やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 不完全燃焼感がこの回でも否めない……。

では、どうぞ


遭遇、それは深層

「四十四階層に行きましょう」

 

「え、いきなり何?」

 

()きました。新しい敵が欲しいです」

 

 戻って来た三十七階層―――構造的に実質四十二階層なのだが―――の『闘技場(コロシアム)』で蹂躙(狩り)を続けていたのだが、限りはありとて殆ど顔揃えが同じなのだ。希少種(レア・モンスター)も見受けられるが、その殆どがどうにもならない。

 弱い、単調、安いの三並べ。倒す意味を感じなくなってきたのだ。

 いっそ階層主でも出てきてくれればいいのだが、出現間隔(インターバル)はもう少し先、異常事態(イレギュラー)が起きない限り遭遇(エンカウント)してくれない。

 

「……シオン、また満杯になったんだけど」

 

「早い、もう次から二つは持ってきましょうよ、バックパック」

 

「シオンが良いならいいけど……何にしろ、一回帰るしかないよ?」

 

「仕方ないかぁ」

 

 渋々立ち上がり、高台から飛び降りる。

 屍の山を築くのは案外楽しかったのだが、それがいつまでも同じものとなると、流石に()きてしまうのだ。つまらなくて、新しい物を求める。

 

「荷物は私が持ちますから、ティアは兎に角全力で走ってくださいね」

 

「それでもシオンに追い付けない私って、一体何なんだろ……」

 

「安心してください。私が異常な(オカシイ)だけなので」

 

 それをいうならティアも十分異常なのだが、本人に言うと傷つきそうだから伏せておこう。

 紳士の対応というやつだ。合っているかどうかは知らないが。

 

「あぁ、そういえば、また転移するのかぁ……」

 

「が、我慢してね。どうにもならないから……」

 

 仕方のないことと、受け入れよう。

 諦め半分で、その不快感を受け流せばいいのだ。無理だろうけど。

 

「目標往復一日以内」

 

「無理でしょ⁉」

 

「ほい、急ぎますよ」

 

「うぇぇっ⁉ ちょ、速いって!」 

 

 と言いながらもちゃんとついて来る。こちらも速度を落としているのだから、追い付いてもらは無いと困るのだが。

 叫び散らしながら追い駆けて来るティアを横目に、もう既に次のことを考え始める。

 

 

 

 斯くして時は、二往復目の()()()()()へ向かう道まで進む。

 

「ん」

 

「シオン、どうかした?」

 

「いえ、反応があっただけです。あんまりファミリア単位での交流は避けたいのですが……ちょっと無理そうですね」

 

 私は反応対象、つまりはアイズの位置を把握できない。 

 気配探知でそれは補えるのだが、それにも限度がある。私の通常探知領域より、反応する範囲の方が広いのだ。事前に避けることは難しい。

 それに、恐らくはこの場所、三十六階層よりも下からの反応だ。これは推測に過ぎないが、ほぼ確実だろう。つまり、私たちは蜂合う方向で進んでいる訳だ。

 よって必然的に、遇う可能性は高くなる。この場合、遭うが近いか。

 

 それに、【ロキ・ファミリア】に知られた例の性転換の件がどう受け止められているか知り様がない。神ロキに神会(デナトゥス)で聞いておけばよかったとつくづく後悔している。

 

「何か不味いことでもあるの?」

 

「微妙ですね、できれば避けたい、という感じです」

 

「じゃあ隠れてやり過ごせば? シオンの探知内に入るまで進んでから」

 

「バレないといいのですが……賭け要素強いですけど、やりますか」 

  

 と決めて、進むこと約三十分。ばっちり探知内に多数の人間が捕捉できた。

 

「来ました、隠れますよ」

 

「了解っ、【我が身は空蝉(うつせみ)から外れ、仮初めの姿を現す】【透化開始(トランス・オン)】」

 

 魔力でバレないか心配になるが、彼女が隠れるにはこの方法しかないのだろう。

 最も確率の高い方法を取る、それでバレたらそれまで。バレる可能性の方が高いが。

 

 息を潜めることなく、完璧な自然体で壁へ(もた)れかかる。

 ダンジョンの気配と同化し、普通はこれで認識できないはずだ。普通は。

 

 と、そこで、丁度よく前衛部隊と思わしき大群が現れた。

 アキさんやラウルさん。Lv.4を筆頭に前衛は組まれているようだ。

 そこにエルフもいてそわそわしたが、気づかれた風では無かった。

 ティアの魔力操作の賜物(たまもの)だろうか、これならもう安心といえよう。

 全然全くこれっぽっちもそうでは無いのだが。

 

 段々と過ぎて行く大部隊、そして、ようやく現れた。

  

「ん? どうした。アイズ、リヴェリア」

 

「……いや、そこから魔力の残滓(ざんし)を感じ取った気がしてな。だが気のせいの様だ」

 

 マジで凄いな。ティアの魔力操作技術をもってしても、一瞬気取らせるか。

 というかアイズ。視界内に入ってからずっとガン見するのはよして頂けませんかね?

