やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 独自設定発動!

では、どうぞ


勝敗、それは闘争

「うわぁっ」

 

「な、何ですか⁉」

 

 リリから嫌な予感がすると言われ、進行速度を少し落としながらも進んでいたところ、リリの嫌な予感というものが的中したのだろうか、地面が、ダンジョンが大きく揺れた。

 その揺れは不意だったことも相俟(あいま)って、思わず尻餅をついてしまう。

 

「ベル様、大丈夫ですか⁉」

 

「う、うん。びっくりしちゃって……でも、今のなんだろ」

 

 ダンジョンが大きく揺れることなど、そうあること――――シオンがつい先日盛大に揺らしたことは別として――――ではない。

 いや、逆に考えれば……

 

「はは、ありえるかも……」

 

「?」

 

 つい呟いてしまい小首を傾げられたが、シオンが原因なら言う程の事でも無いだろう。

 

「じゃあリリ、もっと進もうか」

 

「はい、ベル様!」

 

 一度止まった進行を再開し、今度は先程よりかは足取りが軽い。

 その所為か、注意すれば気づけたであろうことが、全くの無反応になってしまった。

 

「ガハァッ」

 

 音なく訪れた衝撃が僕の体を軽々と浮かせ、瞬時、風切る音と凄まじい衝撃が順に僕に届いた。

 幸い、ライトアーマーのお陰である程度のダメージは消せた。まだ動くことはできる。代償として腕のプロテクター以外は木端微塵(こっぱみじん)に砕け、意識が混濁するような痛みに襲われたが。  

 

「ベルさ――――!」

 

 途切れてしまった甲高い叫び声が意識を現実に定着させてくれた。

 同時に走り出して、本当にギリギリだった。吹き飛ぶリリを何とか捕まえることが出来たのは。

 だけど、僕はシオンみたいに空中で衝撃を殺す事なんてできない。

 石ころのように簡単に飛んでいく中、できたことなんて全身でリリを守ることくらいだった。

 やはり襲われる衝撃、音にすらならない悲鳴が喉で詰まり、腕からころりと、意識を失って目を閉じるリリが(こぼ)れ落ちてしまった。

 

 何が起きたか、正直わかっていない。反射的に体が動かせただけ。

 再度揺れたダンジョン、それは目の前に居た濁った血のような皮膚を全身に持ち、前のめりで僕を見据える()()()()()()に竦んでいる僕の心境を現しているかのようだった。

 

「――――」

 

 静かに、そのミノタウロスは持っている血塗れた大剣を揺らめかせた。

 僕の感じるあらゆるものが全力で叫んでいる、死ぬ、と。

 本能が、逃げろ、避けろ、戦うな。その三点を繰り返し(わめ)き始めた。

 だが、理性はそれを決して許さず、僕はその場から安易に動けなかった。

 無防備な彼女が後ろにいることが、絶対的な理由となったが。

 抱えて逃げることはできるだろうか―――いや、無理だ。追い付かれる。

 殿(しんがり)となってリリだけでも逃がそうか―――いや、リリがすぐに起きるとは限らない。

 誰かが助けに来るのを待とうか―――【ロキ・ファミリア】の遠征もあるし、現実的。

 

 それがいいかもしれない。

 

 ふとそう思ったが、その考えは即座に捨てることになった。

 蘇るのは一月ほど前の記憶、憧憬(あの人)と出会ったあの日。

 体を竦ませていた恐怖が取り払われ、新たな恐怖が生まれた。

 言いようのない、意地のような恐怖。自分の弱さから引き起こされた虚弱であり軟弱であり脆弱でもある愚かしい僕の、小さな意地。

 

 だけど、その小さな意地でこそが、僕の体を動かしてくれた。

 試しているのか、見計らったようなタイミングでミノタウロスが急接近を図った。リリを抱えて横に全力で飛び、通路に近い場所へその勢いのまま投げた。

 

「ごめん、リリ」

 

