やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 戦闘回、一度やってみかった



闘い、それは喜び

 

 盛大に響き渡る、金属同士が衝突し、擦れ、弾ける音。

 暴風を纏い、風となって縦横無尽に駆け回り、神速の一刀一刀を放ち続ける風の刃。

 対し、身体能力と技術のみでそれを迎撃する、闇のような漆黒と透き通った川のような水縹(みはなだ)の刃。

 

「ハァッ!」

 

「……ッ!」

 

 一刀振るわれる度に、辺りに暴風が吹き荒れる。

 その風は地を斬り裂く程の鋭さを誇り、周りは無惨に荒れ果てていく。

 だが、その先から修復されていくので、いくら荒らしても問題ない。

 

 その所為か、刃を振るう二人は全力を出していた。

 その全力も、一振りとして同じものは無く、振るわれる度に苛烈さを増していく。 

 空気との摩擦で焼けてしまうほどの速度で動き回る二人。だが、二人の体には火傷の痕一つ無い。

 片や魔法で身を守り、片や摩擦を最小限に抑える動きをしているのだ。超音速を出したところで燃えることも無い。

 その証拠に、ギリギリ視認できる超音速で二人は闘っていた。

 

 長らく続くその戦闘。だが、両者とも身体に傷の一つも受けていない。逆に言えば、与えることもできていない。

 傷を負っているのは、着ている衣服のみ。襤褸切れのように、無数に大小の切り傷を刻まれていた。

 そんな状態でも闘い続ける二人、その顔は嬉々で満ちており、吐く息は何処か熱い。

 興奮しているのだ。誰が見ても分かりやすい程に。

 

 ピキッ、メキメキッ、バキッ。

 

 全力で楽しみ、興奮し、最高の気分である二人に水を差すように、割れるような音が鳴った。

 吹き荒れていた暴風が止み、軽やかな音は身を潜める。代わりに聞こえてくるのはその音。

 二人はその方向をゆっくりと向いた。忌々しいとばかりに、敵意も殺意も隠さずに。

 それは遥か上方、ルームの天井から響いた。

 

「グルォォォオォォッォォォォォォッ!」

 

 天井を突き破り、肩口まで姿を現したそれは、特大の咆哮を上げた。

 地を揺るがし、煩く響くその声に、二人はそろえて目を伏せた。

 さらに天井を破り、盛大に破壊して、咆哮の主はその姿を露わにした。

 自由落下に任せ、地へと向かうそれを、二人は見向きもしない。

 それと共に、自分たちに落ちて来る岩盤を、ただ無言で()()()()()()

 

「ねぇアイズ。私はこの()瀬無(せな)い気持ちをあのデカブツにぶつけようと思っているのですが」

 

「うん、私もそう思ってた」

 

 二人が言葉を交わし終えると、大轟音が空間内に響き、地面が割れ 粉塵がデカブツを中心にして舞い踊った。

 それを邪魔だと言わんばかりに、二人は一振りの風で吹き飛ばす。

 五本もの刀を携える彼女は、何故か一刀だけを抜き放っており、静かに構えていた。

 一本のサーベルを構える彼女は、纏う風を一層強く吹き荒らしている。

 二人が、伏せていた目をゆったりとした動きで上げる。 

 

 視界に映るのは、赤黒い皮膚で全身を包み、頭部には深淵と見紛いそうな黒色をした髪と思われる毛。

 猫背ながらも二足で地を踏みしめており、背筋を伸ばせは80Mは届く体躯。

 人型の巨大怪物(デカブツ)。巨人と言う表現が真にあっている。

 その巨人の顔には、鋼すらも砕いてしまいそうな、歯が剥き出しの口。殺意に満たされた紅の目。それに見合う鼻や耳などのパーツ。

 

 そこいらの冒険者、いや、第一級でも退いてしまうかもしれない巨人相手に、二人は全く引く様子を見せず、それどころか、相手を勝る殺意で見据えていた。

 なにか言ったわけでも無ければ、打ち合わせをしたわけでも無い。だが、二人は寸分たがわず同時に動き出した。

 

 

   * * *

 

「【虚空一閃】」

 

 一刀の、剣圧と風圧の塊が解き放たれる。

 

「【リル・ラファーガ】」

 