 

「アイズは」

 

「――――シオン、だよね」

 

 フィンさんがアイズに呼びかけると、案の定、見つかってしまいました。

 それに反応し、中衛部隊の精鋭組がアイズの視線先、私へ目を向けた。

 隠れている意味も無くなり、仕方なく気配を通常状態へ。

 

「っかぁ~、やっぱりバレますか。ティア、もう出て来て良いですよ」

 

「うぅぅ、完璧なはずなのに……なんで気づかれるの……」 

 

 悔しそうに頭を抱えるティアを立ち上がらせて、分かり切っているが、鋭い視線を向けられる中、相対する。

 

「―――シオン・クラネル、二つ聞きたい。君は確かLv.2だったはずだ。なのに何故、ここにいる。そして、君の隣に居るその子―――精霊だね。何故ここに?」

 

「一つずつ答えましょう。まず私がここにいるわけですが、単なる資金集め兼暇つぶしですよ。そして、この子、この精霊ですが、私の従者、見ての通りメイドです」

 

 私の返答に唖然とする一同、流石のフィンさんまでも驚いていた。

 それはそうだろう。暇つぶしで深層に潜る人物など普通いないし、精霊を従者にするなどと、罰当たりなことを考える輩など、早々いないだろう。最近いっぱいいたみたいだけど、そいつらはもう消えた。

 

「初めまして、皆様方。上位精霊、高位魔法適正者(ハイ・マジックユーザー)のティアでございます。以後、お見知りおきを」

 

 スカートの裾を優しく掴み、膝を少しまげて軽くスカートを上げながら、恭しく小さい一礼をして、そのまま自己紹介をする。

 何となく教えたメイド作法を、きちんとこなし、敬語も扱うティア。

 確かこんなだったはず、という適当知識だが、意外と様になっている。

 

「といった感じです。フィンさん、聞きたいことは以上ですか? では、私はこれで……」

 

「行かせると思う?」

 

「はははっ、ですよね~」

 

 ティアを引き連れ、早くも逃げようとしたが、退路が塞がれた。アイズの手によって。

 そして次第に組まれていく包囲態勢。何故ここまで本気を出されているのだろうか。

 

「シオン、いっぱい話がある……逃がさない」

 

「さて、どうしたものか。早く四十五階層に行ってみたいのですがねぇ……」

 

「仕方なくついていきましょう。わたくしも、あの方にいろいろ聞きたいことができましたので」 

 

 人前では基本そういう言葉を使えとは言ったものの、違和感が半端でない。

 それに何故だろうか、ティアとアイズが目線で火花を散らしている。前に会ったことがある訳では無かろうし、一体どうしたのだろうか。

 

「はぁ~、仕方いないですね。フィンさん、とりあえず、潮時が見えるまでついていくので、得物を納めてくれませんかね?」

 

 というか、得物を構えている時点で言ってやりたいことはあるが、そこを言及すると長くなりそうだし、一先ず止しておこう。

 

「全員、武器を引け。少し話を聞こう」

 

「では、移動しながら」

 

 そう笑いかけ、中衛部隊に参加することとなった私たちであった。

 何故かティアはアイズと後衛へ行ってしまったが、何の為かは知る由も無く、ただフィンさんと話をしていただけだった。

 

 話、というよりかは質疑応答の方が適切な見かけだったが。 

 

 

   * * *

  

 質疑応答の大雑把な内容を説明すると、主に精霊―――ティアについてのことだった。

 どうやらフィンさん達は、五十九階層へ到達し、到達階層の更新はできたものの、そこで死闘を繰り広げたそうで、その相手が驚くべきことに精霊―――『穢れた精霊(デミ・スピリット)』とフィンさんは呼んだ―――だったそう。

 それは恐らくと言うよりかはほぼ確実に、あのレヴィスに関係がある。そこは追々調べるべきことか。

 

