持ち、角の生えた女性。

 食人花(モンスター)は、今も尚生まれ続けている。結構数が多い。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

  

 少し妬ましい気持ちを持ってしまう中、詠唱は途切れさせない。

 魔力が収束し、山吹色の魔法円(マジック・サークル)が現れる。 

 

「前衛のみなさん! 逃げてください!」

 

 小人族(パルゥム)の魔導士が、レフィーヤの魔力量に怯えながらも、叫んだ。

 その叫びに応じたのは、ベートさんとフィルヴィスさんなど近くの前衛数名。奥に居る人にはその声すら届いていないようで、反応が無い。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】」

 

 それでも、撃てとせがまれているのだから、やるしかない。

 放った火矢は、前方に居た食人花を焼き払い、さらに奥の四人の元まで飛ぶ。

 奥の人たちには、一本も当たらなかったが、牽制程度にはなったようで、女性の一人が拘束から抜け出していた。

 

「おいっ、アイズはここにはいねえのか。答えろ」

 

 魔法を打ち終えると、ベートさんがルルネさんの胸倉を掴み上げ、此処に来た目的である人物の行方を聞く。

  

「け、【剣姫】はさっきまで一緒に居たんだけど……分断させられて」

 

「あぁ? 分断?」

 

「それよりも!頼むっ。アスフィとシオンを助けてくれ!」

 

 聞き捨てならない情報を話した後、ルルネさんは必死の懇願をしてきた。

 

「今アスフィは瀕死で多分碌に戦えないっ、シオンもさっき腕を斬られてた。だから――――」

 

 ルルネさんの懇願は、最後まで続かなかった。

 その理由は、ダンジョン内ではあり得ない程の強風が、体を叩きつけたから。

 

「アイズか⁉」

 

 一匹の狼が、地面に脚を踏みしめながら、そう叫んだ 

 そう思ってしまうのは仕方がない。彼が知る中で、これほどの風を出せるのは彼女しかいないからだ。

 でも、実際は違う。

 その風は、魔法では無く、剣圧。ただ振るっただけの力。

 だが、それに気づける者は、傍観者の中で一人たりとも存在しない。

 

「何だ……これ……」

 

 ルルネさんが、風で声を途切らせながらも呟く。彼女らは、今何が起きているのか、この風が何なのか、この響く音が何なのか。全く理解できていない。

 だが、比較的感覚の鋭い者が居た。その者は、何が起きているのかを辛うじて理解できていた。

 

「(戦闘……なのか……)」

 

 その者は、生まれ持って鋭い感覚を有する獣人。彼はその感覚で、何とか、重なり合って響く音の正体を理解し、そこから推測でここまで至った。

 

「(でも、どこで()ってやがる……同時に響きすぎてわかんねぇ…)」 

 

 でも、彼はそれを確認できていない。人間に過ぎない彼に見えるわけがない戦闘は、音で捉えるしかなく、その音すら、同時に多方向から響き続ける為、把握ができない。

 目を皿のようにして大洞窟内を見るも、剣を交える姿を確認できない。

 

「そうだ……今のうちに……」

 

「あぁ……? 何する気だ……」

 

 いきなり風の向きに逆らい、前へ進もうとする犬人(シアンスロープ)狼人(ウェアウルフ)が止めに入る。この状況で迂闊に動くのは危険だからだ。

 

「シオンに……頼まれたんだ……自分が戦っている間に……【宝玉】を回収しろって」

 

「【宝玉】……それって……あの時の……?」

 

「うん……レフィーアも……手伝って……もらえるか?」 

 

 それにぶんぶんと首を横に振るレフィーア。残念そうな顔をルルネは浮かべたが、それでも彼女は前に進む。それに続いて彼女の仲間も前へと進み始めた。唯一【万能者】の姿が見えないが、それを気にする余裕がある者は、風に逆らって進む者の中で、一人もいない。

 一歩一歩進んで行く。足取りは遅くとも、着実に。

 体を前に倒し風の抵抗をなるべく抑える。

 そうして進んでいるのを、三人はただ見ていた。

 

「ベートさん……」

 

 だが、そのうちの一人。心動かされた者がいた。

 その者の名はレフィーア・ウィリディス。彼女はルルネの顔見知りでもあったことから、その必死さが、他の二人よりも伝わっているのだ。

 

