昼寝をしていたノビタニアンはいきなりの衝撃で目を覚ます。
普段は誰かに何をされても目を覚ますようなことはなかったのだが、的確に自分を狙ったようなものに目を開ける。
「なんだ、シノンか」
「のんきに寝ているんじゃないわよ」
機嫌の悪そうな態度でシノンは拳を振り上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで拳を振り上げているのさ!?」
「アンタ、約束を忘れたみたいね」
「え、や、約束!?ち、ちょっと待って」
慌ててノビタニアンは脳みそを回す。
攻撃に痛みはない。
しかし、衝撃を何度も受けるなんて御免だ。
「思い出したよ。訓練だよね?」
「そうよ、まったく」
溜息を吐いてシノンは弓を取り出す。
少し前からシノンは射撃訓練をする際に自分に訓練相手を頼んでいた。
「射撃訓練でどうして近接相手と戦うなんてこと?」
「みんなの足手まといになりたくないのよ」
「キリトからの話だと遠距離でもモンスターを倒せるから問題ないんじゃないの?」
「私は強くなりたい……今よりももっと、乗り越えないといけないのよ」
険しい表情で答えるシノンをみてノビタニアンは心を痛める。
まだ、彼女は過去を引きずっていることがわかった。
「何よ。こっちをまっすぐに見て」
「シノンは強くなりたいんだよね」
「そうよ、だったら」
「一つ、クエストを受けてみない?」
「クエスト?」
「うん、誘惑の歌姫っていう九十三層にある湖クエストなんだけど」
「受けるわ」
シノンは頷いた。
「強くなるためならどんなことでもする。私は強くならないといけないから」
「じゃあ、行こうか」
ノビタニアンとシノンは九十三層“ナルニアデス”へ向かう。
九十三層はユミルメ同様にノビタニアンとキリトが体験した冒険の一つの世界が元になっていた。
ボスはあの大魔王デマオンで苦戦はしたが勝利を収めることに成功する。
尚、フィールドボスはメジューサだったことでノビタニアンとキリトのトラウマが刺激されたことを記しておこう。
「それで、この湖のクエストはどんな内容なの?」
「湖にさらわれた男を助けるために人魚がいる湖へ行くんだ」
「討伐クエストかしら?」
「うん」
二人は村長から話を聞いて、クエストを受諾して湖を目指す。
「やけに薄暗いわね」
「ここは天候が曇りに設定されているみたいだね……雨は降らないから大丈夫」
「安心するところなのかしら……まぁ、弓を射るのに問題はないわね」
「あ、そうそう」
ノビタニアンはシノンへ声をかけようとした時。
どこからか歌声が流れてくる。
「この歌声は……」
「人魚の歌。これで村人を誘拐しているんだ。さ、行くよ」
こそこそと移動しながら二人は湖へ向かう。
湖畔の近くで水色の肌をした人魚型モンスターとふらふらと歩いている村人の姿があった。
「まずいわ!」
シノンが立ち上がり弓を構える。
射撃スキルによって放たれた矢が村人の足元へ刺さった。
「後方の援護、よろしく!」
「わかったわ!」
ノビタニアンは走る。
村人を捕まえようと人魚が恐ろしい顔で陸から手を伸ばそうとした。
「悪いけど、俊敏さは二人に劣るけど、そこそこあるんだ、よっと!!」
かなりの速度でノビタニアンは剣を振るう。
腕を切り落とされた人魚の顔が恐ろしいものとなり、ノビタニアンをターゲットにする。
だが、シノンの射撃を受けて人魚のHPが削られた。
「うわぁあああああああ!」
ノビタニアンは“バーチカル・スクエア”を放つ。
攻撃を受けた人魚は体を四散させた。
人魚の消滅を確認してシノンは弓を下ろそうとする。
「まだだよ!」
ノビタニアンの叫びにシノンは思い出す。
村長がクエスト開始前に伝えたこと。
――湖には人魚を守護する守り神がいる。
同時に湖の海面から巨大な魚が顔を見せる。
額に伸びる角。
眼はぎょろぎょと黄色く、動いている。
青い鱗の肌。
HPバーは人魚たちよりも二つ多い。
名前はツノクジラ。
シノンが射撃スキルを使おうとした時、黄色い瞳と目が合う。
「シノン!」
ノビタニアンが盾を構えて割り込むよりも早く、シノンは駆け出す。
後ろではなく、前に。
矢を連射しながらツノクジラへ攻め込んでいく。
HPを削られたツノクジラはシノンを標的とする。
口から紫色の舌を伸ばす。
地面を蹴り、舌の攻撃を躱しながら走る。
走りながらツノクジラへ矢を射続けた。
「倒す……倒すんだ!」
シノンの叫びと共に矢を射ようとしていた瞬間、湖から人魚が飛び出してシノンの足を掴む。
「しまっ」
「シノン!」
ノビタニアンが助けに向かおうとすると別の人魚に阻まれてしまう。
「くそっ!」
ソードスキルで一掃しても人魚はすぐに湧き出す。
足を掴まれていたシノンはいつの間にか水面に足をつけていた。
このままではツノクジラに叩き潰されてしまう。
「(仕方……ないか!!)」
ノビタニアンはメニューを開く。
盾と剣を収納して、あるものを取り出す。
武器を仕舞ったことでチャンスと見た人魚たちが飛びかかろうとする。
瞬間。
白い剣が人魚たちを弾き飛ばす。
「売り払うつもりだったんだけどなぁ」
ノビタニアンの手の中にあったのは叛逆の騎士から手に入れた剣“リベリオンクラレント”
使っていた剣よりも何倍の力を持つ魔剣。
