「アルベルヒが?」
「ああ、奴が不思議な短剣でプレイヤーを刺すとどこかへ転送されるらしい」
ノビタニアンはキリトに呼び出されてアークソフィアにあるNPC経営のテラスで話をしている。
話の内容はキリトがフィールドへ出ているとき、男女のプレイヤーにアルベルヒとその仲間が襲い掛かっているという光景。
止めに入ったときにアルベルヒと一戦あったらしいがキリトの圧勝だったという。
その後、激怒したアルベルヒはどこかへ去っていった。
「その短剣はどうなったの?」
「アルベルヒが投げ捨てると砕け散った」
「悔しいね。それがあったら証拠として捕まえることもできたのに」
SAOに犯罪者を裁くシステムは存在しない。
しかし、悪意あるプレイヤーや危険なものを使っていることが分かれば、対処することはできる。
アルベルヒの不穏な動きは気になるが、証拠がない以上、自分達は予防策を講じることしかできない。
実際、キリトはアルゴへ情報を流して注意を呼び掛けてもらっている。
「ジャイトスの仲間、スネミスも行方不明らしい」
「もしかして、それもアルベルヒの仕業だって?」
ジャイトスからスネミスが姿を消したことは伝えられていた。フレンド登録しているのにマップのどこにも見つからないという。
「おそらくだが、モンスターを呼び出すアイテム、あれもアルベルヒがスネミスへ渡した可能性がある……」
立ち上がったノビタニアンをキリトが止める。
「待てよ」
「アルベルヒを探す。アイツがスネミスをどこかへやったっていうなら見つけ出さないと!」
「だから、落ち着けって、そのアルベルヒも見つからないんだ。もしかしたら攻略の邪魔をしてくるかもしれないんだ」
「それなら、なおのこと!」
「とにかく、落ち着け!」
ノビタニアンは渋々、着席する。
「アルベルヒについて注意することと……もう一つ、ユウキのことだ」
「ユウキ?」
「気付いているだろ?最近、アイツの様子がおかしいこと」
「……うん」
九十二層の攻略後からユウキは単独行動をすることが多くなっていた。
最初は気のせいだと思っていたが、一人になることが増えている。
「このことについて、ユウキへ尋ねようとしてもはぐらかされる。機会を見てアイツと話をしようと思う。いいか?」
「うん」
「よし、宿に戻ろう。アスナ達が心配するからな」
「キリトがふらふらと姿を消すからでしょ?もう少し、アスナさんを大事にすべきだよ」
「うっ、そうするよ」
二人はエギルの店へ戻る。
宿へ戻った二人はそのまま自室へ向かおうとした。
「あ、キリト君」
目の前の扉が開いて顔を出すのはアスナだ。
「アスナ、シノンと話でもしていたのか?」
「シノのんだけじゃないよ。みんなもいるよ」
二人が顔をのぞかせるとシリカ、リズベット、リーファ、シノン、ユウキの姿がある。
「あ、ノビタニアンさんにキリトさん!」
「女子会か?」
「うん!色々と話をしていたの」
「じゃあ、僕達はお邪魔だね」
「待ちなさい」
去ろうとしたノビタニアンをリズベットが止める。
「どうせだから、アンタ達にも色々と聞きたいから来なさいよ」
「えぇ、僕は疲れているからそろそろ寝ようかと」
「いいじゃないの!アンタは何もなければ昼寝とかしているでしょ?ほら、入る!」
「え、ちょっとぉ!」
抵抗むなしく、リズベットの手によってノビタニアンは部屋の中へ放り込まれる。
「アンタ達も来たのね……」
呆れたようにシノンがこちらをみた。
「ま、まぁ」
「まぁな」
「じゃあ、ボクはそろそろ部屋に戻ろうかな。眠たくなってきたし」
ユウキがちらりとノビタニアンをみると部屋を出ていこうとした。
「あ、ユウ――」
キリトが声をかけようとした時、視界が真っ暗になる。
「え!?」
「な、なに!?」
「真っ暗じゃない!」
キリトだけでない、全員の視界が真っ暗になったのだ。