「あぁっ、クソ! 行けばいいんだろ行けばっ」 

 

「はい!」

 

「ウィリディス……お前も行くのか……」

 

「うん…あんなに……必死なんだから……」

 

「……わかった。私も行こう」 

 

「ありがとう」

 

 彼女たちも、【ヘルメス・ファミリア】に続き、風に逆らい始めた。

 だがやはり押し寄せる風は強く、容易には進めない。比較的に狼人(ウェアウルフ)の進む速度は速くとも、普段の歩く速度より遅い。

 彼らが一歩一歩進んで行く。前方の【ヘルメス・ファミリア】に狼人(ウェアウルフ)が追い付いた時、変化が生まれた。

 ドンッ! とダンジョンを揺るがす音が響いた。

 それと同時に押し寄せてきた強風が止む。前傾姿勢で進んでいた人は、全員地面に倒れ伏せ、狼人(ウェアウルフ)はバランスを崩す程度で済む。

 進んでいた彼らは、音のした方向を見た。そこには、血で服を染め、壁に凭れかかる黒髪の男。

 

「うそ……なんで……」

 

「フィ……フィルヴィス…さん?」

 

 その男を見て、フィルヴィス・シャリアは、擦れ、恐怖するような声を出した。

 さっきまでとは違うその姿に、困惑を覚えるレフィーア・ウィリディス。 

 

「ルキウス・イア……」

 

「嘘つけっ! あいつが生きてる訳がねぇっ!」

 

 血相を変えて反論するベート。その名前をレフィーアは聞いたことがあった。

 過去にベート・ローガが憧れ、目指した男。過去にファミリア内で、ベートはその人について語っていた。

 

「もしかして……『二十七階層の悪夢』の首謀者の一人?」 

 

「うるせぇ! 黙れっ!」

 

 ルルネが確認のように問うたことを、必死で否定するベート。認めたくなかったのだ、彼の憧れた人物がそのようなことをしたと。

 

「あぁァァァあぁアァァアァぁぁァっ!」

 

 男の叫び声が聞こえた。その声に反応し、全員がその方向を向く。だが、男の動きを捉えた者はいない。

 悲痛な叫びが大洞窟内を反響し、その音が消えた。同時に暴風。

 突如吹き荒れた暴風に、身をかがめ、堪える。暴風は数秒で終わりを告げ、視界が確保できると、そこにいた全員がそれを見た。

 血の雨を浴び、妖艶な笑みを浮かべ、二刀の刀を持った、角の生えた女。

 その美しく残酷な光景は、何故か目を離すことが出来ない。

 

「ふふ、ふふふ、サイコォ~」

 

 静かに思える洞窟内で、その女声は妙に響いた。

 

 

   * * *

 

 あぁ……やばい。興奮しすぎた……

 女、改めシオンは、現在進行形でとても後悔していた。

 周りは血で染まっていて、自身も紅で染まっている。

 吸血鬼のときの悪い癖である。戦いに興奮し、血を求めて、つい……と言った感じに。やり過ぎてしまうのだ。

 もう睡蓮(スイセン)と名乗った男は、赤色の液体しか残っていない。肉体は破片も残さず斬り刻んでしまったのだ。屍体を残せば多少は情報を得られるはずだったんだが、仕方ない。

 

「(強かったな~)」

 

 シオンはそう思った。彼を吸血鬼化させる程の実力の持ち主は、この世に何人存在するのだろうか。

 実際、人間のままだと勝てなかった。超光速で動くのだって、人間の反応速度では不可能だし、第一肉体が耐えられない。

 彼も人間を辞めていたのだろう。回復速度や反応速度は明らかに人間のそれとは異なっていた。

 シオンは落としてしまった刀達を拾い上げ、鞘へと納めていった。

 そして最後に『一閃』を――――とその時思い出す。

 彼が吸血鬼化を解いた際に、前回はぶっ倒れたのだ。今回は人外の行動で体を酷使しているから、反動はすさまじいものだろう。

 納めかけた刀を、再び抜く。 

 危うく忘れかけていたが、まだ一人敵はいるのだ。納刀しようとしている時点で可笑しい。

 