 口から出た小さな謝罪は意味をなさない。謝ったところでリリは地面に擦られ傷つくし、彼女がすぐに逃げてくれるわけでは無い。

 また、ダンジョンが揺れた。 

 僕はそれを開戦の印として、腰と腕に持つ二刀を構えた。

 獰猛だと言うことを象徴するかのように、大きな歯を見せ汚らしく唾液を垂らしている猛牛は、それと共に咆哮を高らかに上げる。

 この戦場でもまた、遅れて刃を交えられた。

 

 

   * * *

 

 遠征隊は、長期にわたり深層まで潜る分それ相応の人数になる。

 周りの冒険者への配慮も踏まえて、仕方なく隊を二つに分け、十八階層で合流する手はずとなっていた。 

 先行部隊である精鋭組とそれに準ずる強力な冒険者の中に、私はいた。

 

「痒いな」

 

「やはり何か感じるか」

 

 緊張感が多少緩んでいる気がする中、二人は短い言葉で会話を成立させていた。

 だが、その程度の会話なら、私たちは誰でも成立する。

 

「いつもよりモンスターが少ない。何か……迷宮の異変(イレギュラー)でも起きないといいんだけど」 

 

「そうだな……」 

 

 微動だにしないほどよい緊張を保つ二人は、気など全く緩めていない様子。

 着々とその状態で進んで行くと、ふと、体内から熱がこみ上げて来る感覚。

 同時に見える、金色の髪の毛のような糸。それは地面へと向かい、埋まるように通っていた。

 それを目で追っていると、この状況だ、何か異変でも感じ取ったとでも思われたのだろう。

 

「アイズ、どうした」

 

「ううん、何でもない。シオンを見つけただけ」

 

「ん? ……どこにもいないように思えるのだが」

 

「二階層下にいるから、リヴェリアだと分からないと思う」

 

 本当は見えてなどいないが、金の糸が、何となく伝えてくれるのだ。

 ここにいるよ、そうとだけ。

 でもこれは、私とシオンだけの繋がり。他の誰も分からない。

 それがたとえ、リヴェリアであっても。フィンあっても、変わらない。

 

「……アイズ、それは―――」

 

 リヴェリアが我が子を心配するかのような顔で私に何かを言おうとしたが、それは途中で切られた。

 大きく揺れた、ダンジョンによって。

 前・中・後衛問わず、その揺れに驚きを隠せず、比較的経験が高い者以外は、怯え、果てには抱き着き合う者たちまでいた。

 

「―――嫌な予想は的中するものだな……」

 

 先程とは打って変わって冒険者の顔となり、自分の名相応の雰囲気を纏ったリヴェリアが、言いかけた言葉を続けずに、嫌々しくそう呟いた。

 

「フィン、どうする?」

 

「そうだね……今後も続くようであれば、危険性のあるものと見()し、鎮圧、または排除を行う。全員、念のために戦闘準備」

 

『了解』

 

「シオン、大丈夫だよね……」

 

 金の糸が、儚く揺らめいた気がした。それがどうしてなのかは分からない。

 でも、何故か嫌な気がした。体の熱がしみじみと感じている所為か、その熱が少し上がっているのが分かった。

 頬を撫でる風は、肌をわずかに逆立たせた。

 

 

    * * *

 

「セィッ!」

「ハァッ!」

 

 二つの気合が重なり、強烈な金属音と共におぞましい程の剣圧だけで辺りを震わせ、周囲を散々破壊していった。 

 鍔迫り合いなど死を現す。そんなことしている暇があったら、即後退だ。

 そうでもしなければ互いに互いを()()()()()

 要するに、共倒れ―――相打ちだ。

 

「器用、敏捷なら勝ててますかね……」

 

「貴様がどうやってそこまでの力を手にしているのか、興味が湧いて来た。それ程までの能力、Lv.2が持つ代物では無かろう」

 

「私はちょっと特殊でしてね、異常とも言いますけど」

 

 自分が何故ここまで異常な程【ステイタス】が高いか、大方の見当はつけているがそれが真実かどうかは別だし、分かったところで意味も無い。

 興味を持たれたところで自分で探せとしか言いようがないし、どうやったかなんて聞かれたら本当に答えようがなくなる。

 そのあたりのことは、【猛者(おうじゃ)】も弁えているのだろう。直接的に聞いて来ることはなかった。

 

