「もう、この日なんだねぇ」
「そうだな」
桐ヶ谷直葉と兄の和人は裏山へ来ていた。
セミがうるさく鳴いている山道を進みながら二人はある場所に出る。
木々が生い茂っている林の中。
小さな石でできたお墓みたいなものが二つ。
直葉はその墓石の前に花束を置く。
「どうやら、のび太達は先に来ていたみたいだな」
「うん」
頷きながら直葉は目の前の墓石をなでる。
「リルル、ピッポ、今年も来たよ」
「本当なら死んでいないんだけど、ここに墓石を作ったのは変な感じだよなぁ」
「仕方ないよ。私達の知っている二人はきっと、いないから」
悲しそうに言いながら直葉は墓石をなでる。
かつて、直葉が友達になった少女のことを思い出す。
――お兄ちゃんがどこに行くのか突き止める!
桐ヶ谷直葉は最近、兄の和人がふらふらと外に出かけている事が気になっていた。
インドアな兄は今までネットゲームや機械類を弄ることばかりが生き甲斐のような感じだった彼が外に出かける頻度が多い。
何かある。
そう感じた直葉は剣道の練習がない日を見計らって尾行することにした。
尾行する日はすぐにやってきた。
兄が意気揚々と出かけているその後ろを直葉が追いかける。
一定の距離を保ち、テレビでみた警察のような気分になりながら。
自分の尾行に気付いていない兄はやがてある一軒家の中に入っていく。
「えっと……なんて書いてあるのかな?」
“野比”と書かれている表札を見て直葉は首を傾げながら中に入る。
「あのぉ」
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
部屋の奥からやってきたのはメガネをかけた女性だ。
「私、桐ヶ谷直葉っていいます」
「ああ、和人君の妹かしら?」
「あ、はい!あのぉ、お兄ちゃんは」
「和人君なら二階ね。のび太とドラちゃんと一緒にいるはずだわ」
のび太?ドラちゃん?
首を傾げながら直葉は女性、玉子に二階まで続く階段に連れて行ってもらいあがっていく。
直葉が引き戸を開けて中に入る。
しかし、誰もいなかった。
「あれ?」
首を傾げながら直葉は周りを見る。
そして、奇妙な桃色のドアを見つけた。
「ドア?」
ゆっくりとドアノブを回して中に入る。
「寒い!!」
ドアの向こうは北極だった。
「えぇ!?」
驚きの声を上げる直葉。
その時、氷の山の方から何かが飛んでくる。
「え?」
奇妙な物体が真っすぐにこちらへ向かってきた。
直葉は慌ててドアの向こうへ逃げ込む。
「「うわぁあああああああああああああああああああ」」
少し遅れて二人分の悲鳴と共に室内に巨大な塊が突撃した。
机の下に隠れた直葉が様子をうかがっていると、二人の声が聞こえてくる。
「のび太、大丈夫か?」
「う、うん。和人は大丈夫?」
「あぁ、それにしても、これ、何なんだろうな」
「うーん?」
首を傾げている二人の足元に青いボーリングのボールのようなものが転がってくる。
三つの穴が輝いていると大きな音がした。
「お、おい!?」
「また何か出てきた……待てよ。ねぇ、和人。このパーツって、巨大ロボットの足になるんじゃないかな?」
「え?言われてみれば……確かに」
二人が話している中、直葉がおそるおそる顔を出して尋ねる。
「お兄ちゃん?」
「え?」
「スグ!?」
驚いた兄、和人が自分を見る。
「どうして、お前がここに!?」
「お兄ちゃんがどこに出かけているのか、その、心配になって」
「えっと、和人、この子は?」
「あぁ、桐ヶ谷直葉。俺の妹……だ。直葉、こっちは野比のび太。俺の親友だ」
「はじめまして、直葉ちゃん」
友達いたんだと失礼なことを思いながら直葉は挨拶を返す。
「あ、は、はじめまして」
メガネをかけた少年、のび太と直葉が握手をした時、ドアが開く。
氷漬けになった青い生き物が現れる。
「道に迷うは、シロクマに追いかけられるわ、散々な目にあったぁ」
「ドラえもん!」
のび太が声をかけると青い生き物が顔を上げる。
どことなく愛嬌のある顔。