「さて、投降するか死ぬか、選んでください」

 

 私は、満面の笑みで笑いかけながら、残っていた男を見た。

 彼か完全に腰が引けている。恐怖だろうか。まぁ仕方ないだろう。目の前に自分では到底及ばないバケモノがいるのだ。しかも、そのバケモノが笑いながら彼にとっての死刑宣告をしてくる。恐怖以外のなにものでもない。

    

「ヴィ、巨大花(ヴィスクム)!」

 

 男が、苦し紛れの抵抗か。何かの名前を呼んだ。

 その呼びかけに反応するかのように、石英(クオーツ)に巻き付いていた食人花が動き出す。

 自分の何十倍も大きいそれを見て、一言。 

 

「意味の無いことを……」

 

 ただそれだけ。吸血鬼化したシオンにとって、この程度はただ大きいだけの的と同然。逃げもしなければ恐怖すらしない。

 高速でやって来る的を、シオンは光速で斬り返した。

 

「な……」

 

 一刀のもとに斬り落とされた、巨大な食人花の頭を見て、誰もが唖然とする。

 

「抵抗はおしまいですか?」  

 

 またもや笑いかける。

 含みのないその美しい笑みに、場にいた者達は恐怖した。

 

「なら、話してくださいよ。あなたたちの目的とやらを、いいですよね?」

 

「ことわ―――――」

 

 男がその申し出に拒否を示そうとすると、胸に衝撃と痛みが走った。次には背中にも衝撃が走る。

 耳の真横で、ギンッ、と何かか刺さる音がして、眼だけ動かすと、その方向には漆黒の刀。

 まだ痛みの続く胸を見てみると、修復は進んでいるものの、派手に凹んでいる。

 それを見て、男は何をされたかを理解した。 

 

「いいですよね」

 

 その申し出、もとい命令に、男は全力で首肯し、恐怖に負けて、話しだしてしまった。

 男の頭には愛しの声が響く。だが、男はそれを恐怖で塗りつぶす。

 聞かれたことをただ応える。聞かれていないことまでも話しているかもしれないが、そんなことどうでもいい。

 男はただ恐怖に駆られるまま、話し続けた。

 

「なるほど、大体理解しました。貴方は何も知らない役立たずだと」

 

「ちがう……」 

 

 男は知っていることを全て話し終えていた。その上で言われたことがこれである。

 だが、男改めオリヴァスの反論は口だけ、躾けられた子犬のように何もしてこない。

 脅し用に刺していた『黒龍』も既に納刀している。

 

「もういいです」

 

 シオンがそう告げ、動こうとしたその時。

 派手に音を立て、洞窟内の壁の一部が粉砕した。 

 その穴からは、赤髪の女性が、吹き飛ばされたかのような勢いで飛び出してきて、背中を叩きつけられ、地面を削っていく。

 その勢いが止まったのは、オリヴァスの真横。彼も驚きを隠せないでいた。  

 その後に、穴からはもう一人の人物が出てきた。

 金髪金眼の少女。アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「ア、アイズさん⁉」

 

 彼女の登場に、レフィーアは安心と驚きを覚える。彼女が此処に来た目的が、今思わぬ形で果たされたからだ。

 アイズは周囲を見渡し、見たことのない女性に疑問と、同じファミリアの眷族(家族)がいることに驚きを覚えた。

 レフィーア達には大丈夫と言うように頷き、見覚えのない女性には、警戒をしておく。

 

「遅いですよアイズ。待ちくたびれました」

 

「……誰?」

 

「あ、この姿を見せるのは初めてでしたね。わからないのも仕方がありません」

 

 アイズは、彼女が何を言っているのか理解できなかった。だが、彼女の持っていた刀、そしてその刀の帯び方、それで該当する人物が一人いることを思い出す。

 

「……シオン? でも、え?」

 

 流石のアイズとて、このことに動揺は隠せない。シオンが今と昔で別人のように変わっていたが、これは()()()では無く完全に別人となっている。そもそも、性別が違うのだ。その証拠に目立つ双丘が視界内にある。

 

「まぁ、説明は後でしますから、それより、ね」

 

