やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

42 / 162
  今回の一言
 レヴィスに上方修正入るかも。

では、どうぞ


帰還、それは地上

 

 崩れ落ちる天井、塞がれる出口、埋まっていく大洞窟。

 支え合い、悔しがりながらも逃げていく冒険者達。

 石英(クオーツ)大主柱(はしら)が立っていた場所に佇む、赤髪の女性。

 悠然と立ち、その光景を眺める、紅に染まった吸血鬼。

 

 岩盤が落ちる。

 

 それは、残っていた出口の内の一つを塞いだ。冒険者達が逃げ、一人の少女が立ち止まっていた出口だ。

 その直前、吸血鬼が動き出す。向かう場所は赤髪の女性の下。

 吸血鬼が立ち止まったところで、岩盤が地面に着いた音が響く。

    

「ねぇ、レヴィス―――敬称は必要ありませんよね」

 

「…………」

 

 吸血鬼は赤髪の女性ことレヴィスに話しかける。だが、当の本人は口を開かない。

 

「別にそのままでいいですよ。情報を聞こうにもどうせ喋ってくれなさそうですし」

 

「…………」

 

 会話は成立しない、一方的に話すだけの形となる。

 

「ですが、気になることは、聞かせてもらいます。答えなくてもいいですよ」

 

「…………」

 

「どうして『アリア』に固執するんですか? 精霊なら他にいるはずですよね」 

 

「…………」

 

「風が必要だからか……強力な本物(オリジナル)が欲しい――――いや、アイズを狙っている時点で違いますし……『アリア』にしか持ちえない何かがある……としか考えられないのですが…」

 

「…………」

 

「教えてくれたりしません?」

 

「…………」

 

 彼女は質問にも微動だにせず、肯定も否定もない。もう少し反応した方が人間らしい思うが、モンスターに近い存在にそんなことを言ったところで意味が無いだろう。

 

「まぁいいです。情報がもらえないのなら、死んでください」

 

 光速の一刀が放たれる。それは簡単にレヴィスの首を斬り落とし、宙を舞う。

 吹き出す血を浴びながら、興奮しそうになるのを抑え、一つしか残っていない出口へと向かった。

 その途中で、首の切断面が蠢いていたのが見えたが。

 

「急ぎましょうか」

 

 そう呟き、吸血鬼も大洞窟を後にした。

 

 

   * * *

 

 大洞窟を脱出した冒険者達は、ペースは遅くとも、必死に、着実に進む。

 周りを気にする余裕のある者はいない。常に、前衛で道を斬り開く【剣姫】を見失わないようにしながら、比較的負傷の少ない者が、仲間を運びながら走っているのだ。  

 彼女等が周りを確認できるようになったのは、【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】に足を踏み入れてからである。

 

「あれ……シオン、は……?」

 

 ある一人の少女が、不安げにそんな疑問を呟いた。

 

「そういえば……」

 

「いませんね……」

 

 その疑問は広がっていく。今回の戦闘で一番活躍したのは疑いようも無く彼だ。その人物の姿が見えないとなれば、何かあった、と考えるのが普通である。

  

「ねぇ、どこなの……どこにいるの……」

 

 その中でも、異常な反応を見せたのが少女(アイズ)であった。

 

「隠れてないで……出てきて……いるんだよね……」

 

 擦れ消えそうな声で、少女は呼びかけ、求めた。万が一の可能性を否定したくて。 

 

「ねぇ! どこにいるの! シオン!」

 

 とうとう少女は叫んでしまった。抑えきれない喪失感。また、取り残されたと、そう感じる孤独感。

 やっと見つけた、心から信じられる人。やっと出会えた、自分を知る人。

 それが、消えると思うことが嫌だった。

 

「生きてるんだよね! そうなんでしょ! 出てきてよ!」 

 

 少女は叫ぶ、必死に。考えたくもない可能性を、知りたくもない感情を、認めたくなくて、否定したくて。

 

「シオン!」

 

「はいはい、何ですか。叫ばなくても、私はアイズの元へ行きますよ」

 

「え……」

 

 突然聞こえた女声。空気を読まない気軽さに、アイズは一瞬困惑する。

 声の方向を見た。

 そこにいたのは、角と牙の生えた女性。双丘を持ち、左手に一本の刀を握り、腰の左右に二本ずつ刀を携えた女性。全身真っ赤の女性。

 少女の記憶に、ある時の光景がフラッシュバックした。

 