可愛いな、と直葉は思った。
「あれ?この子は?」
「俺の妹だ。直葉、コイツはドラえもん、未来からやってきたネコ型ロボットだ」
「ネコさん?可愛いなぁ!」
「え、そう?嬉しいなぁぁって、なにこれ!?どうしたのぉ!?」
「ドラえもんが出したんじゃないの?」
「僕、知らないよ!?」
「そうなのか?てっきり、俺達はドラえもんが出してくれたのだとばっかり」
「まぁいいや、それよりこのロボットを組み立てようよ!」
「組み立てるって、これだけでかいの、どうするつもりだい?庭なんかで組み立てたらママが怒るよ?洗濯物が干せないって」
「うーん、なぁ、前に鏡の世界にいっただろ?生き物も何もない世界」
和人の言葉にドラえもんがポケットから入りこみ鏡を取り出す。
「でも、この大きさだと鏡の中に入れないよ」
コンコンと長方形の鏡を取り出してドアの傍にある物体へぶつける。
「あぁ、そっかぁ」
「良い案だと思ったのに」
「まぁ、手がないわけじゃないよ。逆世界入りこみオイル、あと、お座敷釣堀!」
ポケットから色々な道具を取り出しているドラえもんを見て、直葉は尋ねる。
「お兄ちゃん、ドラちゃん、ポケットから色々出しているけれど」
「少し信じられないかもしれないけれど、ドラえもんは二十二世紀からやってきたネコ型ロボットなんだ。あのポケットは四次元空間に繋がっていて色々なものが…………って、わからないみたいだな」
頭から煙を出している直葉に和人は苦笑する。
その間にドラえもんとのび太が運ばれてきたパーツを鏡の世界へ運び込んでいた。
「さて、俺達も行くか。スグ、おいで」
差し出された和人の手を握り返して直葉は目の前のお座敷釣堀の中へ飛び込む。
怖くて、目をつむったが目の前に広がる景色を見て直葉は目を輝かせる。
そこは先ほどまでと同じのび太の部屋のようにみえて、違う。
まず、さっきまでの騒がしさがない。
続いて、壁に掛けられているカレンダーなどの文字、それらが全て逆になっている。
「おーい、和人!直葉ちゃん!」
のび太が手を振っている。
「しばらく、ここでロボットの組み立てだな!」
「うん!」
二人が話をしている様子を見て、直葉は正直に羨ましいと感じた。
翌日、のび太からすべてのパーツがそろったかもという連絡を受けて和人は家を出ようとした。
こちらをじぃっとみている直葉に気付く。
「……スグも来るか?」
「うん!!」
頷いて、直葉の手を掴んで和人は家を飛び出す。
「うわ!?こんなにそろっているのか!?」
野比家の周りは見たことのないロボットのパーツで埋め尽くされていた。
その数の多さに和人が驚きの声を漏らす。
「これから鏡の世界へ行くよ!はい、直葉ちゃん、これ、タケコプター」
ドラえもんからタケコプターの操作方法を教わって、和人はかるがる手袋を受け取り、ロボットの組み立てを始める。
最初は見ているだけだった直葉だが、かるがる手袋を受け取って四人で組み立てていく。
「あ、ジョイントがずれないように!」
「直葉ちゃん、もう少し持ち上げて!」
「はい!」
「ドラえもん、ここ、機械が入るはずなんだが……」
「えぇ、そんなパーツないよ?」
「仕方ない。二十二世紀で買って来よう」
「え、大丈夫なの?」
「うん。バーゲンセールやっているから……お金が足りるといいなぁ」
ドラえもんはそういって元の世界へ戻る。
「それにしても、おっきぃねぇ」
「これだけでかいロボットならスネ夫たちに自慢できるな」
「スネ夫?」
「俺達の友達だ。実は」
和人が直葉に話す。
なんでもスネ夫が従兄にミクロスというロボットを作ってもらいそれを自慢したという。
悔しくてのび太と和人がドラえもんに相談するも激怒したドラえもんが北極へ涼みに行き、このロボットのパーツを見つけたという。
その間、直葉はのび太と和人が知り合った経緯、ドラえもんの冒険について話を聞いた。
「お兄ちゃんだけずるいなぁ、楽しいことして」
「う、ま、まぁ、すまない」
「そういえば、どうして、教えてあげなかったの?」
