やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 始めの方に気合入れたから、後は粗雑になった気が否めません……

では、どうぞ


確認、それは布石

 

「……もう、大丈夫?」

 

「あはは……そうだと良いのですがね」

 

 最上段まで上がることなく、投げかけられた声はアイズのもの。

 それは今までの私の心情を()んでいるかのようで、失笑が思わず現れる。

 

「……ねぇシオン。突然、だけど……今も、その……」

 

「……なんですか?」

 

 言葉に渋って言い出せないアイズは、頭を抱えたり、突然(うずくま)ったり、辺りを幾度となく見渡したりと、忙しなく奇行を繰り返すばかり。先に全く進めずにいるので、思わず声を催促する程。

 催促が利いたのか、忙しなく動き回るのを止めた。だが、顔を抱えた膝に(うず)め、縮こまってしまう

 

「……ぃ―――た―――き?」

 

「え、ごめんなさい。もう一度お願いします」

 

 声を発したことは判ったが、それは途切れ途切れ。とても文として紡げない。

 彼女の言葉を聞き逃すなど不甲斐ないが、無視するのはもっての外だ。再度聞き直すしかない。

 だがそれに返答は暫く無く、蹲っているアイズに見えた反応といえば、髪からちょこんと出る耳が真っ赤になっていることと、動揺を必死で隠そうとするかのように、わなわな震えていることか。

 

「―――――」

 

「ちょ、な、そぃっ」

 

 黙りこくっていたアイズは突然動き出したかと思うと、隣へ近づいていた私に物凄い速度で手を伸ばしてきた。反射的にそれを掴んでしまうと、即座に払われ、また伸ばされる手は首へ。今度は意図的にその手を掴み、背負い投げてアイズ事地面へ押し付けた。勿論、受け身の取りやすい投げ方をしたが。

 

「―――――」

 

「……アイズ、どうしたのですか?」

 

 いきなり攻撃された事、それは別に良いのだが、理由が見つからない。

 そんな野蛮な人では無いだろうし、殺しにかかられるわけもないはずなのだが。

 

「――――ふんっ」

 

「へ?」

 

 間抜けな声を思わず漏らす、可愛らしくそっぽを向かれたのだから。

 愕然とその後なってしまうせいで、力を緩めてしまい簡単に逃れられる拘束から抜けたアイズは、さっさと私に背を向けた。

 それに衝撃を受け、落ち込みそうになると、そのアイズから声が掛けられる。

 

「――――もう一回だけ言うから……絶対に聞いてて」

 

「は、はい」

 

 鬼気すら垣間見るその声に、気を引き締めて瞬間的に正座をとる。

 以前振り向いてくれないが、一度静まった赤色は、再度アイズの耳をうっすらと染めている。

 

「……シオンは、まだ、私のこと―――――――好き?」

 

「―――――ッッ⁉」

 

 突然、先程の懸念、自分へ問いかけることとなった気持ち、自分でも何度も繰り返し、やはり不変であるその気持ちの確認を、まさか彼女からされようとは。

 あぁそうだとも、断言できよう。私は彼女のことを愛して止めない。愛しくてたまらない。ただそれは、一方的なものであると、どうせ叶うことの無い高嶺(たかね)の花への想いだと、心のどこかで決め込んでいるそれだ。

 

「……答えて、ほしいな」

 

 せがむその声は悲愴(ひそう)さが(にじ)み、渋る私をせがませる。

 口を何度も開閉させ、果てに(つぐ)むのは勇気の無い私の愚かさ。

 

「…………す、しゅき、です……」

 

 絞り出し、何とか出しても、噛んで言えない本心。それは彼女に伝わるのだろうか。

 いろいろな感情が折り重なって、複雑に絡み合い、歪み狂った私という存在は、気持ち言葉に乗せられたのだろうか。 

 

「うん、そっか」

 

 返された言葉は、いっそどころか、そのまま清々しかった。

 (うれ)う必要などなく、一風変わり澄んだ雰囲気。

 彼女の顔は見れないし、彼女の心情変化など私には読み取れない。

 でも、私が(つたな)く発した言葉は、彼女に変化を(もたら)したことは理解できた。 

 それが何の変化は知り様も無いが。

 

「――――ぁ」

 

