やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 因みに私が二番目に好きなのがリューさんだ。

では、どうぞ


発覚、それは事実

 

 おぃおぃマジかよ……

 

 声に出せず、口の中でそう驚きを隠す。いや、隠しきれずに表情に現れているかもしれない。

 それほどまでに、今の発言は重要性を秘め、言外に多くを告げた。

 

『未来の英雄』

 

 直接的に捉えれば『ふーん』くらいで済みそうだが、私にとってはそうも取れない。

 誰を、とは言ってないが、それは明らかなことだ。

 だからこそ、捨て措けることではないし、浮かび来る疑問は止められない。

 何故そう言い切れる? 何故判る?

 何故お祖父さんと同じことを語る?

 何故知っている?

 

 溢れ出んばかりに次第に増えていく疑問の嵐、錯綜して暴れ舞わり、脳の処理能力をそれだけで超してしまいそうだ。

 訪れるくらっとする目眩、ついに限界まで達したようだ。数瞬の間にその疑問全てを相手していたのだ、それではオーバーヒートもすぐに迎えてしまう。

 

「――――あぁ、出る答えが全部、最悪だ」

 

 それでも答えは出た。全部最悪で、限りなく高いだけの可能性の域を超えてくれないが。

 可能性全て問いただすことはできようもない。端からその気なども無い。

 だからただ一つ、本当ならば、最も危惧すべき可能性。それを聞く。

 

「一つだけ聞きましょう。貴方……お祖父さんと――神ゼウスと知り合いですね」

 

「わぉ、すごいねぇ、今のだけで判っちゃうかぁ」

 

 最悪の可能性はこれである。神ヘルメスが、お祖父さんの知己であること。

 さらに加えれば。ベルと私について、ありとあらゆることを聞いている可能性。

 そして、今も尚その関係が続いている可能性。

 

 英雄なんて普通、神は定めたりしない。娯楽を求める神にとって、それは自分の楽しみを減らす愚行でしかないのだから。

 何故なら、その期待はあえなく散ってしまうから。期待して、結局は空振りに終わり、損をするのは自分。そうやって神は期待していると豪語しながら、心ではそれを(あざけ)る程全く期待などしていないのが事実なのだ。

 大半の場合は。 

 つまり、必然的に限られるのは、そうと確信している時のみ。期待しても損をしないと、期待する意味も価値もあると気づけている時。

 そこから絞れてくるのだ、段々と。

 

 だが、それだけで最悪の可能性と呼ぶのは浅はかと思うだろうか。でもそんなことは無いのだ。

 お祖父さん(神ゼウス)と知り合いということ、そして今の発言から、眼前のこの神は何かしらを聞かされていると言うこと。それが、ベルと言う可能性の塊のことか、将又私と言う異常(イレギュラー)の塊についてか。

 どちらにしろ、危うい。この神は私たちにとっての天敵となりゆる。

 

「その通り、といってもこれは口外禁止のことなんだけどね。アスフィも知らないよ」

 

「それは良かった。アスフィさんまで殺す破目になるところでしたよ」

 

「おっと、それは俺を殺すと言う事かな? あんまりそれはおススメしないかな。少なくとも、ダンジョンの中では」

 

「どういうこ――――」

 

 そこでふと、ある結論に瞬時で到達した。

 【神の力(アルカナム)】、それは神々が持ちし絶対の権限()。下界に降りるに至って、封じた全能の力であり、神であることの第一条件。

 神を殺す、とは言ったが、そこには少しの齟齬(そご)があり、意味としては『神を下界から消す』ということだ。その際利用するのが【神の力】。一回殺して防衛本能的に発動させることにより、強制的に天界へ送還させる下界では知られる禁忌だ。

 

 そして、ここで関わるのはダンジョン。

 七・八年前、ダンジョンで【神の力】を解放した者がいたそう。その時に起きたことは異常事態(イレギュラー)。確か、ミイシャさんは【迷宮の怒り】と言っていた。 

 十二階層のことで、その際に現れたのが中層の竜種モンスター。詳しく何かまでは調べられなかったらしいが、『ヴィーヴル』か『ワイバーン』、『騎龍狂戦士(ドラグーン)』といったところだろう。