 その会話が行われている間に、もう一体の巨大な食人花こと巨大花(ヴィスクム)がまた押し寄せて来る。狙いは私では無くアイズだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――――【エアリアル】」

 

 それをアイズは風を纏った剣で斬り落とす。当たり前だが一撃だ。  

 

「な、何なんだ……何なんだお前らはっ!!」 

 

「もぅ、うるさいですね……黙れよ」

 

 シオンがそう告げると、男は顔を蒼白させ、居すくまり、硬直してしまった。

 言霊(ことだま)

 取得している者が自体少なく、強力なその技を、容赦なくぶつけたのだから仕方ない。 

 

「チッ、使えねぇ」

 

 レヴィスはそんなオリヴァスを見て、吐き捨てるように呟くと、彼の前に立ち。

 

――――胸を貫いた

 

 貫手で取り出されたそれをレヴィスは口へ運び、喰らった。

 

「あーあ。やっちゃった」

 

 オリヴァスによれば彼女もまた『強化種』に近い存在。魔石を食糧とし、それを喰らえば強くなる。

 食事を終えたレヴィスは、睡蓮(スイセン)程ではないにしても、かなりの速さでアイズに突進する。

 接近し、紅の大剣と風の銀剣が交わる。

 

「「ッッ!」」

 

「(技量的にはアイズが上、でも単純な身体能力ならレヴィスが上、か)」

 

 そこから二人の超高速接近戦闘が始ま―――いや、再開した。

 

「(私たちの目的の半分は果たされた。後は【宝玉】だけ)」

 

 そんな中、一人冷静に状況を判断する。

 

()()()()()()、【宝玉】の回収を」

 

 シオンは、虚空に向かってそう呟いた。

 勿論、そこには何もない。だが、シオンは虚空を虚空とは捉えていなかった。

 そこには、少しおかしな気配の揺るぎがあるのだ。恐らく、ルルネさんが言っていた、誰にも見えなくなる、と言う魔道具(マジック・アイテム)なのだろう。

 気配の揺るぎは、【宝玉】がある方向へと向かった。

 

『!』

 

 だが、あと少し、と言うところで揺るぎはなくなり、はっきりとした気配となった。

 代わりに、新たにはっきりとしない気配が現れる。

 

「(隠蔽(ハイド)……私でも気づかないとなると、相当なもの……)」

 

 アスフィさんは隠蔽(ハイド)用の魔道具(マジック・アイテム)が壊された事についてか、自分の魔道具(マジック・アイテム)が二度も見破られたことにか、将又その両方にかはわからないが、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、後退してきた。その手に【宝玉】はない。

 

「完全ではないが、十分に育った、エニュオに持っていけ!」 

 

『ワカッタ』

 

 【宝玉】は、紫の外套(フーデット・ローブ)を身に着ける人物の手にあった。

 不気味な、不協和音に近い肉声で返事をした後、数ある出入り口の一つに疾走した。

 それを追いかけようと、足に力を入れるも、バランスを崩し、膝をついてしまう。そろそろ本当に限界が近いらしい。

 

「ルルネ! 追いかけなさい!」

 

 そう指示されたルルネさんは、驚きながらも、歯を食いしばり、駆け出す。

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 だが、最後の一匹である巨大花に阻まれた。突っ込めず、後退を強いられる。

 その指示を出したレヴィスは、アイズを振り払い、更なる命令をする。

 

「産み続けろ! 枯れ果てるまで! 力を絞りつくせ!」

  

 瞬間、大地が鳴動する。

 ピキッ、ピキピキッと石英(クオーツ)から、鳴ってはならない音が鳴る。

 

「やばいですね……」

 

 天井、壁面、大洞窟内に存在する蕾が、一斉に花開いた。

 壁からも、ピキッ、ピキピキッ、と音が鳴る。

 モンスターが生まれる前兆。そうとしか思えない。

 モンスターが増えるだけなら問題ない。限界は近くとも、雑魚を殺す程度は可能だ。

 だが、モンスターが生まれるとなると、話が変わる。

 二次災害。この量だと、生まれた後に、この空間自体が崩れる。 

 

「アスフィさん、撤退です。二次災害が予想できます」

 

「……そうですね、全員、直ちに撤退準備!【剣姫】も急いでください!」

 