 突然振り向いた彼女は、私をいとも容易く絶句させる。

 緩んだ目、微かに端を上げる口、それでいてうっすら紅潮する頬。

 にっこりと、優しく。それは嬉しさを籠められているように思えて、その感情、光景、全てが幻想とすら疑うもの。

 

「ありがとね、シオン」

 

 絶句する私の顔は、今どれ程の間抜け面だろうか。いっそ可笑しいくらいだろう。 

 でも彼女はそれを馬鹿になどせず、逆に愛おしむかのように見てきたのだ。

 たとえそれが私の思い込みでしかなかったとしても、嬉しかった。(よろこ)びが私という全てを()たしていくのが身に染みてわかる。

 

 たった一言、たった一つの笑顔。それでこうなってしまうのだから、私はどれだけちょろいのだろうか。

 

 茫然(ぼうぜん)一方の今、なんだか音が遠くなる。

 感覚が遠のいてると言うのが正しいか。自然と体に力が入らなくなってきていた。

 

「――も――いす――だ――――――オン」

 

 ばたんと体が何かに倒れたかのような感覚が()みこみ、自然と身を任せる。 

 心地よくて、あったかい。温もりに包まれるような感覚。

 安らぐ中聞こえたその声は、耳元で(ささや)かれた愛しき声質。

 

 その声は、流れるように意識へ入り込んで、ぷつんっ、と、まるで事切れるかのように私の意識を断ったのだった。

 全て聞けないことがとてももどかしく、でも何故か、それを安堵しながら。

 

 

   * * *

 

 等間隔で、優しい『熱』が首筋を過ぎる。

 それが始まりとなって、段々と感覚が意識できるようになり、理解は次第に深まっていく。

 

「……ほわぁ~……」

 

 久々に感じる(だる)さで起きる気力も無い。約四日間ぶっ通しでダンジョン往復をしていたが、その代償としてもあまりに大きすぎる。

 もはや目を空ける気力すら()かない。

 感覚が戻っているお蔭で、今感じる子の温もりからも離れたくないと思うし、首に伝わる生温かな風はくすぐったくて、でも嫌じゃない。何だか落ち着くのだ、だから離れないように引き寄せる。

 

「ん……ぁ……」

 

 微かに声が聞こえたが、別に気にもならなかった。然したることでもないように思えて、横流しにする。

 引き寄せて感じた感覚は、心臓前あたりに感じるやわらかなものを押し付けているような圧迫感と、脚から感じる締め付けられるような絡み。それと、指先をくすぐるさらさらとした何かに、掌に感じるぷにぷにとした触り心地の良い感触。

 それら全てが愛おしくて、ついつい抱きしめるかのようにその温もりを、感触を、より近づけようとする。

 

 だが、そのお陰―――いや、所為といおうか。気づいてしまった。

 ぱっと目を開け、現実をとくと見る。何度も何度も瞬きを繰り返し、その現実をやはり認めるしかないと思うと、いやでも頭が痛くなった。

 感じた感触、それは確実に人の形をかたどっていた。しかも、感じる感触からわかる情報を統合し、出した結論。それはもはや問題を通り越して、問題が生じる以前に万死に値するレベル。

 

「……ぁ、起きたんだ。おはよう、シオン」

 

「お、おはようございます。じゃなくて!」  

 

 無意識の中の意識で抱き寄せていたアイズを解放し、さっさと数歩後退する。

 ぱっと見たところ、ここはテントのよう。設置した中のどれかか。

 だとしたら、更に不味い。

 

「これは一体全体どういった経緯で作られた悲劇的かつ喜劇的で素晴らしく残酷な状況なのですか⁉」

 

「言ってることめちゃくちゃだよ?」

 

「解ってますよ!」

 

 テンパり過ぎてもはや意味すら理解するのが困難な早口の(まく)し立てるような言いぐさを、彼女は冷静に毅然(きぜん)として冷静に返す。それにも思わず叫んでしまい、はっと気づいて口を塞ぐという、煩いくらいに忙しない。

 

「…………ふぅ、落ち着けぇ、落ち着かなくて何になる……状況は最高だけと最悪。今の状況は即時離脱を図らねばならない程の危機……ならばっ」

 

