やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 現実ネタも使っていこうかな……

では、どうぞ


開始、それは鍛錬

 

 もう疲れたよ……

 

『パトラッシュ?』

 

『逝きませんよ。というか、どうして【フランダースの()()】なのですか。そして心を読まないでください』

 

『セリフ的にぴったりと思ったのよ』

 

 最近饒舌なアリアが話しかけて来るが、シオンの正直なところ、今は放っておいて欲しい状態だ。

 

「あ、あの。大丈夫、ですか?」

 

「全然全くこれっぽっちも大丈夫ではありません……」

 

 うつ伏せでぐったりとしている銀髪の少女に、白髪の少年が膝を折って話しかけてきた。

 少年が少女に対して敬語口調なのは、()()()()()()()にはそう言う口調で接してしまう少年の性格のせいだ。

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」

 

 その少年の隣には、謝罪の語を繰り返しながら、何度も頭を下げている金髪の少女。

 

「アイズ、もういいですよ。ちょっとばかり体力と理性と尊厳と精神力を抉られただけですから」

 

「それはちょっとではない気が……」

 

「でも、その……やり過ぎた……」

 

「自覚がるのなら問題ありません」

 

 彼女が何故ぐったりしているかと言うと、あの時から少年が来るまで、金髪の少女に本能の赴くままに触られ、弄られていたからだ。

 アリアが彼女に言った『最高の状態』ではあっただろうが、彼女はそれを楽しむほどの余裕を作ることができず、更に言えばされるがままになっていたため、正直得なし。

 いや、残っている感覚やぬくもり、記憶は得だろうか。

 

「さて、気を取り直して」

 

 そう言いながら彼女は立ち上がった。その動作には滑らかさは無く、先程の行為(好意)がどれほどの疲労となっていたのかを目に分からせていた。

 

「私は体を休めてきます。日の出頃に戻りますね」

 

「……ごめん」

 

 その謝罪を背で受け、彼女はふらつきながらも、市壁北部へと足を進める。

 市壁の上を通る風は、先の戯れで火照った体を冷まし、何故かぼんやりとしていた思考を元に戻した。

 冷静となった状態で、自身を見る。

 来ていた純白の服は土埃に汚れ、乱れている所為でかなり際どい服装となっていた。

 服装を整え、外れかけていた指輪を嵌めなおす。そして、装備諸々の無事も確認する。

 一番の重要であるレッグホルスター内の物も無事であった。とりあえず安心だ。

 

『そうそう、聞いてなかったわね。楽しかったかしら?』

 

『全く楽しめませんでしたよ。何故頭に靄が掛かったように思考が真っ白になりましたし、体も妙に熱かったですし……いろいろあって楽しむことに集中できなかったのですよ。あぁ残念だ』 

 

『ならまたお願いすれば? 快く受け入れてくれると思うわよ?』

 

『アイズが受けてくれたとしても、此方が心の準備を整え、ある程度の耐性を付けていないと意味が無いのです。楽しめないので』

 

 主に、記憶が困難と言う理由で。彼女はあとにそう続けた。

 彼女は、先程の戯れの記憶の殆どが存在しない。朧気ながらも残っている記憶は、都合数分レベルのものだ。

 その記憶で幸福に浸ることもできなくないが、正直物足りない感じがする。

 

「ま、いいでしょう。とりあえず、体を慣らしておきますか」

 

『問題はなさそうなの?』 

 

『ありませんね。と言うより、気配に慣れてしまえばこっちの方が動きやすかったりします。何故でしょうね』

 

『吸血鬼の時は女だったのだし、女体の方が動かし慣れているのかもしれないわよ』

 

『喜ばしいことなのか悲しむべきことなのか……』

 

 悩んでも仕方ないことを斬り払うかのように刀を抜き放つ。無意識でも行えるその動作は、考え事の最中でも淀みがない。

 

「いつもより激しくいきますか」  

 