「シ、オン……」

 

「はい、二度目ですが、姿は違いますけどね」

 

「シオン!」

 

 少女は飛びついた。そこには安堵が浮かんでおり、先の感情など見当たらない。

 抱き着かれた女性ことシオンは、驚いた表情を浮かべた後、幸福に満ちた、緩みきっている表情を浮かべた。

 

「幸福……とか言ってる場合ではないのでした」

 

「え、どうかしたの?」

 

「まぁ……ちょっと言いにくいのですが……」

 

「なに?」

 

「十秒後に私は気絶します」

 

「へ?」

 

 間抜けな声を出してしまうアイズ、その間にシオンのカウントダウンは進み、ゼロ、と言って納刀した瞬間、本当に気絶した。地面にぶっ倒れ、うつ伏せ状態で、完全に無防備に見える。

 

『…………』

 

 その光景に唖然とする一同。

 

「なぁ【剣姫】、一つ確認したいんだが……こいつがシオンなのか?」

 

「多分、そうです」

 

「でも、シオンってあれでも一応男だったよな……けど、完全に女だよね」

 

「それは、後で教えてくれると言ってました」

 

「でも宣言後に気絶した……と」

 

『…………』

 

 黙り込む一同。状況がいまいち理解できないのだろう。

 静かな時間が過ぎる。

 それを破ったのは、気色悪い、何かが蠢く音。擬音語で表すと、『ぐちょぐちょ』とか『ぐちゃぐちゃ』とかそんな感じの。 

 音の発生源に視線が集まる。

 それは、倒れ込んでいる、シオンと思われる人物。

 シオンの体が―――と言うより筋肉が蠢いていた。

 隆起し、縮み、弾け、修復する。

 血が飛び散り、肉が浮き上がり、皮膚が破け、色を変えて戻る。

 

「うぇぇ……」 

 

 見ていて普通に気持ち悪いその光景からは、流石に全員が視線を逸らした。

 それでも音は聞こえる。その音から先程の光景が連想され、吐き気がする者もいれば、実際に吐いている人もいる。

 数分が経ち、漸く音が止んだ。

 おそるおそる視線を動かし、音を出していた方向を見る。

 そこにはぶっ倒れているシオンがいた。その姿は、血で汚れてはいるものの、確かに見覚えのある姿。

 

「元に、戻ったのかな?」

 

「彼は……本当に何者なのでしょうか……」

 

 アスフィの呟きに考えを巡らせる一同。だが、答えが出せないことを早くから気づき、皆が考えるのをあきらめた。

 

「で、どうするんだ? 誰がは―――」

「私が運びます」

 

 即答、とはこのことを言うのだろう。アイズはゼロタイムで発言した。

   

「いや、だったら誰が前衛で戦うんだよ」

 

「………私?」

 

「運びながら戦えんのかよ……」

 

「大丈夫です」

 

 アイズはそう告げ、倒れているシオンの方を持ち、自分の背中に乗せた―――瞬間彼女もうつ伏せになって倒れる。

 

「【剣姫】…何してんだ…」

 

「……ゴメン、ルルネ。手伝って…」

 

 クスクスと笑いが漏れる中、苦しそうな声を発すのは、やはり、倒れているアイズ。

 

「しゃーねーなー」

 

 ルルネが微笑を浮かべながら駆け寄り、アイズの手を掴んで引き上げようとしたが、上がらない。両手でつかみ、引っ張ってみても、上がらない。 

 

「うぅぅぅぅっ!」

 

 声を出しながら引っ張っても、全く持ち上がらない。

 

「だぁ……だめだぁ…ぜんっぜん動かない…」

 

 ついには息切れて、手を放してしまう。

 

「【剣姫】……なんでそんな重いんだよ……」

 

「私、じゃない。シオン……」

 

 ぬくぬくっと芋虫のようになりながら、アイズがシオンの下から這い出て来る。

【剣姫】や【戦姫】といった二つ名に見合わないその動きに、またもや笑いが漏れる。ぷぅっと頬を膨らましたその姿を、シオンが見ていたらなんと言っていただろうか。

 

「で、どうすんだ? 【剣姫】が運べないってことは、Lv.6の『(アビリティ)』でも運べないってことになるけど」

 