 詳しく知らなくとも、ここまでで判る。その層では存在し得るはずの無い強敵が産まれると言うことだ。

 

 その程度簡単に倒せる。そんな安直な考えは今は無理だ。なにせ、そうはできない人々がここには沢山いる。勝手に他人が死に逝く分にはご愁傷様で終わるが、知人が、家族が死んでしまったら、それはもう想像に難くない。

 

「―――あぁくっそ、地上に帰ったら絶対殺す」

 

「というか、何で殺されることのなってるのか、俺には全然分からないんだけど……そのあたりの説明、お願いできない?」

 

「危険分子は早いうちに消せ、常識でしょう?」

 

「わぁお、それはそうだ。でも、その判断は早すぎやしないかい?」

 

「さて、それはどうでしょうね。貴方が私に(もたら)すのは無益なことばかりだと、そう考えるのは仕方のないことでは?」

 

 私とて、少しでも価値があるのなら即決で殺すなんて結論には至らないのだが、どう考えてもこの食えない神は有益なことをはぐらかし、無益なことは簡単に教えそうな性質(たち)に見える。情報操作が上手いというか、人を騙すことに長けていそうで信用などできようもないのだ。

 

「そうだね、それは俺が悪かったよ―――でも、俺が君に与えるのは、有益なことだけだぜ?」

 

「ハッ、詐欺師の臭いがプンプンするね。臭い臭い、腹黒い神の臭さも混じってあぁ気持ち悪っ」

 

「そこまで言わなくてもよくないかい⁉ てか腹黒い神の臭いってなんだよそれ」

 

「貴方の臭いですよ。自分の体臭気付いてる? 香水臭くて気持ち悪いよ?」

 

「え、マジ?」

 

 といったら香水の臭い=腹黒い神の臭いになりそうだが、そこにこの優男の元の体臭も混ざって、香水の臭い+神ヘルメスの体臭=腹黒い神の臭い、ということになっているのだ。

 割とここに拘っているのか、将又人一倍気にしているのか、本気な顔で問いかけて来るが、それに答えてやる義理も無く、早速質問を掛ける。

 

「で、臭い神ヘルメスよ。我が質問に答えたまえ」

 

「ちょとぉ、何でそっちが神みたいになってるわけ? おかしくない?」

 

「可笑しくない。さて、聞きますけど、ベルを見てどうする気ですか?」

 

「なぁに、少しばかり援護をするだけさ。余計なことはしないよ」

 

 意味深なその発言は判りやすいまでに裏をちらつかせる。大方なにか仕掛ける気なのだろうか。度が過ぎれば警告するが、多少のことならまぁいいだろう。

 それを余計なことと捉えていないのは、絶対必要なことだと本気で信じているからか。厄介極まりない、本当に面倒だ。

 

「はぁ、あ、そうそう。最後に言っておきますね」

 

 一つ溜め息を吐き、念のためにと、今後役立たせるために、一応の布石を打つ。

 

「理不尽なこと言いますけど、私が貴方たちへ情報提供を願ったら、絶対的な優先度として情報を提供すること。勿論、対価は無しで」

 

 これで、情報をミイシャさん以上の密度で手に入れられる。それに、お祖父さんの情報も、希望薄だがアリアの情報も、得られる可能性が少しは増えるだろうし。

 それに、これでこの神を生かす最大限の利益となる。

 

「それは……随分と酷なこというもんだねぇ。で、それに俺たちが従う意味は?」

 

「滅びるか生きるか、二つに一つですよ」

 

「こりゃ参った。―――アスフィに相談していい?」

 

「どうせ答えは『はい』の一択だけですし、別にいいですよ」

 

 強制的なことだが、彼女とて滅ぶことは望むまい。もし断ったら直談判だ。

 

「んじゃ、今後ともよろしく頼みますよ、神ヘルメス」

 

「ははは、こちらとしてはあんまり望ましくないことかな」

 

「でも従った方が良いことありますよ」

 

「それが解ってるから何も言い返せないんだよなぁ」

 

 神ヘルメスとて。私との繋がりは持っておいた方が良いと気づいているのだ。ご執心のベルについても何かしら接触が図れるだろうし、果てには私の情報も探れるだろうとか踏んでいそう。 

