やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 タイトルの付け方変えることにしたことと、今回短いですハイ。

では、どうぞ


思い違いは想いの違い

 

「うんうん、な・る・ほ・どー。つまりお前らはエニュオの地上輸送の前段階準備を行っていた、と。だからあそこに巨靫蔓(ヴェネンテス)を配置して人口迷宮(クノッソス)に近寄ることが出来ないようにしていた。んで、これが人口迷宮の鍵(ダイダロス・オーブ)と、気色悪いなぁ……。ま、いっか」

 

()もういいだろ(ぼぅぃいだろ)……さっさと(ざっさど)殺せ(ごろぜ)……(ばや)、く、エルフィ(でぃらびぃ)に、逢わせて(あわぜで)くれ(ぐれ)……」 

 

 血塗れた笑顔で今までの情報を統合し、何食わぬ様子でいる青年が、ぽんっ、ぽんっと投げられる眼球が閉じ込められた物を片手に、木に(はりつけ)となったままの齢三十そこらの人間を前にしている。

 話す男は青年とは打って変わって(ろく)に呂律が回っていなかった。というより、舌すら満足に動かせない状態なのだ。

 それだけでは無い。男の症状は生きていることすら不思議な程酷かった。

 関節なんて区別がつかず、肉は捻じれてぽつん、ぽつんと滴る血も後を尽きさせようとしているかのように、勢いが非常に弱く、間隔も広い。

 落ち着かない呼吸は今すぐにでも切れてしまいそう。だけど一向に切れない。

 眼球は()り貫かれ、だが神経は切断されていない。舌を噛み千切れないように口の中はすっきりとして、変色もしてない血で染め上げられていた。更に口を裂かれて、言語解析に努める必要がある言葉を放つのが精一杯。

 男は聴覚と痛覚が今現実に残している全てで、今すぐにでも消えて欲しいと願う全てだった。それこそが、自分が死んだ証拠となるのだから。

 

「ま、いいでしょう。じゃ、お疲れ様でした」

 

 青年は、パチンッと左手によって鳴らすと、瞬時にして僅かながらも残っていた男の力が抜けたことを確認するまでもなく、さっさと失せてしまった。

 彼が去った場所に残ったのは、異形の物とまだ何かと判る(むくろ)。 

 たったニ十分ほどの出来事だった。

 鮮やかとは程遠い惨状が生み出されるまでに、要したのは。

 

 とても色濃い時間だった。有力な情報を得られ、更に言えば楽しむことだってできた。少し神経を使うことをしていたから疲れてはいるが、これもまぁ別に良い。寝れば治るの論理だ。

 後処理は……必要ないだろう。どうせそのうちダンジョンの餌になるか、冒険者に発見されて葬られるだけだ。面倒だし、端からやる気などなかったのだが。

 情報だけ得られれば良かったのだが、まさかの報酬まであった。

 目玉が内包されたこの球体(オーブ)、人口迷宮の鍵『ダイダロス・オーブ』だ。見るからにダイダロスの血族の目玉だが、気にしないほうが良いだろう。知ったことでもないし。

 

「戻って寝よぉ……」

 

 久々に出した欠伸で、自分が本当に疲れているのだと身に沁みてわかる。

 走るのすら億劫(おっくう)な今、とぼとぼと歩いていくのだった。

 

 付着した、点々とみられる血痕すら、落とす気も回らずに。

 

 

    * * *

 

 遡る時は約十五分。とある少女が驚愕(きょうがく)に見舞われて、立ちすくんでいた時だった。

 体が震えあがり、恐怖に支配された瞳からは純粋な涙が弱々しく溢れる。

 

 すする声を抑えるのに必死だった。声を押し殺して、気づかれないように努めた。だって、彼はこんなことをしていただなんて、知られたいと思っていないだろうから。

 でも、恐怖は抑えられなかった。正直言うと、怖かったのだ。

 別に、首が転がる死体を見た時や、血が飛び散った時、臓物が垂れ出た時などではない。

 笑っていたのだ。然も楽しそうに、いっそ無邪気に、狂笑(きょうしょう)を浮かべていた。

 無慈悲に拷問して、当たり前のように命を狩った。

 人が痛がる術を熟知しているかのような、人が死ぬ限度を弁えているかのような彼の行動は、手際が良いの一言に尽きる。文面以上の生易しい行為ではなかったが。

 

 

 最後の一人を終えた彼は、何もなかったように去って行ってしまった。その顔には先程とは変わって徒労が浮かび上がり、だが足取りに油断などないが、はっきりとしてわかった。

