やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 ふくせんだどー! 

では、どうぞ


刀、それは弔い

「―――――動きますね、問題なし」

 

 寄り掛かっていた壁から背を離し、珍しく他に誰もいない部屋で独り、大きく体を伸ばす。

 肩や腕、足や腰など体の様々なところを動かし、不調の確認。

 問題なしとは言ったが、筋肉が少しばかり緩いか。刀は振れるだろうし、歩けもするだろうから実際関係ないのだが。

 

 金庫から早々に必要な物を取り出し、着替え、身に着ける。

 今日は自然と一刀だけが手に執られていた。昨日のことを無意識に引きずっていたらしい。

 割り切りが悪いのは、相変わらずの悪いところだ。人間らしいとお祖父さんは言っていたが、切り捨てられないことは時に死を招く。こんな煩わしい性格こそ、切り捨ててやりたい。

 

 冷ややかな風を切り、暗がりの夜道を駆け抜けて、辿り着いたは見渡しの良い市壁上部。一段と冷えた風が服の隙間から入り込み、温まってすらいなかった体の熱が撫で盗られていく。

 何となくと来てしまったここ。自分の所為でボロボロになったこの場所は、以前と打って変わって歪で、崩れるかもしれないと心配してしまう程。

 ここでまた刀を振ってしまったら、壊れることは必然。流石にそれはダメだ。

 

 つまり、北側。西とは別方角の市壁方面へ移動するのは必須。

 北側も多少は壊してしまっているが、西側ほどではない。今は刀を振るくらいは恐らく問題ないはずだ。普通にやれば、だが。

 

「今後、剣舞は無理そうですね……」

 

 昨日、剣舞をホーム前の()()()()()()()()()で踊っていたのだが、【ステイタス】が上がったお陰と言うべきか、所為と言うべきか、終わったころには荒地と化していた。

 昔から、鍛錬は手を抜かない性質(たち)なのだ。加減をすれば問題は無かろうが、ご生憎(あいにく)様私にはそう言ったことが出来ない。

 仕方なくだが、強い土地を見つけるまで剣舞はできなくなってしまった。

 素振りはまだましな方ではある。恐らくあと二週間は持つだろう。

 

―――――結局ダメじゃん。

 

「自分専用の鍛錬場でも造りましょうかね……」

 

 無駄にお金はあるし、できなくもない。ギルド運営の鍛錬場はあるにはあるのだが、あそこは壊すと罰金(ペナルティ)を受けるのだ。毎回毎回そうでは面倒極まりない。

 

「今日にでも探してみましょうかね……」

 

 といっても、午前中は予定があるのだが。

 午後に空きを作ることが出来たらギルドにでも向かえばいい。あそこは大体の資料が置いてある、少し漁れば丁度良いのが出て来るだろう。

 

「さて、やりますか」

 

 本調子ではないが、鍛錬を欠かすつもりなど殊更ない。

 よって訪れたのは、下半身――主に裏全体――の苦痛と、腕の震えだった。

 

 

   * * *

 

 朝食などの日常習慣を終え、用意と移動で時が進むことと約一時間。

 

「お邪魔します、草薙さん」 

 

「お、シオンじゃねぇか。何日ぶりだ?」

 

「私が吸血の呪いを解放して欲しいと頼んで以来ですよ」

 

 バベル四階、カグラ・草薙の店にて、この会話はなされていた。

 

「で、今日は何だ? また無茶なこと言い出しそうで末恐ろしいな」

 

「無茶ではありませんよ。ちょっと手伝ってほしい事があるだけです」

 

「ん? そりゃ手に持ってる白布の中に入ってるものが関係してたりすんのか? ……てかそれ、まさかとは思うが……」

 

 草薙さんは呪いを『見る』ことができる。それは勿論、この白布の中に丁寧に仕舞っているものに憑けた呪いも例外ではない。

 

「はい、ご察しの通りです」

 

 そう言うと、草薙の居るカウンターに白布の結び目を(ほど)いて、中に仕舞っていたものを見せた。更に背から二本の鞘と、二刀の刀の残骸である刃が僅かに残った柄を取り外し、カウンターの上に並べる。 

 

「……お前さんが使えば簡単にこうは成らないと思うんだが」

 

「あはは、簡単にそうは成らないでしょうね、簡単には」

 

「マジで何やらかしたんだよ……」

 

 ごんッ、と鈍い音を額をぶつけて鳴らす草薙さん。それはまぁ仕方のないことで、自分の打った刀がこうも粉々になるとは思いもしなかったのだろう。

 