「………多分、重いのは刀です。そういえば、シオンが言ってました。一本だけ異常に重い刀があるって」

 

「へ~、何でシオンがそれを持てるかは置いといて、どれだ?」

 

 もう、シオンの人外さ――本当に人外なのに気づいているかは別――は承知なのか、一々そんなことを気にしない。もう、彼女らの常識は崩れているのだろう。   

 

「確か、『一閃』って名前です。愛刀だって言ってました。あと、下手に()()()死ぬ、とも言ってました」

 

「マジかよ。んで、結局どれなんだ?」

 

「………どれでしょうか」

 

「分かんねーのかよ⁉」

 

 思わず叫んでしまうルルネ。あれくらいの情報を知っていれば、どの刀なのかをわかっていても可笑しくないと思っていたのだから当然だろう。

 

「言い争う必要は無いでしょう。見た目がわからないくても重さが段違いのようですから、一本一本持ち上げてみればすぐわかるはずです。抜かなければいいのでしょう?」

 

 行き詰ったと思われたが、極普通のアイディアで解決策が生まれる。やはり、パーティに一人は普通を考えられる常識人がいるべきなのだろう。勿論、世間一般の常識を、だ。

 言われたことに納得して、すぐに一本目、シオンの背中にある刀を掴み、持ち上げる―――

 

「―――これだ」

 

「一発かよ!」

 

 持ち上がりはしたが、振っても無様になってしまうくらいの重量。シオンはこれを片手で持って振るっている、と考えると、少し目眩がしたアイズであった。

 刀を、シオンの背中から取り外し、一旦地面へ。シオンの肩を持ち上げ、背中に乗せてみた―――今度は多少の重みがあるだけで、問題なく動ける。

 

「【剣姫】、シオンを持てたのはいいですが、今度はその刀を誰が運ぶか、と言う問題が出てきたのですが」

 

「あ……」

 

 アイズはそこまで考えていなかった。周りに視線を巡らせるも、皆がそろって、手を左右へ小刻みに動かしている。

 

「はぁ、仕方がありません、私が持ちます。ルルネ、回復薬(ポーション)類の余りはありますか?」

 

 面倒そうに溜め息をつき、立候補したのはアスフィ。ルルネは、大洞窟から逃げていく中で、荷物を投げ捨てなかった内の一人である。

 

「あるよ。高等回復薬(ハイ・ポーション)が三本と、シオンからもらった万能薬(エリクサー)……でも、最大級の緊急事態でない限り、【剣姫】以外に使うなって念押しされてんだよな……」

 

 加えられた補足に、苦笑を浮かべる【ヘルメス・ファミリア】の面々。他の数名はその苦笑の意味が解らず、小首を傾げたり、『はっ?』とでも言いそうな顔をしている。

 

「……では、高等回復薬(ハイ・ポーション)を二本ください」

 

「ほいよ」

 

「…………、………ぷはぁ」

 

 飲み終わり、おっさん臭い声を上げるアスフィ。彼女の癖―――というより、ほとんどの人がこうしてしまうだろうが―――で、腰に手をあて、一気飲みをしたあと、声を出すのだ。

 これの面白いところが、毎回毎回変わるのである。

『ぷはぁ』『あぁぁ…』『くぅ~』

 などなど、その種類は豊富であったりする。

 

「では、リヴィラを経由して帰還します。自信を持って言えますが、私はこの刀が重すぎて、碌に動き回れないので、援護程度の戦力にしかなりません。ですので、【剣姫】を中心に、戦える者は前衛へ。負傷者を抱えている者は中衛、遠距離攻撃で援護が可能な者は後衛に。いいですね」

 

『了解』

 

 彼女らは気を抜かずに、地上へと向かったのであった。

 

 

 

 

 





  裏情報公開のコ~ナ~
 ここでは、その話の中に出て来る話の中での裏設定を公開しちゃうのです!
 今回は、『一閃』の裏設定。重量。
 アイズが辛うじて振るうことはできるが、無様な姿になってしまうほど程、異常な重量を誇る刀。
 その重量の秘密は、『血』
 質量保存の法則。これに基づいているのだ~
 吸血の呪いを持つ『一閃』は、吸った血を自らの糧としている。血の物質自体が変換され、刀の素材となり、自動修復を可能としている。そして、過剰に摂取した場合でも変換は行われ、ただ高密度の質量として溜まっていくのである。
  
   

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。