 もはや何も見えていない私は、依然としているその表情を崩すことなく、首を傾げて疑問を浮かべているアイズを一(べつ)もせずに逃げ出そうとするが―――

 

―――どすんと、前進するための威力はまんま真下へ運ばれた。

 

 いや、正確には下から引っ張られ、少し進んでつんのめってのだ。引っ張られたのは足首、ぎゅうっと掴まれ地面とご挨拶した後も一向に放す様子はない。 

   

「……だめ、朝まで一緒」

 

「もう朝ですよっ、四時過ぎてますよっ、いつもなら鍛錬を始めてますよっ」

 

「……私と一緒は、いや?」

 

「ぐハッ」

 

 適当にでもこじつけて、早々にでもこの状況を打破しようとする。だが、それは足元からの上目使いに見える見上げ方で私の心を応えさせ、効果は歴然のものと判りやすく伝えた。 

 

「いや?」

 

「むしろ一生そうしたいくらいですごめんなさい」

 

 可笑しな状況、もはや形容し難いものとなっていた。。

 それはそうだろう、足首を掴むために全力で伸びて地にひれ伏している彼女に、私がもはや動作が認識できない完璧な自然すぎる土下座で謝っているのだから。  

 

「じゃ、一緒にいよ、ね?」

 

「ちょ……」

 

 ふわっと上から重さが掛かる。それは何を隠そうアイズの抱擁(ほうよう)

 幸せな気分の前に、驚きが全面的に表に出た。出すなと言う方が無理な話なのだから。

 

「ずぅっと、いっしょ」

 

「ぇ……それはぁ……そのぉ……」

 

 有頂天に達した混乱は次に一転し真っ白へと変わる。

 思考もままならない、言われたことえの受け答えも碌にできない。

 衝撃的な、そう形容するのですら足りないことを、私は今体験している。

 

「独りにしない。シオンは、そう言ってくれたもんね」

 

「ふぇ? お、憶えてたのですか?」

 

 言外にそう告げたことはあったものの、アイズにそう言ったことは一度しかなかった。それもどれくらい前か、私にとってはかなり長い時間だ。

 小さく呟く、自身への(いまし)めに近いことだったのだが、アイズは聞き逃さなかったようで、しかもそれを憶えていた。

 驚きを隠せないでいる私に、何度も見れるほど、自然とアイズは相好を崩し、その微笑みを見せてくれる。

 肯定と等しいそれを見て、私も笑みを漏らした。

 

「じゃ、シオン。もう少し寝る? それとも鍛錬する?」

 

「つなぎからして卑猥(ひわい)に聞こえる……のは気のせいでしょうから鍛錬で」

 

 それにアイズは一つ頷き、名残惜しそうに抱擁(ほうよう)を解いて愛剣(デスペレート)を執る。それに伴い私も近くに横たわっていた、刀たちを帯びた。

 

「わかった、じゃ、いこ」

 

「やめて、その言い方はいろいろ不味いから」

 

「?」

 

 『天然乙』、神たちがいたらそう言う者が出て来ただろう。

 首を傾げる彼女を引き連れ、そっと静かに、バレていないかを忙しなくキョロキョロ見渡していたのは意外なことにアイズであったが、そのまま安全区域(セーフティーエリア)から一時出たのだった。

 

 

   * * *

 

 二時間ほどの鍛錬は、いつもより充実していたが、内容は必然薄くなった。

 アイズと楽しみ過ぎた、というのが大本の訳だろうか。競い合って殲滅(せんめつ)戦を行っていたのだから、いつのより質が悪くなってしまったのだ。

 そのことを口に出したりはしないが、表情はどうか正直自信がない。

 

 鍛練(殲滅戦)を終え、安全区域(セーフティーエリア)に戻ると訪れたのは、怒濤(どとう)の勢いで捲し立てるティアと、鬼の形相をした【九魔姫(ナインヘル)】。

 何故か正座させられ、何故か怒られた。

 内容を聞く限り、『例の件』についてはバレていないようでほっとしたが、それ以上に理不尽なことを言われ言われの嵐、流石に嫌気が差して、今はちょっと眠ってもらっている。

 