 そこで一時の会話は途切れた、次に交わされたのは言葉でなく刃。

 超重量の一刀が横薙ぎに振るわれた大剣を足止めし、漆黒の刃が動きを止めた鈍色の大剣に迫る。

 刃同士のぶつかりでは斬れぬとも、斬られることを予測して作られていない(みね)、または(つか)は、多と比べて大概(もろ)い。

 無機物を斬る事なら他の追随を許さないその刀、だが軽快な金属音を弾けさせた。  

 体ごと移動し、二刀の刀をしっかり刃で受け止め、力だけは分散させているのだ。

 そこで止まる訳も無い。それ程甘い奴はこんなことできない。

 

「ふンッ!」

 

 途中で停止させられていた横薙ぎは体重と力による加重で動き出し、容易に、拮抗していた二刀を弾いた。  

 そうするだろうことは予測していた。弾かれた刀から伝わる力を後方への推進力へ転換し更に地面を強めに蹴って退避。迫りくる大剣は空振りとなったが、止まった訳ではない。勢いを増して後方へと跳ぶ私に追撃に迫る。

 後方に跳んだ私は()を蹴った。凄まじい勢いで迫った地を。

 後方への推進力を、脚を反発するバネとして使うことで前方への推進力へ反転させた。

 多少力は減少したにしろ、()を蹴ることでその穴を埋める。

 その推進力で【猛者】の追撃と迫る大剣へと向かい、推進力を上乗せした超重量の刀でそれを迎え撃つ。

 刹那もかからず刀は交えた。だが、先程とは結果が異なる。

 押し返したのだ、大剣を。そして追撃、陰から薄く走る漆黒がやはり大剣の峰へと向かう。

 それにも反応する流石の速度。だが、引き切る事は出来なかった。

 約三分の一、切っ先からそれだけの分を綺麗に切断することは成功した。

 両者ともに退()く、負傷は無かった、だが片やその損害は大きい。

 

「よく斬れる刀だ」

 

 剣呑(けんのん)な雰囲気が漂う中、致命的な被害を負った【猛者】が口を開いた。その声からは動揺など全くしていないことが解らせられる。

 

「でしょうね、一番切れ味の良い刀ですから」

 

 だが、(はな)から動揺など期待していない。この程度で動揺などされたら逆に私が動揺していただろう。この程度か、と。だが、そうはならなかった。軽口を返せるほどの冷静さをお陰で保てている。

 

「ふっ、そうか―――ところで、今貴様は本気か」

 

 唐突に、鼻で一笑した後にふとそう聞いて来た。

 

「ふふっ、()()ですよ」 

 

 返す言葉はそっけなく感じさせてしまうだろうが、言葉について、相手の感傷についてなどどうでも良い。

 今は、戦うことだけに専念しないと、下手すれば死ぬ。

 

「つまらん言い方だな。貴様がそうならば宣言しておこう。挨拶は終わった、()()()()()」 

 

 少し前から気持ちを通常より構えていたお陰と断定できる。その反応が追い付けたのは。

 ()()()からの、()()斬撃。

 明らかだ、その斬撃が超光速などとっくに至っているのは。 

 刹那もかからずギアを格段に上げた。でも、咄嗟に出せたのは精々光速、対処できなかった刃はいとも容易くに私を斬った。 

 左膝から下と別たれ、右横腹は鮮血を数瞬遅れてまき散らす。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】【エアリアル】!」

 

 致命傷は即座に回復できるレベルを超えていた。呪いを更に体へ招待しながら風を纏うことで、まだ迫り続ける()()()()刃を弾いて、何とか身を護る。

 だがそれでも、風を突破してくる刃を対処する必要があった。これでは満足に回復などできない。 

 

「【弾き返せ(テンペスト)】!」

 