「いや、その、ごめん」
話しているとドラえもんが戻ってきてロボットが組みあがった。
完成したロボットの胸部ハッチが開くと中に操縦席がある。
「うわぁ、カッコイイ!」
「SF映画に出てくるみたいな操縦席だな」
「僕から乗っていいかな?」
「オッケー」
和人に許可をもらい、のび太が操縦シートへ腰かける。
「大丈夫?」
「問題ないよ。僕がついているから!」
不安そうな表情の直葉にドラえもんが安心させるように頭をなでる。
その間にのび太が操縦桿を握り、動かし始めた。
ロビットは大きな音を立てて歩き出す。
地響きを立てながらロボットは進みだした。
「すごい!僕って天才かしら」
「いやいや、それはないだろ?」
興奮するのび太に和人が諭すように言うが彼も興奮していた。
しばらくして、のび太は手を止める。
「どうしよう?」
彼らの目の前には小さな小屋がある。
「このままじゃ潰しちゃうよ」
「鏡の世界だから壊れて問題ないよ」
ドラえもんに言われて悩むのび太。
やがて、
「方向転換してぇ!」
「おいおい……それで……ウソだろ?」
呆れる和人の前でロボットが勝手に動いた。
「どういうことだよ!?のび太がエスパーか!?」
「あはははは、ごめんごめん、実はこれで動かしていたんだ」
ドラえもんが取り出したのは小さな掌サイズのコントローラーのようなもの。
サイコントローラーと呼ばれる脳波操縦方式の道具らしい。
渡された道具にのび太は気落ちしながらサイコントローラーを受け取る。
その時。
「そうだ!しずかちゃんを呼ぼう」
「しずかちゃん?」
「のび太の友達さ。俺の友達でもあるけれど……スグも仲良くなれると思うぞ?」
和人に言われて直葉は小さく頷いた。
結果から言えば、直葉はしずかとすぐに仲良くなれた。
ロボットで町中を飛んだり水中を楽しく泳ぎながら直葉はしずかと友達になれていた。
「ロボットが水に浮かぶなんて」
ある湖畔、そこに浮かぶロボットを見てドラえもんが驚きの声を漏らす。
「ドラえもんだって、ロボットじゃないか」
「そうだけど、見たこともない合金で作られている」
「あの、名前をつけませんか?」
おずおずと直葉が提案する。
そういえば、とのび太と和人は気づく。
ロボットを組み立てたはいいけれど、肝心の名前を決めていなかった。
「どうしょっか?」
「ラッコちゃんは?」
「……それはちょっと」
「ロボットに付ける名前じゃないな」
「ザンダクロスはどうだろう?」
「カッコイイ名前!」
「由来は?」
「サンタクロースをかけたのさ」
「成程、北極で見つけたからか」
「そうゆうこと!」
ドラえもんの言葉にのび太はロボットをなでる。
「お前は今日からザンダクロスだ!」
その後、鏡の世界にて交代でザンダクロスを操縦していた。
しずかがザンダクロスを操ると奇妙な踊りをしている。
「なに、これ?」
「バレエよ」
「……バレエ」
和人が苦笑しているとしずかはあるボタンを指さす。
「ねぇ、これは?」
「あぁ、それは意味ないから」
「そう」
のび太が言うとしずかはボタンを押す。
問題ないから興味本位で押したのだろう。その時、外でザンダクロスの瞳が怪しく輝く。
コクピット内では不気味な音が鳴り始めている。
戸惑っている中、ザンダクロスの瞳から光線が放たれた。
光線は目の前のビルを破壊したばかりか背後に並ぶ建物を潰していく。
夕方。
「これは……」
崩壊した建物の傍でドラえもん達が佇んでいた。
「私!知らなかったの!こんなことになるなんて!」
しずかは泣き崩れる。
のび太や和人、直葉が慰めていた。
こんなことになるなど、自分達も知らなかったと。
「どうも嫌な予感がする。ザンダクロスはこのまま鏡の世界において、しばらく訪れるのをやめよう」
「え、でも」
「確かに、こんな恐ろしい破壊能力を持っているんだ。動かし続けてとんでもないことになるのは避けないとな……」
和人の言葉にのび太も場の意見に賛同して頷いた。
心の底では納得しきれていなかったが。