 『穢れた精霊(デミ・スピリット)』と言われた時、溢れ出た殺意は言うまでも無くどうにもならなかった。仕方のないことだ。事前説明も無しに、いきなりそのネームが出てきたのだから。

 穢れた精霊とは私にとってティアたちのことを示す。いや、『穢れてしまった精霊』の方が適切だが、そんな細かなこと以前に『穢れ』『精霊』の二単語を繋げるとそうなるのだから、早とちりの類だ。

 その後の事情説明が無ければ、一体私はどうしていただろうか。想像に難くない。

 

 精霊という繋がりで、ティアも可能性を疑われていたらしい。今の時代、人の姿をしている精霊はそう多くないと言うのが世間一般の共通認識だ。ノームが典型的な事例だが、ティアはその種族では無い。

 その特殊性から懸念を感じたのだろう。フィンさんは抜け目のない人だから、こういったことは見逃せない。

 

 ある程度のことは話したが、彼女(ティア)が話されてほしくないであろうことは無理矢理にでも伏せさせてもらった。それに怪訝(けげん)な顔を向けられるも、素知らぬ顔で切っている。

 納得はしていない風だったが、フィンさんも次第にそれに関わりそうな話題を自ら避けてくれたのだから、本当にできた人だ。

 

 といっても、質疑応答は案外すぐ終わり、その後は腹黒い雰囲気を漂わせる世間話もとい、情報詮索だったが。

  

 だがそれにも終わりは来るもので、三十一階層で休憩(レスト)にするとフィンさんが指示した時だ。

 既に地上では夜、後を考えるのならこれは致し方ない。本来今すぐにでも帰還したいというはやる気持ちを抑えているのはフィンさんなのだから。

  

「シオン、やっぱり我慢できないぃ。おなかすいたぁ~」

 

 もう完全に猫被る気も無くなり、そのままでいるティアが我慢できなくなって飛びついて来たのもその時。メイドと言う体裁は保ってほしいものだが、これもこれで可愛らしいから、別にいいだろう。

 

携行(けいこう)食があるでしょう。バックパックに弁当も詰めていたはずですよ」

 

 一つ前の往復でティアが何度も腹を鳴らすものだから、その度に小言のように呟く一言が流石にしつこくなって対策として作ったのが弁当だ。

 

「たべちゃった、全部」

 

「おい」

 

 ティアからしてみればかなりの量となるはずなのに、なぜそんな簡単に平らげるのか。人のこと強く言えないが。

 

「仕方ない、か」

 

 今言ったことから、ティアは言外に『シオンの料理が食べたいなぁ』と言っている。わかりやすい程に。

 食材無し、調理器具無し、でも作るらないといけない。

 

「フィンさんフィンさん。ちょっとお願いが」

 

 即時キャンプを築ているフィンさんに歩み寄り、腰を曲げてお願いした。

 身長上、そうしないと目線が合わせられないのだ。

 お願いは対等、目を合わせて誠実に。これは大切なことである。

 

「どうかしたかい?」

 

「これから夕餉(ゆうげ)の準備に入りますよね?」

 

「僕は何もできないけどね。自然と組まれた担当ごとに動いてるから、そうだろう」

 

「ならそれ、私も参加していいですか?」

 

 私は持ち合わせていなくとも、見たところ【ロキ・ファミリア】はそれら全てが揃っている。なら一つ、どちらも利益のあるこの方法が最善策だ。

 

「僕は許可を出せるけど、あっちに入るのは、君がどうにかするんだね?」

 

「な、何とかします……」

 

 それが(くだん)のこと、つまりは性転換時のことを意味しているのは理解できた。

 態々そう言ったのは、その時関りの深かったアキさんが調理担当の内の一人であるから。何かといわれるのは覚悟の上で、挑戦するしかない。

 ティアのお願いを切るという選択肢に至らなかったのは、一体なぜだろうか。

 

「こ、こんばんは、アキさん」

 

 上手く話しかけられず少し詰まってしまうが、何とか彼女を呼べた

 

「……クラ――――いえ、セアと呼ぶべき?」

 

「止めてくださいお願いします」

 

 初っ端から手痛い口撃(こうげき)で立場が一瞬で決する。もう既に土下座していた。

 猫人(キャットピープル)の彼女はご満悦のように、尻尾を揺らめかせる。まるでそれは、嘘を吐いていた私に報復できた喜びを表しているかのよう。

 嘘は吐いてなくて、本当のことを言ってなかっただけなのだが。

 