 重複詠唱。付与魔法(エンチャント)特有の魔法強化方法。

 相応の代償(魔力)を必要とするが、そんなの気にしていられるほどの余裕はない。

 対価相応の風は、視認不能の刃の(ことごと)くを弾いた音と感触を与えてくれた。

 その合間、別たれた脚の斬断面(せつだんめん)同士を合わせ、右横腹を含め、傷口周辺に呪いを集中的に回した。

 一秒ほどで足を動かせるようになり、そのすぐ後に脇腹は元通りとなった。

 一呼吸入れ、低姿勢のまま飛び出す。全身に風を纏い、握る刀も漆黒から炎纏いし刀へ。

 実体無き炎刃(えんとう)。風によって刃の届かぬ場所をその(ほむら)で焼き斬ることができる。

 それが今意味を成すから分かりかねるが、無いよりはまし、というやつだ。

 

 キンッと、金属音が鳴る。立て続けにそれは鳴り、ただでさえ狭かった間隔が縮んでいく。

 もう余裕で風を突破してきた。剣も速度を増し、いつ反応が追い付かなくなるか気が気でならない。

 伴い私もギア・速度共に上げていく。手が軋むのを感じるし、全身を苛む苦痛が(ほとばし)るがそれを気にしてなどいられない。

 全てを感じ、【猛者】に反応しなければ、殺される。

 簡単に、あっけなく、回復する暇などなく、前に私がしたように、死体も残らず。

 消される。

 

 それから、多分数分が経った。

 体力はまだ余りある、刀も振れる、死んでもいない。

 でも、それは、いつまで続いたことだっただろうか。

 

 少しずつ、少しずつ。徐々に徐々に傷を負った。

 私も対応がまだ追い付いているから、大きな傷が与えられるわけでは無い。

 そのお陰か、今は無傷である。

 だが、体力、精神力、共に()り減る程削られていく。

 それ程までに、超音速の刃への反応はギリギリだった。

 本当はギリギリなどでは無い。一瞬、いや、一刹那で終わらせる方法はある。 

 でもそれは、絶対に使いたくない手だった。 

 

 そうも考えながら、ひたすらに刃を弾いて攻められないでいると、弾ける限度を超えたある一刀に吹き飛ばされた。

 おぞましい力、人間が出せる域を遥かに超えた力を持つ一刀。

 とうとう足が耐えられなくなり、体重移動もままならず、あえなく吹き飛ばされた。  

 全力の風で勢いを殺そうにも、それはほんの少しだけ。にべもなく壁へ激突し、盛大に音を轟かせると、ほんの少しだけ軽減した勢いで、更に激突。激突、激突、激突、衝突、衝突。

 そして衝突。それを最後に衝撃は止んだ。

 

「ブハッ……」 

 

 アホみたいな吐血量。尋常じゃない痛み。 

 いつかの時より遥かに強い力、それで粉々にならなかったのは異常な【ステイタス】のお陰だろうか。

 霞み朦朧(もうろう)とする意識、明らかに動かし(にく)くなった体。

 着々と治ってはいくものの、間に合う訳がない。

 その間に、殺されるだろう。

 

「貴様、まだ奥の手があるのだろう。何故使わない」

 

 壁に埋まり、今は(ろく)に動けないでいる私に、警戒など一切消さず、そう問いかけてきた。

 問いかけてきた人物、【猛者】は、全身のあらゆるところが焼け(ただ)れ、服に耐熱性を付けてないのか燃えて殆ど残っていない。

 長かった大剣は今や柄からほんの少ししか残っておらず、真っ黒に焦げていた。

 髪には燃えた跡が見受けられ、防具はもう一つも付けていない。

 本気を出し、酷使した結果の満身創痍。本気を出さず、全力しか出していない私が、恥らしく思える。

 

「……貴方は、人間でその領域に達したのですか」

 

「ああ、その通りだ」

 

 質問を質問で返してしまい、(いささ)か無礼ではあるが、どうしても呟いてしまった。 

 そして、返された答えに、情けなさを覚える。

 自分はあの領域より上に達している。ただそれは人間ではなく、それ以外。厳密にいえば吸血鬼。簡単に言ってしまえば化け物だ。

 極論、モンスターと何ら変わりない。

 だが、目の前の【猛者】は、その領域より下だとも、人間でその域まで達した。

 並ならぬ努力、並みならぬ経験、様々なことがあって漸く辿り着ける、限られたものの領域。 

 私は、人間の内にその域へ達していない。達せていない。

 だから、証明したかったのだろうか。自分が達したことを。無意識のうちにそう思っていたのだろうか。

 人間の内に領域へと達した【猛者】を倒して、自分がその領域以上に人間で達したと言うことを。

 それは、意地に近かったのかもしれない。

 