 その日鳴り響いた剣戟の音は、軽やかに、弾んでいるように感じられた。

 彼女の心情は、分かりやすく刀に込められていたのであった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「アイズさん、さっきの美人の方はお知合いですか?」

 

「え? 知らないの?」

 

「知らないって……有名な方なんですか?」

 

「……ベル、さっきのはシオンだよ」

 

「はははっ、アイズさんも面白い冗談言うんですね」

 

「本当だよ?」

 

「何言ってるんですかー。いくらシオンが異常だからって性別まで変わったりはしませんよー」

 

「本当なのに……」

 

 

   * * *

 

 力強く、だが荒くはない踏み込みと同時に、鋭く研ぎ澄まされた、静かな一振りが風を斬る。

 振られた刀は軌道の中途で一度勢いを完全に止め、一刹那後に再び風を斬り裂く。

 軌道は変わり、阻害も淀みも無く綺麗に鞘へと納まった。

 カチンッ、と鍔と鞘がぶつかる音と共に、東の空から光が溢れ出る。

 袖で額を伝う汗を拭い、火照った体を風を使って冷まし、一息。 

 

「お疲れ、シオン」

 

 すると、溢れ出る光を背にした金髪の少女が、何処から持ってきたのか蓋を開けた丸型水筒を差し出し、労いの言葉を送って来た。

 それを受け取り、一気に呷る。中は常温の果実液(ジュース)で、味も悪くない。

 

「ありがとうございます。ベルはもう帰ったのですか?」

 

「うん。今日は何か用事があるみたい」

 

「そうですか。それで、どうしましょうか」

 

 今日は鍛錬の約束をしているが、時間までも指定しているわけでは無い。それに、シオンはその後のデート―――今シオンが女であることは措いといて―――をするつもりでいるのだ。ダンジョン内でだが。

 その為、何かしら決めなければならない、元々無計画に近いのだから。

 

「どういうこと?」

 

 だが、その短い言葉では伝わなかったようで、アイズは小首を傾げていた。 

   

「大雑把に言えば、今日の予定です。アイズはこの後一度帰宅するのでしょう? なら、一緒に鍛錬を行うために、また合流しなければなりません。その為に、合流場所と時間を決めておかなければ、何もできなくなってしまいます」

 

「……じゃあ、付いて来て」

 

「?」

 

 何故か手を引っ張られ、連れられて行く。

 手を繋いでいることに少しの嬉しさと恥ずかしさを感じるも、アイズがそれに気づく様子は一切ない。

 というか、何も言わずに無言で連れられている。

 何が何だかわからず、繋いだ手を地味に開閉しながら問うた。 

 

「アイズ、どうして私は連れられているのですか?」

 

「ベルが言ってた。シオンの行方が不明だって」

 

 どうやら、姿を暗ましたことがもう伝わっているらしい。

 だが仕方のないことだ。流石に、ベルやヘスティア様、アミッドさんなどの人たちに、性転換したことがバレるのは今後の生活上不味い。アミッドさんには吸血鬼の性転換はバレているが。

 

「あー、そう言うことになっているんですね……それで?」

 

「シオンは今泊まる場所が無い」

 

「ありますよ?」

 

 それは勿論昨日の半夜を過ごした市壁内部の生活空間である。

 

「……食べるものが無い」

 

「懐は常に暖かいですよ」

 

 昨日の内に、金庫から十五万程回収してきた。問題なく飲み食いできる金額である。

 

「………」

 

「どうしました?」

 

 何故か黙りこくってしまったアイズ。ちょっと頬が膨らんでいるが、何か怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか……。

 

「それで、何故私は連れられているのですか? 建前では無く本当の理由をお願いします」

 

「……シオンがファミリアまで来たら、待ち合わせする必要もない。時間を合わせる必要も無い」

 

 シオンが本当の理由を聞くと、意外と普通、だが大問題になりゆることを口走った。     

 

「それは本気(マジ)で行けないやつです」

 

「どうして?」

 