「で、セアは何しに来たの?」

 

「安定ですかそうですか。いいですよもう諦めますよ……あっ、私は料理を手伝おうかと思いまして」

 

「そう。なら丸々全部頼みたいんだけど……その方が多分いいし」

 

「いいのかよ。私も別に構いませんけど」

 

 以前にも、アキさんと共に―――九割以上私一人でやってしまったが―――料理をしたことがあって、その経験で言うのだろう。

 相応に時間は要するが、味はある程度保障するし、量と品数も何とかできようが。

 

「あ、そういえば、材料は?」

 

「ここにある物全部使っていいよ。まだ残りはあるからね」

 

 そう言いながら指し示したのは、大きく広げられた布の上に置かれる食材類。調味料類もしっかりと用意されていた。

 食材は準備万端といえようか、あとは料理のみ。

 

「わかりました。ティア! ちょっと手伝ってください!」

 

「はーい」

 

 頷き、そして彼女(ティア)を呼ぶ。すると野営の準備を手伝っていたティアが、ひょっこり顔を出して、そそくさと走り出してきた。 

  

「何すればいい?」

 

「火を起こすのと、それの安定化、調節。水の精製が主。事細かな指示はその時出します」

 

「りょうかーい」

 

 一つ返事で承諾し、調理器具類の設置を始める。

 大体は理解しているだろうから、そこは任せておこう。

 

「さーて。始めますか」

 

 長袖の上着、その袖を捲くって気合を入れる。

 どうしてこうなったのやら。そう心の片隅で呟きながら、食材に手を加え始めた。

 手を抜かず、おかわりを()わせるほど美味しい料理を作るために。

 

 

   * * *

 

「みんな! 次の出立は地上が朝になったころとする! それまで各自! 自身の責務を全うしながらも、各々休みをとりたまえ! さあ! 食事としよう!」

 

『おぉー!』

 

 フィンさんの号令、それによって始まる、一層の増した騒がしさと、作り終えた料理を貰いに出来上がる長蛇の列。

 けたたましく叫ぶ【ロキ・ファミリア】は、皆が皆、楽し気に言葉を投げかけ合っている。ひっそりと姿を暗まし、輪に加わらないようにしたのは正解だったようだ。

 

 ここは独り。三段構造の高台となっている安全区域(セーフティ・エリア)に野営地を築いている今、盛り上がる最上段とは異なり、一風変わって他に誰もいない。

 最下段であるここ、見張りの人と交代して、ただ自分で作った料理を食す。

 

「……美味しいのになぁ」

 

 味は満足できるレベルだった。普通に美味しいと言える。

 十二品作った内の、食べやすい、木皿に入れてあるスープを機械的に口へ運んでは呑む。虚ろな目をしていそうだが、知ったことではない。

 どこか味気ないスープは、一体何が足りなかったと言うのだろうか。

 

 青白く、うっすらと舞う燐光(りんこう)。それは慰めるかのように私の周りを漂っている。水晶に近い材質が主の空間は、その光を淡く反射し幻想的とすら思わせる輝きを放ち始める。

 

「もぅ、いきなりいなくなっちゃって。びっくりしたんだから」

 

 突如投げられる言葉、背後から、いや、上空から投げかけられた言葉の主は銀髪の幼女。上から私を見つけて飛び降りてきたのだ。精々30M、ここまで来れる人ならば誰でもできよう。

 

「……あっちの輪に入らないのですか。楽しいでしょうに」

 

「わたしはシオンと一緒の方が楽しいもんっ。どこであろうと、何であろうと」

 

 勧めたことはあえなく切られ、すとんと私の隣へ腰を下ろす。腕一本分程離れたが、その距離はすぐに詰められ、数度繰り返すと不毛な争いとなって、面倒にも離れないことで終止符を打つ。

 満足げに腕へ(つか)まってきたが、それを突き離すのも嫌気が差した。ひとつ溜め息を()いて、ぐたぁと寝転がる。

 

「……ねぇシオン、なんであっちに行かなかったの?」

 

 そのまま暫くか経って、ふと掛けられた声。凛々しく幼げな声質から滲み出た、(うれ)いにも感じるその語気は一体何だろうか。

 

「金髪のあの子、シオンと仲いいんだよね。話してたらわかっちゃった」

 