「で、何だ? 俺に手伝ってほしいことってのは」

 

「あ、本題ですね。私が手伝ってほしいことは、この刀たちの(とむら)いです」

 

「これまた可笑しいこと言うなおい。久しぶりに見たぞ、そういうヤツ」

 

 少し驚いたような顔をする二人、と言っても理由は別である。片や、いい趣味している気が合う人がこんな身近にいたことに驚き、片や、あたりまえだと思っていたことが実際している人が全然いないと言う真実に驚いたのだ。 

 

「……まぁ、とにかく。手伝ってほしいのです」

 

「具体的に、何をどう手伝えばいいんだ? 人によってやり方は違うだろ?」

 

 確かにそれもそうだと思い少し行き詰まるが、自分が考えていた方法は一応ある。

 

「私が考えているやり方は、刀たちを一旦元に戻して、呪いを解放したあとに、永遠に休ませてあげる、という方法です」

 

「また危険なこと言うな。呪いの解放はかなり危ないんだぞ?」

 

「そこを何とかするのが草薙さんでしょう?」

 

「完全に人任せかよ」

 

 仕方のないことだ。呪いに関して私は全然詳しくないし、スペシャリスト? が居るのだからその人に頼るのは間違っていないはずだ。たぶん。

 

「まぁいいけどな。だが、もう死んでも知らんぞ?」

 

「死ぬのは御免ですが、また何十年呪いの世界に飛ばされるくらいなら問題ないですよ。耐え抜いてみせます」

 

 絶望と後悔の世界、何度も見てきた。前とは違って、前準備ができている状態だ。恐らく、入ったとしても何十年とかからず戻ってこれる。

 

「どんな精神力だよ、相変わらずだな。ま、とりあえず場所移すか」

 

「分かりました。場所は工房ですか?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 と、そこで何故か苦い記憶が蘇る。

 だが、今ならその苦い記憶の通りにならない可能性が高い。制御も問題ないのだから。

 

「草薙さん、ちょっと変わった移動手段を体験してみたくはありませんか?」

 

「は?」

 

 荷物もって私たちは、早々に中央広場(セントラルパーク)へ出たのであった。

 

 

   * * *

 

「ま、まじかよ。速すぎだろ……」

 

「これでも加減はしていたので、もっと速く飛ぶことはできますよ」

 

 あの後、何も壊すことなく飛行を完了し、離陸着陸ともに問題なく終えられた。

 風の調節も上手くでき、昨日のような失敗は無く、気持ちよい空の旅だった。

 十秒にも満たなかったが。

    

「てか、なんだよあれ。どういう原理だ?」

 

「跳んで押して飛んで着地の流れです」

 

「いや意味わかんねぇよ」

 

 これは私だけではなく、アイズにもできることである。 

 跳躍して、風で推進力を得て飛行し、タイミングを見計らって勢いを風で殺し、受ける力を流しながら着地、というものだ。完全に風頼りだから、風さえ使えれば問題なくできる。

 

「それより、刀を早く戻しましょう。弔うのは早い方が良いです」

 

「んだな。言及はこれ以上無駄だろうし、諦める」

 

「正しい判断です」

 

  

   * * * 

 

 

「―――――」

 

「――――――――」

 

「――――――――――――」

 

「――――――――――――――――終わった」

 

「流石の腕でしょうかね……」

 

「まぁな。だが、流石にあれをちゃんとした刀まで戻すことはできねぇ。ここ辺りが限度だ」

 

「わかってましたから、悔やむ必要はありませんよ」

 

 粉々に砕かれ、誰かが破片は残ったものを回収してくれたようだが、流石に全部とまではいかないのが道理。足りない所はあった。そこから無理やり刀に戻したのだ。形状だけになるのは仕方のないことである。

 

「さて、次は呪いの解放です。準備はよろしいですか?」

 

「あぁ、封印符(ふういんふ)も用意してあるし、問題は無い」

 

「そういうのがあると言うことは早く言ってください……」

 

 お陰で覚悟がぽっきりだ。

 

   * * *

 

「【其の身を侵し、其の身を滅ぼす、悪しき力を解き放たん】」

 

「【呪詛解放(リリース)】」

 

 元二刀の刀に向けられ放たれた魔法。

 波動のようなものがそれらを包み、弾ける。前とはちょっと違う演出? だ。

 やがてガラスが割れるようなつんざく音が鳴り、気配がぐぅんと膨れ上がる。

 だがその気配は吸われるかのように封印符へ向かい、呑み込まれたかのように刀の異様な気配が封印符へ納まった。

 刀からは異様な気配などしない。ただの、刀の形状をした金属(かい)へと変わった。 

 

