やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 分け過ぎた、かな?

では、どうぞ


到着、それは楽園

「何から何まで、今回の遠征は最悪だよ」

 

「まぁまぁフィンさん、そうしょげない。それに、収穫はあったでしょう? 最悪ばかりではないはずですよ」

 

 十八階層の森、その開けた場所の一角に並べられていく負傷者を見て、話しあう二人。

 負傷者は後衛に配置されていた人たちが主だっていて、始めに不意を撃たれた前衛の負傷者も見られたが、それは極めて少数だった。

 今回受けた劇毒、『耐異常』のアヴィリティすら大抵突破する『ポイズン・ウェルミス』の毒は解毒が極めて困難で、()のモンスターからドロップする同じ毒を用いて調合された専用の対抗薬でなければ完全な解毒はできない。基本的には、の話だが。

 

「それにしても、あの精霊様には大助かりだよ。多数の団員たちが危機を逃れた」

 

「敬称は必要ないですよ。それに、ティアも解毒できるのは、毒を盛られて数十分と言うところです。それ以上経ってしまえば、ティアとて普通の解毒は無理なそうですから」

 

 例外は何事にもある。今回はティアだ。彼女は毒素を殺す『ちから』があるらしく、それを行使して前衛に居た数十名は解毒した。ついでに傷も治してある。

 だが、体に染み込んでしまった毒素を消そうとすると、最悪肉体まで消してしまうことになるらしく、危険だからとの理由で却下されてしまったのだ。そのため後衛の方々は残念ながら今も尚苦しんでいる。リヴェリアさんとティアによって、ある程度の対処は進んでいるがそれでも気休めくらいにしかならないそうだ。

 

「で、どうするのですか? 見捨てると言う選択肢は無いでしょうけど、だとしたら解毒剤を買うしかなくなりますよ? あ、でもアミッドさんを連れて来るてもあるのか」

 

 ぱっとそう言って、その発言に自分が驚いた。

 彼女のことについて脳裏を()ぎっていたのにも関わらず、前とは違って、深くから抉られるような、生理的不快感を自分へ味わうことが無かったのだから。

 吹っ切れたのだろうか、それとも――――――

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】かい? それは止めておくよ……薬より高くなりそうだ」

 

 だがそんな私の気持ちも気づかれることはなく、フィンさんは苦笑いを浮かべた。そこから考えるように顎に手をあてて、空間一帯に聞こえるように叫ぶ。

 

「ベート! 少し来てくれ!」

 

「あァ? んだよ、俺ァ何もできねぇぞ」

 

 張りがあり、遠くからも良く聞こえる声で無能宣言をする駄犬は、誰から見てもやさぐれていた。それに加え、足取りや顔には、疲れが色濃く出ている。

 その大半が、私の所為なのだが、それは割愛。

 

「無能さんだこと」

 

「るっせぇっ、黙ってろっ―――わかってんだよ、んなこと」

 

 ちょっといじりを入れ、最後に吐いたまさかの呟きは、少し驚かせられる。

 どうやら私でも勘違いをしていたようだ。『駄犬』から格上げして『ワン吉』にしてあげよう。

 このワン吉は、誰よりも人を見下しているように見えて、誰よりも尊く思っているのかもしれない。いや、そこまではないか。頑張って良い表現をすると、不器用なお人好し? だろうか。

 

「ベート、君にはファミリア最速の足として、地上へ一早く帰還し必要量の解毒剤を購入してもらいたい。頼めるかな?」

 

「チッ、しゃぁねぇか」

 

 渋々のように見えて、実際役に立てることは嬉しいのだろう。吐き捨てるように口角を上げていた。

 

「フィンさんフィンさん、ワン吉を地上まで五分でで送る方法がありますけど、どうです?」

 

「誰が犬だあァッンッ⁉」 

 

 叫ぶワン吉を意に返さず、思案しているフィンさんの答えを待つ。だがもう答えは決まっているだろうから、視界に丁度よく現れた彼女を手招いておく。

 

「聞いておきたいことがある。その方法は危険性はどれくらいかい?」

 

「ちょっと気持ち悪くなってぶっ倒れそうになるだけですから……安全ですっ」

 

「んなわけあるかぁ!」

 

「じゃあ、頼めるかな。ベート、少しくらい我慢してくれ、緊急なんだ」

 

 ニコッと微笑んだ事に即座の反発、だがそれにも取り合われることはなく、あえなく散ったワン吉。フィンさんはワン吉も含め頼みと言っているが、偽りようもなく命令だ。そもそも、一瞬で行けるなら誰でも良いのでは? と思ってしまったりもするが、面白そうだからあえて伏せておく。

 