「ファミリア間の問題があります。前は偶々客人待遇を受けれたから入れただけなのです。普通は他派閥のホームに入ったりしませんから」

 

 ファミリアの【ステイタス】など秘匿情報が洩れる可能性もあるのだ。特に、【ヘルメス・ファミリア】なんて断固拒否するだろう。

 

「……じゃあ門の前まで」

 

「それならギリギリ大丈夫ですね。遮断(シャットアウト)も有りますし、不審に思われることは万が一には無いでしょう」

 

「よかった……」  

 

 ただ待ち合わせるだけのことをアイズが何故しなかったのか、それは分からない。

 本人も語らなければ、それを聞こうとする者はいない。

 だが、勘の鋭い神などは気付けただろう。

 彼女たちが、一見無表情な二人が、仲睦まじく手を繋ぎ、楽しそうにしているのを見れば。 

 

 

   * * *

 

 正門でアイズと別れて、待ち続けること約二時間。

 フル装備で出てきたアイズが、館口から小走りで此方へ向かってきた。

 

「ごめん、シ――――」

 

「さぁ行きましょうすぐ行きましょうさっさと行きましょう」

 

 来て早々、彼女の()()()発しようとしたアイズの口を、反射神経と身体能力を存分に使って塞ぎ、急かしながら逃げるように正門を後にする。

 何故そのようなことをしたか、それは正門に門番として就いている猫人(キャットピープル)に原因があった。

 彼女は結局暇だったので、指輪を外してその猫人(キャットピープル)と話していたのだ。勿論初対面の他人の振りをして。

 そして、当たり前だが偽名を使った。『テランセア』という花の名前を引用して。

  

『バレなきゃ問題ないのさっ!』

 

 と、何処ぞのロリ巨乳神はサムズアップしながらそう言った。

 バレたらいろいろとヤバイが、極論バレなければ良いのである。 

 裏路地を二本折れ、完全に姿を隠せたところで、アイズの口を塞いでいた手を下ろすと、戸惑っていたアイズが質問を投げかけてきた。

 

「……どうしたの?」

 

「ごめんなさいね、いきなり。アキさんと話していた際、念のために偽名を使っていたもので。バレると普通にヤバイですから」

 

「ごめん……シオンがシオンだってばれちゃダメなんだよね」

 

 しゅんとした顔になり、項垂れてしまうアイズ。一回一回反省することは良いことなのだが、その時の悲しい表情を見せられる側は、心中複雑になってしまうのだ。

 

「気を付けてくれればいいのです。アイズ、用意は終わってますよね、忘れ物はありませんか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「じゃあ早速向かいましょうか」

 

「何処に?」

 

 張り切った様に片手を掲げるシオンに対し、疑問を投げかけるアイズ。

 そういえば、シオンが立てていた計画について、アイズには何も言っていないのだ。わかるはずもない。

  

「ダンジョンですよ」

 

「何階層?」

 

「十二階層前後」

 

「低くない?」

 

 この会話が成り立つのは、二人が実力者だからだろう。普通の駆け出し冒険者がこの会話に参加していたら卒倒しかねない。

 

「階層的には低いですけど、面白い場所があるのですよ。退屈はしません」

 

「わかった。鍛錬はルームでやるの?」

 

「ええ、場所と広さは着いてからのお楽しみですけど」

 

 そう言い終えると、丁度大通りへと差し掛かった。それと同時に遮断(シャットアウト)の指輪を嵌める。

 この二人が並んで歩くと、少なからずと言うより物凄く目立つのだ。シオンは気配を紛らわせることで認識阻害が可能だが、それは無差別行為であるため、アイズにかかる可能性もあるのだ。下手に使ってアイズを戸惑わせるような真似はしたくないのである。

 だが、遮断(シャットアウト)はアイズに効かない。そして、その他大勢には効果抜群である。いらないこだったこの指輪も、使い物になったのだ。

  