「これで終わりか」

 

「はい、後は私がやります」

 

 といっても、ホームの毎日目の付く位置に寝かせておくことしかできないが。

 

「ありがとうございました。それでは、草薙さん」

 

「ああ、また来いよ。無茶な願いでも聞いてやる」

 

「それはそれは。また無茶なお願いをもってきますよ」

 

 本当の意味で死んでしまった二刀と、封印符を持って、軽口を交わしながらその場を後にした。

 

 

 そして、

 

「……ここでいいでしょうかね」

 

 帰路で刀掛けを購入し、金庫の横、普段誰も使っていないが目にはよく入る場所に設置してそこに二刀を置いた。

 封印符は、箱に仕舞われ、大切に金庫の奥へと仕舞われた。 

 

   * * *

 

 中天から降りしきる眩い光が、(そら)を見上げる度に目を射す今日この頃。

 私は珍しくメインストリートを歩いていた。

 何故かと言われれば、今日はいつもより露店の並びが盛んで、つい手が伸びてしまって……食べ歩いてます、はい。

 じゃが丸くんを始めは片手で三つ持ちながら食べる荒業を行い、串焼きなどの食べ歩きやすいものを普通なら無理であろう指一本一本の間に三本ずつもつという技術の無駄な応用技を行っていた。

 持つこと食べることに夢中なせいで、面倒な気配を紛らわせることなんてしていない。お陰で凄い視線を感じて煩わしいことこの上ないが。

 

「お、着いた」

 

 歩くことを無意識で行っているためどこまで来ていたか正直把握していなかったが、判りやすいギルド本部は意識していなくともすぐに視界に入る。

 持っていた物を早々に平らげ、一息ついて静かにギルド内部へ。

 何か資料を見るには、ギルド職員の立ち合いが必要である。まぁこれは以前からの事なので、ミイシャさんにお世話になるのだが。彼女も『これなら仕事しなくても怒られないからいつ来てくれてもいいよ~というか来て』と言ってくれるので、遠慮なく利用させてもらう。

 

「ミイシャさん、ミイシャさん」

 

 冒険者窓口へ向かうと、カウンター前ではなく奥の方で忙しなく動き回っていたので、通り過ぎたところで呼び止める。

 

「あ、シオン君! 丁度よかった! 手伝って!」

 

「あ、私忙しいのでそう言うのは後で。それに、部外者にギルドの仕事手伝わせるのはダメでしょう」

 

 だが、何か面倒事を押し付けられそうだった。エイナさんにでも頼もうかと思いながら、とりあえず職務怠慢な彼女に忠告しておいて立ち去ろうとするが、腕を掴まれたのでとりあえず投げ飛ばす。

 

「ぐへっ」

 

「あっ……」

 

 ついいつもの感覚でやってしまった。そう言えば、ヘスティア様にも初めて触られたとき投げ飛ばしてしまったような気がする。条件反射でね? 剣士は一刹那ですら命取りになるからさ。迷う前にやってしまえが本文なのだ。

 地面のことも考えて一瞬で近寄り、息があることを確認。死んでない。

 

「ミイシャさん、大丈夫ですか?」

 

「うぅ……痛い。久しぶりに痛い……」

 

「ごめんなさい、つい。でも、悪いのはミイシャさんですよ? 私の手に迂闊に触ったから」

 

「シオン君、乙女じゃないんだから、手を触られてどうこうって……だったらいきなり男の子の手に触った私って……いや、シオン君は男の()だから問題ないのかな?」

 

 ぶつぶつ言うミイシャさんを起こしながら、冷ややかな視線を送る。

 普通なら聞こえない程の声量だが、残念なことに私には全部聞こえている。

 

「さて、ミイシャさん。私はギルドの資料庫に用があるので引率を頼みたいのです」

 

「あ、いいよ。仕事しなくて済むし」

 

「職務怠慢はいずれ倍になって代償が現れますよ」

 

 確か始末書とか、最悪職停なんてものがあった気が……私が気にすることではないか。

 

 

   * * *

 

「おっ、あったあった、良さそうなの」

 

「早っ、でシオン君、何探してたの?」

 

「私が使ってもしっかりと耐えてくれる鍛錬場ですよ。今丁度良さそうなものを見つけました」

 