 いや、自分の思い込みかもしれない。でもそれで私の心は安らいだ。

 彼は別にしたくてやった訳では無い。彼は仕方なくも拷問をして、仕方なくも殺したのだ。

 そこに私情なんてなく、私の感じた恐怖なんて別のナニカだったのだ。

 そうだ、そのナニカのせいで勘違いしただけなのだ。

 

 自己完結を勝手に終えて、彼の正当性を勝手に決め込む。

 彼の心情などそこにはなかった。関係なかった。私が落ち着く為だけの、それだけのものだった。

 

 彼が去った場に、私が新たに立つ。

 酷い有様だった。私でもこんなことはしたことがないほどに。

 全部で何人なのかは定かではない。原形をとどめている死体はあるが、その逆もまたある。

 肉や骨、内臓までもが露わになった死体や、ひしゃげてしまった四肢と思われるものをもつ死体。ぽっくりと幾つも開く孔は、一つだけ見るととても綺麗な断面をしているが、全体から見れば吐きそうになるほど(おぞ)ましい死体。解りやすいほど痛めつけられている、切り傷ばかりが態とやっているかのように手ひどく荒らされていた死体もあった。

 

 眩暈(めまい)がするほど濃い血の臭いも、いつしかの記憶を刺激されてあまりいたくないと思わずにはいられない。早々に立ち去ろうとして、思った。

 これは明らかに処理しておいた方が良い。後々問題になりかねないから。

 彼はこのあたりが抜けている。それでも仕方ないか。彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのだから。

 

 重要な矛盾を自覚しながら目を背け、知らないふりをする。慣れた手つきで、その後は死体の抹消をおこなった。誰が為もなく、彼だけのために。

 

 

   * * *

 

 これまたどうしてこうなるんだ。断言するが、私は悪くない。

 

「……………」

「――――」

 

 無言でただいる私と、対面し絶句する翡翠髪を持つ長命の美女。

 背後では7M程の滝が降り注ぎ、支配する音は水音と心臓の鼓動音、それに加えてなる珍しくいた無害な朝鳥(ヒヨドリ)の鳴き声だけであった。

 

 とりあえず、事ここに至った経緯を文面化しよう。

 『気づいていたけど態々来るとは思わなかった』

 手抜き過ぎだ全然だめ、しっかりと説明しよう。

 

 始まりは『昨夜』のことからだ。

 疲れていたこともあり、野営地に戻るのすら億劫となってしまったのだ。飛べば一瞬なのにも拘らず、面倒の一点張りで結局木蔭でそのまま寝落ちた。

 そして起きたのはつい一刻前。後悔したのがその十分後。

 明白なことに凝固した血は髪へと絡みついてひっぃじょうに厄介なこととなったのだ。即座に近場の湖へと直行したのは当たり前のことで、その後苦労したのも言うまでもない。

 流石に一回程度の蓄積なので、あの時よりも奮闘することはなかったのだが。

 それだから気づけたのが、人の接近。いかんせん自分の気配と言うものは、癖がついているので自然と隠してしまうので、相手方も気づかなかったのだろう。ゆっくりと、不自然にならない程度に気配を顕わにしていくことで、驚かせないように配慮をしたのだが、それは凶と出た。

 逆に近づいて来たのだ。

 まぁいいかと思い、その人物がいる方向に背を向けて、まだしっかりと洗っていなかった体を洗っていて、掛けられた声には流石に私も驚いた。

 

「すまないな、私もこの場を使わせてもらう」

 

「何も私専用の場所と言う訳では無いので、別に構いませんよ、リヴェリアさん」

 

「なっ」

 

「?」

 

 驚いた声を上げられたことに若干戸惑い、疑問を浮かべずにはいられない。

 おかしいだろう、リヴェリアさんだって私の姿をみて私と認識できている、はず……。

 それなのに然も事実を信じられないように気配を揺らがれたら、ねぇ?