「さて、人気《ひとけ》のない場所へ移動しますか。ワン吉、ついて来てください」

 

「テメェマジでいい加減にしやがれぇぇ! 俺は狼だっつうの!」

 

「知ってますよ。馬鹿なのですか?」

 

「こいツ……ゼッてぇいつかぶっ殺す……」

 

 拳とともに決意と殺意を固めるワン吉と無言で私の服の裾を掴むティアを連れ、森の奥へと進んでいく。この方法は確実に誰かを驚かせるから、その被害は最小限にという配慮だ。

 本当は、必要以上にティアの能力を見せたくないだけなのだが。

 何故提案したか、という話になりそうだが、結果的にアイズに被害が及びそうだから、という理由でもあったりする。それ以外もあるが、別に言うまでも無いだろう。

 

「ティア、座標ってどこで登録しました?」

 

「ギルドの近く約100Mにあった空き地に変更しておいたよ。換金に便利と思って作ったけど、結局使うのはわたしたちじゃなかったね」

 

 ホーム前からギルドまでティアを連れると時間が掛かるから、ティアに近くに設定しておくようにお願いしていたのだ。時間短縮の為に。

 

「グダグダ言ってねぇでさっさと始めやがれ、クソアマが」

 

「……シオン、安全確認の工程、何項目か飛ばしていい?」

 

「許可します」

 

 流石に今のは私もイラっとした。秘密も晒してこの威張りだ。たとえそれが彼の(さが)なのだとしても、この言い草は癇に障る。

 

「【天より生まれし地の力、全てを歪めし時の力。それらを作り出したのは、万物を置き去りにする我が()である光なり】」

 

 大きく手を広げ、呪文を紡ぎながら魔力波を広げると、蒼色に発光する魔法円(マジック・サークル)を顕現させた。

 それは美しくも今は残酷な、悪しき彼を苦しめる光。

 

 彼女の転移魔法は、厳密には魔法では無く転移技術らしい。

 始めに空間定着と移動先の接続を行うのは魔法だが、中間は式の構築と演算。それの疑似検討、対象物の座標保持の三工程を魔力と処理能力によって行うだけらしいから、世界の原理に従った干渉では無く、原理そのものを書き換える干渉なのだから、魔法ではないそうだ。

 そして最後に行うのが、本場の転移。そこは時すらないのだから、一瞬、一刹那ですらかからない。

 つまり、安全確認の工程を省略することは、中間の疑似検討の内のいくつかをしないということ。それは完全なぶっつけ本番で、最悪の可能性すら想像できない。

 

 一分ほど経つと、魔法円(マジック・サークル)は立体状に構築され、空間展開された蒼色は彼を中心に回り出す。

 

「【多次元相互干渉型異空間転移(テレポート)干渉開始(インタラクト)】」

 

 工程を大きく飛ばしたのか、明らかに速く終わった中間の工程。

 少し心配になったが、彼も一応Lv.5、この程度で音を上げるヘタレでは無いだろう。無いはずだ。

 

「じゃ、もどろっか」

 

「私は食糧を調達してきます。お腹すきましたし」

 

 ティアは元来た道へ爪先を向けたが、私はその逆、森の奥へと足を向けた。

 十八階層にも、多種の食材、木の実や花、茸など様々なものがり、多くは食性だ。たとえ毒があってもある程度は問題なしい、最悪毒素を殺せばいい。

 

「え! もしかして作ってくれるの⁉ あれだけ渋ってたのに⁉」

 

「しつこいですねぇ……独りで作って一人で平らげますよ?」

 

「あ、ごめんなさい……じゃなくて、ありがと」

 

「よしよし」 

 

 振り返らずに優しく撫でで、褒めてあげる。人は謝れるより感謝された方が嬉しいのだ。それをティアにちょっと話していたが、相変わらず覚えが良いものだ。

 

「んっじゃ、そっちはそっちでお願いします。弁当で持って行くので、待っていていいですよ」

 

「やったー!」

 

 子供のように喜ぶのはやはりかわいいが、今はその愛らしさを眺めて頬を緩ませるより、弁当を早く作ってあげた方がより良い表情を見れるだろう。

 

――――これは、認めざる負えないか。

 

 確実に影響されてる、心動かされてるわけでは無いだろうが、少しくらいは思うようになってしまっている。全く、難儀なものだ。

 

 これは、気づかれるわけにはいかないな。

 

 そう強く心に留めると、音も無くその場から去ったのだった。

 

 

   * * *

 