「ん?なんだろう、この柔らかいの」
「だ、誰ですか!?私のお尻触っているの!!」
しばらくして暗闇から解放される。
「今のは……なんだか、本格的にシステムが不安定になっているみたいだな」
「そうだね。こんなことばっかりが起こるなんて心配になってきたよ」
「でも、元に戻ってよかったです」
「って、シリカちゃん!なんでそんな格好しているの!?」
「ふぇ?きゃあ!ノビタニアンさん!みないで!」
「って、全員じゃない!?」
リズベットの言葉通り、女性陣はタオル一枚だけの姿になっており、キリトとノビタニアンも腰にタオルを巻いている状態だった。
「す、すぐに装備を……嘘!?通常状態じゃない!」
メニューを開いてリーファが装備のチェックをして叫ぶ。
「ど、どうやらこれが標準扱いになっているみたいだな」
戸惑いながら冷静にいうキリト。
かくいうキリトもメニューを操作して装備を入れ替えていた。
しかし。
「駄目だ、戻らないな」
何度やってもタオル一枚の姿のまま。
「あれ、ユウキ?大丈――」
「っ!!」
ノビタニアンが沈黙を保っているユウキへ近づこうとしたら思いっきり張り手が繰り出された。
「へぶ!?」
衝撃と共に吹き飛んだノビタニアンは壁にぶつかり、ぐるぐると目を回し、意識を失ってしまう。
「目を覚ましたみたいね」
再びノビタニアンが目を覚まし、体を起こす。
周りを見るとこちらを心配そうにのぞき込んでいるシノンの顔があった。
「僕はどのくらい?」
「ほんの二時間、もう夕方ね」
「もしかして、看病してくれていた?」
「これといってやっていないわ。ただ、様子をみていただけ」
椅子に座っていたシノンはノビタニアンが寝ているベッドへ腰かける。
「シノン?」
「アンタ、ユウキのこと気にかけているみたいね」
「うん、様子がおかしくて」
「あの子、相当、深いわよ」
「……もしかして」
「私は何も聞いていない。女の感みたいなものよ……あの子、笑顔を浮かべているけれど、笑顔じゃない……嘗てのアンタみたいに」
その指摘にノビタニアンは小さく笑う。
「そっか、ユウキの笑顔をずっとみていたのに全く気付かなかったよ」
「悔しい?気付けなかったこと」
「……少し、でも、全知全能になるつもりはないから」
「そう、安心した」
シノンは立ち上がる。
「あの子なら転移門近くをうろついていたわ」
「ありがとう!」
立ち上がってノビタニアンは部屋を出ようとする。
「あ、ノビタニアン」
「なに?」
「気をつけなさいよ。あの子、私と同じくらい頑固だから」
「ははっ、シノンと同じくらいか、それ以上だったら泣いていたよ」
「アンタねぇ」
「でも、ありがとう」
シノンに感謝してノビタニアンは部屋を出る。
「敵に塩を送るなんて、私も甘い……かな」
出ていくノビタニアンにその呟きは届かなかった。
「見つけた……」
ノビタニアンは転移門前の広場で佇んでいるユウキを見つけた。
彼女は何もせず、アインクラッドの空を眺めている。
その姿はどこか儚く、今にも消えてしまいそうな雰囲気が漂っている。
「ユウキ……」
呼ばれていることに気付いてユウキは振り返った。
目の前に立っている相手がノビタニアンだと気付くと申し訳なさそうに笑顔を浮かべる。
「あ、ノビタニアン!ごめんね。ボク、びっくりしちゃって、殴っちゃったけれど、大丈夫!?」
「うん。大丈夫だよ。ユウキの方は?」
「ボク?ボクは大丈夫だよ!それより、お腹がすかない?そろそろ」
「ねぇ、ユウキ」
笑顔のまま去ろうとしたユウキへノビタニアンは尋ねる。
「どうして、無理して笑顔を浮かべるの?」
ぴたりと立ち止まる。
ユウキは振り返らずに話す。
「いやだなぁ、ボクは無理して笑顔なんて浮かべていないよ。いつも通りの笑顔さ」
「無理しなくていいんだよ?僕達は仲間なんだ」