 可能性はちらつかせて、結局取らせないのが私のやり方なのだが。

 

「シオン君、君ホント性格最悪だね」

 

「それはそれは、私の二つ名を見れば分かり切ったことでは無いですか」

 

 皮肉を投げかけられても何ら気にせず軽口を投げ、そのまま振り返って去り行く。

 苦笑する声が空しく耳へ届いたが、あえて気にせず戻る。

 

 そのとき感じた重圧と、瞬次(しゅんじ)に届いたひび割れる音は、何かと気にもすることがなく。

 

 

   * * *

 

 戻って訪れたのは、意外なことにも静けさだった。

 相も変わらずキャンプ地は騒がしいが、一方で私の周辺はやけに静けさを保っている。

 今頃フィンさんの居る天幕では会議でも行われていそうだが、それに参加すると事をややこしくしそうだから無視して木の下独りでいた。そうしたらこの有様だ。居心地はとてもいいし、何やらざわついている心を落ち着かせるには丁度良い機会だろう。

 

 ゆっくりと背から地と挨拶し、だらりと抜けてしまった力を再度入れる気にもならず、刻一刻と(いざな)われているのは眠りへの道筋か。 

 それに抵抗する気も無く、ただその時を待ちながら、残光が微かに舞い踊り、淡く燐光(りんこう)が纏わり薄い光で楽園を灯す(そら)を眺めて、一息を吐く。

 下がっていく重くなる瞼は、抗われることなどなく素直に下りることが出来た。

 

 静かに独り、眠りへと入る。

 

 ゆったりと、だらしない格好で眠る彼の元に落ち着いた足取りで音なく現れたのは、覆面の妖精。その妖精ははっと息を呑むと、逡巡(しゅんじゅん)の末、彼の隣へ腰を下ろし、慎重に横たわって、彼の腕に頭を乗せた。更に身を(よじ)らせると、横から抱き着くように彼をそっと包み込む。

 

「―――あったかぃ……」

 

 不覚にもそう呟くのは妖精。温もりを感じて、温もりを与えて、ただそれを気づかれることはなんだか怖くて、頑固で真面目で、自分に正直でいられない妖精が呟いた、空しく散る一言。

 

 ふと視界に入ったのは、自分を高鳴らせ、胸を熱くさせる人。気づいたらどこかに行っていた、十八階層(ここ)で偶然遇えた、常に私の思考のどこかに居続ける忘れられない人。

 彼は眠っていた。寝息を立てることなく、音も無しに、簡単に見逃してしまいそうなほど儚いと幻想する彼を、偶々見つけられたことを嬉しく思える。

 気づいた時には動いていた。知らないうちに彼の元へ着き、私の意思と関係なく、いや、私の想いのままに私は動いていた。彼の腕を枕にして、彼にそっと抱き着く。『添い寝』といったか、このような行為は。自分とは無縁の―――――

 

 

――――待て、何故私がこんなことをしている。

 

 あぁそうか、そうだ。私は野晒(のざら)しとなっている彼を温めようとしているのだ。彼がこの程度で体調を崩したりはしないだろうと思うが、そこに他意はない。断じて、下心などはないはずだ。

 私はそんなことをしていい人間では無いのだ。私は何も望んでも、欲してももいけない。一度死んだも同然の私は、ただ恩に報いていればいいのだ。強き者に憧れ、それが変わってしまった気持ちなど、私が知っていいものなどでは無いのだ。

 

 でも、無意識に漏れ出た一言。その言葉を自分で発しておきながら、心底嫌気が差してしまった。  

 底冷えしていく心情、心傷(しんしょう)からぶり返した自分への戒め。 

 それが全てどうしてか、氷が水に変わっていくかのように、安らかに心は温められていく。心が冷え、感情全てを殺すことが、何故かできない。

 

 それもこれも全て、彼の所為(お陰)か。

 

 覆面の下に浮かんだその変化は、誰かに気づかれたのだろうか。

 本人さえもそれは、気づくことのない変化だった。

  

 ゆるりと変わるその相好は、ふとした拍子に消えそうなほど、小さきものだった。

  

   