それを構えてノビタニアンは走る。
「こっちが相手だぁああああ」
リベリオンクラレントがソードスキルの輝きを纏う。
得意のヴォーパル・ストライクがシノンを拘束していた人魚を蹴散らす。
「シノン!大丈夫」
ぺたんと座り込むシノンへ尋ねる。
「え、えぇ」
「だったら、そこにいて、こいつは僕が倒す!」
ツノクジラにリベリオンクラレントを構える。
派手な音を立ててツノクジラは消滅する。
ノビタニアンは敵が現れないことを確認してリベリオンクラレントを鞘へ仕舞う。
「大丈夫?」
座り込んでいるシノンへノビタニアンは声をかける。
「……」
「あんな無茶はしない方がいいよ?遠距離攻撃は接近されたら」
「わかっているわ……でも!」
「強くなるにしても、自分の命を粗末にしちゃ意味がないよ」
「私は、死んでも良いと思っていた」
自分の体をシノンは抱きしめる。
「でも、本当に死ぬかもしれないという時、恐怖した!私は死にたくないって」
震えながらシノンは叫ぶ。
いつも知っているシノンと異なり、どこか弱弱しい。
ノビタニアンは近づいて彼女を抱きしめる。
そっと抱きしめて、ノビタニアンは言う。
「死なないよ。シノンは死なない」
「どうして……」
「僕がいるから……じゃ、ダメかな?僕やキリトがいれば、なんだってできる。そう思っているんだ。だから、みんなを守る。シノンも死なないよ。絶対。今回も死ななかったでしょ?」
ノビタニアンの言葉にシノンは頷く。
「約束。シノンは死なない。死なずにこのゲームをログアウトするんだ。みんなで!」
「……そう、ね。今のアンタをみたら不思議とそう思えるわ」
ノビタニアンを見て、シノンは立ち上がる。
「約束よ。絶対に私を現実世界へ返して……そして、一緒にデートでもしましょう」
チュッとノビタニアンの頬で音がした。
顔を赤くしてノビタニアンはシノンをみる。
彼女は小さく微笑み、離れた。
「さ、戻りましょう。クエストの報告をしないとね」
「そうだね」
二人はそういうとNPCを連れて村へ戻る。
村へ戻ったノビタニアンはキリトから緊急の呼び出しを受ける。
「どうしたの?」
「キリトから、アルベルヒのことで手助けが欲しいって」
「手助け?」
キリトから送られたメッセージの内容を見る。
最前線の攻略をしていたキリトはプレイヤーを拉致しようとするアルベルヒとその仲間と遭遇する。
アルベルヒと決闘して勝利するが、アルベルヒは逃走、その仲間を捕らえて尋問した際に、捕まえたプレイヤー達の居場所をばらしたという。
そこを襲撃するため、キリトはクラインを含め、ノビタニアンに援護を要請していた。
「行こうか、キリトの指定するエリアへ」
「わかったわ……ところで、装備はそのままで行くの?」
「あ、そうだね。元の装備に戻そうか」
「最前線はその魔剣を使うのかしら?」
「うーん、これは奥の手かなぁ」
リベリオンクラレントの性能は素晴らしいものだが、あまりノビタニアンは気に入らなかった。
「……しばらくは私達だけの秘密ってことね」
「え、そうなるかな」
「くすっ」
「シノン?」
「何でもないわ。キリトが呼んでいるんでしょう?行きましよう」
シノンに言われてノビタニアンは転移門へ向かう。
キリトに指定されたエリアへ二人が到着する。
「悪いな。急に呼び出して……シノンも来たのか」
「えぇ、どうしたの?」
「実は」
話の内容はアルベルヒについて。
キリトはフィールドでプレイヤーを襲っているアルベルヒと遭遇。
戦い勝利を収めるも、アルベルヒは逃走。
彼の部下から潜伏先を聞き出し、これから攻め込むという。
「クライン達もいるから安心していいとおもうけれど、シノンは後方で支援を頼む」
「……わかったわ」
「ノビタニアン、頼むぜ」
「うん」
頷いてノビタニアンは盾と剣を取り出す。
「行くぞ!」
キリトの言葉と共に突入する。
「ま、参った!降参!」
「なんだよ。あっけねぇな」
刀を下してクラインはメンバーに頼んでアルベルヒの部下を拘束する。
突入から数十分。
部下はあっさりと投降した。
「なんというか、拍子抜けだね」
「俺達が強すぎたというより相手のスキルの使えなさが目立ったな」
「キリトの言ったとおりね。あっさり過ぎるわよ」
リズベットがメイスを振り回してやってくる。
「危ないよ、リズベット」
「大丈夫、こんなのに当たるのはノビタニアンだけだから」
「僕が近くにいるんだけど……あれ、キリトとシノンは?」
リズベットと話をしていたノビタニアンは二人の姿がないことに気付く。
「どこにいったのかな?」
「すぐに戻ってくるはずだけど」
「あ、戻ってきたね」
キリトが何か考えるような様子で戻ってきて。
「あれ、シノンはユウキと」
「そうよ、ユウキと一緒に戻ってきたの」
シノンがやって来るとそのままノビタニアンの片腕に抱き着く。
「え、ちょっと」
「さ、アークソフィアへ帰るわよ」
「え、あぁ、うん」
「むむむぅ!」
二人のやり取りを見てユウキは頬を膨らませていた。
「大変ねぇ……モテル男は」
リズベットがにやにやと笑みを浮かべているがノビタニアンはただ困惑することしかなかった。
「(なんだよぉ!ノビタニアン、シノンに抱き着かれてニヤニヤしてさぁ!)」
「(これくらいはいいわよね。コイツは鈍感だし)」