「……」
「僕が無茶をした時もいってくれたよね?仲間だから頼れって……今度は僕から言わせてもらうよ。仲間だから頼って……それとも僕じゃ、頼りないかな?」
「そんなこと、ないよ」
小さな声でユウキがいう。
「ボクはノビタニアンのことをとても頼りにしているよ!はじまりの街にあってから、ずっと、ずっと、こんなボクを頼りにしてくれて」
「……だったら」
「でもさ、怖いんだ」
「怖い?」
「ノビタニアンにまで拒絶されたボクは」
震えるユウキ。
彼女の過去にどんなものがあったのか、ノビタニアンは想像できない。
しかし、小さく震えている彼女を放っておくほど、ノビタニアンは冷たい人間ではなかった。
「……ノビタニアン?」
ユウキの手をノビタニアンは優しく握りしめる。
彼女の前にハラスメントコードが表示されたことで顔を上げた。
微笑みながらノビタニアンは真っすぐにユウキの目を見る。
「約束するよ」
いつもと変わらない口調。
けれど、その目は真っすぐで強い輝きがあった。
「約束する。何があってもボクはユウキの傍を離れないよ」
きょとんとしていたユウキだが、次第に笑顔を浮かべる。
「それだと、告白みたいだよぉ」
「え、あ、いや、その」
「冗談だよ」
慌てふためくノビタニアンにユウキは微笑む。
今までの無理をしたようなものと違う。
純粋で素敵な笑顔だ。
「ボク……小さいころから重たい病気なんだ」
ノビタニアンとユウキはベンチに腰かけて話をしていた。
「重たい病気?」
頷いたユウキの話によれば、重たい病気で病院の生活を続けていたという。
「その時に知り合いの人からもらったのが、ソードアート・オンラインなんだ」
今でも覚えているとユウキは話す。
「初めてSAOに入った時、とても喜んだんだ。自由にどこまでも続く世界を走り回れる。僕にとっては天国、いや本当の世界といっても過言じゃなかったんだ。人が死ぬ……それが余計に、ここが自分のいるべき世界、なんて思ったこともあったよ」
「ユウキ……」
「でも、そんな世界に終わりが近づいていると思ったら、少し怖くなったんだ」
「怖く?」
ユウキはノビタニアンの手を強く握りしめる。
「ゲームが終われば、ボクはもうみんなや、ノビタニアンと会えない。そう考えたら怖くなっちゃって」
「ゲームが終わっても会えるようにすればいい」
「無理だよ」
首を振ってユウキは言う。
「ボクの病気は厄介なんだ。多分、現実世界へ戻ってもノビタニアンと会うことは叶わないよ」
「やってみないとわからないよ。だって、ちゃんと同じ時間にいるんだよ?」
ユウキははっとした表情になる。
ノビタニアンの親友、ドラえもんは二十二世紀に帰っている。どれだけノビタニアンが望んだとしてももう会うことはできないのだ。
「指切り、この世界が終わっても僕はユウキへ会いに行く。絶対」
「……え」
「指切りげんまん、」
「わ、わわ!待って、待って!えっと、うそついたら――」
「「ハリセンボン、ノーます!」」
言葉を交わしてノビタニアンとユウキの二人はどちらかともなく笑いだす。
「信じるよ。ノビタニアン、約束だからね!」
「絶対、何があっても僕は約束を守るよ……さて、そろそろ帰ろうか。みんなも心配しているよ」
「わ、もう、こんな時間なんだ。アスナも心配しているよね。怒られないといいけれど」
「まぁ、その時は一緒に怒られるだろうね」
「でも、安心かな」
ユウキはノビタニアンの手を握る。
「ノビタニアンが一緒なら怖くないよ!」
そういってほほ笑むユウキの姿にノビタニアンも小さな笑顔を浮かべる。
宿へ戻るとリズベットとアスナに怒られて正座するノビタニアンとユウキの姿があった。
ぼかした形ですが、ユウキのルートは現実世界で完結するのでそこまで、我慢してください。
尚、これから第百層を目指して進んでいきます。