それからほどなくして、ファリニスがうちのティーカップに紅茶を注いで2つもってきてくれた。
うちには紅茶なんてあったかな…と考えていると、ファリニスがカバンの中から開けて間もないティーパックを見せてくれた。
「セグレトさんが眠っている間に近くのスーパーまで行ってきたんですよ、すごく近くにあって…助かりました」
「あ~、あのすこしボロいスーパーだよな…そういえば今日は安売りの曜日だった…かな?」
熱いうちに一口紅茶を飲みながら、俺はファリニスの話に返事をした。
「はい、このパックも、他の物もとっても安く買えたんですよっ」
喜々しながらファリニスは安く買えたものを、袋ごとこちらに渡してきた。
中身は洗濯洗剤やらお茶漬けの素やら、5食入りラーメンのパック…
「なあ、この…ドッグフードは?」
「それはですね!通常価格から200円も安かったんですよ!すごいですよね!」
「い、いや…そういうことじゃなくてだな」
「うち犬いないんだけど」
「……‥」
黙ったまま、ファリニスの顔が見る見るうちに赤くなっていくのがわかった。
「あ、えと!あれ、ほら!紅茶淹れてきますね!」
「まてまてまて!!紅茶さっきもらったばっかりだから!まだ一口しか飲んでないから!落ち着いて!」
「一口しか飲んでないんですか!?あついんですね!?わかりました!水入れましょう水!」
「ちょちょちょ!ダメダメダメダメ!水はダメだってー!」
「水もお湯もそんなに変わりゃあしないですよアハハハハハハハハハハ!!!」
「あの頃のファリニスー!おーい!戻ってこーい!(泣)」
「すみません…取り乱してしまって‥グスン」
しばらくしてから落ち着きを取り戻したファリニスが謝罪して、冷めてしまった紅茶を口に含んだ。
気にしないでいいから、と俺も紅茶を一口飲んでから声をかけるも…ドッグフードを見てから彼女が大きくため息をつく。
「安くなってると、無性に買いたくなってしまって…昔からなんですよぉ…」
「あはは…まあ、わからないでもない…かな…」
妙にでかいので、俺の隣で存在感を放つドッグフードは嫌でも目に入るだろうな…
俺はドッグフードを脇のタンスのそばに置いて、ファリニスの視界に入らないようにした。
「じゃあ…私、そろそろ行きますね」
いつの間にか紅茶を全て飲んでしまったファリニスは、自分のかばんを取ってせっせと身支度を始める。
「え?行くって…」
「またフィールドワークをしに、別の街へ行きます…まだ思念の研究も始まったばかりですから」
「そっか…なんだか、寂しくなるな」
ずっと一緒…なんて思ってたわけじゃないけど、やっぱりなんだか寂しかった。
思えばファリニスには助けてもらいっぱなしだ、死にかけていた俺を命の危機から救ってくれたし…あの力を使うためにサポートしてくれたのも、ファリニス。
「それじゃあ…」
ファリニスが何かを言いかけたその時
不意に彼女の後ろ姿が、昨日別れた時の姿と重なって見えた。
(私が守りますから)といって、俺の前から一度姿を消したあの日
彼女は死にかけていた
思念集合体に掴まれて、動けない彼女を遠目に見つけたあの日
遠くからかすかに見えた気がした
頬を伝う一筋の水滴
あの日降っていた雨だったのかもしれないけれど
俺にはそう感じられなかった
「セグレトさん?」
頬を伝って流れ落ちた涙かもしれないそれを見て、俺は手を出さずにいられなかった。
助けなきゃ、でも何ができる?
無力かもしれない、役に立たないのかもしれない
でも、あの時だってなんとか出来たんだ
「俺も…ついて行くよ」
俺はもう、ファリニスが泣いているところを見たくない
「えっ…でも、セグレトさんはまだ体が‥」
「まだ助けられた借りを、返した気になれてない…恩返しがしたいんだ」
そう言い終わると、力があふれてくるような気がした。
ファリニスが真剣な表情でジッと俺を見る、俺は取り繕うまでもなく…自分の中の真剣な表情で答える。
「どう断っても…ダメみたいですね」
ニコッと、ファリニスは真剣な表情から一変して笑顔を見せた。
場の空気が明るく、窓から光が差し込んでくる…テーブルに置かれた陶器のティーカップに光が注がれて、光を眩しく反射させる。
「じゃあ、一緒に手伝ってください…セグレトさん」
「…ああ!」
空の雲間から、光が差し込み
太陽がその姿を表そうとしていた…。
「ドッグフード持っていきます?」
「要らない」キッパリ