 針のように鋭い風が、ある一点目掛けて突き進む。

 

 放たれたそれは、抉られた痕のある巨人の脚の付け根を消し飛ばし、数瞬遅れて突き進んだそれは、落下する巨人の上体中央に風穴を空ける。

 

「ルガァァァァァッ!」

 

 致命傷を負った巨人は、咆哮と言う盛大な悲鳴を上げながら、首から地面へと衝突した。

 衝突により大地が揺れ、砕けた岩盤が宙を舞い、()(じん)が辺り一面に広がる。

 

「殺せた、かな」

 

「普通ならそうでしょうけど……ちょっと特殊みたいですね」

 

 風を纏いながら着地したアイズが、手応えから出した結論を述べた。だが、シオンはそれに肯定せず、不明瞭なことを言いながら、巨人が落下した方向を見ていた。

 その方向には、ゆっくりながらも、高く大きくなっていく影。

 風を纏った彼女が、風の剣を横に一閃させた。 

 

「……自己修復ですか、面倒な」

 

「魔石……貫いたはずなのに」

 

「実は魔石に似た骨だったりして、面白くないことですが」

 

 砂塵が払われ、晴れた視界の先には、失ったはずの脚で立ち上がろうとしている巨人の姿があった。

 上体の中央に空けた風穴も、既に塞がっている。

 

「でも、さっき回復してなかった」

 

「そこが疑問ですよね。条件付きか、将又死んだら蘇る的なものか」

 

 二人は巨人に多くの傷を与えていた。その傷は回復せずに、今までずっと残っていたのだ。

 

「そうだったら、殺せない」

 

「いえ、殺せますよ」

 

「……もしかして」

 

「ええ、相手の回復能力を上回る攻撃をすることです」

 

 と、簡単に言っているが、実際問題とても難しい。

 今の回復能力は、蘇生に等しいものだ。それに、相手の防御は見た目通りに硬い。

 シオンの【虚空一閃】を二度放つことによって、漸く脚を落とせたのだ。

 

「アイズ、ちょっと端にいてください。今から魔法を使います」

 

「この風でも、あれを一気に殺せないよ?」

 

「私が使うのはもう一つも魔法ですよ。威力と範囲が尋常じゃないので、離れていてください」

 

「魔法発現してたんだ……うん、わかった」 

 

 風を纏った状態で、アイズが後退していく。

 それを見届ける前に、質量と速度と重さから成される力の塊が、シオンへ迫った。

 流石のシオンとてそれを受け流す事はできず、避けるしかない。

  

「【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」

 

 だが、避けながらの装填なら可能である。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 一次式を終えると同時に、地を砕いた巨腕を地面として着地する。

 

「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として齎された。ならば劫火を齎したまえ】」

 

 自身の腕へと乗った虫同然小さいものを振り落とそうと、巨人は腕を激しく動かす。だが、そんなのお構え無しに、銀髪の少女は肩へと走り抜けていく。

 

「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 地面に顕現する巨大な魔法円(マジック・サークル)が陽炎のように蠢く。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 肩を越え、巨人の頭を蹴って跳躍した少女は、巨人の姿全体を捉えた状態で指を鳴らしながら、魔法名を小さく発す。

 途端、彼女の視界内は、燃え盛る劫火一色で染められた。

 火柱のように上昇する劫火は、無差別に、無慈悲に空間を焼く。

 それの範囲には、もちろん少女も含まれていた。

 

「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 だが、少女は焼かれていない。

 剣圧による風で迫り来る炎を逸らし、空中で身体を捻らせ、尽くを回避する。

 

「【ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」

 

「グアァァァァァッ!」

 

 炎で焼かれ、無事では無いはずの怪物が吠声(ほえごえ)を上げ、憎悪に(まみ)れた瞳を少女へと向け、口内に魔力を宿した。

 

「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」

 

 そして、強力な魔力の砲撃(カタマリ)を、少女へを放つ。詠唱を続ける少女はそれを紙一重で躱し、巨人の頭に着地した。

 

「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」

 

 詠唱を続けながら、少女は巨人の頭を、できる限りの力を出し、威力衝撃共に鼻先の一点に集中させて、全力の蹴りを放つ。

 劫火の海へと巨人が倒れ、蹴りの反動で自らも吹き飛ぶ。

 

