こはる日和   作:こふきいも

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群像

群像

 

 「俺くんってさ、いっぱい眼鏡、

持ってるよね……」

 話すのが苦手だというこはるが、

珍しく口を開いた。

 少し不安そうに、瞳が揺れている。

 「まあ、眼鏡が好きだから。

 こはるが、本が好きなのと同じだよ。」

 俺は、不安を拭ってやろうと、

なるたけ優しい笑顔で言った。

 「嘘つき……」

 こはるはそう言うと、

部屋を飛び出してしまった。

 

 「こはる!?」

 俺は慌てて部屋を出て、

 鍵の閉め忘れ云々は、とりあえず投げ捨てた。

 

 アパートの前の道路を見渡しても、

 こはるの姿はない。

 意外と足が速いんだなとか、

思っている場合ではない。

 とりあえず、こはるが行きそうな場所に

行ってみることにした。

 

 二人でよくデートに行った図書館。

 今でもナンパ男と

炭酸飲料の味が忘れられない、公園。

 当時旬だった俳優が、

甘い言葉を囁いていた、映画館。

 

 そのどこにも、こはるの姿はなかった。

 一体、どこに行ったんだ。

 

  乱れた息を整えながら、

俺はこはるの言葉の真意を探る。

 "嘘つき"って、どういうことだ?

 

 本人に聞かないと分からない。

 いや、その本人がいないのだ。

 どうしよう?

 

 他にこはるが行きそうな場所は思いつかない。

 困った俺は、あの眼鏡屋に行くことにした。

 「いらっしゃいませ、お客様。」

 店員にまくし立てると、呆れ顔をされた。

 「お客様。

特別な眼鏡は非常に繊細でございます。」

 店員は、静かに言った。

 「よって、嘘を嫌うのです。」

 

 嘘……?

 あぁ、そうか。

 確かに、こはるが本を好きなのと、

 俺が眼鏡を愛しているのとは違う。

 

 でも、それはこはるに出会う前のことだ。

 「こはるに会うことはできますか」

 「お客様が望まれるのならば」

 「望んでいます!

こはるがいない人生なんて、考えられない」

 俺は、店員に叫んだ。

 本当は、こはるに言わなければならないけど。

 「さいですか、こはる、お客様がお呼びです。」

 店員が店の奥に声をかけると、

こはるがおずおずと顔を覗かせた。

 「俺くん……?」

 「こはる……。」

 俺の声が届いていたのかいないのか、

こはるの顔は、不安に歪んだままだ。

 「心配したんだぞ、

また何かあったんじゃないかって」

 こはるは、申し訳なさそうな顔をした。

 「俺が心配するのは、こはるだけだよ。

 確かに、俺は眼鏡が好きだし、

この世の全てだった。

 でも、それはこはるに会うまでのことだ。

 だから、嘘じゃない。」

 

 こはるの顔が、くしゃくしゃに歪んでいった。

 声を潜めて泣いているこはるに近づき、

優しく頭を撫でてやった。

 言葉が足りないのはお互い様。

 なら、人と話すのだって平気な俺が、

全部伝えなくちゃ。

 

 こはるはじきに泣き止み、

少し照れ臭そうに笑った。

 

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