「……ッ!」

 

 アイズもその指示に従い、退こうとするが、レヴィスに阻まれてしまう。不意を突かた所為で、得物が飛ばされ、無手での格闘戦を強いられていた。

 完全に逃げきれてない中、大量の食人花(モンスター)が生まれた。

 それは一気に押し寄せて来る。シオンやベートは問題なく対処できても、瀕死のアスフィや、魔導士などは、碌に戦えない。

 その二人は、戦えない者たちを守ろうとして、アイズを助けに行きたい気持ちを必死に抑えている。 

 

「―――私を守ってください!」

 

 レフィーアがそう叫んだ。その叫びに対する意見が飛んでくる中、彼女は『私を信じて!』と叫び、気圧(けお)す。 

 

「さっさと詠唱してください。私はあっちに行きたいんです」

 

「わかってます!」

 

「全員! 方円(ほうえん)陣形を組みなさい! シオンと【凶狼(ヴァナルガンド)】は自由! とにかく食人花を殺しなさい!」

 

「適当ですね!」

 

「上等だっ!」  

 

 シオンは限界が近く、ベートは満足に動きまわれない。だが、二人は最大限に力を発揮できなくとも、高速(ハイペース)で食人花を殺していく。

 

「【ウィーシュの名の元に願う】!」

 

 山吹色の魔法円(マジック・サークル)が展開され、詠い始める。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと(きた)れ】!」

 

 淀みなく高速で詠われ、紡がれていく詠唱。次第に増える魔力光。

 

「【繋ぐ絆、楽宴(らくえん)の契り。円環を廻し舞い踊れ】!」

  

 一言一言に含まれる感情。その思いをに乗せられる(うた)

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 押し寄せて来る数が増える。だが、届くことは無い。

 

「【どうか―――――力を貸し与えてほしい】」

 

 魔力が組まれ、収束する。

 

「【エルフ・リング】」

 

 山吹色の魔法円(マジック・サークル)が翡翠色へと変化する。

 

 召喚魔法(サモン・バースト)

 

 彼女しか持ちえない、稀少魔法(レア・マジック)

 強力な魔法を打つことだってできる。だが、それには相応の時間を要する。

 いくら彼女が高速詠唱を行っているとはいえ、まだかかる。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

 時間稼ぎか、もう一人のエルフが超短文詠唱を行う。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

 叫ばれる魔法名。白い輝きを放つ円形障壁が出現した。

 その輝きは、押し寄せる食人花()を払いのけ、同胞を守る盾となる。

 それを好機と見た。

 シオンとベートは即座にアイズの元へ向かう。ベートは直接突っ込み、シオンは遠回りをして。

 

「―――――【まもなく、()は放たれる】」

 

 第二の(うた)が詠われる。魔法(砲弾)詠唱(装填)が始まったのだ。

 

「よこせ、アイズ!」

「【忍び寄る戦火、(まぬが)れえぬ破滅】」

 

 気流が吹き荒れ、力強い詠い声が高らかに響き、繰り広げられる死闘は激しさを増す。

 

「【開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」 

 

 シオンは激しい戦闘には参加せず、ある物を探していた。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」

 

 そして、見つかる。銀に輝く剣。

 

「アイズ! 得物は手放さないでください!」

 

 叫びながら投げる。それは寸分たがわずアイズの横に向かい、通り過ぎようとする愛剣を、アイズは片手でつかみ取る。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】!」

 

 その間にも詠い続けられ、戦いを苛烈さを増していく。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」

 

 己を賭け、叫び、暴れる狼も、負けじとばかりに勢いを増していく。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣―――我が名はアールヴ】!」

 

 詠唱(装填)を終え、翡翠色の魔法円(マジック・サークル)が、狼の下へ広がる。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!」

 

 魔法名が叫ばれ、魔法(砲撃)が放たれる。

 何もかもを溶かす広域殲滅魔法が、洞窟内を火の海に変える。

 

「るォおおおおおおおおおおおおおおおッッ」

 

 大轟音で満たされる大洞窟、その中で、一人の狼が叫ぶ。

 叫ぶ狼は力を増し、逆転の一撃を相手にぶつける。

 

「なっ⁉」

 