 それは朝早くのことだった。いや、ここの朝は必ず朝だという訳では無いが、『朝』ということにしよう。

 その『朝』は、いつも感じる朝では無く、異常なまでに静けさを誇った『朝』だった。

 大きく音を響かせるものはなく、忙しなく鳴りだすはずの(さえず)りですら鳴りどころかその気配すらない。

 朝に鍛錬を欠かさない彼ですら、決して大きな音を出しはしない。それはそこが朝であって『朝』であるから。

 

「お疲れのご様子で。大丈夫ですか?」

 

「うん、少し時差が激しいけど……大丈夫。でも、その、がんばって疲れちゃったから……」  

 

 ちろっ、ちろっ、と目線を何度も送って来るアイズ。何も言わずにそうするのは、言い出せない恥ずかしさがあるからか。

 ぽんっ、と手を添え、優しく撫でつける。頭を、髪を、そこから感じる心地の良い感触は、どちらも同じだろうか。

 

「――――」

 

 黙りこくっているが、表情は緩んでいて、良く判ってしまう。それはとても和やかで、嬉しい気持ちになれた。

 大木の下二人は腰を下ろして肩を寄せ合い、静けさを味わい、作り出したその雰囲気を楽しんでいた。

 

「よく頑張りました。よしよし」

 

「えへへ」

 

 珍しく見せた子供のような無邪気な微笑み、また始めて見れたその表情を嬉しく思いながら、声に出さずに心に留める。 

 その後は何も語らない、ただ一緒に居るだけで、ただ同じ時を過ごしていると感じるだけで、ただただ、想うだけで。

 身を寄せ、持ちし刃を抜かずに交わらせ、全てを使って感じるのだ。あらゆるものから、あらゆるものを、感じ取って、ただそれだけでいるのだ。

 息使いも、心臓の鼓動すらも、何一つ、逃すなんてことはせず。

 

『―――――』

 

 だから、一早く、誰よりも敏感になっている彼と彼女は瞬時に気づいた。上から響く轟音に、反響している『誰か』に悲鳴に。

 

「――――いこっか」

 

「仕方、ないですね」

 

 同業者を見捨てる同業者は疎まれる。別に構わないのだが。それは私だけであって、アイズにとっては別問題。彼女にも面子はあるし、それ以前に矜持がある。

 

 十七階層から十八階層に続く坂型の通路、総合して推察すれば、『()()()遭遇(エンカウント)した迷宮の孤王(ゴライアス)に質量弾を撃たれ、命からがら逃げ去った』というところか。

 

「ありゃ、これまた面白いこと」

 

 つい呟く。それは、(くだん)の坂からスピードも殺さずに無様にも投げ出されたある三人に向けたものだ。

 

「……ベル?」

 

 近寄ったアイズが、首を傾げながら足元の土や血に(まみ)れた白髪の少年に向け、確認のように問う。だが、それに帰って来たのは、挨拶でも何でもなく、(あえ)ぎ声と共に発せられる少年(ベル)の確かな意志だった。

 

「仲間を、助けてください……」

 

 それだけ言い残し、やり切ったかのようにぷつんと意識を失う少年。

 若干驚きでたじろいでいたアイズも、それに目を張り、こちらにどうすればいいか問うように視線を逡巡(しゅんじゅん)させた。

 

「頑張ったようですし、運んであげましょう」

 

「うん、わかった」

 

 自分では無く、仲間をといった少年、ベルを見ながらそう言う。

 相変わらずのお人好しだ。誰よりも他人を思い、誰よりも他人に思われない。その時には既に、他人が顔見知りへ、そして知己へと変わっていくのだ。だから他人では無く、仲間から、家族から思われる少年。それがベルである。

 自分の弟の素晴らしさにはいっそ呆れるほどだが、それは今の状況では言えない。

 

「一回目で、どうせこれなのでしょうね」

 

 何となくだが、そう思ったことを呟いた。

 たった一度の決死行、一度で十分なそれを味わったベルは、また成長するだろう。

 兄弟そろって、全く異常である。

 

「ベルもシオンも……すごいね」

 

「はははっ、ちょっとおかしいだけですよ」

 

 笑えない軽口を交わして、少し慌ただしさを感じる方向。騒がしく風が揺れる場所へ、その三人を運んでいったのだった。

 

  

   * * *

 

「ティア、起きてください」

 

「……うにゃ?……どっしたの?」

 

「さらに変になってますよ。服装と言動を戻す」

 

「おっと」

 

 轟音によって何人もの人が起きる中、ある一つのテント、彼女の気配がみられるそこに入り、体を揺すって起こす。

 起き上がった彼女は戸惑った声を出すと、可笑しな言動で聞き返して来たが、それを指摘して気づく彼女を見守りながら数秒待つ。

 

「ほいっと。で、どうしたの?」

 

「少し来てください。大丈夫、単なる治療ですよ」

 

「何人?」

 