 幾時間か前のことだろう。何を話していたかなど知り様は無かったが、後の空気が戦意を(たぎ)らせていた開口時とは異なり、やわらかなものになっていたのだから、ある程度仲は良くなったのだろうか。

 

「……シオンは、さ。あの子と一緒に、居たいんじゃないの?」

 

 正直言うと、それは的を突いた見解だ。ずっと一緒に居たいし、ずっと寄り添って、彼女という存在を感じていたい。言葉を交わしたい、刃を交わしたい―――彼女の剣を、気持ちを、受け止めたい。

 でもそれは、できないことなのだ。

 彼女が私をどう思うかなんて、私は判らない。解らない、わからない。

 彼女が寄り添われることが彼女に何を(もたら)すか―――何にもならない。

 彼女を知りたい、独りよがりのその願いは、彼女にとって目障りなのではないだろうか。

 

 心の声が、弱き恐怖という現実的理性の(ささや)きが、何もかもを否定にかかり、私にあと一歩を留まらせて踏み出させてくれない。

 

 言葉を交わして何になる? 刃を交わして何を知れる?

 剣を受け止めてどうする? 気持ちを知ってどうなる?

 

 勝手に満足して終えるか? 知った気になって満足感に浸るか?

 負けて終えるのか、勝って終えるのか、引き分けで停滞するか?

 拒絶に拒絶し、空しい想いで尚も抗い続けるか、それとも諦めて終えるのか。たとえ肯定されたとして、正直にそれを受け止め切れるのだろうか。矛盾に矛盾を重ねた歪む私は、これ以上壊れずにいられるだろうか。

 

 要するに、全てが怖いのだ。結局は。

 

 突き詰めていった先には、現れるのは恐怖。ただ小さな怯え。

 何もかもの行動は、全て恐怖によって歯止めができあがり、あっけなくそれに引っかかっては停滞し、すぐに消えなくなる。

 行動に移せないのなら、何もかも意味なんてない。

 

「居たい、ですよ……愛おしくてたまらない。何もかもを放り捨てても、彼女の下に居たい程ですよ……でも、そんなことできない。いえ、違いますね。しようとすらしてませんから」

 

 ぽつっと、独白紛いに呟く。寝転がったまま、彼女(ティア)に背を向けて。

 一体今、どんな顔をしているだろうか。どうせ、無感情な仏頂面でも浮かんでいるのだろう。

 

「……もぅ、しょうがないなぁ……」

 

 ふわっと、温かい熱が背から小さく被さる。呆れたように、でも少し嬉しそうに、そう呟いた彼女が手を心臓の前に絡ませてきた。

 

「……わたしは君が大好き。君があの子を(おも)う気持ちに負けないくらい―――ううん、絶対負けてないくらいに君のことを(おも)ってる。たった少しの付き合いだし、関係だって薄いけどね。でも、わたしのこの気持ちを、偽ろうなんて、怖くて逃げようなんて考えない。拒絶を怯えてないなんて言えないけど、でもね、わたしは絶対に逃げないよ。諦めないよ」

 

 潔く、偽りなく、一つの迷いも無い彼女の言葉は、応えるものがあった。

 (うそぶ)くかのように自分の気持ちに自信すら持たず自覚しながらも目を()らす。いっそ(あわ)れにすら思える私は、彼女(アイズ)に胸を張って想いを伝え、必然的に訪れる答えを受け止め切れるのだろうか。

 逃げないでいられるだろうか、諦めないでいられるだろうか。

 一度逃げた私は、また挑むことが出来るのだろうか。

 

「……なんでわたしがこんなこと言ってるのかな……」

 

 自分の言葉に対してか、振り返ってみるとはにかんでいる彼女が見られた。

 可愛らしく頬を染め、先程の凛とした、真剣みの帯びる言葉とは一転して初々しくしている姿は、どうしてか、自然と頬が緩んでしまう。

  

「……何故か、幼女に慰められてる気がします」

 

「慰められたのなら、それでよしっ」

 

 手を差し伸べられ、態々取って立ち上がる。  

 ひとつ伸びをすると、どこか身体が軽く感じる。

 これも彼女のお陰だろうか。

 

「いける?」

 

「ははっ、そう聞かれて、もう行かないという選択肢は無いでしょうに」

 

 軽口で返せるくらいには心に余裕がある。幾ばかりか口角も上がっているように思える。

 声に出さず、心だけで感謝を彼女に述べた。

 そして歩き出す。愛しき彼女の居る、上へ上へと。

 

 

 

 

 


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