「【神々の黄昏(ラグナロク)】」

 

 吹き飛んだ先は、アイズのいる場所。そこに着地すると同時に顔を上げ、魔法名を発した。

 揺らめく露草(つゆくさ)色の魔法円(マジック・サークル)から、透き通る氷が召喚され、劫火の海を包み込むと同時に、盛大に弾け、砕け散る。

 やはり飛び散る氷片を、面倒がらずに全て斬り落とし、少女はまた走り出した。

 その先には、激しく蠢く一つの影。

 

「はい、終了」

 

 一部剥き出しとなっていた魔石を貫き、小さくそう呟く。

 巨人はあの魔法で死んでいなかった。確実に、今魔石を貫いたことによって、漸く灰へと帰った。

 一部(ひび)の入った特大の魔石が消えず、音を立てて地面へと落下し、追加で重低音が大きく響いた。

 カチンッ、と鳴らしながら、背に刀が納まる。

 

「凄いね、シオン」

 

 すると、納刀したアイズが、終わったことを感じ取ったのか、小走りで近づいて来た。

 

「まぁチート級ですから。アイズ、怪我はありませんか?」

 

「うん、大丈夫」

 

 そう言いながら一回転するという、可愛らしい仕草を見せるアイズ。ついつい舞う金髪に目が行ってしまい、傷のことを確認していなかったが。

 

「ねえシオン。この魔石とドロップアイテム……どうする?」

 

「持ち帰りたいですね、金になりそうです。ですが……ドロップアイテムの方は換金できないでしょうか」

 

「どうして?」

 

「今のモンスター、どう見たって新種でしょう? 私も始めて見ましたし。前に、新種のドロップアイテムが価値不明ということで、換金できなかったことがあったのですよ」

 

「……じゃあ、魔石だけ換金して、ドロップアイテムは持ち帰る?」

 

 それに苦笑してしまうシオン。確かに、見ただけで上物とわかるこのドロップアイテムは持ち帰りたいが、残念なことに置けるだけのスペースが無いのだ。

 

「ドロップアイテムは【ロキ・ファミリア】に譲渡しますよ。魔石の換金額は山分けですけどね」

 

「……いいの?」

 

「ええ、大丈夫です。ですが……どうやって持ち帰ります? やっぱり持ち上げて?」

 

「……そうするしか、ない」

 

「ですよね~」

 

 シオンは身をもって知っている。先程貫いた魔石のバカみたいな重さを。

 簡単に言うと、『一閃』の倍以上ある。並みの人間には持つどころか転がす事すらできない。

 それに、この大きさ。最も長い部分は、大の大人三人ほどが、目一杯両手を横に伸ばして。漸く端から端まで届くレベルの長さ。横に倒されている今の状態での高さは、シオンが背伸びをしてギリギリ届くくらい。

 ドロップアイテムは、色彩豊かな万華鏡のように光る骨らしき物。

 片腕ほどの直径を持ち、その全長は魔石の長さより全然長い。

 

「うーん。まだやりたいことがあるのですが……」

 

「ここで?」

 

「ええ。ここでしかできないことです」

 

 正確には、此処にしかないもの、だが。十八階層とあそこは別だ。

 

「また戻るのは?」

 

「時間足りますかね……恐らく結構かかりますよ」

 

「……急ごう」

 

「ですね」

 

 さっと動き、自分の持てそうな物へと向かう。

 シオンは魔石へ、アイズはドロップアイテムへ。

 それぞれゆっくりと持ち上げる。意外にすんなりと持ち上げられたアイズに対し、

 

「おっもい」

 

 巧みな重心移動と力の分散で、何とか持ち上げることができたシオン。

 

「大丈夫?」

 

「問題はありますが……大丈夫です。ですが、手を放すと本気で不味いので、壁の破壊と遭遇(エンカウント)したモンスターの駆除は頼めますか? 微量ながら援護はしますので」

 

「分かった」

 

 一旦ドロップアイテムを置き、容赦のない斬撃で魔石が通る程の風穴を空けるアイズ。

 

「なるべく急ぎましょうか」

 

「うん」

 

 歩くほどの速度でしかない、だが、ありえない重量を誇るそれらを持ったにしては、かなり早い進行速度であった。

 

 


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