・地面半径75M、外周壁高さ5M、どちらも素材は深上層のアダマンタイト。

・天井無しの吹き抜け、ミスリル準じてミスリル合金共に無し。 

・周囲に住居無し。

・日当たりは良好。

・周辺に治療施設在り。

・シャワー、料理場備え付け。

 

※学区があるため、その関係者準じて生徒等に現在貸し出し中。

 尚、購入者の希望により、撤廃も可。

 

※現在の学区との契約は、購入者により改正も可。

 

 購入金額、1億5700万ヴァリス

 

「場所は八分けで第六区画。行けば判るって、適当ですね……ホームからも近いですし、金額もまぁまぁ。別にいいですけど」

 

「いや、一億って一般人が手を出せるレベルじゃないんだけど……」

 

「ミイシャさん、私は決して一般人などではありません」

 

 そもそも、オラリオの一般人の基準は曖昧すぎて何とも言えんが。

 だが、たとえそうであっても、私を一般人など度言ってはいけない。たとえそうだとしたら、今頃オラリオは混沌と化している。

 

「さて、下見に行ってきます。ありがとうございました、ミイシャさん」

 

「早いよっ、もう少しさぼらせてよ。何で五分もかからず簡単に終わらせちゃうのさ」

 

「結構慎重に調べたので、やっぱり五分()かかってしまいましたか……」

 

 ちょっと気合を入れて本気でやれば、恐らく一分くらいで終わっただろうに。冒険者の身体能力と五感を無駄利用して。

 

「あ、そうだそうだ。シオン君、なんかわかんないけど、これ」

 

「? 何ですか、これ」

 

 思い出したかのように懐を漁り出し、何故か胸元の内ポケットから取り出す少しはしたない彼女が、真っ白の封に、神聖文字(ヒエログリフ)で『シオン・クラネルに命ず』と書かれたものを差し出した。

 

「これ、ウラノス様からだって。中身は見るなって言われてるから、私は見れなかったけど……」

 

 興味津々なミイシャさんの目は、『開けて!』と訴えかけて来る。明らかに見せてはいけないものだとは思うが、本人たっての希望だから、その後の責任も本人にとらせればいいか。

 

「仕方ないですね……」

 

 封を開け、中に入っている手紙を取り出す。

 よほどのことか、そこまで神聖文字(ヒエログリフ)で書かれていた。

 

「『シオン・クラネル。貴様には次回の神会(デナトゥス)への出席を命ず。万が一の為、武器の携帯は必須とする』」

 

 ミイシャさんは見るなとは言われていたが、聴くなとは言われていない。つまり、私が読めば問題ないのだが、読んだ私が正直言うとこの意味を解りかねていた。

 

「あーと、どゆこと?」

 

「私が聞きたいですよ……神会(デナトゥス)に出席なんて、人間がしていいことなんですかね……異例中の異例ですよ……」

 

「ねぇねぇシオン君。今度感想聞かせてね、気になるから」

 

「完全に他人事ですね。それより、万が一のための帯刀って、どれだけ危険なんでしょうか……」

 

 いや、万が一のことを言えば帯刀する必要もなく素手で十分なのだが。それに、普通はただの会議で武器携帯など危険極まりない行為として疎外されるものなのだが……

 

「まぁいいでしょう。ミイシャさん、このことは内密に」

 

「りょうかーい。んじゃあね、シオン君。今日は美味しい情報ありがとう」

 

「いえいえ、それでは、失礼します」

 

 ギルドの資料庫を後にしながら、考えていた。

 明日の神会(デナトゥス)、どうしたものか……

 

 

 

 




  草薙が今回出た理由。
 【ロキ・ファミリア】の遠征隊の参加条件は、Lv.3以上であること、武具を修理できること、戦えること、である。このうち二つは当てはまるのだが。残り一つは草薙に当てはまらなかった。それは、武具の修理。刀なら他の追随を許すことは無いが、防具は殊更無縁であり、作るどことか修理などもってのほか、ということで参加できなかった。
 草薙は、ファミリアの中でかなり珍しい部類に入る人物なのである。

  区画分け
 オラリオには何通りかの区画分け方法があり、そのうちの一つが『八分け』。
 メインストリートごとに区画分けをして、北から時計回りに、第一区、第二区……第八区となっている。
 これが最も知られている区画分け方法だ。
 ※独自設定です。 

  学区
 八分けでいうと第六区、その中に在る学校と居住地をまとめた名称。
 オラリオ外からも人が集まり、冒険者になるために来た人もいる。だが、やはりある程度裕福な家庭でないと入れない現状である。
 ※原作をもとにした独自設定です。 

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