 方向転換し、南に(そび)え立つ摩天楼へと向かう。

 その途中、左手にやわらかい感触が、僅かながらも何度となく感じた。

 指先に少し触れ、離れていく。また触れると、また離れる。

 その状態が常にもどかしく、むず痒くて、耐えきれずに髪を()(むし)ってしまう。

 乱れそうで何故か全く乱れなかった髪を放っておいて、指先にまた触れたそれを、離れる前につかみ取る。

 

「ぁ……」

 

 誰かの口から洩れた声を無視して、掴まえたそれを放さないとばかりに強く、だけど痛くないように加減しながらしかっりと握りしめる。

  

「…………」

 

「…………」

 

 握り、握られる二人は、何一つ言葉を発しない。

 言えない訳ではない、言いたいことは多すぎる程ある。だけど言わない。

 ただその時だけを楽しむように、ただその温もりを味わうかのように。

 薄紅に頬を染めた二人は、ゆっくりと歩みを進めた。

 

 

   * * *

 

「というわけで、やって参りました十二階層」

 

「いえーい」

 

 という変なテンションの二人。

 何故か、と問うのは無粋である。単に説明し難い雰囲気を取り払おうとしているのだ。

 

「でもシオン、面白い場所なんて無かったよ?」

 

「今からあるのです。見ていてくださいね」

 

「うん」

 

 ルームの奥。一面の壁へと向かい、その中央へ立つ。

 諸手を拳にし、左足を前、右足を後ろにする構えを取る。

 体を少し半身にしながら、左拳を正面へ出し、右拳を引き絞って、一呼吸。

 

「せいっ」

 

 気合と共に、左拳を引き絞った勢いで、右拳を捻りながら放つ。

 ただ資料に載っていたことを真似しただけの『正拳突き』。身体能力にものを言わせたそれは、易々と厚い壁を粉砕し、風穴を作り出した。

 

「はい。未開拓領域の出入り口でーす」

 

「抉じ開けないとダメなの?」

 

「ええ」

 

 そのお陰でここはギルドにも登録されて無ければ、知っている人など皆無に等しいだろう。 

 つまり、二人しか知らない秘密の場所。

 

『……何か昂るものがありますね』

 

『貴方も男の子ね。男の娘かしら? いえ、今は女の子ね』

 

『うるさいから今日一日は黙っていてください』

 

『はーい』

 

 胸の中心、心臓辺りを拳で叩く。だいたい此処辺りに心があるだろうという勝手な思い込みであるが。

 

「どうしたのシオン?」

 

 その行為は普通に見れば変な行動である。疑問に思うのも可笑しくない。

 

「何でもありませんよ。さ、早く来てください。ここの修復は他と比べて速いですから」

 

「うん」

 

 小走りで向かって来るアイズ。

 とことこと音が鳴っても違和感が無い走り方だが、足音自体は全くの無音である。   

 

「広い……」

 

「第一感想はやはりそのようなものですよね」

 

 入ってすぐ目に付くのは、この広大な逆円錐状のルームだろう。

 一見だだっ広いだけのそこは、そのような感想を引き出しやすい。

 

「ここで鍛錬するの?」

 

「ええ、いくら暴れても誰にも文句は言われませんし、情報秘匿も全く問題ありません」

 

「じゃあ、しよ?」

 

「その言い方で別のことを考えてしまった私は悪くない……」

 

 男の子に邪な感情があるのは仕方のないことだ。今体は女の子だけどね?

 と、しょうも無いことを考えながら、距離を取る。

 

「アイズ、魔法の使用は自由です。本気で殺しに来てくれても構いません。全力で受け止めますから」

 

「うん、わかった」

 

 大声で言いったことに、首を一度縦に振ってから答える。

 何を言わずとも、同時に鞘から得物を解き放つ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――――【エアリアル】」

 

 静かに呟かれた魔法名と共に、闘いの幕は斬って開かれた。

 

 

 





  フランダースの猟犬
 うん。フ〇〇〇ー〇の犬ですはい。
 一応ね、一応変えておいた。

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