   * * *

 

 どうしよ、これ。

 

 眼前に広がる光景を説明しよう。そうすれば解決策が見つかるかもしれないし。

 

 大木の下に一見すると女性二人、でも実際は男女一名ずつ。その二人はぐっすりと眠っている。片や心音すら聞き取れないほど浅い無音と言えるまでに静けさを誇り、片やいけしゃあしゃあと彼に抱き着き、さぞかし心地良いだろう。実際彼女もそう感じているのか、雰囲気が柔らかかった。

 

 その彼女とは、女性であった。

 顔は(うず)めている所為で拝めないが、服の上からでもわかるしなやかな曲線美。特に肢体、中でも脚はわたしを上回ってはいないだろうか。それほどまでの美しさは、女性であることを主張する。

 それが、倍にわたしを怒らせた。

 

 冷静に考えろ。いや、そんなことするまでもなかったではないか。

 邪魔者は、もういらない。たった一人だけでも辛いのに。

 

「【這い迫る無音の消滅】【存在消失(バニシング)】」

 

 即興で作り出した詠唱文と魔法。

 光を基本として、それを利用した構造解析と解明。そこからの一点一点、細胞レベルで焼き殺し、分解する。

 完全に消し去る魔法、すぐに作り出したにしては上出来と言えよう。

 

「よっ」

 

 だが、その魔法は、効果を見ることなく消えた。

 突然起き上がった彼が私の魔法を魔力だけで構造破壊を引き起こし、事象を書き換えられてしまったせいで、起きたのは薄く風が通るという小さな干渉のみ。

 即興が仇となった。魔法式の組み立てだけをして、そこを隠す偽装式(コーティング)を組み込んでいなかったのだ。その所為で瞬時に系統を見破られて、隙間を縫って書き換えられた。

 

「……さて、起きて早々ですけど、どういう事でしょうかね。この魔法、下手すれば世界そのものを消せますよ」

 

 鋭い目つきで、震えるほどの殺意を容赦なく向けて、彼は、シオンは私に驚きを思わず隠せない内容を含んでそう聞いてきた。

 

「えぇ⁉ そんなことできるの⁉ いや、そこはとりあえず措いといて。魔法行使の理由だけど、今シオンが抱いているその人が原因。ムカついた」

 

「は? 抱くって――――あっ」

 

「ん……んぅ」

 

 シオンは無意識だったらしい。立ち上がっている今、まるで王子様がお姫様を助けている時のように、シオンはエルフの女を抱き込んでいたのだ。だがそれに気づき、且つエルフの女が起きそうになって思わず離す―――かと思いきや、ゆっくりと地面へと横たわらせた。

 そしてその姿勢は、『膝まくら』。

 

「…………シオン?」

 

「はい、そうですよ。あと、できれば現状に至る理由を述べて頂けると有難いです」

 

「現状? それはどうい――――――ぁ」

 

 正常は判断ができる思考を取り戻したのか、今の状態、そして今までの行いを振り返れたらしい。面白いくらいに白い肌が真っ赤に染め上がっていき、忙しなく落ち着きがなくなる。

 一気に跳び上がったかと思うと、シオンから距離を取って、わなわな震えながら表情そのまま手を止めどなく動かして気を発散しようとしていた。

 

「どうしたのですか?」

 

「いえっ! あの、その、こ、ここここれは私が意図してしたわけでは無く勝手に体が動いて……ではなくて! あぁあああの、その、えっと、ごごごごめんなさぁぁぁぁいっ!」

 

「ありゃ」

 

 気にもしていないかのように落ち着いたシオンがエルフの女に問うと、慌てふためき正常な判断すらできなくなったのか、一目散に脱兎(だっと)の如く森の奥へと姿を消した。

 それを目線だけで送ると向き直り、私にシオンが再度問うてきた。

 

「で、結局何しに来たのですか?」

 

「あぁ! そうだ忘れてた! 助けてシオン、お願い!」

 

「はぃ?」

 

 シオンを探してここへ来たことを思い出し、同時にその理由も思い出す。瞬間襲った身震いに竦みかけたが堪えて、誠心誠意、情けないことにお願いしたのだった。

 

  

 

 

  

 

 


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