「三人」

 

 話しながら向かうのは、少年らを運んだある場所。

 瀕死になる程の重傷を負っていたのだ、比較的軽症な青年(ベル)ですら、肋骨・左脚・背骨・右腕・左足骨折。右肩脱臼、アキレス腱の損傷、更に内臓損傷。精神疲弊(マインド・ダウン)にまでなり、だが不思議な程切り傷、そして火傷痕は見られなかった。

 それもこれも(シオン)が与えたあの装備の賜物(たまもの)なのだが。 

 

「うわぁ、随分と無理したね」

 

「それが解るなら、さっさと終わらせて下さいな」

 

「はーい【三つ(たま)命火(めいか)は、消えることなく()の光を磨く】」

 

 詠唱を始めると、そこに現れたのは魔導士を引き連れたアイズ。彼女も手助けをしようとしたが、それは無用だった。

 

「【(なんじ)らが望むのは、我が身扱いし聖なる光。我が与えるのは、罪咎(つみとが)さえも払いのける救いの極光なり】」

 

 決して大掛かりな魔法と言う訳ではあるまいが、その力は絶大。

 魔法円(マジック・サークル)さえ顕現させないのだから、世間一般ではこれが全治癒魔法などと気づきはしないだろう。

 

「【慈悲の極光(オーロラ・クラスタ)】」

 

 そっと呟くそれを聞き、魔力の奔流が向かう青年たちを見れば大きく訪れた変化。

 発した通り、オーロラが一番近いだろうか。原理は大きく異なっているだろうが、見かけ上はそれと等しいまでによく似ている。

 横たわる彼らの上に広がり、優しく包み込むその光は見る見るうちに傷を(いや)し、苦しかったのだろう、(あえ)いでいた彼らを落ち着かせた。

 

「綺麗だね」

 

「わたし、貴女から褒められても全然嬉しくないです」

 

「?」

 

 呟くアイズの言葉に反発したティア。仲良さげに見えていたが、それは違ったのだろうか。それとも、仲が良いからこそのじゃれ合いみたいなものだろうか。

 

「はい、終わり」

 

「よくできました、ありがとうございます」

 

「褒めて褒めて!」

 

「よしよし。偉いぞぉ、頑張った頑張った」

 

「えへへぇ」

 

 お礼を言うと途端それに乗っかるティア。単純に撫でて欲しいだけだろうが、実際助かったのだから投げやりにする気は無い。それに、やっぱりカワイイし。

 

 だがそこで、裾を弱々しく引かれる感覚。先には細く肌理(きめ)細やかな指。そこへ繋がる腕、肩、胴、首、そして顔を見ると、いじけた様子のアイズがじっくり眺められた。

 

「……ずるぃ」

 

「子供かよ、カワイイいなおい」

 

 ぼそっと呟くのは本当に彼女らしい。だが良く解る。本当に言いたいことは、心から恥ずかしく、言えたとしても口(ごも)ってしまうのだ。

 

「その人なんにもしてないのに撫でるのは不公平ぃ! 今は私だけぇ!」

 

「の様ですので、後ででいいですか?」

 

「うん」

 

「裏をかかれた⁉」

 

 騒ぐティアは(なだ)めるとして、やはり後が楽しみでたまらない。

 そわそわしそうになるが、外にそれを見せないのがティアへの親切心といえよう。

 

「じゃぁ、今だけは楽しむもんっ」

 

「はいはい。楽しんでくださいな」

 

 少しくらい付き合っても、私に(ばち)が当たる道理はない。

 周りから温かな目と嫉妬の目が向けられるが、笑って払い飛ばそう。

 

「あ、そうそう。リヴェリアさん、どこか一つテント空いてたりしません?」

 

「あるだろう。彼らを寝かせるだけの場所があれば足りるか?」

 

「えぇ、十分ですよ」

 

 一応、その間にテントの場所取りをお願いして、ベルたちを運んでもらうことにする。そうすればまだティアを堪能でき―――

 

「運ぶのは、手伝ってもらえるのだろうな?」

 

「あ、はい」

 

 語気を鬼に似通った悪魔を幻視するほどまでに強めたリヴェリアさんの怒りは、一体何故そうなっているのか知り様も無い。いや、知りたくも無いのだが。

 

「なので、ごめんなさい、もう終わりです」

 

「う、うん、が、頑張ってね?」

 

「あはは、それはシャレにならない」

 

 彼女も察したのだろう、この後どうなるか。

 大方、リヴェリアさんに尋問され、その後フィンさんへの状況説明。といったところか。

 

「はぁ、めんどくさい」

 

 一つ溜め息を吐いて、弟の為と思い、仕方なぁーく動いたのであった。

 

 


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