「【猛者】……先程の質問ですが、私は貴方に簡単に勝てます」

 

「そうか」

 

「それが奥の手です。絶対に使いたくない、奥の手。これは、単なる意地でしょうけど」

 

「そうか」

 

「私は貴方を人間で、同じ領分で打ち負かしたい。人間を辞めていたら勝ったところで意味なんてない。ですから――――」

 

 体の修復はまだ終わっていない。今のままだと満足に闘うことだってできないだろう。

 でも、やるのだ。

 

「―――私は奥の手なんて使わずに、勝たせていただきます」

 

 必死の笑みで、確たる意思を持って、正面に見える目を見て、そう言ってやった。

 

 自分の目が、死んでいる事に気付かずに。

 

()れるものならば、()ってみせろ」

 

 だが、【猛者】の反応は、ただ小さいものだった。文面で考えれば挑戦してみろとでも言っているように思える。だが、その語気から察せられるのはまた別。

 それを示すかのように、拳を絞り、冷徹に告げた。

 

「ただ、もう()()は、何もできない。諦めろ」

 

 刹那、(ろく)に動けぬ私に、無情な死を告げるであろう拳が迫った。

 だが、それは私に(かす)りもしなかった。

 

 その拳は、まるで見えない何かに弾かれたように、軌道を横へ逸らされ、壁を轟音を立て破壊した。

 

「諦める? それで、死ねって?」

 

 壁を破壊され、体の拘束は解かれた。

 まだ修復は終わっていない。少し動かすだけで軋み、痛みが走る。

 でも、今はそんなこと、どうでもよいくらいだった。

 『諦めろ』、無情に告げられた言葉が脳内を支配する。

 

「失礼ながら、申し上げさせて頂きます」

 

 手から二刀の刀が放されていない。全景姿勢でバランスは覚束ない。

 活力なんてものは感じない。

 だけど、戦える。斬る事はできる、目の前の存在を。

 だから、言ってやろう。

 

「諦めてなんかぁ! やるかあああああああぁッ!」

 

 声高らかに、腹の底から全力で、特大の咆哮(叫び)を上げてやった。

 共に動かす酷使した体。動かす力が入れにくい腕や手首。

 普通にやったら、勝ち目なんてある訳も無い。たとえ敵が満身創痍でも、あちらの方が文字通り格上だと言うことが嫌と言う程体に染み込ませられた。

 なら、普通にやらなければ、勝ち目はある。

 

 二刀が交差する袈裟(けさ)斬りを放ち、だがそれはまだ残っていた僅かな刀身に弾かれぬとも軌道を逸らされ、また右拳が迫った。

 だがそれも、軌道を逸らされる。

 何故そうなるか、簡単なことだ。まだ余力のある魔力を瞬時に圧縮して、その圧縮に耐えられなくなり爆発的に解き放たれた魔力を拳目掛けて放出しているだけにすぎないのだから。

  

「ハァッ!」

 

 炎刀(えんとう)を、地面に腕を突っ込んでいる【猛者】へ斬り付けた。

 確実に斬れる位置、だが、相手の反応速度はやはり速い。

 実体ありし刀は斬ることなく空振りに終わってしまう。だが、実体無き炎刀(えんとう)、風で伸びる(ほむら)は相手を捉え、その腕を斬り付けた。

 恐ろしい熱だろう、腕を焦がしながら斬り離せた。断面は歪で、焦げているから出血は無い。

 それで止めてもいいだろうが、【猛者】がこの程度で音を上げるわけがない。

 