 

「……どうかしたのですか?」

 

「ひゃっ」

 

 振り返って、やはり彼女だと視覚的にも確認すると、上げられた似つかわしくないか細い悲鳴に、尚のこと戸惑わせられる。

 それ以降、彼女は(まぶた)とぱくぱくと微かに口だけしか動かしてない。

 見つめ合いが()きた私は、彼女の身体をいい機会だし目に焼き付けておこうと思った。

 

 中々にして多い彼女の髪は、まだ()れてないこともあっていつもとの違いが一瞬で判る。纏められていないのだ、いつも後ろでそうなっているのに。

 だがこちらも悪くない。凛然(りんぜん)としたのがいつもなら、いっそ好奇心にあふれた子供のようなのが今の姿だ。だがそれはあくまでも私の感覚であって、普通の人から―――普通の人がリヴェリアさんの今現在の姿を見れるかはともかく―――してみれば、放たれる威圧のせいでそのようには思えないだろうが。

 髪ですら隠されていない彼女の所謂(いわゆる)『だいじなところ』はまぁ一言で言えば、流石妖精の王族(ハイエルフ)、だ。服の上からでも良く解ったが、中々にしていいものを持っている。バランスの調律がなっているといえようか。宛ら彼女が黄金比といえようが、アイズ至上の私にとってアイズこそが黄金比である。

 白色の汚されてないと一目でわかる肌は明らかにして、『あ、この人逃した人だ』と思ってしまったのは悪くない。

 そこから顔を上げて、彼女の顔を見つめたのが今に至ったまでである。

 

 突然、ふらっと脱力した彼女を、私は見逃さなかった。ずっと見ていただけからね?

 失礼ながらと心中呟き、彼女を支えるために最大限の配慮として即座にはいた手袋の指一本で支えた。弱々しく揺れ動く瞳にまた驚かされて、顔を手で隠されたのにはもうどうしたらよいか分からない。

 

「……男性器を見たのは二度目だ。異性に裸を見られたのは、君が初めてだ……」

 

「そりゃまた、あ、因みに一度目は?」

 

「どちらも君のだ……うぅぅ、恥ずかしい……」

 

 珍しくも身(もだ)え始めたリヴェリアさんを生温かな目で見守り、泣きだしたので本当に慰めるのは苦労した。

 ちょっとそそられて、途中から弄ってしまったが。

 因みにだが、一度目とはぶっ倒れてる私を戦闘衣(バトル・クロス)から病衣に着替えさせたときのことで、オラリオで初めてアイズに会った日のことだ。

 

「……その、なんだ。そろそろ隠してもらえると、その……」

 

「別に私は気にしませんけど?」

 

「いや、その、だな……それを見ると、こう、中から熱くなって、なんだか……へんな、気分になるのだ……」

 

「う~ん? ま、別にいいでしょう。私は体洗い終わりましたし」

 

 憶えの在る症状だが、まさか違うだろう。リヴェリアさんに限ってありえない。

 もう真っ赤になっている彼女を見てほくそ笑み、要望通りに着替える。

 その間凝視を続けたら、水に体を沈めて隠そうと頑張っていたが、正直言うと効果ない。水質が良すぎて透けているし、水深が足りなくて下半身しか浸かっていない。最後に加えるともう既に憶えてしまっているから結局どうしようもない。

 

「……シオン、今日のことは、忘れてもらえないだろうか……」

 

「無理言わないですかくださいよ……記憶力には自信がありますし、リヴェリアさんは綺麗なので私でなくとも記憶に焼き付くと思いますよ?」

 

「自覚はある……だがそこを何とか……」

 

「ふふっ、むーりですっ♪ その羞恥心を胸に納めて、貴女がなんとかしてください♪」

 

 頭を抱えてしまうが、それもまた面白い。

 周りにエルフが数名いるのは始めから気づいていたのでバレないようにしていたが、この調子だとバレてしまいそうだ、絶対彼女の羞恥を引きずっている様に気づくだろうから。

 早いうちに、撤退しますかね。

 

「んじゃ、また後で、私も合同で帰還しますから」

 

「……ぁぁ」

 

 弱々しい声を後に、私は保険の為完全なる隠密(ステルス)でその場を脱した。向かうは野営地だ。

 リヴェリアさんが何故水浴びしたのかは気分でしかないだろうが、何とも不運な人だ。こちらは幸運なのかは(いささ)か判断しかねるものだが。

 

 だが、いかんせん、私は上機嫌らしい。

  

 場からある程度の距離を持てた彼は、ふとその隠密(ステルス)を一段階ほど下げると、鼻歌交じりに歩き出す。

 気が抜けているが、後に想い人と一緒に居られる時間があるということを考えているのだから、それは一際わかりやすいまでになる。明らかなに油断をしていた。

 

 それでも敵意・殺意・害意に敏感な彼は気付けるだろ言うと言う自信があった。

 だが、穴はやはりどうにもならなかった。

 それらを持たないものが、ぴきっ、ぴきっと不吉な余韻を残しながら近づきつつあることに、彼は気付かない。否、気づけなかった。

 

 

 

  


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