 その後朝食を作らせられ、何故か調理方法の指導まで頼まれるは、最後にフィンさんに勧誘までされるはで、もう目まぐるしく状況が回ってくのだ。

 まぁその全ての八つ当たりを、レフィーヤと駄犬へ存分にやってやったが。

 

 と、時は飛び、その約六時間後の話となる。

 和気(わき)藹藹(あいあい)とした雰囲気で進んでいる最中(さなか)、それは突然反響して届く。

 

「うわぁァァぁぁっ⁉」

 

 アイズやティアとの会話に、土足で踏み入った悲鳴が。

 

「どうした! 何があった!」

 

 突然の出来事に、焦らずだが急いで状況の判断を行うのが指揮官(リーダー)の務めだ。 

 情報伝達を図ったフィンさんに返されたのは、前衛からの悲鳴。

 

「なぁんだ、対処できなかったのですか」

 

「ここらへんのモンスター、結構弱いよね?」

 

「え、シオン、それってどういう……」

 

 呟く私たちの声に、戸惑いながらアイズが聞き直すが、それに返されたのは、誰かの悲鳴。

 

「『雑魚蛆共(ポイズン・ウェルミス)』ですよ」

「『ポイズン・ウェルミス』だぁぁっ⁉ 助けてくれぇぇっ!」

 

 後に付けたした、相手の存在。その時偶然にも前衛からの悲痛な叫びが重なった。

 その存在を明かされ、中衛に居た面々が強張る。それは、たとえ上級冒険者であっても基本的に忌避される相手なのだから。

 一般的に、そう言われ非難される厄介者(ポイズン・ウェルミス)()のモンスターだ。

 

「う、後ろからも来やがったあぁぁァっっ⁉」

 

「アイズ、リヴェリア! 道を開けッ! 全員ッッ! 前方に突っ切れぇッッ!」

 

「わかった」

「了解した」

 

「解毒は後だ! 今は急いで十八階層へ向かえ!」

 

 最悪といえるであろう状況に一転した今、フィンさんは最後の叫びに発破をかけられたこのように大きく指示を出す。それに【ロキ・ファミリア】は何の疑いも無く従った。 

 それに眺めながら、私たち二人は尚も冷静であり続け、のんびりとアイズについていく。

 

「手伝います?」

 

「いいの?」

 

 群れを成す(うじ)を払い飛ばしながら、首だけ向けてアイズは確認を問う。それに近づく蛆共を蹴り飛ばし、にっこり笑いかけて答えた。

 若干驚いたかのように柳眉(りゅうび)の端をぴくっと動かしたが、それを隠すように顔を敵へ向けられ、真意は問えない。別に問う必要も無いのだが。

 

「てぃ~あ~」

 

「はーい」

 

「燃やせ」

 

「りょ」

 

 単語で―――最後のはそれですらないが―――通じる会話から訪れるのは、無音の炎。

 それに後方から驚きの視線を集め、それでも気にせず前へ進む。

 更に言えば、その(ほむら)は尚も空中を漂い、先へ先へと続く道を先導している。それは風とティアの熱操作の賜物(たまもの)なのだが、衝撃を受けるのは当たり前だろう。その仕掛けなど知り様も無いのだから。

 

「後ろの方は流石にどうもできませんね」

 

「倒しに行ってこれば? どうせ一瞬も掛からないでしょ?」

 

「面倒です」

 

 確かに一瞬も掛からないだろうが、蛆相手にそこまですることも無いし、天下の【ロキ・ファミリア】にあの【ヘファイストス・ファミリア】だ。この程度で終わらないだろう。

 手を出す必要など微塵(みじん)も無い。

 

「先行切っていきましょうか。どうせ、雑魚しか現れないですよ」

 

「だねー」

 

 暢気(のんき)に会話して、走りながらも(いぶか)し気な『はぁっ?』とでも言われそうな顔で見られるのは、もう何とも感じなくなっている。

 だって本当に、中層程度のモンスターは雑魚しかいないのだ。鈍いし単調だし弱いし柔い。早くも無ければ重くも無い。ただただ考え無しの人海戦術の真似事だ。

 

「ふぁあぁぁ~」

 

「ちょっとシオン。あくびは口を塞ぐっ」

 

「はいはい」

 

 そんな会話ができるほど、異常な私たち二人は、気楽で暢気(のんき)で場違いだった。

 

 

 

 


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