 取られた距離を即座に埋め、二刀による光速連撃。

 秒間二桁は余裕のその連撃は、大剣と左腕を失った【猛者】には迎撃する術を持たないはず。

 なのに【猛者】はそれ以上の致命傷を負うことは無かった。

 火傷し、何度も斬られ、血を段々と奪われながらも、その拳で軌道をずらし、尽く刃を届かせないでいる。

 このままでは埒が明かない、そう見えてきた。

 二刀納め新たに二刀抜く。刹那で行われた交換(スイッチ)は雪白の刃と水縹(みはなだ)の刃の姿を露わにした。

 速度重視の組み合わせ、比較的軽い二刀は普通に光速を出せるレベル。

 一刹那すら隙を見出す【猛者】は、交換(スイッチ)すら見逃さず攻撃を仕掛けてきたが、その攻撃を斬り付けようと煌めく青。

 先程よりも格段に速度を増して振るわれたその刃を【猛者】は躱し切れず、手首に刃が走った。だが、その軌道に傷一つたりとも存在しない。

 違和感に襲われる初見殺しのその隙、雪白の刃が煌めいた。

 左肩から右腰への袈裟切り、それを行うために走った刃の速度は超光速に至っていた。

 自身で軌道が視認できなかったのがよい証拠である。

 流石に、深々と傷を与えることはできなかったが、肋骨は斬った。確実な致命傷。

 

「オォォォォォォォォォォォ!」

    

 この日初めて、【猛者】は吠えた。

 それと共に、それ自体が音速の拳が正面から堂々迫った。

 だが、今は体勢を多少崩している。満足な回避はできない。

 できたのは、二刀の刃を交差さえ、その拳に交点を誘導することのみ。

 その誘導は見事に成功し、拳は交点目掛けて一直線で迫った。 

 だが、次に訪れたのは予想してない結果。

 二刀の刃が()()()()()()、その衝撃で後方へと吹き飛ばされた。

 突然の出来事だった、だが、今回は受け身をとることに成功したことで、大きな傷を負っていない。

 剣士としての証が、二刀儚く砕け散ってしまったが。

 

「―――いい目になった」

 

 突然、証を破壊した張本人がそう言った。

 その声には、先程と変わって、求めていた何かを見つけたようなそれ。

 

「奥の手を使う気は無いようだな」

 

「言ったでしょう、それは使わないと」 

 

「ああ、そう言った。だが、こちらはそう言う訳にもいかない」

 

 意味の伝わらない、だけど何となく嫌な予感がした。

 体内から、警告のような熱が荒り、何かを必死で伝えようとしていた。

 

「奥の手を、使わせてもらおう」

 

 そう告げると、【猛者】は低姿勢となり、まるで突進のような、そんな構えをとった。

 

「【我本能に従い、敵を葬らん】」

 

 瞬間二刀の柄を手放し、最重量の一刀を抜き放って、振りかぶる。

 

「【猪の闘争(リミット・アウト)】」

 

 それと同じくして、魔力の収束を終えた【猛者】が、認識不能の速度で襲い掛かってきたのだろうか。

 私に解ったのは、本能的に動いた体が刀を振り、一瞬の衝撃を与えた後に、全身に一発極大のを()てられたことのみ。 

  

「――ァぁぁっ」

 

 口からありえないほどの吐血、一瞬で切れそうになる意識。

 世界が遠ざかって行く、体の感覚が消えていく。

 これはヤバイ、本気でヤバイ。今こうなったら死ぬ。

 

「―――――――――がはぁ、はぁ。……こればかりは、慣れんな」

 

 遠くで小さくそう聞こえた、【猛者】の声だろうか。

 

「さらばだ、シオン・クラネル。久方ぶりに本気を出せた、感謝する」

 

 何故か感謝され、水の底に沈んでいるかのように、その声が重く聞こえる。 

 

「次会うときが、死んだと思え」

 

 ただ最後に告げられたその言葉は、はっきりと伝わった。

 自分が見逃されたことも、生かされたことも、今勝てないと言うことも。

 嫌と言う程、伝わった。

 嫌と言う程、分からされた。

 遠くでまた誰かの声が聞こえる中、ゆったりと水の底へ落ちていった。

 

 

 

 


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