 それは決定打とはならない。だが、勝機()を作り出した。 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 その隙を、風の銀剣が斬り込む。

 振り下ろされるその剣は、防御に使われた紅の大剣を切断し、振り上げられたその剣は、胸部の魔石付近を抉り取り、宙に跳び、叩きつけられたその剣は、防御を気にせず吹き飛ばした。

 両足を地面につけるも、勢いは緩まず、弱々しい赤光を放つ大主柱(はしら)に激突した。

 

「はぁ、はっ……」

 

 全力を出し、満身創痍の剣士(アイズ)は、息を切らせながらも、相手の元へと向かう。

 

「……今のお前には、勝てないようだな」

 

 彼女(レヴィス)は、なにもない、無感情な声でそう呟いた。

 

「この大主柱(はしら)食糧庫(パントリー)中枢(きも)だ。これが壊れるとどうなるか……知っているか?」

 

「っ⁉」

 

 そう告げられ息を呑むアイズ。彼女のやろうとしているのことに気づいたのだろう。

 止めようとした、だが手遅れ。

 拳を握り、体重と遠心力を乗せた横殴りの一撃を、大主柱(はしら)に叩きこむ。

 亀裂が走り、新たな罅が生まれ、それが一気に増えてゆく。

 次には甲高い音を立て、盛大に破壊音を響かせた。

 大主柱(はしら)が破壊され、支えを失った天井も、みるみる内に倒壊が始まった。

 

「逃げなければ埋まるぞ? 特に、助けが必要なお前の仲間はな」

 

 碌に動けず、座り込んでいる人たちを見て、レヴィスは言い放った。

 岩盤が降り注ぐ。

 唇を噛み、自分の計算の浅さを恨んだ。

 慌てふためきながら、撤退行動に移っている冒険者達。

 指示に従い動く【ヘルメス・ファミリア】。

 罵詈雑言を交わしながら、肩を貸される狼。

 差し出したくとも差し出せないその手を捕まれ、体を支えるエルフ。

 その姿に、アイズも撤退を決める。

 

「『アリア』、五十九階層に行け」

 

 アイズが、背を向け走り出そうとすると、背後からそんな言葉を投げかけられた。

 

「ちょうど面白いことになっている。お前の知りたいものがわかるぞ」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「薄々感づいているんだろう? お前の話が本当だとしても、体に流れる血が教えている筈だ」

 

「…………」

 

 その言葉に、アイズは何も返さない。いや、返せないのかもしれない。

 

「お前(みずか)ら行けば、手間も省ける」

 

 レヴィスは自覚していた。今の自分では彼女に太刀打ちできないことを。

 だから、誘導する。自分がやる必要が無いのなら、楽でいいから。

   

「地上の連中は私達を利用しようとしている……精々こちらも利用してやるさ」

 

 最後に言い放った、独白めいた言葉を、アイズは理解できない。

 

「おい、【剣姫】!」 

「アイズ、急げ!」

 

 彼女はルルネとベートに呼ばれ、交していた視線を切り、まだ塞がれていない出口へ向かった。

 レヴィスは一歩たりともそこから動かない。崩落で見えなくなるまで、彼女はレヴィスを見つめていた。

 岩で隠れる一瞬前、何かがレヴィスの前に現れた気がしたが、それが何かかはわからなかった。

 

 彼女たちは、二十四階層食糧庫(パントリー)を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人を除いて。

 

 

 




  オリキャラ紹介!!
 本名、ルキウス・イア。
 ベートが過去に憧れていた男。強くなりたいと願っていたベートは、オラリオに来て、彼を知った。
 当時の都市で、指折りの冒険者に数えられていた彼は、ファミリアの団長としても名を馳せており、自分の戦闘スタイルと似通っていたことから、彼の憧れとなるには十分だった。
 だが、彼は、闇派閥と関わっていた。
 『二十七階層の悪夢』
 彼はその首謀者の一人だった。
 関りを始めたのは、その一年前。
 相棒となったオリヴァス・アクト。
 彼がどういった経緯で、どういった理由で闇に堕ちたかを知る者はいない。
 ベートは、彼がその事件の首謀者としてギルドに名が挙がった時、狂気に陥りかけたという。
 

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